「ど、どうしたの?」

 はるは先輩のところから自宅に帰ってくると、開口一番そう言った。

 割れた皿の破片がリビングに散乱しているし、テーブルの上には食べかけの冷めたピザが放置してある。そして、ななめは部屋の端でうなだれていて、しずくは見当たらない。

「雫が──さらわれた」

 斜は覇気はきのない声で言った。

だれに?」

「分からない、変な女の子だった──全然かなわなかった」

(まいったなぁ……)

 春が、まいった、と思っているのは雫が攫われたことではなかった。雫が攫われたことに関して、斜に責任はない。攫ったあとすぐ兼崎かねざきに引き渡さなかった自分に責任がある。自分が雫を兼崎に渡していいかどうか考えていたのが原因だ。

 ──春にとって一番の問題は斜が負けた時期だった。

 春も分かっていた。斜の才能は強いには強いが、無敵というわけではないことに。

 逃げられればそれまでだし。

【間合い】を強制的に変えられてもそれまでだ。簡単なのは武器を持ち変えることだろう。春の調べた限りでは、身に付けている武器を持ち変えてもダメなようだが、拾った武器ならば【間合い】を変えられる。それに、多分、人が介在しない攻撃なら【間合い】を無視できるはずだ。一番手軽なのは落とし穴か。斜には人との【間合い】しか分からないようだし。

 そして、斜本人の基礎能力の低さも致命的だ。彼はそこら辺の高校生と何一つ変わらない。〝誘拐屋〟に来てからは多少鍛え直したとはいえ──元引きこもりだ。たかが知れている。

 だが、斜の【間合い】は弱点があるといっても、極めて優秀な才能だ。相手が銃を持っていても【間合い】さえ取れば、絶対に当たらないし、逆に銃などの飛び道具を使ったときは【間合い】を取りさえすれば絶対に命中する。この才能を使いこなせれば一対一ではまず負けないだろうと春は踏んでいた。もっとも、その域に達するには数年はかかるとも思っていたが。──しかし、春は、斜にこれらを一切いっさい説明しなかった。

 彼はこの能力のせいで、ずっと一人で苦しんできた。そんな彼に能力の弱点を殊更ことさら強調したら──斜がこの才能を嫌ってしまうかも知れない。春としては、それだけは避けたかった。

 できるならば、彼にはこれを使いこなして、能力に使われない人間になってほしかった。春は斜や雫のような人間をそれなりの数、見てきたが、大抵たいていは能力におごって自滅していく人間か、必死に使わないようにする人間ばかりだった。使いこなせる人間なんて数人しかいなかった。

 だから、斜にはもっと成功体験を積んでもらい、自信がついてから──必要に迫られてではなく、高みを目指すための手段として、弱点を克服させたかった。

(それが正しいとは限らないんだけどね)

 もしかしたら、徹底的に挫折ざせつさせた方が良いのかも知れない──と思ったこともある。春だってまだ二十三歳だ、人を育てるノウハウなんてない。この教育方針だって、今日会ったのとは別の先輩と相談に相談を重ねて、決めたことだ。正しいという確信なんてない。

「春、これからどうしたらいい?」

 春が考え込んでいると、斜が聞いてきた。

 春は一分ほど考え、

「──手を引く。斜に大した怪我けがもなかったしちょうどいい頃合ころあいだ」

 と、答えた。

 春は、雫を兼崎に渡すのが良いことか分からなかった。雫は、兼崎のところ──〝村〟に行けば、才能をスポイルされ、普通の人間になるだろう。それは幸せなことなのかも知れない。だが、才能を使いこなせた方がもっと幸せなのではないかとも思うのだ。しかし、才能を使いこなせる人間なんてほとんどいないし、それを隠して逃げるように生きたり、才能のせいで自滅するのなら彼女を〝村〟に送るのもありだと思う──つまり、判断できていないのだ。

 しかし、斜の特性を瞬時に見破り、打ち破れるような人間を使っている勢力ならば──雫のことをキチンと使うことができるかも知れない。それならば、その勢力に雫を任せるのもありだろう。もとより、兼崎に渡さないのなら【互助組合ギルド】に任せるぐらいしか手はなかった。しかし、【互助組合ギルド】はどうにも世間せけん爪弾つまはじきにされた人間の傷のめ合いという側面が強い。あそこで人は成長できないだろう。

「手を引くって──雫を助けにいかないと」

 斜が反論してきた。珍しい。彼が仕事の決断で自分に異を唱えてきたことなんて、今まで一度もなかった。

(雫にそこまで肩入れしているのか? 割と仲は良かったみたいだったけど)

 しかし、助けたところで、自分と一緒にいられるわけではないことぐらい、斜だって分かっているはずだ。何が彼をそこまで動かしているのか、春には分からなかった。

「仕事のことを心配しているなら、別にいいわ。今回は敵もいたし、最初からやめるときはこっちの判断で勝手にやめるって言ってあるしね」

 春も、斜がそういう考えで助けに行くと言っているわけではないことは分かっていた。しかし、彼がどうしてそういう行動を取ろうとしているかを聞き出すために言ってみる。

「……そういうことじゃなくて、雫が危ないから助けにいかないと」

「雫が危ない? どうして?」

「いや、だって、いきなり家に乗り込んでくるような人だし」

「なら、乗り込んできたときに雫に危害を加えるはずでしょ」

「でも──」

「それに、本当に手段を選ばない相手なら、斜をこんな中途半端はんぱな状態で放置しておくわけないしね。ある程度、分別ふんべつはあるんでしょ。だから、雫のことは心配しないでもいい」

 そこで斜は何も言わなくなった。本当は「口答えするな」で終わらせても良かったのだが、彼の気持ちをくんで、助けにいかない理由をつけてやった。

 多分、斜は理由もなく、助けにいくと言っていたのだ。攫われたから助けなくてはならないと短絡的に考えて。雫が危ないというのは後付けの理由だろう。

(──斜が自信を失ってないっていうのは、不幸中の幸いかな)

 彼は、助けにいく、と言えたのだ。ならば、とりあえず問題はないだろう。

 もちろん、助けにいかせるわけにはいかない。斜が雫を攫った人間と、今、もう一度戦えば、負けるだろう。それは避けたい事態だ。負けたという事実に難癖なんくせつけて逃げるのは悪いことではない。逃げても、次で勝てれば相殺そうさいではなくプラスになる。リベンジでの勝利は一回目の勝利よりはるかに価値があるのだから。しかし、負け続けるとその理屈が通らなくなる──もし勝てたのが、千回負けたあとの一回だった場合、その勝利は偶然の産物になってしまう。

(まっ、それに──手掛かりもないしね)

 斜の『変な女の子』という言葉だけでは動きようがない。マンションの監視カメラの映像を引っ張り出せば分かるだろうが──行かせるつもりはないので、調べはしない。それに〝誘拐屋〟にいる人間を〝誘拐〟しようとするような、おかしなやつらを相手にしたくない。

「今回は終わり。切り替えよう、次がんばればいい。兼崎にはあとで連絡しておく」

 斜は小さく「分かった」と言って、割れた皿やら、ピザやらを片付け始めた。



 雫は真糸まいとの家に着くと、彼女の母親がいるという部屋に通された。

 その部屋はとてつもなく豪華だった。雫がなんとなく連想したのはルイ十四世だ。もちろん、現代の内装なので、ブルボン王朝の絵にある風景などとは全然違うのだが、絢爛けんらんさの量はそれに匹敵ひってきすると思えた。天蓋てんがい付きのベッドなんて生まれて初めて見た。

「あなたが、六根りくね雫ちゃんね。初めまして。真糸の母の終雪しゅうせつです」

 革の椅子いすに座り、ノートパソコンで作業をしていた女性は、挨拶あいさつだというのに立ち上がりもせずに言った。彼女の少し茶色いウェーブした髪はドレスに似合っている──似合ってはいるのだが、ドレスがあり得ない。芸能人が何かの受賞式で着るようなドレスなのだ。家で着るようなものでもなければ、普段着るようなものでもない。

 雫は居心地いごこちの悪さを感じる。部屋の内装は自分に場違いだと訴えかけてきているようだし、不器ふき終雪は間違いなく変人だ。一緒にいたくない。だが、それでも、

「──雫って呼んで下さい。ちゃん付けはやめて下さい」

 と、言った。雫は小学四年生ぐらいのころから、下の名前を呼び捨てにするよう初対面の人間には言っている。だが、今回はさすがに場の空気に飲まれ、言えないかと思った。ちなみに、この行動にはほとんど意味がない。なくはないのだが、すでに意味の大半は失われている。──この習慣は、小学四年生の夏休みに親戚しんせきの家に一ヶ月間預けられたとき、その家の男子高校生に舐められるがいやだったので、呼び捨てにするように言ったのが始まりだ。今ではもちろん、呼び捨てだろうが、敬称を付けて呼ばれようが、舐められていないということにつながらないのは分かっている。つまり、これは懐古かいこ惰性だせいの結晶──意地の残りカスみたいなものだ。それでも意地は意地なので捨てられないのだが。

 終雪は雫のその言葉に少し目を丸くした。そして「ふぅん」とらし、続ける。

「雫は学校で商売をしていたのよね」

「……そうだけど」

 人生の目標を教える見返りとして、一人につき二千円を受け取っていたのは事実だ。お金がほしかったわけではないが。

「本当に欲しいものを教えてあげる占い──中々面白おもしろいわ」

 悪趣味だけど、と終雪は続けた。

「……大してもうからないよ」

 雫が終雪の考えを先回りして言うと、終雪は声を上げて笑った。

「そんなもの、お金儲けに使うわけがないじゃない」

「じゃあ、何に使うの?」

「お金って結局、何に使うものだと思う?」

 雫はそういうことを考えたことがなく、すぐには答えられなかった。だから、少し考えて、

「欲しいもののため?」

 と、答えた。この答えなら、自分の能力と合致していて、目の前の女が望んでいそうな答えだと思ったからだ。しかし、終雪の次の言葉は雫の思惑おもわくとは別で、

「五十点の答えね。正解は安心と安全のためよ」

 というものだった。

 だが雫は、そうは思えなかった。ギャンブルにお金を使う人間もいれば、麻薬を買う人間もいる。きっと、目の前の女はそういう反論をすれば、それは心の安全に繫がっている、とか答えるだろう。雫は水掛みずかけ論を展開する気はないので、何も言わずに次の言葉を待つ。

「安心と安全をより少ない金額で、より効果が得られるように買い続けるのが、人間なのよ」

「そうかもね」

「相手の目的──欲求を知ることは、安全に繫がるとは思わない?」

「これは安心や安全には繫がらないと思うよ?」

 相手の欲求のとおり道に立ちはだからなければ、相手とかちあうことはない──理屈では確かに安全っぽいだろう。しかし、雫は人間が全然欲求どおりに行動しないことを知っている。だからこそ、本人が気付くことすらできない【到達のビーズ】が存在しているのだ。

「あら、そうかしら?」

「まぁね、人は自分の本当に欲しいものなんて分からないんだ──だから、人の欲しいものが分かっても意味がないと思うよ」

「そうかしら、私は分かっているわよ」

 雫は、ふっ、と息を漏らし、ほんのちょっと口の端を上げた。自分の欲しいものをちゃんと認識できている人間がいるわけがない。分かっているなんていう人間は分かった振りをしているだけだ。目の前の女は知ったかぶっているのだ──自分を。

「じゃあ、聞くけど、あんたの欲しいものって何?」

 雫は挑戦的にいた。

「さっきも言ったじゃない──安心と安全よ」

 終雪はさらりと答える。

(そんなもののはずがない)

 雫はそう思った。これは雫が見てきた人間の中で、自分の欲求をきちんと理解している人間がいなかったから──ではない。安心や安全なんてものが一番の欲求の人間は過去に一人もいなかったからだ。まず、そんなものをほっする意味がない。この国はこの上なく安全で、安心だ。そんなものは望まなくとも、欲さなくとも──すでに手にしている。

「じゃあ、答え合わせ」

 もちろん、【到達のビーズ】の内容は言わないつもりだが、雫は手を伸ばして、女の一番大きな球に手を添える。──その瞬間、雫の顔に驚愕きょうがくが走った。

(────! 何で……何で? 欲しいものが分かっているんだ?)

 不器終雪は本当に、本心から、本気で、一片いっぺんの曇りなく──安心と安全を欲していた。

「どうだったの? 私の欲しいもの」

「…………正解だよ」

 終雪はくすくす笑い出す。

「まぁ、不思議に思うのもよく分かるわ。大抵の人間は自分の欲求から目をらしているものね──だからといって、本当の欲求を知ることが役に立たないわけではないわ」

「あんたは──なんで、分かっているのに、そんな余裕があるの?」

 余裕なんてなくなるはずなのだ。ただ目的に向かってがむしゃらになるはずなのだ。それによくよく考えてみれば【ビーズ】の能力のことを知っていることも、【ビーズ】のことを信用していることも異常だ。この女は何から何まで埒外らちがいだ。

「普通はそうじゃない? 人間って自分のしたいことだけをするものじゃないでしょう?」

 そう言って、終雪は足を組み直した。しかし、雫にはその動作に気を配る余裕はなかった。

(その普通が──どんなに難しいか)

 もちろん、雫本人には、その難易度が分かってはいない。決定的な意味で雫はまだ【到達のビーズ】の当事者ではないからだ。雫はそれができない人間を見てきただけなのだ。しかし、誰にもできないのだ──難しいに決まっている。

「とりあえず、あなたにはここに慣れてもらうために、ここで生活してもらうわ」

「……分かった」

 そして、雫は今の状況を好機だととらえていた。斜に続き、例外の二つ目を見つけることができたのだ。やはりツイている。状況に身を任せて正解だった。しかも、今回は──【ビーズ】を見なくても自分の望みを知っている人間という、より直接的なサンプルだ。

 だが、雫は一つ懸念けねんを覚える。

 もしかすると、自分の本当の望みが分かるだけでは〝新天地〟には辿たどり着けないのかも知れない。自分が不器終雪と同じタイプの人間──本当の望みを知っても、それに向かえない人間だったのならば【到達のビーズ】を見ても、今と変わらないことになってしまう。

 雫が今までに【到達のビーズ】の内容を教えたサンプルはせいぜい三十人だ。つまり、今回の一回を加えて考えると、三十一人中一人──数パーセントの確率で、自分も【到達のビーズ】が無意味な人間ということになってしまう。

(いいこと──ばかりではないか)

 しかし、こういう情報も、収穫は収穫だと、雫はポジティブに考えることにした。



 母親に呼び出された真糸は、リビングに行くと、

「今日からあなたが雫の面倒を見なさい。私は雫が気に入りました。そばに置きます」

 と、終雪にいきなり宣言された。

「えっ?」

 真糸はその発言に驚きを隠せなかった。母親の部下はそれなりの数がいるが──側に置いているのは自分と卯助うすけだけだ。それを一人増やす、というのは寝耳に水だった。しかも、それが会ったばかりの正体不明の少女だというのだ、驚かない方が難しい。

「嫌なの?」

 真糸は、もちろん嫌だった。母の側に雫がいるのが嫌なのではなく──面倒を見るというのが嫌だった。雫のことは面白いと思ったが、四六時中一緒にいたいとは思っていない。

「真糸がやらないなら、卯助にやらせるけど?」

「うっ……」

 真糸は口ごもる。さすがに彼女を卯助と生活させるのは可哀想かわいそうだ。

「どうするの?」

「いや、でも……」

 真糸が戸惑とまどっていると、終雪がノートパソコンの横に置いてある携帯電話に手を掛けた。真糸はあわてて、

「あーもう! 分かった! 分かったわよ!」

 と、乱暴に言った。

としも同じだし、仲良くしてあげてね、雫」

「はぁ」

 雫はやる気のない声で返事する。

「雫。当面は真糸と同じ部屋で過ごしてね」

「いや、ちょっと待ってよ、部屋ならほかにも沢山あるじゃん?」

「真糸はボディガードも兼ねてるの。強引ごういんな手で連れてきちゃったからね。何かあったら雫のことを命懸けで守りなさい」

「はい……」

 とは答えたが、もちろん、命懸けなんてまっぴらごめんだ。

「あと、生活に必要なものは真糸と二人で買いにいってね。真糸、この前、水増し請求した交通費分で雫に必要なものを買ってあげてね」

 終雪はニコニコしながら言った。

(げっ、バレてたのか……まぁ、さすがにバレるか……あの距離で三万はないよね……)

「あー、もう分かった、分かった。雫、行くよ」

 真糸は雫の手を引いて、彼女を自分の部屋に連れていった。誰かを自分の部屋に上げるのは初めてかも知れない。いや、初めてだろう。記憶にない。

「なんか、普通だね、部屋」

 雫はそう感想を漏らして、真糸の体の前で手を振った。

「普通で悪い?」

 真糸はエアコンのリモコンを操作し、冷房を入れた。

「いや、真糸って強かったから、ダンベルとか筋トレの道具がいっぱいあるのかと思ってた」

「そういうのは、三つ隣の一四〇四号室にある。マンション共用のは使う気しないしね。誰が使ったのか分からないし、キチンと掃除しているかも分からないし」

「やっぱ、トレーニングとかするんだ」

「まぁね」

 そう答えたものの、真糸は最近トレーニングをしていなかった。学校や仕事が忙しいのだ。その代わり、夏休みにはちょっとがんばってやるつもりだったが。

「飲み物持ってくるから、そこにでも座ってて」

 真糸はベッドを指さす。

「了解」

 雫がベッドに座るのを見届けると、真糸は部屋を出てキッチンに向かった。真糸は、冷蔵庫の牛乳をコップにそそぎ、自分の分と雫の分を部屋に持っていき、片方を雫に渡した。

「えっ、これ、牛乳?」

「そう、牛乳」

「普通、こういうとき牛乳って出さなくない?」

「えっ、そうなの?」

 真糸にはそういう知識はなかった。いつも自分が牛乳を飲んでいるから持ってきただけだ。

「そうだよ。普通、お茶だよ」

「お茶なんてないし」

 家にあるほかの飲み物は、ミネラルウォーターと母親の酒だけだ。

「まっ、いいけどね」

 そう言って、雫は牛乳をいっきに飲み干すと、

「やっぱ牛乳ってまずいなぁ。給食で飲まなきゃいけないから飲めるけど」

 と、言った。

「嫌いなら嫌いって言いなよ、別に飲まなくていいんだからさ」

「いや、折角せっかく出されたものだしね」

(なんか、こいつ話しやすいな──最初はどうも話しにくかったけど)

 真糸はそんな感想を抱く。今までこういう人間はいなかった。そして、考えれば考えるほど話しやすい理由が分からない。雫とほかの人間の違いが分からない。真糸は、雫のことをきもわってて面白いやつだとは思ったが、それだけだ。話しやすい要素は見つからない。

(波長が合うとか、そういうものなんだろうか?)

 しかし、真糸は、そう簡単に片付けていいものか分からなかった。なんだか引っかかった。引っかかりの原因が分からないから気持ち悪い。しかし、手掛かりのないことを考えたって無駄なので、目下もっかの自分に課せられた課題をクリアすることにする。

「宿題やんなきゃいけないから、どっかそこらへんで楽にしてて」

「それはいいんだけどさ、ご飯とかってどうするの? もしかしてウチご飯食べられない感じ? さっき夕飯のピザ、割と食べそこねたんだけど」

「いや、どっかで私が買ってくるよ。私も食べてないし。コンビニかなんかでお弁当買ってくるよ」

 雫はさっと真糸の方に手を伸ばすと手を引いた。

(何してんだこいつ? ときどき、なんか手を動かしてるけど)

 真糸がそんなことを考えていると、

「ならさ、ファミレスかなんかで、ご飯食べながら宿題やんない、ウチも手伝うよ」

 と、雫が提案してきた。

「えっ?」

 真糸は一瞬固まる。

 その提案は、真糸にとってはまったく予想外なものだった。同年代の女子とファミレスでご飯を食べながら宿題をする──真糸にとって、それはひど甘美かんびなものに思えた。ファミレスで宿題をやるなんて明らかに非効率的だ。だが、心に響いた。楽しそう、というわけではない。ただ、それをしてみたいのだ。もしかすると、あこがれに近い感情かも知れない。

「そ、そうだね。そういうのも悪くないかもね」

 そのあと、真糸と雫はすぐに用意をして、近くのファミレスに宿題を持って向かった。

 結局、宿題に関して雫はまったく役に立たなかった。どうやら、真糸の通っている学校のカリキュラムは雫の学校のそれより遥かに進んでいたようだ。彼女は途中からは興味なさそうな相づちを打ちながら、スマホで遊んでいただけだった。

 だが、それでも──新鮮で楽しかった。