Prologue: ……新幹線の座席に向かい合って座り、私たちは一路東京方面へと向かっている。 昨年から営業を開始した新型の新幹線は、東京までノンストップというだけあってやはり速い。駆け抜ける感覚が、まさに弾丸に乗っているようだ。 千雨: (とはいえ……これだと最寄り駅を通過しちまって、折り返しで戻らなきゃいけないんだが……) その非効率に対しては少しだけ不満があったものの、今回の「スポンサー」がどうしても乗りたいと言って譲らないのだからやむを得まい。 そして、当の本人はせっかくの流れる景色もよそに、固くて食べるのが容易ではないことで有名なアイスにスプーンを突き刺しながら、悪戦苦闘していた。 魅音(25歳): はぁ……このアイスって、まるで岩みたいだね。ひとすくい削るだけでも、一苦労だよ。 千雨: しばらく置いて、溶け出してから食べたほうがいいと思うぞ。……それより、魅音。 私は向かいに座る女性――魅音が買ってくれたアイスを窓際に置き、わずかに身を乗り出す。 新型新幹線の乗り心地も、アイスにも興味はない。……聞きたかったのは、この列車に乗り込む前に彼女が話してくれた、ある事実についてだった。 千雨: さっき、お前が言ってた話……本当にあったことなのか? 魅音(25歳): ……うん。梨花ちゃん本人から、聞いたことを思い出したんだ。 そう言って魅音は、わずかに削れたアイスの欠片を口に含み……窓の外に目を向けて、ぽつりと答える。 告げられた内容は、実のところ大したものではない。……ただ、明らかに奇妙な要素が含まれていることは間違いがなかった。 魅音(25歳): あの日……梨花ちゃんは、夢を見たんだって。自分が成長して、とある学園に通う未来をね……。 聖ルチーア学園、学園寮――。 生徒会主催の「とある」仕事を終えて戻ってきた私は、疲れた気分を引きずりながらため息をついていた。 梨花(高校生冬服): あと1週間……この調子で、ほんとに間に合うのかしら? 日を追うごとにのしかかってくる不安……そして、焦り。 梨花(高校生冬服): こんな感情になるのは久しぶりね。 嫌なことがないわけじゃない。最近は色々と立て込んだ問題が山積みで、順調に進まず不機嫌になったのも一度や二度ではなかった。 それでも、魅音やレナから届く手紙の返事では冒頭に躊躇うことなく「毎日元気にしている」と筆を走らせられる程度の充足感は得ていた。 ……手紙が届いた直後に、返事を出しておいてよかった。今書いていたら、泣き言を綴ってしまっていたかもしれない。 それでも、なんとか自分を励まして寮の中へ入って休もうとした私の前に……。 沙都子(高校生): ……あら、梨花。 ちょうど戻ってきたばかりと思しき沙都子が現れた。 梨花(高校生冬服): 沙都子……戻ってきていたのね。 沙都子(高校生): えぇ……多少の手間はかかりましたけど、ようやく片付けることができましたわ。 梨花(高校生冬服): …………。 極めて事務的な固くて冷たいその口調に、私は悲しさがこみ上げてきて……内心でため息をつく。 普段ならどんなに疲れていても、顔を合わせれば気を許した態度で今日の出来事や夕食のことなどを話しながら、仲良く肩を並べて寮に入る……。 それが私たちの日常のはず……だった。 でもここしばらくの間、顔を合わせるたびに私たちは緊張に肩を強ばらせ……互いを見つめては軽い挨拶を交わすだけに留まっている。 理由は、はっきりしている……よくわかっている。だけど頭では理解していても、心はどうしても納得させることができなかった。 沙都子(高校生): ……では、また。 それ以上の言葉を発することなく、背を向けた沙都子の背中があまりにも遠く感じてしまい……。 梨花(高校生冬服): ……沙都子。 呼びかけた私の声も冷たく硬くこわばっていたけど、沙都子は立ち止まって振り返ってくれた。 沙都子(高校生): なんですの、梨花? 梨花(高校生冬服): どうあっても勝つつもりなのね。正直言って、あなたがそこまでこだわりを見せるとは思ってもみなかったわ。 沙都子(高校生): 当然ですわ。勝負は勝負。それこそが私に信頼を寄せてくれる方々にお返しできる、唯一のことですもの。 沙都子(高校生): 部活の規則をお忘れですの?勝って当然、狙うは一位のみ。 梨花(高校生冬服): ……これは#p雛見沢#sひなみざわ#rの部活じゃない。 沙都子(高校生): もちろん存じておりましてよ。でも、やるべきことは部活と大差ありませんわ。 沙都子(高校生): ……そういうわけなのでどうぞ梨花も、全力でかかってきてくださいまし。 沙都子(高校生): 私はあらゆる術をもって、必ずあなたから勝利をもぎ取ってみせましてよ。 梨花(高校生冬服): ……っ……。 首だけで振り返り、肩越しに送ってきた鋭い視線に気圧されて思わず私は息をのむ。 久しぶりに見る沙都子の燃える瞳は確かにあの雛見沢でよく見ていたそれとよく似ていて……。 梨花(高校生冬服): (本気なのね……沙都子) その証拠と言わんばかりに、沙都子は動揺する私を置き去りにして寮の中へと消えていった。 梨花(高校生冬服): どうして、こんなことに……でも……。 頭の中で苦渋と逡巡が錯綜する中、私は無意識に胸に手を当てる。 梨花(高校生冬服): …………。 私は自分の劣勢が否めない状況にあることを思い知り……肩を落とし、後悔する。 梨花(高校生冬服): 沙都子が、あれだけ強い意思で臨んでくるなんて……。 梨花(高校生冬服): だったら私も、手段を選ぶわけには……! 梨花(私服): ……はっ……?! ぱっと目を開けると、そこは見慣れた雛見沢……私と沙都子、そして羽入が3人で生活を送っている家の天井だった。 布団からおもむろに起き上がり、左右へと目を向ける。 沙都子(私服): むにゃ……隙ありですわよ、圭一さぁん……。 羽入(私服): うーん、うーん……辛いのは嫌なのです~……。 沙都子と羽入が寝言をつぶやきながらむにゃむにゃと布に包まれて眠る姿に、ほっとする。 梨花(私服): 夢、だったのね……でも……。 額から落ちる汗を拭い、激しく鼓動を高鳴らせる胸に手を当てながら、私は今さっき見た夢を思い出す。 夢の中で私は、成長して高校生になっていて……でも……。 私は目を閉じて……自分の今の姿を、脳裏に思い浮かべる。 ここ数年間、ぼんやりと……でも、ずっと抱き続けてきた不安。 それを少しでも解消すべく、私はぐっ、と自分の胸に手を押し当てながらひとり決意を固めていた。 梨花(私服): 今からでも、なんとかしないと…… 梨花(私服): 手遅れになる前に……ッ! Part 01: とある、日曜日の午後。私――赤坂美雪は捜査に行き詰まりを感じて、ひとり懊悩していた。 いや、現状の体制に不満があるわけではない。優秀な部下2人が労を惜しまず働いてくれるおかげで情報収集は極めて順調に進んでいる。 しかし……いや、だからこそだろうか。私は資料をげっぷが出るほど細部まで読みまくった後、自らの心理と立場に疑義を覚えずにはいられなかった。 つまるところ、早い話が要するに……。 美雪(冬服): ――飽きた。 菜央(冬服): ちょっと、美雪っ! 美雪(冬服): 痛っ?! ぽこん、と軽妙な音とともに頭に衝撃が響き、私は悲鳴を上げて後ろを振り返る。 目を向けるとその先には、口をへの字にした菜央の姿。彼女の手には、丸まったA4ノートが握られていた。 美雪(冬服): もう……何をするのさ、菜央。いきなり人の頭を後ろから殴るなんて、傷害罪で訴えるよー? 菜央(冬服): だったらあたしは、民事訴訟で損害賠償でもしてあげましょうか? 菜央(冬服): せっかくの休日、レナちゃんと遊ぼうと思ってたのをわざわざ付き合ってあげてるってのに、飽きたーってずいぶんと失礼な発言じゃない。 一穂(冬服): あ、あははは……。 そんな私と菜央のやり取りを、対面に座った一穂が苦笑いで見守っている。 ……改めて今日は、日曜日。部活もなく、特に予定が入っていなかった私たちはこの空いた時間を幸いに、#p興宮#sおきのみや#rの図書館を訪れていた。 もちろん目的は、#p雛見沢#sひなみざわ#rについての資料集めだ。菜央はレナの家に行きたかったようなので不服な顔だったが、それでもこちらを優先してくれた。 美雪(冬服): (……それで飽きた、なんて言ったらそりゃ怒って当然だよね) しかも、こっちが刑事で軽く挑発したらマジな顔で民事をぶつけて対抗してくるなんて……実に口達者で、度胸も満点だ。 彼女は性格的にもデザイナーより、むしろ弁護士とかの方が天職じゃないだろうか?……なんて言っても喜ばないだろうけど。 美雪(冬服): ごめんごめん、確かに失言でした。謝るから、機嫌を直してよ。 美雪(冬服): ただ……これまで雛見沢の郷土史や地理について色々資料集めだの、現地の調査だのをしてきたけどなかなか終わりが見えなくてさ。 美雪(冬服): 小さな村のことだから簡単に終わる、って高を括ってたけど、こんなに未踏の土地とかがあったら、時間がいくらあっても調べたりないよ。 菜央(冬服): ……そうね。この調子で知らないことを調べていくとあたしたち、生き字引として重宝されるようになるかも……かも。 一穂(冬服): あ、あははは……。もしそうなったら、学会で学術論文……だっけ。そういうのを発表するのも悪くないかもね。 そう言って一穂は、私たちの会話に参加してくれる。 初めの頃は、私と菜央のやり取りを見守るだけでほとんど口を挟んでこなかったのだけど……最近はぎこちなくも参加してくれるので、すごく嬉しい。 だから私も、一穂が発言した時はできるだけ内容を拾って相手するように努めていた。 美雪(冬服): あっははは、それをやるためにはまず大学に行って相応のゼミに入らないとねー。目指す学部は……やっぱり文学部かな? 菜央(冬服): 工学部、ってパターンもあるんじゃない?集落の成立した歴史を都市工学の一環として勉強するって聞いたことがあるわ。 一穂(冬服): そ、そうなんだ……大学にも、色々あるんだね。 美雪(冬服): まぁ、そのあたりは私たちと同じくらいに雛見沢のことを研究している人のアドバイスを求めたほうがいいかもねー。たとえば……。 鷹野(冬服): ……くすくす。申し訳ないんだけど、「同じ」じゃなくて「以上」と言ってもらいたいわ。 鷹野(冬服): 雛見沢についてのことだったら私、誰にも引けを取るつもりはないから……ね。 美雪(冬服): あっ、噂をすれば……鷹野さん。 本棚のある一角からそんな声がして顔を向けると、そこには果たして鷹野さんの姿があった。 菜央(冬服): こんばんは、鷹野さん。いつの間にいらしていたんですか? 鷹野(冬服): ごめんなさいね、立ち聞きしたみたいで。借りていた本を返しに来たら偶然あなたたちの姿が見えて、ちょっと声をかけたくなったのよ。 一穂(冬服): そうなんですか……あっ、ごめんなさい。さっきはすごく、偉そうなことを言っちゃって。 鷹野(冬服): くす……気にしないで、ちょっとからかっただけよ。むしろ研究で名を上げるつもりだったら、それくらいの鼻っ柱の強さがあるほうが頼もしいわ。 鷹野(冬服): とはいえ……小さな研究者さんたち?熱心に勉強しているのは素晴らしいことだけど、そろそろ閉館時間よ。 鷹野(冬服): 日が暮れると夜道が暗くて危険だから、気をつけて帰ってね。 美雪(冬服): はーい。……ところで鷹野さんは、どんな本を借りてたんですか? そう言って私は、鷹野さんが小脇に抱えているいくつかの本を指さして尋ねる。 すると鷹野さんは、仲間が見つかったようで機嫌を良くしたのか……嬉々とした表情をあらわにしながら、本を机の上に置いていった。 鷹野(冬服): あなたたちと同じように、雛見沢についての古い資料よ。……もっとも私は、『オヤシロさま』に関してのことがほとんどだけど。 美雪(冬服): へぇ……どれどれ。 表紙が不気味だったので、やや気が引けたけど……勧められた以上は無下にもできず、私たちはそれぞれに本を広げて目を軽く流す。 中にあったのは『オヤシロさま』の#p祟#sたた#rりに関すること、あるいは村人たちが犯罪者や不信心な者に対し行ってきた、私刑……。 いわゆる「拷問」などの血なまぐさい話が大半……というより、ほぼ全部を占めていた。 美雪(冬服): (鷹野さんって、こういう話をする時すごく生き生きした感じになるよね。加虐嗜好でもあるんだろうか……?) そんなことを考えながら本を閉じ、返そうとした私はふと鷹野さんが小脇に抱えた古い巻物のようなものに気づく。 ずいぶん、年季が入っている様子だ。興宮の図書館は蔵書がわりと充実しているところだが、あぁいった古文書も扱っているのだろうか……? 美雪(冬服): あの……鷹野さん。その巻物みたいなのも、ここの図書館で借りたものなんですか? 鷹野(冬服): ……あぁ、これね。ううん、この資料だけは別にお借りしたものよ。 そう言って鷹野さんは、なぜか呆れたようにため息をつきながら、私たちに掲げてみせた。 鷹野(冬服): ちょっと前に、公由家の方からお借りした資料なの。ただ……完全に詐欺まがいの内容だったから、この後謹んで叩き返しに行くつもりだったのよ。 菜央(冬服): 叩き返すって……穏やかじゃありませんね。 鷹野(冬服): だって、御三家の関係者に提供してもらったから期待していたのに……本物かガセネタかの区別もついていないんだもの。さすがに呆れちゃったわ。 一穂(冬服): え、えっと……何が載ってる資料だったんですか? 鷹野(冬服): 読むような価値がないと思うけど、隠すものじゃないしね。……ほら、見て。 そう言って一穂が尋ねると、鷹野さんは先ほどと打って変わったようにやる気のない感じで巻物を広げてみせる。 そこには地図が描かれてあり、菜央が読める箇所には「多種効能温泉」の文字が記されてあった。 一穂(冬服): 温泉……多種効能って、どういうものなんです? 鷹野(冬服): それは――。 Part 02: ――そして、翌日の放課後。 美雪(冬服): 『公由家だったら、一穂の実家ですよね?だったら私たち、代わりに返しに行ってあげますよ』 その口実で鷹野さんから資料を預かった私たちは、こっそり自分たちのところで預からせてもらうことにする。 ただ、内容に目を通してもよくわからなかったので……とりあえず分校に持っていき、他の部活メンバーにも意見を求めるべく中身を披露した。 レナ(冬服): ……願いが叶う、温泉? 美雪(冬服): うん。その地図に載ってる温泉に入ると自分が望んでいた能力や容姿、あるいは特殊な力が手に入るようになるんだって。 鷹野さんから聞いた内容を、私はそのまま伝える。……だけど案の定と言おうか、レナや魅音たちは明らかに怪訝な表情でそれぞれの反応を見せていた。 沙都子(冬服): 説明だけで、怪しさ大爆発な代物ですわね……。梨花の家の倉庫に納められた呪いの道具のたぐいといい勝負でしてよ。 梨花(冬服): みー。古手家の秘宝はどれも霊験あらたかなもので、偽物ではなく効能があるのです。 梨花(冬服): ……悪いのは、しっかりと役に立つように作らなかったどこかの神様なのですよ。 羽入(冬服): あ、あぅあぅ梨花……そう言って僕のことを、睨まないでくださいなのですよ~。 そう言って梨花ちゃんは、不本意そうに頬をふくらませている。それに対して羽入は、なぜか彼女に睨まれて涙目になっていた。 美雪(冬服): んー……まぁやっぱり、みんなも胡散臭いって印象しかないよねー。 菜央(冬服): 当然じゃない。温泉に入って怪我や病気が治るって話はよく聞くけど……自分の望む能力を手に入れることができるって、ありえないわ。 詩音(冬服): 程度はさておき、容姿は可能性としてあるかもですよ?ほら、美容にいい温泉ってよく聞く話ですし。 美雪(冬服): いや……肌ツヤがよくなるって感じじゃなくて、不細工がイケメン、美人に変身することも可能だってレベルの超効能があるんだってさ。 美雪(冬服): あと、性別も男から女になったり、人間としての生き方に絶望した人に至ってはパンダや豚、アヒルに変わることも……。 詩音(冬服): ……前言撤回します。どう考えてもそれ、詐欺としか思えない代物です。 レナ(冬服): はぅ~! じゃあ、レナがかぁいいウサギさんになりたいってお願いしたら、それに変わることもできたりするのかな、かな? 圭一(冬服): いや……よく考えろ、レナ。一時的にならともかく、ずっとウサギになってお前はそれでいいのか? レナ(冬服): …………。 レナ(冬服): それは、えっと……困っちゃうかもね。 さすがのかぁいいもの好きのレナも、ずっとウサギとして生きていくことについては抵抗を覚えたらしい。……まぁ、当然だが。 菜央(冬服): 大丈夫よ、レナちゃん!もしウサギになったとしても、あたしが大切に可愛がって100歳でも200歳でもお世話するからっ! 美雪(冬服): いや、ウサギの寿命は100年もないって……。そしてキミはいったい、何歳まで生きるつもりだ? 普段は常識的な言動なのに、ことレナが関わると菜央はポンコツに変わってしまう。……まぁ、こっちの方が年相応ではあるのだが。 魅音(冬服): にしても、鷹野さんがあっさり手放すとは珍しいね……。あの人はこういった資料は大好物だから、早速試しに行っちゃいそうなものなのにさ。 美雪(冬服): 場所はすぐにわかったそうだから、現地まで富竹さんを連れて早速試しに行ってきたみたいだよ。 美雪(冬服): その上で、温泉の中身が偽物だって判断したんだってさ。 魅音(冬服): あー……なるほど。すでに実証済みだったってわけか。 詩音(冬服): ……なんとなく予想はできていますが、一応聞いておきますね。 詩音(冬服): どうやって鷹野さんは、その温泉の中身を確かめたんですか? 一穂(冬服): 温泉は20個ほどあったみたいなんだけど……ひとつひとつ成分を分析するのも面倒だったから、その全部に富竹さんが入って試したんだって。 魅音(冬服): この寒空の下でっ? 正気?! 一穂(冬服): でも、全然効き目がなかったから引き上げてきたらしいよ……。 圭一(冬服): つまり、雪がつもる極寒の中で20個も温泉に入らされたってわけか?リトマス試験紙じゃあるまいし……。 梨花(冬服): みー。むしろ生贄と言ってあげたほうがいいのです。 羽入(冬服): 表現がさらに酷くなっているのですよ、梨花……。 その光景を頭に思い浮かべただけで……全身に震えが走って、寒気がする。 それが雪による寒さのせいなのか、モルモット扱いされているのに幸せそうな富竹さんに対してのものなのか……。 考えるのもなんか嫌だったので、私はあえてスルーすることにした。……他のみんなも、おそらく同じ思いだろう。 美雪(冬服): ……あとさ、一応全種類を持って帰って自分でも家のお風呂で試したけど、やっぱり効き目がなかったみたいだね。 魅音(冬服): ってことは、20個以上の温泉の水をそれぞれ一回の入浴分持って帰ってきたって計算になるわけだけど……。 魅音(冬服): いったい合計で、何リットルになったんだろうね。しかもそれ、きっと鷹野さんは1リットルも持って帰らなかったんだろうし……つまり……。 詩音(冬服): お姉……それ以上は、武士の情けです。深く聞かないでおいてあげましょう。 沙都子(冬服): ……なんだか聞いていて、涙が出てまいりましたわ。 哀れすぎる富竹さんの扱いに、私たちは苦笑もなくそっと目頭に手を当てる。 ほんと神様、お願いですから富竹さんの純情がどんな形でもいいので報われるようにしてあげてください。……そんな思いを抱かずにはいられなかった。 いずれにしても、すでに検証済みであれば行く必要もないか……と考えかけたその時、 梨花(冬服): ……みー……? 巻物の内容を読んでいた梨花ちゃんが、何かに気づいたのかふいに声を上げた。 圭一(冬服): どうした、梨花ちゃん?その巻物の内容って、読むことができるのか? 梨花(冬服): はいなのです。古手家で管理している蔵書はこんなふうに書かれているものが多いので、ある程度なら解読することができるのですよ。 沙都子(冬服): 驚きましたわ……!あの胡散臭さ極まりない資料が、まさかこんな形で役立つことがあったなんて……? 梨花(冬服): ……沙都子。今夜の夕食は、カボチャスープで決定なのです。拒否は一切認めないのですよ。 沙都子(冬服): ちょ、ちょちょ、ちょっとしたジョークでしてよ!そうですわよね、羽入さんっ? 梨花(冬服): 羽入……わかっていると思いますですが、もしかばい立てをするつもりならキムc……。 羽入(冬服): わ……わぁーい……!カボチャスープ、楽しみなのですよ……! 沙都子(冬服): ひいいぃぃぃぃっ? は、羽入さんっっ?私のことを、お見捨てになるおつもりで?! 羽入(冬服): ……ごめんなさいなのですよ、沙都子。僕も我が身を守らなければいけないのです……あぅ。 梨花(冬服): それはさておき、墨が薄くて読みづらいのでうっかり見落とすところでしたが……鷹野や富竹に効能がなくて、当然なのです。 レナ(冬服): はぅ……それはどういうことなのかな、かな? 梨花(冬服): この温泉の願いが叶うのは、「数え年で20歳を越えぬ者」とここに書いてあるのです。 魅音(冬服): えっ、マジでっ?! それを聞いた私たちは、即座に手の平を返して飛びついた。 美雪(冬服): 鷹野さんが見つけた以上、実在は確定……ということは、温泉にそういった効能がない、と決まったわけじゃないってことだね?! 圭一(冬服): イケメンになれる……モテモテに……。 レナ(冬服): はぅ……かぁいいものいっぱいに、囲まれての生活……。 沙都子(冬服): 世界からカボチャを……ブロッコリー、アスパラガスも消滅させて……! 詩音(冬服): いや、圭ちゃんの邪な妄想はともかくとしてレナさんと沙都子は、同じ願いでも意味合いが違っているんじゃ……って、聞いていませんね。 美雪(冬服): まぁ、効能云々はさておいて調べてみる価値はありそうだね。梨花ちゃんの古文書解読のスキルみたいに、何かの役に立つかもしれないし……ん? 私は冗談交じりにそう言って、梨花ちゃんに顔を向ける。彼女のことだから、普段のようににこにこと笑いながらみんなの様子を面白そうに見守っている――。 と、思ったのだけど。 梨花(冬服): ……っ……! なぜか彼女は、目が血走っているのではと疑いたくなるくらいに真剣な表情で古文書を食い入るようにのぞき込んでいた。 梨花(冬服): この温泉の効能を使えば、長年の夢が……あの惨劇も、回避できる……はず! 羽入(冬服): り、梨花……? 魅音(冬服): 美雪の言う通り、ダメで元々当たったら儲け!来週の土曜日の午後は課外活動、そして部活だー! レナ(冬服): レナは異議なーし!かぁいいものいーっぱい、お持ち帰りぃ~♪ 詩音(冬服): いや、だからそういう願いが叶うところじゃないと……言っても無駄ですね、はい。 菜央(冬服): 任せて、レナちゃん!かぁいいもの集め、あたしも手伝うからっ! 詩音(冬服): しかも伝染しているし……何があっても知りませんよ、私は。 Part 03: そして私たちは、土曜日の午後に温泉があるという場所へと向かうことになった。 魅音(冬服): 温泉宿の反対側にある山の奥に、不思議な効能を持った温泉があったなんて……。 魅音(冬服): 地元の人間なのに、まだ知らないことがたくさんあるって思い知らされるよ。 詩音(冬服): 知らなくて当然です。基本的に山は、目的や理由のある場所でもない限り立ち入ったりしないものですし……。 詩音(冬服): 見通しの悪いところで決まった道以外を歩くと、事故や遭難のもとになりますからね。 美雪(冬服): ……っ……。 ある程度の土地勘があるということで、魅音と詩音が先導役として前を歩き……何か話しているのが聞こえる。 ただ……その内容は、よく聞こえない。別に吹雪いているわけでもないし、周囲はわりと静か……なんだけど……。 一穂(冬服): ……大丈夫、美雪ちゃん?顔色が、あんまりよくないみたいだけど……。 美雪(冬服): あ……あははは、大丈夫だよ。このくらいの寒さだったら、まだ平気……。 美雪(冬服): うん、平気だと思う……。 美雪(冬服): ……平気じゃないかな……ま、ちょっと覚悟はしてお……。 菜央(冬服): こら、そうやって強がったりしない。辛いんだったら辛いって、正直に言いなさい。 そう言って、菜央は手を襟の中に差し入れてくる。一瞬、ひやりとした感覚が駆け巡って「はぅあっ?」と悲鳴を上げてしまったが……。 間もなく温かさが、背中と首筋を中心にじんわりと広がってくるのを感じた。 美雪(冬服): えっと……何をしたの、菜央? 菜央(冬服): 使い捨てカイロをガムテープで貼りつけたのよ。あちこち探して回ったんだけど、貼るタイプはどうしても見つからなかったから。 菜央(冬服): どう?即席だけど少しはあったかくなったんじゃない? 美雪(冬服): ……うん。 確かに、さっきまで凍えるようだった寒さが少し……いや、結構ましに感じてきた。 美雪(冬服): ありがと、菜央。一応私も、使い捨てカイロを持ってくることは考えていたんだけどね。 菜央(冬服): おおかた、貼るタイプがなかったからポケットに入れるくらいしか考えてなかったんでしょ? 菜央(冬服): あんたって、寒くなると途端に思考が鈍くなって普段気づくようなことでも気づかなくなるんだもの。 菜央(冬服): しっかりしなさいよね、美雪。ひらめきと土壇場での強さが、あんたの持ち味なんだから。 美雪(冬服): ……面目ない。 菜央の発破は、少しきつい。……けど、愛を感じる。それに応えてこそだと思い直し、私は自分を鼓舞して顔を上げて全身に力を込めた。 美雪(冬服): で、温泉を見つけたら……まずはどうする? 菜央(冬服): とりあえず、本当に古文書にあるような効能があるのか試してみないとね。 菜央(冬服): そのためにわざわざ、前原さんにも来てもらったわけだし……ね? 圭一(冬服): おい……ちょっと待て、菜央ちゃん?その言い方だとまるで、俺がモルモット役として呼ばれたようにも聞こえるんだが。 梨花(冬服): みー。まるで、ではなく生贄そのものなのですよ。 圭一(冬服): ぐほあぁぁぁあっっ?! 容赦のない物言いにショックを受けたのか、前原くんは胸を押さえてのけぞり返る。 ……前言撤回、菜央の言葉はかなりきつい。そして梨花ちゃんも、なぜかいつも以上に毒が強いように思えるのだけど……。 ……が、さすがは「口先の魔術師」だ。彼はすぐさま気を取り直し、反撃に転じていった。 圭一(冬服): へっ……いいのか、お前ら?なんでも願いが叶うってことは、俺が望むハーレムを実現することだってできるんだぜ? 圭一(冬服): そうなったらここにいる全員を、俺専属のメイドにして侍らすことだって可能ってわけだ! がっはっはっはっ!! 美雪(冬服): あー……うん……。 胸を反らして哄笑する前原くんに対し、私は引き気味になってジト目を向ける。 そして、彼の台詞を聞いた私が思ったのは「雉も鳴かずば撃たれまいに……」という憐憫だった。 魅音(冬服): あー……圭ちゃん? 仲間のよしみで、一応警告射撃をしてあげるけどさ。 魅音(冬服): もしそんな不埒な願いを叶えるようなことがあったら、私は問答無用であんたを消滅させる願いをぶち込んであげるからね。 レナ(冬服): はぅ……そんなの、もったいないよ。だったらレナは、圭一くんをペットにして一生かぁいがってあげたいかな……かなっ♪ 魅音(冬服): あ、それいいねレナ!ちなみに私のリクエストは、牛か豚で!いざという時、食料になるからさ! 圭一(冬服): しょ、食料って食べるつもりか俺をっ?それってもはや、さっき言っていた消滅とほとんど変わらねぇじゃねぇか?! レナ(冬服): あははは、レナはそんなことをしないよ。やっぱりペットには長生きしてもらいたいから、鶴か亀がいいんじゃないかな、かな……♪ 圭一(冬服): ……おぉ、なるほど。鶴は千年亀は万年だもんな……って、違う!ペット生活を永遠に続けるなんて、勘弁してくれぇぇ!! 美雪(冬服): ……というわけだから、前原くん。願いを叶える範囲はほどほどにね。 美雪(冬服): さもないと、欲望を現実にした直後に地獄へ直行することになっちゃうからさ。 圭一(冬服): んがっ? わ、わかったぜ……。 そんな、冗談とも本気ともとれるような与太話をしながら、私たちはずんずんと温泉を目指して進んでいく。 そして、巻物に書かれた地図と富竹さんがつけてくれていたであろう目印を頼りに茂みをかき分け、山道を踏み分けると……。 やがて少し開けた場所からあたたかな、そして温泉特有の匂いを伴った空気が流れてくるのを感じた。 沙都子(冬服): あら、いよいよ目的の場所が近づいてきたみたいですわね……って、ななっ? そう言って進む足を早めようとした沙都子たちの前に、巨大な物体が群れをなして立ちふさがる。 雪男? いや、そんなボケを口にするまでもなく私たちはそれが『ツクヤミ』だとすぐに気づいた……! 魅音(冬服): みんな、抜刀――じゃない、「カード」で戦闘準備!とっとと片付けるよ!! Part 04: 美雪(冬服): よっし……これで最後っ!うりゃああぁあぁぁああっっ!! 足場の悪さに気を払いながら、私は目の前に迫ってきた『ツクヤミ』を待ち構えて間合いに入った瞬間、武器を突き出す。 勢いのまま突っ込んできたことが幸いして、繰り出した刺突は相手の身体に深く突き刺さり……やがて、跡形もなく消滅した。 魅音(冬服): お見事、美雪っ!さっきまで寒さに震えていたのが嘘みたいに豪快な戦いっぷりだったね~! 美雪(冬服): んー、やっぱり戦って身体を動かしてたほうがあったまって、余計なことを考えずに済むしさ。この程度の相手なら、どんどん来てくれてOKだよー! 菜央(冬服): だからって、あんまり調子に乗らないの。ちゃんと汗を拭いておかないと、あとで冷えるわよ。 美雪(冬服): はいはーい。 一穂(冬服): ふふっ……なんだか菜央ちゃんって、美雪ちゃんの小さなお姉ちゃんみたいだね。 美雪(冬服): ちょっと一穂、それはないでしょー?私の方がずっと歳上なんだから、まったく……。 菜央(冬服): そうよ。あと「小さな」って形容詞をつけないで。なんか腹が立つから。 一穂(冬服): ご、ごめんなさい……。 からかい半分でそう言い返すと、一穂は失言したことを反省するように肩を小さくしている。 美雪(冬服): (別に私も菜央も、本気で怒ってるわけじゃないんだから……さらっと流してくれていいのに) もっとも、その愚直なくらいに純なところが一穂ならではの良さでもあったりするので……このままでいいか、という思いもあるのだけど。 美雪(冬服): 匂いもしてきたし、そろそろ目的地が近いみたいだね。 詩音(冬服): ですね。空気も、暖かくなってきましたし……慎重に進んでいきましょう。 それから茂みを2つほど抜けた後、斜面の傾きが急になだらかになり……目の前に開けた空間が現れる。 そこは、雪が積もっていたが岩肌がはっきりと見える窪地のようなところで、周囲からは温泉独特の匂いとあたたかな風の流れが湯気とともに立ち込めていた。 岩場の中には、大小の温泉らしき水場が見える。それもかなりの数だ。 魅音(冬服): へー……これが、鷹野さんたちが見つけたっていう不思議な温泉ってやつなんだね。 詩音(冬服): 見たところ、幾つもあるようですが……どれがその温泉なのか、わかりますか? 梨花(冬服): ちょっと待ってほしいのですよ。全ての泉に効能があるわけではないので……みー、みみみー。 そう言って梨花ちゃんは、巻物に書かれている内容を再度読み込んでいく。 適当に試してみるのもひとつの手だが、もし有毒な温泉があったとしたら目も当てられない。 美雪(冬服): (あ、いや……鷹野さんの話だと富竹さんが全部「毒見」してくれたらしいし、とりあえずその心配はないかな……) そう思って私は、手近の温泉のひとつに近づく。と、同じことを考えたのか一穂も隣の温泉のそばにしゃがみ込み、そっと手を差し入れようとしていた。 一穂(冬服): これ、どれくらいの温度なのかな……?あ、でも前原くんがいるから服を脱いで入るわけにはいかないし……。 菜央(冬服): ちょっと待ちなさい、一穂。そのあたりは滑りやすくなってるかもだから、不用意に近づいたら危ないわよ。 一穂(冬服): あ、うん。わかったよ、菜央ちゃ――、っ?! ……一瞬のことだったので、反応ができなかった。温度を確かめようとしていた一穂は足を滑らせて、誤って温泉のひとつに落ちてしまった……! 美雪(冬服): か、一穂っ……?! 菜央(冬服): 大丈夫、火傷してないっ?すぐに引き上げてあげるから、あたしの手につかまっ……て……?! すぐさま、温泉の中から伸ばされた彼女の手をつかんだ菜央は……なぜか必死の形相から、怪訝そうに目を丸くした表情へと変わっていく。 菜央(冬服): も……もふもふ……? 美雪(冬服): ……えっ……? そして、あまりにも場違いすぎる言葉を呟くのでいったいどういう意味か、と思いながらその小さな背中の後ろに回り込んだ私は……。 美雪(冬服): なっ……?! ぷかぷかと水面に浮かんでいる……上下の服。それは一穂が着ていたものだとすぐに分かったが、菜央が握っている手はなぜか毛むくじゃらで――。 温泉から引き上げられた彼女は、どう見てもどう考えても「彼女」ではなくてひとりの、いや「1匹」の猫になっていた……?! 美雪(冬服): ね……猫っ? 一穂が、猫になっちゃったー?! 一穂(猫): にゃ、にゃにゃにゃぁっっ(え、ええぇぇぇえぇっっっ)?! 梨花(冬服): ……みー、どうやらこのたくさんある温泉で、正しい効能を持つものはひとつだけ。あとはハズレか、スカだそうなのです。 菜央(冬服): いや、ハズレもスカも同じ意味だと思うんだけど……。 梨花(冬服): そしてそのハズレかスカの温泉に入ってしまうと、この通り何かの動物になってしまうとのことなのですよ。 一穂(猫): にゃにゃぁぁぁあぁっっ(そんなーーっっ)!! 美雪(冬服): あのさー、梨花ちゃん!そういう大事なことは最初に調べてちゃんと注意してよーっ! 美雪(冬服): ……っていうか、そんなことより!一穂を元に戻すには、どうすればいいの?! 梨花(冬服): みー、落ちた時間が短かったのですぐに効能が消えるはずなのです。ですが……。 梨花ちゃんの説明の通り、猫の姿をした一穂の身体が光に包まれたかと思うと、やがて人の形へと変わっていく。 ……が、変身したことで服が脱げていた彼女は当然衣類なんかまとっておらず、真っ裸で――。 一穂(猫): いっ……いやあああぁぁぁあぁっっ?! レナ(冬服): はぅぅっ? 早く服を着て、一穂ちゃん!風邪引いちゃうよ!! 魅音(冬服): 風邪以上に心配することがあるでしょっ?圭ちゃん、回れ右! 見たら殺すっ!絶っっ対にこっちを見るなぁぁっっ!! 圭一(冬服): あ……あぁ、もちろんだっ!お、俺は何も見てねぇ!! ほ、ほんとだ!神に誓って何んにも見てねぇぞ!! 詩音(冬服): ……その言葉に嘘偽りがあるかどうかの判断はともかく、一穂さんの貞操保持のためにも念には念を入れた措置をしておきましょう。 詩音(冬服): ……お姉、この強制記憶消去装置を圭ちゃんに。わずかに焼き付いた残像も、これを使えば綺麗さっぱり消し飛ばすことができると思います。 魅音(冬服): だね。……とりあえず圭ちゃん、頭を出して。 圭一(冬服): や、やめろおおぉぉぉおっっ?装置なんてもっともらしい名前を語っちゃいるが、それってただの金属バットじゃねぇかぁぁぁっ! 一穂の介抱に努める私たちの向こうで、魅音と詩音が(おそらく悪ノリで)前原くんに制裁を加えようとしている。 しかも、それを見た沙都子と梨花ちゃんは止めるどころかむしろ便乗して――。 沙都子(冬服): 魅音さん、詩音さん!どうぞガツンと一発で仕留めてくださいまし!! 梨花(冬服): みー、武士の情けなのです。苦しませず、痛い目にあわせず送ってあげるのがせめてもの思いやりなのですよー。 魅音と詩音に声援を送っているあたり、もはや娯楽のように見ているフシすらあった。 圭一(冬服): 待て! ちょっと待ってくれ!いったいどこに送れっていうんだ、梨花ちゃん!!頼むから誰か、こいつらを止めてくれぇぇぇ!! 羽入(冬服): あぅあぅ……成仏してくださいなのです、圭一。 圭一(冬服): いや、祈っている暇があるなら助けてくれって!!ぎゃあああぁぁぁぁああっっっ?! Part 05: ……しばらくしてから、騒ぎは落ち着き。 危うくのところで恥を逃れた一穂は、菜央が念のため持ってきていたという制服に着替えることで、事なきを得た。 菜央(冬服): 濡れた服をそのまま着せたりしたら、冷えて風邪を引いちゃうでしょ? 菜央(冬服): 一穂がうっかり温泉に落ちて、濡れた時のために持ってきてたんだけど……備えあれば患いなしとはよくいったものね。 さすがは菜央……一穂のことを理解した上での用意周到さは、年下ながらも尊敬に値する。 ……っていうか、彼女はほんとに小学生?一流企業の敏腕秘書にも引けをとらないくらいのきめ細かい気配り上手さんなんだけど。 一穂: あ、ありがとう……菜央ちゃん……。 そう言って一穂は、制服だけだと心もとないので全員から分け与えてもらった腹巻きなどの防寒具を中に着込んで、なんとか安堵の息をついてみせる。 ……考えてみれば、迂闊な話だ。少し前までは女子だけで動くことが多かったから、着替えとかのことを失念してしまっていたのだ。 しかもそれは、私だけでなくレナや魅音たちまでも同様だったようで……「うっかりしていたよ……」と頭を抱えたり、顔を赤くしたりしている様子だった。 美雪(冬服): ……まぁ、魅音はともかく詩音が忘れてたのはちょっと意外だねー。キミならこういう注意点で、結構ナーバスに反応しそうなのにさ。 詩音(冬服): え……? いえいえ、私は最初からちゃぁんと意識していましたよ。 詩音(冬服): ただ、わかった上でお姉がいざそのことを思い出した時にどんな顔をするのか、それを見てみたいと思いましてね……くっくっくっ。 美雪(冬服): おぅ……そうだったんだ……。 ……悪魔だ。悪魔がいる。同じ姉妹だというのにこの違いはどうして生まれたのか、いつか聞いてみたいところだ。 美雪(冬服): まぁ、そっちはさておいて……大丈夫、一穂? 一穂: あ、あははは……うん、なんとか。ここだと熱気が少しあって、あったかいしね。 少し落ち着いたのか、気遣う私たちに対して一穂は苦笑を交えながらそう返してくれた。 魅音(冬服): とりあえず、圭ちゃんには口封じに加えて「記憶封じ」もやっておいたから、一穂は安心してくれて構わないよ。 魅音(冬服): ……だよね、圭ちゃん? 圭一(冬服): あれ……ここはどこだ? どうして俺はここにいる?っていうか、俺はいったい誰なんだ……? 美雪(冬服): おーい……さっきの記憶どころか、一般生活に必要な記憶までもぶっ飛んでるみたいだけど。むしろ大丈夫なの、前原くん? 詩音(冬服): 問題ありませんよ。よく言うじゃないですか、「大は小を兼ねる」って。 菜央(冬服): ……この場合、「過ぎたるは及ばざるが如し」って言葉のほうが正しいんじゃない? レナ(冬服): はぅ……難しい言葉をよく知ってるんだね、菜央ちゃん。 魅音(冬服): まったく……しょうがないなぁ。それじゃ、さっきは右側からアプローチしたし次は左側からやってみようかね~。 美雪(冬服): ……やめなって、新約聖書ごっこは。前原くんも早く地球に戻ってきなよ、ほらっ。 そう言って私は、前原くんの両頬を軽くぺしぺしと叩く。……するとしばらくして、彼の瞳に光が戻ってくるのがはっきりと見えた。 圭一(冬服): いやー……危なかったぜ。川を渡った向こう岸で、親父とお袋が笑顔で手を振ってやがってさ。 美雪(冬服): ……前原くんの親、両方とも存命じゃんか。 一穂: あ、あははは……。 そんなこんなで一応(?)事態が収まったことで、私たちは改めてどうやってホンモノの温泉を突き止めるかを話し合うことにした。 沙都子(冬服): そうですわね……無難な策としては当初の予定通り、圭一さんにひとつひとつ確かめていただくのでは? 圭一(冬服): ……俺は無難じゃないんだが。むしろ百難って感じなんだが。 圭一(冬服): そこまで言うなら沙都子、お前を実験台にしてやってもいいんだぜぇぇ……? 沙都子(冬服): をーっほっほっほっ、何をお馬鹿なことを!そんなことをすれば、魅音さんや詩音さんたちが黙っているわけがありませんのよ! 魅音(冬服): いや、沙都子ならいいよ。 詩音(冬服): まぁ、いいんじゃないですか。 梨花(冬服): みー。沙都子、ふぁいと、おーなのですよ。 沙都子(冬服): ちょ、ちょちょちょっと、皆さんんっっ?! 圭一(冬服): くっくっくっ……そういうわけだ、沙都子!お前も俺と同じように、仲良く全員の生贄となるがいいぜ……! 沙都子(冬服): ひっ……ひいいいぃぃぃぃいいっっ?!ご勘弁願いますわぁぁっ、ふあああぁぁぁんんっっ!! レナ(冬服): あはははは、大丈夫だよ沙都子ちゃん。みんなちょっとだけ懲らしめようと思って、冗談で言っただけなんだから。ね? 圭一(冬服): いや、俺は結構本気で言ったつもりなんだが……。 レナ(冬服): ……圭一くん? 圭一(冬服): っ? も、もちろん冗談に決まっているじゃねぇか!なぁ沙都子! は、はははは……!! 美雪(冬服): ……今って一瞬、レナの顔がすごく怖かったんだけど。 菜央(冬服): 混ぜっ返さないように、ちょっと釘を差しただけよ。さすがレナちゃんだわ♪ 美雪(冬服): キミってほんと、レナに対しては狂信的なまでに全肯定だね……。 魅音(冬服): とりあえず、話を戻すよ。梨花ちゃんに聞くけど、正解の温泉がどれか、ってその古文書には書いてないの? 梨花(冬服): みー、そこまで親切な内容にはなっていないのですよ。 梨花(冬服): おそらく、それだけの効能を得ようと思うのであればそれなりに苦労しろ、という記録者の意図が透けて見えるのですが……。 梨花(冬服): 実に自分勝手極まる迷惑仕様なのです。 羽入(冬服): だ、だからなんで僕を睨むのですかー?! 一穂: あ、あははは……、っ? そんなやり取りを行っていたところへ、苦笑いを浮かべていた一穂が何かの気配を感じたのか……突然息をのんで、顔を上げる。 その反応を見た私たちが、彼女の視線の先にある奥の森へ目を向けると……霧に紛れて、複数の影が浮かび上がってくるのが見えた。 それは、ここに来る前に一同が蹴散らしたのと同じような姿をした『ツクヤミ』たちで……! 美雪(冬服): (また来たんだ……!ほんとキリがないっていうか……、っ?) その時、ふと。私の思考に、ひとつの案が浮かび上がる。 ……もし、姿を変えるのが20歳以内の「生き物」だったら?そして『ツクヤミ』が生き物のカテゴリに入るのだとしたら、あるいは……?! 美雪(冬服): みんな! 一石二鳥のいい手を思いついたよー! そう叫んで私は、襲いかかってきた『ツクヤミ』の1匹を真っ向から迎え撃つ。 そして攻撃を受け止めると、相撲の技よろしく「どっせーい!」と掛け声とともにその巨体を温泉の1つに放り込んだ。 詩音(冬服): ちょっ……何をするつもりですかっ? 美雪(冬服): いいから、ちょっと見てて。ほら、出てきた……! 水中に沈んだ『ツクヤミ』は、泡とともに浮かび上がってくるのが見える。 しかし、その姿は……何やら可愛らしい子豚で、元の姿とは似ても似つかぬものになっていた……! 美雪(冬服): っ、こっちの温泉はハズレか……次、行くよっ! 魅音(冬服): っ、なるほど……! 圭ちゃんの代わりに『ツクヤミ』の連中を温泉に叩き落として、本物かどうかを確かめるってわけか。 詩音(冬服): 『ツクヤミ』退治もできて、温泉調査もできる……まさに一石二鳥の妙手ですね。 レナ(冬服): はぅ~、温泉に落ちた子豚さんとってもかぁいいよ~!お持ち帰りぃ~♪ 一穂: あの……レナさん。それって今は子豚の姿をしてますが、しばらくしたらまた『ツクヤミ』に戻っちゃいますけど……。 一穂: ……って、聞いてませんね。そんな気がしました……。 菜央(冬服): いいじゃない。この温泉の水を持ち帰ってずっと沈めておけば、子豚の姿のまま飼うことだって可能よ♪ 美雪(冬服): いや菜央、鬼畜なアイディアを出さないでよ。キミってほんと、レナが絡むと人の道から外れた行動を平気で選択できるよね……。 ……しかし、そんな私たち以上に『ツクヤミ』退治ならぬ突き落とし作業に勤しんでいたのは、何故か梨花ちゃんだった。 梨花(冬服): ボクは、なんとしても……!願いを叶えるという温泉を見つけ出して、そこに浸からなければいけないのですよー! 沙都子(冬服): あれほど闘志を燃やすなんて……いったい梨花に何がありましたの? 羽入(冬服): さ、さぁなのですよ……あぅあぅ。 困惑する沙都子と羽入を置いてきぼりにして、梨花ちゃんは次々に『ツクヤミ』を温泉へと突き落としていく。 その結果、温泉は――。 Epilogue: そして再び、舞台は聖ルチーア学園――。 普段は厳格に管理される生徒たちも昨年あたりから生徒会役員の粘り強い交渉の結果、少しは羽目を外すことが許されるようになった。 ……だがそうなると、普段から羽目どころか頭のネジが一つ二つ外れているようなアウトロー集団は、いったいどうなるのか。 その答えのひとつとして、文化祭のメインイベントの裏でひっそりと行われているイベントがある。 ……ひっそり? いや、その点についてはNoだ。 隠しきれないほどの規模に膨らんでしまったが、前生徒会長の暗躍により、さすがの教師陣も黙認せざるを得ない状況になってしまったのだ。 その「実に忌まわしき風習」とは……。 司会: ルチーア学園非公式、第2回「ミス・ルチーア」!さぁっ、いよいよ結果発表です! 司会: 昨年、皆様ご存知・前生徒会長が非公式に企画して非公式に実行し、非公式に大・好評を期したこのイベントも残すところは結果発表のみとなりました! 司会: 昨年はミスコンなど意味ない価値ない理解できないと一部では想定通りの不評で個人的には大爆笑でしたが……。 司会: 今年は想定を越えた数のエントリーをしていただき、大変喜ばしいでっす! 司会: 皆さん、楽しんでいますかーっ?! 観客: わあああぁぁぁぁああぁっっっ!!! 司会: 元気なお返事、ありがとうございまっす! 司会: いやー、でもここだけの話、ルチーアのミスコンって関東の大学とかでやっているミスコンとは全然違うらしいですよ? 司会: じゃあ大学では何をやっているかって調べた結果正直つまんねぇなー、というのが私の感想で……おっ、結果が出たみたいですよ! さて、栄えあるグランプリに輝いたのは――。 …………。 司会: 生徒会役員、北条沙都子さんですッッ!! わぁあああああああっ!!!! 発表と同時に、観客から歓声が沸き起こる。 そして、決勝に残った他の候補者たちはやや残念そうな表情を見せながらも、優勝の沙都子に惜しみない拍手を送っていた。 梨花(高校生冬服): お……おめでとう、沙都子……。 すぐ横に立っていた候補者……もとい、私もまた祝福の言葉を送ると沙都子はくるりと振り返る。そして、 沙都子(高校生): をーっほっほっほ!ミスルチーアの栄冠、今年は私がいただききましたわあぁぁっっ!! 生徒A: あはははっ、出た! 北条さんの高笑い。 生徒B: あれ聞くと、北条さんだ~って感じするよね~。 おなじみとなった高笑いとともに勝ち誇って見せた沙都子は、踵を返すとくるりとその場で一回転してみせる。 そして、居並ぶ大勢の観客に向かって応えるべく満面の笑顔で大きく手を振ってみせた。 沙都子(高校生): 皆さん、応援ありがとうございますわ! 沙都子(高校生): ご存知の方もおられると思いますが、このミスコンが開催されたのは大学に進学した卒業生がグランプリをエサにした犯罪に巻き込まれて――。 沙都子(高校生): それを聞いた生徒会長さんが、犯人ではなく被害に遭われた女性を逆に攻撃する世間に反抗すべく、お立ち上げになろうと考えたのがきっかけだそうです。 生徒A: え……。 生徒B: じゃあ、あの噂はやはり本当だったんだ。 沙都子(高校生): そんな事件に巻き込まれないためにはミスコンに関わらなければいい。参加して目立ったから悪いんだ……そう決めつけてしまうのは、実に簡単。 沙都子(高校生): ですが、あえてミスコンへの不参加を自らの意思で選ぶのならまだしも、他者の悪意によって参加を躊躇させられるのは大変納得しがたい……。 沙都子(高校生): そういう考えから、去年ミスコンが開催されたそうですわ。 先ほどまで割れんばかりに盛り上がっていた歓声がしん……と止み、今では沙都子の声がやけに甲高く響き渡っている。 だけどそれは、会場の空気を冷やしたのではない。むしろ彼女たちは、静かながらも熱い想いをそれぞれの胸に秘め……ステージ上からの語りに聞き入っていた。 沙都子(高校生): ミスコンなんてものは、何の意味のないお遊び。ですがお遊びだからこそ、自由に参加することに意味がある……私は前生徒会長のこの言葉にいたく感銘を受けましたの。 沙都子(高校生): 実際、ご本人と前回優勝者からは優勝しても何も得られない……とは言われておりましたわ。 沙都子(高校生): でも! 私は今、達成感でいっぱいでしてよ!皆さん、ありがとうございますわー! ――わぁあああああああっ!!!! 沙都子の感謝の言葉を聞いて、再び観客たちがさっき以上の大声援を送って彼女に応える。 ……驚いたことに、中には泣いている子もいる。もちろん悲しくてそうなっているのではないことは、その上気して歓喜に満ちた表情が物語っていた。 司会: 皆さんもご存知のように北条さんは文武両道に加え、近頃は主に下級生の間でぐんぐん人望を得ている学園のアイドル! 司会: 記念すべきコンテストの舞台で見事グランプリに選ばれたのも納得の結果ですね。 司会: ですが、やはり審査員と生徒の皆さんの決め手となったのは――。 候補者A: 胸ね。 候補者B: 胸でしょう。 候補者C: 胸かしら。 候補者D: 胸かっ……!! 候補者たちはそれぞれに違った笑顔で……沙都子の胸へと一斉に視線を向ける。 ちなみに、今の台詞の中で私が放ったのはどれなのかはプライバシーの保護のため、永遠のヒミツとしてもらいたい。 司会: では、審査員長にお尋ねします。胸……というか、スタイルがいいというのは同性としても得点が高いんです? 審査員長: そうねぇ。今回のミスコンの「一日限定でなってみたい憧れの子」ってテーマも、北条さんの追い風になった気がするわ~。 司会: 確かに他の皆さんもすごかったんですが、北条さんは特技とか……毛色が違う感じですよね。いやー、トラップ連鎖は見ていて楽しかった! 審査員長: 私が1日北条さんになったら、昼は胸元の開いたセクシーな服を着てピンヒールを履いて、街中を颯爽と歩いてお買い物を楽しみたいわ~。 司会: いや、それは素敵です! ありですねー!! 審査員長: で、夜は自分の人生と子どもの人生の区別がつかない腐れジジババどもの頭にピンヒールを叩きつけてやるのよ。きっとスカッとするでしょうね~。 司会: おーっと! 非公認のイベントだからって危険な発言はおやめくださーい! 梨花(高校生冬服): …………。 そんな、司会と審査員長の漫談(?)のようなやり取りを聞き流しながら……私はかつて、沙都子への対抗手段を得るために訪れた、あの温泉のことを思い出していた。 梨花(高校生冬服): (結局……温泉は全部スカだった。あとになって調べたら、効能がある温泉はすでに源泉が絶えて入れなくなってしまっていた……) あれで望みが叶って、沙都子以上でなくとも匹敵する胸を手に入れていれば、今日の勝負はまだ接戦に持ち込むことができたはず……。 ……いや、やはり無理だっただろうか。いずれにしても、勉強や運動ならともかくとして自分の努力だけではどうしようもないもの――。 すなわち「体型」で負けたことが非常に悔しく、今までの勝負の中で一番落胆が大きいものだった。 梨花(高校生冬服): (正夢にならないよう、祈ってはみたけど……やっぱりダメだったわね) ならば、勝負の行方は明らかな以上参加を辞めることも考えたのだけど……。 夢と違っていたのは、悔しいながらも不思議なことに……嬉しさがあることだった。 沙都子(高校生): いかがでして、梨花っ? 定期テストでは僅差であなたの後塵を拝しましたけど、体育祭に続いてこのミスコンでも私が勝利っ! 沙都子(高校生): ついに、あなたとの勝負で私が1つ勝ち越しましたわ~! 梨花(高校生冬服): ……そうね。お見事だったわ、沙都子。 本気で勝負したからこそ、負けたら悔しくて勝てば嬉しい。 それは#p雛見沢#sひなみざわ#rで繰り広げてきた部活の醍醐味であり、すなわち沙都子が元の快活さを取り戻したという何よりの証でもあった。 あぁ……そうか。きっと私は、この笑顔が一番近くで見たくてこんなくだらないイベントに参加したのだ。 この笑顔がまた見られるというのなら、負けた屈辱も誇らしいものだ。 別に、負け惜しみでもなんでもいい。私は心からそう思って、観客にアピールする沙都子の姿を眩しく見つめていた――。 …………。 魅音(25歳): ……細かいところはうろ覚えだけど、私が思い出したのはこんな感じだよ。 千雨: なるほどな。……で、その「世界」だと私は影も形も存在しないってわけだ。美雪と菜央、一穂はいるってのにな。 魅音(25歳): そうだね。私も当たり前のように思っていたんだけど……なんであの時、千雨だけいなかったんだろう? 千雨: …………。 そう尋ねられても、私としては何も返しようがない。……いや、本当は答えがひとつ浮かびつつあるのだが、まだそれを口にすることには迷いがあった。 千雨: それはそうと、梨花ちゃんは今どうしてるんだ?沙都子も一緒に、とっくに高校を卒業して進学か就職をしてる頃だと思うんだが。 魅音(25歳): …………。 千雨: ……どうした、魅音? 魅音(25歳): いや……そのあたりの記憶が曖昧なんだよ。2人とも大学に進学したって話を聞いた気もするし、どっちかは別の道に進んだとか……あとは……。 魅音(25歳): ……。ごめん、千雨。やっぱり私、あんたと違っていろんな記憶が頭の中に混ざり合っているみたいだ。 魅音(25歳): あんたと再会する前までは、何かひとつの事実で固定されて……疑いもしなかったってのに……っ。 魅音はそう言って、頭を抱えながら窓際に肘をつく。そばに置かれたアイスはもうとっくに溶けていたが、お互い口をつける気にもなれなかった。 千雨: ……悪いな、魅音。私がお前と関わったせいで、面倒な思いをさせることになっちまって……。 魅音(25歳): ん? いや、別に千雨のことを恨んじゃいないよ。腹が立つとしたら、こんなふうに複数の異なる記憶を持つことになった……その原因を作ったやつに対してだね。 魅音(25歳): とにかく、まずはその西園寺絢……だっけ?あんたが雛見沢に「戻る」ことに手を貸した人に会って、詳しい話を聞くことにしよう。まずはそれからだよ。 千雨: あぁ……そうだな。 複雑を通り越して、乱雑に絡み合った「世界」とそれにまつわる記憶……。 これらを整理するためにも、「彼女」と会って話を聞くべきだろう……私は改めて、そう感じていた。