Part 01: ……数え切れないほどに繰り返された、悪夢のような日々。それは心強い仲間たちが力を貸してくれたことによって、ようやく……ようやっと、終わりを告げた。 梨花(私服): (本当に……私は、明日を手に入れることができたのね……) 安堵、そして歓喜をかみしめながら、私は過ぎ去りし数多の「世界」の記憶に思いを馳せる。 これまでの中には、数多くの「死」があった。そして自分だけでなく、仲間たちが狂気にとらわれ……殺し、殺されていくのを目の当たりにしてきた。 ……失うくらいなら、持たなければいい。裏切られて傷つくのなら、いっそ最初から期待しないほうがよっぽどましだ。 そんな諦観から、自分の感情が透明になり……空虚に支配されていくのを止められなかった。全てが煩わしく、厭わしく思えるほどに。 梨花(私服): (あのままでいたら、もっと早い段階で心が砕けて……何もかもがつまらなく感じて、私の意識自体が消えていたでしょうね) そうなった場合での最悪の展開と結末は想像しただけでも恐ろしくておぞましくて、思わず身震いを覚えてしまう。 だけど、そんな私をかろうじて現身の状態に繋ぎ止めてくれていたのは……生まれた時からずっとそばにいてくれた羽入だった。 羽入(私服): 一時期の梨花は全ての「世界」に落胆して、興味を失って……まるで自ら進んで人形になろうとしていたところがあったのです。 羽入(私服): このままでは遠からず、カケラのひとつに飲み込まれて跡形もなく消えてしまう……それが怖くて、本当に心配したのですよ。 梨花(私服): くす……よく言うわね、羽入。あんただって最後のあたりだとすっかり心が折れて、否定的なことばかり返すようになっていたじゃない。 羽入(私服): あ、あぅあぅ……あの時は、梨花のやる気を挫くようなことを言って、ごめんなさいなのです。ですが、あれは……。 梨花(私服): ……えぇ、わかっているわ。あんたも袋小路としか思えない運命が続いて、いい加減疲れちゃっていたのよね。 ……その悔しさと悲しさの深さがどれだけだったのか、終わった今だからこそよくわかる。 そう……あの時。陰謀を企む鷹野の手に落ちて、あと少しのところで仲間たちを全員殺されてしまって……。 「#p祟#sたた#rり」の見せしめとして古手神社へと運ばれていく中……2人だけの世界で行われた彼女とのやり取りのことを思い出す。 梨花(私服): 『………羽入。私は挫けない。この記憶がたとえ引き継げなくてもいい。がむしゃらに生きていく』 梨花(私服): 『6月の狭い日々にしか生きられなくなり、最後には#p綿流#sわたなが#rしの日にしか生きていられない存在になってもいい』 梨花(私服): 『それが私の生なら、精一杯生きてきっと自分の人生を切り開く』 羽入(私服): 『…………僕も忘れません……。きっと覚えてて、もし梨花が忘れていたらきっと僕が教えますから……!!』 梨花(私服): 『……羽入。……あなたはやっぱり、冷たい傍観者のふりをしていたのは、悲しさに怯えていたからなんだよね』 羽入(私服): 『…………僕も、みんなと楽しく過ごす未来に行きたかったです……。……ううぅぅうぅぅ…ッ!!』 羽入がぼろぼろと涙を零す……。本当に馬鹿だった。 ……あんたはその悲しみから逃れるために今日まで傍観者を貫き、期待も夢も持たないと言ってきたんじゃない。 ……それを、この死の間際に翻したって傷つくだけじゃないか……。 …………。 だけど、あの言葉があったから……私は、耐えられた。そして次こそは、と心を強く持つことができたのだ。 梨花(私服): ……もっとも、その時の想いと記憶を一時的にとはいえ失ってしまったりもしたわけだから、最後まで順調には進ませてもらえなかったわね。 梨花(私服): 神様ってのは本当に性悪で、嫌らしいものなんだって改めて思い知らされた気分よ。……くすくす。 羽入(私服): あ、あぅあぅあぅ……。 それを聞いた羽入はしゅんとなり、泣き出しそうな表情でうなだれてしまう。 別に今のは、彼女を当てこすったのではなかったのだけど……まぁ、いいか。 羽入(私服): ……梨花。僕は今でも、あの時の決断が正しかったのか答えが出せずにいるのですよ。 梨花(私服): ? あの時の決断……って、何のこと? 羽入(私服): もちろん、全ての始まり……突然あなたの身に訪れた悲劇に直面させられて、神の領分を超えてしまったことです。 梨花(私服): ……。私を「繰り返す者」に仕立て上げたことね。 梨花(私服): 確かに、あのおかげで数え切れないほど苦しんで、悩んで……あなたを恨んだこともあったわ。 梨花(私服): でも、あれがなかったら……私は人生を終えて、今日を迎えることができなかった。 梨花(私服): だから、本当に虫がいい話かもしれないけど……私はあなたに感謝しているのよ。 羽入(私服): そう言ってくれると、少しは救われるのです。ですが……。 そう言って羽入は言葉を切り、視線を下に向けると何かを考えるように押し黙ってしまう。 まだ、あの時のことを気にしているのだろうか。そう思った私は苦笑交じりに首をすくめながら、もう一度慰めようと口を開きかけて――。 羽入(私服): ……お別れです、梨花。 再び顔を上げると彼女は私を見つめ、口を開いて静かな声でそう告げた――。 Part 02: 梨花(私服): お別れって……どういうことよ、羽入っ? 絶交にも等しいその言葉を切り出された意味がすぐには理解できなくて、とても飲み込めなくて……私は思わず身を乗り出し、強めに叫んでしまう。 冗談、と思いかけた。だけど、そう断じるには羽入の表情が落ち着きすぎて、達観したように穏やかで……。 おかげで私はみっともないほど心と思考を乱され、感情が完全に迷子状態になっていた。 梨花(私服): 突然、何を言い出すのよ……!みんなと過ごすこれからの時間を、やっとの思いで手に入れることができたってのに! 梨花(私服): それに、何度だって言うけど……これまで数え切れないほど「世界」を渡り歩いてきたのは私自身の意思で、絶対にあんたのせいなんかじゃない! 梨花(私服): まして、私の運命は元々袋小路に閉ざされていた!存在していなかった未来への道が、あんたのおかげで切り開くことができた……それは紛れもない事実よ! 梨花(私服): だからっ、あんただけが責任を感じる必要なんて……! 羽入(私服): いいえ。僕が責任を取るという是非をさて置いても……梨花は本来の摂理に戻るべきだと思うのです。 羽入(私服): 過去を繰り返し、思い通りにやり直すことができない……人として、当然の存在にです。 そういって私を見つめる羽入の表情は、慈愛に満ちていると感じるほどに優しくて……。 だからこそ、決心を固めているということがいやが上にも伝わってきて……私としては息をのみ、言葉を失うしかなかった。 梨花(私服): ……ここからはもう、神の力に頼るな。あんたはそう、言いたいのかしら……? 羽入(私服): 突き放すような言い方に聞こえてしまったら、ごめんなさいなのです。……ですが、梨花。今の状況は決して、あなたのためにはならない。 羽入(私服): この先に何らかの困難があった時、失敗したとしてもやり直せばいい……そんな考え方はこれを機会に全て消し去るべきなのですよ。 梨花(私服): …………。 羽入(私服): もちろん、いきなりあなたの前から姿を消す……といった乱暴なことではないのです。 羽入(私服): ただ、おそらく……あなたを始めとして#p雛見沢#sひなみざわ#rの仲間たちは僕のことを少しずつ、でも確実に認識できなくなる。 羽入(私服): それに気づいたこともあって、今ここでお別れを伝えるべきだと思ったのですよ。 梨花(私服): ……意味がわからないわ。それって、いったいどういうことなの? 羽入(私服): 梨花は、聞いたことがあるはずです。子どもの時は妖怪や霊魂をあちこちで目にしてきたのに、大人になるといつの間にかいなくなった……。 羽入(私服): あれは消えたのではなく、見えなくなったのです。子どもだからこそ持つ純粋無垢な心が成熟し、現実だけを見据えるように身体が変化したことで……。 梨花(私服): ……この私をつかまえて、よくもまぁ純粋無垢だなんて言葉が出てきたものね。 梨花(私服): あんたと過ごしてきた幾千幾万の繰り返しのおかげで、私の中身はすっかり成熟し切っちゃったわよ。 羽入(私服): 記憶だけでいえば、確かにそうかもしれません。ですが、実際のところ梨花は……ただの人間。 羽入(私服): 数々の体験を積み重ねてきたことでまるで自分が神や魔女と同じような立場になった、と錯覚しているだけでしかないのです。 羽入(私服): ですから、今後その揺り戻しとしてあなたたちの記憶に影響が及ぶ可能性が高いと僕は考えているのですよ。 梨花(私服): ……っ……。 羽入(私服): それでも……梨花。たとえその日が訪れたとしても、どうか恐れないで。むしろ喜んで、誇ってください。 羽入(私服): 本来あるべきではなかった異質な存在から、あなたは元の古手梨花に戻り……。 羽入(私服): 私と出会うことなく、それゆえに悲劇の連鎖を味わうことなど決してなかった……貴方自身の人生を取り返した結果なのですから。 梨花(私服): だから、そもそもそれ自体が、間違って……?! なおも反論しようとした私に、羽入はゆっくり首を振ってみせてその先の言葉を……遮る。 ……あぁ、思い出した。初めて会った時の彼女は、確かにこんな感じだった。 どこか頼りない泣き虫の女の子というより、まるで母のようにあたたかく、優しい雰囲気で私のことを包み込むように、受け入れて……。 そうやって、見守るだけの存在に戻る。……つまりはそういうことなのだろう。 梨花(私服): ……。私が今さら何を言おうと、それはもう決定事項ってわけなのね。 羽入(私服): はい。……そういうことになります。 梨花(私服): ……わかったわ。 私はなんとか、そう返し……大きくため息をつく。そして気持ちを静めてから、言葉を繋いでいった。 梨花(私服): あんたの言った通り……私は心のどこかで、何か自分にとって不都合なことが起きたとしても死んで、もう一度やり直せばいい……。 梨花(私服): ひょっとしたらそんな甘ったれた考え方を、持ちかけていたのかもしれない。 梨花(私服): だから……本来の形に戻るべきなんでしょうね。ようやく手に入れた幸せな未来を大切にして、一生懸命に守っていくためにも……。 だけど、と私は言葉を切って羽入を見据える。……卑怯かもしれないけど私はまだ、彼女との関わりを完全に断つだけの覚悟が持てなかったからだ。 梨花(私服): もしも、この先の未来で……私自身の努力だけではどうしようもない超常的な干渉が訪れた時は……。 梨花(私服): 全ての運命が変わるまでじゃなくても、少しだけ……ほんの少しだけでいいからあなたの力を貸してほしいの。 羽入(私服): 梨花……。 梨花(私服): ……ずるいって、わかっているわ。普通の人間だったら、誰もできないことなんだもの。 梨花(私服): でも、……いきなり本来の姿に戻れと言われても私は、まだ……っ……。 羽入(私服): ……わかりました。僕があなたにそうしたように、神にも等しい存在……あるいはそれを超える何者かが企みによって、干渉をもたらした時は……。 羽入(私服): たとえどこにいたとしても、必ず僕はあなたの前に姿を現して……手を貸すのです。約束するのですよ、あぅあぅ。 梨花(私服): ……。ありがとう、羽入。 妥協として得られた言質を受け止めながら、私は複雑な思いでため息をつく。 実のところ、私が彼女から得たかったものはそういうことではなかったのだけど……。 とりあえず、ある程度の安堵を覚えることにした。それが最善なのだと、自らに言い聞かせながら……。 Part 03: 梨花(私服): なんて、あんたは言っていたけど……まだ私を助けに来てくれないじゃない。 そう憎まれ口をぶつけながら、私はカケラをそっと両手で取り上げて見つめる。 キラキラと輝く、宝石のような物体。ただの石などと違うのは、手にしているだけで安らぎのようなものを感じるところだ。 ……これは、『オヤシロさま』の像の中にあったもの。羽入によると、「死が新たな世界の始まりでしかない繰り返す者を殺すことができる剣」とのことだが……。 どう見ても、手の中に収まる程度の金属片でしかない。……力を持った神剣だとは、とても思えなかった。 梨花(私服): 結局……また、あんた頼りの状況になったわ。いったい何がどうして、こうなったのかしらね……。 答えなんて、返ってくるわけがない……そうとわかっていながらも問わずにはいられなくて、私は乾いた笑みとともに呟く。 ……その日は前触れもなく、突然やってきた。 いつものように朝を迎え、境内を掃除しながらお弁当の献立を何にするか、そろそろ課題のドリルが終わるので次はどんな問題集に取り組もうか……。 なんてことを考えてふと、鳥居の向こうに振り返った私の視線の先には――。 梨花(巫女服): ……え……? 私が起きた時はまだ、寝息を立ててぐっすりと眠っていたはずの羽入が……鳥居を背後にして、佇んでいた。 梨花(巫女服): くす……おはよう。今朝はずいぶん早起きなのね。 梨花(巫女服): もう少しで掃除が終わるから、沙都子を起こして朝食にしましょう。ご飯は炊けているし、卵を焼いて……。 羽入(巫女): 『――――』 梨花(巫女服): ……羽入?今、なんて言ったの? 羽入(巫女): 『――――』 羽入(巫女): 『――お別れです、梨花』 梨花(巫女服): えっ? な、なに? どうしたの?お別れって、どういう意味……、っ? その時になって私は、羽入の衣装に気づく。 普段の彼女の姿は私服か制服、寝間着……なのに、今は……近頃あまり目にしなくなった私にしか知覚できない時の、あの……?! 梨花(巫女服): ま……待って!こんな突然にさよならだなんて、あんまりじゃない! 梨花(巫女服): ふざけないで! せめて最後くらい、ちゃんと話をしてから姿を消しなさいよ! 梨花(巫女服): こんな……こんな別れ方で、さよならなんて言えるわけないでしょっ?!羽入……羽入ううぅぅぅううっっ!! …………。 梨花(巫女服): ……。え……? 梨花(巫女服): 私は、今……何を……。 境内に佇みながら、私は……自分がどうして泣いているのか、理由がわからなかった。 そんな、※※との別れを経た後……私は沙都子とともに、聖ルチーア学園へと入学した。 慣れない環境での生活は、今までとは明らかに違っていたので……戸惑いも多く、当初は不安だらけの日々が続いた。 それでも、必死に授業の進みについていきながら1人、また1人とクラスの中で気の合いそうな子に声をかけて、関係を築き上げていくうちに……。 私の周りには、#p雛見沢#sひなみざわ#rにいた時と同じように友達と呼べる子たちが集まってきてくれた。 そして数ヶ月後には、放課後にお茶をしながら楽しく談笑ができるほどになっていた。 梨花(高校生冬服): (「雛見沢での私」を知らない人たちと、本当にうまくやっていけるのかは不安だったけど……この感じなら、なんとかなりそうね) そんな安堵と、少しの自信とともに私は平穏で何事もない日々を送っていた。 何事においても問題はなく、全てが順調に進行中……本気で、そう思っていた。 梨花(私服): なのに……これは、どういうことなの……? 気がつくとなぜか、私は雛見沢分校にいた頃の自分に戻り…… またしても「世界」は、惨劇を迎える直前にまで時間が遡っていた。 梨花(私服): いったい……何があったというの?ひょっとして私は、聖ルチーア学園のどこかで誰かに殺されて、その結果……。 梨花(私服): 羽入と一緒にいた頃と同じように……また時間を遡ることになったの……? あくまで推論なので、確証を得られたわけではない。……ただ、この状況を鑑みる限りそう考えたほうがより現実的であり、そして正解に近いと思われる。 だとしたら……次は、原因についてだ。どうして私は、こんなふうに時間を遡ることになってしまったというのだ……? 梨花(私服): (人間に戻って、本来の道を進む……つまり私はもう、時間を超えられるような能力を持ち合わせていないってことよね?) 梨花(私服): (それなのに、「奇跡」は再び起こってしまった……私が望む、望まないの意思をまるで嘲笑うかのように) 梨花(私服): (やっぱり……今の状況は、羽入が作り出したの?それとも彼女と同じような力を持つ、私が把握できない存在の干渉を受けて……?) 考え出せば、ますます泥沼へと落ち込みそうな思考の迷路が脳裏に浮かんでくるようで……いったん、頭の中にある疑問と怪訝をさて置くことにする。 いずれにせよ、私は動かなければいけない。来るべき惨劇を回避して、平和と幸せに満ちた未来をこの手につかみ取るためにも……。 梨花(私服): ……っ……。 だけど……その一方で、考えてしまう。本当に私の未来は幸せに繋がっているのだろうか、と。 実のところ、何度繰り返したところで結局行き着くところは同じという可能性もあるのだ。 梨花(私服): (だとしたら、私が今やろうしていることに意味はあるのかしら……?) 空しさと無力感に心と思考が支配されて、視線が力なく下がり……再び、うつむいてしまう。 梨花(私服): (いっそ、この場で命を絶ってしまう……?) この金属片が本当に神剣だったとしたら、今の繰り返しを終わらせてくれるかもしれない。そう考えた私は、首筋にそれを当てて――。 圭一: 梨花ちゃーん! 沙都子: 梨花ぁっ!いるなら、顔を出してくださいましっ! レナ: 梨花ちゃん! お願いだから、出てきて! 魅音: 今日の勝負は負けたけど、明日はそうはいかないからねっ! ……祭具殿の外から、私を探す圭一たちの声が響いてくる。 それを耳にした私は思わず笑みを覚えて、……金属片を力なく、だらんと下ろした。 梨花(私服): ……これで、いつでも死ねる。それだけでも、まだ……救いってわけね。 …………。 梨花(私服): ありがとう、羽入。……おかげで、あともうちょっとだけ頑張ってみようって思えるようになったわ。 梨花(私服): あと5回。5回だけ頑張って、それで駄目なら……。 梨花(私服): もう、諦めよう。終わらせるための道具は、ここにあるんだから……。