Ⅹ 月の女神ルインレーゼ



 第七地下シェルター──赤いしつぷうが片ひざを付けて待機している。

 正面で眠るのはエルフィーナだ。その様は、木陰で転寝をするしゆくじよのようである。

 そばには、真紅のパイロットスーツ姿のエイルンがいた。

 エルフィーナはエイルンが呼び掛けて二〇分がたないと起動しない。敵の到着まで、起動はかなわないとエイルンは踏んでいた。

 エルフィーナの膝元まで来る。エイルンは彼女のドレスすそに触れた。

「なぁツルギ。このはいつだっておれの事を守ってくれてるよ」

 エイルンは穏やかに笑う。その心中には覚悟の刃を携えていた。

「安心して眠ってくれ……君には指一本触れさせやしないさ」

 紅の勇者は、月の女神【ルインレーゼ】に誓いを立てる。

 愛する人がのこしたまなむすめを守り切る。例え……この身が朽ち果てようとも──


    *****


 二つ目アイカメラの頭部ユニット。双肩に旋回補助のブースターを付ける。かつてあおいが使用していた疾風である。【葵機】改め【エイルン機】が煙の中から飛び出した。

『うぉおおおおぉおお!!!』

 エイルン機が、空中で携行地雷をショワンウーに投げつけた。

 即座に、腰にマウントしていたスイートビーを構える……銃口がぜた。

 ショワンウーの懐で爆発が起こる。爆風をもろに受けるも、ショワンウーは身体からだを揺らしもしなかった。しかし──

『武器破壊っ!?

 ショワンウーの右腕に下げられていたアンチマテリアルライフルは、砲身が折れ曲がっていた。

 エイルン機は火花を散らして接地、そのまま高速移動を開始する。

 じゆうおうじんに格納庫内を滑る。コンクリートにタイヤの跡が付いた。エイルン機のスイートビーがうなりを上げる。

 ショワンウーを銃弾が襲う。しかし、ぶ厚いショワンウーの装甲にむなしく弾かれる。それでもエイルン機は銃を乱射しながらショワンウーに特攻した。

 ショワンウーがこぶしごと大盾を振り上げた……エイルン機目がけて振り下ろす。

 エイルン機が紙一重で跳び上がった。

 激震──ショワンウーの大盾が敷地鋼材をめくる。大衝撃が格納庫全体を揺らした。

『なぁ──っ!!

 エイルン機の巨大タイヤロードホイールる。ショワンウーの振り下ろした右腕を道に、エイルン機が一気に駆け上がった。

『でぇいやぁっ!』──ショワンウーの顔面を左足でり飛ばす。

 エイルン機がショワンウーの背後で着地する。右肩のブースターが火を噴く。エイルン機が旋回した。同時に空になったスイードビーをショワンウーに投げつける。

『火の玉女か!』『違う! 彼女はっ──』

 ショワンウーから、同じ声で、二人分の驚きが流れた。

 ショワンウーが、とうてきされたアサルトライフルを盾で弾く。でもそれは眼潰しだった。

『っ!!

 次の瞬間、二個の携行地雷が飛んでくる。

 再び爆発が起こる。ショワンウーの上半身が爆炎に包まれた。

『彼女はここまで考えないっ! 第一──っ』

 爆炎の中からショワンウーが顔を出す……眼前には既に、携行地雷を持って左こぶしを振り上げるエイルン機がいた。

 きようがくがショワンウーから漏れる。

せんそう肉弾戦をやるバカが生き残れるほど……氷室義塾ここは甘くない!』

『はぁあ!』

 爆撃の左ストレート──エイルン機の左半身とショワンウーの上半身を炎が包んだ。

 さしものショワンウーも後ろへ下がる。エイルン機は、敷地鋼材の上を何回転も転がった。エイルン機が地面に右手をつけて立ち上がる。

 エイルン機の損害は甚大だった。捨て身の一撃で左肩から先を無くす。左のアイカメラはつぶれていた。顔半分の塗装はげ、鉄色になっている。

 対するショワンウーは……全くの無傷だった

 その事実が、戦騎装とネイバー──両者のマシンスペックの絶望的なまでの差を、エイルンに見せつけた。

 ネイバー16番機ショワンウー──ロイヤルガード秘蔵の〔おんみつ強襲〕を得意とするはんよう機だ。それは【ミスティミスト】を始め【八〇ノットの無音進水】など、対・戦術兵器に有効な機能を有すことに起因する。

 マリス殺しの代名詞たるネイバーの中では異端の機体といえよう。

 だが、その真価は決して〔高い隠密性〕にあるのではない──

 エイルン機が右ひざからバレルスライサーを引き抜く。コンバットナイフを逆手に、滑走した。跳躍し様にナイフを振り上げる。ショワンウーの頭部をいつせんした。

『っ!?

 避けもしないショワンウー──折れたナイフの刃が虚空に舞った。

『無駄だよ。ショワンウーこいつは世界で最も堅いネイバーなんだ』

 ロイヤルガードのデータでは、発見済みのネイバーでショワンウーの硬度・耐久度に勝る機体は存在しないとされている。防御形態に入ったショワンウーは核ミサイルの衝撃にすら耐え切る。せんそうの武装くらいでは損害を与えられないのだ。

 コックピットにいるエイルン──ライダースタイルでそうじゆうかんを強く握る。心中の刃は折れるどころから、きらめきさえ帯び始めていた。そう……理屈ではないのだ、この戦いは。

「だから……どうしたっ!」

 エイルンは右の操縦桿を最奥まで押し出す──エイルン機が再び滑走を始めた。

 ギュルギュルと鋼材をんで巨大タイヤロードホイールが回る。ショワンウーの懐まで一気に距離を詰めた。

 ショワンウーの全高差は一〇メートル以上だ。力士と園児ほどの対格差がある。


 それでなお、丸腰のエイルンが挑んだのはゼロ距離────血風決死の格闘戦ドツクフアイトだった。


『来ぉおおぉい!』

 エイルン機からほうこうが上がる。するとショワンウーから二人分の感想が届けられた。

『いかれてるぜコイツ』『だが、どうしようもなく……熱くさせられるっ』

 ショワンウーは真っ向からエイルンの挑戦を受け止める。

 片腕一本。武器は無く、性能差は天と地だ。それでもエイルン機は戦う。

 ショワンウーのあごをアッパーでかち上げる──エイルン機のこぶしが手首までつぶれた。

 ショワンウーのごうけんを紙一重で避ける。顎下のアンテナがへし折られた。

 カウンターざまにショワンウーの頭部に頭突きをする。エイルン機の前頭葉が陥没した。

 しかしエイルン機は止まらない。

 機体のを武器に、ショワンウーへ攻撃を繰り返す……攻撃こそが最大の防御だった。

 ショワンウーの身体からだは大きい。懐に入られると攻撃のパターンが極端に限定される。エイルンは鈍重なりと、両手の盾さえ避け切ればいい

 しかし、そのリスクは極限だ。

 ショワンウーが盾を振り下ろす。敷地鋼材がめくれた。石柱が二つ出来上がる。

 ショワンウーの一撃の前ではエイルン機など、重機プレスの前で躍る鉄材に過ぎない。

 クリーンヒットすれば、コックピットごとペシャンコにされる。

 そんな一瞬、一瞬の命のやり取りで、エイルンは追憶する……相棒との思い出を。

《紹介するわ。私の可愛かわいい娘で助手の【エルフィーナ】よ》

《お初にお目にかかります。バザット大尉》

 おさなじみが紹介したのは、幼女と見間違える可愛らしいアンドロイドだった。

 ──君と出会ってずいぶん時がったように思うよ……エルフィーナ。

 エイルン機がショワンウーの懐を飛び回る。

 ショワンウーの腕や盾を足場に変え、回避運動を取った。ショワンウーの顔に向け、エイルン機は潰れた右拳を振り上げる。

《私は私の認めたお方としか踊りたくありません。その辺の軍事兵器ごときと同列視してくる、粗野できようさくな視野の持ち主など、私に乗る資格はないと意見します》

 彼女が【エルフィーナ・ルインレーゼ】になってからの衝撃は今でも忘れられない。パイロットの搭乗を拒むシュプリームドールなどエイルンは初めて見た。

 ──最初の方、君はずいぶんとおれを乗せるのを嫌がっていたよな。

 コックピットのエイルンが苦笑する。

 外界ではエイルン機の上腕が舞っていた。エイルン機はひじから先を失う。切断部分からは火花が上がっていた。

《どうしてこんなぼくねんじんにお母様は(ボソ)……お母様のお願いですから搭乗を許可しているのです。そこのところをお忘れなく。バザット大尉》

《な! どうして君はそう! 突っかかるような言い方を!》

《やめなさい!》

 エルフィーナはかよく突っかかってきた。自分もムキになって言い返すと、ツルギに頭をたたかれた。ツルギはいつだって、エルフィーナの肩を持つのだ。

 ──今思えば……君は煮え切らない俺の態度に怒ってたんだろうな。

 エイルンが短く息を吐く。両方のそうじゆうかんを引いた──エイルン機の右肩のブースターが火を噴く。両足の巨大タイヤロードホイールが敷地鋼材に円を描いた。

 エイルン機がコマになる。折れた肘先をショワンウーの腹に叩きつけた。ショワンウーは一歩、後ろへ下がる。エイルン機の右肩がざんがいになって転がった。

《この身が朽ち果てる、その時まで……貴方あなた様の進む道に、私も在りましょう》

 そしてエルフィーナは……ツルギを亡くした自分にそう言ってくれた。

 だからエイルンも誓ったのだ。

 自分の信念で死なせてしまったおさなじみと、自分の信念に今も付き合ってくれる忘れ形見に────この命を以て報いると。

 弱き者の味方になる。一粒でも多くの涙を止める。牙を持たぬ者の牙になる。

 それがこの改造人体とエルフィーナを与えられた、エイルン=バザットの余生────そうしなければ、胸を張って愛する人に会いにけないのだ。

『もう無駄なんだ……あきらめてくれないか』

 突然の申し出に、エイルンは目を見開く。

 気付けばショワンウーは攻撃を止めていた。サブモニターの機体状態ステータス画面は、全身のほとんどが赤く点滅している。エイルン機の限界はとうの昔に超えていたのだ。

「あきらめる?」

 コックピットでエイルンが焦点を失う。紅のりようは震えていた。

『君からはすごい覚悟が伝わってくる。初めて会ったんだ……敵対して殺したくないって思えた相手には……ぼくたちはその機体さえ壊せればいいんだ。だから──』

「だから? だから…………なんだっ」

 エイルンはくちびるみしめる。赤い線が口元を伝って落ちた。

『もう、引いてくれ』

 エイルンの怒りが最高潮に達する。涙を溜めてそうじゆうかんを前に押し出した。


『娘を捨てる親がいてたまるかぁ!』──エイルン機の右ひざがショワンウーの顔面を襲う。


『この機体はアイツの大事な娘なんだ! そしておれはそれを預かった!』

 エイルン機がショワンウーの腹をたぐり回す。足の甲がつぶれる。左の巨大タイヤロードホイールが外れて転がった。

 それでもエイルン機は蹴りをめない。

『女を見捨てる男に成り下がれと言うのか! 娘を捨てるになれと言うのか! 俺は軍人だ! をもがれ、首一つになろうと! 守るべき者を放棄するわけないだろう! 死ぬそのまで、果たさなければならない使命がある! 在らねばならぬ姿が在るんだ!』

 エイルン機がショワンウーから距離を取る。壁際にあるがら盤──作業用リフトの稼働スイッチ──を蹴り潰す。ショワンウーの足元が高速で動き出した。

 ハンガー移動用の巨大リフトだ。ショワンウーが体勢を崩す。エイルン機が飛び掛かった。ショワンウーの身体からだあおけに倒される。

 高速で格納庫の外へと押し出される二機──ショワンウーの装甲と敷地鋼材が擦れて火花を上げた。その最中、エイルン機はショワンウーの首に両足を絡ませる。

 エイルン機の内側が光り出す。中から悲痛なまでのエイルンの叫びが上がった。


『そうしなければ俺は……アイツに合わせる顔が無いんだぁあああああぁ!』


 自爆するエイルン機──高速で押し出される二機をしやくねつの炎が包み込んだ。

 炎を引き裂き、中からコックピットブロックが飛び出す。

 コックピットブロックが外壁にぶつかった。それでもジェット推進は止まらない。コックピットブロックは激突を繰り返す。エルフィーナの方まで転がった。

 中のエイルンが外へとほうり出される。エイルンは額をぶつけ、ほおを擦った。エイルンの身体が何度も地面にたたきつけられる。やがてその身体はエルフィーナの前で止まった。

「ぐ! がはっ! はっ! はっ!」

 苦しそうに息を吐きながらエイルンが立ち上がる。額からは血が垂れ、真っ赤な髪やパイロットスーツはススだらけになっていた。

 前方に広がるのは炎の海……巨体が揺らめく事にエイルンは気付く。荒い呼吸を整えながら面を上げた。地面を揺らし、ショワンウーがゆっくりとやってくる。

『こいつ危険だ。もう殺せ。時間もかかり過ぎた』『待って、もう少しだけ』

 エイルンは、まただと思った。同じ声なのに口調が全然違う。エイルンは先ほどから、一人芝居を聞かされている気分だった。そんなエイルンをに、の声が響く。

『やっぱりスカーレットα……君が乗ってたんだね』

 敵意などじんもない。れんびんさえ感じられる声で水久那は言う。

『その機体の破壊さえできれば、ぼくはすぐにでもこの島を去る。最低限の抵抗はさせてもらうけど、無為に命を奪ったりするようなこともしない。だからもう引いてくれないか?』

 エイルンは虚脱する。無意識に懐中時計を取り出し、蓋を開けた。

 二〇分にはまだ届かない。エイルンはけんしわを寄せ、目を閉じる──

 それは万策が尽きた事を意味していた。

 エイルンはぼうようとした視線で後ろを向く……背後ではエルフィーナが眠っていた。そんな彼女の寝顔を見ると、エイルンの口元が自然と緩んでいった。


 一方、エルフィーナのコックピット内は照明がいていた。

 コックピットモニターに、プログラム言語が高速で走り続ける──

 スペルが横向きに表示されては『Error』が浮かんでリセットされる。すぐまたスペルが走り出し『Error』とリセットされる。それが何百回、何千回と繰り返されていた。そして……サイドモニターにはエイルンの姿が拡大表示されていた。

『このは、いつもおれのワガママに付き合ってくれるんだ。文句も言わず、いつだって俺のことを支えてくれる。本当に俺にはもったいない、過ぎたダンスパートナーだよ。君は……』

 エルフィーナの閉じた右目からはマシンオイルが流れ出す。


「だからっ──!」

 エイルンはショワンウーに向き直る。エルフィーナを守るように、足を前に踏み出した。

「俺の全部で二人に報いる! 俺の目の黒いうちは、コイツには指一本触れさせないっ!」

 エイルンはショワンウーに敢然と言い放つ。ショワンウーからていかんの声が漏れた。

『そのロボットを作った人が……本当に好きだったんだね』

 エイルンが駆けだす。ショワンウーも地面を揺らして走り出した。

「うぉおおおおおおぉおぉおおぉっ!!!!

 エイルンは走りながらこぶしを握った。一歩毎に巨大化していくショワンウー……身体からだきしませる痛苦を無視して、エイルンはショワンウーへ立ち向かう。

 ──ルインレーゼよ! 悲しくも美しい、闘いの女神よ! 俺は数え切れない人を殺してきた! 俺にはもう、その資格は無いのかもしれない! でもっ!

『君とは、こんな形で出会いたくなかった!』

 ショワンウーが右手のラージシールドを振り上げる。エイルンも弓を引くように右の拳を引いた。

 ──でも、かなうなら! 許されるのなら! どうかおれをアイツのところへ……ツルギの下へ導きたまえっ!

 涙の粒がはかなく宙を舞う。エイルンは泣きながらくちびるを震わせていた。

「それがダメなら……せめてっ、せめて、あのエルフィーナ寂しがり屋だけでも! ツルギ母親の下へ連れてってやってくれえぇっ!」

 エイルンの視界全部を、ショワンウーのシールドが覆い隠す。

 エイルンも握ったこぶしを解き放つ。

 それが愛する家族へ自分ができる……せめてものわるきだった。

 ──エルフィー……ナ。

 せつ────鮮やかなまでの〔真紅〕がエイルンの視界を横切る。

 次の瞬間、身体からだが跳び上がるほど地面が揺れた。

 ──なぜ?

 巨大で真っ赤なハイヒールが、エイルンの前の鋼材を盛大に踏み割っていた。

『なん──っ!』

 ショワンウーの振り下ろした甲羅の盾が、勢いよく後ろへと弾かれた。

 ──まだ二〇分、って……

 エイルンが面を上げる。頭上で、天幕のように真紅のドレス袖がなびく。

 長い髪が金色に輝く。一七メートルのしゆくじよが右拳を引いた。まるで主の振り上げた拳にこたえるかのように……。

 貴婦人帽子の下からぼうのぞく。ほおにはマシンオイルが涙の軌跡を作っていた。


『ハァアアアアアアァっ!』──ショワンウーの胸部装甲が陥没する。


 エイルンの視界が映したのは、はしたなくも拳を振り下ろした淑女の後ろ姿だった。

 ──吹き荒れる豪風。──一直線に後方へ殴り飛ばされるショワンウー。

 衝撃の大波が襲ってくる。エイルンは顔を腕で覆った。

 そんな彼を包み込むように、大きな影がエイルンを隠す。

 やがて衝撃がむ……エイルンはゆっくりと目を開けた。

 眼前には、しゃがんだかつこうで自分を見下ろすエルフィーナがいた。エイルンはポケットから紅の懐中時計を出す。

「まだ、二〇分経ってないのに──」

『今回……初めて本機の判断で、お母様のプログラム言い付けを破りました。貴方あなたさまのお声、しっかりと届いておりましたよ』

 驚くエイルンにエルフィーナが話しかける。エイルンは目を丸めた。

「自分の意思で……プログラムを書き換えた?」

 エイルンはにわかに信じられなかった。エルフィーナは、その表情に悲しみをたたえていた。両手で水をすくうように、エイルンの足元に手の平を寄せる。

『アナタ様の死をして、お母様は私にこのボディをお与えになられました。それなのに……これではまるで逆ではありませんか』

 エイルンは緊張の糸が切れる。全身の重さが何倍にも膨れ上がった。エイルンは重い足取りでエルフィーナの手の平に乗る。

「いつも君には守ってもらってるんだ。これくらい何でもないよ」

 エルフィーナが両手を眼前まで持ってくる。間近でエイルンの顔をのぞきこんだ。

『本機の存在理由に疑問を持たざるを得ません。どうか……どうか二度と、このようなはしないとお約束して下さいませ。ムッシュ」

 エイルンは腕を伸ばす。エルフィーナのほおを優しく擦った。

「無理だよそれは。あいつにとってもおれにとっても、君は掛け替えないのない宝物で家族なんだから。それに……君に何かあったらツルギに顔向けできない」

 エルフィーナの右目からマシンオイルがまた垂れる。エイルンは安心させるように、その笑みを深くした。

『……仕様の無いお方です』

 エルフィーナがエイルンに頰擦りをする。エイルンの上半身を、女の肌の感触が包んだ。

「わっぷ! はは!」

 エイルンも自分の頰をつける。エルフィーナの頰に全身を預けた。

「ツルギの下にくなら二人一緒にだ。絶対に俺は……君を一人にしないよ」

 エルフィーナの青いブローチ──コックピットハッチ──が下にずれる。

 エイルンはエルフィーナのコックピットに飛び乗った。

 エイルンがごうしやなパイロットシートに腰を掛ける。両サイドからそうじゆうかんが伸びた。コックピットモニターが外の景色を映し出す。

 格納庫内は所々に炎が燃え移っていた。メインゲートの外でショワンウーが起き上がる。

 エイルンがエルフィーナに言った。

「エルフィーナ! ここで戦ったら被害が出る! まずはあいつを本部から引き離す!」

『かしこまりました。全方位格闘戦闘フアンフアーレを自動選択します』

 ドレススカートのバラの意匠、ロックボルトが回転──スカートが三つに分割する。

 ドレス装甲がパージされた。エルフィーナの真っ赤なヒールと脚線美が覗く。

『コンバットモーションが七五二八パターンから二四七八九パターンまで拡張されました。【アルティメットコンバット】……リミッターをにします』

 エルフィーナは貴婦人帽子も投げ捨てる。長い髪を振り払った。

 エルフィーナは腰に左手を当てポーズを決める。にらみつけたのはショワンウーだ。エルフィーナは右のヒールを前へ出す。ショワンウーもエルフィーナに向けて歩を進めた。

『殴り合いはこちらも所望するところですが……場所を変えましょうか。甲羅野郎

 エルフィーナのひとみが青く光る。右手を払ってエルフィーナが命じた。

『ドーターっ!』──真紅のスーパーカーのヘッドライトがく。

 シェルター内にエンジン音が木霊こだまする。音に呼ばれるようにショワンウーが横を向いた。

『資料にあった武装格納庫か!』『来るよ!』

 真紅の巨大スーパーカーがショワンウーへ向けて走り出す。

 同時に、エルフィーナの右脚がショワンウーの肩をり上げた。ショワンウーがこけてファラリカ・ドーターの車体に乗せられる。

 エルフィーナも飛び乗り、ショワンウーを車体へと押さえ付けた。



 同時刻──第弐富士・地下輸送通路。

 広大なトンネル内をデストブルムがしようする。デストブルムのじよ帽子──目のようなデザインの──ライトが光る。前方を照らしていた。トンネル内は所々がめくれている。

 巨大な何かが通ったことを容易に想像させた。次々と通り抜ける隔壁群は、もれなく大穴が開けられている。また、トンネル内には黄色の粒子が立ち込めていた。

 デストブルムのすぐ後ろにはアギトのらいこう大和やまとのイェーガーが随伴する。

『この黄色い粒子がレーダーを無効化にしているようだな』

 雷公の外部スピーカーを通してアギトが言う。

 ショワンウーの出現からすぐ、テンナンバーには帰島命令が下される。飛行可能な彼らの機体は、一早く第弐富士へと到着していた。

『早く早く早くっ! 特務たちだけが頼りなんです!』

 デストブルムのコックピットモニターには涙目のあかねが映っていた。状況を聞かされていたセレンとて、気が気でない。心の中でデストブルムに、早く、早く、とお願いしていた。

『通信もつながらないし! レーダーは反応していないし! これじゃ状況が分からないじゃない! あぁむろくん氷室くん氷室くんっ! お願いだから無事でいてっ』

 同じくろうばいするのはモニターに映るだ。迷子になった子供みたいに動転している。

 紫貴の下に映る大和──画面の向こうで紫貴に言った。

『あんたがそんなんじゃ全体の士気に関わる。切り替えられないならしばらくは──』

『じゃかあしぃ! ぶっ殺すわよ!』

 紫貴がすかさず逆切れをする。大和は『す、すみません』と、顔を引きつらせた。

「クロ?」

 不意にデストブルムが一つの映像を拡大させる。それは二時の方向・五〇〇メートル地点の映像だった。爆走するスポーツカーの上でみ合う二つの機影──

 セレンは涙を浮かべて目をひろげる。

なつ!!

 スポーツカーの上でショワンウーを殴るエルフィーナだった。

 デストブルムはすぐトンネルを曲がる。随伴する二機もトンネルを曲がった。

 すぐ後に、巨大なスポーツカーがトンネル内を横切った。



 第弐富士・市街地──オフィス街。

 六車線分の太い公道が十字に引かれる。一〇階建てのオフィスビルが区画ごとに整列する。そんな街中に衝撃音が響いた。併せて地震が断続的に起こる。

 信号が揺れる。乗り捨てられた乗用車やバスも揺れた。そして──


 その全てが垂直に吹き飛ぶ────ショワンウーの丸い身体からだが天へとほうり出された。


 公道を挟むオフィスビルが衝撃にあおられる。ビル中のガラスが割れた。破片で波が巻き起こる。遅れて、地面を殴り上げたエルフィーナが現れた。

 ショワンウーが無人のオフィスビルに背中から突っ込む。高層ビルが後ろへ倒れた。ビル同士がドミノ倒しに合う。ショワンウーのコックピットでは頭を振った。

「すごい人、本気にさせちゃった」「テメーが情け、掛けるからこうなったんだろ!」

 水久那は口調に合わせて、顔つきが別人になっていた。第三者から見れば非常に異質な光景に見えることだろう。

 水久那はショワンウーを立ち上がらせる。正面モニターには指をパキポキと鳴らすエルフィーナが映っていた。水久那はサブモニターに視線をやる。

 この機体情報ステータス画面には、ショワンウーの損害情報が表示されている。顔や胸部分がオレンジ色に点滅していた。

「予測衝撃値の……一四九〇パーセントっ!! パンチ一発で、弾道ミサイルハープーン一〇発分の衝撃エネルギー……ネイバー規格さえりようする攻撃力だ。ショワンウーでも傷つく訳だよ」「感心している場合か! 射撃武器はもう無ぇ、接近戦だ! おれがやるぞ!」

 水久那の目元が荒々しいものへと変わる。


 ひるがえってエルフィーナは美しい鼻を持ち上げた。ショワンウーを見下ろす。

『乙女の寝所を荒らした上に……ムッシュに対する暴虐非道の攻撃行為。万死に値──』

 エルフィーナの口上をに、コックピットでは各所から映像通信が送られていた。

なつぶじ? 痛いとこ無い?』『隊長隊長隊長っ! もう心配し過ぎて死ぬかと思っちゃったじゃん!』『総隊長ぉおおおぉ! 俺! 俺! 俺ぇ!』『私はちゃーんとむろさんは生きてるって信じてましたよ』『私、亡くしそうになって初めて自分の気持ちを見直したの! 氷室くん! 私はあなたの事を──』

『邪魔です』

 五人分の映像通信がエルフィーナによって打ち切られた。

 先ほどのコメントはセレン・あおいだいあかねの順である。

 コックピットのエイルンは気を取り直す。前方の敵に集中した。

「エルフィーナ。あの堅さは骨だぞ……君のこぶしで抜けるか?」

『この世界に来てから、という話ならば、間違いなく最硬度に部類されるでしょう』

 言いながらエルフィーナは半身になる。静かにヒールを前に出した。エルフィーナは右拳を腰に構え、左手を前に掲げる。

ですが……アリスあの女の装甲を破るのに比べたら、厚紙を破るよりも簡単な作業です』

 エイルンはりようをぱちくりさせる。それからまゆを〔ハ〕の字にした。

「頼もしい……だが、やりすぎるなよ。手心を加えられた身だ。あの機体、かくする」

 エルフィーナから返事はない。エイルンは「エルフィーナ?」と呼びかけた。

『どうせは勝手に修復するのでしょう? ならば手加減など不要』

 エルフィーナの声のトーンは低い。どこか怒りを感じさせる声だった。

「エル? フィーっ! ナぁああぁあ!?

 エルフィーナが勝手に動き出す。機体のコントロール権をエイルンから奪いとったのだ。

 エルフィーナが道路をめくって走る。ショワンウーとの距離を一気に縮めた。

 エルフィーナのミッドナイトブルーのひとみが細くなる。

『このらち者をぶちのめすっ!』

 その右かかとが持ち上げられる。ヒールの先が太陽光を反射した。

エルフィーナわたくしと──』

 とつにショワンウーが盾を頭上へ。エルフィーナの踵が落とされた。


エイルン=バザット貴方さまで!』──ショワンウーの足元で地割れが起こる。


 大衝撃が放射状に広がった。ビルが一〇棟、後方へ倒れる。衝撃は市街地どころか、第弐富士全体を揺らした。

うそだろ!?

 ショワンウーからの叫ぶような驚きが漏れた。ショワンウーの盾は表面が欠けていた。一方、エルフィーナは既に拳を振り上げていた。ドレス袖を思わせる前腕の装甲が持ち上がる。その右拳が青色に光った。

『ルイン・ハンマー』

 大気中に飛び交ったれき、石、ガラス破片──それをみこみ隕石が落ちてくる。


 再びごうおん。ショワンウーのラージシールドが陥没する


 盾と拳の激突の衝撃が、大気の壁を突き破る。周囲の乗用車や街路樹が吹き飛ばされた。

 けんそくの一発一発が爆風にも勝る衝撃を生んでいた。

『コントロールを返還します』

あらかじめ言ってくれ!」

 エイルンが慌ててそうじゆうかんを握り直す──エルフィーナがボクシングスタイルをとった。

『バーショアっ!』

 ショワンウーの後ろ髪──八匹の機械大蛇──が、エルフィーナに飛び掛かった。

『ふ!』

 エイルンの声に合わせてエルフィーナが左ジャブを突き出す。牙を向けた一匹の頭がつぶされた。続けてもう七匹の機械大蛇がエルフィーナに向かう。

『遅い!』

 弾幕の左ジャブからのワンツー……七匹の蛇頭が一秒で殴り潰された。

『化物かよ!』

 エルフィーナが左ひじを持ち上げる。エルフィーナの左腕がまさかりとなった。ショワンウーの首根っこをとらえる。

 激突する腕とのど──エルフィーナのラリアットでショワンウーの巨体が宙に浮く。

 コックピットのエイルンが叫んだ。

「ここだと被害が出る! 吹き飛ばすぞ!」

『かしこまりました』

 エルフィーナが四股を踏む。ヒールのかかとが公道をクッキーみたいに割る。併せて、エルフィーナが両こぶしを腰まで引いた。一呼吸分の乱打をショワンウーの腹へ。

『ぐっごっ!』

 百発分の拳跡がショワンウーの腹に出来上がる。

 ショワンウーが高速で後方へ飛ばされた。

 ──高層ビルの腹をえぐる。──高架の橋ゲタが倒壊する。──ショワンウーは打ち上げされたロケットのように、一直線に市街地・上空を駆け抜けた。



 自衛隊の駐屯地ブロック──ショワンウーが高速で落ちてくる。ではなく第弐富士がわずかに傾いた。砲弾の着弾どころではない。土で津波が巻き起こる。

 ショワンウーはなおも転がった。何べんも地面に機体をバウンドさせ、やっと止まる……落下したのは演習場内だった。

 数秒後にエルフィーナも演習場へと降り立つ。ショワンウーはむくりと起き上がった。

 甲羅装甲と大盾以外、装甲のあらゆる箇所がくぼんでいた。関節や装甲のすきからは火花が上がっている。エルフィーナが走り出す。ショワンウーが両手を天高く振り上げた。

『接近戦が得意なのは何も──』

 二つの盾が地面にたたきつけられる。土のあらしが巻き起こった。周囲の視界を一瞬で隠す。

『テメーだけじゃねぇー!』──つちあらしから何かが飛び出す。

 エルフィーナはうらけんでそれを弾く。地面に突き立てられたのはショワンウーの大盾だった。土砂をきわけてショワンウーが上半身をのぞかせる。

 エルフィーナの首めがけ、その大盾が水平に振られた──

『もらったっ!』

 盾がエルフィーナのあごに届くか届かないかの距離……エルフィーナは華麗に背中を倒す。天に上がった右足が、ショワンウーの側頭部をり上げる。

『ぐぉお!』

 エルフィーナは、そのまま足を振り抜く。空中で一回転……ショワンウーが体勢を大きく崩した。バレリーナのような、柔らかく優雅なバック転だった。

『筋は悪くない! だが──っ!』

 エイルンが攻勢に出る。着地と同時にエルフィーナがショワンウーの頭を抱え込む。

『まず練度が違う!』

 左ひざがショワンウーの顔面にめり込む。ショワンウーの頭部が半壊した。

 エルフィーナは止まらない。右こぶしが地面すれすれを滑り、一気にすくいあげられる。

『戦ってきた! 敵が違う!』

 痛烈なアッパーカットがショワンウーの顎をかち上げた。アイカメラの一つが弾ける。

 エルフィーナが跳ぶ。ショワンウーの頭部を、エルフィーナの開いた両ももが挟む。

『そして何よりも、くぐり抜けてきた──!』

 エルフィーナが反動を付けて回転……ショワンウーの首を一本釣りにした。


修羅場場数が違うっ!』──ショワンウーが脳天から地面にたたきつけられる。


 フランケンシュタイナーという大技だ。第弐富士にマグニチュード六の地震が起こった。

 現在、エルフィーナは非武装である。

 この姿はアニメの放映時、視聴者の間に爆発的なまでの反響を呼んだ。

 アニメ視聴者及び、劇中キャラクターからは『エルフィーナは脱いでからが本番』『紅の闘神』『ゲンコツしゆくじよ』等の語源になったくらいである。

 こと、単純に殴り合うなら、エルフィーナは武器を持たない方が強い

〔武装〕は戦術の幅を広げるための手段であって、攻撃力を補うための物ではないからだ。

 無手格闘こそエルフィーナの本領──それはこの世界でも揺るぎない事実であった。

『パイロットに告ぐ。投降しろ。既に勝負は決した』

 エルフィーナからエイルンの勧告が飛ぶ。

 対するショワンウーは頭部が地中に埋まっていた。その両腕は力なく、動きを止めている。エイルンの勧告が続いた。

『人道に基づき、捕虜として扱う事を約束しよう。たった一機でこの第弐富士に乗り込んできた気概、それを可能にした力……敵なのが残念に思えるくらいだ』

 ショワンウーが地中から首を抜く。全身から火花を上げてゆっくりと立ち上がった。

『人道……ねぇ。アンタさ、これがネイバーだって分かってるだろ? つまり乗ってるおれはネイバーフッドって訳だ。それを人みたいに……行儀の良いこったなっ!』

 ショワンウーが盾を投げる。エルフィーナはそれをり上げた。

『ネイバーフッドの工作員に、未来なんてあるわけ無ぇだろうが!』

 ショワンウーが地面を蹴って前に出る。正面に向けて手をかざした。弾かれた盾が空中で反転、自動的に腕に戻ってくる。併せてショワンウーが横回転した。スピンナックをエルフィーナに突き出す。エルフィーナが両手で大盾をつかみ取った。

『し! 信じてくれ! このむろじゆくはヘキサの人権を──っ』


『言われなくたって知っている! でもたちは、もう帰れないんだっ!』


 ショワンウーから悲痛な声が上がった。

『何を犠牲にしても守りたかった! でも守れなかった! ぼくたちは失敗したんだっ』

『何を言って!』

 エイルンが叫ぶように聞き返す。

 ショワンウーが左のシールドも突き出した。エルフィーナはそれも片手で摑み取る。

 玄武としゆくじよが手四つに組み合う。

『見下してんじゃねぇ! 俺とこいつがどれだけ胃袋に泥、詰め込んで生きてきたか分かるか!? 分かんねぇだろ! 陽だまりの中、暖かい世界を歩いてきた印ナシが! 寝言ほざいてんじゃねぇえ!』

 ショワンウーがエルフィーナを押す。エルフィーナのかかとだいを掘った。

『アンタと俺! どうしてこんなにも違うんだよ! 生まれ育った環境! このクソッタレな刻印しるしっ……それだけで、どうしてここまで違っちまうんだよぉ』

 コックピットでエイルンは声を失う……その声は涙にれていた。

『あの人に会って変われると思った。希望なんてものを初めて抱くことができた。この人たちとずっと一緒にいたいって……は心の底から思ったんだ。でも、みどりさんは──っ』

「もしかして……君は?」

 エイルンはどうもくする。

 交互に変わる口調……エイルンは二人分の嘆きを聞いている気分だった。

『どうして上手くいかねぇんだよ! 俺らのところには不幸ばっかが集まって! 幸せなんて影も見えねぇ! なんで俺やコイツばっか! クソっ! クソぉおおぉ!』

 エイルンはガチリと奥歯をんだ。

「歯をっ! 食いしばれえっ!」

 エイルンが右のそうじゆうかんを押し出す──ショワンウーの顔面に右フックがめり込む。

『生まれ方は選べなくても! 君の人生は君だけのものだろう!』

 ひじ打ちに上段回し蹴り……ショワンウーが地面にたたき伏せられる。

 エルフィーナがショワンウーの両肩をつかんで立たせた。

『その涙は、幸せになりたいから流れるんじゃないのか! その嘆きは、それでもあきらめきれないから出るんじゃないのか! もう心をだますような生き方はめろ!』

 エイルンのげきが飛び続ける。併せてエルフィーナのけんそくが舞った。

『生き方までくれてやるなっ! 君の人生は! 君だけのもののはずだっ!』

 エルフィーナの浴びせりで、ショワンウーがあおけに倒れる。最後にエルフィーナはショワンウーの両足を脇に抱えた。

『エルフィーナ! 最大出力でいく!』

『かしこまりました。ルインウィールを最大回転マキシマムローテーシヨンに』

 エルフィーナの胸元が赤く光り始める。エルフィーナは引っこ抜けるほど強く、ショワンウーの両足を引っぱった。ショワンウーの足を抱えて大きく回り出す。

『幸せになる権利は……誰にでもあるんだぁああぁっ!』

 エルフィーナが大回転を始める────



 突如、大和やまとのイェーガーに通信が入った。秘匿回線でエイルンからだった。

「っ! オマエ今、戦闘中だろ!? 何──っ」

ななおうぎ! 第弐富士の通信塔にも爆弾を仕掛けたと言っていたな! すぐにそれを爆破してくれ! 彼にどうしても伝えたいことがあるんだ!』

 画面のエイルンは必死のぎようそうでそう言った。大和は目をく。

「ちょ! おま! 何言って──」

双条くんなんだ! このネイバーに乗っているのは!」

 エイルンの言葉に大和は一瞬、真っ白になる。

『理由は分からない! だが彼がネイバーフッドであったことから、抱えている事情なんて、ある程度想像はつく! 彼もまた〔犠牲者〕なんだっ!』

 エイルンがしやべる中、大和は既に動きだしていた。携帯電話を取り出し、高速でその親指を動かす。

「……三〇秒だ。メインの第一通信塔が使えなくなった場合、通信系統は予備の第二通信塔に切り替わる。詳しい話は後で聞かせろ」

 大和は携帯電話にパスコードを入れていく。エイルンは『恩に着る!』と通信を切った。

「これで借りは……チャラだ」

 大和の親指が携帯画面の〔確認ボタン〕に触れる。

 この瞬間から三〇秒間、第弐富士内の通信系統がすべて使用不能になった。



 大回転するエルフィーナ。胸部装甲の内側が赤く光る。光の軌跡がエルフィーナを赤い竜巻に変えていた。

『ムッシュ。全通信回線の途絶を確認』

『いっくぞおぉおぉおおぉ!』

 エルフィーナの報告からエイルンのほうこうが上がる。回転の最中、エルフィーナのヒールがだいを削った。ショワンウーを投げ飛ばす際、エイルンは願うようにおもいを伝える。


『生きろっ! そうじよう!』


『っ!?!?

 エルフィーナがショワンウーをほうり投げる。ショワンウーの身体からだが音速を超えた。その巨大が天空にうち上げられる。

 ショワンウーは第弐富士を飛び超え、海の彼方かなたまで飛んでいく。

 それは闘いの決着であり…………エイルンが敵を逃がした事を意味していた。

 コックピットの中でエイルンは、モニターに映る空を眺めた。やがて通信が回復する。

 らいちようの顔がモニター左に表示された。次にあかねの映像も映る。

『今の通信障害、通信塔で爆発が起こったみたいです!』

 茜が画面内で雷鳥に報告する。すると大和やまとの顔が表示された。

『あーすまん。あのデブと直接交渉した際、ポーズで時限式の爆弾を作動させたんだ。そのあとすぐEMPを食らって……そのまま忘れていた』

 大和はひようひようとそれらしい事を言う。モニターの雷鳥は半眼になった。

『坊や。あのネイバーはどうした?』

「……申し訳ございません。敵の抵抗が思いのほか強く、かくしようとしたのですが失敗に終わりました」

 雷鳥が怒っているのは、エイルンにも伝わっていた。

『私の目には、ずいぶんと戦力差があったように見えたんだがね……鹵獲は無理でも撃破はできたんじゃないのかい?』

「いえ。あのまま、やっていればこちらも危険でした。手落ちの無い判断だったと自負しております」

 エイルンは態度を変えずに報告する。茜がハラハラしていると、の顔が表示された。

『非公式の! 何の情報もないネイバーの襲撃を退けたんです! 彼がいなかったら、この本部もどうなっていたか分かりません! 最善の戦果と私は見ております!』

 すると今度はなか、他の役員達もエイルンの弁護に入ってくる。

「司令……」

 エイルンは堅い表情のまま雷鳥を正視した。険しい顔の雷鳥はやがて嘆息する。

『……そうかい。じゃあ、地球上の誰にもできない事になっちまうね。お偉いさんたちには上手い事言っておくよ。ご苦労だったね。坊や』

 そう言って通信が切られる。エイルンにどっと疲れが押し寄せた。心中でらいちように謝罪する。弁護してくれた者たちも、一言・二言、言って通信を切っていった。

『この後、なんかあったら弁護しろよお願いします』

 大和やまともそう言って通信を切る。エイルンは「はぁあ」と、シートに背を沈めた。

 二人きりになると、心底疲れたように視線をほうる。

『まったく。人の涙には、とことん弱いお方です』

 エルフィーナのダメだしにエイルンは苦笑する。

「借りを返しただけさ。彼にも甘さがあったから……おれも君もまだ生きている」

 エルフィーナもしとやかに笑う。のど元の青いブローチを優しくでた。

貴方あなた様とこうして話せること……とてもうれしく思います。マイ・ムッシュ』

「ああ、俺もだ。エルフィーナ」

 こうして二人はしばしの会話を楽しむ……互いに生きている事の幸せを、互いがみ締めるかのように────



 一五〇キロ先・洋上──大破したショワンウーが海面に浮かぶ。

 ショワンウーは日本の領海の外まで投げ飛ばされていた。

 狙ってか偶然か、脅威となるような船影は見当たらない。肉眼で把握されない以上は、ショワンウーのミスティミストで十分に逃亡ができる状況と言えた。

 コックピットモニターにギラギラに光った太陽が映る。それをボーっと眺めながらは一人、つぶやいた。

「完敗だったねー」

 ──ありゃ勝てねぇなー。

 おもうは先ほどの闘いだ。あれほど胸を熱くさせられた戦闘は生まれて初めてかもしれない。水久那にとっても、宿儺にとっても。

《生き方までくれてやるなっ! 君の人生は! 君だけのもののはずだっ!》

 水久那はくちびるを嚙み締める。じりから涙がこぼれた。

 ──簡単に言うんじゃねぇよな。

「本当に……そうだね」

 水久那は声を殺して静かに泣く……こうして【エルフィーナ破壊計画】は失敗に終わる。

 けんろうなる水神と、二つの心を持つ少年──彼らを降したしゆくじよと勇者は、それぞれに、しかと刻んでいた。

 その比類なき強さと……希望という名の灯火を。