(マンションの地下駐車場は、どうにも殺風景だな。装飾品とかも、ほとんどないし)
斜は、
少しすると、運転席から黒いスーツを着た、色の薄い金髪と青い
斜はというと、春のフォーマルな服装とは対照的にカジュアルな服装で、街でよく見かけるという形容がぴったりな格好だった。前髪が目にかからないようにか、細いヘアピンを使って髪を留めているのが、男子にしては珍しいといえば珍しいかも知れない。
斜は車から降りてきた春とともにエレベーターまで移動し、上のボタンを押した。
「斜、仕事終わったら何食べたい?」
春がエレベーターの扉に寄りかかりながら聞いた。彼女の金髪
「それ、仕事が終わってから決めてもいいんじゃない? 今は仕事に集中しようよ、春」
斜が答える。
「別に、今日のは大した仕事じゃないし」
「だろうけどさ──というか、これは本人たちがやるべきだよね」
「……色々やりにくいんでしょ、相手が相手だしね。
「そうなのかな? ……いや、そういうもんなんだろうね」
地下駐車場の静かな空間にエレベーターの扉が開く音だけが
春はポケットからメモを取り出し、それを見ると、斜に向かってうなずいた。
それにあわせ、斜は一歩下がり、開いたドアの死角になるような位置に移動する。
春は斜に向かって小さく手を振って合図すると、インターフォンのボタンを押した。
数秒後、インターフォンが通じる。
『はい』
スピーカーから聞こえてきたのは、あまり若くなさそうな男性の声だった。
「すいませーん、隣の家の者なんですけどー……、うちの猫がお宅のベランダの方に行っちゃって……ちょっと、取らせてもらってもよろしいですか? 申し訳ありませーん」
春はインターフォンのカメラに向かって頭をぺこぺこ下げながら、さっきまでとはまったく違う、いかにも情けなさそうな声で言った。
『はぁ……』
インターフォンの通話状態が終了し、辺りから通話時の微細なノイズが消えた。
三十秒ほどで玄関のドアが解錠され、開かれる。
──それと同時に、死角に待機していた斜がドアノブを勢いよく引っ張った。ドアを開けた男性は、内側のドアノブを
その男性は、自宅にいるというのに
まんまと玄関のドアを開けさせることに成功した斜と春は、
マンションの共用廊下で立ちすくんでいたスーツの男も事態が異常なことにようやく気付いたのか、
その、取り
「
春が制服の女子高生に聞く。
「……はい」
女子高生は
「ご両親が心配しておられます。一緒に帰りましょう」
春の言葉は
そして、女子高生も春の言葉で状況が把握できたようだ。──通っている高校の教師と恋愛関係になり、その教師の家に入り浸っていることを快く思わない両親が、この二人を
「な、なん、なんなんだお前ら!」
スーツの男が後ろで声を張り上げる。
「今回は教え子に手を出したことに関しては目を
もちろん条例違反だが、彼女の親からはそう言われていた。きっと、
春はスーツのポケットから薄いコンパクトデジカメを取り出して、女子高生と教師の写真を一枚ずつ撮った。そして、女子高生の方に近づき「帰りましょう」と手を差し伸べた。
その瞬間、女子高生はその手をはね
「ふざけないで!」
と、叫んだ。
「あぁ?」
春はさっきまでの
「私の自由じゃない! 何か悪いことした!? 私が
「うっさい! こういう仕事なんだよ、こっちは! それに未成年者うんちゃらかんちゃらでダメだよ! ばーか、ばーか!」
春は女子高生に手を伸ばし、胸ぐらを摑み上げると、
「ちょ、ちょっと乱暴すぎるよ、春! 依頼主の娘さんだよ!?」
斜は急な展開についていけず、少し慌てながら言った。
「知るか。斜、私はな、ガキのくせに自由とか言うやつがムカつくんだよ、マジで。ジャンヌ・ダルクかよ?」
「ジャンヌ・ダルクって自由を求めた人じゃないよ。フランス革命と混ざってない?」
「うっさい! それにこの方が楽じゃん。私たちはこのガキの親じゃない」
「それでも、
「しても
春がそう言いったときだ、
「やめろ!」
スーツの男が叫んだ。彼の手にはいつの間にか包丁が握られている。多分、春と女子高生が言い争っているときに、キッチンから持ってきたのだろう。
「斜、出番だ」
「
「嫌だ、じゃない。訓練だと思って、がんばってどうにかしなさい」
「これが訓練?」
「そう。今は経験が重要よ」
「……了解」
斜はしぶしぶ、スーツの教師の方を向くと、少し移動して、男との距離を取った。
「ふざけてんじゃねーっ!」
男は大声を出す。多分、彼は侵入してきた斜と春が自分のことを無視して
「お前ら! その子を離せ!
男の声は裏返っていて、どうにも迫力に欠けていた。
「えっ、じゃあ、なんで包丁を持ってきたの?」
斜は本当に分からなかったから聞いた。だが、その言葉が決定的となった。スーツの男を完全に怒らせたようだ。男は包丁を構え、斜に突っ込んでくる。どうやら、本当に刺す気のようだ。包丁を持つ手の力み具合も、動きの大きさも
だが、男の包丁はなんでもないところ──斜の少し前の空間で空振りしただけだった。さらにスーツの男は一人でバランスを崩し、よろめき、斜を通り越してしまった。男にとってもそれは予想外だったようで、彼はなんだか不思議そうな顔をしている。
「私はエレベーターの前で待ってる。そいつを片付けてから来てね」
「はいはい」
斜はそう答えると、再度、男の方に向き直り、半歩ほど後ろに下がって【間合い】を取る。
──ここで、異変が起きた。
スーツの男が動かないのだ。このままでは女子高生を
「無理だよ」
斜が言った。
「……?」
「そっちの攻撃は絶対に失敗するし、僕の攻撃は絶対成功する──感覚的に分かると思うけど。だから、やめてほしい。殴ったり、殴られたりってあんまり好きじゃないし」
だが、そんなことを言われてやめる人間はいない。男は意を決したように包丁を構え、突進してきた。しかし、それはまたも
「だからさ、絶対無理なんだって、攻撃も防御も成功しない」
斜はそう言うと、一歩下がって、再度【間合い】を取り直してから、男の前まで駆け寄り、男のあごに横なぎの
斜は男が立ち上がれないことを確認すると、その家を出て、エレベーターホールに向かった。
エレベーターホールでは、へたり込んで泣いている女子高生を前にして、春が
「春、何やってんのさ。彼女、すごい泣いちゃってるじゃん」
「こいつは勝手に泣いてるの。私は泣けなんて一言も言ってない」
