居心地良く整えられた自分の部屋で、盟人めいとはベッドに横たわった。

 大きなまくらに頭が沈み込み、安堵あんどれる。

 職業柄、トラブルには慣れているとはいえ、ここのところ重傷ばかり負っていたから、今夜はしっかり休息を取りたかった。

兄者あにじや……一緒に寝てもいい?」

 部屋の扉が開き、リノが入ってくる。枕を抱きかかえた姿は愛くるしく、これを拒絶できる人間はいるのだろうかと思えるほどだ。

「もちろん。今さら許可なんて要らないだろ」

 盟人は笑った。妹に添い寝するのは日常茶飯事。別に変わったことではない。

「ん。でも一応聞いた」

 リノがベッドによじ登ってくる。その小さな体では、マットもたいしてたわみはしない。盟人は横に寝転がってスペースを空けてやろうとした。

「大丈夫。リノは、ここでいい。ここがいい」

 リノが盟人の体の上に乗っかってくる。盟人の胸に手を突き、腰にまたがる。

 こんな体勢をドリスにでもされたら、盟人は欲情してしまうだろうが、妹相手には可愛かわいらしいという感情しか起きない。

「そこじゃ寝にくいぞ。ちゃんと横に……」

 言いかける盟人に。

 リノの端整な顔立ちが迫ってきた。

 やわらかい、感触。

 盟人は、なにが起きたのかしばらく理解できなかった。

 やがて、少しずつ頭が働き始める。

 分かったのは、リノの唇が自分の唇に押しつけられているということ。

 長い髪が盟人の顔に乱れかかり、肩にも流れ、盟人を覆っている。朝摘みのいちごのような甘い香りが、鼻腔びくうに流れ込んでくる。

「なにをして──」

 盟人は声を上げるが、その開いた唇に、リノが舌を滑り込ませてきた。

 甘くて、小さくて、愛らしい舌。それが飢えたように盟人の口の中をくすぐり、め回す。リノは夢中で盟人の舌に吸い付き、しゃぶり続ける。

 リノの腰が、もどかしそうに盟人の腰の上でくねった。小さなしりが盟人の腰にこすりつけられる。リノは盟人の唇を吸いながら、もぞもぞと切なげに体を動かす。

 何分、何十分っただろうか。

 ようやくリノが唇を離す。その赤い舌と、盟人の舌とのあいだで、唾液がいやらしく糸を引いた。あえぐように息を漏らすリノの顔は、恍惚こうこつに染まりきっていて。

 そのとき初めて、盟人はリノが女だったのだと悟った。

 リノは潤みきったひとみで盟人を見下ろす。

「ずっと……リノはあきらめてた。リノは死体だから、子供も産めないデスウォーカーだから、兄者にはふさわしくないって。兄者と結婚することなんて、できないって」

「結婚って、なんの話だ」

 盟人は上ずった声で尋ねる。

「リノは、兄者と結婚したい。兄者と恋人になりたい。兄者と愛し合いたい。そんな気持ちを、ずっと言えなかった。でも、兄者は、死体でもリノを好きだと言ってくれた。だから、リノは勇気が出た。もう、リノは諦めない」

 リノはほおに火照らせて告げた。

 そんなふうに表情を変える妹を見るのは、初めてだった。状況についていくことができず、盟人はあせる。

「待て。お前が好きなのは、兄としてのおれだろ? 恋愛感情じゃない。間違えるな」

「間違えていない。リノは、兄者が男として好き。兄者と、えっちなことをしたい。どろどろになって溶け合いたい。そういう、好き」

 リノが盟人の上にかがみ込み、顔を寄せてきた。唇が触れ合いそうなくらいまで迫り、うっとりと盟人の目を見つめる。

 甘く、悩ましいまでに甘く、ささやく。

「……リノは、盟人が好き」

「っ……!」

 盟人は言葉を失う。

 名前で呼ばれること。それは、兄妹としての感情ではないというリノの意志を、はっきりと伝えてきていて。小刻みに震えているリノの姿が、その言葉は本物だと教えていて。

 妹を傷つけたくない盟人は、むげに拒絶することもできない。

 そして、拒絶したいのかも分からない。

 すべてが突然すぎて、混乱していた。

 そんな盟人の腰に、リノが手を滑らせる。

「……ん。盟人も、リノとえっちしたいって、なってる」

「おい」

 さすがにこれは駄目だと思い、盟人はリノの手を引っがした。



 青白い光に照らされた地下室。

 無秩序に置かれた椅子いすの一つ一つに、異様な目の輝きをともしたデバイサーが腰かけている。

 魔鎌型の魔導具デバイスをいじっている老人は、死神の牙ケルベロスという異名で知られている。かつて数万の兵を一人でほふったとされる無慈悲なデバイサーだ。

 クマのヌイグルミの耳をかじっている女の子は、本名よりも崩壊者デイストラクタという通り名が有名だ。あどけない容姿とは裏腹に、引力をあやつり、万物を崩壊させる魔導具デバイスを使いこなす。

 ほかにも、そうそうたる顔ぶれのデバイサーたちが、地下室にはそろっていた。その中にはキャンディスもおり、スマートフォンに表示した怪盗王フアントムの顔を眺めている。

「そいつが純正のソウルジェネレーターってやつかい?」

 死神の牙ケルベロスは目を瞬かせてガイに尋ねた。

 ガイはうなずく。

「そうだ。これがあれば、俺はデスウォーカーの唯一の弱点をつぶすことができる」

 手に握っているのは、半透明のキューブ。

 内部では虹色の炎が燃え盛り、揺らめいて次々と形を変えている。怪盗王フアントムがソウルジェネレーターを奪っていった中央制御室から、同じ品を押収してきたのだ。

 ガイは美しい光を放つソウルジェネレーターを……自らの胸に突き入れた。

 肉が破られ、鮮血が飛び散る。

 ガイは苦痛を感じることもなく、キューブを体内へと埋め込んでいく。

「ふええっ!? ガイ!? なにしてるの!?

 崩壊者デイストラクタが幼い悲鳴を漏らす。

「心配するな。すぐにアップグレードが完了する」

 ソウルジェネレーターが触手を伸ばし、体内の筋組織や血管と接続する。

 みるみるうちに傷がふさがっていく。

 数十秒と経たぬうちに、傷口の痕跡さえも完全に消えてしまう。

 ガイは深々と息を吐いた。

 全身に生命力がみなぎるのを感じる。これまではソウルジェネレーターの存在する日本地区から離れることさえできなかったが、今ならどんな地区でも攻め込めるだろう。

 ガイはキャンディスに目をやった。

「協力に感謝する。これでようやく、俺たちは計画を実行に移すことができる。今後も存分に力を振るってくれ」

「ボスがあんたに従えって言うから、手は貸すけどさあ……。ぶっちゃけ、私はあんたを認めてるわけじゃないのよ? 退屈な男は嫌いだし」

 キャンディスは肩をすくめ、スマートフォンの画面の怪盗王フアントムに軽くキスをする。どうやら彼女はすっかり怪盗王フアントムにご執心らしい。

 相変わらず人の心を盗むのが得意な泥棒どろぼうだが、利用価値はあるとガイは思う。今回のことだって、怪盗王フアントムがアランの陣営を散々引っき回してくれたお陰で、キャンディスの潜入捜査は成功し、アランを玉座から引きずり下ろすこともできたのだ。

 ガイは鼻を鳴らした。

「俺を認めてくれとは頼まない。俺の目的さえ果たせればそれでいい」

「目的って、なんなのよ?」

「俺の目的はただ一つ……腐敗した十賢老じゆつけんろうを浄化し、シア様に真の理想世界を用意してさしあげることだけだ」

「シア……シア・ホワイトかー。女のために十賢老を敵に回すなんて、これはまた無謀なナイト様ねえ」

 キャンディスは馬鹿ばかにしたように笑う。

 その反応も当然だ。ガイがやろうとしているのは既存の世界への反逆であり、絶大な権力と武力との闘争なのだから。

 死神の牙ケルベロスは目尻にしわをいっぱい寄せる。

「いいじゃないか。十賢老はやりすぎた。この辺でだれかが是正せねばならん。もしボスの命令でなくても、ガイの考えには賛成だ」

 崩壊者デイストラクタもしきりにうなずく。

「うんうんっ! あいつらはパパとママのかたきだもんっ! 死んじゃえばいいんだよっ! わたしも頑張るからね、ガイ!」

 地下室に居並ぶ強力なデバイサーたちも、口々に賛意を表する。

 彼らは皆、十賢老に大きな憎悪を持つ者たちなのだ。その辺りの人選は、彼らのボスがよくやってくれている。

「……感謝する。光に満ちた世界のため、共に闘おう」

 ガイはデバイサーたちを見回した。



 商店街のスイーツショップは、今日もたくさんの女性客でにぎわっていた。

 盟人としてはこういう店はあまり好んで行きたい場所ではないのだけれど、リノにキュウリアイスを食べさせてやると約束したのだから仕方ない。約束は約束だ。

 幸い、今日はキュウリアイスが売り切れておらず、注文を済ませたリノは軽い足取りでテーブルへと向かっていた。

 そんなリノの姿を眺めてドリスが笑う。

「リノ、よっぽどキュウリアイスが食べたかったのね。なにがいいのか分からないけど」

「でも、リノちゃんが元気になって良かったです。本当にどうなることかと思いましたから」

 シアがしみじみとつぶやいた。

 美穂みほが首をかしげる。

「結局、リノちゃんはどうやって治したの? そもそも、なんの病気だったのかな?」

「まあ、あれだ。ただのストレスだったみたいだ」

 盟人は言葉を濁しておく。ソウルジェネレーターやデスウォーカーに関することは、あちら側の──美穂が知るべきではない事実だ。

「ストレスって、なんの?」

「猫を飼いたくて飼いたくて仕方ないが、世話がめんどい。その二つの感情の板挟みになって、寝込んでいたんだよ」

「本当に!? そんな理由で寝込んだりするの!? 適当なこと言ってないよね!?

「俺は生まれてから一度もうそなんてついたことはないぞ」

 まさに適当なことを言っている盟人は、美穂の頭をぽんぽんと軽くたたいた。

「あー! なんかそれ、すごく適当な感じする! 絶対そうだよね!? 女の子なんてでてれば大人しくなるって思ってるよね? もぉー」

 美穂は憤慨しながらも、実際に少しずつ大人しくなっていった。ほっぺたを膨らませ、空いているテーブルの椅子に腰かける。

 盟人が隣の椅子に座ると、ひざの上にリノがよじよじと登ってきた。

「リノはここがいい。ここがリノの席」

 きっぱりと主張するリノに、シアが微笑ほほえましそうな顔をする。

「リノちゃんは本当にお兄さんが大好きなんですね。仲良しの兄妹って、なんだか素敵です」

「ですねー。さすがに盟人もリノには変な気を起こさないでしょうし」

 などとドリスも言うが。

 盟人は、知ってしまっているのだ。

 リノの気持ちを。こうやって膝に乗ってくるのが、下心ゆえだということも。

 そしてリノは、盟人が知っていることを知っている。

 じっと盟人を見つめる瞳が語っている。そのからだの奥に潜んだ熱を。

 細い腕が盟人の首に回され、長い髪が盟人の肩に滑り落ちた。

 リノが耳元でささやく。

「兄者……連れてきてくれて、ありがと」

 耳たぶに触れる小さな唇を感じながら。

 盟人はリノの体をそっと抱き寄せた。



(了)