Part 01: 菜央(私服): ねぇ、レナちゃん。下ごしらえはこんな感じでいい? レナ(私服): うん、十分だよ。もうすぐ油が適温になるから、後はレナに任せて♪ 衣をまぶし終えて山盛りになった鶏肉をボウルごと受け取り、油を熱した大鍋に向き直る。 そして少しずつ黄金色の中に投入すると、小気味のいい音がパチパチと弾けて……香ばしさが鼻先をくすぐっていった。 菜央(私服): ほわぁ……いい匂い……。 レナ(私服): そうだね。さっき味見をしていなかったら、つまみ食いしたくなっていたかな……かな♪ そう言って菜央ちゃんに笑いかけながら、私はこんがりときつね色に揚がった唐揚げをひょいひょい、と油切り皿の上に載せていく。 魅ぃちゃんたちが企画するイベントを何度となく手伝ってきたので、大量のお料理をまとめて作るのもわりと慣れてきた……と思う。 それに、ひとりだけだと大変な仕事も毎回誰かと一緒にやっていることが多いので、それほど重労働にも感じない。 特に、年下とは思えないほど精力的に手を動かし続ける菜央ちゃんの働きぶりを見ていると、先輩として……。 いや、それ以上の立場でありたいと矜持みたいな気持ちが働くためなのか……ますます活力がみなぎってくるのだ。 菜央(私服): それじゃ、あたしはここのおにぎりをラップで包んでいくわ。 菜央(私服): ……けど、改めてみるとすごい数ね。これ全部、みんなで食べきれるのかしら? レナ(私服): あははは。圭一くんと一穂ちゃんなら、きっと凄い勢いで食べてくれると思うよ。 レナ(私服): だったら少し余るかも、って思うくらい用意しておいたほうがみんなも遠慮なく食べられるんじゃないかな……かな? 菜央(私服): レナちゃんは優しいわね。……まぁ、前原さんは男の子だからいいとしても一穂はレディとして、ちょっとは自重させないと。 レナ(私服): はぅ~。それはさすがに、一穂ちゃんが可哀想だよ~。 私はそう言ってたしなめるが、実際にはそんなことなど起こりえないとよくわかっている。 なぜなら優しい菜央ちゃんが、一穂ちゃんの嫌がるようなことを本気でするはずがないからだ。 その証拠に、たくさんのおにぎりの中に他よりも一回り大きめに握られたものが何個か混ざっているのが見て取れる。 もちろんそれらは失敗したわけではなく、ご飯好きな「彼女」に用意されたものだと私は当然のごとく気づいていた。 レナ(私服): はぅ~、菜央ちゃんは本当にかぁいいよ~♪ 菜央(私服): ほわっ……ど、どうしたのよレナちゃんっ?油を使ってるんだから、危ないでしょ! レナ(私服): ごめんね。ついよしよし、って菜央ちゃんの頭を撫でてあげたくなっちゃったんだ。……嫌だった? 菜央(私服): う……ううん、嬉しい。だからもう少しだけ、その……。 レナ(私服): もちろんいいよ。はい、なでなで~♪ 私は子犬をあやすみたいに、菜央ちゃんの小さくてかぁいい頭をそっと髪型が崩れないように優しくなで上げる。 彼女は照れくさそうに赤い顔をしていたけど、こちらに嬉しそうな笑顔を向けてくれて……。 だから私も、とてもあたたかくて……幸せな思いをかみしめていた。 魅音(私服): ごめんねーレナ、遅れちゃって。やっと手伝いができる時間ができたから、私も……ん? 魅音(私服): どうしたのさ、2人とも。ニコニコと笑い合って、何か良いことでもあった? レナ(私服): お疲れ様、魅ぃちゃん。良いことっていうか……ちょっと、ね。 レナ(私服): 2人だけの内緒、かな……かなっ。だよねっ、菜央ちゃん? 菜央(私服): う、うん……えへへっ……。 魅音(私服): えー、何それ?ずるいなぁ、私にも教えてよー! そう言って口をとがらせながらも魅ぃちゃんはエプロンを身につけてから手を洗い、まだ手つかずの野菜の下ごしらえにかかっていく。 そういえば、こんなふうに私が冗談交じりでもお互いの秘密を持ち合えるのは……これまでだと、魅ぃちゃんくらいだった。 でも、今はもうひとり……菜央ちゃんがいる。その幸せすぎるあたたかさを、私はそっとありがたくかみしめていた……。 Part 02: 詩音(私服): と、いうわけで!待ちに待ったカラオケ大会がやってきました!皆さん、準備はいいですかー? 一同: おおおぉぉぉおおぉぉっっ!! 魅音(私服): ……何であんたが仕切っているのさ、詩音。今日はバイトがあるから来るのは難しいって言っていなかったっけ? 詩音(私服): 気が変わりました。女心と春の空ってやつです。 魅音(私服): いや、それ秋のことわざでしょ……。春がそんなに変わりやすい季節であってたまるかっての。 詩音(私服): 細かいことは言いっこなしですよ、お姉。それに私、こういうマイクパフォーマンスが最近くせになってきたみたいなんです♪ 魅音(私服): ……ツッコミどころ満載だけど、まぁいいや。けど、やると言ったからにはしっかりと仕切ってみせてよね。 詩音(私服): もちろんです。あと、こんなこともあろうかと思って、皆さんの歌の採点ができるよう準備をしてきましたよ。 美雪(私服): 採点……っ? 魅音のカラオケ機材って、歌の採点機能があったりするの? 魅音(私服): いやいや……さすがにそんなのはないって。っていうか、最新型でも採点するってシステムは搭載されていなかったと思うんだけど……。 美雪(私服): んー、そうなの?でも私の知ってるカラオケ機には、確か……。 げしっっっ!! 美雪(私服): 痛ったぁぁああっ?な、何するんだよ菜央っ? 菜央(私服): 美雪、あんたね……そうやってうっかり八兵衛が続くようだったら、いい加減蹴っ飛ばすわよ?! 美雪(私服): もう蹴っ飛ばしてるじゃん!マリーシアじゃなく、完全にファールで一発レッド退場のレベルだよ! 沙都子(私服): ……マリーシアって、何ですの? 梨花(私服): サッカー用語なのです。わざと相手に倒されたように見せかけて、反則を誘う高等テクニックなのですよ。 羽入(私服): いつの間にサッカーのことに詳しくなったのですか、梨花……? 一穂(私服): ま……まぁまぁ、菜央ちゃん。美雪ちゃんも、わざとじゃない……よね……? 美雪(私服): ちょっ……キミまで疑うのか、一穂っ? 詩音(私服): はーいはい、脱線はそのくらいで。話が一向に進まなくなります。 詩音(私服): ちなみに、私が用意したのは審査員です。そのあたりを公平に見る……じゃなくて、聴いてくれる方を呼んできました。 詩音(私服): では……よろしくお願いします! 富竹: あ、あははは……どうも、よろしく。 大石: んっふっふっふっ……! まぁ公平に関しては、おまわりさんの代名詞みたいなものですからね。どうぞお任せ下さい。 魅音(私服): ふむ、なるほど……。大石さんはいささか胡散臭い感じだけど、富竹さんは人畜無害で大丈夫そうだねぇ。 富竹: そ、そんな言い方はひどいなぁ、魅音ちゃん……。 詩音(私服): もちろん、これだけじゃありませんよ。救護テントで暇そうにしていたので、監督にも来てもらいました♪ 入江: 私は、歌に詳しいわけではありませんが……医師として客観的かつ、公私混同を排した判断を行ってきたという自負があります。 入江: ゆえにこの入江京介、心を鬼にして皆さんの熱唱に点数をつけさせていただく覚悟です! 圭一(私服): お、おい監督……?そこまで肩肘張った姿勢を公言されると、こっちもやりにくくなるんだが……。 詩音(私服): では、始めましょう! エントリーNo.1、トップバッターは我らが北条沙都子ー! 曲は――。 入江: 100点! 魅音(私服): こらー、監督! 何が客観的だ!前言を翻すのが早すぎでしょっ?せめて歌を聴いてからにしろぉぉぉおっ! 入江: 何を言うのですか、魅音さん。私は冷静に、自分の心の動きを考えた上で歌を聴く前に採点をさせてもらったのです。 入江: なぜなら、歌を聴いてしまうと私は……あっという間に沙都子ちゃんに心を奪われてしまいます!そして即座に、1億点をつけたくなることは確実ッ! 魅音(私服): ……ちょっと、詩音!何でこの人を審査員に選んだんだよっ?明らかに人選ミスの極みでしょうが! 詩音(私服): うーん……くじ引きの結果とはいえ、最初に沙都子になったのは誤算でしたね。 詩音(私服): でも、大丈夫です! こうなった時のために、ちゃんとバランサー役の人を連れてきましたから! 鷹野: くすくす……入江先生?仮にも子どもたちのゲームにおいたが過ぎるのは、あまり感心できませんわね……? 入江: ……鷹野さん。お言葉ですが、これは人間が元来所持する性というものなのです。 入江: 確かに私は、自他共に認めるメイド好きです。ですが、可愛いものを可愛いと判断するのは当然の理屈であり永遠の真理……。 入江: ですから私は、自分の心に正直な感想を抱いた上でそれらを反映したありのままの評価を下したい……ゆえに嘘や忖度などは、決して認められませんッ! 菜央(私服): ……ありていに言って、気色悪いわね。 レナ(私服): はぅ……「これ」がなければ、とてもいい先生なんだけどね。 梨花(小悪魔): みー……だったらボクたちは、この格好で勝負に出るのですよ。 羽入(ゴスロリ): あ、あぅあぅ……なんで僕までもが、こんな格好をしなきゃいけないのですかー?! 入江: ぐはっ?り、梨花さんの小悪魔姿と羽入さんのゴスロリメイド姿が、私の目の前に……?! 入江: そ、そんな……!可愛さの極みである沙都子ちゃんの熱唱と、メイドペアの至高の美に点数をつけよとっ? 入江: これはまさに、神に対する冒涜にも等しい禁忌の所業!私はどうすればいいのですかっ、誰かご教示をぉぉ!! 沙都子(私服): ……とりあえず、豆腐の角にでも頭ぶつけてそのままくたばってくださいまし。まずは歌ってから点数をつけてもらいますのよ。 一穂(私服): あ、あははは……。 Part 03: 詩音(私服): ……って、フィニッシュ!これが園崎家の頭首代行、園崎魅音の実力だー!! 大石: んっふっふっふっ……パンチの効いた歌声でした。さすがは、私たち警察に向かって権力の犬だのと大声で罵ってきただけのことはありますねぇ~! 魅音(私服): 全然褒め言葉になっていないご賞賛、どーも!で、点数は……。 魅音(私服): ぃよおおぉぉっし、暫定1位!羽入の点数を1点抜いたぁぁあぁ!! 羽入(ゴスロリ): あ、あぅあぅあぅ~!今回は魅音に負けてしまったのですよ~! 梨花(小悪魔): みー……羽入はまだいいのです。ボクは鷹野から2点しかもらえなくて、最下位争いなのですよ。 沙都子(私服): ……私なんて、1点でしたわ。ちゃんとミスなく歌いましたのに、納得いきませんのよ……! 鷹野: ごめんなさいね梨花ちゃん、沙都子ちゃん。私って実は、ぶりっ子なアイドルソングがあまり好きじゃないの。 沙都子(私服): 公私混同ですわー!ご自分が年齢の関係でアイドルになれないからって、逆恨みが入りまくりですのよー?! 鷹野: ……沙都子ちゃん、0点。いえ、今の発言は審査員批判だからマイナスね。総合点も0点にしておきましょう。 沙都子(私服): なっ……じょ、冗談ですわ鷹野さんっ!ちょっと口が滑ってしまっただけでしてよ?! 美雪(私服): 口が滑った……ってつまり、内心ではそう思ってたってことなんじゃ……? 鷹野: ……沙都子ちゃんの罰ゲーム、決定ね。この後、入江先生の1日着せ替え人形になるってのはどうかしら? 入江: おぉぉおおおぉっ?そ、それは何というご褒美ですかっ?! 沙都子(私服): むしろ生き地獄ですわ~!ふあああぁぁぁあああんっっ!! 魅音(私服): まぁ、監督を喜ばせるかどうかはさておいて……次は一穂、歌ってみる? 一穂(私服): わ、私はそこまで上手なわけじゃないから……。 魅音(私服): うまい、下手なんて関係ないって。大声で歌ってみると、結構気持ちがスカッとしていいもんだよ? 詩音(私服): っていうか、お姉は余裕ですねー。最大のライバルだった羽入さんと競り勝って、もう優勝したつもりですか? 魅音(私服): べ、別にいいじゃんか、少しくらいは!美雪はダークホース的な存在だったけど意外に点が伸びなかったし、あとは……。 菜央(私服): えっ? あ、あたし……? 魅音(私服): どう? 菜央ちゃんって、お母さんとカラオケボックス……? ってところに行ったことがあるんだよね。 魅音(私服): じゃあ、結構歌がうまかったりするんじゃない?一度聞かせてよ! 菜央(私服): あ……で、でもあたし、こういう場でひとりで歌ったこと、ないから……っ。 魅音(私服): 大丈夫だって!一度当たって砕ければ、どーんと度胸がつくってもんさね! 詩音(私服): お姉……あまり無理強いするのは失礼ですよ。菜央さんが乗り気じゃないんだったら、他の……。 レナ(私服): …………。 魅音(私服): あれ……レナ?歌本を広げているけど、何か歌うつもり? レナ(私服): ……魅ぃちゃん。レナも歌ってみても、構わないかな……かな? 魅音(私服): えっ……?もちろん、全然問題なしだけど……珍しいね。いつもは聴く側がいいって言っていたのに。 魅音(私服): 何にする? 演奏ができるのはこのリストに載っている曲だけど。 レナ(私服): じゃあ……これにする。マイク、貸してもらってもいい? 菜央(私服): レナちゃんが……歌う……?! 美雪(私服): えっ、ちょっ……? 一穂(私服): ……なんだか、かっこいい伴奏だね。菜央ちゃん、これ知ってる? 菜央(私服): しっ……黙って!みんな、手拍子もしなくていいから! 美雪(私服): って、そのカセットデッキはまさかっ……?録音って言ってたの、あれ本気だったの?! 菜央(私服): 当たり前でしょ!レナちゃんの歌なんて激レア、国宝級なんだから!! 羽入(ゴスロリ): あぅあぅ、レナが歌うにしては勇ましいイメージの曲なのですよ。 沙都子(私服): 確かに……少々意外な感じですわね。レナさんなら、もっとしっとりした曲がお好みだと思っていましたのに。 梨花(小悪魔): みー。聴いて楽しい曲と歌って楽しい曲は別だったりするのですよー。 レナ(私服): 瞬間の、ニュアンス~……♪言葉には、できない~……!! レナ(私服): はぁ、はぁ……お……終わったのかな、かな……? 詩音(私服): ……っと、思わず聞き惚れちゃいましたね。さて審査員の皆さん、採点をどうぞっ! 富竹: いやぁ、実にエネルギッシュな歌いっぷりだったよ。これはもう、高得点をつけるしかないね! 大石: いやいや、驚きました。普段は大人しい方だと思っていましたが、こんな特技もお持ちだったんですねぇ。 入江: えぇ、素晴らしい……!お見事でした、レナさん! 鷹野: 媚びるような曲調や歌詞だったら切って捨てているところだけど……いい曲ね。気に入ったわ。 詩音(私服): お……おぉっ?なんと、暫定トップのお姉を抜きました!文句なしの1位、優勝でーす!! 魅音(私服): おめでとう、レナ……!すっごく歌うまいじゃん、びっくりしたよ! レナ(私服): は、はぅ……ごめんね、魅ぃちゃん。せっかく1位だったのにレナが邪魔しちゃって。 魅音(私服): あっはっはっはっ、いいってそんなの!全力を出して負けたんだから、むしろ清々しいよ! 魅音(私服): ……でも、意外だね。レナってこういう激しい歌は、あまり好きじゃないのかもって思っていたからさ。 レナ(私服): あははは……魅ぃちゃんの言う通り、ちょっと歌って発散してみたくなったんだよ。それに……。 菜央(私服): ? どうしたの、レナちゃん? レナ(私服): ……。ううん、なんでもないよ。 レナ(私服): (菜央ちゃんが困っているのを見て、ついレナが代わってあげたくなった……) レナ(私服): (なんて言ったら、笑われちゃうかな……かな?)