Part 01: 会長さんからの呼び出しを受けた私は、彼女と「2人だけの秘密の場所」……林の奥まったところへと踏み入っていった。 沙都子(高校生): さて、会長さんはどちらにおられるのかしら……、っ? ……危ない、危ない。危うく張られたロープを引っ掛けるところだった。うまく隠したものだと、感心してしまう。 沙都子(高校生): こんなところにまで、新しいトラップを仕掛けておられるとは……油断も隙もあったものではありませんわ。 灯: はは……それをあっさりクリアしてしまう君も、すごい洞察力の持ち主だと思うけどねー。 沙都子(高校生): あら会長さん、そちらに隠れておいででしたの。 そう言って私は、苦笑とともに背後へとゆっくりした動きで振り返る。 ……彼女が現れた気配は、声をかけられる少し前に察知していた。もっともあからさまだったので、こちらに気づかせるために動いたのだろうけど。 沙都子(高校生): なるほど、トラップで注意を引きつけておいてその間に背後に回ったと……抜け目のないお方ですわ。 灯: その言葉、そっくり君に返したいところだよ。今回ばかりは出し抜けたと思ったんだけどなぁ。 灯: この分だと、実用レベルにまで到達するにはまだひと工夫、いやふた工夫ほど必要だろうね。……やれやれ、トラップ道は奥が深いよ。 沙都子(高校生): をっほっほっほっ、当然でしてよ。そう簡単にトラップの腕を極められてしまっては、伝授してさしあげた私の立場がありませんもの。 灯: まぁ、それはさておいて……沙都子くん。本当に今年も、故郷に帰らなくて大丈夫なのかい? 沙都子(高校生): えぇ。昔の友人たちと集まって騒いで新年の挨拶をするくらいであれば、電話や手紙でも十分に事が足りますしね。 灯: ふむ……なるほど。しかし、それにしては梨花くんが少し残念そうにしているようにも見えたんだけどね。 沙都子(高校生): ……。そもそも私が戻ったところで、仲間の方々はともかく村の人たちはあまり歓迎してはくださいませんわ。 沙都子(高校生): 梨花も、そのあたりで気を遣ったりして苦労が増えるだけですから……私はご遠慮することにしておりますのよ。 灯: なるほど……ダム建設での対立は、いまだに続いているってわけか。早く雪解けが訪れてもらいたいものだね。 沙都子(高校生): なっ……どこで、そのことを?まさか梨花が話すとは思えませんし、なぜご存知なのかお聞きしてもよろしくて……? 灯: いやー、それは内緒だよ。ちょっと興味があって、そういう約束をした上で貴重な情報をもらっているわけだしね。 沙都子(高校生): ……相変わらず謎をお持ちの方ですわね。まぁ、聞かれてまずい話でもありませんので私は構わないのですが。 沙都子(高校生): で、話を戻しますと……ただでさえ年末年始は新しく始まった「年越しの儀」などで、梨花は忙しい身になってしまいますしね。 沙都子(高校生): 事前に打ち合わせを行ったり、水垢離で身体を清めたりしないといけないそうなので……そちらに集中してもらいたいのですわ。 灯: そっか……君も休養が必要だと思っていたんだけど、逆効果だったら本末転倒だしね。 沙都子(高校生): えぇ。それに、色々とやることも山積みですのでこの機会に居残って、新学期までに片付けるよう専念させてもらうつもりでしてよ。 沙都子(高校生): って……それよりも、会長さん。私にお話があるとのことでしたが、こんなところに呼び出してどういうご用件ですの? 灯: なに、大したことじゃないよ。結局帰らなくてもいいのかい、って確認とそれから……。 灯: 梨花くんの扱いは、今の#p雛見沢#sひなみざわ#rだとどんな感じになっているのかな……ってさ。 沙都子(高校生): ……。梨花のこともそうですけど、会長さんは雛見沢のこと……どれだけご存じですの? 灯: さっきも言ったけど、ちょっと興味があるだけだ。君たちのことを恐れるでもなく、侮るでもない。 灯: ただ、気になることはそのままにしておくと胸の収まりが悪いから……まぁ知的冒険家とでも思ってもらえると嬉しいかな♪ 沙都子(高校生): 信じますわよ、そのお言葉。で、梨花の村での扱いですけど……。 沙都子(高校生): まぁ、村を出た後も同じですわ。お年寄りの方々はあの子が村に戻ると、お姫様か何かのように出迎えるそうですし。 沙都子(高校生): 先程も申し上げたように、村を挙げての行事はたいてい古手神社で行われますので……梨花が祭事の中心人物として立ち回りますのよ。 灯: へー、そうなんだ。雛見沢御三家の人たちって、すごいカリスマの持ち主なんだねー。 沙都子(高校生): まぁ、その中でも梨花が特別なんですわ。実際園崎家の魅音さんは皆に好かれていますが、彼女ほど信奉されてはおりませんし……。 沙都子(高校生): あと、公由家の……、? 灯: ? どうしたんだい、沙都子くん? 沙都子(高校生): あ、いえ……別に……。 沙都子(高校生): (おかしい……? 今、公由家の子の名前を言おうとしたのに、出てこなかった……) 沙都子(高校生): (一瞬顔が浮かんだはずなのに、すぐに消えてしまった……どうして……?) 沙都子(高校生): と、とりあえず……梨花は雛見沢のマスコット、いえ守り神様の化身のような存在ですので……皆から大切に扱われているのですわ。 灯: なるほど。……そのカリスマ的な魅力の源って、いったいなんなんだろうね? 沙都子(高校生): えっ? 魅力の源……ですの? 灯: うん。君も知っての通り、梨花くんは入学時からいろんな人たちの目を引いてきた。あのルックスだ、それも仕方ないことだと思う。 灯: それに加えて学業優秀、人当たりも良くて品行方正……いやいや、絵に書いたようなお嬢様だとはよく言ったものだと思うよ。 沙都子(高校生): 会長さん……いったい、何がおっしゃりたいので? 灯: ちょっとちょっと、そんな怖い顔で睨まないでくれよ。皮肉とか企みめいたことなんてなんにもなく、私は本気で思っていることを言っただけなんだからさ。 灯: さっきも言ったように、私は君たちの雛見沢に対して恐れもなければ侮りもない。ただ、興味があるだけだ。 灯: だからこそ……知りたいんだよ。どうして君たち雛見沢の人間は、そんなにも梨花くんのことを神聖視するのかな、ってね。 沙都子(高校生): ……っ……。 Part 02: 部屋に戻ってから、私はひとり机に向かって会長さんの言葉を反芻していた。 沙都子(高校生): 梨花が、神聖視される理由……って、どういうものなんでしょうね。 言うまでもないことだが、私は梨花のことが大好きだ。大切な親友で、かけがえのない存在だと思っている。 そして願わくば、彼女も私に対して同じくらいの想いを抱いてもらいたい……そんなわがままも内緒だけど、願いとしてある。 ……ただ、そんな友情とは別にしてほんの少しだけ……ちくり、と針が触れるくらいの違和感があったのも、また確かだった。 沙都子(高校生): 友達として……幼なじみとしての好意をさておいて考えてみると、会長さんの言う通り梨花に対する村の人たちの丁重な扱いぶりは……。 沙都子(高校生): ……少し、過剰なところがあったりしますわね。 幼い頃だったら、まだいい。年寄りたちが童を可愛がって目をかけるのは、愛玩という意味もあって当然のことだろう。 だけど……梨花はもう、高校生だ。ルックスはひときわ目を引くものだとしても、村人たちの扱いは度を越した点が否めない。 特に、魅音さんへの反応を見るようになってから……その思いは少しずつ、強くなった。彼女の時と比べても、明らかに違っていたからだ。 沙都子(高校生): 魅音さんは、詩音さんたちにも力を借りて村のために色々と動き回っておりました……。 沙都子(高校生): だから、その指導力と行動力を評価されてしかるべきだと思いますわ。でも……。 表現としては実に悪いものだと思うが……梨花はその間、特に何もしていない。ただ皆と一緒に、ついて回っていただけだ。 もちろん、年齢や経験の差があるのだから今後の彼女の頑張り次第で、魅音と同じかそれを凌駕する実績を築き上げる可能性は大いにある。 だけど、村の人たちはいつも言っていた。#p雛見沢#sひなみざわ#rが平和なのは『オヤシロさま』……そして、巫女である梨花があってこそだと。 それを魅音でさえ、一切の嫉妬などもなく当然のこととして受け入れている。……もはや宗教的な信奉ぶりというものだ。 沙都子(高校生): 『オヤシロさま』の巫女なのだから、今までは当然だと考えておりましたけど……。 沙都子(高校生): 梨花は別に、奇跡や特殊な力を見せたわけでもありませんのに……どうしてあれだけ皆に慕われているのかしら? ……聞いたところによると、梨花の母親もまた若い頃は彼女のように尊敬され、丁重な扱いを皆から受けていたのだという。 それはつまり、古手家が持つ遺伝的な魅力が皆にそう思わせているということなのだろうか。あるいはもっと、別の要因があって……? 沙都子(高校生): はぁ……こんなことを考えるなんて、私もどうかしておりますわね。 と、その時部屋の外からノックの音が聞こえて思考が中断する。そして誰が来たのか、と考えるよりも早くその主は中に呼びかけてきた。 梨花(高校生冬服): 『……沙都子、いる?ちょっと相談したいことがあるんだけど』 沙都子(高校生): 梨花……? えぇ、よろしいですわ。中は私ひとりしかおりませんので。 梨花(高校生冬服): 『よかった……それじゃ、失礼するわね』 そう一言断りがあって、ドアが開かれる。中に入ってきたのはやはり、梨花だった。 梨花(高校生冬服): ごめんなさいね、こんな夜更けに。寮長の許可はちゃんともらってあるから。 沙都子(高校生): そこまで気にしてくださらなくても……最近は学園の方々の目も、ずいぶん寛容になっておりますし。 会長さんの改革のおかげという見方もあるが……落ちこぼれていた時より、私に対する扱いがかなり良くなってきているのも事実だ。 少し前までだと門限や就寝時間に加え、他の生徒との交流にまで口を挟んできたものだが……今は多少のことでは、何も言ってこなくなっている。 学業の成績が向上するだけで、人というものはここまで一変するものなのかと呆れる思いだが……恩恵は受け取っておくに越したことはない。 沙都子(高校生): それで梨花、こんな時間にどうしましたの? 梨花(高校生冬服): あのね……沙都子。前にも言ったように、私は来週から雛見沢に戻るつもりなんだけど……。 梨花(高校生冬服): もしよかったら……今年はあなたも、一緒に帰ってもらうことはできないかしら……? 沙都子(高校生): 私も……一緒に? 沙都子(高校生): あの、梨花……? 別に私のことは、気にしてくださらなくても構いませんのよ? 沙都子(高校生): 冬期講習や生徒会のお仕事もありますし……それに私が雛見沢に戻ったところで、お役に立てるというものでもないと思うのですけど。 梨花(高校生冬服): ううん。実は、その……っ……。 梨花(高校生冬服): あなたに、どうしても……っていうかものすごく無理をお願いすることになると重々承知の上で……ごめんなさいッ……! 沙都子(高校生): ? ど、どうしましたの梨花……?いったい、何があったんですの? …………。 沙都子(高校生): ……なるほど。去年行った「年越しの儀」が思った以上に盛況だったので、今年はさらに大掛かりなものにしようというのですね。 梨花(高校生冬服): えぇ。それで壇上での演舞を派手にするために踊り手を追加できないか、って。 沙都子(高校生): なんとまぁ……村を盛り上げたいという意図はとりあえず理解できますけど、そんな安直に物事を決める姿勢は少々考えものですわねぇ。 演舞の踊り手が2人になれば、見栄えが増す……確かにその通りかも知れないが、もはや伝統もあったものではないと呆れた思いさえ感じる。 しかもよりにもよって、梨花の相手役に村の嫌われ者である北条家の娘を据えてもいい……?どんな判断だ。誇りを溝にでも捨てる気か。 梨花(高校生冬服): ……先に断っておくけど、村の人たちもいい加減ダム戦争での対立に決着を付けたいと前々から話していたのよ。 梨花(高校生冬服): だから、これを機会に皆にもアピールできればって。……それで、私も強く反対ができなかったの。 沙都子(高校生): もっともらしいことを申しておりますけど……断る選択肢を狭めるような状況を作っているだけで、これはもう脅迫と呼んで差し支えがないのでは? 梨花(高校生冬服): ……私が、余計なことを言っちゃったせいね。この前の文化祭で、沙都子と一緒にやったライブが学園内でも大盛況だったって。 梨花(高校生冬服): で、私たちのその映像を見た運営役の何人がひらめいたというか……その連絡が来たのが、ついさっきで……。 沙都子(高校生): ……。ちなみに魅音さんは、なんと? 梨花(高校生冬服): 断ってくれてもいい、って言っていたわ。お正月のイベントを盛り上げるためとはいえ、さすがにこれは度が過ぎる話だって。 梨花(高校生冬服): あと……私とあなたに謝っていたわ。こんな無茶な話をして、嫌な思いをさせて申し訳ないって……でも……。 沙都子(高校生): ……断れば、魅音さんに非難が集まる。そしてダム戦争の対立は、今後もずっと続いてしまう……ということですのね。 なんとまぁ、嫌がらせとしては一級品だ。意図的に考えたのだとしたら、精神がねじ曲がっているか違う意味でやり手の代理店の才能があると思う。 沙都子(高校生): (まぁ、偶然の産物でしょうけどね……でも……) とはいえ、たとえハイリスクでもリターンがあるなら勝負する価値は十分にある。……そう思い直した私は、顔を上げて梨花に向かっていった。 沙都子(高校生): ……やりましょう、梨花。ここまでお膳立てができているのであれば、もはや是非もなしですわ。 梨花(高校生冬服): えっ……さ、沙都子……? 沙都子(高校生): 私とあなた……最強コンビの実力と魅力、とくと雛見沢の方々に見せて差し上げましてよ!をーっほっほっほっ! Part 03: 沙都子(高校生着物): さて……そろそろですわね。 そばに置いた置き時計で、私は時刻を確かめる。 すでに、準備は整った。……必要な覚悟も。あとは梨花と一緒に考えた振り付け通りに精一杯舞を演じるだけだ……! 魅音(大学生私服): 悪いね……梨花ちゃん、それに沙都子も。急な無茶振りを聞いてもらってさ。 沙都子(高校生着物): まったくですわ。魅音さんからの無理難題は別に今に始まったことではありませんけど……今回のは特に、ベスト3に入るものでしてよ。 いや……不本意なネガティブ案件なのだから、むしろワースト3というのが正しいだろうか。 とはいえ、ここまで来た以上肚もくくった。うまくできるかどうかは運と気分任せとして、とにかく私は梨花に従うだけだった。 梨花(高校生着物): とりあえず、基本は私が動くから……沙都子は私の周りを、打ち合わせ通りに立ち回ってくれる? 沙都子(高校生着物): わかりましたわ。……躓いて無様な真似とかだけはしないよう、精々頑張ってみせましてよ。 梨花(高校生着物): そのあたりは信頼しているから……お願いね。 梨花(高校生着物): ――――。 音楽の演奏に合わせて……梨花が舞う。優雅に。可憐な動きで――。 さすが、毎年#p綿流#sわたなが#rしの際に奉納演舞を行っているだけあって、とても慣れたものだ。動きは実に自然で、無理や無駄が全くない。 沙都子(高校生着物): (さて……と。付け焼き刃とはいえせめて梨花に恥をかかせないように、私も励むとまいりましょう) 沙都子(高校生着物): ――――。 事前の打ち合わせの通り、私はゆっくりと梨花の背後に回り込んで……ふぁさっ、と両手を広げて袖を軽やかに薙いでいく。 動きとしては、単純なものだ。とはいえ、あまり複雑な踊りになったら稽古不足が明るみになってしまう。 幸い、流麗な着物のおかげで華やかさだけは際立っているので……それを魅せることに専念して場をしのごうというのが、私たちの作戦だった。 沙都子(高校生着物): (それにしても、梨花は見事ですわね……。ルチーアの寮でオロオロして困っていたのが、まるで嘘のようですわ) ある意味、この衆目を集める中でも平静を保ってみせる威厳めいた度胸こそが梨花の持ち味と言えるのかもしれない。 沙都子(高校生着物): ――っ……。 私も負けないように、彼女に従い……時には前にも出て、舞を演じてみせる。 …………。 そして数分とも、あるいは1時間とも思えるような濃密な時間が過ぎたあと――。 沙都子(高校生着物): ……えっ……?! 演じ終えて壇上に立つ私たちふたりを待っていたのは、まさに万雷の拍手の響きだった……。 沙都子(高校生着物): はぁ……とりあえず、乗り切ることができてなによりでしたわね。一時はどうなることかと思いましてよ。 梨花(高校生着物): ありがとう……沙都子。あなたのおかげで、本当に助かったわ。 魅音(大学生私服): いやー、それにしても沙都子って……しばらく見ないうちにやっぱ、変わったね。 沙都子(高校生着物): あら……そうでして……? 魅音(大学生私服): うん。なんていうかさ……梨花ちゃんほどじゃないにしても、肚が座ってきた感じがするよ。 梨花(高校生着物): えぇ……私も、一緒に踊ってそう思ったわ。以前のあなただったら、すごく周りを気にして慌てたりするところがあったのに……。 梨花(高校生着物): 今のあなたは、他のものが目に入らないくらいに堂々とした振舞いで……とても安心できたもの。 沙都子(高校生着物): は、はぁ……自分ではあまり実感がないというか、無我夢中でついていっただけなのですけど……お二人にそう言われると、少し面映ゆいですわね。 魅音(大学生私服): あれ? なんか殊勝だね。ここはあんたの十八番、「をーっほっほっほっ!」が炸裂するところだと思っていたんだけどな~。くっくっくっ……! 沙都子(高校生着物): べ、別に高笑いが私のアイデンティティではありませんわ!変な言いがかりはよしてくださいましっ! 梨花(高校生着物): くすくす……。