Part 01: 美雪(冬服): いやー、それにしても一穂は災難だったねー。昨夜はよく寝てたみたいだけど、身体の調子はどう? 一穂(冬服): うん……もう、大丈夫だと思う。ゆっくり休んだおかげで、すっかり良くなったよ。 入江: 回復されたようで、なによりです。ここに来られた時、少し頭痛があると仰っていましたのでレントゲンも撮りましたが、異常はありませんでした。 入江: 念のため1週間後に再検査をさせてもらう予定ですが、普段通りの生活を送っても問題はないと思いますよ。 レナ(冬服): はぅ……よかったぁ。ありがとうございます、監督。 入江: いえいえ、医者として当然のことをしたまでです。……それにしても、瞬時に場所を移動できる鈴、ですか。しかも公由さんがそのせいで牢に閉じ込められたと。 入江: お話を聞いただけではとても信じられませんが、皆さんが口を揃えてそう仰る以上、事実なんでしょうね。とはいえ一見した限りだと、普通の鈴のようで……。 詩音(冬服): あっ監督、うかつに触らないでください。 詩音(冬服): 念のため、隙間に綿を押し込んで音が鳴らないようにしていますけど、何がどうなるかわかりませんから。 入江: ……っと、これは失礼しました。つい好奇心がわいてしまいまして。 詩音(冬服): くすくす……やっぱり理系の方って、何に対してもそういう知的な探究心がわいてきちゃうってことですか? 入江: はは、面目ない……それで、忍者屋敷は今もまだ出入りができない状況になっているんですか? 詩音(冬服): いえ。朝方に確認したら、普通にできました。もしかすると、鈴を鳴らしてから一定時間が経つと効果が切れるのかもしれませんね。 魅音(冬服): そう考えると、私たちが屋敷の敷地内に入れたのは入口を変えたからじゃなくて……あの時間にはもう、鈴の効果が切れていたってことなのかな。 沙都子(冬服): つまり、鈴の効果が短時間で切れていなかったら私たちは今も忍者屋敷に入れずに、地下道をぐるぐる歩き回っていた可能性もありますわね。 魅音(冬服): うーん、だったら下手に地下ルートから行かずに時間切れを待った方がー……って思ったけど、あの時はそんなことを考えている余裕もなかったしね。 レナ(冬服): 結果論だけど、一穂ちゃんも無事だったんだし魅ぃちゃんは最善の行動を取ったと思うよ。 菜央(冬服): 一時はどうなることかと思ったけど……なんにせよ一穂が無事で、本当によかったわ。 一穂(冬服): ご、ごめんね菜央ちゃん……それにみんなも。私のせいで、余計な心配をかけちゃって。 美雪(冬服): まぁ、結果良ければすべてよしだよ。……ん? こういう表現の仕方でも言葉は合ってたのかな? 菜央(冬服): 国語のテスト問題じゃないんだから、雰囲気が伝わればそれでいいんじゃない?……それよりも、一穂。 一穂(冬服): ? どうしたの、菜央ちゃん。 菜央(冬服): もう一度、あの洞窟に入った時のことを聞いておきたいんだけど……。 菜央(冬服): あんたの話だと、突然鈴の音が近くで聞こえたと思ったら、違う場所に飛ばされてた……それで間違いはないのよね? 一穂(冬服): う、うん……。 魅音(冬服): 確かに私も、何度か鈴の音を聞いたよ。……ただ、特におかしなことは起こらなかったからそこまで気にしてはいなかったんだけどさ。 羽入(冬服): あ、あぅあぅ……僕もその点については、魅音と同じなのですよ。 圭一(冬服): っていうか、俺が一度あの倉庫で試した時は何も起きなかったよな?いったいどういう仕組みで作動したってんだ……? 梨花(冬服): みー……これはあくまでもボクの推測なのですが、音を聞くことで建物内のどこかに移動する、というのがこの鈴の力だったとすると……。 梨花(冬服): 最初に試してみた倉庫には、他に部屋といったものがありませんでした。だから圭一は、あの場所からどこにも飛ばされることがなかったのだと思うのですよ。 レナ(冬服): はぅ……そっか。だからレナたちも、この鈴に不思議な力がないと思っちゃったんだね。 沙都子(冬服): ということは、もし倉庫にお手洗いなどが併設されていたとしたら……今頃圭一さんは、便槽にドボンしていた可能性もあったと……? 圭一(冬服): うげっ……や、やめろよ沙都子!一瞬その光景が頭の中に浮かんで、気持ち悪くなっちまったじゃねぇか。 魅音(冬服): くっくっくっ……! くみ取り式の便槽の中に閉じ込められるなんて、下から数えたほうが早いくらいの最悪なパターンだよね~。 詩音(冬服): あの……お姉? あの旅館の中にはしっかりお手洗いがいくつもあったんですから、ご自分がそうなっていた可能性もお忘れなく。 魅音(冬服): ……。うん、結論が出たね。この鈴は面白いかもしれないけど、封印して使用禁止。みんな、異存はないね? 沙都子(冬服): えぇ、それで構いませんわ。そもそもトラップとは緻密な計算に基づいて、結果をある程度予測できてこそ意味があるもの。 沙都子(冬服): 何が起こるかわからず、あまつさえ味方まで巻き込むような代物はトラップなどではなく、むしろ危険な自爆装置でしてよ。 菜央(冬服): そうね。沙都子の言う通りだと思うわ……あら、鷹野さん? 鷹野: おはよう、みんな。こんな朝早くから診療所に集まって、どうしたの? 美雪(冬服): どうも、お邪魔してまーす。実はちょっと、一穂がとんでもない目に巻き込まれちゃいまして……もがっ? 魅音(冬服): 余計なことを言うんじゃないって、美雪!鷹野さんの性格、あんたもよく知っているでしょっ? 詩音(冬服): あんた、檻ナシ生身でライオンの前に生肉放り込む趣味でもあるんですか?! 鷹野: えっと……魅音ちゃんに詩音ちゃん?今、ライオンがどうとかって聞こえたんだけど……いったい何の話をしているのかしら? 魅音(冬服): っ? い、いや何でもないですよっ!あは、あははははは!! 鷹野: ……。まぁいいわ。それより入江先生、そろそろ診療の開始時間ですから準備の方を進めて……。 鷹野: ……あら、なにかしらこの鈴は? 入江: あぁ、例の不思議な鈴ですよ。 鷹野: これが、へぇ……そうなの。ぱっと見は普通の鈴にしか見えないけど。 詩音(冬服): って監督、鷹野さんに鈴の話をしていたんですか? 入江: えぇ。ただ、あまり鷹野さんの好みではなかったのか軽く聞き流されてしまったのですが……。 鷹野: いえ、そうじゃなくて。入江先生の話だけだとよくわからなかったから、直接本人に聞いてからにしようと思って。……ねぇ、一穂ちゃん? 鷹野: この鈴が鳴った後、あなた……気がついた時にはすぐ、牢屋の中にいたって聞いたんだけど……それだけ? 鷹野: 他に何か見たり、聞いたりしたことって本当になかったのかしら……? 一穂(冬服): えっ……? Part 02: ……みんなにひとつだけ、言っていなかったことがある。 それは、私がみんなに牢屋から出してもらう前……薄ぼんやりとした、奇妙な記憶の話だった。 ……始まりは、少し埃っぽい四方を木で囲まれた場所。前に少しだけ入ったことがある、忍者屋敷の天井裏だ。 忍者屋敷らしく、人がある程度動けるようにはなっているけど……やはり狭い。 一穂(くノ一): あ、あれっ……? 私、部屋にいたはずなのにいつの間にこんなところへ……? 一穂(くノ一): ……っ! い、痛たっ……! 少し痛むお尻をおさえながら、私は起き上がる。何が起きたのかわからないが、床……いや、天井?とにかく尻餅をついてしまったようだ。 一穂(くノ一): こ、ここは……どこ……? 照明がないのと、窓らしきものが見当たらないせいか息が詰まりそうなほど、周囲の空気が……重い。 一穂(くノ一): そうだ、私……鈴の音を聞いて……。 あの笛の音にも似た、変な鈴の音……それを聞いた後から、記憶がなんだか曖昧だ。 そもそも、その直前に何かがあった……?誰かと話をした……あるいは、私が……? 一穂(くノ一): っ……そんなことより、出口を探さなきゃ……。 私は壁に手をつきながら、ふらつく足を励まして奥の方へと進んでいく。 ……目を凝らしてみても、人らしき影はない。話し声は一切感じられず、伝わってくるのは地響きのような忍者屋敷の動力音……だろうか。 ただ、どうやらこの場所に移動させられたのは私だけのようだ。……それを幸運だと考えるものか、不運だと嘆くべきかは現時点だと何とも言えないが。 一応、左右に点在する引き戸らしきものを見つけて恐る恐る引っ張ったりしてはみたけれど、引いても押しても全く動かせる気配がない。 あと……木製の建物の中は、妙に静かすぎる。床のきしむ音がやけに甲高く聞こえて、それが不気味さをいやが上にも高めていた。 一穂(くノ一): とにかく、早く脱出しないとみんなに心配をかけちゃうよね……。えっと、どこかに出口は……、っ? ……と、その時。私は奥まった突き当たりの場所の床の下から、小さく光が差し込んでいるのが見えた。 どうやら木々の継ぎ目に開いた穴から、下にある空間が覗けるようになっているらしい。 一穂(くノ一): …………。 なんだか妙な気分だ。本当に、くノ一になってしまった……ような。 私は、辺りに誰の姿もないのをいいことにごくっと唾を飲み込み……ほんの少しだけ、と内心で言い訳しながら隙間に顔を近づけた。 一穂(くノ一): ……えっ……? 隙間から見下ろした部屋の中。そこに人影が見えた気が……した。 けど、みんなが遊んでいるにしては静かすぎる。もっと足音だの、歓声だのが騒がしく響いてきてもおかしくないはずなのに。 今日は魅音さんの提案を試すために施設全体を貸し切っていたので、利用客は私たちだけ……だとしたら、他に人がいるとは思えない。 だから私は、もう一度下を覗き込んで「それ」を確かめようとしたが――。 一穂(くノ一): っ……?! ふいに下から聞こえてきた足音に、心臓を冷たく握られたような戦慄を全身に覚える。とっさに顔を引っ込め、穴のそばから飛び退いた。 一穂(くノ一): (あ、あれ……? どうして私、隠れようと思っちゃったんだろう……?) さっきから感じる不気味さはともかくとして……現状を考えると、誰かがいなくなった私を探しにきたという可能性の方が高いことになる。 また、私と同様にどこか別の場所から飛ばされてきたのだとしても、ここで合流したほうが脱出できる確率は格段に上がるだろう。 そう思い直した私は、静かに息を飲み。再び木々の隙間から溢れる光に、片目を押しつけるように近づけて……。 詩音:冬服: ……なるほど、そういうことですか。おかしな展開になったものだと心配していましたが、つまりはあんたの計画通りだったってわけですね。 一穂(くノ一): ……っ……?! 驚き身を引きそうになる身体を、私はぎりぎりのところで押しとどめた。 一穂(くノ一): (この声って……詩音さん?それに誰か、他の人がいる……?) 魅音さんか、沙都子ちゃん……もしくは他の部活メンバーか。 だけど……なんだろう、この感じは。ぞわぞわとした、気持ちの悪い寒さ……そして……。 雅: ……私が意図したわけじゃない。全ては「彼女」が仕組んだことで、私は観測してデータを集めただけ。 雅: やはりこの「世界」にも、私が探していたものは存在していなかった。……そして、お前が求める例の人物も、ね……。 詩音(冬服): ……。まぁ、そう簡単にたどり着けるなんて最初から甘い期待はしていませんよ。慰めるつもりだったら、ノーサンキューってやつです。 雅: ……今はお前たちのことにまで気を回している余裕はない。今のはただの確認だ。 詩音(冬服): はぁ……こういう時は少しくらい、優しいお言葉をかけてもらいたいものですね。仮にも私たちは……なんですから……。 雅: …………。 ……2人は小声で喋っているので、最後の方の言葉がよく……聞こえない。 一穂(くノ一): (詩音さん、いったい誰と話を……?) 少なくとも美雪ちゃんや菜央ちゃんとも違う声で、もちろん部活メンバーでもなさそうだ。 ただ……やっぱり、おかしい。この声の響き方と、口調……私はどこかで、聞いたような気が……? 詩音(冬服): では、またいずれ。……念のために言っておきますが例の約束の件、破ったりしたら承知しませんからね。 雅: わかっている。 …………。 そして私は、話をしている相手を知るために身を乗り出そうとして……。 突然、足を引っ張られるような感覚に襲われた。 一穂(くノ一): っ……?! 振り返った視界に入ったのは、自分の左足が、張り巡らされたヒモのようなものに引っかかっている光景。 美雪ちゃんたちとテレビの時代劇で見たことがある。確か、この後に起こるのは……! しまった、と身体が急速に冷えるよりも早く、ヒモに繋がった木の板たちが一斉に鳴り響いて――! 雅: なんだ……? 詩音(冬服): っ、誰ですかっ?! 一穂(くノ一): わっ、わっ、わっ……! 私は伏せていた身を起こし、中腰で走り出す。 まずい、まずい、まずい……! 何が起きたのかわからない。わからないけど……ひとつだけ、わかる! 私は、くノ一は……!捕まったら終わりだ――! そう思って縦横無尽に走った私の足は、天井板にひとつに手を乗せた瞬間、ぐるん……と全身が回転する感覚に襲われた。 一穂(くノ一): (ってこれ、回転扉になってる……?!) ……そして息をのんだ、次の瞬間。 例の鈴の音が聞こえて……私の視界はぐにゃりと歪み、奇妙な浮遊感とともに身体が虚空に放り出されるのを感じていた――。 Part 03: 鷹野: ……ほ。ほちゃん。 一穂(冬服): えっ? 鷹野: 一穂ちゃん、大丈夫? 一穂(冬服): あっ……。 一穂(冬服): (そうだ、鷹野さんに質問されてたんだ……!) 一穂(冬服): ごめんなさい……思い出そうとしたんですけど、やっぱり、よく覚えてないんです。気がついたら、牢屋の中にいて……。 鷹野: あら、そうなの。……それにしても、不思議な鈴ね。解体したら、何かわかったりしないかしら? 鷹野: ねぇ、梨花ちゃん。この鈴だけど……。 梨花(冬服): みー。万一の事故が怖いので、あげられないのですよ。 鷹野: あら、残念。 一穂(冬服): ……ねぇ美雪ちゃん、菜央ちゃん。 美雪(冬服): んー、なにー?ご飯ならもうちょっとかかるから、待ってて~。 菜央(冬服): 一穂は大人しくテレビでも見てなさい。入江先生のお墨付きはもらったけど、急に具合が悪くならないとも限らないんだから。 一穂(冬服): ううん、具合はもう大丈夫。ただ、ちょっと聞きたいことがあって。 一穂(冬服): 忍者屋敷で私が閉じ込められた日……詩音さんって、建物の外にずっといたよね? 美雪(冬服): うん。私が忍者屋敷で挑戦した時以外はずっと屋敷の外で一緒だったよ。 菜央(冬服): 美雪が挑戦してる間は、あたしが側にいたわ。詩音さん、計測係だもの。 一穂(冬服): そ、そうだよね……。 菜央(冬服): どうしたの? 一穂(冬服): え、えっと……。 一穂(冬服): (建物の外にずっといた詩音さんが、忍者屋敷の中で誰かと喋ってたって言ってもさすがに信じてもらえないよね……) 一穂(冬服): …………。 美雪(冬服): あ、一穂。元気なら、お風呂掃除頼んでいい?私がやろうと思ってたんだけど、うっかり忘れちゃってさ! 一穂(冬服): あ……うん、わかった。それじゃ、お風呂場に行ってくるね。 美雪(冬服): よろしく~。 菜央(冬服): ……美雪。 美雪(冬服): なにー? 菜央(冬服): さっきの一穂、何か言いたそうだったけど……言いたいことがあるのは、あんたもじゃないの? 美雪(冬服): んー……そうだね。菜央には話しておこうかな。ちょっと怖い話を思いついちゃったって話。 菜央(冬服): 怖いこと? 美雪(冬服): 忍者屋敷で鬼ごっこしてる間、参加者全員が鈴の音を聞いてるよね? 菜央(冬服): えぇ……あたしも聞いたわ。あんたもよね? 美雪(冬服): うん。梨花ちゃんと魅音の推測だと、あの鈴の音を聞くと建物内のどこかに転送される、って話だったけどさ……。 美雪(冬服): 私、鈴の音を聞いても建物の別の部屋に移動させられた記憶がないんだよね。 美雪(冬服): 計測係の詩音以外は全員戸を開け閉めして屋敷に出入りしてるけど……一穂以外に移動したって人、誰かいたっけ? 美雪(冬服): 私たちは鈴の効果の範囲外だったのか、それとも……。 菜央(冬服): …………。 菜央(冬服): もしかして、あんたはこう言いたいの? 菜央(冬服): あたしたち部活メンバーほぼ全員が屋敷を出た時、入る前と同じように見える別の「世界」に気がつかないうちに迷い込んでいて……。 菜央(冬服): あたしもあんたも、屋敷に出入りする前とは別人かもしれない……ってこと? 美雪(冬服): まぁ……ね。怖い話でしょ? 菜央(冬服): ……馬鹿馬鹿しいわね。 美雪(冬服): 菜央ならそう言うと思った。けど、一穂には内緒だよ。怖がらせるといけないから。 菜央(冬服): ……。ねぇ、美雪。 美雪(冬服): なに? 菜央(冬服): あんたもあたしも、屋敷に出入りする前と別人だとしたら……あんたはどうするの? 美雪(冬服): 特にどうもしないよ。ここ数日の生活を思い返してみたけど、一穂も菜央も私の知ってる2人だったし。 美雪(冬服): 菜央から見て、私はどう? 前と何か違う? 菜央(冬服): ……特に何も変わらないわ。美雪は美雪にしか見えないもの。 菜央(冬服): はぁ……よく考えれば、真面目に考えるほど馬鹿げた話ね。損した気分だわ。 美雪(冬服): じゃ、気分を変えるために夕飯後のデザートでも作っちゃおうか! 菜央(冬服): えぇ、賛成。