(朝ご飯どうしようかな?)

 ここを出て、どこかの店で食べてもいいし、この漫画喫茶のフードメニューを食べてもいい。たしか、カップラーメンとお湯のサービスもあったはずだ。

 斜はお腹も空いたし、何もしないで眠気に耐えることにも限界なので雫を起こすことにした。

(さて、どうやって起こそうかな? この前、僕が起こされた方法はデコピンだったな……)

 斜が春を起こすときは適当にゆさぶったりするが、それを会ったばかりの女の子にしていいものかどうか分からなかった。膝枕している時点で何を今更、という感じでもあるが。しかし、斜は一定の線引きは大事だと思った──その〝一定〟は酷く曖昧だったが。

 斜は、ほかの起こす手段として、携帯電話のアラームを彼女の耳に当てるというのも考えたが、周りに迷惑だろうし、何より、雫がとんでもなくびっくりしてしまうだろう。

(……これしかないか)

 斜は雫の耳に顔を近づけると、

「起きて」

 とささやいた。これが一番自然な気がしたのだ。静かだし。

 すると、雫はびっくりしたのか、ね上がるように頭を上げ──彼女のおでこが斜の鼻に激突した。斜は突然の鼻への衝撃に涙を流し始める。

って」

 どうやら雫も痛かったようだ。もちろん斜よりダメージは少ないだろうが。

「おばよう」

 鼻を打った直後だったので声が少し濁る。

「あっ、おはよう、斜」

「体とか痛くない? 狭かったけど。睡眠は足りてる?」

 斜は鼻を押さえながら聞いた。痛かったが、これでかなり目が覚めた。怪我けが功名こうみょうだ。

「大丈夫だよ」

「じゃあ、朝ご飯食べようか。食欲はある?」

 斜は鼻をさすりつつ聞いた。どうやら鼻血は出ていないようだ。

「あるよ!」

 妙に元気な声で雫が答えた。

「カップラーメンか、このお茶漬けを注文しようと思っているんだけど、どうする? まぁ、ほかの頼んでもいいけど」

「うーん、微妙。ごはんが食べたい。けど、お茶漬けやだ」

「お茶漬け嫌いなの?」

「あんまり好きじゃない。食べれなくはないけど、なんか、ふやけた感じがやだ」

「じゃあ、外出て、どっかで朝定食みたいの食べる?」

「いや、これ食べたい。カレー」

「朝からカレーか。すごいね」

「すごいの? ウチ、朝、重いものを食べられないって感覚があんまり分からないんだよね」

「元気でいいと思うよ。じゃあ、僕はお茶漬け食べるから注文しちゃおうか」

 斜はパソコンを操作して、カレーとお茶漬けを注文する。

「……なんか、楽しいなこういうの」

 雫がぽつりと言った。

「こういうのって?」

「漫画喫茶に泊まったのなんて初めてだし、なんか、斜といると色々新鮮だ──ウチの目的は抜きにしてもね」

「そっか、なら、まぁ……良かったのかな?」

「良かったんじゃない」

 それから、二人は今後の予定を軽く決めることにした。

「まだ、春からの連絡がないんだよね」

「じゃあ、まだここにいればいいんじゃない?」

「いや、そろそろ合流して、少しでいいから休みたい」

「休んでるようなもんじゃないの? 今?」

「寝てないんだよね。家は見張られているらしいし、急に誰かがこっちに来たりする可能性もあるからさ、一応、起きて待機してたんだ」

「そうなんだ……ありがと」

「まぁ、仕事だしね」

 そこで、カレーとお茶漬けが運ばれてきた。斜はお茶漬けをかっ込む。

「じゃあ、ちょっと、春に連絡してくる。雫はカレーゆっくり食べてていいから」

 斜はそう言って、トイレに向かった。トイレは冷房が効いてなくて暑い。斜はなるべく早く連絡を終わらせようと心掛ける。

『…………もし……もーし』

「おはよう、春」

『おぅ……こんな朝から電話かけないでよ……はったおすぞ』

「それを言うなら、こんな朝まで放置しないでよ」

『ああ、そうだ……ごめん……忘れてた』

 電話口からあくびの声が聞こえる。斜もさすがに腹が立つ。

「もう、家は大丈夫なの?」

『うん。私、家で寝てるし』

「……じゃあ、早く連絡してよ」

『ごめーん。ほんと、ごめーん』

 春がどのタイミングで家に帰れたのかは分からないが、タイミング次第では自分も家で寝れたはずだ。そう思うと、さらに腹が立ってくる。

「これからどうすればいい?」

『今、どこにいる? 結局、ラブホ行っちゃった? 手出しちゃった? 犯罪だよ? おまわりさんに怒られるよ?』

「漫画喫茶」

『あっそ……じゃあ、三十分以内に車で迎えにいくよ。メールで場所送っといて』

「了解」

 斜がブースに戻ると、雫はすでにカレーを食べ終えていた。

「どうなったの?」

 雫は妙に人懐ひとなつっこい感じで斜にすり寄りながら聞いてきた。

「三十分くらいで春が迎えにくるって」

「車?」

「多分」

「じゃあ、あと三十分はここかー」

 雫は伸びをしながら、言った。

 斜は雫の口にカレーが付いているのに気付いたので、ティッシュでそれをぬぐってやる。すると、雫は、ぽかん、とした顔になった。

「あれ? いちゃダメだった?」

「いや、そんなんじゃないけど……斜はやっぱり変なやつだ」

 雫は頰を赤らめながら、横を向いてしまった。

 斜は今の自分の行動におかしいところがあるとは思えなかったので、特に反応をせず、残りの三十分間、またパソコンで時間を潰すことにした。