Prologue: 古手神社から遠く離れた場所にある、忘れ去られた古の曰くがある森の中――。 『鬼樹の杜』と呼ばれたその場所にて長らく守り神として宿り住む『#p田村媛#sたむらひめ#r命』は、久方ぶりに実体を得て「顕現」していた。 田村媛命: 『……ふむ』 森の中を見渡し、田村媛命は満足そうに頷く。 田村媛命: 『……ようやく、≪カケラ≫による世界構造の解析が完了した#p哉#sかな#r』 田村媛命: 『これを安定して用いることができれば、いずれはカズホたちも……』 そう呟くと田村媛命は、念を込めて目の前の空間を見つめた。 田村媛命: 『──ッ……』 呪のような文言を唱えると、視線の先で現れたもやのようなモノが渦巻きはじめる。そして――。 それは禍々しい形相をした「獣」の形となって田村媛命に向き直り、低く唸り声を上げた。 田村媛命: 『……往け』 それに対して臆したりすることなく、田村媛命は静かに「獣」へ命を下す。……と、それは瞬く間に何処へと駆け去っていった。 田村媛命: 『まず実験#p也#sなり#rや。時間と場所の概念を超え、他の「世界」より力を持つ者を呼び込んで吾輩の意を叶え給え。わが分身よ……!』 闇夜が支配する、都会の一角。 その中で人目を忍びつつ、私たちは正体不明の『影』を追っていた。 飛鳥: な、なんて速さなの……っ? 全力で追っているのに、距離が縮まらない。気を抜いたら、見失ってしまいそうな勢いだ。 斑鳩: 気配を消しながらの隠密行動中とはいえ、武装したわたくしたちが追いつけない……いったい何者なんでしょう? 雪泉: これまでに見たことがない輩ですね……!仕留めますか、それとも――? 飛鳥: 敵なのかどうか、まだわからないよ。だから捕まえて、確かめるしかない……っ! 飛鳥: このぉっ、待ちなさいっ! 雪泉: 待てと言われて、素直に待つような逃亡者は存在しませんよ。まして、怪しい者であればなおさらです……! 斑鳩: ならばっ、強引に捕らえるまで……!この先の公園で、勝負を決めましょう……! 飛鳥: はいっ! 追いつけないまでも巧みに誘導しながら、私たちはその『影』を公園へと誘い込む。 飛鳥: いい感じに、周りには誰もいないみたいだよ!ここなら……! 斑鳩: 遠慮は無用ですね……はああぁぁあぁっっ! 暗闇に覆われた深夜の公園を駆け、人知を超えた速度で逃げる『影』に向かって斑鳩さんが鋭い斬撃を放つ。 影: ──ッ……! だけど、『影』はいともあっさりとそれをかわしてしまった。 飛鳥: 嘘っ、そんな……!? 雪泉: 大丈夫、まだです……! 飛鳥: あ……っ!! 斑鳩: かかりましたわっ!! にやりと微笑む斑鳩さん。そうか……彼女の狙いは最初から『影』ではなく、その向こうにある大きな樹だったんだ。 彼女の斬撃でその大きな樹が切断され、『影』に向かって倒れてくる。 影: ──ッ!? そして進路をふさがれたことで、『影』はようやくその勢いをわずかに緩めた……! 飛鳥: さすが、斑鳩さん! 斑鳩: 感心してる場合じゃありません。ここで仕留めますよ……! 影: ──ッ……!! 『影』は、倒れた大樹をかわして俊敏な動きで高く跳躍する。 でも、その動きを読んでいた雪泉ちゃんはその行く手に先回りしていた……! 飛鳥: 雪泉ちゃん! 雪泉: 食らいなさい……『黒氷』っ!! その声とともに出現した氷の槍が、回転しながら『影』へと襲い掛かる。 影: ──ッ……!? 飛鳥: やったっ! かわすこともできず、攻撃を食らった『影』は地面へと叩きつけられた。 斑鳩: 飛鳥さんっ! 飛鳥: わかりました!! まだ倒れている『影』を逃がすまいと、私はすかさず襲いかかる。 飛鳥: もらった! 『二刀繚斬』!! 私の放った連撃が、『影』を切り裂いた。いや、切り裂いた「はず」なんだけど……。 飛鳥: え……手応えが……。 振り抜いた剣には、まったく手応えが感じられなかった。 飛鳥: どうして……えっ!? 刹那、雲間から月明かりが射してきた。光が闇を裂き、辺りをにわかに明るく照らす。 そして、視界が開けた途端……『影』の姿は跡形もなく消え去っていた。 飛鳥: ……っ! き、消えた……!? 雪泉: ……いいえ、地面へ降り立った瞬間、向こうの茂みへと退避した痕跡が見られます。 飛鳥: え、でも私、確かに斬って……。 雪泉: おそらく『空蝉の術』の応用です。私たちの目をくらませたのでしょう。 念のために周囲の気配を探ってみても、最初から何もなかったかのように辺りにはすでに何も感じられない……。 斑鳩さんも雪泉ちゃんも、落胆したようにため息をついている。……逃げられたようだ。 斑鳩: ようやく追い詰めたと思いましたが……これでまた振り出しに戻る、ですね。 飛鳥: そうですね……あと一息だったのに……。 飛鳥: ……。って、あれ……? 雪泉: どうかしましたか、飛鳥さん? 飛鳥: これ……。 さっきまで『影』がいたはずの地面に、何かが落ちている。 一見小さな紙片のようだが、拾い上げてみるとそれはグリーティングカードみたいで……。 飛鳥: ……これって、なんだろ?何かの案内状……? 雪泉: 文字が書いてありますね……『#p雛見沢#sひなみざわ#r忍者屋敷』……? 飛鳥: 忍者屋敷……? 斑鳩: 雛見沢って……あの雛見沢、ですか? その名を聞いた途端、斑鳩さんは息をのんで驚いたように目を見開いている。 その場所がどこか、知っているのだろうか?私は聞き覚えがないんだけど……。 雪泉: 斑鳩さん、何をそんなに驚いてるんですか? 斑鳩: ご存じないのですか?雛見沢といえば……大災害が起きた後ダムの底に沈んだ廃村……。 雪泉: 大災害……聞いたことがありますね。ずいぶん昔の出来事だった気がしますが、それがどうかしましたか? 飛鳥: …………。 2人が何か話しているけど、私はその案内状のようなものに気を取られてよく聞いていなかった。 だって、そこにあった「忍者屋敷」という言葉が気になっていたからだ。 飛鳥: 忍者屋敷か……なんだか面白そう……! Part 01: 放課後。みんなが帰り支度をしている教室の中へ詩音さんが陽気な表情で教室に入ってきた。 詩音: はろろーん、皆さん。お元気ですか~♪ 一穂: あ、詩音さん。こんにちは。 美雪: いや……詩音。教室に入って来た早々になんだけど、キミさぁ……。 詩音: なんです、美雪さん? 美雪: 最近放課後になったら、ほとんど毎週のようにこの分校に来てるけど……#p興宮#sおきのみや#rの学校には、キミの友達とかはいないの? 詩音: ご心配なく、友人くらいちゃんといますよ。 詩音: ただ、私の趣味や嗜好が他の方々には高尚すぎるみたいで、話題が合わないというか盛り上がってもらえないんです。 美雪: ……要するにそれ、クラスだと浮いた存在だって自白しているのと同じだよね? 一穂: み、美雪ちゃん、そんなこと……。 詩音: まぁ、そうとも言います。とはいえ、無理やり相手に合わせたところでお互いストレスになるだけじゃないですか。 詩音: 菜央さんも、そう思いますよね? 菜央: なんであたしに同意を求めるのよ。あたしは元の学校ではちゃんと周りに合わせてうまくやってたわ。 菜央: 一穂と美雪だって、そうよね? そう言って、菜央ちゃんが私たちに同意を求めてくる。だけど……。 一穂: あ、あははは……どうだろ?うまくできてたらいいんだけど……。 私はそんなに要領よくやっていたわけではないので、そのあたりは上手く答えられない。 一穂: え、えっと……美雪ちゃんは、どんな感じ? 美雪: さーて、今日の夕飯はと……。 困って美雪ちゃんに話を振ってみたら、なぜかごまかすように話を逸らされてしまった。 菜央: 一穂はともかく……美雪はわりと人付き合いが良さそうなのに、どうしてそんなふうにごまかすのよ。 美雪: 別にごまかしてなんかないよ。それより、詩音の話でしょ。 レナ: あ、そうだよね。詩ぃちゃん、今日はどうしたのかな? かな? 詩音: あ、そうでしたそうでした。実は、皆さんに折り入ってご相談がありまして。 詩音さんの口から『相談』と聞いた途端、その場にいた全員の気持ちがすーっ……と引いていくのを感じる。 美雪: じゃあ、今日はそろそろ帰ろうか。 沙都子: ですわね。梨花ぁ、帰りはついでに買い物をしていくのはいかがかしら? そして一斉に、無言で帰り支度を始め……私もそれに従って鞄に教科書をつめていった。 詩音: ……って、ちょっとちょっと!話を聞く前に帰ろうとしないでくださいよー? 美雪: んー、だってどうせまためんどくさい相談というか頼み事だったりするんでしょ? 梨花: みー。詩ぃの近頃の相談は、ろくなもんじゃないことが多すぎるのですよ。 詩音: いや、そんなことは……確かに少しどころか、かなりある気がしますけど……。 美雪: ……おぅ、自分で認めちゃってるよ。 詩音: そ、それはさておいたとしても……ほらっ!情けは人のためならず、とも言いますしね~? 菜央: それって普通、頼む立場の人が使う言葉じゃないと思うんだけど……。 菜央ちゃんのそんな突っ込みに、私も同意。ただ、そんな様子を見かねたのかレナさんが、やや苦笑を浮かべながら口を挟んでいった。 レナ: あははは……とりあえず、聞くだけでも聞いてあげようよ。手伝うかどうかはともかくとしてね。 詩音: さすがレナさん、人間ができています……!ありがたくて泣いちゃいそうですよ。 美雪: 悪かったね、人間ができてなくて……。 菜央: 同じく。ただ、レナちゃんへの高評価だけは全面的に肯定するわ。 詩音: それはどうもです。……というわけで、話だけでも聞いてください。 美雪: どうせまた園崎から来た話なんでしょ?いくら親戚からの相談だからって、なんでもほいほい受けてこないでよね。 詩音: それは言いがかりです!だいたい、私はまだ園崎家からの依頼だなんてひと言も言っていないじゃないですか! 沙都子: じゃあ、今回はそうじゃありませんの? 詩音: いえ、園崎家筋からの依頼ですけど。 美雪: はい撤収―。 美雪ちゃんの合図を受けて、全員が帰り支度を再開。……今度はレナさんも一緒だった。 詩音: ちょ、ちょっと待ってください!とにかくせめて話だけでも……!お姉もなんとか言って……、っ? 詩音: あれ……?そう言えば、今日はお姉はいないんですか? そこでようやく魅音さんの不在に気づいたのか、詩音さんはキョロキョロと辺りを見回して尋ねかけた。 梨花: みー、聞いていないのですか?魅ぃは喜一郎たちと一緒に、お隣の県まで施設見学に行っているのですよ。 詩音: あー、そういえば前に言っていましたね。「面白いお寺があるから、今度見に行く」って。 詩音: 観光業を盛り上げるためのネタになるかも、とかなんとか言っていましたが……。 一穂: うん。今日はその話で出かけてるから、部活も休みになったんだよ。 詩音: そうだったんですか……。だったら、ちょうどよかったです。 沙都子: ちょうどよかった……って、どういうことですの? 詩音: 実は、私からの相談もその観光に関するお話なんです。 菜央: 強引に話を引き戻したわね……。 詩音: まぁまぁ、そうつっけんどんに対応しないでくださいよ。そこまで難しい話でもないと思いますしね。 梨花: みー……では、いったいどういう内容なのですか? これ以上押し問答を繰り返しても仕方ないと思ったのか、梨花ちゃんが詩音さんに話を促した。 他のみんなもそれでやっと、彼女の話を聞こうと荷物を机の上に置く。 それを見たことで詩音さんもホッとした様子で、やっと落ち着いて話をはじめた。 詩音: 実は先日、温泉旅館のオーナーから相談がありまして。 一穂: 温泉旅館……って、この村にあった? 菜央: 何を言ってるのよ、忘れちゃったの?村外れにこの前できた、って少し前に言ってたじゃない。 詩音: はい、その旅館です。で、あそこのオーナーがもう少し集客を見込める何かいいサービスはないかアイディアが欲しい、と言ってきたんですよ。 美雪: あの旅館って、儲かってないの……?確か、できた直後はすごい人出で盛り上がってたって聞いてたけどさ。 詩音: 最初はまぁ、物珍しさもあったのでそれなりには。ただ、やっぱり近隣に温泉地が多いこともあって、今は伸び悩んでいるというのが現状なんですよ。 菜央: まあ、商売はそう甘くないわよね。 詩音: そうなんですよねぇ。……というわけで、アイディア豊富な皆さんに何かいい知恵を貸していただけないかと。 沙都子: まぁ、確かに私たち……というより菜央さんたちは無から有を生み出すがごとくに新しいアイディアを生み出してはおりますが……。 美雪: んー、集客のアイディアねぇ……。いきなり言われたって、そう簡単に出てくるものじゃないでしょ。 詩音: そこをなんとか!皆さんだけが頼りなんですよ。 菜央: 集客のいいアイディアねぇ……。 沙都子: そうですわねぇ……。 さすがに無下に突き放すのも申し訳ないので、全員が真剣な顔になって考え込む。 と、その時……。 魅音: ……あれ、みんなまだ残っていたんだ? 一穂: あ……。 魅音: って、詩音までいるじゃん。なになに、どうしたの? そう言って教室に入ってきたのは、施設見学に出かけていたはずの魅音さんだった。 Part 02: 沙都子: あら魅音さん、もうお帰りですの? 魅音: うん。ちょうど今帰ってきたんだよ。 菜央: ずいぶん早かったのね。で、見学はどうだったの? 魅音: いやー、面白かったよ!噂を聞いてどんなものか、ってからかい半分に見に行ったんだけど、あれは使えるかもね。 魅音さんはそう言って、ちょっと興奮気味に顔を上気させている。施設見学がよっぽど楽しかったようだ。 一穂: (そういえば、どんなところに行ってたんだろう?詳しくは聞いてなかったけど……) 魅音: 予定より早く戻ってくることができたからさ。その話をみんなにしたくて、まっすぐ帰らず分校に寄ってみたんだよ。 沙都子: 珍しいですわね……魅音さんがそこまでよその施設を気に入られるなんて。 羽入: あぅあぅ、本当なのです。そんなに楽しかったのですか? 魅音: いやー、見に行ってみてよかったよ。まぁそれはあとで話すとして……みんなの方は何を考え込んでいたのさ? レナ: はぅ、実はね……。 梨花: 詩ぃがまためんどくさい相談事を持ってきたのですよ。 魅音: あぁ~ん、また? 詩音: ちょっと梨花ちゃま、そんな言い方しないでくださいよ。ただ、皆さんのアイディアを貸してもらえたら、と……。 詩音: ほら、お姉も知ってるでしょ?あそこの旅館のオーナーが困っているって話です。 魅音: ああ、あれねぇ。……とうとう園崎本家に泣きつくほど、困っているってわけか。 詩音: はい。お姉や鬼婆には直接言い辛かったらしくて、私の方へ話が来たんですよ。 レナ: それで、みんなで旅館にお客さんが来るための良いアイディアはないかって考えていたんだけど、なかなか思い付かなくて…… 美雪: だって、そんなことを突然言われてもさぁ……。ぱっと思い付くようなら、誰も苦労しないでしょ。 レナ: はぅ……魅ぃちゃんはどう?何かいいアイディアはないかな? かな? 一穂: あははは……さすがの魅音さんでも、そんな急には……。 魅音: あー、だったらいいアイディアがあるよ。 でも、魅音さんはぱっと明るい表情になってそう答えた。さすがにみんな驚いてしまう。 梨花: あるのですか? 詩音: いいアイディア? 本当に? 魅音: うん。ナイスタイミングで、ちょうどいいやつがね。 沙都子: さすが魅音さん……と言いたいところですが、本当ですの?こんな急に言われて思い付くなんて。 魅音: いやー、それがあるんだよ。 レナ: どんなアイディアなのかな、かな? 魅音: ズバリ!その温泉旅館を、忍者屋敷に改造するってのはどう? 美雪: はぁ……?! 魅音さんの突拍子もないアイディアに、みんなキョトンとして黙り込んでしまった。もちろん私も、言葉が出てこない。 だって、忍者屋敷って……つまり……。 羽入: あぅあぅ……忍者屋敷、なのですか? 菜央: 忍者ってあの、黒装束の? 魅音: うん、そうだよ。みんなはどう思う? 一穂: え、ええっと……。 詩音: いえあの……すみません、お姉。さすがにちょっと話が飛躍しすぎて、理解がついていかないんですが。 沙都子: そうですわ、もうちょっとわかるように順を追って話をしてもらえませんこと? 魅音: おっと、ごめんごめん。そりゃそうだね、突然そんなこと言ったってわからないよね。 魅音さんはてへへと舌を出して苦笑しながら、改めて私たちに説明を始めていった。 魅音: 実はさ、今日行ったところってのが、忍者屋敷だったんだよ。 美雪: え? 魅音が行ってきた施設って、忍者屋敷だったの? 菜央: そんなものが、まだこの時代に残ってたのね。あれ……? でも詩音さんの話だと、魅音さんが行ったのはお寺だったはずじゃ……? 魅音: うん。実はそのお寺って、忍者の隠れ家としても使われていてさ。 魅音: 見た目こそ古い寺屋敷なんだけど、中は色々と仕掛けが隠されていて……それを自由に見て回ることができるんだよ。 沙都子: あら、なんだか面白そうなところですわね。 魅音: でしょ? 沙都子は食いつくと思ったよ。 魅音: たとえば、階段が見当たらないと思ったら扉を開けた先に隠されていたりして……。 一穂: 抜け道とか、落とし穴とかも? 魅音: そうそう! それがすっごく面白かったんだ!内部も案内がなかったら、迷子になっていたかもしれないくらいによくできていてさ~。 沙都子: 魅音さんがそこまでおっしゃるんでしたら、私も一度挑戦してみたいですわね。 魅音: 沙都子なんかは絶対ハマると思うよ。昔の忍者と知恵比べってやつだね。 美雪: んー、確かに面白そうだけど……要するに、それと同じような設備を温泉旅館に作ろうってわけ? 魅音: そういうこと! どう思う、みんな? 詩音: アイディアとしては悪くないと思いますが……それって集客効果があったりするんでしょうか? 魅音: それはやってみないとわかんないけど……今日観てきた施設も結構人が入っていたよ。キャーキャー言って、喜んでいたしね。 羽入: 確かに……僕も体験してみたいのですよ。 レナ: おばけ屋敷みたいな感じなのかな、かな?そういうアトラクションがあっても、温泉の合間とかに楽しめるかもしれないね。 菜央: そういえば、昭和の末期……げふんげふん、今は遊園地で巨大迷路が人気になってるって話を聞いたことがあるわ。 一穂: 巨大迷路……? 菜央: そう、かなり大きいやつだったわ。脱出のための制限時間が決められてて、タイム次第で認定証がもらえる……なんて。 美雪: なるほどね……アトラクションと宿泊施設をミックスさせるってことか。 美雪: うん、いいかもね。運営の仕方は検討するとしても、十分話題にはなると思うよ。 梨花: みー、面白そうなのです。忍者旅館、大賛成なのですよ♪ 最初は半信半疑だったみんなも、色々と話しているうちに乗り気になってきたようだ。 詩音: お姉の発案だけならともかく、菜央さんたちも賛同しているのであれば信憑性は高そうですね。 魅音: どういう意味だよ、おぉっ?私だけじゃ信用ならないっての? 詩音: お姉の好みは偏ったところがありますからねー。でもそれなら、一考の価値はあると思います。 詩音: となると、善は急げです。早速旅館のオーナーに提案してみましょう。 魅音: んじゃ、私は例の忍者寺に連絡して、本物の忍者をアドバイザーとして派遣してもらえるか相談してみるよ。 レナ: えっ……本物の忍者さんが来てくれるの?はぅ、ますます本格的だねぇ~。 魅音: くっくっくっ……やるからにはやっぱり、徹底しなきゃ面白くならないからねぇ~。 詩音: あとお姉、旅館のオーナーに話をする前に色々と確認しておきたいことがあるんですが……ちょっと時間をもらってもいいですか? 魅音: いいよ。私も電話しなくちゃいけないから、帰りながら話そうか。 魅音さんと詩音さんは、そんな感じで教室を出て行く。 一穂: 面白そうだけど、なんか……大丈夫かなぁ? ただ私は、2人の姿を見送りながら……ふと胸に不安が広がっていくのを感じた。 菜央: どうかしたの? 一穂: あ、ううん、何でも……。 一穂: (どうしてこんなに胸がモヤモヤするんだろう?何か起こらないといいけど……) Part 03: それから、数週間後――。 魅音さんと詩音さんの提案は無事に町会の了承を得て、急ピッチで温泉旅館の隣に忍者屋敷が建てられた。 美雪(私服): おぅ、すごい……! 魅音(私服): いやー、立派なもんだね。 詩音(私服): さすが皆さん、仕事が早いです。 一穂(私服): ……もう驚く気にもならないけど、#p雛見沢#sひなみざわ#rの人たちって建物だの施設だのを作るのがビックリするくらい早いよね……。 菜央(私服): 都会っ子のあたしたちには想像を絶するわよね。 美雪(私服): 農家の人たちってこんな感じらしいよ。なんせ体力、生活の知識、そして行動力が都会のもやしっ子の3倍以上だそうだからね。 美雪(私服): ……って、誰がもやしっ子だ?! 菜央(私服): ひとりボケツッコミしてんじゃないわよ。 美雪(私服): あはは、ついね~。でも、ほんとそうなんだって。 菜央(私服): まぁ魅音さんの話だと、元々老朽化した建物を流用したから早くできたそうだけど……この即応性は確かに都会じゃ考えられないわね。 一穂(私服): すごいなぁ……私も、見習わなくちゃ。 思っているだけじゃ、何も変わらない。行動が全てを決めるのだと、この忍者屋敷は私たちに教えてくれているような気がした。 レナ(私服): はぅ……こっちには何があるのかな、かな。 沙都子(私服): あ、一穂さんにレナさん。あまりそっちに行くと、危ないですわよ。 一穂(私服): え……? と、さらに奥へ歩いて行こうとする私たちを、沙都子ちゃんが呼び止めた。 菜央(私服): 危ないって、どういうこと?まさか……。 沙都子(私服): をーっほっほっほ!この屋敷の至るところに私の考案したトラップが仕掛けてあるんですのよ~! レナ(私服): はぅ、トラップって……罠?抜け穴みたいな、仕掛けだけじゃなくて? 沙都子(私服): 当然ですわ。ここは忍者屋敷ですもの。侵入者を血祭りに上げる仕掛けがあって然るべきというものでしてよ~♪ 圭一(私服): いやいや、お客さんを血祭りに上げちゃダメだろ。沙都子のトラップって、マジでシャレにならねぇレベルの威力なんだからさ。 沙都子(私服): ご安心なさいませ。そのあたりのさじ加減は、ちゃぁぁんと心得ておりましてよ。 菜央(私服): ……。問題は、誰のレベルに合わせて調整したかってことでしょうね……。 一穂(私服): えっと……じゃあこの忍者屋敷の仕掛けって、全部沙都子ちゃんが考えたの? 沙都子(私服): ええ、その通りですわ。 魅音(私服): やっぱり、忍者屋敷と言えばトラップ!そしてトラップと言えば沙都子だもんね~。 沙都子(私服): をーっほっほっほっ!このトラップマスターの私が趣向を凝らして作り上げた最高難度のトラップの数々……。 沙都子(私服): 簡単にクリアできるとは思わないでくださいまし♪ 美雪(私服): いや……意気込みと人選はともかく、大丈夫?沙都子が本気を出したら、シールズやスペツナズでも相手にならないって聞いたけど。 一穂(私服): な、なにそれ?よくわからないけどすごい……のかな? 詩音(私服): もはやトラップを通り越した、地獄への片道切符って感じですねぇ……。 圭一(私服): いや、それはダメだろ、商売として。 魅音(私服): まぁまぁ、圭ちゃんの心配ももっともだからさ。その難易度の調整のためにも、忍者のアドバイザーに来てもらうことにしたんだよ。 レナ(私服): それって、前に言ってた本物の忍者の人たち……? 魅音(私服): そうそう。あの人たちだったら、その辺りのギリギリをわかってくれそうだからね。 圭一(私服): そういや、そのアドバイザーさんてのはまだ来ないのか? 魅音(私服): いや……ここしばらくは、結構忙しいそうでさ。スケジュールを調整して、できるだけ早い時期に来てくれるとは言っていたけど……。 魅音(私服): この分だと、早くて来月だろうね。 飛鳥: ……ずいぶん山の中に入ってきたね。 私たちは、『影』が残したあの案内状を頼りに、以前「雛見沢」と呼ばれていた場所に辿り着いた。 雪泉: 地図によると、この先を進んだところに雛見沢村があったようですね……。 斑鳩: ただ周りを見渡しても、人どころか動物の気配すら感じません……。やっぱり、ガセ情報だったのでしょうか。 飛鳥: 『影』の気配は……感じないね。でも、いつ何が出てきてもおかしくなさそうなところだよ。 周囲を警戒しながら、私たちは慎重に茂みに覆われた道を進んでいく。 飛鳥: けど……本当なの、斑鳩さん?雛見沢村は昭和末期に起きた大災害で滅んで、もう誰も住んでない廃村になってるってのは。 斑鳩: えぇ、事実です。住所と郵便番号は抹消され、交通もすべて廃止になっていることを確認しました。 飛鳥: 忍者屋敷があるのって、そんなところだったんだ……。 あの時の私は聞き逃していたのだけど、どうやら雛見沢というのはいわくつきの村らしい。 それ以前にも血なまぐさい事件が起こっていたり、まるで都市伝説にでも出てきそうなところだという。 飛鳥: ほ、本当にそんなところに行って、大丈夫かな……。 雪泉: どうしました、飛鳥さん? 飛鳥: だ、だって……なんだか怖そうな村、じゃない? 雪泉: そうですね、少し……でも、もう誰もいないという話ですよ。 斑鳩: はい。ですから、この先にはダム湖が広がってるは――ずっ? と、山道から続く吊り橋を渡りきったところで、斑鳩さんが息をのんで立ち止まった。 飛鳥: どうしたの……って、え……っ!? 私も、思わず足が止まった。遠くに見えるはずのダム湖はどこにもなく……。 その代わりに、人の生活の気配がある集落が浮かび上がってきたからだ。 雪泉: ど……どういうことですかっ?地図によると、あの辺り一帯は湖になっているはずなのに……!? 飛鳥: 道、間違えたんじゃないの? 斑鳩: いえ、それはないです。ここまでずっと、一本道でしたから。 飛鳥: そ、そういえばそうですよね。でも、あっちにあるのは、どう見ても……。 間違いなく、あそこに見えるのは集落……村だ。湖どころか、とても廃村には見えない。 雪泉: とにかく、あそこまで行ってみましょう。 飛鳥: そうだね、みんな気をつけて。 ここまで来たら行ってみるしかない。戸惑いながらも、私たちは集落を目指すことにした。 しばらく歩くと、私たちはやがて神社の境内らしきところに到着した。 飛鳥: ここは……神社、だよね……? 雪泉: え、えぇ……そうみたいですが……。 斑鳩: さっき通り過ぎた本殿のそばに、『古手神社』という看板がありました。 雪泉: 古手神社……あ、ここですね。 そう言って雪泉ちゃんは、手に持っていた地図を指差す。 ……長い石段を登ってきたので、境内はかなり高台に位置している。 そこから見下ろす先には、やはり人の気配を感じる田舎の景色が広がっていた。 斑鳩: やっぱり……ここは廃村ではなく、人の住んでいる集落……ですね……。 藁葺き屋根の並ぶ、古びた田舎の風景だ。その庭には洗濯物が並び、あちこちに手入れされた田畑が広がっている……。 斑鳩さんの言う通り、廃村なんかじゃない。 飛鳥: え、えっと……じゃあ、ここは雛見沢じゃないってこと? 斑鳩: いいえ、そんなはずはありません。地図と照らし合わせても、確かにここは雛見沢村です。 斑鳩: なのに、これはいったい……、っ!? その言葉が最後まで綴られるよりも早く、斑鳩さんが後ろを振り返った。 飛鳥: 斑鳩さ……、えっ!? 雪泉: 誰っ!? 私たちもその背後の気配に気付き、素早く振り返りながら武器を構える。 飛鳥: え……? でも、その気配の主の正体を見て、呆然と立ち尽くしてしまった。  : なぜならそこに立っていたのが、まだ幼く見える女の子だったからだ……。 雪泉: 女の、子……? 飛鳥: あなた、は……。 羽入(私服): ……あぅあぅ。珍しいお客さんたちがいるのですよ~。 私たちを面白そうに見つめたまま、その女の子はどこか魔女めいた不思議な微笑を浮かべた。 Part 04: 幼気な雰囲気の少女は、私たちに武器を向けられているにもかかわらず……怯えた様子もなく笑みを浮かべていた。 羽入(私服): あぅあぅ……? 飛鳥: えっと………あっ、わあっ! やっと気づいたように、私は慌てて武器を背後に隠した。斑鳩さんと雪泉ちゃんも、ほぼ同時に武器をしまう。 斑鳩: ごめんなさい、驚かせてしまったかしら? 雪泉: 今のはね、えっと……オモチャなのよ。 雪泉ちゃんが引き攣った笑顔で告げる。あまりにも見え見えの嘘だったけど、このあどけない子ならごまかせる……かも……。 羽入(私服): ……。オモチャ、なのですか? その目に妙に神秘的な光があったのが気にはなったけど、それも今は消えてしまっている。 さっきのは、私の気のせいだったのだろうか……? 羽入(私服): あなたたちは、どちら様なのですか? 幼い子どものように、あどけない口調。それにつられて、私は反射的に応える。 飛鳥: え、えっと……私は、国立半蔵学院の忍で……。 雪泉: あ、飛鳥さんっ……! うっかり正直に答えてしまった私を、雪泉ちゃんが慌てて止めた。 そして私を背後にかばいながら、彼女は少女に向かって身構える。 雪泉: ……っ……。 羽入(私服): ……くすくす……。 雪泉: え……? でも、女の子はにっこりと微笑んで……私たちを怪しんでいる様子はなかった。 大丈夫、……かな。この感じなら……。 飛鳥: (心配……ないんじゃないでしょうか?) 斑鳩: (そう……ですね。きっとただの村の子どもでしょう) 雪泉: (ですが、飛鳥さん。すぐに正体をばらすのは感心できませんよ) 飛鳥: (ご、ごめんっ、つい~) ほっと胸を撫で下ろしている私たちを、女の子はなんだか納得したみたいにしきりに頷きながら見ている。……と、 斑鳩: ど、どうかしました? 羽入(私服): あぅあぅ、なるほどなのです。忍者さんということは、魅音が呼んだアドバイザーさんなのですね。 斑鳩: あ、アドバイザー……? 訳が分からず、私たちは顔を見合わせて首をかしげた。 飛鳥: (アドバイザーってなんだろ……?) 斑鳩: (よくわかりませんが……彼女はそれで納得しているようです。ここは彼女の話に乗りましょう) 飛鳥: (わ、わかりました) 雪泉: はい、実はそうなんです。私たちがそのアドバイザーの忍者で……。 羽入(私服): やっぱりそうだったのですね。みんなで待っていたのですよ。 羽入(私服): #p雛見沢#sひなみざわ#rにようこそなのですよ、あぅあぅ。 女の子は礼儀正しく私たちに向かって頭を下げる。私たちも、つられてぺこりとお辞儀を返した。 飛鳥: で、あのぉ、私たちはいったい何を……。 羽入(私服): はいなのです。すぐに案内するのですよ。 斑鳩: ええっとその、どこへ……。 羽入(私服): もうすぐ入江が車で迎えに来るのです。送ってもらうので心配いらないのですよ~。 雪泉: 入江、さん……ですか?では、よろしくお願いします……。 羽入(私服): こちらこそよろしくなのです、あぅあぅ☆ やがて、女の子の言う通りに車が迎えに来て私たちはよくわからないまま、中に乗り込んだ……。 私たちが車で案内されたのは、時代がかったお屋敷のような場所だった。 作りは一見古い感じだけど、まだ新築らしくピカピカだ。 飛鳥: ここが温泉旅館の施設なんですか? 羽入(私服): そうなのです。 送ってもらう車の中で女の子──羽入ちゃんから簡単な説明を受けた。 どうやら、忍である私たちに忍者屋敷の監修を頼みたいということらしい。 斑鳩: (忍者屋敷の監修ということでしたが……要するにわたくしたちは、誰かと勘違いされているということですね) 雪泉: (そうみたいですね。つまり、本物が到着すればいずれはバレるということ……) 飛鳥: (だったらその前に、あの『影』を何とか見つけ出して捕まえないと……!) 飛鳥: (あぁでも、忍者屋敷も気になる~~!これって、あの招待状の忍者屋敷なのかな?) 雪泉: (そうかもしれませんね……ですが、色々と変な感じです) 斑鳩: (えぇ。油断しないようにしましょう) と、羽入ちゃんに気づかれないように話し合っていると、そこにまたひとり別の女の子がやってきた。 魅音(私服): どうもどうも!いやー、こんなにも早く来てくれるなんてすっごく嬉しいです! 中学生……くらいだろうか。私たちよりはきっと少し年下の、それでもやけに貫禄を感じる女の子だ。 その後ろからも、同じ年の頃の子たちが何人か集まって来る。 レナ(私服): はぅ……本物の忍者さん、ですか? 飛鳥: あ、いえ……その……。 魅音(私服): わざわざこんなところまでお越しいただき、本当にありがとうございます! 詩音(私服): 夕飯は期待していてくださいね。うちの贔屓の料理人に腕を振るわせますので、味は保証しますよ。 雪泉: は、はぁ……どうも、ありがとうございます……。 飛鳥: (どうしよう、なんかすごい歓迎されてるみたい……) 雪泉: (アドバイザーというのはこんなに歓迎されるものなんですね。結構、責任重大なのでは……?) 斑鳩: (まずは成り行きに任せましょう。この方たちが忍を必要としているのでしたら、わたくしたちならお役に立てることができるはずですし) 雪泉: (そうですね、正体がバレることはないかと) 飛鳥: (そ、そうだねっ……まずは情報を集めないと) 斑鳩: (それに運がよければ、あの『影』の足取りも何か掴めるかもしれません……) とりあえず、今は『影』の情報収集のためになんとかこの場を切り抜けるとしよう……。 詩音(私服): では、早速ですが……忍者屋敷のトラップのご監修、よろしくお願いしますねー。 飛鳥・斑鳩・雪泉: は……!? 「トラップ」の監修???隣を見ると、斑鳩さんと雪泉ちゃんの顔にも、はてなマークがいくつも浮かんでいた。 飛鳥: んわぁぁあぁぁっ?斑鳩さん、雪泉ちゃん、助けてー!? 一穂(私服): あぁっ、飛鳥さんが……?! アドバイザー(?)の飛鳥さんは、足首に巻き付いたロープで天上に逆さ吊りにされてしまう。 雪泉: あ、飛鳥さんっ?今行きますから、そこでこらえて……。 沙都子(私服): 今ですわっ! 雪泉: えっ……きゃぁぁああぁっ!? そして、トラップにかかった彼女を助けに走った雪泉さんの姿が、一瞬にして壁の向こうに消えた。 菜央(私服): なっ……何なの、今のって? 圭一(私服): 隠し扉から網が飛び出してきて、引き込まれたみたいだぞ? 沙都子(私服): をーっほっほっほっ!トラップに引っかかった仲間を助けようとして駆け寄ったその瞬間……! 沙都子(私服): 周囲への注意が薄くなったスキを狙って、もうひとつのトラップが発動する……。名付けて、『アユの友釣り』トラップですわー! 美雪(私服): ……アユって確か、敵を縄張りから追い出そうとして罠に引っかかるんだよね?逆だと思うんだけど……。 沙都子(私服): 結果が同じならどっちでもいいんですわよ。 斑鳩: う、嘘でしょう……?あんなトラップ、全然気づかなかった……。 斑鳩: このわたくしが、屋敷内に設置されたトラップの所在を見抜けないなんて……! 飛鳥: あのぉ、私のことも早く助けてください~。あ~ん、この縄全然外れない~~!! 沙都子(私服): あまり暴れない方がいいですわよ。暴れれば暴れるほど縄が食い込むようになっておりますから。 圭一(私服): そ、そこまでする必要があるのかっ? 梨花(私服): みー。沙都子はトラップに関して、一切の容赦がないのですよ。 斑鳩: ちょっと待ってて、今助けに……。 斑鳩: ……ひぇっ!?いぃぃいぃぃやぁぁぁあぁっっ!? レナ(私服): ああ、斑鳩さんがヌルヌルに流されていっちゃった~! 羽入(私服): あ、あんなところにヌルヌルのトラップを仕掛けるなんて……鬼なのです!沙都子は間違いなく、鬼なのですよ……!! 忍者屋敷に設けられたトラップに引っかかり続けて、悲鳴を上げる飛鳥さんたち。 そのあまりの惨状に、私たちでさえ目も当てられない気分になってきたが……。 やがて沙都子ちゃんは、ため息とともにすぐそばの壁に設置されたレバー(?)のような棒をがこん、と下げた。 沙都子(私服): ご安心なさいませ。もう全てのトラップを解除しましたので、これ以上は作動しませんわ。 沙都子(私服): ただ、少し難しすぎましたかもしれませんわね……もう少し難易度を下げた方がよろしいかしら? 雪泉: くっ……! 一穂(私服): あ、雪泉さん! すると、壁の向こうに消えたはずの雪泉さんが這いずりながらこちらへとやってくるのが見えた。 沙都子(私服): あら、もう出てきたんですの?なかなかやりますわね。 雪泉: わ、私としたことが、油断、しました……。 飛鳥: わ、私もだよ……! レナ(私服): はぅ……飛鳥さんも復活しているよ~。 美雪(私服): おぅ……沙都子のトラップから自力で抜け出すなんて、なかなかやるねー。 斑鳩: こ、このヌルヌルだけは、とれませんわ……。 梨花(私服): まだダメージ大の方もいるみたいなのですよ。 斑鳩: だ、大丈夫です。わたくしも油断しましたが、次こそ同じ轍は踏みません。 雪泉: えぇ。私たちはまだ、全力ではありませんし。 沙都子(私服): あら、私もまだ本気ではありませんわよ?本当に本気を出してよろしいんですのね? 飛鳥: も、もちろんだよ!私たちだって、ここからは本気だから! 沙都子(私服): をーっほっほっほっ、上等ですわ~。楽しくなりそうですわね。 菜央(私服): えっと……これ、大丈夫そう? 美雪(私服): どう見てもどう考えても、ドツボコースまっしぐらって感じがするんだけどねー。 魅音(私服): あの、あくまでこの仕掛けに対してアドバイスが欲しいのであって、別にクリアが必須なわけじゃ……。 飛鳥: じゃあ、行くよーー!! 沙都子(私服): 望むところですわ! 詩音(私服): ダメです。聞こえていないようですね。 圭一(私服): こりゃ、血で血を洗う戦いは避けられそうにないな。 一穂(私服): あ、あははは……。 Part 05: その夜。魅音ちゃんたちの勧めもあって、私たち3人は温泉旅館に泊まることになった。 斑鳩: はぁ……ひどい目に遭いましたね。 飛鳥: でも、ちょっと楽しかったよ? 雪泉: こんな時でも前向きですね。さすが飛鳥さんです。 飛鳥: そ、そうかな……? 斑鳩: とにかく今は、身体を休めましょう。今日は色々ありましたから。 雪泉: そうですね……明日に備えましょう。 飛鳥: あと、夜ご飯の料理……全部おいしかったね。 雪泉: ええ、とっても。 斑鳩: それに、みんなとってもよくしてくれて。 飛鳥: うん、みんないい子たちだった……。 出された料理はおいしくて、食事中も私たちの世話を焼いてくれたり、面白いことを言って笑わせてくれたり…… 飛鳥: すっごく楽しかったね。 雪泉: ええ。なのに……。 私たちだけになると、どうしても「事実」を思い出してしまう。 そう、この村に訪れたという悲劇の事実を……。 斑鳩: 過去に滅んだはずの村が、幻でもなんでもなく「生きて」いる……これは、どういうことなんでしょう? 雪泉: ……今になって思い返しますと、あの吊り橋を渡ったあたりで空間が歪むような感覚を抱きました。 雪泉: ひょっとしたら、あの場所に何か仕掛けがあったのではないでしょうか。 飛鳥: うん、かもしれないね。でも……。 飛鳥: あんなに優しくしてくれた人たちが、何十年も昔に起きた災害に巻き込まれて故郷を失って……そして……。 飛鳥: やっぱり、あり得ないよ。どういうことなんだろう、これ……? 今日会った人たちは、みんな生き生きしてた。幽霊なんてものじゃ、絶対にない。 飛鳥: (だけど、……) どうしてもそのことを考えてしまい、疲れて眠いはずなのにちっとも眠る気になれない。 ……と、その時。 雪泉: ――っ……!? 飛鳥: 雪泉ちゃん、どうし……あっ!? 私も気づいた。この気配は……。 斑鳩: ──これ、は……っ!? 斑鳩さんが布団から跳ね起きる。そして、3人の視線がひとつの場所──窓の外へと向けられた。 その向こうに「それ」の気配があった。 雪泉: 飛鳥さん……! 飛鳥: うん、行こう! 一方、その頃……。 一穂(私服): 何もない……かな? 時間が時間だけに、辺りに人の気配はない。ここにいるのは私と、一緒に来てくれた美雪ちゃんと菜央ちゃんだけだ。 私たちは、魅音さんたちと一緒に旅館の施設に泊めさせてもらっていたのだけど……。 私が変な夢を見て、夜中に起きてしまったのだ。 菜央(私服): ふぁ~あ……せっかく、旅館のふかふかの布団でぐっすり眠ってたのに。 一穂(私服): ごめんね、私が変な夢を見て起こしちゃったから……。 菜央(私服): 一穂のせいじゃないわよ。今の愚痴は、タイミングの悪い神様に対してぶつけたものだから。 菜央(私服): それに、あんたの夢って悪い知らせの時は当たることが多いし……。 菜央(私服): もし外れたとしても、朝になって笑い話にすればいいじゃない。 美雪(私服): そうそう。ただしその場合は、問答無用で朝はパン食になるけどねー。 一穂(私服): あ、あははは……。 でも、そうなる方がいい。あんな夢が現実になるよりは……。 一穂(私服): とにかく、何もないことを確かめて早く戻ろう。 菜央(私服): ええ、そうしましょう。 何もないことを祈りながら、暗い旅館の庭を見て回る。 でもそうやって見て回るほど、さっき見たばかりの夢をリアルに思い出してしまって……。 美雪(私服): 『ツクヤミ』が、あちこちに火をつけまくる夢に出てきたのは、この場所であってるの? 一穂(私服): うん、ここだった。 そう、夢で見た光景は「ここ」で間違いない。この場所に『ツクヤミ』たちがたくさん現われて、庭中に火をつけて回っていたのだ。 美雪(私服): 今のところは、何もないみたいだけど……。 菜央(私服): ……ちょっ、待って! 見てあれ! 一穂(私服): え……あぁっ?! 菜央ちゃんが指差した先に見えたのは、闇の中に蠢く怪物のような巨大な影の群れだった。 一穂(私服): あ、あれ……ゆ、夢で見たのと同じ連中だよ! 菜央(私服): やっぱり、一穂の夢は正夢だったってわけね。 一穂(私服): 残念ながら、そうみたい……。 美雪(私服): だったら、放置するわけにはいかないよ!……ただ、ちょっと数が多すぎるかもだけど。 一穂(私服): う、うん……しかも、それぞれの図体がかなり大きいし……。 巨体が群れているさまは、かなり威圧感がある。さすがの2人も、緊張をみなぎらせた表情だ。 菜央(私服): あたし、レナちゃんたちを起こしてくるわ!それまで、2人でこの場を持ちこたえて――、あっ? 菜央ちゃんが駆け出そうとした時、夜の庭を薙ぐように突然一陣の風が吹き抜けた。そして……! 一穂(私服): ……え?  : その風が吹き去ったあと、つむじ風のように飛び出して来たのは飛鳥さんだった。 美雪(私服): 飛鳥さんっどうして……っていうか、いつの間に?! 飛鳥: みんな、下がってて! 美雪ちゃんの疑問には答えず、飛鳥さんはキッと怖いような目で『ツクヤミ』の群れを睨みつけた。 それは、昼間沙都子ちゃんのトラップにかかって泣きそうになっていたのとはまったく別人の……精悍な顔だった。 一穂(私服): 飛鳥さん……! 飛鳥: こっちに来ちゃダメだよ!はぁぁぁあぁっっ!! 気合のこもった叫び声を上げながら、飛鳥さんが『ツクヤミ』に向かって俊敏な動きで迫る。そして――! 放ったその一撃は、『影』のような怪物を一瞬で吹き飛ばした。 影: ──ッ……!! 一穂(私服): わ、すご……っ! 美雪(私服): ……っ!! 一穂、危ないっ! 飛鳥さんに見とれていると、美雪ちゃんが私の腕を引いた。 今まで私のいた場所を、『ツクヤミ』の腕が勢いよく通り過ぎていく。 美雪(私服): ……ふぅ、危なかった。気を抜くと危ないよ。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……。 雪泉: ……失礼します。 一穂(私服): あ……! 斑鳩: 続けていきますよ! 菜央(私服): 斑鳩さんに……雪泉さん! 2度風が吹いたようにしか思えなかった。でも、いつのまにか『ツクヤミ』の前には雪泉さんと斑鳩さんが立っていた……! 雪泉: 秘伝忍法……『樹氷扇』!! 斑鳩: 『飛燕鳳閃・壱式』! 雪泉さんと斑鳩さんの攻撃が怪物に直撃。その辺りにいた『ツクヤミ』が何体か跡形もなく霧散した。 菜央(私服): すごい……! 一穂(私服): これが、本物の忍者の実力……? 美雪(私服): うん、こりゃ桁違いだわ。 あまりの格の違いに私たちは手も足も出すことができず、飛鳥さんたちの戦いをただ遠巻きに見守る。 飛鳥: 雪泉ちゃん、斑鳩さん!この『影』の群れは、私たちが追っていた……!? 雪泉: えぇ、間違いないです。町を跋扈し、人々を混乱に陥れていた謎の『影』のバケモノっ……! 一穂(私服): ……っ……! 美雪(私服): 『影』の……怪物?『ツクヤミ』じゃなくて? 菜央(私服): なんなの、それ? 魅音(私服): おーーい! レナ(私服): は、はぅぅっ……?なんかいっぱいいるよ~~?! 一穂(私服): 魅音さん……レナさんも! さすがに騒ぎを聞きつけたみたいで、みんなが駆けつけてくれた。 圭一(私服): おいおい、なんだこりゃ……って、あんたたちは……? 沙都子(私服): そ、それって……本物の刀ですの? みんな、飛鳥さんたちの格好を見て驚いている。それも当然で、本職と言ってもショーに出演する役者か何かのつもりでいたからだ。 梨花(私服): あなたたちは、いったい……?! 斑鳩: ……話はあとです。今はあいつらを何とかするのが先ですよ。 雪泉: 私たちが助太刀いたします。 影: ──ッ……!! 飛鳥: ほら、来たよっ!! 一斉に、『ツクヤミ』がこちらに襲いかかって来る。 それを見て飛鳥さんたちが、牽制するように敵の群れに向かって剣を構えた。 菜央(私服): みんな、気をつけて! 美雪(私服): じゃあ、行くよ! 飛鳥さんたちが先頭を駆ける。私たちもそのあとに続き、『ツクヤミ』に向かっていった……。 Epilogue: 飛鳥: ……ふぅ、これで全部?終わりかな? 斑鳩: ええ、なんとか全て倒せたみたいですね。 雪泉: まずは一安心です。ただ、もう朝になってしまいましたが……。 全ての『ツクヤミ』を退治し終えた頃にはもう辺りは明るく、夜明けになっていた。 飛鳥: あぁ、お腹減ったー。 一穂(私服): もう、大丈夫みたいだね。よかったぁ……。 美雪(私服): うん、飛鳥さんたちのおかげですね。 飛鳥: いえ、お役に立ててよかったです。 もうヘトヘトの私たちとは対照的に、飛鳥さんたち3人は息ひとつ乱していない。 魅音(私服): いやいや、すごいですねー。まだ全然元気そうじゃないですか。 雪泉: ふふっ……このくらいでへこたれるような修行はしてませんよ。 斑鳩: えぇ。これでもわたくしたちは「忍」の端くれですからね。 圭一(私服): おー、さすが!本物の忍者ってすげーんだな。 詩音(私服): ていうか、皆さんって本物の忍者だったんですね。まさか、こんな実戦にまで通じているとは……。 沙都子(私服): 本当にビックリでしたわ。 魅音(私服): ほんとほんと! やっぱ忍者はすごいねぇ。動きなんて目にも止まらないを通り越して、目にも映らないって感じだったよ。 詩音(私服): 目ざといお姉でさえ、こんな感じですから……ほんと、たいしたものですよ。 沙都子(私服): ですわねぇ。私のトラップに引っかかりまくっていた時は、正直どうかと思ったりもしましたけど……。 沙都子(私服): でも、さすがでしたわ。改めて感服を覚えましてよ。 梨花(私服): すごく強かったのです。ぱちぱちなのですよ。 みんなが、飛鳥さんたちに驚きと讃辞を送っている。『ツクヤミ』と戦う飛鳥さんたちの強さは、それほどまでにすさまじいものだった。 飛鳥: あ、あははは……そんなにほめられると照れちゃうよね。 一穂(私服): 本当にすごかったですよ。私たち、足手まといじゃなかったですか? 飛鳥: ううん、そんなことは全然ないよ。みんなもすごく強かったもん。 雪泉: そうですね、皆さんはずいぶんと戦い慣れているようでしたが……あなた方も忍の修行をしてるのですか? 美雪(私服): いやいや……私たちはほら、普段から「部活」をやってるからさ。 魅音(私服): だね! 部活で鍛えているからね~。 雪泉: 部活、ですか?皆さんはいったい何部なのでしょうか? 一穂(私服): いえ、そういう部活じゃなくて……。 羽入(私服): 部活は部活なのですよー。 飛鳥: はぁ……? 圭一(私服): なんて説明したらいいんだろうな?まぁ、一緒にやってもらうのが一番わかりやすそうだけど……。 詩音(私服): 圭ちゃん、それは私たちにとって自殺行為ですよ。この3人には絶対敵うわけないですし。 菜央(私服): 負ける気もしないけどね、ふふっ。 梨花(私服): みー、では対戦してみますか、菜央? 菜央(私服): う……それはちょっと……。 強がっていた菜央ちゃんが言葉に詰まって、みんながおかしそうに笑った。 斑鳩: …………。 そんな中、斑鳩さんだけがどこか浮かない顔をしている。 一穂(私服): どうしたんですか、斑鳩さん。何か気になることでも……? 沙都子(私服): さっきの『ツクヤミ』がまだ気になるんですの? 斑鳩: ええ、ちょっと……強敵ではあったのですが、肝心なところで手を抜かれていたような気がして、腑に落ちなくて……。 一穂(私服): 手を抜かれてた……? あれで? 魅音(私服): 十分強敵だったと思うけどねぇ。 圭一(私服): それって、飛鳥さんたちが強すぎるってことなんじゃないですか? 斑鳩: そう、でしょうか……? 飛鳥: そうだよ斑鳩さん、気のせいですよ。 雪泉: ええ、私もそう思います。 斑鳩: ……そうですね。気にしすぎかもしれないです。 飛鳥: それより……お腹、空きません? 飛鳥: あ……。 梨花(私服): お腹の虫さんがぐーぐーなのですよ。 飛鳥: あはは、お恥ずかしい……。 魅音(私服): じゃあ、助けてもらったお礼に私たちが朝食を作りますよ。 レナ(私服): そうだね、レナたちが腕によりをかけておいしいごはんを作っちゃいますね。はぅはぅ☆ 飛鳥: 本当? うわー、楽しみ!斑鳩さんと雪泉ちゃんも一緒に食べますよね? 雪泉: ええ、せっかくですからご馳走になります。 斑鳩: ……そうですね。とりあえず今は、みんな無事でいたことを喜び合いましょう。 一穂(私服): そうと決まれば、急いで準備しなくちゃ! 詩音(私服): 皆さんは食べ物はなにが好きなんですか? レナ(私服): うんうん、なにを食べたらそんなに大きくなるのかな、かな? 沙都子(私服): それは私も気になりますわね。 飛鳥: お、大きくって……ど、どこ見てるんですか~~? 圭一(私服): 確かに、それは俺も気になるぜ! 魅音(私服): コラーーーッ! 圭ちゃんは立ち入り禁止だよ! 圭一(私服): なんだよそれ!それじゃヘビの生殺しだぜぇ~~! 斑鳩: ……。ただの気のせい、だといいのですが……。 楽しそうに戻って行く彼女たちの様子を、遠くから見つめている存在がいた。 ????: ふむ……。 小さく呟くその声は、わずかにほくそ笑んでいるようだ。 ????: ……なるほど、そなたも気づいたか。ならば、決戦の日は近いな……。