Ⅸ
司令管制室の緊張状態は、ほぼ解けつつあった。
「スカーレット・レディ。敵機の全滅を確認。これにて状況終了です」
「こ!
「いえダメです! あぁ! ここにも、ここにもっ……あの犬にも劣るド畜生ども、尋問の時間が楽しみね。死んだ方が良かったと思えるくらいに後悔させてやるんだから」
エイルンはセレンに送られてすぐ、出撃しようとしたが
司令管制室に直行すると、テンナンバーたちの活躍で
一安心したエイルンは、そのまま
エイルンの下に、救急箱を持った女子役員がくる。
「会長、後は私がやっておきますから、皆の──」
「結・構です! 引き続き、E970ウイルス弾頭の捜索を急がせて下さい」
紫貴は彼女を
「紫貴さん。特務が細菌兵器を探知しました」
司令管制室に
あれほど強かった雨が
戦場となった海域は沈静化している。既に海上自衛隊が包囲していた。現在は生き残った民兵の捕縛などに当たっている。
また付近の隣小島では、浜辺から機兵部の機体が続々と上がってくる。他にも回収されたパイロットブロックが幾つも砂浜に打ち揚げられていた。
終息に向かう戦場をデストブルムが横断する。海上を
海域には敵艦の
「ん、と──」
デストブルムの中にいるセレンは少し
三六〇度モニターに、焼け焦げた船の外装が映っている。その中の一か所がターゲットカーソルで示されていた。セレンに目的物の
「クロ。優しくね」
セレンが念を押す。瞬間、モニター内でデストブルムのマシンアームがしなった。
縦一直線の割れ目ができる。デストブルムは触手四本で、割れ目をこじ開けた。
現れた一発のミサイル──全長六メートル、翼幅は三メートル程度だ。
発射台の上に直立するのは【E970ウイルス弾頭】だった。
デストブルムはマシンアームでそれを巻き取る。近くまで持ってきた。すると、大きくなったミサイル画像に〔?マーク〕が表示される。
セレンは小首を
「違うの?」
全方位モニターに、別のミサイル画像や数列データが羅列された。次に、回収した【E970ウイルス弾頭】が様々な角度で何パターンにも分かれて表示される。
やがて【E970ウイルス弾頭】に〔×マーク〕が付いた。
セレンは
『早っ! 特務、もう見つけたんですか!』
「茜、茜……クロ、これ違うって」
セレンが報告するや、茜は『はぁあああぁ!?』と、目を真ん丸にした。
『ほ! 本当なんですか特務!』
映像の茜が叫ぶように聞き返す。セレンは水晶ユニットに手を乗せた──
デストブルムが本格的に解析する。
ミサイルを持ち上げて下から見た。強度を確かめるように
『何やってんのよ、バカ触手────っ!』
デストブルムのアイカメラが赤くなる。ミサイルを敵の
コックピットのセレンは間を空けてから言った。
「……茜が悪い」
『『『『『『じゃなくてええぇええええ!』』』』』』
セレンは小首を傾げる。するとデストブルムが、解析したデータ群をモニター一面に広げた。セレンはそれを見て
「私悪くないもん! 全部あの黒
茜が泣きながら自己弁護をする。一方でデストブルムから送られてきたデータを田中が読んでいた。
「司令……特務の言っていた事は本当です。大気中からは、細菌や類する有害物質は検出されませんでした」
「ほ、ほ、ほっ、本当かいっ……
「はい。まるで病理の診断レポートですね……
田中が報告する。司令管制室はため息で
──なんだ……この違和感。
一国の防衛網を巧みにすり抜けた事実と、
もしミサイルが偽物だとバレたら、
「もしかして、
ほぼ同タイミングで女子役員が叫ぶように報告する。
「司令! ポイントE近海にアンノウン確認!」
エイルンの悪い予感は的中していた。
現在、第弐富士の近海には、日米の護衛艦隊が陣を張っている。
全部で一六
そんな大艦隊を
丸みを帯びた人型……亀の怪物のような機体だった。
両肩と背中に特大装甲を
同じく両手には甲羅型のラージシールドを装備していた。後頭部からポニーテールのように〔機械の大蛇〕を伸ばす。全部で八匹だ。
ネイバー16番機【ショワンウー】は、まさに堅牢さが具現化したようなネイバーだった。
シート型のコックピットに
「半分は釣れたね……餌が良いと掛かりが違う」
──やっちまおうぜ。あんま時間ねえぞ。
水久那の頭の中で声が響く。そんな中、正面の艦隊が警告なしに発砲を始めた。
ショワンウーが両手の巨大盾を正面に掲げる。
艦砲が直撃──海面が爆発して波が舞い上がった。ショワンウーが波
その間も両艦隊は砲撃を繰り返す。周囲の波が爆発しては水柱を立てた。
ショワンウーを、連装速射砲の弾幕と、艦砲砲弾が間断なく襲う。
前者は、艦船の装甲板すら
周囲にいる巡洋艦の甲板が光った。計八
今度は炎華が咲き乱れた。甲板が光る度に火が上がる。レーザー兵器による攻撃だった。ショワンウーを容赦なき集中攻撃が襲う。
息をする間も与えない。艦砲は
やがて砲撃が
ショワンウーは全くの無傷だった。
司令管制室の中央モニター内で、ショワンウーが盾を下ろす。
「
「明星並の装甲……いえ、もしかしたらそれ以上?」
大きさとは、それだけで武器になる。〔戦艦〕は、
艦砲射撃の前では、戦騎装でさえも易々と粉砕される。
たかだか二〇メートル大のサイズで、一個艦隊の集中砲火に耐えられる戦術兵器など、この世には存在しない。それが現代兵器の真実である。
しかし、それを覆してしまう存在が、この世界には一つだけある。
「間違いない……こいつ、【ネイバー】だ」
エイルンが勢いよく中央モニターを見上げる──ショワンウーは前進を始めていた。
じりじりと海面を進む。再びショワンウーに、艦砲弾幕が浴びせかけられた。
ショワンウーの盾がその
まさに、デタラメなまでの防御力だった。
【ネイバー規格】に通説の兵器概念など適用しない。
パワー、タフネス、スピード、索敵能力……現代兵器水準など超越した武装・個体戦力を有する機体が幾つも存在する。デストブルムなどは実に分かり
事実、たった一機で二個師団を壊滅させた機体も存在する。
ちなみに〔師団〕とは部隊の編成単位の事だ。兵員規模にして六千~二万人。投入する戦車も何百となる。つまりは〔戦争〕をやるための戦力と考えてもらっていい。
マリスを狩るだけが能ではない。ネイバーは軍隊すらも
そして、ネイバーの真価は、機体毎に与えられた特徴・固有武装に起因する。
ショワンウーの後頭部──八匹の蛇が
それは機械の大蛇だった。蛇たちが一斉に口を開ける。裂けた下
紫の炎は
そして……八方に散らばった。
中央モニター内で、ゆっくりと放物線を描く。紫の炎球が空母や
八つの太陽────極大化した火の玉が海上一面を
全員、目の前が真っ暗になった。
「なんだい……今のは?」
世界中の兵器という兵器に精通している
中央モニター──蒸発した海から、真っ白い蒸気が上る。
海面に浮かんでいたのはドロドロに融解した鉄塊だ。全部で九
あれほど
司令管制室の時間が止まる。
各々が肌で感じていた……ネイバーを敵に回した時の恐ろしさを。
「パターン【KKK】!」
雷鳥が迷わず命令を下す。
「アイツを絶対に第弐富士へ入れるんじゃないよっ!」
「しかしアレは【海洋型】にしか使用許可がっ!」
「この場面で文句言ってきたら、逆にミサイルをぶちこんでやるよ! 早くしなっ!」
雷鳥が怒鳴り散らす。
「よい、っしょぉ!」
茜がレバーを重そうに引く。
中央モニター──ショワンウーの全周から〔巨大投網〕が飛び出す。
投網がショワンウーの全身を絡め取る。これは全重五〇〇トン、全長四〇メートルを超す【海洋型】と呼ばれる水生クイーンを足止めするために考案された
「ぶちかましなっ!」
雷鳥が
「E23海域の全機雷! 点火しますっ!」
光学画面の〔確認ボタン〕を殴り押す──二〇〇個の機械水雷が作動した。
中央モニターに映る海が白く光り出す。投網を
海中で大爆発が起こる。百メートル超えの水柱が天に立ち上った。
水の昇竜は空で水に
白い霧が立ち込める中、黒い影が動く……さしものエイルンも我が目を疑った。
モニターが映したのは、投網を内側から破るショワンウーの姿だった。
「化物め……」
ショワンウーのコックピットでは
「大歓迎だよ! もう!」
──お返しするぞ! 代われ!
頭の中で怒声が響く。水久那の目つきが荒いものに変わった。
水久那は右
ショワンウーの両肩が持ち上がる。点火したスラスターが赤くなった。ショワンウーが天空に飛び上がる。上空で反転……重落下を開始する。
残存艦隊が対空射撃に切り替えた。対空砲の火線が何本もショワンウーへ伸びた。
しかしショワンウーはガードもしない。火線は弱々しく装甲に弾かれた。
ショワンウーは
──津波が全方位に広がる。──大波に
ショワンウーが海面から上半身を上げる。すると左肩の甲羅装甲が爆発した。
隣小島の海岸沿いには
巌流四機が右腕のカノン砲でショワンウーを狙い撃つ。だが──
海面を豪速で何かが割る。円形のソレはフリスビーのように
直撃──五機の巌流が木端になって吹き飛ぶ。
浜辺に突き立ったのは、厚さ三メートル・全重五〇トンの大盾だ。ショワンウーのラージシールドである。ショワンウーがただ投げただけで、この威力だった。
甲羅型のシールドが自動的にショワンウーの方へ戻っていく……ショワンウーの左腕に装着された。コックピットの
「ひゅう!
──これで海上戦力はだいたい
「分かって、るって!」
水久那は笑って二本の
一対のラージシールドが左右の肩にぴったり付く。
亀が、手足や首をひっこめるように、ショワンウーが変形する。後頭部の大蛇たちをしならせ、海中へと潜った。鈍重さが一転、ショワンウーはロケットスタートを切る。
蛇を携えた亀神獣【玄武】が、海中を進む。海面に白い線が引かれた。進行上にある護衛艦の
──船体が爆炎に包まれる。──超巨大な甲羅が、船体を貫通していた。
ショワンウーは残存艦隊の包囲網を力づくでこじ開ける。
水中を高速で進む
目指すは一点。敢行するは突破。ショワンウーは第弐富士の海底外壁をぶち破った。
司令管制室に、けたたましいまでの
「アンノウン! 第弐富士内に侵入! 五五番隔壁から五四! 五三! 五二! 次々と隔壁が破られていきます!」
「どうして非常用の隠し水路を!?」
右モニターに第弐富士の立体マップが映った。黄色い〔?マーク〕が基地内の壁を次々とこじ開けていた。〔?マーク〕はスピードを全く緩めず、一直線に何かを目指す。
中央モニターには激走するショワンウーの姿が映っている。短い足を、猛然と前に出し続ける。両手の盾で、隔壁を
口元に手を当てて、
「
エイルンが茜を見る。茜は
「この進路……間違いない。じゃあ敵の狙いは始めから?」
茜が一人、納得するように「うん、うんっ」と
「グランシリーズは分かる。でもデストブルムは特務しか乗れないのに、どうして特務の身柄は要求してこなかったのか……デストブルムが暴れる危険があったからだとしても不自然よ。それに、どうして
茜がゆっくりとエイルンの方を見る。エイルンは
「……ずっと府に落ちなかった。氷室さんの身柄を要求したという事は、当然、彼女の存在も認知しているはず。でももし……もしですよ? あの艦隊パレードが、自分たちが
「ネイバーやグランを要求したのは戦力を
「じゃあつまり……敵の真の狙いは──」
話を聞いていた
「……エル、フィーナ?」
エイルンの脳裏を愛機が
ショワンウーは既に、氷室義塾の敷地内に侵入していた。
氷室義塾の広大な地下スペースには、機体輸送用の地下線路が縦横に引かれている。ショワンウーは、最短でその区画にまで足を踏み入れていた。
ショワンウーが第七地下シェルターの入り口──メインゲート──の前に立つ。
全高四〇メートルはある鋼鉄の門だ。ショワンウーは二二メートルのため、頭がゲートの中腹ほどにある。この場所は、ネイバーの予備格納庫に当たる。
ショワンウーが大盾ごと
巨大ゲートは見る見る
真っ暗な格納庫内で緑色のアイカメラが不気味に光る。その目が
ショワンウーが背中の甲羅の隙間から、二つ折りの砲塔を取り出す。それを伸ばして右腕に下げた。ネイバー規格用の特大アンチマテリアルライフルだ。
ライフルをエルフィーナに向けて構える。コックピットの
「任務……完了」
──だな。
十字のターゲットサイトが一七メートルの
水久那は迷わず、トリガーを引き絞った──ショワンウーのライフルが火を噴く。
マズルフラッシュの
だが、それとほぼ同時……異変が起こった。
「っ!?」
コックピットの
ライフルが弾を吐き出し続け……やがて弾装が空になる。
「うっ!」──突如、水久那の視界が真っ白になった。
格納庫内の照明が一挙に
「
空中で、赤の疾風【
金属を打ちつける音が鳴った。コンクリートに転がったのは、ハチの巣にされたファラリカのパーツだった。そして──
『うぉおおおおおおおおおおっ!』
エイルンの怒号が外部スピーカーを通して響き渡る。