Ⅹ
第七地下シェルター──赤い
正面で眠るのはエルフィーナだ。その様は、木陰で転寝をする
エルフィーナはエイルンが呼び掛けて二〇分が
エルフィーナの膝元まで来る。エイルンは彼女のドレス
「なぁツルギ。この
エイルンは穏やかに笑う。その心中には覚悟の刃を携えていた。
「安心して眠ってくれ……君には指一本触れさせやしないさ」
紅の勇者は、月の女神【ルインレーゼ】に誓いを立てる。
愛する人が
*****
『うぉおおおおぉおお!!!』
エイルン機が、空中で携行地雷をショワンウーに投げつけた。
即座に、腰にマウントしていたスイートビーを構える……銃口が
ショワンウーの懐で爆発が起こる。爆風をもろに受けるも、ショワンウーは
『武器破壊っ!?』
ショワンウーの右腕に下げられていたアンチマテリアルライフルは、砲身が折れ曲がっていた。
エイルン機は火花を散らして接地、そのまま高速移動を開始する。
ショワンウーを銃弾が襲う。しかし、ぶ厚いショワンウーの装甲に
ショワンウーが
エイルン機が紙一重で跳び上がった。
激震──ショワンウーの大盾が敷地鋼材をめくる。大衝撃が格納庫全体を揺らした。
『なぁ──っ!!』
エイルン機の
『でぇいやぁっ!』──ショワンウーの顔面を左足で
エイルン機がショワンウーの背後で着地する。右肩のブースターが火を噴く。エイルン機が旋回した。同時に空になったスイードビーをショワンウーに投げつける。
『火の玉女か!』『違う! 彼女はっ──』
ショワンウーから、同じ声で、二人分の驚きが流れた。
ショワンウーが、
『っ!!』
次の瞬間、二個の携行地雷が飛んでくる。
再び爆発が起こる。ショワンウーの上半身が爆炎に包まれた。
『彼女はここまで考えないっ! 第一──っ』
爆炎の中からショワンウーが顔を出す……眼前には既に、携行地雷を持って左
『
『はぁあ!』
爆撃の左ストレート──エイルン機の左半身とショワンウーの上半身を炎が包んだ。
さしものショワンウーも後ろへ下がる。エイルン機は、敷地鋼材の上を何回転も転がった。エイルン機が地面に右手をつけて立ち上がる。
エイルン機の損害は甚大だった。捨て身の一撃で左肩から先を無くす。左のアイカメラは
対するショワンウーは……全くの無傷だった。
その事実が、戦騎装とネイバー──両者のマシンスペックの絶望的なまでの差を、エイルンに見せつけた。
ネイバー16番機ショワンウー──ロイヤルガード秘蔵の〔
マリス殺しの代名詞たるネイバーの中では異端の機体といえよう。
だが、その真価は決して〔高い隠密性〕にあるのではない──
エイルン機が右
『っ!?』
避けもしないショワンウー──折れたナイフの刃が虚空に舞った。
『無駄だよ。
ロイヤルガードのデータでは、発見済みのネイバーでショワンウーの硬度・耐久度に勝る機体は存在しないとされている。防御形態に入ったショワンウーは核ミサイルの衝撃にすら耐え切る。
コックピットにいるエイルン──ライダースタイルで
「だから……どうしたっ!」
エイルンは右の操縦桿を最奥まで押し出す──エイルン機が再び滑走を始めた。
ギュルギュルと鋼材を
ショワンウーの全高差は一〇メートル以上だ。力士と園児ほどの対格差がある。
それでなお、丸腰のエイルンが挑んだのはゼロ距離────血風決死の
『来ぉおおぉい!』
エイルン機から
『いかれてるぜコイツ』『だが、どうしようもなく……熱くさせられるっ』
ショワンウーは真っ向からエイルンの挑戦を受け止める。
片腕一本。武器は無く、性能差は天と地だ。それでもエイルン機は戦う。
ショワンウーの
ショワンウーの
カウンターざまにショワンウーの頭部に頭突きをする。エイルン機の前頭葉が陥没した。
しかしエイルン機は止まらない。
機体の
ショワンウーの
しかし、そのリスクは極限だ。
ショワンウーが盾を振り下ろす。敷地鋼材がめくれた。石柱が二つ出来上がる。
ショワンウーの一撃の前ではエイルン機など、重機プレスの前で躍る鉄材に過ぎない。
クリーンヒットすれば、コックピットごとペシャンコにされる。
そんな一瞬、一瞬の命のやり取りで、エイルンは追憶する……相棒との思い出を。
《紹介するわ。私の
《お初にお目にかかります。バザット大尉》
──君と出会ってずいぶん時が
エイルン機がショワンウーの懐を飛び回る。
ショワンウーの腕や盾を足場に変え、回避運動を取った。ショワンウーの顔に向け、エイルン機は潰れた右拳を振り上げる。
《私は私の認めたお方としか踊りたくありません。その辺の軍事兵器ごときと同列視してくる、粗野で
彼女が【エルフィーナ・ルインレーゼ】になってからの衝撃は今でも忘れられない。パイロットの搭乗を拒むシュプリームドールなどエイルンは初めて見た。
──最初の方、君はずいぶんと
コックピットのエイルンが苦笑する。
外界ではエイルン機の上腕が舞っていた。エイルン機は
《どうしてこんな
《な! どうして君はそう! 突っかかるような言い方を!》
《やめなさい!》
エルフィーナは
──今思えば……君は煮え切らない俺の態度に怒ってたんだろうな。
エイルンが短く息を吐く。両方の
エイルン機がコマになる。折れた肘先をショワンウーの腹に叩きつけた。ショワンウーは一歩、後ろへ下がる。エイルン機の右肩が
《この身が朽ち果てる、その時まで……
そしてエルフィーナは……ツルギを亡くした自分にそう言ってくれた。
だからエイルンも誓ったのだ。
自分の信念で死なせてしまった
弱き者の味方になる。一粒でも多くの涙を止める。牙を持たぬ者の牙になる。
それがこの改造人体とエルフィーナを与えられた、エイルン=バザットの余生────そうしなければ、胸を張って愛する人に会いに
『もう無駄なんだ……
突然の申し出に、エイルンは目を見開く。
気付けばショワンウーは攻撃を止めていた。サブモニターの
「あきらめる?」
コックピットでエイルンが焦点を失う。紅の
『君からは
「だから? だから…………なんだっ」
エイルンは
『もう、引いてくれ』
エイルンの怒りが最高潮に達する。涙を溜めて
『娘を捨てる親がいて
『この機体はアイツの大事な娘なんだ! そして
エイルン機がショワンウーの腹を
それでもエイルン機は蹴りを
『女を見捨てる男に成り下がれと言うのか! 娘を捨てる
エイルン機がショワンウーから距離を取る。壁際にある
ハンガー移動用の巨大リフトだ。ショワンウーが体勢を崩す。エイルン機が飛び掛かった。ショワンウーの
高速で格納庫の外へと押し出される二機──ショワンウーの装甲と敷地鋼材が擦れて火花を上げた。その最中、エイルン機はショワンウーの首に両足を絡ませる。
エイルン機の内側が光り出す。中から悲痛なまでのエイルンの叫びが上がった。
『そうしなければ俺は……アイツに合わせる顔が無いんだぁあああああぁ!』
自爆するエイルン機──高速で押し出される二機を
炎を引き裂き、中からコックピットブロックが飛び出す。
コックピットブロックが外壁にぶつかった。それでもジェット推進は止まらない。コックピットブロックは激突を繰り返す。エルフィーナの方まで転がった。
中のエイルンが外へと
「ぐ! がはっ! はっ! はっ!」
苦しそうに息を吐きながらエイルンが立ち上がる。額からは血が垂れ、真っ赤な髪やパイロットスーツはススだらけになっていた。
前方に広がるのは炎の海……巨体が揺らめく事にエイルンは気付く。荒い呼吸を整えながら面を上げた。地面を揺らし、ショワンウーがゆっくりとやってくる。
『こいつ危険だ。もう殺せ。時間もかかり過ぎた』『待って、もう少しだけ』
エイルンは、まただと思った。同じ声なのに口調が全然違う。エイルンは先ほどから、一人芝居を聞かされている気分だった。そんなエイルンを
『やっぱりスカーレットα……君が乗ってたんだね』
敵意など
『その機体の破壊さえできれば、
エイルンは虚脱する。無意識に懐中時計を取り出し、蓋を開けた。
二〇分にはまだ届かない。エイルンは
それは万策が尽きた事を意味していた。
エイルンは
一方、エルフィーナのコックピット内は照明が
コックピットモニターに、プログラム言語が高速で走り続ける──
スペルが横向きに表示されては『Error』が浮かんでリセットされる。すぐまたスペルが走り出し『Error』とリセットされる。それが何百回、何千回と繰り返されていた。そして……サイドモニターにはエイルンの姿が拡大表示されていた。
『この
エルフィーナの閉じた右目からはマシンオイルが流れ出す。
「だからっ──!」
エイルンはショワンウーに向き直る。エルフィーナを守るように、足を前に踏み出した。
「俺の全部で二人に報いる! 俺の目の黒いうちは、コイツには指一本触れさせないっ!」
エイルンはショワンウーに敢然と言い放つ。ショワンウーから
『そのロボットを作った人が……本当に好きだったんだね』
エイルンが駆けだす。ショワンウーも地面を揺らして走り出した。
「うぉおおおおおおぉおぉおおぉっ!!!!」
エイルンは走りながら
──ルインレーゼよ! 悲しくも美しい、闘いの女神よ! 俺は数え切れない人を殺してきた! 俺にはもう、その資格は無いのかもしれない! でもっ!
『君とは、こんな形で出会いたくなかった!』
ショワンウーが右手のラージシールドを振り上げる。エイルンも弓を引くように右の拳を引いた。
──でも、
涙の粒が
「それがダメなら……せめてっ、せめて、あの
エイルンの視界全部を、ショワンウーのシールドが覆い隠す。
エイルンも握った
それが愛する家族へ自分ができる……せめてもの
──エルフィー……ナ。
次の瞬間、
──なぜ?
巨大で真っ赤なハイヒールが、エイルンの前の鋼材を盛大に踏み割っていた。
『なん──っ!』
ショワンウーの振り下ろした甲羅の盾が、勢いよく後ろへと弾かれた。
──まだ二〇分、
エイルンが面を上げる。頭上で、天幕のように真紅のドレス袖がなびく。
長い髪が金色に輝く。一七メートルの
貴婦人帽子の下から
『ハァアアアアアアァっ!』──ショワンウーの胸部装甲が陥没する。
エイルンの視界が映したのは、はしたなくも拳を振り下ろした淑女の後ろ姿だった。
──吹き荒れる豪風。──一直線に後方へ殴り飛ばされるショワンウー。
衝撃の大波が襲ってくる。エイルンは顔を腕で覆った。
そんな彼を包み込むように、大きな影がエイルンを隠す。
やがて衝撃が
眼前には、しゃがんだ
「まだ、二〇分経ってないのに──」
『今回……初めて本機の判断で、お母様の
驚くエイルンにエルフィーナが話しかける。エイルンは目を丸めた。
「自分の意思で……プログラムを書き換えた?」
エイルンはにわかに信じられなかった。エルフィーナは、その表情に悲しみを
『アナタ様の死を
エイルンは緊張の糸が切れる。全身の重さが何倍にも膨れ上がった。エイルンは重い足取りでエルフィーナの手の平に乗る。
「いつも君には守ってもらってるんだ。これくらい何でもないよ」
エルフィーナが両手を眼前まで持ってくる。間近でエイルンの顔を
『本機の存在理由に疑問を持たざるを得ません。どうか……どうか二度と、このような
エイルンは腕を伸ばす。エルフィーナの
「無理だよそれは。あいつにとっても
エルフィーナの右目からマシンオイルがまた垂れる。エイルンは安心させるように、その笑みを深くした。
『……仕様の無いお方です』
エルフィーナがエイルンに頰擦りをする。エイルンの上半身を、女の肌の感触が包んだ。
「わっぷ! はは!」
エイルンも自分の頰をつける。エルフィーナの頰に全身を預けた。
「ツルギの下に
エルフィーナの青いブローチ──コックピットハッチ──が下にずれる。
エイルンはエルフィーナのコックピットに飛び乗った。
エイルンが
格納庫内は所々に炎が燃え移っていた。メインゲートの外でショワンウーが起き上がる。
エイルンがエルフィーナに言った。
「エルフィーナ! ここで戦ったら被害が出る! まずはあいつを本部から引き離す!」
『かしこまりました。
ドレススカートのバラの意匠、ロックボルトが回転──スカートが三つに分割する。
ドレス装甲がパージされた。エルフィーナの真っ赤なヒールと脚線美が覗く。
『コンバットモーションが七五二八パターンから二四七八九パターンまで拡張されました。【アルティメットコンバット】……リミッターを
エルフィーナは貴婦人帽子も投げ捨てる。長い髪を振り払った。
エルフィーナは腰に左手を当てポーズを決める。
『殴り合いはこちらも所望するところですが……場所を変えましょうか。甲羅野郎』
エルフィーナの
『ドーターっ!』──真紅のスーパーカーのヘッドライトが
シェルター内にエンジン音が
『資料にあった武装格納庫か!』『来るよ!』
真紅の巨大スーパーカーがショワンウーへ向けて走り出す。
同時に、エルフィーナの右脚がショワンウーの肩を
エルフィーナも飛び乗り、ショワンウーを車体へと押さえ付けた。
同時刻──第弐富士・地下輸送通路。
広大なトンネル内をデストブルムが
巨大な何かが通ったことを容易に想像させた。次々と通り抜ける隔壁群は、もれなく大穴が開けられている。また、トンネル内には黄色の粒子が立ち込めていた。
デストブルムのすぐ後ろにはアギトの
『この黄色い粒子がレーダーを無効化にしているようだな』
雷公の外部スピーカーを通してアギトが言う。
ショワンウーの出現からすぐ、テンナンバーには帰島命令が下される。飛行可能な彼らの機体は、一早く第弐富士へと到着していた。
『早く早く早くっ! 特務たちだけが頼りなんです!』
デストブルムのコックピットモニターには涙目の
『通信も
同じく
紫貴の下に映る大和──画面の向こうで紫貴に言った。
『あんたがそんなんじゃ全体の士気に関わる。切り替えられないならしばらくは──』
『じゃかあしぃ! ぶっ殺すわよ!』
紫貴がすかさず逆切れをする。大和は『す、すみません』と、顔を引きつらせた。
「クロ?」
不意にデストブルムが一つの映像を拡大させる。それは二時の方向・五〇〇メートル地点の映像だった。爆走するスポーツカーの上で
セレンは涙を浮かべて目を
「
スポーツカーの上でショワンウーを殴るエルフィーナだった。
デストブルムはすぐトンネルを曲がる。随伴する二機もトンネルを曲がった。
すぐ後に、巨大なスポーツカーがトンネル内を横切った。
第弐富士・市街地──オフィス街。
六車線分の太い公道が十字に引かれる。一〇階建てのオフィスビルが区画ごとに整列する。そんな街中に衝撃音が響いた。併せて地震が断続的に起こる。
信号が揺れる。乗り捨てられた乗用車やバスも揺れた。そして──
その全てが垂直に吹き飛ぶ────ショワンウーの丸い
公道を挟むオフィスビルが衝撃に
ショワンウーが無人のオフィスビルに背中から突っ込む。高層ビルが後ろへ倒れた。ビル同士がドミノ倒しに合う。ショワンウーのコックピットで
「すごい人、本気にさせちゃった」「テメーが情け、掛けるからこうなったんだろ!」
水久那は口調に合わせて、顔つきが別人になっていた。第三者から見れば非常に異質な光景に見えることだろう。
水久那はショワンウーを立ち上がらせる。正面モニターには指をパキポキと鳴らすエルフィーナが映っていた。水久那はサブモニターに視線をやる。
この
「予測衝撃値の……一四九〇パーセントっ!! パンチ一発で、
水久那の目元が荒々しいものへと変わる。
『乙女の寝所を荒らした上に……ムッシュに対する暴虐非道の攻撃行為。万死に値──』
エルフィーナの口上を
『
『邪魔です』
五人分の映像通信がエルフィーナによって打ち切られた。
先ほどのコメントはセレン・
コックピットのエイルンは気を取り直す。前方の敵に集中した。
「エルフィーナ。あの堅さは骨だぞ……君の
『この世界に来てから、という話ならば、間違いなく最硬度に部類されるでしょう』
言いながらエルフィーナは半身になる。静かにヒールを前に出した。エルフィーナは右拳を腰に構え、左手を前に掲げる。
『ですが……
エイルンは
「頼もしい……だが、やりすぎるなよ。手心を加えられた身だ。あの機体、
エルフィーナから返事はない。エイルンは「エルフィーナ?」と呼びかけた。
『どうせ
エルフィーナの声のトーンは低い。どこか怒りを感じさせる声だった。
「エル? フィーっ! ナぁああぁあ!?」
エルフィーナが勝手に動き出す。機体のコントロール権をエイルンから奪いとったのだ。
エルフィーナが道路をめくって走る。ショワンウーとの距離を一気に縮めた。
エルフィーナのミッドナイトブルーの
『この
その右
『
『
大衝撃が放射状に広がった。ビルが一〇棟、後方へ倒れる。衝撃は市街地どころか、第弐富士全体を揺らした。
『
ショワンウーから
『ルイン・ハンマー』
大気中に飛び交った
再び
盾と拳の激突の衝撃が、大気の壁を突き破る。周囲の乗用車や街路樹が吹き飛ばされた。
『コントロールを返還します』
「
エイルンが慌てて
『バーショアっ!』
ショワンウーの後ろ髪──八匹の機械大蛇──が、エルフィーナに飛び掛かった。
『ふ!』
エイルンの声に合わせてエルフィーナが左ジャブを突き出す。牙を向けた一匹の頭が
『遅い!』
弾幕の左ジャブからのワンツー……七匹の蛇頭が一秒で殴り潰された。
『化物かよ!』
エルフィーナが左
激突する腕と
コックピットのエイルンが叫んだ。
「ここだと被害が出る! 吹き飛ばすぞ!」
『かしこまりました』
エルフィーナが四股を踏む。ヒールの
『ぐっごっ!』
百発分の拳跡がショワンウーの腹に出来上がる。
ショワンウーが高速で後方へ飛ばされた。
──高層ビルの腹を
自衛隊の駐屯地ブロック──ショワンウーが高速で落ちてくる。
ショワンウーは
数秒後にエルフィーナも演習場へと降り立つ。ショワンウーはむくりと起き上がった。
甲羅装甲と大盾以外、装甲のあらゆる箇所が
『接近戦が得意なのは何も──』
二つの盾が地面に
『テメーだけじゃねぇー!』──
エルフィーナは
エルフィーナの首めがけ、その大盾が水平に振られた──
『もらったっ!』
盾がエルフィーナの
『ぐぉお!』
エルフィーナは、そのまま足を振り抜く。空中で一回転……ショワンウーが体勢を大きく崩した。バレリーナのような、柔らかく優雅なバック転だった。
『筋は悪くない! だが──っ!』
エイルンが攻勢に出る。着地と同時にエルフィーナがショワンウーの頭を抱え込む。
『まず練度が違う!』
左
エルフィーナは止まらない。右
『戦ってきた! 敵が違う!』
痛烈なアッパーカットがショワンウーの顎をかち上げた。アイカメラの一つが弾ける。
エルフィーナが跳ぶ。ショワンウーの頭部を、エルフィーナの開いた両
『そして何よりも、くぐり抜けてきた──!』
エルフィーナが反動を付けて回転……ショワンウーの首を一本釣りにした。
『
フランケンシュタイナーという大技だ。第弐富士にマグニチュード六の地震が起こった。
現在、エルフィーナは非武装である。
この姿はアニメの放映時、視聴者の間に爆発的なまでの反響を呼んだ。
アニメ視聴者及び、劇中キャラクターからは『エルフィーナは脱いでからが本番』『紅の闘神』『ゲンコツ
こと、単純に殴り合うなら、エルフィーナは武器を持たない方が強い。
〔武装〕は戦術の幅を広げるための手段であって、攻撃力を補うための物ではないからだ。
無手格闘こそエルフィーナの本領──それはこの世界でも揺るぎない事実であった。
『パイロットに告ぐ。投降しろ。既に勝負は決した』
エルフィーナからエイルンの勧告が飛ぶ。
対するショワンウーは頭部が地中に埋まっていた。その両腕は力なく、動きを止めている。エイルンの勧告が続いた。
『人道に基づき、捕虜として扱う事を約束しよう。たった一機でこの第弐富士に乗り込んできた気概、それを可能にした力……敵なのが残念に思えるくらいだ』
ショワンウーが地中から首を抜く。全身から火花を上げてゆっくりと立ち上がった。
『人道……ねぇ。アンタさ、これがネイバーだって分かってるだろ? つまり乗ってる
ショワンウーが盾を投げる。エルフィーナはそれを
『ネイバーフッドの工作員に、未来なんてあるわけ無ぇだろうが!』
ショワンウーが地面を蹴って前に出る。正面に向けて手をかざした。弾かれた盾が空中で反転、自動的に腕に戻ってくる。併せてショワンウーが横回転した。スピンナックをエルフィーナに突き出す。エルフィーナが両手で大盾を
『し! 信じてくれ! この
『言われなくたって知っている! でも僕たちは、もう帰れないんだっ!』
ショワンウーから悲痛な声が上がった。
『何を犠牲にしても守りたかった! でも守れなかった!
『何を言って!』
エイルンが叫ぶように聞き返す。
ショワンウーが左のシールドも突き出した。エルフィーナはそれも片手で摑み取る。
玄武と
『見下してんじゃねぇ! 俺とこいつがどれだけ胃袋に泥、詰め込んで生きてきたか分かるか!? 分かんねぇだろ! 陽だまりの中、暖かい世界を歩いてきた印ナシが! 寝言ほざいてんじゃねぇえ!』
ショワンウーがエルフィーナを押す。エルフィーナの
『アンタと俺! どうしてこんなにも違うんだよ! 生まれ育った環境! このクソッタレな
コックピットでエイルンは声を失う……その声は涙に
『あの人に会って変われると思った。希望なんてものを初めて抱くことができた。この人たちとずっと一緒にいたいって……僕は心の底から思ったんだ。でも、
「もしかして……君は?」
エイルンは
交互に変わる口調……エイルンは二人分の嘆きを聞いている気分だった。
『どうして上手くいかねぇんだよ! 俺らのところには不幸ばっかが集まって! 幸せなんて影も見えねぇ! なんで俺やコイツばっか! クソっ! クソぉおおぉ!』
エイルンはガチリと奥歯を
「歯をっ! 食いしばれえっ!」
エイルンが右の
『生まれ方は選べなくても! 君の人生は君だけのものだろう!』
エルフィーナがショワンウーの両肩を
『その涙は、幸せになりたいから流れるんじゃないのか! その嘆きは、それでも
エイルンの
『生き方までくれてやるなっ! 君の人生は! 君だけのもののはずだっ!』
エルフィーナの浴びせ
『エルフィーナ! 最大出力でいく!』
『かしこまりました。ルインウィールを
エルフィーナの胸元が赤く光り始める。エルフィーナは引っこ抜けるほど強く、ショワンウーの両足を引っぱった。ショワンウーの足を抱えて大きく回り出す。
『幸せになる権利は……誰にでもあるんだぁああぁっ!』
エルフィーナが大回転を始める────
突如、
「っ! オマエ今、戦闘中だろ!? 何──っ」
『
画面のエイルンは必死の
「ちょ! おま! 何言って──」
「双条くんなんだ! このネイバーに乗っているのは!」
エイルンの言葉に大和は一瞬、真っ白になる。
『理由は分からない! だが彼がネイバーフッドであったことから、抱えている事情なんて、ある程度想像はつく! 彼もまた〔犠牲者〕なんだっ!』
エイルンが
「……三〇秒だ。メインの第一通信塔が使えなくなった場合、通信系統は予備の第二通信塔に切り替わる。詳しい話は後で聞かせろ」
大和は携帯電話にパスコードを入れていく。エイルンは『恩に着る!』と通信を切った。
「これで借りは……チャラだ」
大和の親指が携帯画面の〔確認ボタン〕に触れる。
この瞬間から三〇秒間、第弐富士内の通信系統が
大回転するエルフィーナ。胸部装甲の内側が赤く光る。光の軌跡がエルフィーナを赤い竜巻に変えていた。
『ムッシュ。全通信回線の途絶を確認』
『いっくぞおぉおぉおおぉ!』
エルフィーナの報告からエイルンの
『生きろっ!
『っ!?!?』
エルフィーナがショワンウーを
ショワンウーは第弐富士を飛び超え、海の
それは闘いの決着であり…………エイルンが敵を逃がした事を意味していた。
コックピットの中でエイルンは、モニターに映る空を眺めた。やがて通信が回復する。
『今の通信障害、通信塔で爆発が起こったみたいです!』
茜が画面内で雷鳥に報告する。すると
『あーすまん。あのデブと直接交渉した際、ポーズで時限式の爆弾を作動させたんだ。そのあとすぐEMPを食らって……そのまま忘れていた』
大和は
『坊や。あのネイバーはどうした?』
「……申し訳ございません。敵の抵抗が思いのほか強く、
雷鳥が怒っているのは、エイルンにも伝わっていた。
『私の目には、ずいぶんと戦力差があったように見えたんだがね……鹵獲は無理でも撃破はできたんじゃないのかい?』
「いえ。あのまま、やっていればこちらも危険でした。手落ちの無い判断だったと自負しております」
エイルンは態度を変えずに報告する。茜がハラハラしていると、
『非公式の! 何の情報もないネイバーの襲撃を退けたんです! 彼がいなかったら、この本部もどうなっていたか分かりません! 最善の戦果と私は見ております!』
すると今度は
「司令……」
エイルンは堅い表情のまま雷鳥を正視した。険しい顔の雷鳥はやがて嘆息する。
『……そうかい。じゃあ、地球上の誰にもできない事になっちまうね。お偉いさんたちには上手い事言っておくよ。ご苦労だったね。坊や』
そう言って通信が切られる。エイルンにどっと疲れが押し寄せた。心中で
『この後、なんかあったら弁護しろよお願いします』
二人きりになると、心底疲れたように視線を
『まったく。人の涙には、とことん弱いお方です』
エルフィーナのダメだしにエイルンは苦笑する。
「借りを返しただけさ。彼にも甘さがあったから……
エルフィーナもしとやかに笑う。
『
「ああ、俺もだ。エルフィーナ」
こうして二人はしばしの会話を楽しむ……互いに生きている事の幸せを、互いが
一五〇キロ先・洋上──大破したショワンウーが海面に浮かぶ。
ショワンウーは日本の領海の外まで投げ飛ばされていた。
狙ってか偶然か、脅威となるような船影は見当たらない。肉眼で把握されない以上は、ショワンウーのミスティミストで十分に逃亡ができる状況と言えた。
コックピットモニターにギラギラに光った太陽が映る。それをボーっと眺めながら
「完敗だったねー」
──ありゃ勝てねぇなー。
《生き方までくれてやるなっ! 君の人生は! 君だけのもののはずだっ!》
水久那は
──簡単に言うんじゃねぇよな。
「本当に……そうだね」
水久那は声を殺して静かに泣く……こうして【エルフィーナ破壊計画】は失敗に終わる。
その比類なき強さと……希望という名の灯火を。
