Part 01: シオン: ……あっ、やっと来ましたね。もう、遅いですよサトシくん! 待ち合わせ時間に遅れたサトシくんが早足でこちらに向かってくる姿を見て、私はやや怒った顔を作りながら手を振る。 すると彼は、本当に申し訳なさそうな表情で私の座っているテーブル席に駆け寄り……膝に額がつくかと思うほど頭を下げていった。 サトシ: ご、ごめんシオンっ……!もっと早く着くつもりだったんだけど、間違えて快速電車に乗っちゃって……。 シオン: はぁ、相変わらずそそっかしいですね~。時間にルーズな人は女性からの好感度が低くなるって話、聞いたことありませんか? サトシ: む、むぅ……遅れたって言っても、たった3分じゃないか……。 シオン: 3分があれば、カップラーメンが1食作れますよ。あと、その言い訳は相手次第で激怒されること確実のNGワードですから、注意してくださいね。 サトシ: わ、わかったよ……本当にごめん、シオン。次からは気をつけます。 そう言ってサトシくんは、しょぼんとうなだれて肩を落とす。 もちろん、私は本気で怒っているわけではない。ただ、こんなふうに申し訳なさそうにする彼の姿がかわいくて、ついいじめてしまうのだ。 シオン: (私って、Sな気質なのかもしれませんねー。もっとも、こんな感じに気安く接するのはサトシくんに対してだけなんですけど♪) 普段の私は、学校ではもちろん家庭でもこうではない。常におしとやかさを絶やさず、誰に対しても笑顔で接して……。 少なくとも、駅前のファーストフード店に入ってだべることなど皆無、いや絶無だった。 シオン: ねぇサトシくん、喉が渇いてるようだったら何か飲みませんか? シオン: あ、ちょうどここに私の飲みかけのジュースがありました。ちょっと口をつけただけなので、よかったらどうぞ。 サトシ: い、いいよ……! 買ってくるから、ちょっと待ってて! そう言ってサトシくんは、真っ赤に照れた様子で身を翻すと、レジのあるカウンターへと向かう。 ……うーん、残念。これでさらに彼との距離を縮める作戦だったんだけど、少しあざとすぎた。 シオン: (いっそ、飲んでないって勧めてから口をつけた後でバラせばよかったかもですね……) まぁ……いいか。私たちには、時間がある。もう失くしたと思って一度は絶望したけれど、再びこの手に取り戻すことができたのだから。 シオン: (ただ、ここまで奇跡的な幸運はもう二度と訪れることはないでしょうけどね……) それを与えてくれた「あの子」には、感謝しかない。だからこそしっかり大切にしていこうと、私たちは心に誓っていた。 サトシ: お待たせ。……で、シオンの方はどう? シオン: どうって、前に話した通りですよ。お母さんは私の味方ですが、お父さんはあれ以来口を利くどころか顔も合わせてくれませんし。 シオン: この調子だと跡継ぎは私じゃなく、留学中の妹に変えようとでも考えてるかもですね。 シオン: ……当てが外れて残念でしたね、サトシくん?大企業社長の娘婿になれるはずだったのに、この先は茨道が確定ですよ~。 サトシ: そんなの、最初から期待なんかしてないよ。ただ僕は、もしそうなった時にシオンが悲しい思いをするんじゃないか、って……。 シオン: お生憎ですが、私はサトシくんと別れるほうがずっと悲しくて不幸になります。何度も言ってるように、お気遣いは無用ですよ。 シオン: それとも、「あの」一件だけでは私が本気だったという証明になりませんでしたか?だったら別の手段で、たとえば……。 サトシ: ……って、よくよく考えたらどうしてそんな先の未来の話になってるのさっ?さすがに僕たちには早すぎるよ?! シオン: くすくす……ようやく気づきましたか。ほんとサトシくんは、面白いですねー。話してて全然退屈しません♪ サトシ: むぅ……。 からかわれていたことを知ってさすがに腹が立ったのか、サトシくんはぶすっと口をとがらせて、ストローでジュースを飲む。 まぁ冗談も入っているが、半分以上は本気だ。彼とだったらどんな障害だって苦にならないし、命さえ投げ出す覚悟はできている。 ……確かに私たちは、バカの極みというかあと少しで愚かなことをしでかすところだった。 でも……あの時、極限状態にまで自分自身を追い込んだという体験は、開き直りにも近い自信を生み出してくれて……。 どんな困難に対しても立ち向かってゆけるという勇気を持つことができたのだ、と私は思っていた。 サトシ: ……っと、そういう話じゃなかったんだった。そもそも僕は君に、『#p雛見沢#sひなみざわ#r』の情報集めはどうなってるのか、って聞こうとしたんだよ。 シオン: あ、そっちでしたか。てっきり私は、また悲恋ドラマをしたくなったんじゃないかってちょっと心配しちゃいました。 サトシ: ……勘弁してよ。あの時はどうかしてたって、自分でもすごく反省してるんだからさ……。 シオン: くすくす……すみません、少しいじめすぎましたね。 シオン: ……でも、サトシくん。あれはあなただけの責任じゃないですよ。 シオン: 私も本気で、あれしか方法がないって完全に思い込んでましたし………自分の感情をコントロールできなくて、時々嫌になります。 シオン: だから……ごめんなさい。ただでさえ家庭のことで悩んでたあなたを、さらに追い詰めてしまって……。 サトシ: ……。僕こそごめん、シオン。君の気持ちはわかってたはずなのに、力になってあげられなくて……。 そう言って私たちは、お互いに頭を下げ……少し気持ちが落ち着いてから、照れ笑いを交わし合う。 そして、今日ここで落ち合うことになった「本来」の目的に立ち戻ることにした。 サトシ: じゃあ、まずは僕から話すね。まず、昭和58年に起きた『雛見沢大災害』についてのことだけど……。 Part 02: サトシ: かなりかいつまんで説明したけど……とりあえずは、こんな感じかな。 シオン: そういうわりに、説明し終わるまで結構かかりましたね~。気がついたらいい時間ですよ、ほら。 サトシ: ほんとだ……いつの間に。まぁ、要点を押さえようにも関連情報が多いからね。 サトシ: ダム事件を巡る地元と業者のいざこざ、オヤシロさまの#p祟#sたた#rり、そして大災害……。 シオン: その結末が、1200人の犠牲者ですか。なんというか……思ってたよりも事件のスケールが大きくて、驚きです。 サトシ: うん。僕も調べてるうちにびっくりしたよ。 シオン: ……それにしてもサトシくん、あれからそんなに日が経ってないはずなのにずいぶん細かいことまで調べてきたんですね。 サトシ: うん。最初は、図書館で軽く調べようと思ってたんだけど……手を出し始めたら、興味がわいてきちゃって。 サトシ: ただ、#p雛見沢#sひなみざわ#r関係の資料はちゃんとしたものだけじゃなく、週刊誌の延長線上みたいな眉唾物も多くてさ……。 サトシ: それで図書館の司書さんに相談したら、仲間同士のツテを使って『雛見沢大災害』の被害者遺族を紹介してくれたんだよ。 シオン: えっ……その方って、もしかして雛見沢に住んでた人だったりするんですか? サトシ: ううん、東京の人だって。でも、お父さんが刑事で雛見沢について何か調査を行ってたらしいんだ。 サトシ: 詳細までは教えてもらえなかったけどお父さんが事件の日に雛見沢へ行って、そこで……。 シオン: ……そうでしたか。 サトシ: 話をしたら、個人的に集めてた資料とかも見せてくれたんだ。……優しい人だったよ。 シオン: ……。その司書さん、美人だったんですか? サトシ: えっ? あの……どうして女性だと? シオン: だって、司書さんの話をしてる時、サトシくんはデレーっとしてました。 サトシ: そ、そんなことないよ!いや、美人だったけど結構年上で……。 シオン: なるほど……年上の美人司書。 サトシ: シオン……その言い方は、なんだか悪意を感じるんだけど……。 シオン: そんなことはないですよ。……ただ、次は私もついて行きます。紹介してくださいね? サトシ: も……もちろん!えっと、……元の話に戻していい? シオン: はい、どうぞ。 サトシ: その司書さんの話によると、お父さんの友達の刑事さんが『雛見沢大災害』で亡くなった子のノートを見つけたらしくてね。 サトシ: そのノートを書いた女の子が……「園崎詩音」って名前だったんだ。 シオン: なるほど、私と同じ「しおん」……そのノートは、どこで見つかったんですか? シオン: あと、園崎……って名字なら、あの「園崎」ですよね? 一穂さんたちと『振鈴』を探した、あのお屋敷の……。 サトシ: うん。ただ、その子はなぜかひとりで#p興宮#sおきのみや#rに住んでたそうだよ。 シオン: だから、災害後に見つかったんですね。納得しました。……で、そのノートには事件の真相が書いてあったんですか? サトシ: いや、その女の子が残したのはその子の個人的な事情というか……。 サトシ: 『オヤシロさまの祟り』によって行方が分からなくなった、「北条悟史」って友達を探してるうちに、……その……。 シオン: ? どうしたんですか、そんな言いにくそうな顔して……。 サトシ: 人を、……殺してしまったそうなんだ。 シオン: えっ……? サトシ: 手伝ってくれた司書さんはそのノートをこう呼んでたよ。 サトシ: 『悪夢のノート』……って。 Part 03: シオン: はぁ……確かに「園崎詩音」が残したノートは、文字通り『悪夢のノート』でしたね。 シオン: でも、彼女がノートの中で殺したっていう村長と祖母、その他の子たちの遺体とやらは大災害の犠牲者として見つかったはずですが……? サトシ: うん。教えてくれた司書さんも不思議に思って、あちこちに調べてもらったみたいなんだ。 サトシ: けど、記録によると遺体は大災害で亡くなった他の人たちと同じだった、って記録に残っていなかったんだって。 シオン: ……「園崎詩音」が殺したのは、大災害の被害者。ただノートには殺すまでの過程、その後の出来事が克明に書かれている。 サトシ: その司書さんは言ってたよ。ノートに書いてあることは、もしかすると全部妄想かもしれない……。 サトシ: つまり、「北条悟史」に会いたいあまりに見てしまった、彼女の悪い夢を綴ったものじゃないか……ってね。 シオン: だから、『悪夢のノート』……ですか。 シオン: ……私たちにとっても、悪夢ですね。登場人物の名前が気味悪いほどに、合致してます。 シオン: それに、私がミオンを殺すなんてあり得ないですよ。……あっちが私を殺すなら、まだしもね。 サトシ: あはは、ミオンはそんなことをしないよ。もちろん、シオンだってね。 シオン: ……。にしてもその司書さん、なんというか配慮がないですね。 シオン: 同じ名前のサトシくんに、そんなノートのことを知らせるなんて……ちょっと無神経すぎますよ。 サトシ: でも、知りたいと言ったのは僕だから。 シオン: ふむ、お優しいことですね……やっぱり美人相手だと、そうなりますか? サトシ: ……しつこいよ、シオン。 シオン: ごめんなさーい。 シオン: ……。ねぇ、サトシくん。「園崎詩音」は、恋人に会えたと思います? サトシ: いや……「北条悟史」の名前は、『#p雛見沢#sひなみざわ#r大災害』の犠牲者の中に存在してなかった。 サトシ: それに、当時彼は東京とかにひとりで逃げたんじゃないかって説もあるみたいなんだ。 サトシ: 「園崎詩音」は、あり得ないってノートの中で否定してたけどね。 シオン: 私……なんとなくですが、「北条悟史」くんは災害前に死んじゃってるような気がします。 サトシ: 僕もそう思うよ。……あのさ、シオン。 シオン: なんですか? サトシ: 僕たちが、例えば……その2人の生まれ変わりだったとしたら、どう思う? シオン: …………。 サトシ: 名前もそうだし、外見も似てるみたいだし……ほら、一穂ちゃんも間違えてたくらいだから。 サトシ: 僕たちはひょっとしたら、その子たちの生まれ変わりかも、なんて……。 シオン: 嫌です。 サトシ: えっ……? シオン: 嫌ですよ、そんなの。私の、サトシくんが好きって気持ちが前世からの持ち越しだなんて御免です。 シオン: 私の好きは、私だけのものです。 シオン: たとえ「園崎詩音」が私の前世だとしても……今ここにいる自分の気持ちを左右されたなんて思いたくないです。 シオン: それに……来世なら、なんて無意味です。来世でも天国でもなく、自分の願いはここで叶えてこそ意味があるんですから。 サトシ: ……そっか。 シオン: そうですよ。それに私、ミオンやサトコを殺したくなんてないですし。 サトシ: あはは、それはそうだよね。 シオン: そう、全部悪い夢……ただの夢なんだから。 サトシ: って、昨日シオンと話をしてたんだけど、ケイイチはどう思う? ケイイチ: カーッ! 爆発しろ!今すぐ爆発しろ! サトシ: えっ? えっ? ケイイチ: お前なぁ……実は自分たちは、前世で引き裂かれた悲恋カップルだったかも……? ケイイチ: なんて聞かされた独り身男の立場にもなってみろ!サトシじゃなかったらぶん殴ってるぞ?! サトシ: ご、ごめん……? ケイイチ: なんで謝らなくちゃいけないか、よくわかってなさそうな顔が余計にむかつくな~。 ケイイチ: ……にしてもその『悪夢のノート』の話、面白くはあるがゾッとするぜ。 サトシ: そう? ケイイチ: あぁ、だって、そのノートの中だと俺はサトシと入れ替わりで分校に入って、「詩音」ってやつに恨まれてたんだろ? ケイイチ: 同じ名前なせいか……なんか他人事とは思えないから、言わせてもらうと……。 ケイイチ: 「前原圭一」って「園崎詩音」に恨まれるほど悪いことはしてなかったはずなのに、なんか理不尽じゃねぇか……ってさ。 サトシ: 逆恨み、って司書さんも言ってたけどね。……けど、ある意味仕方なかったんだと思うよ。 サトシ: そうしないと、「園崎詩音」さんは心を保てなかったんじゃないかな……。 ケイイチ: ……お前、その言葉はシオンの前で言うなよ。万一シオンの前世が「園崎詩音」だとしても、ヤキモチやかれてめんどくさいことになるぞ。 サトシ: わ、わかった。 ケイイチ: ただ、生まれ変わりとかドラマチックなお話って女の子が好きそうだけど……シオンが否定したのは意外だったな。 サトシ: そうだね。僕もちょっと予想外だった。……でも冷静に考えると、僕も嫌だなって。 サトシ: 「北条悟史」にも、事情はあったかもしれない。僕なんかには想像もつかない苦しみが……。 サトシ: でも、妹と恋人を……サトコとシオンを置き去りにして、僕は消えたくない。 サトシ: 一時的に苦しみから逃れられたとしても、きっと後悔しただろうから……ね。 ケイイチ: ……やっぱお前はいいヤツだよ、サトシ。 ケイイチ: 「北条悟史」のことはよく知らないけど、お前はやっぱ幸せにならなくっちゃな! サトシ: ありがとう、ケイイチもね。 ケイイチ: おぅ、言われなくてもだ!あはははははっ!!