エピローグ



 四日後──第弐富士の中央公園セントラルパークにはアギトの姿があった。

 ベンチが二脚、背中合わせに置かれる。そのうちの一脚にアギトが座っていた。アギトは長い足を組む。光学の書面データを読んでいた。

 それは既に幾つかの組織が、極秘に追跡を始めている【富士ファイル】──そして、それに付随するドール・ワルツ・レクイエムの〔オリジナルアニメ脚本〕だった。

「最後まで読んでなくてな。なるほど、こういう感じに転がっていくのか」

 アギトは独り言をつぶやく。しかしそれは、通信先の相手に言った言葉である。

「本当にこうなるのなら、とことん神様は人類俺たちを嫌っているようだ」

『これで六人の無変化分類ノンギフトが舞台に上がった……いや、故・かんみどり氏が引き寄せた、か』

 アギトの耳奥で声が響く。

 アギトは書面データから視線を上げる。正面の慰霊塔を見上げた。

生存アライブ第六感センス二心二技ダブル呼応ボイス……そして、お前の数秒予知ビジヨン……これだけの無変化分類ノンギフトを一か所に集めた、故・神無木氏の遭遇エンカウント……彼女の尊い犠牲に、心から敬服の意を送る』

 アギトは慰霊塔に向かって「だとよ」と、声をかける。

『あのハズレクジは後回しだ。今のところ計画の邪魔になっている訳でないからな。今は目の前の大事に備えるとしよう……お前の【アモン】が完成した。そちらの【巨人狩り】に合わせて投入しよう』

「そうか。今、乗っているも気に入ってたんだがな。あと、おれの方でスカウトしたいやつがいるんだ。機会があればまた会ってくれ」

 アギトが通信する中──粛然とした空間を壊す者がやってくる。セグウェ〇に乗った彼女はバタバタと手を振った。アギトは両まゆを上げる……やってきたのはふし飛鳥あすかだった。

「アギた~んっ! 話ってな~に~っ!」

 ベンチ前にセグウェ〇が止まる。ピョンと飛鳥が跳び下りた。アギトは耳の穴に人差し指を入れる。ゆっくりとベンチから立ち上がった。

「なぁ伏見……おまえ世界征服に興味無いか?」

 聞いた途端、飛鳥は目をきらきらと輝かせた。



 時刻不明──は寒くて薄暗い、石作りのろうごくだった。

 日の光も差さない。生臭い匂いで充満している。

 中央の壁に、が両手首をるされ、拘束されていた。上半身裸である。身体からだや顔にむちあとや、げきこんが残っている。爪も何枚かがされていた。

 水久那は命からがら、敵地からショワンウーを持ち帰る。

 帰島後の彼に下されたのは厳罰だった。【スカーレット・レディとの戦闘データ】が無ければ、間違いなく廃棄処分にされていただろう。水久那はそう思っていた。

 ──なぁ……。

めてよ。痛いし、疲れてるんだからさ」

 水久那は中の自分と会話する。

 水久那は解離性同一性障害──俗に言う二重人格──に似た症状を、ヘキサになったことで併発している。二つの人格が一つの身体の中で共存し、入れ替わる事が出来るのだ。でも彼の場合、精神が入れ替わるとスキルや身体能力にいちじるしい変化が現れる。文字通り、変身してしまうのだ。

 研究者は水久那のこの異能を【二心二技ダブル】と呼んでいる。

 もう一人の自分、【宿儺すくな】は水久那に言った。

 ──ロイヤルガードここ、抜けださねぇか?



 翌日一四時。

 機兵部の部室にげつがやってくる。着替えの入ったボストンバックを肩にかけていた。

 月下は鼻歌交じりでホワイトボードに視線をやる。その口元を緩ませた。

〔祝! ぬま、副部長昇進

 昨日、この部室でぬまの昇進パーティーが開かれたのだ。もちろんげつも参加した。

 みどりが死んで以来だった……あんな風に機兵部の皆と騒いだのは。

 月下は緑のえいの前まで来る。静かに目を閉じ、三〇秒のもくとうを捧げた。

 ──緑……お前の守ったものは、今もちゃんと、この部室にあるよ。

 月下は静かに目を開ける。緑の写真をみて「よし」と気合を入れた。

「そーいや、あいつら、まだ来てねーのか」

 月下は誰もいない部室を見渡す。親分の自分よりも遅く来るなど月下は許さない。

 月下は三人の子分どもをしかろうと決めた。



 一九時──ファミレスの四人席に、じゆう日向ひなたの姿があった。

 学校帰りなので二人とも制服姿である。柔呉たちは少し真剣な話をしていた。

 面倒見のいい整備部の親方は、糸目をより細くした。

「じゃあ、正式に機兵部に戻るんだな?」

 日向は少し間をおいてから「はい」と答えた。

 柔呉は仕方ないと思う。先日の日向の戦果はすさまじかった。初搭乗のグラン二号で、敵戦力の実質、四割を壊滅させてしまったのだから。学園が戦力拡大に向かう今、こんな心強いパイロットを整備兵として遊ばせておく理由はない──

 柔呉は寂しい気持ちを殺す。日向の門出を祝福した。

「副部長。この半年間……本当にお世話になりました」

 柔呉はテーブルに手を付き、頭を下げた。

 一方、柔呉のつむじをみて日向は悲しい気持ちになる。どうして『行かないで欲しい』と言ってくれないのだろう。日向は心の片隅でそう思っていた。



 二〇時──セレンとあおいがロープウェイに乗る。一緒に車内で揺られていた。

 時間も時間なので、通学用のロープウェイは二人しかいない。

 私服姿のセレンは、下の森を窓から眺めていた。横にはあかねエイルン夏樹の為に作ってきた夕飯が、四段重ねの重箱に入って包まれている。

 せいかいは今日も学園に泊まり込みだ。エイルン夏樹もまた、エルフィーナの整備で今晩は帰らないとメールが入っていた。そこでセレンと葵は、学校に押し掛ける事にしたのだ。セレンを横目で見ていた葵……ふと思い立って質問した。

「セレンってさ……隊長のこと好きなの?」

 セレンは無表情のまま葵の方を向いた。



 二〇時半──らいちようの執務室であかねが書面データに目を通す。

 雷鳥がごうしやに腰かける。その横にはなかの姿もあった。茜が光学書面データをゆっくりと閉じた。声を震わせて雷鳥に聞く。

「塾長……中国と戦争をする気ですか?」

 雷鳥は悪い顔になる。否定も肯定もせずに笑った。雷鳥は茜に聞き返す。

うれしそうじゃないか?」

 茜は笑っていた……顔の形を確かめるように両手で触る。雷鳥の隣で紫貴が言った。

「茜。貴方あなたはその計画を詰めてちょうだい。人員・予算は遠慮なく注文してくれて構わないわ……これは絶対に失敗が許されない計画よ。心して掛かってちょうだい」

「【みようじよう】を奪い取るなんて……下手すれば国家反逆罪だ」

 田中が青い顔でこぼす。雷鳥は笑いながら田中に言った。

「アンタも聞いちまった以上は共犯さ。田中は今後、二人のバックアップに回っとくれ」

 最後に茜は質問する。そのひとみの奥にあるのは、怖いもの見たさ──好奇心だった。

彼にはこの計画を既に?」

「おは明日さ。ハッピーバースデイ、【刀の七ブレイド・セブン】ってとこかい」

 茜は不謹慎にもワクワクしていた。そしてこの物語の主人公である彼を、少しだけうらやましいと思ってしまう……彼の人生が大きくねじ曲げられると知って。



 二二時──第七地下シェルター。

 重機と作業車が格納庫内をう。ウインチが真紅の装甲板を水平に運んで行く。

 整備部の女子部員が声を張り上げながら意思疎通を図る。彼女たちは大破したファラリカユニットの修理に従事していた。中央スペースにはエルフィーナがひざを折って座っている。その瞳は開いていた。中にいるエイルン改め、なつとある人物と交信をしていた。

 コックピットモニターに映るのは、赤バンダナにサングラスをした老人だ。あごひげをたっぷりと蓄える。胸と肩の筋肉でTシャツは大きく盛り上がっていた。

『いやぁ! 驚くほど美少年に成長して! 目元はきっと雷さんに似たんだなぁ! きっと、モテモテだろう!? ぐぁっはっはっは!』

 そのパワフルな人柄に、夏樹はややされる。

「恐縮です。すみません夜に……しかも秘匿回線でなんて」

『いーのよいーのよ! お祖父ちゃん、そんなことじゃ怒らないから! ぷは! お祖父ちゃんだって! くぅ! いーなーっ! お祖父ちゃん!』

 老人は豪快に笑う。夏樹はチクリと心が痛んだ。

 エイルンが名乗っている【むろ夏樹】という名前は、雷鳥の孫の名から来ている。

 その孫というのが、この老人の血を引く……二人の隠し子の実子なのだ。

 この事実は公には知らされていない。氷室ざいばつそうすいとヘキサの間に子供がいたなんて、世間に知られれば大スキャンダルになるからだ。

 そんならいちようの孫【むろなつ】は二年前、ネイバーの起動実験で命を落としている。

 そして……その事実を、目の前の老人は知らされていない。

「お目にかかれて光栄です……ゆう武蔵むさしさん」

 老人・武蔵は笑う。サングラスを持ち上げ、少年のようなひとみを夏樹に向けた。

『お祖父ちゃんでいいのよ? マイグランサンっ!』

 彼こそ、日本をマリスから半世紀守り抜いた大英雄、結城武蔵その人だった。



 翌日の八時。

 ななおうぎ大和やまとは一人、特別棟の廊下を歩く。明朝、から出頭命令を受けていた。

 ──ったく、こんな朝っぱらから呼び出しおってからに。

 あれから大和は正式に機兵部に籍を戻した。学園に仕込んでいた破壊工作等の罪は、今回の功績とでそうさいされる。賞罰なし。またゼロからのスタートとなる。

 ──おまけに待遇は改善しないわ、周りのやつも体の良い雑用が戻ってきたくらいしか思っていないわで、ムカつきますわー。あいつら一回、殴りたいわ!

 あの戦闘の次の日、あおいから渡されたのは今回の戦闘の報告書類(部長様記入用)だ。他の部員の反応も『七扇さんって強かったんスねー』くらいだった。

 大和はぜんと窓の外を見る。さんさんとした太陽を見て、自然と顔がほころんだ。


 愛する人の死──少年はそれを受け入れられなかった。だから理由を求めた。

 胸に残ったやるせなさを、何かに転嫁したかっただけなのかもしれない。

 でも少年は、自分の真逆を行く男に出会った。

 きぬせぬ言動。裏表の無さすぎる性格。強すぎる力を全く出し惜しみしない。頼みもしないのに他者に干渉しようとする……少年にとっては疎ましいこと、この上ない人物だ。だが皮肉な事に……かつて少年の惹かれた少女と重なる部分も多かった。


《ヤマえも~ん。困ったから何とかして~》


 少年・大和は「ったく」と笑みをこぼす。

「まー、やる事があるのは……存外、悪いことでもない、か」

 こうして大和は表舞台に立つ。かつての大和は力の振るい先を見つけられずにいた。

 でも今の彼は、自分の向かう先がはっきり見えている。かつて守れなかった……彼女に変わって、自分が皆を連れて行く。

 彼女が描き続けた〔夢の終着点〕に。

 今のところは、自分と対等と認める事が出来た……彼と────────