Part 01: 美雪(私服): 『胡蝶の夢』って、聞いたことある?荘子っていう昔の中国の思想家が唱えた、説話のひとつなんだけどさ。 一穂(私服): うん、知ってるよ。……確か朝になって目が覚めたら、自分が蝶になってたって話だよね。 美雪(私服): んー? それだと一応意味は伝わるけど、別の小説の内容とごっちゃになってるよ。そっちはむしろ……。 菜央(私服): カフカの『変身』ね。蝶じゃなくて、何か他の虫だったはずだけど。 菜央(私服): あのお話は、いろんな人生観の示唆に富んでて面白かったわ。……で、それがどうしたの? 美雪(私服): 『胡蝶の夢』って、自分の「世界」が現実なのかあるいは幻想なのかは、誰にも判断できない……って内容だったよね。 美雪(私服): だとしたら、私たちの今置かれてる状況もまさに『胡蝶の夢』だって可能性もあるんじゃないかな……って思ってさ。 菜央(私服): ……おかしなことを言い出したわね。何かの哲学書を読んだのか、それとも変なものを拾い食いでもしたの? 美雪(私服): 読書はともかく、拾い食いなんてしないよっ!私は一穂なみの腹ぺこキャラかっ? 一穂(私服): わ、私だって……!どんなにお腹が空いてたって、拾い食いはさすがにしたことがない……と思うよ……。 菜央(私服): なんで自信なさげなのよ。……まさかどこかの畑で、野菜とかを勝手に失敬したりなんてしてないでしょうね? 一穂(私服): か、勝手に採ったりなんかしてないって!……ただ、散歩してる時に畑を見てたら村の人が「食べる?」って言ってくれて……その……。 美雪(私服): あー……よっぽど物欲しそうな目で見てたんだねぇ。それを拾い食いとみなすかどうかは、微妙だけどさ。 菜央(私服): むしろ「貰い食い」って言ったほうがよさそうね。……まぁ、それはともかくとして。 菜央(私服): 確かに、不思議な出会いと超常の力によって10年前の「世界」を訪れて……本来だったら会うはずのない人と会い、話をしている……。 菜央(私服): 科学や理屈では説明できないこの状況が本当に現実なのかどうか……自分の体験だけで証明できないってのは、その通りだと思うわ。 一穂(私服): ? えっと……つまり、どういうこと……? 菜央(私服): 物事が真であるか、あるいは偽であるか……当人の主観のみでは他者の了承を得ることができないって考え方よ。 一穂(私服): ??? 菜央(私服): うーん、わかりやすくたとえるなら……一穂が村の人から野菜をもらったと主張しても、現場を見てないあたしたちは判断ができない。 菜央(私服): あるいは、嘘を言ってる可能性だって考えられる。……そうなるとあんたは、野菜をもらったことをどうやってあたしたちに信じさせられるのかしら? 一穂(私服): そ、それは……でも私は、もらっても美雪ちゃんや菜央ちゃんに嘘なんか言わないよっ? ちゃんと正直に……! 菜央(私服): わかってるわよ。あくまでも可能性の話で、あんたのことを疑ってるわけじゃないから安心して。 美雪(私服): 証言ってのは、複数の存在があってこそだからね。写真や証文があっても客観的立場の保証なしだと、ねつ造や偽造がやり方次第で可能だ。 美雪(私服): 要するに今、私たちが置かれている状況が本当に過去の「世界」なのかが証明できない以上、両方の可能性が真として存在するってわけ。 一穂(私服): な、なるほ……ど……?(なんだか難しい言い回しで、頭の中がこんがらがってきた……) 菜央(私服): ……なんだか『胡蝶の夢』っていうより、『シュレディンガーの猫』みたいな話になってきたわね。 美雪(私服): んー……言われてみたら、そうかも。箱を開けてみるまでは、中にいる猫が生きてるかどうかはわからない……。 美雪(私服): つまり、箱を開けるという行動を起こすまでは猫が生きてる「世界」と死んでる「世界」が、同時に存在してることになるからねー。 菜央(私服): ……それで、美雪。今のあたしたちの状況があんたの言うように『胡蝶の夢』だとしたら、今が夢か妄想の可能性があるってことかしら? 美雪(私服): いや……むしろ両方とも現実でありつつ、それぞれ独立した「世界」だってパターンもあるんじゃないかな、ってさ。 菜央(私服): ……要するに、この「世界」は私たちが本来いた「世界」とは繋がってない可能性もある……ってことね。 美雪(私服): その通り。もしここが過去だったとしたら、今いる私たちは10年後の事象を持ち込んでここの「世界」に干渉を及ぼしてることになる。 美雪(私服): ただ、もしそうだったら未来人である私たちには過去が変わったことによる何らかの影響があって然るべきだと思うんだけど……。 美雪(私服): 気がついてる範囲内に限って考えても……今のところ、そういったものはないでしょ? 菜央(私服): ……そうね。意識まで書き換えられてたら話は違ってくるけど、自覚の中にはそういった現象は起きてないわ。 美雪(私服): だから……私たちがいるこの「世界」はタイムトラベルによる同一時間軸のものじゃなく、両方が別個として存在するのかもしれない。 美雪(私服): 考え方としては、「世界」ってのは多層構造である時点から枝分かれしてて……。 美雪(私服): 私たちは、別の平行世界への移動……いわゆる「レイヤージャンプ」ってやつをやってるんじゃないかな、ってさ。 一穂(私服): レイヤー、ジャンプ……? 魅音(アラビアン): ……ふーむ、なるほど。つまり公由さんは、平行世界を移動することで私たちの「世界」を訪れたってわけか。 魅音(アラビアン): つまり私は、あんたの友達の姿でありながら見ず知らずの初対面であるという今の状況も……それぞれが真実で成立し合うってことだね。 一穂(私服): い……今の説明だけでわかったの、魅音さん? 魅音(アラビアン): まぁね。小難しい言い回しとかを紐解くのは、わりと得意だったりするからさ。 魅音(アラビアン): あと、空想的な設定を考えるのは好きなんだよ。「謎の宇宙人、星の支配を企んで現地人に寄生!」なんてね……くっくっくっ! 一穂(私服): そ、そうなんだ……。 魅音(アラビアン): だから、公由さんの言うようにこの「世界」はあんたがいた「世界」と、過去のどこかの時点で枝分かれした可能性による産物……。 魅音(アラビアン): そう考えてみれば、お互いを異物扱いしなくてすむんじゃないかな……って私は思うよ。 一穂(私服): ……うん、そうだね。 一穂(私服): あと、魅音さん……。今話した美雪ちゃんと菜央ちゃんのことは、やっぱり覚えてない……? 魅音(アラビアン): うーん……覚えていないというより、記憶にないね。会ったこともないし、名前も知らない。 魅音(アラビアン): あんたの話を信じるなら、私たちが部族の同盟を結んだ際に魔王の討伐軍に加わってくれたそうだけど……。 魅音(アラビアン): そういった出会いとやりとりは、残念だけどこの「世界」にはなかったはずだよ。……私の記憶が改ざんされていない限りはね。 一穂(私服): 改ざん……って、どういうこと? 魅音(アラビアン): 言葉通りの意味だよ。気がつかないうちに、私の認識が「世界」の変化に合わせて内容を書き換えられているかもしれない……って。 魅音(アラビアン): ……そういや、あの子も生前言っていたっけ。赤の他人の私に対して「あんたは私の姉貴だ」なんて言い出した時は、びっくりしたよ――。 Part 02: 魅音(部族): えっ……詩音?今、なんて言ったのさ? 詩音が告げた事実をすぐには理解できず、私は怪訝な思いとともに問い直す。 一瞬、冗談だと思った。詩音は昔から時々、突拍子もないことを口走って煙に巻いたり、からかったりする。 とりあえずいがみ合いこそ解消されて、関係は以前のような「悪友」に戻ったものの……だからといって油断はできない。 だけど、詩音はおちゃらけた態度もなく訴えかけるようにまっすぐ私を見据えて……真剣なまなざしのまま、告げていった。 詩音(部族): 事実だよ、魅音……いえ、お姉。私とあんたは、双子の姉妹の関係。 詩音(部族): 他人のそら似とか、そういうのじゃなくて……ちゃんと血も繋がった、姉妹なんだよ。 魅音(部族): ……っ……。 戸惑いもあらわに、私は息をのむ。さすがに冗談にしてはたちが悪いし、本気だったらもっと笑えない内容だ。 魅音(部族): い……いやいやいやっ、ないって!だって私たちは、そもそも部族が違うじゃんか! 魅音(部族): なのに、いきなり姉妹だなんて言われてもはいそうですか、なんて納得できるかっての! 詩音(部族): じゃあ……聞くけど、お姉。あんたの親は、どんな人?父さんと母さんの名前は、なに? 魅音(部族): はぁ?また妙ちくりんな質問をしてくるね……。 魅音(部族): あんたには言ったことがなかったっけ?私の父さんは、先代の火の部族の長だよ。そして、2人の名前は……。 詩音(部族): ……茜。 魅音(部族): ……っ……? 詩音(部族): 私の母さんも、その名前。そして2人とも、不慮の事故と流行病で命を落とし……私が、後を継いだ。 詩音(部族): それは、お姉……あんたも同じだったんじゃない? 魅音(部族): それは、……。 魅音(部族): でも、どうして……? 詩音(部族): ……記憶を書き換えられているんだよ。あんた自身の意思がどうかは関係なく、『神』に等しい別次元からの干渉で……ね。 魅音(部族): ……っ……? 詩音(部族): 私も、全てを把握しているわけじゃない。敵の正体も、まだわかったといえるほど掴み切れていない。でも……。 詩音(部族): はっきりしているのは、たとえ悪あがきでも逃れる手段を惜しんではいけないってこと。ゲームの駒にならないためにも……ね。 魅音(部族): っ、詩音……あんたは……。 詩音(部族): ……情けない話だけど、私は一度弱みにつけ込まれて……取り込まれたことがあった。 詩音(部族): だからもう、あんな過ちは犯さない。駒になるのも、振り回されるのもまっぴら。 詩音(部族): 必ず、支配下から逃れて……絶対、抜け出してやる。そのためには、手段なんて選んでいられない……! 魅音(部族): …………。 詩音(部族): ……今すぐ、わかってもらおうとは思わないよ。さすがにそれは、虫が良すぎる高望みだから。 詩音(部族): でも……お姉。どんなに出口の見えない戦いだったとしても、勝機につながる変化の兆しは……あると思う。 詩音(部族): それはたぶん、とても小さくて目立たなくて一見しただけではわかりづらい、もしかしたらちょっと頼りない人なのかもしれないけど……。 詩音(部族): 私たちの想いをしっかりと受け止めて、『神』に抗ってでも何かを為してくれる……陳腐な言い方だと、いわゆる『英雄』。 詩音(部族): ……ただ、そういう人に限ってたぶん本人には自覚も自負もないから、私たちが盛り立てて、支えて……。 詩音(部族): 自分の役割を、気づかせてあげなきゃいけない。……私は、そう思っているんだ。 魅音(部族): …………。 詩音(部族): だからさ、お姉。もし資質のあるやつと出会うことがあったら、そいつのことを応援してあげて。 詩音(部族): そうすることで私たちは、本当のゴールに辿り着けるって……私は、信じている。 魅音(部族): …………。 Part 03: 魅音(アラビアン): あの時の私は、あんたが何を言っているのか半分も理解できていなかった。……その罪深さを、今さらになって痛感するよ。 手にした楽器で鎮魂の曲を奏でながら、私は苦い笑みを浮かべてそう呟く。 目の前の地面に置かれた、小さな石の塊。名前はまだ刻んでいなかったけど、それは別の「世界」で私の妹だったとほざいていた……詩音の墓だった。 魅音(アラビアン): (……あの時、詩音は私に水晶玉を預けて姿を消した。そして、戻ってこなかった……) 彼女の思いを察して引き留められなかったことが、今でも後悔となって胸の内を苛んでいる。 あの時どれだけ、詩音は心細かったのだろうか。たったひとりで全てを抱えて、全てを賭して……。 魅音(アラビアン): けどさ、詩音……あんたも言葉が足りないんだよ。しかも、さっさと諦めたみたいに覚悟を決めて誰にも頼らず……ひとりで行っちゃうなんてさ。 魅音(アラビアン): なんで、もっと私たちを頼ってくれなかったんだよ。確かにあんたが言っていたように、この「世界」では他に手が思いつかなかったのかもしれないけど……。 魅音(アラビアン): ちゃんと話してさえくれたら、私はあんたに命を預けることだってできたんだ。それにレナだって、きっと……。 いや……話し合いの場を持たなかったのは、お互い様だとわかっている。 私たちは圧倒的に、お互いを知ることを怠っていた……と思う。 だから今の状況は、本当に口惜しい話だが自業自得と言われても仕方がない……。 魅音(アラビアン): あんたのせいだよ、詩音。私たちがこうやって旅をして……真実の一端でも掴もうと悪あがきしているのは、あんたのせい。 魅音(アラビアン): 正直言って、魔王に対しての憎しみとか敵討ちとかなんてのは、どうだっていいんだ。ただ……あんたの無念に、少しでも報いたい。 魅音(アラビアン): それだけでもやっておきたくて……私たちは……。 魅音(アラビアン): ……っ……。 魅音(アラビアン): ……だからさ、あんたもその責任を自覚してよね。それでもし、少しでも申し訳ないと思ったんだったらさっさと生き返ってこいっての。 もちろん、無茶苦茶な要求だとは重々理解している。死んだ人は二度と戻ってこない……たとえ輪廻転生が存在していても、その顕現はこの世界ではないだろう。 ゆえに、命は大事なのだと思う。どんなに落胆して絶望しても、「世界」に変化を与えて影響をもたらすのは生者にしかなしえないのだから。 そのことを私は、詩音にしっかり説いておくべきだったかもしれない……。 魅音(アラビアン): ……戻ってきなよ、詩音。これだけ文句を言われっぱなしなんて、あんただって不本意の極みでしょ? 魅音(アラビアン): 1度くらいだったら、どんなに理不尽で不条理であっても受け入れてやるからさ……。 レナ(アラビアン): ……魅ぃちゃーんっ……! と、そこへ私を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。振り返ると、かつては空の部族の族長だった私の親友……レナが駆け寄ってくるのが見えた。 レナ(アラビアン): はぅ……ごめんね、2人の時間を邪魔しちゃって。話をしても大丈夫かな、かな……? 魅音(アラビアン): いいよ、ちょうど終わったところだったから。……で、どうしたの? 何かあった? レナ(アラビアン): うん。周囲を散策していたら、倒れている子を見つけたの。 レナ(アラビアン): なんだか苦しそうだったから、水を分けてあげても構わないかな……? 魅音(アラビアン): うん。別にいいけど……それって、どんな子?