話し合い当日。

 ななめはコーヒーを出す準備をしていた。

 応接室にははる真糸まいとしずくがいる。真糸と雫はソファーには座らず、立って待っていた。春は部屋から椅子いすを持ってきて、お誕生日席のような場所に座っている。ソファーには終雪しゅうせつ兼崎かねざきが座ることになるのだろう。真糸は多少緊張しているようだが、当事者の雫は自分の処遇しょぐうにあまり興味がないのか、いつものようにスマホで遊んでいた。

(まぁ、雫の目的からすれば、自分がどこにいようが構わないんだろうな。自分の【ビーズ】は自分の周りにあるわけだし)

 予定の時間の十分前。兼崎が来た。彼はいつものようにコングロマリットを従えている。斜は兼崎をいつもの席に案内して、コーヒーを出した。

 すると、真糸がコングロマリットのことをにらみ付け始めた。だが、彼はそれを気にしない──というより、睨まれていることに気付いていないようで、ぼんやりたたずんでいるだけだった。

 それから十分ほどすると、終雪と卯助うすけが来た。斜は玄関まで彼女たちを迎えにいく。

「どうぞ、くつは脱がなくて大丈夫ですので」

「ありがとう。会いたかったわ、斜君」

 ひどく派手な格好をした終雪はうっとりとした顔で言った。

「はぁ……」

 斜は終雪と卯助を応接室まで案内し、兼崎の向かいの席を案内し、コーヒーを出した。

 終雪はソファーに腰掛けると、

「真糸」

 と呼びかけた。だが、真糸は何も答えない。それどころか終雪の方を見ようともしない。

「あなたがこんなことをするなんて、思っていなかったわ」

「────」

「だから、とてもうれしいわ」

 真糸はその言葉を聞くと、一瞬、終雪の方を向いたが、また目をらした。

 斜には、終雪が何故なぜ嬉しいのかさっぱり分からなかった。娘が自分の言うことを聞かないことが嬉しいというのがうまく理解できない。

「本日はお集まり頂きありがとうござ──」

 と、春が立ち上がり、言いかけたときだ。

「ちょっと待って」

 終雪は挨拶あいさつを止め、

「真糸、この人があなたのお父さんよ」

 と、兼崎に手を向けながら言った。

「はぁ!?

 真糸が頓狂とんきょうな声を上げる。兼崎は兼崎でサングラスの上からでも分かるようなすごい形相ぎょうそうで終雪を睨み付けている。

「だから、こいつがあなたのお父さん。多分、会うのは初めてかしら」

「な、何、言っているの?」

 真糸はどうしたらいいか分からないといった様子で狼狽ろうばいしている。

折角せっかく、会ったのだから紹介ぐらいしとこうと思っただけよ」

うそでしょ?」

「噓じゃないわよ。ねぇ、そう?」

「──そんなことを話しにきたわけじゃない」

 兼崎は冷たく言った。しかし、否定しないということは事実なのかも知れない。

「相変わらず、つまらないわね。でも、そのつまらなさが好きよ。早速、話をしましょうか」

「では──」

 春が話し始めると、またも終雪はその言葉をさえぎって、

「葬はいくら出せば、あきらめる?」

 と、聞いた。これには、春も渋い顔をしている。

「それはこっちの台詞せりふだ」

 兼崎は姿勢を前屈まえかがみにし、声で威圧する。

 だが、終雪はそれに対して、微笑ほほえむだけだった。

「私は諦めないわ。私が諦めたことってある?」

「知らねーよ」

 明らかに苛立いらだった様子の兼崎が言う。

「で、葬はいくらで諦めるの? ほかの条件があるなら言ってみなさい」

「こっちも諦められる条件なんてない」

「随分と強情じゃない?」

「てめーみたいに遊びでやってんじゃねーんだよ」

 兼崎の口調はとても話しあおうという人間のものではなかった。しかし、それでもなお、終雪はどことなく嬉しそうだ。

「いつ、仕事は遊びより上になったのかしら? 相変わらず、つまらない価値観ね。本当につまらない、つまらなさすぎていとおしいわ」

「……てめーは何も変わんねーんだな」

「変化が嫌いなのは葬──あなたの方じゃない?」

「…………」

「────」

 兼崎はサングラスの位置を直し、

「…………諦めないんだな」

 と、聞き直した。

「諦めないわ」

 兼崎はそれを聞くと、大きく息をき、前傾姿勢から、いきなりソファーの背もたれに寄りかかった。

 場のだれもが、兼崎の行動に目を取られた瞬間──

 コングロマリットが思い切り、テーブルの縁をぶん殴った。激しい衝撃音とともにテーブルが回転しながら宙に舞う──コーヒーや砂糖が辺りにぶちまけられる。

 場の全員がそれに対する防御姿勢を取る。

 ──兼崎以外は。

 兼崎だけは、まったくテーブルを警戒せず、自分のスーツの上着に手を突っ込む。そして、そこから拳けんじゅうを取り出し、まっすぐ前に向けた。

 その瞬間、卯助が飛び乗るような形で終雪を伏せさせる。

 だが、銃口が向いていたのは終雪の方ではなく──、

 雫だった。

 引き金が引かれる。

 と、ほぼ同時に真糸が動き出し──雫を突き飛ばした。

 放たれた銃弾は雫でなく──真糸に当たる。

 真糸は弾が命中した肩から、血をまき散らしつつ、壁に激突した。

「斜! 逃げるぞ!」

 春が叫ぶ。

 斜も春が叫ぶ前に動き出している。斜は、真糸が撃たれたショックで口を開けたまま固まっている雫の腕を引っ張り、玄関目指し、走っていた。

 春もそれに続く。

 先程、終雪を押し倒した卯助が立ち上がり、兼崎の方へ突進する──が、それはコングロマリットに止められる。

「コングロマリット、そいつをどうにかしたら、六根りくね雫のところに向かえ、おれは先に行く」

 兼崎はそう言って、先に逃げ出した斜たちを追い始める。

「卯助──とりあえず、時間を稼ぎなさい。あなたじゃ、彼には勝てないだろうけど」