Part 01: ふいに、自分の名前を呼ばれた気がして私は背後を振り返った。 レナ(私服): …………? でも、視線は誰とも合わない。……声が聞こえたように感じたのは、気のせいだったのだろうか。 魅音(私服): ん……どうしたの、レナ? レナ(私服): ううん。何でもないよ。 隣の魅ぃちゃんに笑って首を振り返し、私は顔を正面に戻す。 今日は日曜日だけど、興宮のおもちゃ屋でゲーム大会が開かれて……分校のみんなと楽しく盛り上がっているところだ。 観客の子どもたちも含めると、店内のゲームスペースはたくさんの人でごった返している。 熱狂した彼らは「いけー!」「頑張れー」なんて声援を送って、ずいぶんと騒がしい。……たぶん、それと聞き間違えたのだろう。 一穂(私服): ぁ、あぁぁぁあぁーっ?! と、その時。少し離れた場所のテーブルでガラガラカラッ! と何かが崩れる音がして、それに悲鳴が重なって聞こえてきた。 美雪(私服): あははっ、一穂の負けー!結構粘ったけど、最後の最後でツメを見誤っちゃったねぇ~? 菜央(私服): それ以前に、あんなに指が震えてたら引き抜けるものも引き抜けないでしょ。さすがに緊張しすぎよ。 一穂(私服): う、うぅっ……。 がっくりと肩を落とし、落ち込む一穂ちゃん。そんな彼女を、美雪ちゃんと菜央ちゃんがからかいながらも慰めている。 苦手なパズルで勝負になるとは、一穂ちゃんもついてない。……決勝は想定通り、美雪ちゃんたちが進出のようだ。 レナ(私服): ……あの3人って、仲がいいね。 沙都子(私服): ですわねぇ。同じ時期にやって来た転校生ですし、気が合うのかもしれませんわ。 ……独り言として呟いた言葉だったので、返事があってちょっと驚く。私の隣には、沙都子ちゃんが来ていた。 沙都子(私服): ただ……あのお三方って、最近はちょっと同じグループで集まりすぎですわね。たまにはバラけてもよさそうですのに。 魅音(私服): 確かに。美雪はまぁまぁ馴染んでるけど、あとの2人はもう少し分校の他の子たちとも馴染んでもらいたいところだね。 レナ(私服): はぅ……まだ#p雛見沢#sひなみざわ#rに慣れていないから、一緒にいないと心細いんじゃないかな……かな。 魅音(私服): おっ、それは先達としての見立てかい?まぁレナも最初に引っ越してきた頃は、戸惑っていた感じが若干あったもんねー。 レナ(私服): あははは。でも魅ぃちゃんたちのおかげで、すぐに馴染むことができたよ。だから――。 圭一(私服): ぎゃ、ぎゃああぁぁぁあぁっっ!! 梨花(私服): みー、あっちの先輩転校生はまた何かやらかしたみたいなのですよ。 沙都子(私服): ……逆に圭一さんは馴染みすぎですわ。まぁそのおかげで、私たちも面白おかしくお付き合いができているんですけどね。 レナ(私服): あははは……。 圭一くんの絶叫を聞いてくすくすと笑ってから、私は再び一穂ちゃんたちに視線を戻す。 彼女たちは今、梨花ちゃんの実家である古手家の本邸で暮らしている……らしい。 ただ、どういう経緯で住むことになったのかはなぜか記憶があやふやだ。梨花ちゃんの提案でそうなったことだけは覚えているのだけど……。 レナ(私服): ……ね、梨花ちゃん。どうしてあの3人に、家を貸してあげたのかな……かな? 梨花(私服): みー、言いませんでしたか?あの3人が暮らせるような家が見当たらなかったので……。 梨花(私服): ちょうど今、誰も住んでいないボクの家を貸してあげることにしたのですよ。 魅音(私服): まぁ、梨花ちゃんもあの家をそろそろ掃除するように、って公由のおじいちゃんから言われていたからねー。 レナ(私服): はぅ……つまり、住んでもいい代わりにあの家のお掃除をお願いしているってこと? 沙都子(私服): ……一穂さんたちが住み始めた頃は、ものすごい汚れようでしたものね。いったい何年放置してきたんですの、梨花? 梨花(私服): にぱー♪持ちつ持たれつ、ボクも楽ができてホクホクなのですよ~。 梨花(私服): ただ……。 レナ(私服): ? どうしたの、梨花ちゃん。 梨花(私服): なんでもないのですよ、にぱー☆ レナ(私服): …………。 梨花(私服): みー。レナがそんな質問をするのは、ひょっとして……。 レナ(私服): えっ……? 梨花(私服): 菜央のことを、自分の家にお持ち帰りしたいからなのですか? レナ(私服): は、はぅぅっ……?! 魅音(私服): あっはっはっはっ! 確かに菜央ちゃんってレナ好みのかぁいい子だもんね~! レナ(私服): そ、そんなことしないよ……たぶん……。 慌てて否定しながら、改めて前を見る。するとたまたま、振り返った菜央ちゃんと目が合った。 菜央(私服): ……っ……。 軽く手をあげると、菜央ちゃんも恥ずかしげに小さく手を振り返してくれる。 ……とってもかわいい子だ。まだ少しだけ距離を感じるけれど、いつか仲良くなれたらいいな、と心から思う。 そう……時間をかけて、いつか……。 Part 02: ……仲良くなりたいと、思っていた。姉妹みたいな関係になれたらいいな……と考えていたのも、本心からだった。 …………。 だけど、本当に妹だとは思わなかった。それもよりによって、私が憎んでも余りあるあの人たちの血を引いているなんて……。 その事実を打ち明けられた時は、驚いた。今でも正直、複雑な気持ちは残っている。 でも……あの子は私を助けようと、時間の壁や常識さえも超えて来てくれたのだ。 ……妹の優しい想いに、私は応えたい。そして叶うことなら、少しでも長い時間をあの子と一緒に過ごしたい……。 監督からワクチンについての話を聞いて、注射器の針が腕に刺さるのを見つめながら……私はそんなことを考えていた。 ……注射が終わった時、ほっとした。これで他の村の人たちのように、あの子を傷つけてしまうことはないと。 …………。 でも、それは間違いだった。 レナ(覚醒): あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!! ……なんだか、とてもいい気持ち。 胸の内側にあったモヤモヤが吹き飛んで、身体も心も軽くなったようだ。 レナ(覚醒): あはははははははは!楽しいね、圭一くんっ! 圭一(覚醒): あぁ、そうだな!こうしてやり合っていると、いつもの部活を思い出してテンションが上がってくるぜッ! 圭一くんと、武器を手に戦っている。 そう……彼の言う通り、部活をしているかのような気分で心がわくわくと踊っている。 ……いや、いつもより楽しいかもしれない。分校での遊びや、ゲーム大会よりも。 だって、私たちは今……自分の命を賭けて戦っているんだからッ!! 一穂(覚醒): や、やめて……! 2人とも、やめてよッ! 一穂ちゃんの声が聞こえる……けど、なんでやめなくちゃいけないのかがわからない。理解できない。 だって、こんなにも楽しいのに……!永遠に続けばいいと思うほどに盛り上がって頭の中も、心もクリアになっていくのにッ! レナ(覚醒): あっ……! ふいに、バランスを崩してその場に膝をつく。 たぶん、誰かの血で足が滑ったのだろう。……傾く視界の中で、圭一くんが大きく武器を振りかぶる様子が大写しになった。 一穂(覚醒): レナさん?! 暗闇の中で、一穂ちゃんの声が響いて……。 レナ(覚醒): …………。 レナ(覚醒): ……っ……、……? どれだけの間、私は意識を失っていたのだろう。 全身が、重い……怠いなんてものじゃない。身体のあちこちが、痛くて痛くてたまらない。 レナ(覚醒): ゲホッ、ゲホゲホゲホッ……!! 咳き込みながら、ゆっくりと周囲を見渡す。 レナ(覚醒): 魅ぃちゃん? 詩ぃちゃん?……沙都子ちゃん? 彼女たちは、すぐそばにいた……床に転がって、血を流した姿で。 レナ(覚醒): (……死んでいる……?) 身体に触れると、冷たい感覚。……揺さぶっても声をかけても、返事どころか反応すら……ない。 私も、身体のあちこちに傷があるけれど……幸いというべきか、出血は止まっているようだ。 彼女たちと違って、私は致命傷に至らなかったということだろう……ただ、それを喜びたいとは全然思わなかった。 レナ(覚醒): 圭一くん……? 一穂ちゃん? レナ(覚醒): ……。菜央……? 2人の姿は、どこにも見えない。……あの子も、美雪ちゃんも。 いつからだろう。無性に楽しくなってから、見た記憶が……ない気がする。 レナ(覚醒): (どこに行ったのかな……かな?) ひょっとしたら、祭具殿を通して未来へと戻ったのだろうか。 むしろ、そうであってほしい。だってあの子は、元の「世界」に……戻るべき場所があるんだから。 …………。 でも……本当に?あるいは途中で、村の人や怪物たちに襲われている可能性も……。 レナ(覚醒): ……。確かめないと……っ……。 足に力を込め、私は立ち上がる。そして魅ぃちゃんたちを残し、ふらふらと診療所から外に出て……歩き始めた。 レナ(覚醒): ……ぁ……。 遠くから、村の人が見える。それぞれの手には……おそらく、凶器。 レナ(覚醒): ……っ……。 かっ、と苛立ちを覚える。……彼らはどうして、邪魔をするのだろう。 私はただ、妹がどうなったのか知りたいだけなのに……。 レナ(覚醒): 通して……くれますか? 村人: ……っ、……!! 声をかけても、彼らは変わらない。狂気に彩られた顔で、私に向かって歯をむき出しながら迫ってくる。 だとしたら……さっきまでと同じことをするしかない。 レナ(覚醒): ……邪魔、しないでください。 さっきまでの楽しい気持ちはどこへやら。寒々しい心持ちで私は武器を構える。そして、 レナ(覚醒): ……ごめんなさい。 レナ(覚醒): ごめんなさい、ごめんなさい……。 私は行かなくちゃ……いけないんです。確かめないと、終われないんです……。 だから……。 だから、殺さなくちゃ。 妹が無事に、戻ることができたのか。せめてそれだけでも、今は……っ……! Part 03: 診療所を出てからの記憶は、おぼろげだ。 何人かを殺した記憶は……ある。もしかしたら、それは何十人の間違いだったのかもしれない。 ……ただ、どうでもよかった。 魅ぃちゃんに詩ぃちゃん、沙都子ちゃんはもう死んじゃってここにはいない。圭一くんと一穂ちゃんも……おそらく……。 でも、妹がどうなったかだけは知りたくて。それで祭具殿に向かおうとして……そして……。 レナ: ……っ……? だから、消毒液のニオイがするベッドで目を覚ました時……わけがわからなかった。 最初に見たのは、ベッドの側で看護婦さんがぽかんと口を開けている姿だった。 看護婦: っ……意識が!先生っ、先生はどちらにっ?! その人は、すぐに部屋を飛び出して……直後、人が入れ替わり立ち替わりに私のもとを訪れて、いろんな話をしてくれた。 ただ、頭がぼんやりするものだから、質問されても上手く答えられない……というより、理解できない。 それでも、なんとか時間をかけて情報として飲み込むことができたのは……#p雛見沢#sひなみざわ#rで起きた「事故」の話だった。 医者: 竜宮礼奈さん……落ち着いて、聞いてください。 医者: あなたは雛見沢で起きた、火山性の有毒ガスによる自然災害に巻き込まれたんです。 レナ: ……自然、災害……? 医者: 古手神社の祭具殿の中で倒れているあなたを、自衛隊が発見し……保護しました。 医者: 何か、覚えていることはありませんか? レナ: …………。 断片的な話をつなげると、#p綿流#sわたなが#rしの日に鬼ヶ淵沼から火山性の有毒ガスが発生して……村の人たちが大勢亡くなったらしい。 医者: あなたはなぜ、無事だったんですか?どういう経緯で祭具殿の中にいたのか、覚えていませんか? レナ: わ、わからないです……それより、みんなは?分校の子たちは……。 医者: ……。現状の生存者は、あなただけです。他の方は、……。 レナ: …………。 そうですか……と返すつもりで口から出たのは、別の言葉だった。 レナ: ……あの、お伺いしたいことがあるんですが。 思ったよりも早く、お医者さんは私の質問の答えを持ってきてくれた。 医者: あなたが言っていた、鳳谷菜央という女の子ですが……。 レナ: ……っ……。 医者: 犠牲者の中に、風貌が一致する方は発見されなかったそうです。 レナ: ……。そうですか。 医者: それと、雛見沢の住人リストにも載っていなかったそうですが……どちらにお住まいの方だったんですか? レナ: ……。すみません、よく覚えていません。 まさか、未来からきた私の妹だ……とも言えず眠らせてほしいと医者を部屋から追い出して、ベッドの中で考える。 菜央の遺体は、見つからなかった。だとしたら、無事に元の時代に戻ったと考えてもいいのだろうか。 もちろん、そうあって欲しいけれど……。 レナ: もう、会いには行けないよね……。 火山ガスによる災害なんて……嘘っぱちだ。 私は覚えている、村の人たちが狂気に駆られて殺し合いを始めたことを。そして、仲間を傷つけてしまったことも……。 心から楽しいと思いながら、人を殺してしまった感触が……残っている。 このままじゃ、あの子に会いに行けない。 せめて、みんながどうして死んだのか。真実を見つけないといけない。 みんなが死んでしまったのなら、なおさら私がやるしかない。 妹に会いに行くのは、それからでも遅くないはずだ。 そう覚悟を決めながら、寝返りを打って……。 レナ: ……え……。 息が止まった。 レナ: どうして、ここにいるの……? ――報告書。昭和58年、12月1日(木) 患者名――竜宮礼奈(14歳)。 雛見沢大災害唯一の生存者。収容先の病院にて原因不明の高熱により、死亡。 息を引き取る間際、何度も同じ言葉を口にしていた。          ――『オヤシロさま』と。