「ふん、俺は妹と約束したんだよ。変な味のアイスを食べに連れてってやるってな。ここで死なれたら、約束を守れなくて後味が悪いだろうが」

 盟人は体の奥が燃え盛るのを感じた。

 これは、怒りか。それとも他のなにかか。盟人には分からなかった。だが、その熱は体内で膨れ上がり、右腕が急速に再生していく。手首が造られ、指も伸びていく。

 盟人は右腕を大きく後ろに引き、ゴーレムの拳を叩き飛ばした。不意打ちとも言える衝撃にゴーレムは吹き飛ばされ、壁際まで後退する。

 盟人はすぐさま背後に飛び退き、体勢を整えた。再生した指を素早く開いたり閉じたりしてみる。指の動きにまったく問題はない。

「無駄なことを。君は勝てない」

「勝てるさ。そのゴーレムの正体が魔力の塊だというのなら、魔力を奪えば済む」

「そんなことができるわけがない」

 盟人は鼻で笑った。

「知らないのか? 強欲の魔獣は……すべてを貪り尽くすってことを」

 巨大人型戦車ゴーレムが刃に姿を変え、盟人に襲いかかってくる。

 盟人は刃から身をかわし、空中で自らを回転させながら、刃に幻肢フアントム・リムの右手を突き入れた。内部でわし摑みにし、引きずり出す。

 歯車でもなく、スプリングでもなく、配線でもなく……、魔力を。

 魔導エネルギーそのものを。

 それは光り輝く金色の霧となって、刃から外界へと現れてきた。

 盟人が金色の霧をたぐり寄せ、抱え込むと、霧は盟人の体内へと吸収されていく。全身に力が満ち、あらゆる傷が癒えていく。

 そして、魔力を奪われた刃からは、光が薄れていく。表面の殻がぽろぽろと欠ける。

「ま、まさか……そんな、あり得ない!」

 アランの狼狽ろうばいした声。

「ふうん……これはいいな。もっと寄越せ」

 盟人が舌なめずりすると、瞬時に刃が後退した。

 刃は形を変えて紐となり、瓦礫の隙間すきまをかいくぐって姿を消す。

 直後、八方から刃が盟人を目指して飛びかかってくる。

 だが、一つとして盟人の体を切り裂くことはできない。

 踊るように舞う盟人のコートを刃が撫で、あるいはかすり、むなしく風を鳴らす。

「二度目は効くかよ。お前の攻撃は計算され尽くしている。だから、計算によって次の行動が読めてしまう」

 盟人は刃の乱撃をかいくぐりながら、それぞれの刃に手の平を触れさせ、魔力を引きずり出した。大量の魔力が盟人の体に吸い込まれていく。

 刃はすぐさま盟人から離れ、数メートルの向こうに集束した。巻き付き合い、絡み合い、融合して、巨大人型戦車ゴーレムの姿に戻る。

 けれど、それはもはや黄金の輝きを放ってはいなくて。

 あらかたの魔力を剝ぎ取られ、くすんだ黄土色と化してしまっている。

 コックピットの中で、立体映像のアランが歯ぎしりした。

「こんなことは、あってはいけないのだ。私の巨大人型戦車ゴーレムは、敗北してはいけないのだから。最強の軍勢なくして、私の計画は達成できないのだから」

「そうかい。でも、お前は負けるよ」

 盟人が床を蹴り、ゴーレムに向かって疾駆した。

 巨大人型戦車ゴーレムの周囲に魔法陣が三つ展開する。

 それぞれから無数の魔弾が吐き出され、盟人をなぶり殺しにしようとしてくる。

 壁が灼け、床が溶け、天井が砕ける。

 嵐の中を、盟人は走った。

 もはや、避けることさえない。避ける必要がない。ありあまるほどの魔力を吸収した肉体は、撃たれても撃たれても即座に再生していく。

 盟人の腹に刺さった弾丸が、背中から抜けて床に転がる。

 頭蓋に激突した魔弾が、うなじからこぼれ落ちる。

 盟人はひたすら、巨大人型戦車ゴーレムへと駆けた。

 宙に高々と跳躍し、巨大人型戦車ゴーレムを見下ろす。

 降下していく体、突き下ろす幻肢フアントム・リムの右手、ゴーレムから剝ぎ取られる魔力の残滓ざんし

 巨大人型戦車ゴーレムの装甲が砕け、砂となって崩れていく。

 立体映像のアランの前に、盟人が飛び降りる。

 アランは、大きく目を見開いていた。血の気を失った顔。引きつった頰。

 盟人は彼の立体映像に迫り、幻肢フアントム・リムの右手を伸ばし、わらう。

「今度は……お前をってやるよ」

 悪鬼のささやきが、アランの頰を撫でた。

「ああああああああああああああああああああああ!」

 アランは絶叫をほとばしらせ、立体映像が消滅する。

 巨大人型戦車ゴーレムの全体が崩壊し、瓦礫が細かい粒子と化す。

 粒子は空中に溶け、かすみのように消え去っていく。

 炎の海が広がる通路で。

 盟人とリノの二人だけが、残された。

「兄者! 兄者ああっ!」

 リノがむしゃぶりつくようにして盟人に飛びついてくる。盟人はその体を抱き上げた。リノは盟人の首に腕を回し、きつく抱き締める。

 涙にれた瞳で、盟人を見つめた。

「リノ、リノ、兄者が死ぬかと思った。凄く、凄く怖かった……」

「俺が死ぬわけがないだろ。もうぴんぴんしてるぞ。ここに来たときより元気なくらいだ」

 その言葉はうそではなかった。膨大な魔力を巨大人型戦車ゴーレムから奪ったお陰で、腹の傷さえもすっかり回復してしまっていたのだ。

「さあ、ソウルジェネレーターを見つけよう。どこに配備されているのか、詳しい位置を確認してくる暇がなかったんだが……」

「それなら、大丈夫。そこの中央制御室にソウルジェネレーターがたくさん格納されてるはず。生命波吸収装置アブソーバから集めた生命力を変換するために」

 リノは告げるが、中央制御室とやらはひどい有様だった。瓦礫の上を炎が踊る地獄だ。盟人がゴーレムを叩き込んだとき、中の機器もまとめて破壊してしまったのだ。

「……それを知ってたら、あそこまで壊さなかったんだが」

「大丈夫。ソウルジェネレーターは簡単に壊れたりしない。あの中に紛れてるはず」

「了解。探してみよう」

 盟人はリノを通路に下ろすと、中央制御室の廃墟はいきよに駆け込んだ。

 炎のあいだを駆け抜け、熱波に網膜を焼かれながら、周囲に目を凝らす。

 すると、見覚えのあるキューブが瓦礫のあいだに挟まれているのが見えた。

 中に炎が燃えている、半透明のキューブ。

 盟人はまた罠ではないかと少し警戒しつつ、キューブを拾い上げた。あの痛みを何度も味わうのは避けたい。しかし、魔力の満ちている今なら負傷しても平気だろうと思い、キューブを懐に近づけてみる。

 キューブは腹に襲いかかってこない。本物のソウルジェネレーターだ。これさえあれば、リノが衰弱することも、死ぬこともない。

 ようやくたどり着けたソウルジェネレーターを手に、盟人はこれまでの労苦が報われる気がした。あらゆる苦痛、あらゆる悲嘆が、上書きされていくのを感じる。

「それじゃ……頂いていくぞ」

 盟人はにやりと笑い、お宝を抱えて炎の中から歩み出た。



「素晴らしい! 素晴らしいぞ!」

 アランは叫びながら、自分の肉体に戻った。

 そこは、たった今まで怪盗王フアントムとの戦いを繰り広げていた場所とは違う。バベル工業の日本支部からは離れた、オフィスの一室だった。

 あの最新型の巨大人型戦車ゴーレムは、従来の機体とは異なり、操縦者の精神をインストールして使用するものだ。たとえ巨大人型戦車ゴーレムが破壊されたとしても、操縦者が死ぬことはない。完全崩壊する前に精神を肉体に復帰させればよいだけなのだ。

 カプセル形の遠隔操縦席から起き上がりながら、アランは興奮していた。

 怪盗王フアントムの戦闘力は、予想以上だった。魔力などという存在まで強奪し、アラン専用に設計された最高の巨大人型戦車ゴーレムを抹殺するなんて、誰が予想するだろうか。

「キャンディス! すぐに態勢を整え直して、怪盗王フアントムを確保するぞ! あの少年はただ殺してしまうにはもったいない! もっともっと研究しないと!」

 そう声を張り上げたアランは、部屋の様子がおかしいことに気付いた。

 目の前で、見覚えのある男がアランに銃を向けていた。

 これは……ギラドの右腕だったはずのガイ・フォークスだ。その横では、キャンディスも頭に銃を向けられ、両手を挙げている。

 アランはため息をいた。

「また君か。私は遊んでいる暇はないんだ。早く帰ってくれないか」

「そうはいかん。貴様には俺と一緒に来てもらう」

 ガイはぴくりとも表情を変えない。

 アランはキャンディスを見やった。

「じゃあ、彼を殺せ。時間の無駄だ」

 命令を受けても、キャンディスは動こうとしなかった。

 唇に人差し指を添え、くすりと笑う。

「ごめんね~、社長。その命令は聞けないわ。私は今日で退職するし」

 アランは耳を疑った。

「なぜこのタイミングで!? そんな勝手を許すものか! 仕事は最後まで果たせ!」

「だから~、これが私の仕事なのよ」

 キャンディスは太もものホルスターから拳銃を取り出すと……ガイではなく、アランにその銃口を向けた。

 目を細め、照準器越しにアランを眺める瞳は、愉悦を漂わせている。

 アランは歯を嚙み締めた。

「最初から……繫がっていたのか。パーティ会場での騒ぎも、八百長の茶番で……」

「ええ。社長が変なアプリを使うものだから、ガイを逃がすのに苦労したわ」

 キャンディスは肩をすくめる。

「そういうことだ。貴様の不正、世界政府への背反行為は、すべて証拠を摑んでいる」

 ゆっくりと、ガイが近づいてくる。

 既にキャンディスの頭に銃口は向けられておらず、キャンディスは机に腰かけて鼻唄を歌っている。

「私は十賢老だぞ! 私に刃向かえばどうなるか分かっているのか!? 二人とも抹殺されるのだぞ!」

 アランは語気を荒げるものの、ガイは耳を傾けようともしない。

「アラン・スチュワート。貴様を……逮捕する」

 冷たい鋼のリングが、アランの手首にかけられた。