Part 01: 羽入(私服): あいうえおあお、かきくけこかこ……。 沙都子(私服): あら、羽入さん。練習の方はいかがでして? 羽入(私服): あぅあぅ、もしかして沙都子も練習ですか? 沙都子(私服): 私も練習しないと、さすがにまずいと思いまして。まぁ村娘Aなので、台詞はあまりありませんけど。 沙都子(私服): 台詞が少ない分、トチって悪目立ちでもしたら皆さんに申し訳が立ちませんわ。 羽入(私服): 村娘も立派な舞台の一員なのです。それに沙都子は、大道具の手伝いもしてくれるのですよね? 沙都子(私服): えぇ。といっても、大まかな部分は美雪さんが手配して揃えてくれるそうですから、下準備が終わるまでは比較的暇でしてよ。 沙都子(私服): あ……そういえば菜央さんが、明日にでも衣装の調節をしたいと申しておりましたわ。 羽入(私服): あぅあぅ、ミシンが直って張り切っているのですね。 沙都子(私服): 使いすぎて、また壊さないかが不安ですわね……そのあたりは自重してくださるとは思っておりますけど。 羽入(私服): みんな本番に向けて頑張っているのですね。 羽入(私服): 賞品のためにも、菜央のためにも優勝目指して頑張るのですよ~! 沙都子(私服): え、えぇ……。 羽入(私服): あぅ……? どうしたのですか、沙都子。何か言いたそうに見えるのですが。 沙都子(私服): ……羽入さん。今さらですが、ひとつよろしいかしら? 沙都子(私服): 本当に、羽入さんが敵役で……レナさんがオヤシロさま役でよかったんですの? 羽入(私服): あぅあぅ……僕が敵役ではダメなのでしょうか? 沙都子(私服): いえ、ダメというわけではありませんが、その、ええぇっと……うっ……。 羽入(私服): 梨花が最後まで反対していたから……ですか? 沙都子(私服): ……それが私も、気がかりでして。役が決まってから、お2人の空気が少しギクシャクしておりますし。 羽入(私服): 梨花は僕のことを甘く見ているだけなのです。僕だって、やればできるのですよ~! 沙都子(私服): あ……いえ、梨花がやめるように言っていたのは役が大変とか、そんな理由ではないのでは……? 沙都子(私服): 私、少し立ち聞きしてしまいまして……間違っていたら、ごめんなさいですわ。 沙都子(私服): ただ……私の目には、梨花が羽入さんに悪役をやらせたくない……そんな風に見えましたのよ。 羽入(私服): ……沙都子は、そう感じているのですか? 沙都子(私服): 私の気のせいであれば、そうだと言ってほしいですわ。 羽入(私服): それは……気のせいではないと思うのです。 羽入(私服): でも、それは僕と梨花の問題で……沙都子は何も悪くないのですよ。 沙都子(私服): 羽入さん……私は、今回の問題にあまり立ち入るべきではないのかも知れませんけど……。 沙都子(私服): 私だけ仲間外れは……寂しいですわ。 羽入(私服): あっ! ご、ごめんなさいなのです!沙都子を仲間ハズレにするつもりは……! 入江: おや、どうしました。お二人が大声で言い争いをするなんて、珍しいですね。 沙都子(私服): えっ……? 入江: こんにちは。お元気そうでなによりです。 羽入(私服): 入江……? Part 02: 羽入(私服): どうして入江が、こんな時間に……? 沙都子(私服): まさかお仕事からエスケープですの? 入江: あははは、違います。午前中に用事があったのですが、長引く可能性があったので一日休診にしてもらったんですよ。 沙都子(私服): では、長引かなかったのでお休みになったんですの? 入江: えぇ。それで、さっき美雪さんたちにお会いして大道具用の木材運びのお手伝いを頼まれた次第です。舞台の書き割りに使うそうで。 沙都子(私服): 書き割り? 入江: 舞台の背景として置く板のことで、そこに木や家の絵を描くそうです。つまり背景用の大道具ですね。 羽入(私服): あぅあぅ、それを書き割りと呼ぶのですね。 入江: 私も初めて知りましたよ。物は知っていても名前は知らないことは、結構あるものですね。 沙都子(私服): えぇ、そうですわね……。 沙都子(私服): ……監督。少し聞いて欲しい話があるんですけど、よろしくて? 羽入(私服): 沙都子? 僕は大丈夫なのですよ。 沙都子(私服): 監督のお知恵を拝聴するのも、大事だと思いますわ。先ほどのように存在を知っていても、名前を知らないことがあったように。 入江: どうしました? 沙都子(私服): 実は……。 入江: なるほど……。 入江: 最近梨花さんと羽入さんの空気が少し妙だと思ったのは、そういう事情があったからなのですね。 入江: 私はてっきり、舞台の練習で疲れているせいかと思っていましたが……。 沙都子(私服): 疲れもあるかもしれませんわね。梨花はナレーション役で、台詞も多いので。 羽入(私服): 梨花はあぁ見えてタフだから、大丈夫なのですよ。 羽入(私服): ただ、その分僕の選択のせいで心労をかけているのかもしれませんが……。 入江: 私は何も知らないので、まず確認をさせてください。羽入さんは悪役をお引き受けになったとのことですが、それは何故ですか? 羽入(私服): 他の子に、させたくなかったからなのです。この物語では、誰かが罪を犯した存在を……悪役を演じなければいけません。 羽入(私服): 実は、美雪からは「梨花ちゃんが反対するなら自分が悪役を演じようか」と言われていたのです。 羽入(私服): 元々、演劇大会に参加する切っ掛けになったのは自分たち3人の事情だから……と。 羽入(私服): でも僕は、美雪にもさせたくなかったのです。たとえ、翻訳に翻訳を重ねられてしまったせいで元の話が不明瞭な内容だったとしても……。 羽入(私服): 悪役は、悪役ですから。 沙都子(私服): ですが……そもそも悪役って必要なんですの?誰も悪くない、悪役はいない……そんな世界があってもおかしくないはずですわ。 沙都子(私服): 誰かが悪役を担わなくてはいけないなんて、そこに固執する必要はないと思いましてよ……。 羽入(私服): それは、……。 沙都子(私服): やはり、今からでもお話を変えられないか魅音さんに相談をするべきですわ。悪役が必要でない物語に変えて、そして……。 入江: ……本当に、悪役は不必要なのでしょうか。 羽入&沙都子: えっ……? 入江: 悪役とは……言わば、物語のゴールの旗です。治療における完治と言ってもいいでしょう。 入江: 誰も悪くない……という状況は、時として誰が悪いという状況よりも酷く受け入れがたいものだったりします。 入江: お話を聞く限り、今回の悪役は文字通りの旗なのですよね?それがいなくなって、物語はハッピーエンドを迎える。 羽入(私服): はい、そうなのです。 入江: でも、その悪役が最初からいなければ苦しみは存在しないのかと言えば……そうではありませんよね? 羽入(私服): その通りなのです。 羽入(私服): 誰のせいでもない。誰が悪いわけじゃない。……だとしたら、どうして苦しまなければならないのか。 羽入(私服): 苦しみに、自分以外の理由が必要な時のために……悪役は、存在しているのです。 沙都子(私服): だから悪役は必要だと……?羽入さんと監督は、そうおっしゃるんですの? 入江: ……これは、私が#p雛見沢#sひなみざわ#rに来るずっと前の昔の話ですが。 入江: ある大人の患者さんは、最近自分が生まれつきの病気だと知って……生きることが楽になったと言いました。 入江: 病気で身体が動かないことを、怠惰だとかやる気がないとか……親や周囲の人間にずっと怒られ続けていたそうなので。 沙都子(私服): 確かに、何も知らない人から見ればそう見えてもおかしくないですわね……。 入江: ですがその人は、治療が進む中こうも言ったのです。……自分が病気ではなくなった時、果たして本当に動けるようになるのかと。 入江: 病気で無くなった自分の身体が、何も変わらなかったら……。 入江: 病人でない自分は、ただ怠惰な存在であることを認めなければならないのではないか……? 入江: そう思うと、病の完治が恐ろしい。病気であることをやめるのが怖い……と。 沙都子(私服): …………。 入江: 私たち医者は病気を治すために存在するのですが、病気でなくなることに恐れを抱いている人もいる……若い私には、少し衝撃的な出来事でした。 入江: 若い人には理解できないかもしれませんが、そういう人がいたという話だけはお二人にも知っておいてほしいんです。 羽入(私服): ……僕には、わかる気がするのですよ。 羽入(私服): 変わりたいと願いながら、変わった後の環境が自分の望まない状況だったらどうしようと……受け入れられるか不安になってしまう、その気持ちが。 沙都子(私服): ……私には、わかりませんわ。どんなことも変わってみなければ、その後どうなるかなんてわかりませんもの。 入江: 今はわからなくてもいいんですよ。いつかわかるかも、くらいで。……で、話を戻しますが。 入江: 聞く限り、そのお話で悪役を悪役ではないように書こうとすると……失礼ながら、上演時間内では難しいのでは? 沙都子(私服): うっ! そ、それは……。 羽入(私服): あぅあぅ……そうです。今から内容を変えるとなると、魅音や他の役者の負担が大きくなってしまうのですよ。 入江: 沙都子さんは、悪役がいる話が嫌い。ですが、悪役が必要とされる物語が存在している。……その2つは同時に存在できるものだと思います。 入江: ちなみに、少し腰を折って先ほどの話の続きですが……悪役はともかく、全ての病気は無くなってしかるべきです。そこから生じる問題は、また解決策を考える……。 入江: それが今も昔も変わらぬ私の信念であることは、ここで断言させてもらいますね。 羽入(私服): あぅあぅ……ただ、病気が完全になくなってしまうと入江は失業してしまうのではないのですか? 入江: えっ? あ……ははは、確かに。そうなったらどうしましょう。 沙都子(私服): ……仕方ありませんわね。その時は一緒にお仕事を探して差し上げますわ。 入江: それは心強いです。いつ失業しても大丈夫ですね。 羽入(私服): ふふっ……ありがとうなのです、入江。沙都子も僕たちのことを心配してくれて感謝しているのですよ。 羽入(私服): でも……入江の言う通り、悪役が必要な時もあるのです。それは時に、誰かの希望になり得るのですから。 羽入(私服): 僕はこの舞台で、精一杯悪役を……希望を演じます。 沙都子(私服): ……それで、梨花は納得すると思いますの? 羽入(私服): いえ……それは、やってみないとわかりません。 羽入(私服): でも、この話は鷹野が提示した本……翻訳に翻訳を重ねられた昔話、『オヤシロさま』悪説に対抗するためのお話なのです。 羽入(私服): 対抗がなければ、鷹野のお話が真実として残る……それはそれで、梨花が悲しむことになると思います。 沙都子(私服): 確かに。あの話を初めて読んだ時……梨花はとても難しい顔をしてましたわね。 羽入(私服): ここからさらに悪役の居ない物語を作るには、まずは反対の話を出して別の可能性が存在している可能性を提示する必要があります。 沙都子(私服): 物語を改編するには、段階を踏まなければならない……つまり、そういうことですの? 羽入(私服): はい……だから僕は、あの本を否定するためにそのための第一歩として、精一杯演じるのです。 羽入(私服): 物語の悪役を……! Part 03: 黒衣の女: ふふふ……この身体は実によい。力が満ち満ちている。 黒衣の女: これまでの我では為し得ぬことも、今なら容易く成し遂げられよう……! 黒衣の女: 簒奪……? 否、否!これは我らが、手に入れた力! 黒衣の女: 他者が捨てた物だ! 不要と断じられた物だ!ならば我が拾い、用いて何の問題がある?! 黒衣の女: 虐げられてきた我らの怒りも悲しみも、今ようやく、遂げられる……! 黒衣の女: ふふふ、ふはははははははは! 魅音(私服): はい、カーット!羽入のソロシーンの練習、おしまい!! 羽入(闇ドレス): ふぅっ……が、頑張ったのですよ~。 梨花(私服): ……羽入。 羽入(闇ドレス): あっ、梨花……!どうでしたか、僕の演技は! 梨花(私服): 怖すぎるのです。 羽入(闇ドレス): あぅあぅあぅ?! 沙都子(私服): えぇ……正直、私も梨花と同じ感想ですわ。その目につけているカラーコンタクトがなんとも不気味な感じでしてよ……。 美雪(私服): 気合い入ってるのは、いいことだと思うけど。……菜央の気合い入りまくり衣装も相まって、なんかこう、空気感が……モノホンだったね。 レナ(私服): 羽入ちゃんって、あんな顔もできるんだ……。はぅ……レナ、ちょっと驚いちゃった。 魅音(私服): 羽入部員の潜在的ポテンシャルを存分に引き出した、素晴らしい演技だったよ……。 魅音(私服): その努力を認めた上で、脚本家権限を行使させてもらう!……羽入ちゃん、もう少し演技と顔をマイルドにしよう。 羽入(闇ドレス): あぅあぅ、マイルドとはっ?い、いったいどうすればいいのですか……?! 美雪(私服): 子ども向けの舞台だと思って、演じるのはどう?今のままだと子どもが泣くと思……ん? 一穂(私服): 菜央ちゃん、しっかりして! 菜央ちゃん! 菜央(私服): ほぁ……。 沙都子(私服): 菜央さんが固まってますわ?! 梨花(私服): このままだと会場で菜央モデルが増産、観客席が阿鼻叫喚なのです。 羽入(闇ドレス): あ、あぅあぅ……マイルドにできるように、頑張るのです。 魅音(私服): だ、大丈夫だって! 突き抜けた悪役ができるなら、マイルドな悪役もいけるはずだから! 美雪(私服): あのさ……時速100キロが出せるなら、50キロもいけるって理論はやめよう?魅音はできても、普通の子は簡単に調節できないからね? 入江: いやぁ、すごいですねぇ。 羽入(闇ドレス): 入江?……もしかして、今のを見ていたのですか。 入江: えぇ、少し見学に来させてもらいました。とても素晴らしかったですよ。 入江: ただ……素晴らしすぎて問題だという気持ちも、正直わからなくもなかったりしますね。 羽入(闇ドレス): あぅあぅ、ちょっと頑張りすぎてしまったのです。 沙都子(私服): あら監督、見学ですの? 入江: はい。いやはや、しかしすごく本格的ですね。 魅音(私服): そりゃ、優勝を目指しているからねぇ!よかったら本番も見に来てよ! 梨花(私服): ……羽入。 羽入(闇ドレス): あ、梨花。 梨花(私服): あまり頑張らなくてもいいのですよ。 羽入(闇ドレス): 心配してくれて、ありがとうなのです。……でもこの舞台は、僕自身も成功させたいのですよ。 梨花(私服): それは、誰のためにですか?鷹野の本への対抗のため? 羽入(闇ドレス): あぅあぅ、それもありますが……。 羽入(闇ドレス): 僕はみんなと一緒にエンジェルモートで甘い物をお腹い~っぱい食べたいのです! 羽入(闇ドレス): でも優勝しないとチケットは貰えない。甘いものも食べられない……。 羽入(闇ドレス): だから、僕は頑張るのですよ~♪ 梨花(私服): みー……つまりは自分のためなのですか? 羽入(闇ドレス): そ、それもあるのです……もちろん、菜央のことも忘れていないのですよ! 梨花(私服): くすっ……それなら、別にいいわ。 羽入(闇ドレス): えっ……? 梨花(私服): 羽入が誰かのためだけに悪役を担うつもりだったら、私はそれを否定するつもりだった。 梨花(私服): でも、自分でその道を選んだのなら……これ以上何かを言うのはやめてあげる。 羽入(闇ドレス): 梨花……。 羽入(闇ドレス): 認めてくれてありがとうなのです。でも、僕は大丈夫なのですよ。 魅音(私服): おーい、そろそろ休憩終わりにするよ~。 羽入(闇ドレス): はいなのです! ……梨花、行きましょう。 梨花(私服): えぇ……。 梨花(私服): ……でもボクは、やっぱり誰にも悪役を担って欲しくないのですよ。 羽入(闇ドレス): ……。でも……それでも。 羽入(闇ドレス): 悪役が必要な時は、あるのですよ。