Part 01: 赤坂: ……あの、すみません。少しよろしいでしょうか。 知恵: あ、はい。……私に何か? 赤坂: 突然お声がけをして、大変失礼します。このお財布、あなたのもので間違いありませんか? 知恵: えっ……そ、そうです!でも、いつの間に……? 赤坂: 先ほど商店街を通りがかった時に、たまたまバッグから落ちるのを見かけまして。見失う前に渡すことができて、よかったです。 知恵: そうでしたか……。わざわざありがとうございます、助かりました。 赤坂: お気になさらないでください。これくらいはお安い御用ですよ……うん? 赤坂: あの、人違いでしたら申し訳ありません。あなたは確か、#p雛見沢#sひなみざわ#r分校の先生……ですか? 知恵: ? そうですが……えっと……。 赤坂: あ、申し遅れました。私はこういう者です。 知恵: 警察手帳……ということは、刑事さん? 赤坂: はい。以前、分校でイベントが行われた時に#p興宮#sおきのみや#r警察署のひとりとして参加していて……。 赤坂: 当時は先生たちに、大変お世話になりました。本当にありがとうございます。 知恵: いえいえ、こちらこそ。むしろすぐに思い出せず、大変失礼致しました。 赤坂: 最初と最後にご挨拶をしただけですし、覚えていなくても当然です。実は私も、あなたのお名前を……えっと……。 知恵: 知恵と申します。改めて、よろしくお願いいたします。 赤坂: 知恵先生、でしたか。私は赤坂です。どうぞお見知りおきください。 赤坂: ……とはいえ、私の本来の職場は東京ですのでお目にかかる機会は少ないかもしれませんが。 知恵: 東京から、この雛見沢に……?こちらには出張で来られているのですか? 赤坂: あ、いえ……。興宮署の大石刑事とは、以前からちょっとした親交がありましてね。 赤坂: 近くで野暮用を終えてこの村に立ち寄ったところ、これから飲みに行こうとお誘いを受けたんですよ。 知恵: そうだったんですか……あ、申し訳ありません。警察の方に、詮索じみた不躾な質問をしてしまいました。お許しください。 赤坂: はは、大丈夫です。地元ではない警察の人間がなぜこんなところに、と疑問を抱くのは至極当然のことでしょうからね。 知恵: そういうわけではないのですが……ただ……。 美雪(私服): ……あれっ、赤坂さん!興宮に来てたんですか? 知恵: っ……赤坂さん? 赤坂: こんにちは、美雪さん。奇遇だね。 美雪(私服): はいっ! 朝から図書館で調べ物をしてて、ちょうど帰るところだったんですけど……ここで会えるなんて、今日はラッキーです! 赤坂: はは、そう言ってもらえると嬉しいよ。近くに車を停めてあるから、乗っていくかい?雛見沢の自宅まで送ってあげよう。 美雪(私服): いいんですかっ? やったー!あ、でも自転車で来ちゃったからそっちはどうしようかな……。 赤坂: 後部座席を倒してスペースを作れば、1台くらいなら後ろに積み込めると思うよ。 赤坂: といっても、ひとりだと結構手間だから……少し手伝ってくれるかい? 美雪(私服): もちろん、喜んで!……あれ、知恵先生?赤坂さんと一緒って珍しい組み合わせですね。今日はどうしたんですか? 知恵: お買い物の途中で落としたお財布を、この方に拾ってもらったんです。それでちょっと、お話をしていて。 美雪(私服): へー、さすが赤坂さん!どんなときも市民の味方、警察の鑑ですね! 赤坂: ははっ。警察官であろうとなかろうと、人として当然のことをしたまでだよ。 赤坂: とりあえず、車の停めてあるところまで一緒に行こうか。……それでは知恵先生、こちらで失礼します。 知恵: はい。お財布の件ではお世話になりました。赤坂さんも、気をつけて帰ってくださいね。 美雪(私服): はーい、わかりました~……ん?今のは私に対して言ってくれたんですよね? 知恵: もちろんそうですよ。……あっ、そういえば刑事さんのお名前も「赤坂」でしたね。 知恵: じゃあ、お二人はひょっとして……? 赤坂: いえ、違いますよ。たまたま同じ名字なだけです。……ですよね、美雪さん? 美雪(私服): ……そ、そうそう! 偶然の一致です!親子とかじゃありませんよ~! 知恵: これは失礼しました。なんとなくお二人のお顔が、似ているように見えましたので……。 美雪(私服): えっ……? 知恵: では、私はこれで……失礼します。 美雪(私服): …………。 赤坂: さて、私たちも行くとしよう……ってどうしたんだい、美雪さん? 美雪(私服): あ、いえ。私たちのこと、親子だなんて……なんていうか、えっと……。 美雪(私服): そんなこと言われても、困っちゃいますよねー!赤坂さんだって、その……迷惑かもだし……。 赤坂: そうかな? 私はむしろ誇らしいよ。君のように可愛くてしっかり者の女性が、自分の娘だなんて言ってもらえて。 美雪(私服): ……ぇ……? 赤坂: うちの子が君のように素敵に育ってくれたらどんなに嬉しいだろう、って心から思う。……欲の張った願い事かもしれないけどね。 美雪(私服): …………。 美雪(私服): っ……赤坂さん、ちょっとここで待っててくださいね。私の自転車、すぐそこにあるから取ってきますっ……! 赤坂: あっ……美雪さん? 赤坂: …………。 Part 02: お父さん……赤坂さんの車に同乗することになった私は、嬉しくて嬉しくて今にも舞い上がりそうな気分だった。 赤坂: 助手席で大丈夫かい、美雪さん?後部座席に自転車を積み込んだからとはいえ、ここに座らせて申し訳ないけど……。 美雪(私服): いえ、全然大丈夫ですっ!私は大歓迎ですから! 助手席に乗り込んだ私を気遣ってお父さんはそう言ってくれたけど、私は即座に首を振ってそう返す。 走り出した車の乗り心地は、言うことなし。さすが運転上手なだけあって、揺れもほとんど感じることなく快適だった。 美雪(私服): (はぁ……自宅までなんて、もったいなさ過ぎるよ~。どこかに寄り道してもらえないかなぁ……?) なんて邪な願望を抱いてしまうが、ただでさえお父さんは忙しい身だ。わがままを言うべきじゃないだろう。 赤坂: ……美雪さん。 美雪(私服): なんですか、赤坂さん? 赤坂: 気のせいかもしれないが……やっぱり東京から来た刑事というのは、警戒されるものなんだろうか? 美雪(私服): へっ……どうしてです? 赤坂: いや、その……さっき知恵先生に私の素性を教えた時、妙な反応をされた気がしたからね。 美雪(私服): んー、そんなことはないと思いますよ。警察官だって出張とかはあって当然だし、なにより知恵先生は排他的な人じゃありませんからね。 赤坂: ……なら、やっぱり私の考えすぎかな。この村を以前訪問した時の印象が、いまだに残っているせいかもしれないね。 美雪(私服): 以前って……ダム戦争があった5年前、ですか? 赤坂: あぁ、そうだよ……って、私は君にその話をしたことがあったかな? そう言いながらちらっ、とうかがってくるお父さんの反応に気づいて……私はしまった、と自分の迂闊な発言を後悔する。 ……5年前。お父さんが大臣の孫の誘拐事件でこの#p雛見沢#sひなみざわ#rを訪れていたことを知っている人は、私の周りでも数えるほどしかいない。 にもかかわらず、外から「転校」してきた私がどうして知っているのか……と訝しく感じても当然のことだろう……マズった。 美雪(私服): あ、えっと……以前、大石さんに聞いたことがあったんです。 美雪(私服): どういう経緯だったのかは教えてくれなかったけど、その時赤坂さんと知り合ったんだ……って。 赤坂: なるほど。そういえば、君は大石さんとも仲良しだったね。 美雪(私服): はい。#p興宮#sおきのみや#r署の人はみんな好きで、尊敬してます。……あっ、もちろん赤坂さんもですよ♪ 赤坂: ははっ、そう言ってもらえると嬉しいね。君に失望されたりしないように、今後も職務に励むとするよ。 ストレートに好意を伝えたことが功を奏したのか、お父さんは嬉しそうに笑って素直に喜んでくれる。 ……危ない、危ない。お父さんのような手練れの刑事に不用意な発言は、即命取りに繋がる危険な地雷だ。 ……脳裏に浮かんでくるのは「なにやってるのよ」と呆れ顔で悪態をつく、菜央の顔。 美雪(私服): (んなこと言ったって、しょうがないじゃんか!お父さんと一緒に車に乗ってるんだから、少しは浮かれたっていいでしょー?!) なんて空しい反論を、イメージの菜央に向かってぶつけていると……お父さんは運転に集中しながら話を続けていった。 赤坂: そういえば、美雪さんのお父さんも警察官だって前に話してくれたね。やっぱり、お父さんのことも尊敬しているのかい? 美雪(私服): もちろんです!私が警察官になりたいって思うようになったのは、お父さんに憧れたことがきっかけですから! 赤坂: ……羨ましいよ、君のお父さんが。私はきっと、娘に嫌われてるだろうからね。 美雪(私服): えっ……ま、まさかそんなっ? 驚いてすぐさま反応しようとしたが、それよりも早く車が減速して……静かに停まる。 そして窓から外に目を向けると、私たちの住む家の玄関がすぐそばに見えていた。 赤坂: さ、着いたよ。自転車を下ろすから手を貸してくれるかい? 美雪(私服): あ、はい……。 唐突に話の腰を折られ、私はお父さんに続いて車を降りる。 自転車はすぐに車から下ろすことができたので、その間はほとんど言葉を交わす暇もなく……。 赤坂: じゃ、またね。色々と話ができて、楽しかったよ。 美雪(私服): ……はい。ありがとうございました。 そう返すのが精一杯で、あとは去っていくお父さんの車を見送るだけだった……。 Part 03: 美雪(私服): ……って、嫌ってるわけないじゃんか!絶対あり得ないのに、なんでお父さんはそんなふうに思ってたりするのかなぁあぁぁ!! 菜央(私服): あたしたちに言っても、しょうがないでしょ。本人に伝えないと……なんでそうしなかったのよ? 美雪(私服): 伝えられるなら、とっくに伝えてるよ!できないからここで愚痴をぶちまけてるんでしょーが! 一穂(私服): 愚痴だって自覚はあったんだね、美雪ちゃん……。 呆れた顔でお茶を飲む菜央と、引きつった笑みで煎餅をかじる一穂に事の経緯を説明しながら……私はテーブルをばんばんと叩く。 さっきお父さんから聞いた発言は、私にとって「なんでそうなった? オブザイヤー」の最有力ノミネート間違いなしの大誤解だ。 私がお父さんのことを嫌う? たちの悪い冗談だ。しかも、この「世界」では他人として認識している私にもらすなんて、本気で悩んでいるということじゃないか。 菜央(私服): まぁ、赤坂さんはそう思ってしまうだけの衝撃的な「何か」があったってことでしょうね。……あんた、当時のことを覚えてないの? 美雪(私服): 10年前のことだよっ?アカシックレコードリーダーじゃあるまいし、記憶に残ってるわけないじゃんか! 一穂(私服): そ、そうだよね……。でも、だったらやっぱり赤坂さん本人から聞き出すしか方法はないと思うけど……。 美雪(私服): っ、そうなんだよね……そうなんだけどさ……。 菜央(私服): ……煮え切らないわね。質問を躊躇うような理由があったりするの? 美雪(私服): いや、ない……と思う。ただ、それを知ってからどうやってお父さんを元気づけたらいいのか、わかんなくてさ……。 美雪(私服): 私がどんなに「そんなことない」って否定したってこの「世界」で私は、お父さんの娘じゃなくて……ただの赤の他人なんだ。 美雪(私服): そんな私があれこれ考えて、何を伝えたところで落ち込んでるお父さんにできることはないんじゃないかな、って……。 一穂(私服): 美雪ちゃん……。 菜央(私服): ……何を言ってるのよ、あるじゃない。一番確実で、しかも効果的な方法が。 美雪(私服): へっ……? 菜央(私服): 美雪。あんた、大石さんと親しかったのよね?だったらあの人に頼んで、あんた「自身」に動いてもらえるよう仕向けるのよ。 大石: おぉ、赤坂さん。昨夜はずいぶん飲んでおられたようでしたが、大丈夫でしたか? 赤坂: あ、はい。一晩ホテルでぐっすりと寝たおかげで、すっかり抜けました。 大石: いやいや、珍しく元気がないご様子でしたからねぇ。何があったんだろうと、熊ちゃんと鑑識のジジィも心配していましたよ。 赤坂: あははは……いや、お恥ずかしい。できれば忘れていただけると、ありがたいです。 大石: んっふっふっふっ、ご安心を。私は年のせいか、物覚えが悪くなっていましてね。 大石: そうそう赤坂さん、今日はもうお帰りの予定ですか?もし良かったらこの後少し、つき合ってもらえると嬉しいんですが。 赤坂: この後……ですか? 大石: えぇ。実は署の連中と、古手神社で花見の席を設けることになりましてね。 大石: あなたさえ良ければ、ちょいと一献ご同席をお願いしたいと考えたんですが……どうです? 赤坂: ありがたいお誘いですが……休み返上で家族を置いてきているので、今日はもう帰らせていただこうかと。 赤坂: 特に娘には、可哀想なことをしてしまいました。……今さら手遅れかもしれませんが、少しでも失点を取り戻しておきたいのです。 大石: ふむ……なるほど、なるほど。そういうことなら無理にお引き留めしませんので、どうぞお気になさらないでください。 大石: ……あぁ、そういえば先ほど電話がありましてね。あなたに取り次いでもらいたいとのことでしたので、お願いしてもよろしいですか? 赤坂: 私に……?誰からでしょう、とりあえず出ますね。 赤坂: はい、もしもし……? 美雪(私服): 『あ……パパ? あの、おはよ~……』 赤坂: み……美雪っ?なんで、ここの電話に……?! 美雪(私服): 『っ……ごめんなさい、パパ。お仕事がいそがしいのに、あそんでくれないってわがままを言って、こまらせちゃって……』 赤坂: いや……私の方こそ、本当にすまなかった。やっと取れた休みだったのに、急な仕事で約束を破ってしまって……。 美雪(私服): 『ううん。大石のおじちゃんが、おしえてくれたよ。パパはたくさんのこまった人をたすけるために、ずっとがんばっているんだって』 美雪(私服): 『パパはぜんぜん、わるくないんだって。だから……』 美雪(私服): 『……きらいって言って、ごめんなさい。ほんとうは大好きだから……美雪、パパのことをだれよりもそんけいしてるから……』 赤坂: 美雪……っ……! 美雪(私服): 『おしごと、がんばってね……パパ!おみやげ、たのしみにまってるから! じゃあね!』 …………。 大石: よかったですね……赤坂さん。 赤坂: ありがとうございます、大石さん。思い悩んでいたことが……癒やされた思いです。 赤坂: ……。お花見の席ですが、少しお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?昨日よりも、おいしく飲めそうな気がするんです。 大石: ……それでは! 本日のスペシャルゲスト、赤坂さんに軽く芸をやってもらいましょう!どうぞ、よろしくお願いします! 赤坂(ジャージ): 1番、赤坂衛!この竹刀で花びらを斬ってみせましょう! 熊谷: し、竹刀でっ?さすがにそれは、冗談っすよね……? 鑑識: かっかっかっ、わからんぞぅ?あの男、大石が見込んだほどの武術の使い手という話だからのぅ。 熊谷: いや、武術の達人だからって竹刀でどうやって斬るんすか?空気抵抗で花びらが吹き飛ぶだけっすよ……。 赤坂(ジャージ): 行きます……はああぁぁぁああっっ!!! 熊谷: なっ……ほ、本当に斬れたっす……?なぜ? どうやって? つか、マジで?! 大石: なっはっはっはっ、さすがは赤坂さん!熊ちゃんのためにもういっちょ、お願いします! 赤坂(ジャージ): わかりました……それではっ! 圭一: ……なんか、盛り上がっているようだな。あれって#p興宮#sおきのみや#r署の人たちと……赤坂さん、だろ? レナ(私服): はぅ……でもなんで、赤坂さんはジャージ姿になっているのかな、かな……? 梨花(私服): みー。さっき派手にお酒を引っかけられたので、魅ぃが代わりの服を用意してあげたのですよ。 沙都子(私服): ……もう少しマシな服がありませんでしたの?あれではまるで、暑苦しい体育教師ですわ。 一穂(私服): よかったね……美雪ちゃん。赤坂さん、元気になってくれたみたいだよ。 美雪(私服): うん。……それもこれも、キミのおかげだよ。本当にありがとう、菜央。 菜央(私服): あたしじゃないわ。赤坂さんを元気づけたのは、10年前のあんた自身よ。 美雪(私服): あははは……そうだね。……うん。よくやったよ、「私」……。