Part 01: 詩音(CLANNAD): お願いします、杏さん!ほんの少しだけでいいのでこの通り、どうか後生ですから……! 杏: う、うーん……確かに、あたしもそういう時期があったからできれば協力してあげたいけど……。 杏: こればっかりは、さすがに無理よ。学校側にばれたら、シャレにならないでしょ? 詩音(CLANNAD): 大丈夫です! 見つかって問い詰められても、絶対にあなたに責任が及んだりしないようにしらを切ってみせます! 詩音(CLANNAD): あっ……なんだったら私がこれを盗んで、勝手に使ったってことにしませんか?そうすれば問題なし、オールクリアですよ! 杏: い、いやいやっ! クリアどころか、別の問題が発生しちゃってるでしょ!? 一穂: あれ……?あっちにいる人って、詩音さん……? 美雪: 話してる相手は、杏さんだね。なんか揉めてるみたいだけど……? レナ: はぅ……どうしたの、詩ぃちゃん?杏さんと何を話しているのかな、かな……? 詩音(CLANNAD): あっ……れ、レナさん?それに、お姉たちも……。 詩音(CLANNAD): えっと……ずいぶん早く戻ってきたんですね。もう、演劇部の見学は終わったんですか? 魅音(CLANNAD): うん。ちょっと渚に急用ができたそうだから、見学は明日にしてもらったんだよ。 魅音(CLANNAD): で……詩音。あんたは杏さん相手に、どんな無理を頼みこもうとしていたのさ? 詩音(CLANNAD): これは、その……あ、あはは……。 魅音(CLANNAD): ……笑ってごまかそうとするあたりが、あからさまに怪しすぎるね。すみません杏さん、詩音が何かご迷惑をおかけしましたか? 杏: 迷惑ってほどじゃないけど……詩音さんがあたしのスクーターに乗りたい、って。 菜央: スクーターの後ろに? 杏: ううん、運転する方。それはさすがにって断ってたんだけど、全然聞いてくれなくて……。 一穂: え、えっと……詩音さんって、そんなにバイクやスクーターに興味があったの? 詩音(CLANNAD): だって、こんなにカッコいい原付なんて#p興宮#sおきのみや#rにも、穀倉にだって売っていませんし……一度乗ってみたいと思って当然じゃないですか! 魅音(CLANNAD): じゃないですか、って胸張って言うな! 杏: あたしの愛車を褒めてくれるのはちょっと嬉しいけど……だからって無免許の子を運転させるわけにはいかないでしょ? 杏: まぁ、今日はこの後の予定もないし……後ろに乗せて近場にタンデムくらいなら、してあげてもいいけど。 詩音(CLANNAD): うーん……お気持ちはありがたいんですが、私にとって原付の醍醐味は、自分のこの手でハンドルを握ってこそなんです。 杏: あー、それはわかるわ……って、待って。まだ免許が取れない歳のはずなのに、やけに実感がこもって聞こえるんだけど? 魅音(CLANNAD): あ、あー……こいつの脳内の妄想で勝手にそう思っているだけなので、どうぞお構いなく。 魅音(CLANNAD): ……詩音も、そのへんにしておきな。お世話になっている智代や杏さんたちに迷惑をかけるわけにはいかないでしょ? 詩音(CLANNAD): はぁ……わかりましたよ。今日のところはお姉の顔を立てて、引き下がることにします。では……。 魅音(CLANNAD): いや、明日以降もダメだってば!おーい……って、行っちゃった。 杏: えっと……なんかごめんね、魅音さん。 杏: こっそり貸してあげてもいいかな、とも思ったんだけど、もし見つかった時にかえって迷惑をかけちゃうと思って……。 魅音(CLANNAD): いやいや杏さん、それで正解です。こちらこそバカ妹がご面倒をかけて、すみませんでした。 沙都子: ……それにしても、意外ですわね。詩音さんがあれほど原付に執着があったとは、正直私たちも初耳でしてよ。 魅音(CLANNAD): まぁ、詩音は「足が太くなるのはイヤだ」っておかしな理由をつけたりして、自転車とかには乗りたがらないから、それもあるんじゃない? 美雪: ……なるほど。それで詩音は、葛西さんの運転する車に乗って移動することが多いんだね。 魅音(CLANNAD): うん。公私混同だからそろそろやめろ、って言ってはいるんだけど、葛西さんの人の良さに甘えちゃってさ……まったく。 魅音(CLANNAD): そのくせ放浪癖、脱走癖があるからバイクの免許なんて取った日にはどうなるか、考えただけで頭が痛いよ……。 智代: ……本当に、そうなのか? 梨花(CLANNAD): みー……?智代、それはどういう意味なのですか? 智代: あ、いや。これは、私の考えすぎなのかもしれないが……。 智代: 恥ずかしい話だが、私は以前ちょっと荒れてた時期があってな。……今の彼女は、それと似ている気がしたんだ。 羽入: あ、あぅあぅ……? それは、詩音がこれから悪の道に染まってしまうということですかっ? 智代: いや、そうじゃない。なんと言うか……詩音は、その……。 レナ: ……智代さんの言いたいこと、レナもなんとなくだけど……わかります。 レナ: きっと、詩ぃちゃんは……すごく悩んで、迷っているんじゃないかな……かな。 一穂: …………。 Part 02: 詩音(CLANNAD): はぁ……またやっちゃいました。私ってほんと、堪え性がありませんねぇ……。 校舎入口近くのベンチに腰を下ろしながら、私は天を仰いではぁ、と大きくため息をつく。 ……正直、この学校に来るべきではなかったと後悔ばかりしている気がしてならない。それほどに私の心は、醜くささくれ立っていた。 詩音(CLANNAD): ……えぇ、わかっていますよ。まだ原付に乗れるような年齢でもありませんし、まして無免許なんて論外ってことも……。 それに、バイクやスクーターに対して愛着や興味があるかと問われたら、正直怪しいものだ。便利とは思うけれど、それ以上はない気がする。 にもかかわらず、あんな無茶なことを言い出してことさらにはしゃいでみせようとしたのは……。 詩音(CLANNAD): きっと私……落ち込んでいるんですね。今になってようやく、実感がわいてきました……。 そして、原因はどこにあるのかは今ならわかる。……他ならぬ、梨花ちゃまだった。 詩音(CLANNAD): あんなにも喜んでくれると、こっちも色々と骨を折ったかいがあるってものですから……とりあえず嬉しくは、あるんですけどね。 ただ、憧れの高校を目の当たりにして、希望に胸を膨らませている彼女の姿は……本当に眩しくて、羨ましく思える。 少なくとも私は、あんなにも学校生活を期待に満ちた思いでとらえたことはない。……いつも面倒、煩わしいとさえ感じていた。 詩音(CLANNAD): まぁ私の場合、聖ルチーア学園っていう最悪の環境から始まったのが、こういう姿勢になった原因でもあるんですけどね。 そのせいだろうか。学校生活を楽しげに過ごしているみんなを見ていると……なんだか、居心地が悪い。 それに、お姉たちだけじゃない。この学校の生徒やいろんな人が加わって賑やかに騒いでいると……。 ふいに、喪失感に襲われるのだ。どうして悟史くんがここにいないのだろう、と。 人数が増えるほど、笑い声が大きくなるほど、悟史くんがここにいないことが気になって……彼のことに思いを馳せてしまう自分がいる。 悟史(CLANNAD): ……詩音。  : たとえば、もし……絶対にありえないことだとわかってはいるけれど、ここに悟史くんがいてくれていたら……どうだったか。  : おそらく……いや間違いなく、ここで過ごす体験学習の数日間は私にとってかけがえのない幸せなものになっていたと思う。  : だけど……それはただの幻想、いや妄想だ。他の誰とも共有することが不可能な、私が勝手に思い描くだけのはかない願いでしかない。 詩音(CLANNAD): えぇ……そんなこと、わざわざ言われなくたって私自身がよくわかっていますよ。でも……。  : それを求めて焦がれる気持ちが募るほど、彼がいない事実が悲しくて……ここにいることが辛く、切なくなって――。 詩音(CLANNAD): だから居心地の悪さをごまかそうと、私なりにこの学校での楽しみを見いだそうとしてはみたんですけど……。 詩音(CLANNAD): なーんか、ずっと空回っていますね。自分でも無理しちゃっているってことが、よくわかるんですよ……。 いつも通りに振る舞おうとするのに、環境が異なるせいかなんだか上手くいかない。 この学校の人たちは、本当に優しくて色々と気遣ってくれているけれど……正直、今は息苦しくさえ感じられていた。 詩音(CLANNAD): ……。私だけでも先に帰ろうかな……。 ホームシックではないので、#p雛見沢#sひなみざわ#rが懐かしいということではない……ただ、楽しんでいるみんなの邪魔はしたくない。 やっぱり、私がいなくなるのが手っ取り早いし確実だ。沙都子も、みんなと一緒なら大丈夫だろう。 詩音(CLANNAD): ……ですね。荷物をまとめに、寮へ戻りますか。 ……お姉の怒る様子が、目に浮かぶ。こんな不義理を働けば、しばらくは分校に顔を出すのも憚られるだろう。 詩音(CLANNAD): ……ごめんなさい。 勝手極まりないと、自分でもわかっている。……だけど、このままだと私は何かをきっかけに理不尽な爆発をしかねない。 そうなる前にとっとと、この優しい場所から退散して……他のみんなの楽しい空気を守りたかった。 校門を出て、長く伸びる坂を下って桜並木を通り過ぎていく。 詩音(CLANNAD): ……? ふと違和感を覚えて、立ち止まる。 ……おかしいな。何度かこの坂を通ったけれど、こんなふうに桜が咲いていた場所があったっけ……? ただ、そんな疑問を抱くことも面倒に思えて……私は、再び歩き出す。 ……とりあえず、寮に戻って荷物をまとめた後はすぐに駅へ向かうか、それとも葛西に連絡して迎えの車をよこしてもらうか……。 あとは手間だけど、お姉に帰ることをちゃんと言ってからの方が後々穏便に片づけることができるか……少し思案に暮れていた。 詩音(CLANNAD): でも、直接言うと引き止められそうですし……やっぱり帰ってから事後報告に……わっ?! 歩く右足首に、柔らかい感触。慌てて下を見下ろすと、そこには……。 猫: にゃーん。 詩音(CLANNAD): って、猫……? 猫: にゃーぅ。 ……どこから現れたのだろう。小さな猫が私の足に身体をこすりつけながら、ゴロゴロと喉を鳴らしている。 ……首輪はしていない。どうやら野良猫のようだ。 詩音(CLANNAD): なんですか、あなた。遊んで欲しいんですか? 猫: なーぅ。 そうだと答えるような猫の返事……まるで本当に話しているようだ。 甘えてくる猫を邪険にできず、私は適当にそこら辺に生えている猫じゃらしをぷちんとちぎる。 詩音(CLANNAD): ほらほら、ふりふり~。 猫: にゃーう。 詩音(CLANNAD): おっ、危ない……くす、なかなかですね。ほらほら、こっちですよ~。 猫: んなーう! あっちでふりふり。こっちでふりふり。猫は律儀に追いかけてくる。 詩音(CLANNAD): くすくすっ……。 ここ最近忘れていた笑顔が、ちょっとだけ出てきた。 猫: んなー……。 詩音(CLANNAD): あっ……? どこに行くんです?この近くは車道があるから、危ないですよ。 いきなり走り出した猫を放っておけず、私はその後を追いかける。 そして、ちょうど学生寮が目の前に見えるところで私は猫に追いついた。 詩音(CLANNAD): もう、心配をかけないでくださいよ。まぁ私もここに戻ってくるつもりでしたから、かえって好都合でしたけどね。 そう言って私は、しゃがみ込んで猫に目線を合わせながら苦笑する。と、その時……。 詩音(CLANNAD): ……えっ? 人の影が足元に伸びてきて、顔を上げる。……そこには、若い女の人が立っていた。 Part 03: 美佐枝: あなた、見慣れない顔だけど……もしかして転校生? 詩音(CLANNAD): あ、いえ……体験学習で一時的にお世話になっておる者……です。 美佐枝: あっ……それじゃ、#p雛見沢#sひなみざわ#rの生徒さん?まっずい、今日だった!?ごめんなさいねー、留守にしちゃってて。 留守? それに、この口ぶりでこの学生寮を訪れたということは、つまり……。 詩音(CLANNAD): もしかして、あなたが……寮母さんですか? 美佐枝: あ、話は聞いてたのね。そう、私はここの寮母をやってる相楽美佐枝よ。よろしくね。 詩音(CLANNAD): あ……どうも。私は、園崎詩音です。 美佐枝: ごめんねー。歓迎会とかやろうって色々考えてたんだけど、実家の方でトラブルが起きちゃって……。 美佐枝: ……って、それはそうとこんな時間にどうして寮に戻ってきたの?ひょっとして、体調でも崩したとか……? 詩音(CLANNAD): あー、いやちょっと……色々あって、私だけ先に帰ろうかなって。 詩音(CLANNAD): あ、他のメンツは予定通りの日程なので。私の姉もいますし、よろしくお願いします。 美佐枝: ……。お姉さんは残るのにあなただけ帰るってことは、家で何かあったって感じじゃなさそうね。 詩音(CLANNAD): …………。 美佐枝: よかったら、話してみない?大丈夫、秘密は守るから。 詩音(CLANNAD): は、はぁ……。 前門には、笑顔の美佐枝さん。 猫: にゃーん。 足元には、じゃれついてくる猫。 このまま振り切って帰るには、どうにも居心地が悪かった。 美佐枝: ……。はぁ、なるほど。つまり詩音さんは、学校が嫌いってわけなのね? 詩音(CLANNAD): 嫌い、と言われれば……まぁ、そうですね。正直言って、嫌いです。 美佐枝: そこまで言わせるなんて、そのルチーアって前の学校は、よっぽど酷かったのね。 詩音(CLANNAD): えぇ、酷かったんですよ!学校でも寮でも、全然気が抜けなくて! 詩音(CLANNAD): 正直、あんなところに放り込んだ親を恨みましたよ! 何考えているんだって! 美佐枝: そっか……よっぽど気が休まらない寮生活だったんだ。逃げ場がないって、辛いわよね。 詩音(CLANNAD): ……はい。ほんとに、辛かったです……! 詩音(CLANNAD): まぁ……私の学園の寮の寮母さんが美佐枝さんみたいな人だったら、もうちょっとマシだったかもしれませんが。 詩音(CLANNAD): でもやっぱり、今一番辛いのは……好きな人が、そばにいないことかな……。 そもそも、ルチーアを脱走したことが自分にとって最善だったと確信できるのは、そのおかげで悟史くんと会えたからだ。 もし、あの決断と実行がなければきっと私は彼のことも知らず……つまらない毎日を送っていたことだろう。 彼と過ごした日々が、私の記憶の中では宝物のように輝いているから……。 だからこそ……辛い。この学園の居心地の良さが、喪失感に拍車をかけていたのだ。 詩音(CLANNAD): 彼……帰ってくるのか、わからないんです。あと、ちょっと複雑な事情とかがあるから他のみんなは彼のことを、話題に出さなくて……。 詩音(CLANNAD): だから、でしょうか……疎外感があるというか私だけが違うように思えて、馴染めなくって……。 美佐枝: そうね……みんなと一緒じゃないって、寂しく感じて当然だわ。 美佐枝: でも……詩音さん。彼のことを、忘れたいと思ってる? 詩音(CLANNAD): いいえ……忘れたくありません。どんなに辛くても、悲しくなっても……彼を忘れることだけは、絶対に嫌です。 美佐枝: なら、それでいいんじゃない? 詩音(CLANNAD): えっ……? 美佐枝: 私もいるのよ。忘れられない……忘れたくない人がね。 美佐枝: その彼のことを忘れたくないから、私はこの学校に、まだ残ってる……。 詩音(CLANNAD): 美佐枝さん……。 美佐枝: だからね。他の人が忘れかけてるなら、なおさらあなただけは覚えていてあげてほしい。 美佐枝: ……なんて、ね。でも、そう思ってる同士で私とあなたは仲間になれる気がするんだけど、どうかな? 詩音(CLANNAD): 仲間に……。 あぁ……そうか。美佐枝さんは明るく振る舞いながらも、私をひとりにさせまいと気を遣ってくれている。 ……やっぱり、こんな人がルチーアにもいてくれたら、私の人生は変わっていたかもしれない。 とはいえ、それで悟史くんに会えない人生は絶対にお断りだけど。 詩音(CLANNAD): ……美佐枝さんの忘れたくない人は、いつか帰ってくるんですか? 美佐枝: それは、ちょっと……難しいかな……。 少し寂しげに、でも断言するということは……。 詩音(CLANNAD): (亡くなったのかな……?) 詩音(CLANNAD): それなのにあなたは、信じているんですね……。 美佐枝: あはは……はたから見たら、確かにおかしな話かもね。 美佐枝: でも、詩音さんが言ってくれたみたいに私がこの寮の寮母でよかった、って生徒がひとりでもいてくれたなら……。 美佐枝: 元々持ってた願い以外の意味ができたら、それはそれで、嬉しいことじゃない? 詩音(CLANNAD): …………。 美佐枝: って、思うのだけは自由よね? 詩音(CLANNAD): ……くす、確かに。素敵な考えだと思いますよ。 詩音(CLANNAD): あの……美佐枝さん。その人のこと、もっと教えてくれませんか? 美佐枝: いいけど……いいの?さっきまで帰ろうと思ってたんでしょ? 詩音(CLANNAD): いえ。美佐枝さんの忘れたくない人のことを聞くまでは、まだまだ帰れない気になりました! 詩音(CLANNAD): ということで、お話を聞く間につまめるお茶請けのお菓子でも持ってきます。この子、ちょっと抱っこしていてくださいね! 猫: んなーう。 美佐枝: あ、ちょっと……? 美佐枝: …………。 美佐枝: ふふっ……面白い子ね。あんたも、そう思うでしょ? 猫: なーう。 それでいい、か。 詩音(CLANNAD): ……今はそれでいいかな、悟史くん。 寮の自分の部屋へと戻る道すがら、ここにいない彼のことを思う。 今、彼がここにいないことは寂しい。 寂しいものは、寂しい。だからその気持ちは、そのままにしておこう。 でも、その気持ちを共有できる人と出会えたことは……ちょっとだけ嬉しい。 詩音(CLANNAD): さーて。荷物を置いたら、美佐枝さんの恋バナを聞き出しちゃいましょう~! …………。 あと、不思議なことに。 後日あの猫と出会った場所に戻ってみると、確かに咲き誇っていたはずの桜の木はどこを探しても見当たらなくなっていた……。