Part 01: 世界: ……ねぇ、公由さん。私たちっていつになったら、元の世界に帰ることができるの?もうかれこれ、2日目になってるんだけど。 一穂(私服): え、えっと……#p田村媛#sたむらひめ#rさまの話だと、あと3日もすれば「門」の準備が整うそうです。だから、それまでは待っててもらえると……。 世界: 3日って……そんなにかかるってこと?ただでさえ丸1日が過ぎちゃってるのに、もっと早くならないのっ? 一穂(私服): ご、ごめんなさい……!けど、私にいわれたところでどうしようも……、えっ? 美雪(私服): はい一穂、タッチ交代。私が西園寺さんの相手をするから、任せて。 一穂(私服): う、うんっ……。 美雪(私服): んー……とりあえず、ご心配してる件については先日電話で田村媛っていうこの「世界」の神様から状況を聞き出しました。 美雪(私服): 結論から言うと、たとえどんなに帰りが遅くなったとしても……大丈夫だそうです。 美雪(私服): どうやら、この「世界」で過ごした時間は西園寺さんたちが本来いた「世界」とはそもそもの流れが違ってる……とのことで。 美雪(私服): 時間軸が連動してないから、何日過ごしてもほとんど時間が進んでない状況で戻ることができるそうですよ。 刹那: そうなの?じゃあ、私たちが戻った時には、誠と……? 美雪(私服): ちょうど、駅のお手洗いの個室を出たあたりで再会できるんじゃないですかねー。……あんまり綺麗な話じゃありませんが。 世界: でも……確実にそうだって、保証はある?万一戻れなかった時は、誰が責任を取ってくれるの? 刹那: ちょっと世界っ、そんな言い方は……! 美雪(私服): 責任、って言われても、私もあのポンコツ神から聞いた話をそのまま伝えてるだけですし……。 美雪(私服): じゃあ、なんです?もし100%間違いなしじゃなかったとしたら、クレームか訴訟でもするってわけですか? 世界: そ、そうじゃないけど……こんな体験をするのは初めてで不安なんだから、しょうがないじゃない……! 美雪(私服): んー……仰ること至極もっともだとは思いますが、さすがに言葉を選んでもらいたいですね。 美雪(私服): 別に私たちは、あなたたちのツアコンじゃないんで。そんなふうに八つ当たりをされても困りますよ。 世界: っ……ごめんなさい。気が立って、つい言葉がきつくなっちゃった。 世界: そうよね……あなたたちはほぼ無関係なのに、こうして知恵と力を貸してくれてるんだもの。ありがとう、本当に……。 美雪(私服): いや、こちらこそ……西園寺さんが落ち着かないのも、無理はないと思います。 美雪(私服): 私たちも、最初この世界に飛ばされてきた時はとにかく面食らって、不安だらけでしたからねー。お気持ちは、すごくわかりますよ。 世界: えっ? それって……もしかしてあなたたちも、こことは違う「世界」から来てるってことなの? 菜央(私服): あ……そういえば清浦さんには話しましたけど、お二人にはまだ言ってませんでしたね。実はあたしたちも、皆さんと同じなんです。 菜央(私服): この「世界」の時間軸だと昭和58年ですが……あたしたちは10年後の、平成5年から来ました。そうよね、一穂? 一穂(私服): う、うん……。証拠になるかはわかりませんが、「これ」を見てください。 刹那: これ、ポケベル……? 確かにこのタイプは、子どもの頃に見たような気がするよ。今ではほとんど、使ってる人がいないと思うけど。 美雪(私服): ということは、清浦さんが持ってた携帯電話があなたたちの「世界」だと通常の連絡ツールになってるってわけですね。……未来だなぁ。 世界: そんなことより、あなたたちは大丈夫なの?元の「世界」に戻れないままだと、不安なんじゃ……。 美雪(私服): お気遣い、どうもです。でも、私たちは戻れないんじゃなくて……まだ戻らないだけなんです。 菜央(私服): えぇ。この「世界」で知りたいこと、探したいものがあるから……帰るのを遅らせてるんです。 世界: …………。 世界: ……ごめんなさい、もう一度謝らせて。てっきり、おかしな状況になった私たちの気持ちなんてわかりもしないくせに……って、勝手に苛ついてた。 世界: でも……あなたたちも、私たちと同じだったんだね。だとしたら、ずいぶん酷いことを言っちゃってたと思う。本当に……ごめんなさい。 刹那: 世界……。 一穂(私服): あ、あの……そんなに謝らないでください。西園寺さんたちがそんなふうに不安に思われるのも、よく理解できますから。 一穂(私服): 私たちは、先にこの状況を経験してるので多少なら力になれることもあると思います。困ったことがあったら、何でも言ってくださいね。 世界: ありがとう。あなたたちは、強いんだね。私は、自分のことだけで手一杯だから……。 美雪(私服): とりあえず「門」の準備が整うまで、ゆっくりお過ごしになってはどうですか? 美雪(私服): 今日は分校も休みですし……観光とかだったら喜んで付き合いますよ。 世界: ……ありがとう。ちょっと休んでから、考えさせてもらうわ。 刹那: あ、世界っ……?ごめんねみんな、色々とわがままを言って。それじゃ。 菜央(私服): 清浦さんも大変みたいね……。大丈夫だった、一穂? 一穂(私服): う、うん。ちょっとびっくりしたけど、気持ちはわかるし……それに……。 一穂(私服): (悪い人じゃない……と思う。でも……) 一穂(私服): (どうしてあの人を見てると、心がもやもやして落ち着かないんだろう……?) 美雪(私服): ……んー?一穂、ポケベルがまた鳴ってるみたいだよ。 一穂(私服): あ、ほんとだ。今回は田村媛さま、結構連絡が多いね……ちょっとかけてみるよ。 菜央(私服): ……あら? その携帯電話、どうしたの?清浦さんが持ってたものとは違うみたいだけど。 一穂(私服): 桂さんにちょっとだけ借りてるんだよ。#p雛見沢#sひなみざわ#rにいる間は通話できないからどうぞ使ってください、って。 一穂(私服): もしもし、田村媛さま? ご用件は……。 …………。 一穂(私服): えっ……? Part 02: 世界: ……っ……。 園崎さんたちには「少し散歩してくる」と適当に言い訳をして、夕暮れ前の村の道を進み……。 私がやってきたのは、#p雛見沢#sひなみざわ#rの分校だった。 世界: (以前ここに来た時、玄関の扉の鍵はかかっていなかったはず……) 都会ではありえない不用心さだとも感じたが、この際は好都合だ。手をかけ、そろそろと力を込める。 世界: ……。よし……。 誰もいないとは思いつつも、なるべく音を立てないよう息をひそめて扉を開ける。 中はしんと静まり返り、やはり人がいるような気配はない。 世界: ……っ……。 一歩、一歩後足を進めるたび、ぎしぎしと古い建物らしく床がきしんで音を響かせる。 正直言って、あのバケモノが出た場所なのでおぞましさから身がすくみそうだったが……。 それでも私には、ここにもう一度訪れる確かな理由があった。 世界: …………。 扉を開け、忍び足で教室の中に入る。 自分がまずいことをやっているという自覚は十分すぎるほどあったが、それでも私は「あれ」を回収しなければいけなかった……。 世界: ……。あった……。 床に転がっていた「それ」を見つけて、私は大きく安堵の息をつく。 そして、ふっと緊張を緩ませながらしゃがみ込み、「それ」を手に取った――。 一穂(私服): ……何か、探しものですか? 世界: ひっ……!? 日暮れ時で薄暗くなった中、突然呼びかけられた私は声のない悲鳴を上げてしまう。 ……全然、気づかなかった。黒板の前にある教卓のそばには、人影がひとつ……ぽつんとたたずんでいる姿が確かにあった。 世界: あ、あなたは……? 一穂(私服): 公由一穂です。……さすがに、名前まではまだ覚えてもらえてなかったみたいですね。 世界: そ、そうじゃなくて……。 弾けそうなほど高鳴り続ける鼓動を必死に抑えつつ、穏やかな表情でこちらを見てくる彼女に向き直る。 名前は辛うじて……覚えている。なにしろ私の命を助けてくれた恩人で、刹那が頼りにしてもいいと言ってた子だ。 ただ、問題は……どうしてここに、彼女がいるのかということだった。 世界: な……なんであなたが、ここに……?今日って、分校は休みって言ってたよね? 一穂(私服): ……その台詞、そっくりそのままお返しします。この分校の生徒でもないあなたが、どうしてここに? 世界: そ、それはっ……! 一穂(私服): 私は、ここに忘れ物をしたので来た……と、みんなに言い訳ができると思います。 一穂(私服): でも……あなたは?なぜここに来たのか、と聞かれて、弁明ができますか……? 世界: ……っ……! 確かにその通りだと、自分の迂闊さを後悔する。見つかった時のことを想定して、もっともらしい言い訳を用意しておくべきだった。 これでは明らかに、不審者そのものだ。どうする、どうやってこの場を乗り切るっ……? 一穂(私服): ……西園寺さん。 と、その時……。教卓のそばにいた公由さんが、私のところにゆっくりと歩み寄って……口を開いていった。 一穂(私服): いくつか……質問させてもらいますね。まず、あなたがこの雛見沢に来たのは、伊藤誠さんに呼ばれたためだ、と言ってました。 一穂(私服): でも……それは桂さんも同じ。あの人も伊藤さんに呼ばれて、ここの隣町にある#p興宮#sおきのみや#r駅に来たそうです。 一穂(私服): この矛盾は、どうして生まれたのだと思いますか……? 世界: し、知らないわっ……!どうせあの子が……あの女が、嘘をついてるだけでしょうっ? 一穂(私服): ……あと、もうひとつ。この「世界」に来た時、あなたはあまり動揺した感じに見えませんでした。 一穂(私服): 清浦さんも桂さんも、最初はこの「世界」が自分たちのいたところと違う、と言ってもなかなか信用してくれなかったのに……。 世界: わ……私だって、驚いてたわよ! そうやって、必死に言い返しながらも……声の震えが抑えられない。 ひょっとして……この子は「知って」る?私がここに来たそもそもの理由……あるいはもっと核心をついた真実まで……!? 一穂(私服): ……世界さん。 世界: ……っ……!? 一穂(私服): 何か……私たちに嘘、ついてますか……?隠しごと……してませんか? 世界: し……してないっ!嘘なんて、言ってないッ!! 一穂(私服): …………。 世界: だ、だいたい……私が嘘を言ってるだの、隠し事をしてるだのって証拠はあるのっ? 世界: 私は、ひ……被害者なのよっ?いくら操られてたとはいえ、もう少しで桂さんに殺されるところだったのに……なんで私を疑うの!? 一穂(私服): いえ……疑ってなんかいません。私はもう、あなたが犯人だとわかってますので。 世界: なっ……!? Part 03: 一穂(私服): これ……何か、わかりますか? そう言って公由さんは、すっ……と両手をポケットに入れたかと思うと何かを取り出し、目線の高さに掲げてみせる。 1つは見覚えがないが……おそらく、携帯電話だ。そして、もう1つは――って……!? 世界: それ……私の、携帯電話っ? 一穂(私服): ……ごめんなさい。申し訳ないと思いつつ、内緒でお借りしました。あと、桂さんに聞いて操作方法もわかってます。 一穂(私服): 携帯電話ってポケベルと同じで、履歴が記録されるそうですね。誰に電話をかけたか、かかってきたか……。 世界: ……っ……。 一穂(私服): 桂さんの携帯電話を確かめてみると、確かに伊藤誠さんからかかってきたという履歴が残ってました。 一穂(私服): でも……西園寺さん。あなたの携帯電話には、どこをどう調べても記録が残ってないんです。 世界: っ?……ぅ……うぅっ……!! ……「あの子」と出会っていなければ、こんな事態にはなっていなかった。今さら遅すぎるが、後悔ばかりが残る。 そもそもの始まりは、あの日の夕方。早く帰りたそうにしていた「彼」を引き止め、私は最後の手段とばかりに迫っていた。 世界: ねぇ、誠……私を見て……? 蛮勇を振り絞って制服をはだけさせ、私は困惑する「彼」に迫って愛を訴えかける。 「彼」を手に入れるため、私は恋人である桂さんを孤立させて……別れるように仕向けた。協力者は多く、全てが順調に進む……はずだった。 だけど、私の目論見は明るみになり……全てを聞いた「彼」はひどく怒った。そして顔も見たくない、とまで言ってきたのだ。 世界: (まずい……まずいまずいまずい、まずいッッ……!) 私は、焦った。必死に考えて考えて、この窮状を乗り切る方法を考え続けた。 このまま帰せば、「彼」は桂さんのもとへと去って……永遠に手に入らなくなる。もはや、なりふりかまっている場合じゃない。 そう思って私は、今できる精一杯のものを捧げて「彼」の気持ちを引き留めようとしたのだけど……。 #p伊藤誠#sいとうまこと#r: や、やめろよ世界……!俺はもう、言葉とやり直すって決めたんだ! 世界: っ、待って……誠!行かないでよ、誠ぉぉぉッッ……!! …………。 世界: っ……ぅ、……うぅっ……! 夕闇が訪れる中……私は泣いていた。 泣いて、泣いて、泣き続けて……それでも、もう全ては元に戻らないのだという絶望の現実に打ちのめされていた時――。 私の前にやってきた「あの子」は、おもむろに黒い「カード」を渡して……言った。 雅: ……同じ名前のよしみで、力を貸してあげる。 世界: あ、あなたはいったい……? 雅: 彼の気持ち……取り戻したくはないの? 世界: ……っ……!? 迷いなんて、なかった。怪しい提案をされても飛びつかずにはいられないほど、私にはもう余裕も余地も残されていなかったから……。 なのに、失敗した……失敗した!絶対見られてはいけなかったものを、手放してしまってたなんて……! 世界: (どうする……? どうすればいいの……!?) 私は恐怖と絶望に震えながら、必死に公由さんにすがって懇願する。 もうなりふりなんて、構っていられなかった。私の運命は、目の前に立っている彼女の手に握られていた……! 世界: ね……ねぇ、お願い!この事は刹那と桂さんには言わないで!誠にも、絶対……この通りだからっ! 一穂(私服): …………。 世界: な……何がほしいの? お金っ?それとも、この「カード」!? 世界: だったらあげる、私はもう使わないから!こんなものを渡されたから、私は……!! 一穂(私服): …………。 世界: あ……あと何日かしたら、私たちは大人しくこの村を出ていくわ……!ここで起きたことは、絶対誰にも言わない!! 世界: あなただって、私のことを誰かに話したところでメリットはないはずよねっ? だ、だったら……! 一穂(私服): ……違いますよ、西園寺さん。力を残したままのあなたを、元の「世界」に戻すわけにはいかないんです。 そう言って、公由さんは「カード」を変化させてその手に武器を出現させる。 世界: ひっ……!? ……覚えがある。それを振るって彼女は、あの巨大で恐ろしい姿をしたバケモノを斬り裂き、葬り去ったのだ。 ということは……えっ……?私も同じように、ここで斬り裂くってこと……!? 世界: ま……待ってよ、許して!私は、そう……だ、騙されただけなのっ!! 世界: このカードを渡したやつが、私を唆して……これさえあれば、邪魔なやつを排除できるって! 世界: だ、だから……殺さないで!お願い……許して、助けてくださいぃ……っっ! 一穂(私服): ……わかってます。だから……もう、眠ってください。 世界: ……い、いやああぁあぁぁあああぁぁっ!!! 一穂(私服): ……終わりました、#p田村媛#sたむらひめ#rさま。 田村媛命: 『……ご苦労だった#p也#sなり#rや。残っていた淀みは、これで一掃された#p哉#sかな#r』 田村媛命: 『……この娘も、間もなく目覚める也や。さすれば、全ての記憶を忘れているはず哉』 一穂(私服): …………。 一穂(私服): ……田村媛さま、教えてください。この「カード」を西園寺さんに渡したのは、いったい……。 田村媛命: 『詳しくは、まだ話せぬ。されど、事実のみを伝えるならば……』 田村媛命: 『……そなたらの、敵也や』 一穂(私服): わかりました。……では。 …………。 一穂(私服): 何を企んで、こんなことをしたのか私にはわからない……でも……。 一穂(私服): 西園寺さんにこの「カード」を渡したやつを、私は許さない……絶対にッッ!!!