Part 01: ……その話を最初に聞かされた時、私は想定していた中でも最悪の展開が行われていると思い知らされて……愕然と息をのむしかなかった。 園崎詩音(魅音): 葛西さん……いや、「葛西」。それはいい加減な又聞きとかじゃなく、あんた自身がちゃんと確証を得た上での事実と思っていいんだね? 葛西: はい。詩音さんから依頼されていた通り、私自身が関係者各々に確認を取った後……この目と耳で現場を確認しました。 葛西: 念のため、屋敷に仕込んでいた隠しマイクで会話内容も録音してあります。……お聞きになりますか? 園崎詩音(魅音): ……いや、いい。あんたがそこまで言うんだから、もはや疑いの余地がまずないってことだろうからね。 そう答えながらも私は、できれば間違いであればという願望を残した失望感を抑えきれなくて……天井を仰ぎ、大きくため息をつく。 「葛西」は園崎家の縁者の中でも数少ない、園崎詩音の側に立った信頼の置ける人物だ。……つまり、「私」の無条件の味方ということになる。 そんな真摯かつ誠実な彼を利用しているということが少し後ろめたく、心が痛まないわけではなかったが……残念ながら、今の「私」は制限だらけで手数が少ない。 まして、「魅音」が己の立場を悪用して何かを企みつつある現状を知ってしまった以上……こちらもなりふり構っている場合ではなかった。 園崎詩音(魅音): (にしても、「魅音」のやつ……「私」の代わりに頭首代行の座について、いったい何をしようってのさ……?) 以前の私は、彼女の行動力の高さや判断の早さ……何より物怖じしない肝の太さから、「魅音」こそが本来の頭首としての適性があると思っていた。 だが……適性があるからといってそれが必ずしもプラスに働くとは限らないのだと、今は身をもって思い知る。 「魅音」は#p敏#sさと#rい。……いや、敏すぎるのだ。だから、決断や行動によって生まれる派生の効果……いわゆる「玉突き現象」への意識が低い。 何をするにも、自分以外の誰かが関わる際には必ず理屈では済まされない「感情」が介在して本来の目的外の#p思惑#sおもわく#rが生まれてしまうのだけど……。 彼女は目的の達成に集中するあまり、そこに必要となる要素をノイズとして除外する。……それは利点でもあり、欠点でもあった。 園崎詩音(魅音): こういう時にこそ、婆っちゃ……いや、鬼婆や喜一郎のおじいちゃんが口を挟んだりして制止役になってもらいたいんだけどね……。 園崎詩音(魅音): 2人の様子は、どんな感じなの?今の町会の動きが耳に入っていないとかじゃないんだよね……? 葛西: 村長は入院中ですが、報告が上がっているはずです。現在の「代行」以外にも大勢が見舞いに訪れていると聞いておりますので。 葛西: ただ……委任をするにあたって全面的に任せる、と宣言した以上、下手に口出しをすれば代行の顔に泥を塗ると懸念して、二の足を踏んでいるのかと。 園崎詩音(魅音): 婿養子だからって気にしなくても……って、それはさすがに無理だろうね。実の子以上に、気を遣いそうだしさ。 園崎詩音(魅音): それじゃ、鬼婆は?おじいちゃんとかと違ってそのあたりに遠慮せず、勝手なことをするなー、って怒鳴りそうだけど。 葛西: これは私の推測ですが……お魎さんには、ほとんど何も伝わっていないような気がします。おそらく、魅音さんが周囲に手を回して……。 園崎詩音(魅音): その点は抜け目なくってやつだね。面倒な相手を敵に回しちゃったもんだよ、ったく……。 葛西: 敵……ですか?ひょっとして詩音さんは、「また」園崎家を相手に刃向かったりするおつもりで……? 園崎詩音(魅音): まさか。私だって望んで事を荒立てようとは考えていないし、園崎家で内紛を起こすなんて背後で暗躍しているやつらを喜ばせるだけだよ。 園崎詩音(魅音): ただ……これだけは言えるよ。ダム建設で#p雛見沢#sひなみざわ#rを捨てるのはまだしも、そのどさくさに紛れて行われる陰謀……。 園崎詩音(魅音): こいつだけは、なんとしても止めなきゃ。そのためにも打てる手は、思いつく限り今のうちに打ちまくっておかないとね。 葛西: …………。 園崎詩音(魅音): ん? どうしたの「葛西」。急に黙っちゃってさ。 葛西: あ……いえ、すみません。一瞬詩音さんの顔が、まるで魅音さんのように見えてしまいましたので。 葛西: やはり、お二人は姉妹ですね。長年の付き合いのおかげで見分けこそつきますが、時々面影が重なることがありますよ。 園崎詩音(魅音): っ……そいつはどうも。まぁ、あんな出来の悪い姉よりも私の方が数億倍可愛いと思うけどねー。 少々毒づきながらおどけて笑いながら……私は内心どっと冷や汗をかく思いで呼吸を繰り返し、高鳴る動悸を静めさせる。 さすがに見抜かれるとは思わないが、観察眼が鋭い上に詩音を詳しく知っている人だ。下手な振る舞いをしないよう、気をつけよう。 園崎詩音(魅音): ……ところで、「葛西」。古手家の頭首の方は、どんな様子なの? 葛西: 絢花さんのことですか?詩音さんが注意しろと言っておられたので、観察だけは続けていますが……。 葛西: 特段、おかしな行動をしている感じではありませんね。例のお客人ふたりと一緒に、仲良く暮らしているとの定時連絡が入っています。 園崎詩音(魅音): ……そう。古手絢花、か……。 行方不明になった梨花ちゃんの代わりに、古手家の頭首として余所からやってきた私のひとつ年下の女の子だ。 古手家の遠縁の出自という話だが、今までそんなことは一度も聞いたことがないので正直戸惑いの思いがある。 とはいえ、見ず知らずの土地に招かれていきなり頭首の座に据えられるというのはやはり可哀想だと、同情も禁じ得なかった。 園崎詩音(魅音): 会って、話を聞いてみるかな……どんな子なのか、わかんないしね。 Part 02: 絢花(巫女服): ……お待たせしました。すみません、少々野暮用を片付けるのに手間取ってしまいまして。 魅音(私服): いや、別に気にしなくていいよ。こっちこそ、#p綿流#sわたなが#rしが控えているのに時間をもらって悪かったね。 絢花(巫女服): いえ、そんなことは。魅音さんたちが協力してくれているおかげで、ずいぶん作業が楽になっていますので。 魅音(私服): そっか……なら、いいんだけどね。 軽く肩をすくめて応えながら、私は内心でますます「魅音」の考えていることがわからなくなってしまう。 一穂や圭ちゃん、悟史たちに頼まれて綿流しの準備を「魅音」に扮した詩音が手伝っている……それはいい。村の団結が強まるきっかけにもなり、実に結構な話だ。 ただ、その一方で葛西さんからの報告によると「魅音」は夜な夜な園崎本家の屋敷に人を集め、何かの相談をしているという……。 しかも、集めているのはダム反対派の連中で……園崎の息がかかった中でも過激派というか、一癖も二癖もある連中ばかりとのことだった。 魅音(私服): (そのあたりを、どう捉えているかだね……思っていたより芯が入っているというか、しっかりとした感じにも見えるんだけど) 魅音(私服): えっと……あのさ。昨日一穂から相談をされたんだけど、そっちで妙な騒ぎがあったんだって? 絢花(巫女服): ……『ウツシロ』のことですか? 魅音(私服): 『ウツシロ』……? 思いもよらなかった言葉を耳にして、思わず目が点になってしまう。 すると絢花は、自分の失言を悟ったのか……動揺を露わに口を押さえ、露骨に目をそらした。 絢花(巫女服): っ……なんでもありません。私の勘違いです、忘れてください。 魅音(私服): いや、ちょっと待って……!『ウツシロ』ってなに? 何があったのさ? 今日はちょっとした様子伺いのつもりだったのに、どうしても聞かずにはいられなくて問い詰めてしまう。 すると彼女は、観念したように大きくため息をつき……硬い表情のまま私に目を向けていった。 絢花(巫女服): ……正直、あまり詮索してもらいたくないのです。私も人から伝え聞いた知識しかないので、生半可にお話をしても混乱を招くだけでしょう。 魅音(私服): そう言われても、聞いちゃったんだし……教えてくれなきゃ色々と勘ぐったりして、余計に嫌な感じになるだけじゃんか? 魅音(私服): それに、さっきの話しっぷりだと一穂たちも関わっているんでしょ? だったら……。 絢花(巫女服): ……っ……。 そう言って執拗に迫ってみても、相当たちの悪い秘密という思いがあるのか絢花は下を向いたまま口をつぐんでしまう。 ……少々、厳しそうだ。このまま無理に引き出そうとしても、彼女との関係を悪くするだけだろう。 詩音や一穂たちとのことを考えたら、いったん矛を収めるべきかもしれない。そう思って話を打ち切りかけた……その時だった。 絢花(巫女服): 魅音さん。あなたは、『ツクヤミ』というものをご存じですか? 魅音(私服): えっ……? あ、うん。一応は……、っ? とっさに問いかけられたのでつい素直に答えてしまったが……言葉にしてみて、すぐに違和感がこみ上げてくる。 私が#p雛見沢#sひなみざわ#rに戻ってきてすぐに行ったのは、葛西さんをうんざりするほど質問攻めにして……この「世界」の常識を身につけることだった。 そのおかげで、一穂たちと接点を持つまでもなく違う点や共通項を発見することができたのだけど……。 その中でも特に重要と思われるのが、以前の雛見沢と違ってここには『ツクヤミ』らしき怪物の類いが一切出現しないという事実だった。 魅音(私服): (もちろん、本来なら出てこない方が当然だし現実的ではあるんだけどね……でも……) 今、絢花は『ツクヤミ』を知っているか……と私に尋ねかけてきた。つまり、誰もが非現実だと考える存在を彼女は「知って」いるということだ。 魅音(私服): ……絢花。つまりあんたは、その『ツクヤミ』ってのを見たことがあるのかい……? 絢花(巫女服): ……その問いについては、是とも非とも答えられません。これでも私は、危険な領域に踏み込みすぎているという自覚がありますので。 絢花(巫女服): それは魅音さん……あなたも同様です。 魅音(私服): ……っ……。 絢花(巫女服): ただ、ひとつだけわかったことがあります。魅音さん……おそらくあなたは、この「世界」の「魅音さん」ではないのですね……? 魅音(私服): なっ……?! 絢花(巫女服): ……だとしたら、お伝えしておきたいことがあります。「魅音さん」が、何をしようと考えているのか……。 Part 03: 園崎魅音(詩音): ……さて、と。もうすぐあの子たちとの集合時間ですね。 園崎魅音(詩音): 遅刻したら罰ゲームだのなんだので面倒なことになってしまいますし、そろそろ向かうとしますか……うん? 園崎詩音(魅音): …………。 園崎魅音(詩音): えっと……「詩音」……?あんた、こっちに戻っていたのかい? 園崎詩音(魅音): えぇ。地元での大事な行事があるって外出願いを提出したら、あっさり許可が下りました。 園崎魅音(詩音): へー、そりゃよかったね。……っていうか、なんでそんな白装束?しかも髪型まで変えて、どういうつもり? 園崎魅音(詩音): まぁ、いいや。……それにしても、戻ってくるんならもっと早くこっちに連絡してくれていたらよかったのにさ。 園崎詩音(魅音): あははは、するわけないじゃないですか。だって今言ったことって、真っ赤な嘘なんですし。というか……。 園崎詩音(魅音): ここは、私とあんたの2人きりだ。だからお互い、元の自分で話をしようじゃないか。……詩音? 園崎魅音(詩音): ――っ……。 園崎魅音(詩音): なるほど。やっぱりお姉も、前の「世界」の記憶を引き継いだ上でこっちに来たってわけですね。それで髪型だけでも「元」に合わせた、と。 園崎魅音(詩音): で、気がついたら私は#p雛見沢#sひなみざわ#rで「魅音」……あんたは「詩音」としてルチーアの塀の向こうにいた。まぁ、さぞかし驚いたことだと思います。 園崎詩音(魅音): ……あぁ。一瞬何がどうなったのか、って授業中なのに大声を上げた罰で居残り補習さ。 園崎詩音(魅音): それにしてもあんたって、途中で逃げたとはいえよくもあんなガチガチに厳しい監獄同然の場所で、曲がりなりにも学生生活を送っていたもんだねぇ。 園崎詩音(魅音): 話では聞いて理解していたつもりだったけど……やっぱりあんたって、適応能力が高かったんだと改めて感心したよ。 園崎魅音(詩音): それはどうも。まぁ私としては、こっちの分校生活だと少々退屈で物足りない感じでしたけどね。 園崎魅音(詩音): で……お姉。そんなルチーアでの生活の不満をただ伝えるために、わざわざ戻ってきたわけじゃありませんよね……? 園崎詩音(魅音): そりゃそうでしょ。この程度の話だったら、手紙か電話で十分事足りるんだしさ。 園崎詩音(魅音): ……まぁ、そのどちらかを使って問い合わせてもあんたは知らんぷりしてごまかしただろうけどね。 園崎魅音(詩音): ふむ。……ただそうなると、お姉が持ってきたご用件はひとつくらいしか思いつきませんね。 園崎魅音(詩音): あぁ、でも困りました。実は私、今日の#p綿流#sわたなが#rしのお祭りでレナさんたちと集まって、一緒に遊ぶ約束をしているんです。 園崎詩音(魅音): ……屋台巡りでの、部活ってやつだね。最初の頃と比べて、ずいぶん大所帯になったもんだ。 園崎魅音(詩音): 今回はひのふの……八凶爆闘になります。もしよかったらお姉も加えて九凶にしてあげますので、難しいお話はその後にするってことでいかがですか? 園崎詩音(魅音): 別に変えてもらう必要なんてないよ。あんたの代わりに私が行けば、8人のままだ。だよね、詩音……? 園崎魅音(詩音): えー、私だけ留守番ってやつですかぁ?せっかく「魅音」としてうまくやってきたのに、最後でおいしいところを持っていくなんて……。 園崎魅音(詩音): さすがにずるいと思いますよ――お姉はッッ!! その言葉が終わらないうちに詩音は急に動きを変え、隠していた刃物らしき武器を私めがけて投げつけてくる。 が、油断していなかったことが功を奏し、私はそれを「カード」の力で叩き落とすと……身を翻して逃げる彼女の背中を追いかけた。 園崎詩音(魅音): っ……待ちな、詩音ッ!! そう叫んでみても、当然詩音は止まるわけがない。……が、それは私の想定の範囲内でもあった。 園崎魅音(詩音): んぎゃっ……?! 玄関から悲鳴とともに、何かが床に転げ落ちたような響きがここまで聞こえてくる。 それを確かめてから、私は……ゆっくりとした足取りで玄関へと向かい、そこで尻餅をついてへたり込む詩音を悠然と見下ろした。 園崎魅音(詩音): お……お姉っ?これは、いったい……?! 園崎詩音(魅音): ……どうやら、あんたはまだ「これ」を知らなかったみたいだね。対抗手段を持ち出されたら、お手上げだったんだけど。 園崎詩音(魅音): いずれにしても……あんたをあの祭りの場に行かせるわけにはいかないんだ。怪我をしたくなかったら、おとなしく従うんだね。 園崎魅音(詩音): はっ……冗談はやめてください!今日までにどれだけ私が準備に準備を重ねてきたと思っているんですか? 園崎魅音(詩音): なんとしても、私は行きますよ……!たとえお姉、あんたを敵にしてでもねっ!! 園崎詩音(魅音): ……。まぁ、あんたならきっとそう答えると思っていたよ。だから――。 園崎詩音(魅音): 「食われちまいな」、詩音……!あんたが本当の悪になる前に……ッ!! 詩音(魅音変装私服2): ……お姉、お姉ってば。起きてくださいよ、ほらっ。 魅音(白装束): ……っ……? 魅音(私服): あれ……詩音?どうしてあんた、ここに……? 詩音(私服): どうして、って……寝ぼけているんですか?昨夜は遅い時間までこの本家の屋敷で過ごして、葛西も別件があって迎えに来られないから……。 詩音(私服): だったら泊まっていけばいい、って言ってくれたのはお姉でしょうに。 魅音(私服): っ……あ、あぁ……そうだったっけ。 魅音(私服): ごめんごめん、なんか変な夢を見ちゃったせいでど忘れしていたよ。あんたこそ、今日はずいぶん早起きしていたんだね~。 詩音(私服): えぇ……私も実は、変な夢を見てしまいまして。それで驚いて起きたら、朝早くに目が覚めたんですよ。 魅音(私服): へー、そうなんだ。ちなみにどんな夢を見たの? 詩音(私服): ……すみません、忘れました。けど、少なくともお姉は出てきていませんからどうぞご安心ください。 魅音(私服): そっかー。私は……あれ?さっきまで覚えていたつもりだったのに、もう頭の中からなくなっちゃったよ。 詩音(私服): くすくす……まぁ夢って、そういうものですしね。