Part 01: ……夢を、見ていた。 忘れたくても忘れられない、過去の記憶。私が「私」であることを捨てようと決心し……大切な人との別れを誓った、あの日の思い出だ。 …………。 いや、違う。これは「私」の記憶じゃない。「竜宮礼奈」として生きてきた私は、こんな過去を経験した覚えがないからだ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: (だとしたら、これは誰かの記憶……?) 自分のものではないはずなのに、心のどこかで既視感を抱いてしまう錯覚……いや、実感とでも呼ぶべきだろうか。 その証拠に今、目の前の光景に映っている「あの人」は間違いなく私の大好きなお母さんだ。 彼女は、どこかの喫茶店の席に座り……そして。 対面では、見覚えのある……どころではない「彼女」が冷たい怒りと憎しみをにじませながら固い表情を浮かべ、母「だった」人を見据えていた。 …………。 重苦しい沈黙が流れた後、……「彼女」は口を開く。テーブルの下で両こぶしを、爪が掌に食い込むほど固く強く握りしめて……。 #p過去の竜宮礼奈#s     りゅうぐうれいな#r: 『……私のこと、礼奈って呼ばないでください』 青ざめた顔の母親にそう冷たく返して私と同じ顔をした女の子――当時はまだ「礼奈」だった「彼女」は、席を立つ。 すぐさま、背後から名前を呼ぶ声が聞こえたはずなのにそれが届かなかったのか、それとも無視したのか……。 喫茶店を出るまで、「彼女」は一度も振り返らなかった。 街を歩きながら、「彼女」の表情は険しいままだった。 悲しくて悲しくて、悔しくて悔しくて……目に入る全てに苛立ちと憎々しさを抱いてしまうほどの怒りと嘆きの感情が、「私」にも伝わってきたのに。 「彼女」は……泣かなかった。いや、泣けなかったのだ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: (……気持ちを吐き出して、思いきり泣いてしまえばきっと楽になれるはずなのに……だけど……) 何が、邪魔していたのだろう。周囲に恥をさらしてはいけないという、矜持的なものか。誰かに心配をかけまいと強がった、自制心か。 それとも、それとも……。 …………。 ただ、「私」のところにまで伝わってきたのはぽっかりと胸に穴が空いたような喪失感……そして。 「彼女」にとっての「世界」を維持してきたルールと常識の全てが無価値で、無意味に変わり……何もかもが信用できなくなったという絶望感だった。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 『……っ……』 大好きな人の裏切り。母の妊娠。弟か、妹の存在……。父の顔とアキヒトおじさんの顔が脳裏で交差し、「彼女」の感情と思考をぐちゃぐちゃに攪拌していく。 そんな混沌に満ちた苦悶と悲嘆の感情が、少し離れたところで見守る「私」にも理解ができた。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: (……でも……) かつての私……いや、可能性として確かに存在した「彼女」の衝動を当然のように理解したものの、その想いはどこか……他人事のようにも感じる。 たとえるなら、周囲にある全てを巻き込みながら荒れ狂う大きな濁流を、影響の受けないところから眺めている……とでも言うべきだろうか。 もしかしたら氾濫が拡大して、ここにいる自分まで巻き添えになるかもという危惧は抱いているものの、感情はさほど乱れていない……そんな心理だった。 …………。 だけど……いや、だからこそわかったことがある。この「世界」に母がいない理由と経緯、そして……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: お母さんとの別れを決意した時、「レナ」はこんな感情を抱いていたんだね……。 そう。私は、あくまでも「礼奈」だったから……この「世界」の「レナ」の気持ちがよくわかっていなかった。自分であって自分でない、他人だとさえ思っていた。 #p雛見沢#sひなみざわ#rがダムに沈んでしまうのは同じだけど、診療所で助け出した梨花ちゃんが絢花さんの代わりに元気な姿で過ごしていて……。 仲が良かった魅ぃちゃんや圭一くん、悟史くんと沙都子ちゃん、菜央ちゃんがいて……それほど違いがないと思っていた、この「世界」。 だけど……違う。私が「レナ」となって、私の家庭環境だけが大きく違っていたのだ。 母が新しい仕事を始めるため、家族で住み慣れた雛見沢を一度離れて……。 仕事自体は成功したものの母は浮気し、その相手との赤ちゃんができて、離婚する……。 そんな未来――別の「世界」が存在していたなんて、私は想像すら……したことがなかったのだ……。 レナ:私服: ……これで、わかった? #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……ッ……?! ……振り返った瞬間、鏡を見たのかと思った。でも、違う。「彼女」は鏡に映った像じゃない。 だから、すぐにわかった。「彼女」こそがきっと、この「世界」で本来存在したはずの「竜宮レナ」その人なのだと……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: あなたは……「レナ」……? レナ(私服): ……そうだよ。竜宮礼奈から、「い」やなことを捨てて生まれ変わった……竜宮レナ。 レナ(私服): 私であって、「私」じゃない。あなたとも違う「レナ」が……私。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: じゃあ……さっきまで見ていた光景は、あなたの記憶を再現したものなんだね。 私の問いかけに対して、「レナ」は無言で頷く。そして、冷ややかな表情でこちらを見つめ……激しい感情を抑えるような低い声でいった。 レナ(私服): 大好きだったお母さんは、お父さんを裏切った。そして、「私」までも裏切った……! レナ(私服): あいつは自分が幸せになりたくて、家族を捨てた!あんなにもお父さんが、仕事のためにって頑張ってくれていたのに、それを守ろうともせず! レナ(私服): 家族が自分のために応援していたんだから、大事にするのが当然じゃないか! なのにあいつはゴミのように切り捨てて、放り出して……! レナ(私服): だからレナは、家を……家族を守るために精一杯戦ったんだよっ!! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……。そのために、「あんなこと」をしたんだ。他に選択肢は……いい方法はなかったの……? レナ(私服): ない! あるわけがない!本当に不幸な人間はね……必死なんだよ!きれい事が通用しないくらいにね!! レナ(私服): 北条鉄平も間宮リナも、私の家を壊そうとしたッ!だから頑張った、戦ったッ! 守り通したッッ!! レナ(私服): レナは頑張ってきた、死に物狂いで頑張ってきたッ!その事実は誰にも否定させない……させるものかッ!! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……うん、そうだね。あなたは頑張った。頑張って頑張って、頑張り続けた……。 本心からそう思って、私は「レナ」の努力を認め……畏敬の念を抱く。 確かに、あの状況で何も手を打たず放置すれば遅かれ早かれ竜宮家は崩壊していただろう。警察に駆け込んだところで、救われたかどうかは不明だ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: でも……。 だからこそ、尋ねたかった。「レナ」の本当の気持ちを……そして……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: あなたが、頑張って守りたかったのは……誰?お父さん? 本当に、そうなの……? レナ(私服): っ……?! 問いかける声は自分でも驚くほどに悲しくて……それに驚いたのか、レナの顔がわずかに強ばる。 ……「レナ」は私だ。だから私自身が、彼女に問いたださなければならない。 誰しもが遠慮し、はばかるような詰問であっても容赦なく突きつけなければ、「レナ」の真意には誰もたどり着けないのだから……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 確かに……お父さんはだまされた。お母さんのためにずっと、誠実に頑張っていたのに……だからとても、かわいそうだと思ったよ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……でも、それからは? レナ(私服): えっ……? #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 離婚してからも、仕事に就かず……お母さんからもらった慰謝料で怠惰に暮らしていた。おまけに夜のお店に通って、女性に入れあげて……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: お母さんが残してくれた貯金……かなりの額を、その人のために使っちゃったんだよね。私の進学のためのお金も、あったはずなのに……。 レナ(私服): そ……それは……お父さんは傷ついてたんだッ!心を休める時間が必要だったからッ……! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……うん、そうだね。お父さんは傷ついていた。でも……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: それは、「レナ」だってそうだよね?あなたも傷ついていたし、疲れていた。……「レナ」は、心を癒やすことができたの? レナ(私服): ……ッ……! 頑なな憎悪に満ちていた表情に、困惑の色が宿る。それを見逃さず、私は言い募っていった。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: あなたは、お母さんとアキヒトおじさんの関係に気づかなくて……2人の浮気を迂闊にも見過ごした、加担してしまったって考えて、自分を責めていた。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: だから、そんな自分が許せなくて……心を休めなきゃいけないってわかっているのに、そんな権利はないって休めなかった。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: でも、休めないから辛くて、苦しくて……なんとかしようと自分を騙しながらも笑顔で振る舞おうと努力して、努力して……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……結局心が壊れて、友達を傷つけた。そのせいで元々いた学校にいられなくなって、雛見沢へ逃げ戻ってきた――。 レナ(私服): ……ぅ、……っ……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: あの子たちに悪いことをした自覚は……あるよね。わかるよ、だって私はあなただから。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: その罪を一生背負っていく覚悟があることもよくわかっているつもり。……でもその間、お父さんは「レナ」に何をしてくれたのかな……? レナ(私服): ……っ……? #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: あなたは、記憶がぼんやりしていて覚えていないかもしれないけど……記憶を共有したおかげで、私は「見た」よ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 精神科でしっかりカウンセリングを受けた方がいいって言われた時……先生はあなたに、保護者と一緒に行きなさいって伝えたんだよね。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: だけど、その話をしてからお父さんは……あなたに何回ついてきてくれた? レナ(私服): う……っ……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……「仕事探しで忙しい」。それがお父さんの言い訳だった。あなたはそれを、何度も聞いてきたはず。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: でも、お父さんは本当に……ちゃんと就職活動をしていたのかな……かな? #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: あなたがカウンセリングにひとりで出かけて、帰ってきた時……お財布の中身から、お金が減っていたことがあったよね。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: それに、そういうお店の名前が入ったマッチや名刺が服のポケットに入っていた……説明しなくても、どういうことかわかるでしょう? レナ(私服): …………。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: お父さんは、傷ついたあなたを見ないようにしていた。自分のせいじゃない、悪いのはお母さん……そう思って、まるで腫れ物に触るような扱いだった。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: お父さんを裏切ったのは、間違いなくお母さん。それは事実で、言葉を取り繕ってもごまかせない……どんなに責められても、仕方がない。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……でも、あなたは疑問に感じなかった? #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: あれだけ仕事も家庭もしっかりと両立させながら、「私」のことを大切にしてくれていたお母さんがどうして他の男性に気持ちが傾いたのか……って。 レナ(私服): ……ぁ、……っ……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: それにお母さんは、お父さんを裏切った。……でも、「礼奈」のことまで裏切った? #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: お母さんは「礼奈」を引き取る気だったし、ちゃんと相手の男の人にあなたを会わせたよね。彼がどんな人なのかを、教えるために。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: それから……お母さんは、お金も社会的地位もお父さん以上にあった。だから、力ずくで私の意思を無視して引き剥がすことだってできた。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: それをしなかったのは……どうして?あと、離婚の慰謝料にしては大きすぎるお金を渡してくれたのは……? #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 全部、私の意思を尊重して……将来のことを考えてくれたからじゃないの……? レナ(私服): …………。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……これは、私の想像だけど。お母さんも仕事で疲れて、傷ついていたんだと思う。言葉に出したり、表情に見せたりしなかっただけで。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: それでもあの人は、最後の最後まで「私」のことを大切にしたいと思って――。 レナ(私服): ……だから、だからなに?! レナ(私服): お金払ったんだから誠意があるって?!札束で顔を叩いて、黙らせただけじゃないッッッ!!その大金のせいで悪党どもに目を付けられたのに?! レナ(私服): 私のことを大事に思っているなら、最初から浮気なんてしないのが当然じゃないかッ?! そう言って「レナ」は、怒りに満ちた表情で言い返す。……でもその勢いはさっきよりも弱く、動揺があらわだ。 そう……私に対して、彼女は完璧に言い返せないのだ。母が最後まで優しかったのは間違いなく事実で、だからこそ苦しんだことを嫌というほど痛感している。 それがわかればこそ……私は、続ける。たとえ彼女自身の存在意義を破壊されることになろうと、これは「私」にしか突きつけられないことだから……! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 「レナ」……思い出して。あなたの記憶の中でお母さんは、「私」にお父さんの悪口を言ったことってあった? レナ(私服): えっ……? #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 陰でお父さんの悪口を吹き込んだりして、嫌いに仕向けるようにした?……してなかったよね? レナ(私服): ……っ……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: それは「私」が、お父さんのことも大好きだから。どんなに不満があっても、我慢してくれていた……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: でも、だんだんお母さんも耐え切れなくなって……誰かに救いを求めるようになったのかもしれない。あの人を追い込んだのは、むしろ――。 レナ(私服): ……う、うるさいうるさい、うるさいぃぃいいっっ!! 諭しながらも畳み掛ける私の言に対して、ついに我慢が限界に達したのか「レナ」は大声で怒鳴りながら遮ってくる。 ……でも、理解できる。これは拒絶じゃない、どちらかといえば「放棄」だ。 考えれば考えるほど、思い返せば返すほどに心当たりがありすぎて……だから……。 レナ(私服): 「礼奈」……なんでお前は、あの女の肩を持つんだっ?あいつにも事情があったから仕方ないとでもいうのか?! レナ(私服): 悪いのはお父さんも一緒だから、あの女を許せってッ?!ずっと支えてきたお父さんが可哀想だと思わないのかッ?! レナ(私服): それともお前は、何もできなかった私を責め立てて悦に浸りたいだけなのかッ?! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……違うよ、「レナ」。私が言いたいのは……! レナ(私服): どうして……どうしてわからない?!お前は私なのに! どうして私の痛みがわからないんだ?!それに……それにッ!! レナ(私服): 母親が裏切らなかった「世界」に生まれて、恵まれた環境でぬくぬく暮らしてきたお前が、私に対して偉そうに説教できると思うなぁぁあぁっ!! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……ッ……! 投げつけられた言葉に……一瞬、息が止まる。その隙を見逃さず、今度は「レナ」が巻き返してきた。 レナ(私服): お前だって、ダムが沈んだ後は引っ越す予定だった!その先であの女が浮気しない保証なんてどこにあるっ?裏切られた時に、今と同じことが言えるのかっ?! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……それは……うん、そうだね。その可能性がないとは……言い切れないよ。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: お父さんとお母さんは、将来に対しての想いが違う。どこかでぶつかるか道を違えてしまって、同じことが起こったかもしれない。でも……。 レナ(私服): ほら、そうじゃないか!お父さんが悪いんじゃない! 悪いのはあの女と……。 レナ(私服): ……アキヒトおじさんを拒まなかった竜宮礼奈だッ! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……っ……! その決めつけに対して、さすがの私も反感を覚える。 ……あぁ、そうだ。彼女は「い」やなことを捨てることで、「レナ」になったわけじゃない。 むしろ、「い」やな記憶をかつての自分に押し付けることで自らの罪から目を背け、逃れようとしていた……? レナ(私服): 世の中には、優しくするべき大勢と、そもそも優しくしてはいけない『敵』がいて……そいつらは存在するだけで、世界を害する! レナ(私服): なのに、それに気づかず間抜けにも好感を持って……仲良くしていた「礼奈」が悪かったんだ! レナ(私服): 私が、アキヒトおじさんを全力で拒んでいれば、お母さんだって思いとどまったかもしれないのに……ッ! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 「レナ」……あなたは……。 レナ(私服): ……っ……! レナ(私服): ……お前のところに、アキヒトおじさんは現れなかった。だからお前は、何の罪も犯さなかった! レナ(私服): 平和に両親と暮らせたお前にッ!レナが喉から出るほど取り戻したかった生活を当たり前のように満喫していたお前にッッ!! レナ(私服): 何の罪も犯したことのないお前にッ……!! レナ(私服): 私たちの傷の深さが、理解できるものかぁぁあッ!!! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: …………。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: ……罪は、あるよ。「レナ」とは違う、「私」だけの……罪が。 「レナ」の言葉の数々を聞いて……確信する。 恵まれていたからこそ……悲しみや苦しみを知らなかったせいで、できなかったことがあった。 私はそれを、いまだに忘れられなくて……だから……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: あの「世界」にいたのが私じゃなくて、レナだったらよかったって、……今なら、思うよ。 レナ(私服): ……っ……? 目を閉じると今も浮かぶ惨劇……「レナ」のものではない、「礼奈」の記憶だ。 どうしてあんなことになったのか、全くわからない。でも……この「世界」に来て、ひとつだけ思ったことがある。 絢花: 『……私に話しかけなくて結構です。取り繕った表面上の優しさなんて要りませんので』 頭の中で蘇る、最初の絢花ちゃんとの会話。今でもはっきりと内容を思い出せるのは、その時がとても……悲しかったからだ。 その思いに囚われてしまったせいで、「私」はあの時……あの「世界」で失敗してしまったんだと……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 大事な人に傷つけられて……でもその傷を乗り越えて、人を大切にできる……誰かのために頑張れる、「レナ」だったら……。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 差し伸べた手をたった1度振り払われたからってガッカリして距離を取るような、情けない「礼奈」じゃなかったら……! #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 絢花ちゃんを追い詰めて、あんなことにはならなかったかもしれない……!惨劇だって、回避できた……なのにッ……! レナ(私服): っ……うるさいうるさいうるさい、うるさぁぁぁああぁいいっっ!!! 「レナ」は大声を張り上げ髪を振り乱しながら、「私」に背を向けて駆け去っていく。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: 待って、「レナ」……! それを追いかけようと、とっさに手を伸ばし――。 そこで私は、夢から……醒めた。 #p竜宮礼奈#sりゅうぐうれいな#r: …………。 覚醒と同時に開いた目で周囲を軽く見渡し、ここが「レナ」の部屋であることを確認する。 レナと礼奈の部屋は、似ているようで……違う。特に庭を見た時は粗大ゴミだらけで、驚いたほどだ。 だから正直、最初はかなり戸惑ったけど……近頃になってようやく慣れてきた気がする。 今の私が、レナであることを受け入れつつあると言い換えてもいいだろう。 レナ(私服(二部)): …………。 窓から差し込む太陽の光はいつもより強く、枕元の時計の針はいつもより少し遅い時刻を指している。 レナ(私服(二部)): お母さんがいない竜宮レナ……か……。 呟きながら私は立ち上がり、ハンガーラックに手を伸ばす。そして制服ではなく……私服を掴んで、着替えた。 のろのろと手を動かす胸の内側では、今も夢の中で怒りと悲しみに荒れ狂う彼女の言葉が残響している。 レナ(私服(二部)): (全部、同意すればよかったのかな……) どうして母親を庇うのだと、レナは問うた。でも礼奈だって、質問したかった。 レナ(私服(二部)): (なんで「彼女」は、あんなにも頑なにお母さんを認めようとしないんだろう……?) お母さんが全部悪い。お母さんが浮気しなければ何も起きなかった……その感情は理解できる。 いや、むしろその感情をまるごと受け入れる下地は私の中にとっくにできていた。 ……だから、「礼奈」が「レナ」の悲しみを受け入れて母の仕打ちに涙しながら怒りに燃え、お父さんを守ろうと奮闘すれば、「彼女」も少しは納得できるかもしれない。 レナ(私服(二部)): (でも今、私がレナに同調したら……) ……鏡に映る、「竜宮レナ」の姿。 辛くて苦しい時間を過ごしてきた「レナ」。私の知らなかった、もう1人の……「私」。 それぞれが相反する存在だったとしても、どちらかの意思を否定するのはおかしいと思う。 だって私たちは、「私」であって「彼女」。両方が確かに存在して、幸せになりたいと必死に頑張ってきたのだから……。 レナ(私服(二部)): ……一緒に引き金、ひいてあげるね。ひとりだったら辛いかもしれないけど。 レナ(私服(二部)): ふたりだったら、きっと……。 Part 02: 切り終えた最後の食材をラップで包んでいると、奥の部屋からもぞりと物音が聞こえてくる。 レナ(私服(二部)): おはよう、お父さん。 レナの父: おはよう、礼奈……。 笑顔で振り返ったそこに立っていたお父さんは、起きてきたのにまだ眠そうだ。 おそらく夜中までTVを見ながら、お酒を飲んでいたのだろう。かなり遅い時間まで音が部屋まで聞こえていたから、間違いないと思う。 レナの父: ……礼奈、今日は学校じゃないのかい? レナ(私服(二部)): あ……うん。 お酒でむくんだ腫れぼったい目で時計を見やるお父さんに、私は朝食の小鉢を並べながらあらかじめ用意していた言い訳を伝えていった。 レナ(私服(二部)): 魅ぃちゃんに頼まれたことがあって、ちょっと#p興宮#sおきのみや#rに行ってくるね。分校には遅れるって伝えてあるから。 レナの父: そうか。……気をつけて行ってきなさい。 お父さんは特にとがめることもなく、茶碗を差し出すと無言で箸を取って朝食に手を付ける。 レナ(私服(二部)): (……気がつかないんだ) 娘がいつもと違う様子であることに、お父さんはまるで関心がないように見える。 ……傍目でもそうとしか感じられない素振りをまざまざと見せられて、私は内心でため息をつかずにはいられなかった。 レナ(私服(二部)): (それとも、実は気づいているのに知らないふりをしているんだろうか……?) レナ(私服(二部)): (厄介ごとに巻き込まれるのは、面倒だから……) ……この「世界」に来てから、私はずっとお父さんの姿を見てきた。 だから、可能性を疑う段階を通り越して……なんとなく、確信めいた思いを抱きつつある。 彼は、娘が人を殺したことはおろか中身が変わっていることも……気づいていない。 あれから唐突にリナも、鉄平も家に来ることがなくなったというのに……静かになって良かった、くらいにしか考えていないのだろうか。 レナ(私服(二部)): (もしかして、お母さん……私が見ていないところで、こういった情けないところを何度も目にしていたのかな……かな) それでも我慢して、我慢して……ついに、愛想が尽きた。悲しいことにその経緯と心理の動きが目に浮かぶようで、思わずこみ上げかけた嫌悪感を寸前で抑え込んだ。 レナ(私服(二部)): (それでも、この人は大事な肉親だ。それに、お父さんが大好きだったのも事実だから……) レナ(私服(二部)): (「レナ」が守ろうと考えた気持ちは、よくわかる。理解できないわけじゃないんだ……でも……) 「レナ」とは違う人生を歩んできた私だからこその……疑問。それが再び、私の脳裏に蘇ってくる。 レナ(私服(二部)): (レナが守りたかったのは、本当にお父さんとの生活だったのかな……?) お父さんの日常の過ごし方が、ここしばらくの間に私が見てきたものと同じなら……「レナ」もまた、失望したかもしれない。 そして、私がため息が出そうになったようにレナもまた彼のことを頼りないと感じて……母と同じことを考えてもおかしくなかったと思う。 レナ(私服(二部)): (そんな思いを抱こうとしなかったのは、やっぱりお母さんのことを憎んでいたから……?) レナ(私服(二部)): (お母さんと一瞬でも気持ちが重なるのが、嫌だった。あの人みたいに、なりたくなかったから……でも) レナ(私服(二部)): (そうやって自分を嫌って意固地になった結果、最悪の状況に陥った……?) だとしたら守りたかったのは父ではなく、むしろ……。 レナ(私服(二部)): (……そうか) レナ(私服(二部)): (だから私、こんなにお父さんにイラついているんだ。この人の向こう側に、過去の自分が見えるから……) ……あの「世界」で起きた惨劇を思い出す。「レナ」ではなく、「礼奈」が目の辺りにした悪夢のような光景を。 どうしてあんなことになったのか、私にはわからない。 ただ……直接敵ではなくとも、絢花ちゃんが何らかの理由で関わっていたのではないかと今になってぼんやりと思い始めていた。 ……古手絢花。梨花ちゃんの代わりに連れて来られたという、彼女の遠縁の親戚。身代わりの巫女。 彼女の存在は、出会う前から知っていた。……村の人から、聞かされていたから。 愛想がない、やる気が無い、目つきが悪い。気味が悪い、縁起が悪い……。 あんな子に由緒正しい古手神社を任せて本当にいいのか? しかし他に代役がいないのだから仕方ない。でもあの子は嫌だ、でもでも……。 そんな他の大人たちの言葉に、私の両親も素直に同調していて。 同い年だから同じ分校に通うことになると知った時は、明らかに心配している様子だった。 さらに、分校の教室に最初に現れた絢花ちゃんは噂通りの無愛想で……話しかけても、返ってきたのは前に思い出したような冷たい言葉だ。 だから私はあの時、あの瞬間……認めたくはないのだけど……。 レナ(私服(二部)): (絢花ちゃんに、嫌な感情を持ってしまって……噂は本当だったんだって……思った) 村の人たちが言っていた。絢花ちゃんは村を利用するためだけにやって来た、金や地位目当ての名ばかりの巫女――。 それが真実だと思ってしまって……古手絢花との関わりを避け続けた。彼女がそういう人なら仕方ないと、自分に言い訳して。 レナ(私服(二部)): (でも……そう決めつけたのは、間違いだった。自分でもすぐにわかったはずなのに、どうしてもわだかまりを取り除くことができなくて……) ……私は、悲しかったんだ。勇気を出して話しかけたのに、冷たくあしらわれたことが。 そして、悲しい気持ちはいつしか諦めになってしまった。 仲良くする気がないのだから……絢花ちゃんが孤立して話しかけられなくても当然。悪口を言われても、本人のせい。 ……私は、悪くない。そう、思いたかったのだろう。 レナ(私服(二部)): (自分が優しい人間だと、思いたかったから。冷たい人間だと、思いたくなかったから……) 逆に、一穂ちゃんに優しくできたのは彼女が絢花ちゃんと違って声をかけたら、嬉しそうについてきてくれたからだ。 つまり、一穂ちゃんと仲良くなれたのは彼女が勇気を出してくれたおかげ……? レナ(私服(二部)): (だとしたら、私は……優しくなんて、ない) ……認めよう。今、自分がお父さんに感じている苛立ちは過去の自分への自己嫌悪だ。 お母さんには罪がある。絢花ちゃんも……多少は、あったかもしれない。彼女の冷たい態度は、何度も目撃してきたから。 でも、それを……自分が悪くない理由にしていいのだろうか。 仕方ないと自分に言い訳して。向こうが悪いとうそぶいて。 楽な方へ、楽な方へと流された「礼奈」の姿が……今のお父さんと重なってしまう。 裏切られて傷ついたんだから、仕方がない。優しくしようとしたけど、断られたから仕方がない。 「礼奈」とお父さんは、そっくりだ。……悲しいくらいに親子だと思ってしまう。 レナが母を否定したように、#p礼奈#sわたし#rは父を否定したい。 でも、否定したら……きっと、酷いことになるから。否定せず……背負い続けるしかない。 レナ(私服(二部)): (あの惨劇を、礼奈は止められたかもしれない。少なくとも、そのチャンスはあったはず) 絢花ちゃんに冷たくされても諦めず、もっと早く……そう、一穂ちゃんたちのように絢花ちゃんと仲良くなれていたら。 あの惨劇は……防げたかも、しれない。魅ぃちゃんや村人たちの暴走を止めることだってできた可能性があるのだ。だとしたら……。 レナ(私服(二部)): (あの惨劇は……私にも、責任がある) 「レナ」には存在しない、「礼奈」の罪。……それがあるから、「レナ」と「礼奈」は完全にはかみ合わない。 そして私は、私だけの罪を……黙って、静かに噛みしめることしか……できないのだ。 レナ(私服(二部)): (……今の「礼奈」を知ったら、圭一くんはどう思うだろう) 自分が命がけで助けた女の子……「礼奈」は助けるだけの価値がなかったと知ったら、やはりガッカリするだろうか。 そして、菜央ちゃん……。 あの子のことを思い浮かべると、私はなぜか自分を厳しく戒めなければと思ってしまうのだ。 年下への親愛ではない……どちらかと言えば、矜持。この感情を言葉で表すとすれば、むしろ……。 レナの父: ……どうした、レナ? 考えに浸っていると、声をかけられ我に返る。 レナ(私服(二部)): なんでもないよ……あ、そうだ。 レナ(私服(二部)): もし帰りが遅くなったら、夕食のレシピを戸棚の引き出しに入れてあるから……それを見ながら、料理を作ってみてね。 レナの父: え? でもお父さんは、料理なんて……。 レナ(私服(二部)): 食材は下ごしらえして、冷蔵庫に入っているから。簡単にできると思うよ。 お父さんの声を、わざとらしいまでの笑顔とともに遮る。 そして、一瞬苛立ちが芽生えかけた迂闊さを戒め努めて優しくなろうと、私は自分を励ますように続けた。 レナ(私服(二部)): 大丈夫、お父さんはちゃんとできるって、知っているから……ねっ。 そう、私は知っている。お父さんは、本来できる人だと。願望ではなく、事実として……ちゃんと見てきたからだ。 にもかかわらず、こんなにも彼を怠惰な姿勢にさせてしまったのは……「レナ」が今の家庭に対して抱く後ろめたさが生み出した功罪なのかもしれない。 レナの父: あ、あぁ……わかった。 やや怪訝そうにしながらも、軽く気圧されたのかお父さんはそう言って頷いた。 レナ(私服(二部)): 食べ終わったら、食器を洗っておいてもらえるかな?調理道具は作りながら洗ったから、お茶碗とお皿だけ。 レナの父: えっ……? レナ(私服(二部)): はぅ……ダメかな?レナ、そろそろ行かないといけないんだけど……。 レナの父: いや、でも上手に洗えないかもしれないからあとでレナが洗った方が……。 レナ(私服(二部)): 大丈夫。お父さんならできるよ。 レナの父: ……うん。 曖昧に頷く姿を見ていると、私が帰ってくるまでとりあえず忘れたことにして洗わないまま、放置するつもりかもしれない。 ……でも、言うべきことは言った。これ以上無理を強いるのはやめておこう。 レナ(私服(二部)): じゃあ、行ってくるね。 レナの父: あ、あぁ……気をつけて。 お父さんを置いてテーブルから離れ、自分の部屋に戻って出かける準備を整える。 レナ(私服(二部)): (この感じなら、バスには間に合いそう) 用意を済ませ、さて……と思うと同時に、玄関先のチャイムが鳴った。 レナ(私服(二部)): はぅ、こんな時間に誰だろう……? はーい。 慌ただしく玄関に向かい、扉を開ける。 レナ(私服(二部)): あ……。 その瞬間、息をのんで固まる。だって、そこにいたのは……。 レナ(私服(二部)): 菜央、ちゃん……? 菜央(私服(二部)): ……おはよう、レナちゃん。ちょっとだけ……話を聞いてもらっても、いい? レナ(私服(二部)): はぅ……菜央ちゃん。どこまで行くつもりなのかな……かな? 菜央(私服(二部)): もう少しよ。ごめんね、無理に連れ出して。 レナ(私服(二部)): ううん、それは大丈夫だけど……。 レナ(私服(二部)): えっ……? そして……菜央ちゃんに促されて私がやって来たのは、あのゴミ山だった。 足を踏み入れるなり、漂ってきた生ゴミの臭いに思わず顔をしかめそうになる。 もしかしたらもうすぐここはダムになるから今のうちにと誰かが捨てて行ったのだろうか。それとも……。 レナ(私服(二部)): (う……っ) 思わず顔に出そうになった嫌悪感をなんとか押し込め、涼しい顔で隣で佇む菜央ちゃんを見る。 レナ(私服(二部)): はぅ、菜央ちゃん……聞いてもらいたい話って何かな、かな? 菜央(私服(二部)): …………。 それでも菜央ちゃんは、何も言わない。……もう予定していたバスは過ぎてしまった。次のバスに乗らなければ、今度は昼過ぎだ。 彼女には申し訳ないが、遅くなればなるほどせっかくの決心が鈍ってしまう。……そう考えた私は、おずおずと話しかけていった。 レナ(私服(二部)): あのね……この後にレナ、ちょっと用事が入っているんだ。だからあまり、時間が……。 菜央(私服(二部)): ……ここで、見つけたわ。 レナ(私服(二部)): ……はぅ? 菜央(私服(二部)): レナちゃんが隠した、例のものの痕跡。……お掃除、大変だったんじゃない? レナ(私服(二部)): ――ッ……?! 耳の奥から、……血の気の引く音が戦慄を伴って聞こえてきた。 レナ(私服(二部)): 例のものって……何のこと……? 震えて気が遠のきそうになるのを懸命にこらえ、なんとか平静を取り繕って声を絞り出す。 でも……その程度の嘘は甘いと笑うみたいに……。まるで宣告を下すように、菜央ちゃんは穏やかに言った。 菜央(私服(二部)): 間宮リナと……北条鉄平の死体。このゴミ山に埋めたのよね……? Part 03: 菜央(私服(二部)): ほら、見て……このお人形。ここで拾ったの。 菜央(私服(二部)): ここについてるの……汚れに見えるけど、血よね。しかも、新しい。 レナ(私服(二部)): ……ぁ……っ……? 菜央(私服(二部)): これを見つけるの、かなり苦労したわ……というか、これしか見つからなかったの。死体は見つからなかったけど、どこかに移動したの? レナ(私服(二部)): ……っ……。 菜央(私服(二部)): あ、でもこれはゴミ山の下の方にあったから、片付け中に見落としちゃったのかも……かも。 菜央(私服(二部)): もしかしたら、違う人の血かもしれないわね。でも、この血痕が北条鉄平か間宮リナのものかはわかる人が調べればすぐわかっちゃうと思うの。 菜央(私服(二部)): ……でも、大丈夫。誰にも言ってないし、他に証拠になりそうなものはどれだけ探しても見当たらなかったから……ね。 レナ(私服(二部)): ……なっ……?! 僅かに赤い染みのついた人形を差し出されて、私はもう平静を取り繕うことはできなかった。 レナ(私服(二部)): (見られて、いた……っ?!) レナ(私服(二部)): (そういえばあの時、菜央ちゃんは私が隠れて引きこもっている場所をすぐに探し当ててきた。ということは……?!) この「世界」で意識を取り戻した時……私の目の前には黒いビニール袋が置かれていた。 そのまま見過ごせばよかったのに、なぜか私は吸い寄せられるようにしてその袋に近づき……そして……。 レナ(ジャージ): 『ひっ……ぃ、いやあああぁぁぁぁあぁぁっっ!!』 落ちていたカッターで中を開けてみて、視界に飛び込んできた「モノ」を目の当たりにしたことで悲鳴をあげ、そのまま逃げ出してしまったのだ……! レナ(私服(二部)): (だとしたら……菜央ちゃんは……?) あの時、置き去りにしてしまった死体を彼女が発見した可能性は……十分に、ある。 いや、それどころか私ですら気づかなかったものを目撃していた可能性だって……?! レナ(私服(二部)): ……ぁ、……っ……! 出かける前に飲んだ水が一気に蒸発したかのように喉が干上がり、声すら出せない。 レナ(私服(二部)): (どうしよう、どうしようどうしよう……?!この子に嘘だけは言いたくないから、せめてこの場をしのげるような言い訳を……ッ!) と……そんな私を気遣ってか、菜央ちゃんはやけに優しい声色で言葉を繋いでいった。 菜央(私服(二部)): レナちゃん……この後用があるって言ってたけど、#p興宮#sおきのみや#rに行くつもり……なのよね?行き先はやっぱり、警察署……? 菜央(私服(二部)): 興宮警察署の大石さんと会って、自首するため……そうでしょ? レナ(私服(二部)): ……、……ぅ……! 冷たく、感情を抑えるように告げられた言葉を耳にして……一気に恐怖がわき上がる。 レナ(私服(二部)): (やっぱり、全部……全部菜央ちゃんは、知っていた……?!) 何もかもを見透かしたように菜央ちゃんは、動揺など欠片もない態度でそこに佇んでいる。 ……信じられなかった。恐ろしいとさえ感じていた。私が殺人を犯したという事実を知っていてもなお、今までと変わらない様子で相対していることが……。 レナ(私服(二部)): (なんで……?どうして、そんな顔ができるの……?) この「世界」に移動して……自分の置かれた立場を理解した時、私は混乱した。そして絶望の寸前にまで陥ってしまった。 ……逃げたかった。あるいは自らの命を絶って、全てを放棄したいと考えたのも一度や二度ではなかった。 だから……悩んで悩んで悩んだ挙げ句に自首すると決めたことで、ようやく私は救われた思いになったほどだったのだ。 なのに……どうしてこの子は、あっさりと事実を受け入れている……?! 仲良しだった友達の忌むべき凶行を全く恐れることも嫌悪することもないのは、いったいなぜ……?! レナ(私服(二部)): (ぅ、あ……っ……!) 視界がぐらぐらと揺れ……ともすれば意識が遠のきそうになって、足下の感覚がおぼつかない。 目の前に居る菜央ちゃんが、小さくて可愛い女の子から少しずつ……バケモノめいた姿にさえ見えてくる。 それは幻覚だと自分に言い聞かせても、どんどん恐ろしく膨らんで……そして――?! ……と、その直後。 レナ(私服(二部)): ……ぇ……? ふわっと風が柔らかくなびいて……お腹の辺りに、柔らかい感触を覚える。 おそるおそる見下ろすと、私のお腹に顔を埋めるように菜央ちゃんが……抱きついていた。 ゴミだらけで汚い地面に両膝をつく姿は、まるで懺悔をするようで……。 菜央(私服(二部)): ……かないで。 菜央(私服(二部)): 行かないで、レナちゃん……お姉ちゃんっ! さっきまでの落ち着いた様子をかなぐり捨てたように、菜央ちゃんは顔を上げて……私を見つめていた。 菜央(私服(二部)): っ……う……ぅうっ……!! そのつぶらな瞳からは、ボロボロと大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちて……頬を流れていく。 ……あぁ、そうか。彼女は、冷たい態度を取っていたわけじゃない。ただ感情を……必死に抑えていただけなのだ。 レナ(私服(二部)): ……菜央、ちゃん……。 私の中で膨らみかけていた怪物のイメージが、針を刺した風船のように急速に……萎んでいく。 レナ(私服(二部)): (どうして私、こんな子を恐ろしいなんて思ったんだろう……) 抱いた恐怖への罪悪感と後ろめたさに、胸がいっぱいになって……痛くて、苦しくて。思わずその身体を抱きしめようと、私は――。 菜央(私服(二部)): ……お願い、お姉ちゃん……! 菜央(私服(二部)): お姉ちゃんのことは、あたしが絶対に守る……!あたしが、絶対に守ってみせるから……!! レナ(私服(二部)): ……っ……? ……想定外の言葉に、伸ばしかけた手が止まった。 レナ(私服(二部)): (どういうこと……?全部知っていて、私を助けてくれる……?) その意図がわからない……理解できない。だけど、それが決して冗談ではないことだけはしっかりと伝わってくる。 でも……本気だからといって彼女に何ができるのか。すでにあの2人は命を失い、人間ではない「モノ」に変わってしまっている。 魔法でもない限り、元に戻すことは不可能だ。……だとしたら残された選択肢はもはや2つで、逃げるか自首するしかないだろう。 レナ(私服(二部)): (逃げるなんて……他の人にこれ以上、迷惑なんてかけられない。だから……) 私の取るべき道は、必然としてひとつしかない。本当に、他には何も……思いつかなかった。 レナ(私服(二部)): ……菜央ちゃん。もう、レナのために無理をしなくていいんだよ。気持ちはとっても嬉しい……だけどね――。 菜央(私服(二部)): お願い、あと3日……3日だけ、待って! レナ(私服(二部)): 3日……? それが何を意味するのか一瞬戸惑ったが……日付を思い出してはたと気づく。 彼女が示した、3日後……それは、#p綿流#sわたなが#rしが開かれる前日だった。 レナ(私服(二部)): 綿流しの前の日に……何があるの? 菜央(私服(二部)): 今は言えない……でも!綿流しまでに、あたしが全部解決してみせる!絶対に、約束する……! レナ(私服(二部)): ……っ……。 解決すると豪語されても、何をどうするつもりなのかさっぱりわからず私は返答に窮してしまう。 だけど、彼女は懸命に思いを届けようと必死の形相で迫り、なおも言い募っていった。 菜央(私服(二部)): やけくそでも、いい加減でもない!あたしに考えがあるの……お姉ちゃんを助けるための、最後の手段が! 菜央(私服(二部)): だから、お願い……行かないで、お姉ちゃん!今日行っても、3日後に行っても同じでしょ?何も変わらないでしょ?! 菜央(私服(二部)): だから、だからっ……!あと3日だけ、あたしに時間を頂戴……!!何をするかは言えないけど、でも、絶対守るから! すがるように私の服を掴みながら、彼女は嗚咽交じりに訴えかける。そして――。 菜央(私服(二部)): あたしを、信じて……! レナ(私服(二部)): ……菜央ちゃん。 菜央(私服(二部)): うぅ、うぅううう、ぅうううううううっ……! とうとうこらえきれなくなったのか、菜央ちゃんは私の胸に顔を埋めて泣き始めた。 菜央(私服(二部)): 行かないで、行かないで……ッ!あたしを置いて、行かないでよぉぉ……! その姿がとてもいじらしくて、愛おしくて……私はそっと、彼女の背中に手を回す。 小さくて、温かい……そして。 レナ(私服(二部)): (……かぁいいな) 思わず場違いな思いを抱いたせいか、頑なだった自分の心がほろり、と崩れていくのを私は意識の片隅で感じていた。 レナ(私服(二部)): (……誰に止められても、心に決めていた。何を言われても、意志を曲げないつもりだった) でも……なぜだろう。菜央ちゃんのお願いだけは、聞いてもいいと……耳を傾ける価値があると、思ってしまったのだ。 それに、さっきからずっと「お姉ちゃん」と呼ばれ続けていても……若干のくすぐったさとともにそれを自然と受け止めている自分に、少し驚く。 ……お姉ちゃんと呼ばれる資格なんて、私にはないと思っていた。年下の子にそう呼ばれると、なんだか落ち着かなくてやんわりと断っていたほどだ。 レナ(私服(二部)): (ほんとに、不思議な子だな……) だから……私は、彼女に告げる。少しでも明るい気持ちになってほしかったから、力を振り絞って、精一杯の笑顔で……。 レナ(私服(二部)): ……わかったよ、菜央ちゃん。あと3日、綿流しの日の朝まででいいかな……かな。 菜央(私服(二部)): っ……えぇ、もちろん!その日まで時間をもらえたら、あたしは……! ばっ、と菜央ちゃんが嬉しそうに勢いよく、私を見上げてくる。 その顔は、涙で濡れていて……またかぁいいな、って感情がこみ上げてつい笑いたくなった。 レナ(私服(二部)): はぅ……でも、何をするのかは言ってくれないんだね……? 菜央(私服(二部)): ……ごめんなさい。 レナ(私服(二部)): わかった……でも、無理はしないで。菜央ちゃんがレナの罪を背負う必要なんて絶対にないんだから……ね? 菜央(私服(二部)): ……必要がなくても、理由はあるのよ。 レナ(私服(二部)): えっ……? 菜央(私服(二部)): たとえ、どんな結末になったって……あたしは、お姉ちゃんの役に立ちたい! 菜央(私服(二部)): お姉ちゃんに、あたしがいてよかったって思ってもらいたいの……! 菜央ちゃんは再び顔をくしゃっと歪めて、私の胸に再び顔を埋める。 菜央(私服(二部)): あたしのこと、信じてくれてありがとう……! レナ(私服(二部)): ……うん。 菜央ちゃんの涙を拭ったハンカチを片手に握ったまま、彼女の背中を優しく撫でる。 ……本当に、なぜだろう。誰かに抱きしめられるなんて感覚は久しぶりで、そもそも誰かとこうするのはあまりないのに。 ……どういうわけか、懐かしいと思ってしまった。 ゴミ山で人形を焼いてから家に戻ると約束したレナちゃんと別れ、私は1人平日の村を歩く。 菜央(私服(二部)): (……どうにか時間は稼げたわね) あのままだとレナちゃんは、大石さんの元へ行ってしまう。そうなってしまえば、もう……あたしには何もできない。 かろうじて時間は稼げた……あんなに泣くほど取り乱すとは思っていなかったが、それだけあたしは必死で、命がけだったのだ。 だから……仕方がない。 菜央(私服(二部)): ……けほっ。 息が苦しくて、ちょっと喉がかゆい。ポリポリと首をかく。虫にでもさされたのだろうか。 もしかしたら風邪でも引いたのかもしれない。頭もなんだかハッキリしない。 ……でも、止まるわけにはいかなかった。 菜央(私服(二部)): …………。 誰もいない道を1人歩いていると、初めて昭和58年の「世界」に来た時のことを思い出す。 家を抜け出してさまよい歩いていたあの時のあたしは、一穂も美雪も信用できなかった。 でも今は、あの2人の姿がないことが……寂しくて、悲しい。 菜央(私服(二部)): (一穂や美雪が知ったら、どう思うか……なんて、考えるまでもないでしょうね) 菜央(私服(二部)): (きっと必死に、あたしを止めるはず。……けど、2人はここにはいない) 菜央(私服(二部)): (前原さんたちも、きっとあたしのことを憎む。仲間だなんて口が裂けても言えなくなるくらいに) でも……。 菜央(私服(二部)): (もう……そうするしか、ないのよ) 思い返すのは、数日前の分校でのこと。ずっと抱えていた疑問を梨花に対してぶつけた時のことだった。 菜央(制服(二部)): ……ずっと聞きたかったけど、羽入って結局誰なの? 梨花: みー……? 菜央(制服(二部)): 最初の「世界」であんたが乗っ取られた後、いろいろあったけど……あたし、よくわかってないのよ。おまけに羽入と同じ姿の子が、突然現れたりして……。 梨花: ボクも、ボクの身体が乗っ取られた後のことはよくわからないのですが……。 菜央(制服(二部)): ……質問の仕方が悪かったわね。聞きたいのは、それより少し前の話よ。 菜央(制服(二部)): 一穂と美雪は、羽入はあたしが来る直前最初からいたみたいに突然教室に現れるようになった、って言ってたけど……。 菜央(制服(二部)): その時の梨花は、まだ乗っ取られる前……正気だったのよね? 菜央(制服(二部)): だったら、何か知ってるんじゃないの?羽入の正体、それにどこから来たのかを……。 梨花: ……。羽入は……。 菜央(制服(二部)): 羽入は? 梨花: ……羽入は、オヤシロさまなのです。 菜央(制服(二部)): ……。は……? 梨花: 正確には、羽入はボクのご先祖様なのです。少なくとも八代以上前であることは確かなのです。 梨花: 古手家には八代続けて第一子に女子が生まれれば、オヤシロさまの生まれ変わりであるという伝説があって……ボクがその八代目なのです。 梨花: ボクが生まれた時から、ずっと……幾千幾万の繰り返しの中に捕らわれていた間も側にいてくれて、励ましてくれていました。 梨花: だから、ボクはボクでいられたのですよ。 菜央(制服(二部)): ちょっ……ちょっと、待って。予想外の話で、理解が追いつかないわ。 菜央(制服(二部)): えぇと……なに? つまり、羽入は古手家の人間にだけ見える守護霊みたいなもの? 菜央(制服(二部)): じゃあ、絢花さんも見えてたのかも……かも。 梨花: ……菜央、前から言おうと思っていたのですが。 梨花: 古手家の人間はみんな死んでいて、両親を除けばボクが最後なのですよ。 菜央(制服(二部)): えっ……? 梨花: 他の親戚は、みんな病気や戦争で死んでしまったのです。だからボクに親戚なんて、いるはずないのですよ。 菜央(制服(二部)): ……っ、……梨花、あんた……?! 菜央(制服(二部)): (…………) 歩いているうちに、あたしの足は目的地へと辿りついていた。 入江診療所……以前はタカノクリニックという名前をつけられたこともあった、村の診療所。 あたしが近づくと、ちょうど中から鷹野さんが「診察中」の札を片手に出てくるところだった。 鷹野: あら……菜央ちゃんじゃない。こんな時間にどうしたの? 菜央(私服(二部)): ……忙しい中、ごめんなさい。鷹野さんにどうしても、話しておきたいことがあって。 鷹野: 話……って、結構長くなりそう? 菜央(私服(二部)): ……はい。 頷くと、鷹野さんは笑みをたたえながらも困ったように首を傾げてみせる。 あまり相手にとって望ましくない返答をする時の、彼女の癖みたいなものだ。これまでの関わりからあたしは、なんとなく気づくようになっていた。 鷹野: 申し訳ないけど、今日は診療時間外まで待ってもらえるかしら。入江先生が遠方へ葬儀に行っていて、一日中ずっと忙しくなりそうなのよ。 菜央(私服(二部)): わかりました、だったら出直します。あと……。 あたしは立ち去る前に、ぽつりと呟く。……せっかくここまで足を運んできた以上、多少の探りを入れることも必要だろう。 菜央(私服(二部)): 鷹野さん。あなたも「繰り返す者」……ですよね? 鷹野: ……何のことかしら。言っている意味がよくわからないのだけど。 菜央(私服(二部)): 気にしないでください。そう伝えろって教えてもらっただけですから……あと、言い忘れてました。 砂利の上で半回転し、スカートの裾を軽く払い……わざとらしいまでにうやうやしく頭を下げてみせた。 菜央(私服(二部)): 初めまして、鳳谷菜央です。……この「世界」では、初対面でしたよね? 鷹野: …………! 菜央(私服(二部)): 診療時間外に、また来ます。 ぺこり、と頭を下げてからあたしは診療所を歩いて立ち去る。 ……背後から追いかけてくる気配は、なかった。 Part 04: ――それから、数時間後。 鷹野: どういうことなのよ……! 状況を説明しなさい! 鷹野は普段の落ち着いた振る舞いをかなぐり捨て、切羽詰まった様子で怒鳴っていた。 きっと何も知らない村の人々が見たら、我が目を疑うような光景だろう。 それでも作業員姿の男は多少萎縮しつつ、軽く息を整えると状況の報告を繰り返すべく言葉を繋いでいった。 隊員A: ……電話で申し上げた通りです。本日未明より、Rの行方がわからなくなりました。消息安否ともに、目下調査中です。 鷹野: なっ……どういうことっ?監視からの報告だと、Rは風邪を引いて一昨日から自宅で寝込んでいるはずなんでしょう?! 自分でも無駄な確認をしているという自覚はあったが、苛立ちを吐き出さずにはいられず鷹野はそう問いただす。 そして相手もそのあたりを心得てのことか、電話で話したはずの内容を再度繰り返していった。 隊員A: ……Rはその日の午前中、入江診療所で薬をもらってくると言って自宅を出たそうです。 隊員A: そして、その後R本人から電話で連絡があって……。 隊員A: 「念のために身体データをチェックしておきたいと入江所長に言われたので、2日間ほど診療所で泊まる」と言われ……。 隊員A: 母親も以前似たようなことがあったことを思い出し、特に確認なく了承したそうです。 鷹野: そんな話は聞いていないわ!Rはここ数日、一度も診療所に来ていないッッ! 鷹野: そもそも所長は昨夜から法事で神奈川!戻りは今夜よ? 誰がそんなことをRに伝えたの?! 隊員A: わかりません。あるいは、R本人が嘘を言って自宅を離れた可能性もあります。 鷹野: 何のために?! 隊員A: そこまでは。しかし、自宅を出た後のRの足跡は完全に不明のままで……しかも……。 鷹野: しかも……って何よ?!まだ報告し切れていないことがあるの?! 隊員A: ……本日未明、隣の県警からの情報です。山中で子どもらしき身元不明の遺体が発見されて……。 隊員A: それがどうも……Rらしき人物であると……。 鷹野: なっ……それを先に言えッッ!! 思わずがんっ、と鷹野は手近の机を叩いてしまう。その勢いで置いてあった筆記用具が床に散らばったが、彼女は拾うどころか気に留める余裕すらなかった。 隊員A: いかがいたしましょうか……。 鷹野: いかがもなにも、その死体の身元を確認して来いッ!大至急よ、動ける人間全員で向かえッ! 隊員A: はいっ! 叩きつけるように叫んだ鷹野は隊員を追い出し、再び机を殴りつける。……そして立ち上がると部屋の隅にうやうやしく鎮座した金庫に歩み寄った。 錠を開け、中からファイルを取り出す。それは、R――古手梨花が死亡した時に実施される「滅菌作戦」……緊急マニュアル第34号だった。 鷹野: 女王感染者の死後48時間以内に、#p雛見沢#sひなみざわ#r症候群に感染している村人たちは末期症状を引き起こすことになる。 鷹野: 故にそれを未然に防ぎ、周囲への感染拡大を抑止するべく速やかに「滅菌」作戦を起こさなければならない……か。 「滅菌」とは、自然災害に見せかけた雛見沢に住む村人全員の「口封じ」……すなわち秘密裏の虐殺だった。 雛見沢症候群は、危険な風土病のひとつである。現状こそ地方の寒村とその周辺にとどまっているが……強い感染力と高い殺傷性を持つ、恐るべき病原体だ。 ゆえに、それらが都市部へ広まることを防ぐには表向き災害として全国の人々に周知する一方……感染者をひとり残らず「処分」する必要があったのだ。 鷹野: (特に……末期症状に陥った患者は、爆弾同然。感染源として病原体をまき散らす上、周囲の人間を見境なく襲い……最後は、自らの命も絶っていく) ……だが、それはあくまで仮説によるものだ。実際に見たわけでもないし、起きた記録もない。 ゆえに……もし48時間を経過しても村人たちに異常が見られない場合、作戦行動を中止させることになる。 それも当然のことだろう。村人たちが平然と日常生活を送っているのに、わざわざ殺す理由なんてないのだから。 「滅菌作戦」はあくまで住民たちの末期症状による二次被害を防ぐ、という理由があるからこその対処だ。さもなければ、虐殺など許可が下りるはずがない。 ……だからこそ、女王感染者の死による末期症状の発症が嘘だった場合――。 これまで鷹野が心血を注いで進めてきた研究結果は全て机上の空論、妄言であると断じられて祖父の研究はゴミのように捨てられることになる……! 鷹野: っ……そう思って、#p興宮#sおきのみや#r警察署が妙な動きをしないよう手を打っておいたのに……! 鷹野: 入江所長にも見張りをつけているし、冤罪を晴らしてくれた恩人だかなんだか知らないけど本当に葬儀に出ているのは確認できてるんでしょう?! 鷹野: ジロウさんも……、っ?! 菜央(私服(二部)): 『鷹野さん。あなたも「繰り返す者」……ですよね?』 今朝、突然現れた少女――鳳谷菜央。 鷹野は彼女のことを、一方的に知っていた。なぜならRと同じ分校に通っていたからだ。 突然現れたことに驚いて今朝は対応を間違えたが、彼女もなぜか私のことを知っているようで……そのまま帰したのが、あとになってから悔やまれた。 いや……いや待て、待て!それ以前の問題として、彼女は……?! 鷹野: 「も」って、どういうこと……?まさかあの子も、私と同じように夢を……? 鷹野: ひっ?! 突然鳴り響く電話に彼女が背筋を震わせると同時、追い出したのとは別の隊員が飛び込んで来た。 隊員B: 失礼します、三佐!東京の野村さまよりお電話です。 鷹野: 相変わらず、どこで嗅ぎつけているのか読めない女ね……! 鷹野: 鈴を外したと思っても、またすぐに繋いできて……忌々しい……! 隊員B: あと、すみません!お電話の前に、報告が……! 鷹野: 今度は何よ?! 隊員B: Rの母親が入江所長の不在を聞きつけ、三佐に会わせろと診療所に押しかけているそうです。 隊員B: 一刻も早く今回の弁明を聞かなければ、これまでの研究内容を全て公開して国家の陰謀を明るみにしてやる、と……。 鷹野: 待たせておきなさい、どうせはったりよ!もしそんなことをすれば、破滅するのはむしろあっちなんだから……! 叫びながら、鷹野の脳裏に後悔がよぎる。 鷹野: こんなことになるなら、あの夫妻だけでもどうにかして始末しておけば……ッ! 隊員B: ? 三佐、何かおっしゃいましたか? 鷹野: なんでもないわ。それより、さっさとこっちに電話を回しなさいッ! 鷹野: ……くすくす、お待たせしました。鷹野です。 Part 05: ……夜の診療所の鍵は開けておいた。彼女と話をすると、約束したからだ。 そして、明かりを落とした待合室のソファに行儀良く座る姿を見つけて……私は、その約束が果たされたことを理解した。 ……彼女の姿は、昔デパートで見かけた人形に似ている。 可愛らしく愛らしく、でもどこかちょっと冷たい印象がある……とても高価なお人形さんだ。 そんな人形を前に、幼かった私は「いいなぁ」と目を輝かせていたので、両親が苦笑しながら「いつか買ってあげよう」と無責任な約束をして。 それから私は、待望のお子様ランチを食べに両親と手を繋いで……レストランへと向かう。 それは、鷹野三四になる前……田無美代子と名乗っていた、少女の頃の話だ。 鷹野(軍服): (……今まで、忘れていたわ) レストランもお子様ランチも覚えていたけど、デパートで人形を見たことは今の今まで忘れていた。 ただ、デパートに置いてある人形はボロボロの俗っぽい週刊誌など読みはしないだろう。 ……なんてバカなことを考えてくすっ、と軽く吹き出しながら、私は呼吸を整えてことさら自らを構えるように居住まいを正した。 鷹野(軍服): …………。 週刊誌に視線を落とす少女に向かって歩き出し、わざとらしくヒールの足音を立てて近づく。 菜央(私服(二部)): ……勝手に読ませてもらってました。この雑誌、男に妊娠させられて逃げられて自殺した金持ち令嬢の悲劇とか……。 菜央(私服(二部)): くだらない話が多いけど、このページは面白いですよ。 菜央(私服(二部)): 海外の話で、自分に取り憑いた悪霊が目の前で大切な人を殺していくのを止められない男がいたんですが……。 菜央(私服(二部)): 実は悪霊なんていなくて、男が自ら殺してたんです。そして彼はどんな証拠を見せられても、自分じゃないって言い張り続けたまま亡くなって……。 菜央(私服(二部)): 最期まで無実だ、罪を着せられたって思い込んだまま死ぬのと、認めて死ぬ……どっちが幸せなんでしょうね……、っ? そう言って顔を上げた彼女は、さすがに動揺したのか暗闇の中で目を見張りながら息をのむ。 そんな年相応な態度を前にして、私は酷薄な笑みを浮かべつつ傲然と言い放った。 鷹野(軍服): くすくす……どうしたのかしら、菜央ちゃん? 鷹野(軍服): 私の正体を知っているんだったら、当然こっち側の私のこともご存じだと思っていたんだけど。 いつものナース服とは違う、今の鷹野三佐としての威圧感ある姿を見せたのだ。動揺して当然だろう。 だけど彼女は、そんな戸惑いもすぐに引っ込めて……手にした雑誌をラックに戻しながら私を見返してきた。 菜央(私服(二部)): その姿を見たのは、初めてなのかも……かも。でも、センスがあってとても似合ってます。ナース服よりも素敵だと思いますよ。 鷹野(軍服): あら、そう? 個人的にはナース服の方も結構気に入っているんだけどね……くすくす。 虚勢によるものだとわかっているが、まっすぐに見つめ返してくる少女の姿。 かつての自分を見たような気がして、少しだけ微笑ましいと思ってしまったが……すぐに表情を元に戻す。 そして診療所の鷹野三四ではなく、鷹野三佐に相応しい厳かな声をあげていった。 鷹野(軍服): 腹の探り合いは好きじゃないの、単刀直入に話をしましょう。 鷹野(軍服): ……梨花ちゃんが行方不明になったという話はあなたも知っているわよね? 菜央(私服(二部)): はい。……居場所も、知ってます。 鷹野(軍服): ……そう。 思わぬ返答に動揺しかけた心をなんとか押さえ込み、今聞かねばならぬことを……尋ねる。 鷹野(軍服): つまりあなたは、梨花ちゃんの失踪に一枚噛んでいるってこと? 菜央(私服(二部)): そう言えるかもしれません。 鷹野(軍服): 生きているって、思っていいのかしら。いえ……その口調だときっと無事なんでしょうね。 いずれにしても山中で見つかった子どもの遺体が古手梨花ではないと明確かつ早急に否定できなければ、緊急マニュアル第34号も否認される。 死んだのが古手梨花ではなかったとしても、古手梨花が死んでも何も起こらなかった……。 そんな妄想が事実と固着したその時点で私の協力者は一斉に身を引くだろう。 すなわちそれが、鷹野三四の敗北だった……! 鷹野(軍服): ……聞けば、素直に答えてくれるのかしら。なるべく手荒なことはしたくないのだけど、もし言えないというのなら……。 鷹野(軍服): 多少痛い思いをさせてでも、聞き出すつもりよ。 鷹野(軍服): それに、嘘やでまかせを言った時は絶対に、容赦しない。……いいわね? 菜央(私服(二部)): わかってます。……けど、あたしの要求も聞いてくれることが条件です。もし、それを守る気がないというのなら――。 すると菜央ちゃんは、スカートのポケットから細長いカッターを取り出してくる。 あるいは抵抗する気か、と一瞬思って身構えたが、彼女は剥き出しになっていた刃を流れるような仕草で自らの首筋へと押し当てて――。 菜央(私服(二部)): 話す前に、ここで首をかききります。 自分が本気であることを証明するつもりなのか、刃の先端は既に皮膚に食い込み……うっすらと赤い血がにじみ出ていた……。 鷹野(軍服): くすくす……ここで口約束をしても、全てが終わった後に私が守らなければ結局同じことよ。大人のずるさを、あなたはまだ知らないのね。 鷹野(軍服): 私はね、ここに至るまでずっと努力してきた。でも、やってきたのは綺麗事だけじゃない……。子どもにもわかりやすく言うなら……私は犯罪者なの。 鷹野(軍服): その私が、どうして律儀に約束を守ってくれると思うの? 菜央(私服(二部)): ……守ってくれますよ、あなたなら。 菜央(私服(二部)): だって鷹野さんはあたしのことを子ども扱いしない。思ってもない褒め言葉を使って、上っ面の優しさで情報をタダで聞き出そうとしたりしない。 鷹野(軍服): くすくす……どうしてそんなふうに断言できるの? 菜央(私服(二部)): 今だって、自分があとから騙すかもしれないと、自分から先に言ってくれたじゃないですか。本気でそう思ってるなら……絶対に言わないはず。 菜央(私服(二部)): 綺麗な花にはトゲがあるってよく言いますよね?……でも鷹野さんは、あえて自らトゲがあるって宣言してくれた。 菜央(私服(二部)): あたしは、無害な#p顔#sツラ#rをしてるのに内側にしっかりトゲを持って隠してるほうが嫌です。 だから、と菜央ちゃんは言葉を続けていった。 菜央(私服(二部)): あなたは悪人かも知れません。……でも、誠実な人だと勝手に思ってます。 鷹野(軍服): ――――。 はっきりと断言する少女を前に、素直に言おう。驚いた……感動した、と言い換えてもいい。 状況が違えば、もっと素直に賞賛したかった。同じ年代……いや、多少自分より上の年齢でもここまで度胸のある人間に今まで出会ったことがあっただろうか。 この年でこれなら、将来は恐ろしいことになったかもしれない……思い描いてみると実に面白くもあり、そして残念でもあった。 鷹野(軍服): ……あなたは頭がいいわね。もうちょっと大きかったら、大金を積んででも私の片腕にしたいくらいよ。 鷹野(軍服): ……それで、交換条件は何?約束はできないけど、検討だけはしてあげるわ。 菜央(私服(二部)): ……どんな形でも構いません。竜宮レナを……お姉ちゃんを、助けてください。 鷹野(軍服): ……レナちゃんを?助けるって、具体的には……? 菜央(私服(二部)): 命と、自由の保証……お金は大丈夫だと思います。他は、あなたの自由にしてくれて構いません。 鷹野(軍服): それはあなたの命も含めて……ってことかしら? 脅しも兼ねて凄んでみせるも、菜央ちゃんは厳かな表情でこくん……と頷き返す。 その態度を見て、私は彼女の覚悟のほどを……理解した。 鷹野(軍服): (この子、いくつだったかしら……) 古手梨花とそう変わらない幼い少女にもかかわらず、彼女に匹敵するほどの……意志の強さ。 そのせいか、かつて天に向かって理不尽と怒りを叫んだ少女が彼女の中に見えた気がして――。 鷹野(軍服): ……わかったわ。 口元の緩みをそのままに、私は彼女の隣……待合室の長椅子に腰掛けながら、あっさりと譲歩を決めることにした。 鷹野(軍服): 私がほしいのは古手梨花の命と、終末作戦の成功だけ……私が言っている意味、わかる? 菜央(私服(二部)): 女王感染者の死の影響を受けて村人がおかしくなる前に、村の皆を災害に見せて殺す作戦……終末作戦ですか? 鷹野(軍服): よく知っているわね……誰から聞いたのか、今は聞かないであげるわ。 鷹野(軍服): そして、真相を知らない村人をひとりくらい取り逃がしたくらいじゃ……痛くもかゆくもない。 鷹野(軍服): ……まぁ、もっとも。秘密を知っているあなただけは生かしておけない。それもわかってもらえるかしら? 菜央(私服(二部)): わかりますよ。あたしがあなただったら、同じことを考えると思います。 菜央(私服(二部)): 他の村人と一緒に処分してもらって構いません。……元から生まれてこないほうがよかった命ですから、有効な使い道が見つかっただけでも幸せです。 鷹野(軍服): …………。 あまりにもあっさりと自分の命を投げ出す宣言に、かつての己の姿を見た時の感覚が再び蘇ってくる。 鷹野(軍服): (菜央ちゃんにとって、竜宮レナの存在はそれほどまでに大事だというの……?) どうして彼女は、自らの命を投げ出してでも竜宮レナを救おうとしているのだろうか。 どれだけの恩があれば、そこまで思い切れるのだろう。まるで、命の恩人に報いようとしているようで……。 菜央(私服(二部)): ただ……ひとつだけ、聞きたいことがあります。 鷹野(軍服): ……何かしら。 菜央(私服(二部)): 答えられる範囲で結構です。そして、この答えがどんなものだったとしてもあたしが協力することは変わりません。 鷹野(軍服): だから、素直に言ってほしいってこと……? 菜央(私服(二部)): はい……あたしは、知りたいだけなんです。 菜央(私服(二部)): 鷹野さん。「繰り返す者」であるあなたにとって、これが最良の選択なんですか?。 鷹野(軍服): ……今朝も言ったけど、その「繰り返す者」って言葉の意味がよくわからないの。もう少し説明して。 菜央(私服(二部)): ごめんなさい。……言い換えます。 菜央(私服(二部)): たとえ大量殺戮を行ったところで、鷹野さんにとってのあたしのように……秘密を知るあなたも生かされないんじゃないんですか? 菜央(私服(二部)): そして#p雛見沢#sひなみざわ#r症候群の存在はおろか、雛見沢の存在すら10年後になれば……ほとんどの人の記憶に残らず消えていく。 菜央(私服(二部)): ここであなたが計画を実行に移したとしても、何もなかったこととして扱われるでしょう。 鷹野(軍服): ……妙にはっきりと断言するのね。 菜央(私服(二部)): はい。……それでもあなたは、計画を止めようとは考えないんですか? 鷹野(軍服): ……えぇ、そうよ。 若干の戸惑いは覚えつつも、私は自分でも驚くほど正直に……あっさりと答えていった。 鷹野(軍服): たとえ記憶には残らなくても、爪痕はいつまでも刻まれたままになる……かつて風土病を巡って、一つの集落が滅んだという事実がね。 菜央(私服(二部)): その事実だけで、満足なんですか……? 鷹野(軍服): 満足よ。それに、あなたは人の記憶から消えると言ったけど、存在自体が消えるとは言わなかった。……それが答え。 菜央(私服(二部)): 消えなければいい……そういうことですか。 鷹野(軍服): えぇ。……だって私の力でできるのは、それが精一杯でしょうからね。 菜央(私服(二部)): …………? 少し肩の力を抜いて、天井に視線を向ける。穏やかな口調で語っていった。 鷹野(軍服): でもね……菜央ちゃん。私の決意は、ここに至るまで全く揺らがなかったわけじゃない。 菜央(私服(二部)): 揺らいだことも……あったんですか? 何故? 鷹野(軍服): ……夢を、見たの。 菜央(私服(二部)): 夢……? 鷹野(軍服): 大好きだったおじいちゃんへの想い、長年積み重ねてきた研究へのこだわり、そして殺したいほど憎んだ連中への復讐心……。 鷹野(軍服): そんな大事な想いの数々をみんな捨てて、ひとりの男性のために生きようって。 鷹野(軍服): 不器用だけど誠実で、真摯に想ってくれる彼を信じてささやかに生きるのも悪くない……そんなちっぽけで、吹けば飛ぶような子どもっぽい夢をね。 鷹野(軍服): でも……。 菜央(私服(二部)): でも……? 鷹野(軍服): クソ神どもは、その程度の幸せも私に許そうとしなかった……!! Part 06: その夢を見たのがいつだったか、もう思い出せない。 でも夢で見た光景は、恐ろしいほど鮮明に……脳裏に焼きついている。 だからそれは、本当は夢ではなく過去であり未来でもあり……言うなれば。 ……予知夢めいた何か、と呼べるかもしれない。 鷹野(軍服): いや、いやよいや……! 鷹野(軍服): おじいちゃんのスクラップ……持っていくの!いや、いや、いやぁ……ッ!! 詳しいことはわからない。どうしてこんな状況、そして結末になったのか……夢の始まりから見ていない私には、わからない。 わかったのは、鷹野三四が全力で勝負を仕掛け……敗北したという結果だけだった。 だって、夢の中で私は泥の中で膝をついて……大事な大事なおじいちゃんのファイルの中身が、雨で濡れた地面に散らばって。 私はそれを拾いたいだけなのに、おじいちゃんのスクラップを守りたいだけなのにみんなが邪魔をして……! 私はなんとか抗って拾おうとしても無理矢理連れて行かれてまってやめて拾わせて!! おじいちゃんが大事にしていたスクラップだけは持って行かせてやめて踏まないで汚さないでおじいちゃんが頑張った証拠なのやめてやめてやめてやめてやめてやめてああああああああ!!! ……だけど。そんなふうにみっともなく泣きじゃくる私の元に現れたのは……ジロウさんで。 彼は早口で周囲の人たちに何かを告げて、私を自由にしてくれた……。 富竹: 鷹野さん。君の罪は、ひょっとすると軽いものじゃないかもしれない。……でも、大丈夫。僕が一緒だから。 富竹: ……一緒に償おう。鷹野三四の罪を償おう。 富竹: そして、僕と一緒に田無美代子を取り戻そう。その日まで、僕は決して君のそばを離れない……! 鷹野(軍服): い、生きて……いいの? 私は生きていいの……?私の手は、ジロウさんが思っているよりもずっとずっと血と泥に汚れているのよ……? 鷹野(軍服): それでも、ジロウさんは生きてもいいって言うの……?それでも、私は許してもらえるの……? 富竹: 世界は君を許さないかもしれない。……でも、それが何だっていうんだい! 富竹: 僕が、君を許すよ。……だから、生きよう。死ぬことは罪の償いにはならない。生きて償って、世界に許しを乞おう。 富竹: そしてやり直すんだ。そうしたらきっと思い出せるさ。君が本当はどんな人で、どんな風な笑顔を浮かべていたかをね! 鷹野(軍服): ぅううぅうぅうううぅ……。ジロウさん、ジロウさん、……ぅううぅううぅ……! 富竹の腕の中に包まれて、鷹野三四は泣きじゃくる。幼い子どものあの日、泣けなかった分を取り戻すように。 ……私はその光景を、まるで他人のように見ていた。 全部失敗した。全部無くなった。……そのはずなのに、どうしてだろう。 望んでいたものは、何ひとつ手に入れられなかったのに。どうしてこんなに……眩しいと思ってしまうのだろう。 今まで誰かに言ってもらいたかった優しい言葉を、そう言ってほしかった人からようやく、ようやく与えられて幸せな思いをかみしめている「私」を見て……思ったのだ。 鷹野(軍服): (――もし失敗することが決まっているのならば、始めないのも手かもしれない) 鷹野(軍服): (もう引き返すことができないと思い込んでいたけれど、改めて自分にとって何が大事なのかをもう一度、冷静に考えてみてもいいのでは……?) 私の中に初めて、迷いが生まれた。それはこれまで、私の全身にのしかかっていた重圧を軽くしてくれるほどに甘美で、優しいものだった。 鷹野(軍服): (……卑怯な逃げ口上かもしれない。私に夢を託してくれたおじいちゃんに対する、最大の裏切り行為かもしれない……でも……!) 憎々しいことに、結末は失敗だと確定しているのだ。だから、もしおじいちゃんが今もなお存命でそれを知れば私を優しく諭して、引き留めようとするに違いない。 そして、あの人ならきっと私にこう言ってくれるだろう。「よく頑張ったね。……でも、もういいんだよ。お前はお前の幸せを考えて、しっかり生きなさい」と――。 鷹野(軍服): (っ……おじいちゃん……) 地面に散らばるおじいちゃんのスクラップブックに、視線を落とす。 ずっとずっと何よりも大切に扱っていたのに、泥で汚れてファイルから外れた中身がバラバラのぐしゃぐしゃになってしまって……。 鷹野(軍服): (そんなふうに汚してしまうくらいなら、いっそ……) ……最後の引き金を引く前に、ジロウさんに委ねるのもいいかもしれない。 鷹野(軍服): ジロウさん、ジロウさん、うぁああああああああ!!! 富竹: 大丈夫だよ、鷹野さん……僕がついているから。 長い年月をかけて固めた決意が揺らぐほどに……その光景は、あまりにも眩しかった。 ――この結末なら、悪くないと。 ――私もこの結末が欲しいと、願ってしまうほどに。 ……その夢がそこで終わっていれば、よかったのに。 夢の中で、私は目を覚ます。……いや、私はまだ眠っている。 夢を見ていた私が意識を取り戻す姿を、夢の中にいる私が見つめていた。 まるで入れ子構造のような夢の中で、私は自らが失敗する夢を見て目を覚まし、泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて……。 前に見た夢の最後に決めたように……あの日。私はジロウさんに、全てを打ち明けることにした。 彼は驚き、しかし真剣に悩み……長い熟考の末に……こう言ってくれた。 富竹: 『……逃げよう、鷹野さん。全部放り出して、僕と一緒にやり直すんだ』 ジロウさんは、信じてくれた。……嬉しかった。本当に心の底から、嬉しかった。 彼に相談したのは正しかったと確信し、私は喜んで夢の中のように彼に抱きついた。 彼は驚き少し照れながらも、「打ち明けてくれてありがとう」と微笑んだ。 ……でも。 ジロウさんの運転する車に乗って、とにかく#p雛見沢#sひなみざわ#rを離れると決めたその夜――。 #p綿流#sわたなが#rしの祭の喧噪が徐々に小さくなっていく中、待ち合わせ場所に向かった私を待っていたのは……。 車の側で倒れ伏した、ジロウさんだった。 鷹野: じ……ジロウさんっ? 鷹野: 目を開けてジロウさん、ジロウさん!ジロウさんッッ!! 必死に声をかけ、喉元に手を当てる。……ぴくりとも動かないことに、自分の喉の奥までもが締め上げられた気がした。 鷹野: い……嫌、嫌、嫌ぁ、ジロウさん! ジロウさん!ジロウさんッッッッ!!! 即座に心臓マッサージと人工呼吸を試みたのは、染みついた医者の習性と現実を受け入れられない頭が動かした反射のようなものだったかもしれない。 だけど、肋骨が折れるほど心臓マッサージを行っても唇が乾くほど人工呼吸をしても、彼の身体は少しずつ冷たく固くなっていくばかりで……。 ピクリとも、動かなくて。……何も、答えてくれなかった。 鷹野: っ……どうして……どうして……ッ……?! ひっ、と。喉の奥が引き連れた音がした。 鷹野: どうして……どうして、どうしてなのよおおぉぉぉおっっ……!! 途方に暮れた迷子のような鷹野三四の声を、私だけが……聞いていた。 鷹野: 私はもう、やり直すと決めたッ!何もかもを捨ててもいいって、本気で思って願ったのに!! 鷹野: なのに……それなのに、お前たちは……!! 鷹野: たとえささやかでも愛している人と一緒に暮らしたいと願うことすら、私には資格がないって言うのかぁぁぁあッッ!! 月に向かい狂ったように吠える狼のように……私は、叫ぶ。 同じように叫んだかつての幼い私の挑発的なそれではなく、コールタールのようなドロドロとした深い絶望からの#p咆哮#sほうこう#r。 そして、慟哭する両目からどろり、と粘っこい液体が流れ出すのを感じた時……私は初めて、血の涙が実在することを己の身体で知った。 鷹野: 殺してやる、殺してやる……!運命だの何だのと偉そうにのたまうくそ神どもに……!!! 鷹野: 必ず、復讐してやる!絶対に許さない……許してやるものかぁぁっっ!!うわぁぁあああああぁぁぁっっっ!!! 菜央(私服(二部)): ……そんな夢を、見たんですか。 鷹野(軍服): えぇ……全部、夢よ。ただの夢。 長い私の夢の話を遮らずに聞き届けてくれた菜央ちゃんに、念押しするように告げる。 鷹野(軍服): 夢だけど……覚えているのよ。抱きしめられた時の暖かさも、冷たくなっていくジロウさんの身体の感触も……。 鷹野(軍服): 私の身体が……夢から覚めても、今もまだその中にいるみたいで……。 鷹野(軍服): 今でも、その温度の落差を思い出して……心臓が凍りそうになるわ。 確かめるように、数度手の開いては閉じるを繰り返す。 私の手も、腕も動く。心臓も動いている。でも……あの光景を思い出すだけで、全身が凍り付いたように動かなくなる。 鷹野(軍服): だからあれは、予知夢なんだと……そう、思っているわ。 菜央(私服(二部)): 最初の夢も……? 鷹野(軍服): えぇ……あれはそのまま突き進んで敗北した私の姿なんでしょうね。 乱れた呼吸を、悟られぬように整える。 あの夢には、ただの夢だと笑い飛ばせない何かがあった。直接見た者にしか理解できない、実感に似たものが……。 だから私は、今もあれを夢だと笑い飛ばして忘れることができず……怯えている。 そんな自分を情けないと思いながらも……夢の話なんて馬鹿げていると笑うどころか真摯な表情を崩さなかった彼女に、私は少しだけ感謝していた。 鷹野(軍服): ……あなたの言う通りよ、菜央ちゃん。これだけの規模に加担した私のことを、組織は決して許さない。 鷹野(軍服): だから全てが終わって目的を果たしたあかつきには、運命に殉じる覚悟もできているわ。 菜央(私服(二部)): …………。 鷹野(軍服): でも、今の私はジロウさんだけを生かせる方法を必死で模索して……それがないことに絶望している。 鷹野(軍服): 最初の夢のように、全力を出して負ければ彼は助かるかもしれない……でも、今の私には最初の夢と同じ結末に辿りつく方法が……わからない。 鷹野(軍服): だからといって、全てを打ち明けてジロウさんと逃げ出すことを選ぼうとしたら……彼は2番目の夢のように殺される。 鷹野(軍服): その続きはよく覚えていないけど……直後に私も殺されたことは確信できるわ。だって、生かしておく理由がないもの。 鷹野(軍服): ……何も遂げられないまま、おじいちゃんのスクラップはまた地面に散らばって汚れて踏みつけられる。 鷹野(軍服): ジロウさんを生かすことができないなら、私はなんとしてもおじいちゃんの論文は正しかったと証明して……彼とともに、死ぬしかない。 鷹野(軍服): 他の誰かに殺させるくらいなら、せめて苦しまないように……殺してあげたい。 菜央(私服(二部)): …………。 菜央ちゃんは何も言わず、私の言葉を一方的に聞いている。 いや、呪詛めいた私の話をなんとか受け止めようと心の中で整理して飲み込もうと必死になっている……そんな顔をしていた。 苦手な野菜をなんとか飲み込もうとしている小さな子どもみたいな顔で……ようやく、菜央ちゃんが年相応の少女に見えた気がして。 彼女は子どもなのだと今さらながらに確信を持ち、同時に奇妙な安堵を覚えてしまった。 鷹野(軍服): あなたが、レナちゃんを守りたいように……私も、守りたいものがある。 鷹野(軍服): そのためなら鬼にでもなれるし、悪魔に魂を売ってもいい……そう思っているわ。 ……夢の話は、ジロウさんにはしていない。ここまで喋ったのは、彼女相手が初めてだ。 そんな憑きものが取れたような心地で喋り続ける私を、菜央ちゃんはじっと見つめて。 菜央(私服(二部)): ……わかります。 ぽつり、と呟いた。 鷹野(軍服): ……ぇ……? 想定外の言葉に目をしばたたかせていると、幼くも真摯な瞳と目が合う。 実に綺麗な瞳だ。意志の強さ……そして覚悟を感じさせる、漆黒の輝き。 殺さなければいけない相手だとわかっているのに、私は以前よりもずっと好感を持ち始めている自分に苦笑したくなった。 菜央(私服(二部)): 鷹野さんの気持ち、あたしにもわかります。正直、あたしも今の状況が自分の存在ごと全部夢だったらいいのにって……そう思ってます。 菜央(私服(二部)): でも……逃げたところで、何にもならない。そしてもう引き返すことができないんだったら、前に進まなきゃ。 菜央(私服(二部)): 自分が動かないと、運命は変わらない。誰かに期待して、裏切られて泣くのは……惨めすぎます。 鷹野(軍服): 菜央ちゃん……。 菜央(私服(二部)): ぁ……ごめんなさい。あたしみたいな子どもが、わかるなんて偉そうに言っちゃって……。 鷹野(軍服): ……そんなことないわ。ありがとう、菜央ちゃん。あなたは優しいのね。 菜央(私服(二部)): ……そんなことないです。あたしには、鷹野さんの気持ちの方がわかるってだけです。 菜央(私服(二部)): 自分を殺した相手を許すような人間の方が……よっぽど、理解できませんし。 鷹野(軍服): …………? 何か妙なことを口走った気がするが、軽く俯いた彼女の顔は長い髪に隠れてよく見えない。 何を考えているのか、いまだにわからない。ただ……彼女が優しい子だと言うことだけは、痛いほど理解できる。 だが……いや、だからこそか。 この子を利用していいものか、という今さらながらの疑惑が、ゆっくりと……鎌首をもたげてきた。 彼女から情報を引き出せなければ、何もかもここでおしまいだと理解していながら……そんなことを、考えてしまう。 鷹野(軍服): (……あぁ、そうか) 私は、もうとっくに……おじいちゃんの正しさを証明すると自らを燃やしてまで叶えようともがく、夢の中にいた「鷹野三四」ではなくなって……。 むしろ、ひとりの男性のために生きたいと願う遠く離れた存在に……なってしまったのだろう。 でも……それでいい。それでも私は、十分だ。 誰かを踏み台にして、少しでも高みに登ろうとあがいて心を殺し続けるくらいなら……ほんの少しの人のために生きることだって、悪くない。 私はもう、弱くなったのかもしれない。だからこそ迷いつつも、前に進むことを譲るわけにはいかないのだ……! 鷹野(軍服): ……私がこんなことも言うのもなんだけど、本当にこちらに手を貸してもいいの?古手梨花を裏切って、本当にいいのね……? 菜央(私服(二部)): ……ねぇ、鷹野さん。 軽く俯いていた菜央ちゃんが、そのままに口を開く。 菜央(私服(二部)): 鷹野さんは、大事なお爺さんの大事な研究を否定されたんですよね。 鷹野(軍服): そうよ。だから私は、その否定を覆すために……。 菜央(私服(二部)): ……梨花も、否定したんです。 鷹野(軍服): ……え……? 菜央(私服(二部)): 自分に親戚はいない。古手家は、自分が最後のひとりだって。 菜央(私服(二部)): 絢花さんなんて知らないって。そんなはずないのに。一穂も見つからないって。そんなはずないのに。 菜央(私服(二部)): ……「い」るんです。絢花さんも、一穂も。なのに……梨花は、全部否定したんです。 菜央(私服(二部)): 知らないって、見つからないって、そんなの「い」ないって……。 ゆったりと、長い髪を垂らしながら菜央ちゃんが顔を上げる。 長い髪の隙間から、下から見上げるその瞳は――。 菜央(私服(二部)発症): ……あたしの大事な人を否定する人間を、大事にしてやる理由がどこにあると思います……? さっきとは違い、絶望と憎悪に満ちた……かつてデパートで見た人形のような虚無の闇が、ぼんやりと私の姿を飲み込もうと広がっていた。 鷹野(軍服): (……絢花? 一穂?) 知らない名前が次々と並べられて、困惑を覚える。そんな子は、はたして雛見沢にいただろうか……? いや、#p興宮#sおきのみや#rか?でも梨花は知らないと言っているのであれば……。 鷹野(軍服): (彼女は、誰の話をしている……?) 菜央(私服(二部)発症): だから、えっと……なんて言えばいいのかしら……ぁあ……そうだ。 菜央(私服(二部)発症): もういいかなって、思っちゃったんです。一番大事なものが守れれば、それで……それだけで。 言いながら前髪を軽く払った菜央ちゃんは、決意を固めたような表情で微笑む。 菜央(私服(二部)発症): だから……梨花の居場所……教えます。あの子が今いるのは――……。 菜央ちゃんの指が小さな首に添えられる。 桜貝のような爪が、白い首に食い込んで……。 がり、と。柔い喉の肉を引っかいた。