Ⅶ 七扇大和



 緊張が走る司令管制室内──大和のどうかつが続く。

「このむろじゆく本部に七つ。第弐富士内の主要幹線道路に四つ。通勤・通学利用客であふれる、第弐殿てん、第弐ぬまの各駅にそれぞれ一つずつ。北ブロックの第一電波塔に二つ。西ブロック住宅街の俺たちの塾生マンションに三つ。ダメ押しに駐屯地ブロックの上官用寄宿舎にも三つ……合計で、あと二一個の爆弾がこの島には仕掛けてある」

 大和は一人一人に視線を渡す。

「飛び掛かってきてもいいが、覚悟を忘れるな……自分たちのせいで人が死ぬという覚悟だ。まぁ? コイツ以外なら、ここにいる誰が来ても、返り討ちにする自信も実力も持ち併せているつもりだがな」

 大和は銃口で夏樹の後頭部を突く。モニターの首謀者が質問した。

『君は誰だ?』

「俺は七扇大和。この学園の転覆をもくんでいたヘキサだ。こいつの身柄は俺が確実に引き渡すことを約束する。他の条件も必ずませよう。その対価としてはなんだが……俺を反乱軍のメンバーに加えてほしい

 大和は銃で夏樹の背中を押す。なかのコンソール盤までくる。大和はあごをしゃくって離れるようなかに指示した。画面の首謀者は見透かしたように笑う。

『私がそんな見え透いたうそにかかると──』

「今から第弐富士に設置される防犯カメラへのアクセス方法を教えよう。個人で使っていた物だが盗聴器の周波数もな。そっちの見張りが到着するまでの監視に使ってくれ」

 大和やまとがコンソール盤を操作してデータを送る。

 画面内で首謀者の部下が横からやってきた。首謀者はその部下に確認を急がせる。

「何をやっているか分かってるんですか? ヘキサがこんなことしたら!」

 あかねが大和の背中に問いかける。大和は静かに振り返った。

「……おれはずっとこの機会をうかがっていた」

 その視線はらいちようへ向く。

「何がヘキサの人権ようりつだ……このペテン師め。そのばばあがやってきたのはマリスに有効な新兵器の開発で、その原材料が俺たちヘキサだ。そんな事も分からず、踊らされおって」

 大和は銃口をなつの後頭部へ向け直す。

「こいつも言ってただろ。兵士となったヘキサが、このご時世でどれだけの戦術価値を生み出すのか……ここはヘキサを使って新たなビジネスモデルを作り上げる、糞まみれの実験場だよ。まんと噓で塗り固められた最低のプラットフォームだ」

 大和が夏樹のひざうらる。夏樹がコンソール盤に倒れ込んだ。だいが口をへの字に曲げる。がそのそうぼうの温度を急激に下げた。

「どいつもこいつもそれに気付かないで、コイツや、あのババアの手の平でブレイクダンスを決め込んでる……哀れすぎて涙が出るよ。お前ら、もう手遅れだ」

 大和はモニター画面を向く。首謀者に言った。

「この学園をぶっ壊したとしてもヘキサの俺に未来はない。かといって何もしなくても、俺はこの島から一生出られない。でも……今、目の前にチャンスがぶらさがってる」

 モニターの首謀者はにんまりと笑った。

「見ての通り、このババアに一泡吹かすつもりで準備した、半年かけての仕込みもパァとなった訳だが……逃亡先が海賊というのも華があると思わないか?」

 唐紅軍タンホンジユンは大和に、引き渡し場所と時間を指定した。



 一〇時半──第弐富士・第一とう

 全高一〇〇メートル超えの特大クレーン車クライミングクレーンを始め、何台ものコンテナクレーンが置かれている。カラフルなコンテナが港にズラーッと並んでいる。中に入っているのは食料品や生活用品、衣類など、島に運ばれる予定の物ばかりだ。

 ここは海上貨物を一手に引き受ける港である。

 港際にはちくかん二機と巡洋艦一機が横付けされていた。戦艦と岸を結ぶ橋が渡されている。唐紅軍タンホンジユンの武装兵、およそ一〇〇名が占拠していた。

 コンテナを背に、むろじゆくの中核メンバーが引渡しを見守る。

 背後からに腕を回されるセレン──その心は、空と同じ雨模様だった。

「クロ……」

 セレンの前を、超巨大ハンガーに固定されたデストブルムが横切って行く。

 デストブルムは大きすぎるため、けんいんしや等で運び出すことが出来ない。そのため、専用ハンガーそのものが動かせる仕様になっているのだ。

 次に二台の四〇トン・トレーラーがとうの真ん中付近に止まる。

 荷台にはグラン二号とグラン三号が置かれていた。

 運転手のじゆうが下りてくる。民兵が柔呉に小銃を向けた。柔呉は愛想笑いをして手を上げる。そそくさと見送り人の列に紛れこんだ。

「この泥棒──っ! ぼくのテンス返せー!」

 飛鳥あすかが飛び出そうとする。柔呉が慌てて飛鳥をはがい締めにした。

「バッカ! 殺されちゃうぞ!」

「うわぁああああああああああああああぁんん!!

 飛鳥は地面に伏して大泣きする。柔呉は仕方なくその背に傘を掛けてやった。

「うわぁああん、あん、あん、あん──」

 地面に伏すかつこうで、飛鳥は周囲を探る。

 二つのトレーラーを、民兵たちがくまなく調べる。荷台、運転席、車体の下側なども。

 グラン二号の荷台には大量の銃器──スナイパーライフル・ヘビーマシンガン・ショットガン・グレネード、そして二つ折りになった、特大口径のカノン砲が置かれている。

 グラン二号のコックピットが開く。

 一人が中をのぞいた……シートに誰もいない事を確認する。

「よし。大丈夫た」

「こっちもだ」

 広東カントン語で二人が言う。確認を終えると、民兵はトレーラーから跳び下りた。最後に彼らがやってくる。

なつぃ」

 セレンがたまらず泣きそうになる。

 拘束具で両腕をぐるぐる巻きにされた夏樹が歩いてくる。その背後にはけんじゆうを突きつける大和やまとだ。上半身に〔爆弾が付けられたチョッキ〕を掛けている。その腰にはポシェットが巻かれていた。民兵が全員、二人に銃を向ける。

「総隊長っ」「たいちょーぅ!」「くそっ!」

 だいうつむき、オルソンが声を上げて泣いている。やまたけは悔しそうに左手にこぶしを打ちつけた。紫貴はその光景を見て思う。聖書の時代、十字架を背負ってゴルゴダの丘を登ったキリストはこんな感じだったのかと……

 大和は民兵二人の所へ、夏樹を連れていく。セレンは見ていられなくなった。

なつ!!

「セレン、ダメ!」

 の腕を振りほどいて夏樹の下へ走り出す。民兵たちの銃が一斉にセレンの方へ向いた。夏樹が慌てて銃口の前に身体からだを割り込ませる。

「待ってくれ! 来るなセレン! 来ちゃダメだ!」

 夏樹に銃が向けられて、セレンは慌てて止まる。

「許可もなく動くなよ」──夏樹の側頭部が銃のグリップで殴られた。

 アスファルトに夏樹の血が飛び散る。血は雨にれてすぐ薄くなった。

 大和やまとはセレンに警告する。

「戻れ、ネイバーフッド。さぁ早くっ! さもないと──」

 夏樹の腹がり上げられる。夏樹のほおが銃のグリップでぶん殴られた。髪を引かれ、顔面にひざがしらがめり込む。

「ぐっ! が! あっぐ! ぶほ!」

 夏樹のもんの声が続く。その度に、辺りに夏樹の血が散った。セレンは泣きながら一歩、二歩と後ずさる。あおいだいたちの額には青筋が浮いていた。あかねは見てられず顔を背ける。

「ぶは! ハぁーっ! ハぁーっ!」

 大和が夏樹の前髪を引く。その面を上げさせた。

 夏樹は鼻血で顔半分を真っ赤にしていた。呼吸がしずらいのか、息が荒い。そんな夏樹の腹に大和がボディブローを打ち込む。夏樹があまりの威力に目をく。

 我慢できなくなった葵が飛びだそうとする。

ななおうぎぃっ!」

「っ!? このアホ!」

 とつに大地が葵の腰回りに抱きついた。遅れてオルソンが葵を後ろから拘束する。

 それでも葵は止まらなかった。怒り狂ったおおかみのようにえる。

「テメーは絶対っ! 絶対にっ! この私がみ千切る!」

 涙を浮かべるりようには、剝き出しの殺意しかなかった。

 大和は気分を害したのか、息を強く吐く。挑発するように、夏樹の顔をまたぶん殴った。

「女の子がそんな言葉づかいしないでくださいよ。怖くて泣いちゃいますから」

 葵がくちびるを嚙み締める。大和は倒れた夏樹の髪を引いて起こした。

「さすがは今をときめくむろ総隊長殿だ。良かったですねー。皆さん、実に寂しそうにしてくれていらっしゃる」

 大和は夏樹の右耳を引っ張る。その耳穴に指を突っ込んだ

「耳かっぽじってよく聞け……体育館の演説だが、おれにはまったく響かなかった。今どき根性論とか、バカか貴様? どうにもならない事に、どうにもならないやつあふれてるから、現実さまが偉そうに踏ん反り返ってるんじゃないのか?」

 夏樹は苦しそうに大和を見上げる。

「現にお前には、この拘束具はどうにもできないし、ろうにぶち込まれれば、先方の所まで直送だ。それでもこの口は夢だの希望だのとほざくのか?」

 なつあごを持って引く。夏樹は強がるように、笑って見せた。

あきらめの、悪い性分でな。希望は取りに行くものだと思ってる……そこにさくがあるなら、全力でぶち破るだけさ」

 大和やまとは黙する。しばらくして「良く分かった」と夏樹を突き飛ばした。

 民兵の二人が夏樹の身体からだを受け取る。重い足取りで夏樹は船の方へ歩いて行く。

 その背中を見てセレンはどうすればいいかわからなくなった。

「夏樹ぃいいいぃいいっ!」

 セレンがえるように大泣きする──同時にデストブルムのアイカメラが点灯した。

「な、なんだ! おい!」「急にネイバーが!」

 広東カントン語で驚きが上がる。

 港にごうおんが響き渡った。鉄同士がぶつかる音だ。

 デストブルムを拘束するハンガーが、音が鳴る度に盛大に震える。

 がセレンを後ろから抱く。耳元でセレンにささやいた。

「セレン……気持ちを落ち着かせて。デストブルムが暴れ出すわ」

 紫貴の声は感情を押し殺しているようだった。

「この低能どもは、私が一人残らずめいたたき落とします。その為に今は落ち着いて……むろくんは、必ず皆で取り戻すの」

 それを聞いてセレンは目を丸める。

 夏樹を取り戻す──強烈なまでの使命感と義務感がセレンに芽生えた。そのために……夏樹を取り戻すために、セレンは泣くのを我慢する。心でデストブルムに暴れないでとお願いする。セレンが泣きむと、動き出したデストブルムは機動停止する。再びそのアイカメラを滅灯させた。港に響いていた音はやがて収まる。

 セレンを抱きしめる紫貴──地面をにらむその顔は笑っていた。それは氷の女王・氷の九アイス・ナインの凍えるようなほほみだった。

「いったい誰のげきりんに触れたのか……骨のずいまで後悔させてあげるわ」

 夏樹を連れ去った唐紅軍タンホンジユン艦隊は、祝砲を鳴らして港を出発した。



 雨は次第に強くなっていた。波も荒れ始めている。海も空と同じ灰色だった。

 赤い光がゆらゆらと揺れる──それはまるで海中で無数の目が輝いているような光景だった。海面からは亀の甲羅のような装甲がのぞいている。見ようによっては潜水艦の船体のようにも見えるだろう。

 ネイバー16番機【ショワンウー】だった。

 ダークブルーのパイロットスーツを着る少年──甲羅の上で双眼鏡を覗いていた。

 足元には花束を置いている。ヒマワリの花だ。その花弁は雨にれていた。

 少年は米粒大の大きさで船影を確認すると双眼鏡を下ろした。

「【ミスティミスト】を再展開。粒子濃度を八〇パーセントに」

 後方の装甲板に二か所、正方形の穴が開く。排気孔が現れた。

 そこから黄色の粒子がガスみたいに噴出される。黄色い粒子は〔黄色い霧〕となって周囲を覆っていった。

【ミスティミスト】──ネイバー・ショワンウーが持つ特殊機構である。

 これは散布式の〔高性能ジャマー〕と言える。粒子で覆った物質は、レーダーなどの索敵網に引っ掛からなくなる。

 濃霧と区別がつかず、視認阻害効果も高い。衛星にもキャッチされなくなる。

 唐紅軍タンホンジユンはこの霧に隠れて、むろじゆくの懐まで忍び寄ったのだ──

 少年は足元の花束を拾い上げる。ヒマワリの花を悲しげに見つめた。

 ──女々しいやつだな。もう忘れろ。あんな女のことなんて。

「無理だよ。あの人は……あの人だけは、特別だったんだ」

 ──お前はよくやった。あの状況は完全に詰みだ。俺でもお前でもありゃ無理だよ。

「それでもぼくは……あの人を守りたかった

 少年は目を閉じる。ほおに当たる雨と、伝う涙が混じって落ちた。

「ただ、生きていて欲しかったよ」

 少年は花束に顔を押しつける。くちびると震わせ、泣くのを耐えた。

「初恋でした……今もこれからもずっと愛しています。みどりさん」

 ──あばよ。バカ女。

 少年は第弐富士めがけて花束をほうり投げる。

 この少年は、かつてテンナンバーの一人に数えられていた人物である。

 変幻自在のオールラウンダー──【波の二ウエイブ・ツー】のそうじよう

 それが、この島にいたころ、彼が呼ばれていた肩書きだった。

 投げた花束が、荒れ始めた海にみこまれる。水久那はその様を最後まで見守っていた。

 ──今のうちに休んどけ。おれらの出番はまだ後だ。

「これでどこまで釣れてくれるか、だね」

 水久那は遠くにいる唐紅軍タンホンジユンの艦隊を見た。



 誰もいないグラン二号のコックピット──突如、照明が付く。

 型のシートが裏返るように動きだす。壁の向こう側から、防護服姿の日向ひなたが現れた。日向の防護服はメインカラーが黄色である。全自動くるまに乗っている状態だ。

「潜入成功っと」

 日向は息をつく。手に持っていた、カップのアイスカフェラテでのどを潤した。

「用意が良いと言うか、ピンポイント過ぎというか──」

《敵に捕まったと見せかけて『実は中にいるんでしたぁ!』っていうのがやりたくて作ったカメレオンルームだよ! コックピットの後ろ側が丸々休憩室になってんだぜ! ということで乗って乗って!》

 そんな感じでグラン二号に押し込まれ、日向ひなたは現在に至る。

「このギミック作るために、脱出装置を外したっていうんだからなぁ」

 これで、もしもの事があったら、さぞ自分は飛鳥あすかを恨むだろう。ちなみにグラン三号の中には、同じくげつが潜んでいる。

あかねちゃん、何をやるつもりなんだろう」

 日向は作戦の詳細を聞かされていなかった。聞かされたのは合図があったら暴れろという事だけだ。日向はもう一度、アイスカフェラテをすすった。

むろさん大丈夫かな──」



 なつが連れてこられたのは、狭い船室だった。

 釣り下がったオレンジ色の照明が揺れる。窓はない。カビ臭い二段ベッドと、小さな執務台。その他に麻雀マージヤンぱいが散乱した机があった。

 民兵の一人がパイプを置く。夏樹はそれに、座らされた。

 もう一人が円形の無線機のような物に話しかける。それは翻訳機だ。

 民兵の広東カントン語が日本語で発音された。

「これで意味は分かるな。日本人」

 夏樹は顔を曇らせる。民兵の二人が視線を交差させて笑い合った。

「お前に許されるのは、良い子で質問にこたえるだけだ……さもなければ」

 不意に、夏樹の頭めがけて警棒が落とされた。

 夏樹は無言で面を上げる。その額が割れ、血の線がほおを伝った。

「こうなる。さて……まず第一。貴様は何者だ? どうして貴様みたいなガキを同盟主は欲している?」

 ──同盟主?

 夏樹はまゆひそめる。しかし口は強く引き結んだままだ。その表情が気に障ったのか、民兵はもう一度警棒を振り上げた。



 船長室には煙草たばこの匂いが染みついていた。品のないシャンデリアがギラギラ光る。

 部屋の中央に白いソファー。ニスの塗られた木製の執務机が奥に置かれる。壁際には二人の民兵だ。彼らは一般兵と違って中華軍服を着ていた。肩から小銃を下げている。

 執務机に座る肥満の中年男性──船団のリーダーが執務机のマイク越しに言った。

「私は、李浩然リー・ハオラン。幾つか質問がある」

 首謀者改め、リーが翻訳機を介して日本語でしやべり出す。そんな彼を大和やまとは右手で制した。りゆうちよう広東カントン語で返す。

「中国への亡命は兼ねてより計画していた。翻訳機は使わなくていい」

 リーは口元を緩めて部下に目配せする。大和は安心しかけるが──

「っ!」

 二人の部下が大和に銃を向ける。

 大和は即座に、上半身にかけた〔爆弾チョッキ〕の起動スイッチを彼らに見せた。

 リーは笑みを崩さない。

「私はけっこう心配性でね。安心が確保できない以上、君を仲間とは見れないなぁ……。日本の賢く、ゆうかんな少年兵よ。君が信用できる人物だと私に証明しておくれ」

 大和はゆっくりと何度もうなずく。芝居臭く両手を広げた。それから起爆スイッチをてる。

 スイッチがカーペットに転がり、部下の一人が慌ててそれを拾う。

 大和は次に爆弾のチョッキを脱ぐ。そのままソファー前のテーブルに置いた。

「これで完全に丸腰だ」

 ポケットに手を突っ込み、引っ張って裏側に何もない事を見せる。リーは含み笑いをした。それから大和はポケットを元に戻す。明後日の方を向いて切り出した。

「なぁ……アンタみたか? あのババアの悔しそうな顔」

 大和は笑う。でもその内心は生きた心地がしなかった。背中には汗が垂れている。

 どんな言葉なら目の前の男の興味を引けるか……それだけに腐心していた。

「あのババアは、【ウォー・プロダクターむろ】なんて、たいそうなあだ名が世界中で広まってるんだ……氷室らいちようを前にしたら、政府のお偉いさんだって頭を下げて道を譲るくらいだ」

 大和は勝手にソファーに座る。ゆっくりと長い足を組んだ。

「そんなやつの顔に泥を塗った奴なんて、おれとアンタ以外に、あと何人いるんだろうな?」

 大和が苦笑いを向ける。

 リーうれしそうに目を細めた。「もういい」と部下に言う。

 すると部下たちは銃を下ろした。

「大和。君はとても賢い子だ……だから、もう少し安心が欲しいかな? 君には親愛なる聖王への忠義がない。志以外の、納得できる理由を教えてくれよ。君の目的は何だ?」

 大和は一瞬、言うべきか迷う。でもすぐ首を横に振った。大和は足を解く。

 テーブルに両手を付いて、大和は真剣な顔でリーに懇願した。

「……ヘキサに市民権を与えて欲しい。もちろん人権を保障した上での話だ」

 リーは一瞬、まゆを動かす。

「何だってやる。しかるべき役職と権限を与えてくれれば一年……いや、八ヶ月で聖王さまとやらに勝利を捧げる……もしも現中国政権を打倒した暁には日本にいるヘキサを救うと確約して欲しいんだ」

 大和やまとは目を潤ませる。深く……深くその頭を下げた。リーは口から笑みを無くす。

「あんたも知っての通り、ヘキサが発症したら未来なんてない。どの国も〔はいせき〕という枠組みを敷く以上、おれたちには家畜以外に生き方がない」

 みどりが見た夢────ヘキサが安心して暮らせる世界。

 それは大和が緑の在世中に掲げていた、大目標に他ならなかった。

 そして今、それをかなえる事こそ……緑を死なせてしまった自身への贖罪でもあった。

「新政府を立ち上げる事が出来れば、ヘキサを受け入れる風土を作る事が出来る! それから日本のヘキサを新天地に招いてやりたい……もう俺には、これしか方法がないっ」

 大和は机に額を押しつける。高いプライドをかなぐり捨て、必死に懇願した。

「だから……頼むっ! どうかヘキサを救ってやってくれ!」

 大和は何度も「頼む!」と続けた。

「顔を上げてくれ」

 リーが言う。大和はゆっくりと面を上げた……そして目を丸める。

 目に涙を浮かべてリーうなずいていた。その鼻をすする。

「素晴らしい……さぞ、さぞ君は、つらい経験を重ねてきたんだな」

 大和は笑みをこぼしそうになる。ありがとうと言おうとして──

「なぁんて言うとでも思ったぁ!?

 リーは表情を一変させる……そのへんぼうぶりが、大和の反応を遅らせた。

 部下の二人が後ろから襲いかかる。大和の身体からだがテーブルに押さえ付けられた。

 リーは大笑いする。笑いをこらえられないのか、バンバンと机をたたいた。次第に笑いが収まっていくと引き出しからけんじゆうを取り出す。

ヘキサおまえらは、死ぬその時までマリスの餌だろ? 人間様に飼われる以外に生き方があるはずないじゃないか」

 リーは銃を大和の額に向ける。大和は表情を凍りつかせた。

「どの道、我らが同盟主様より、氷室義塾を陥落せよと命を受けている」

 大和の全身におぞが走る。

「なん……だと?」

「光栄に思えっ日本人! この島は、聖王さまが歩まれる、覇道のいしずえになったのだっ!」

 リーは大口を開けてまた笑いだす。大和は力なく項垂うなだれた。

 ──俺は……間違えたのか?



 第弐富士・地下エリア──発電区画。

 なつが連れ去られて一時間近くが経過する。飛鳥あすかは第弐富士の地下エリアに来ていた。

 周囲に見られるのは大量の太いチューブ群だ。中央にはスクリューの形をしたタービン──大型バスほどの発電機──が横たわる。

 飛鳥あすかが「さてと」と、右を向いた。横にはバスケットボール大くらいの球形ユニットがある。球体ユニットには〔1〕の数字が彫られていた。

ねないでよ【フェニックス】……君は一人じゃ戦えないんだからさ」

 飛鳥の背中にあるマニピュレーターが球形ユニットを拾い上げる。その重さに、飛鳥の重心が横に引かれた。

「ととっ! ……さぁって。君のハート、ちょっとの間だけ借りるよん。君の熱さを皆にも見せてやろうぜ」

 飛鳥はサングラスをかける。そのまま巨大タービンに向かう。タービンには円形のくぼみがあった。そこに背中のマニピュレーターが球形ユニットをはめ込む。


「バァ~ニングソウルっ、イいいいぃンッ」──飛鳥が球形ユニットを押し込んだ。


 球体ユニット──グラン一号【フェニックスハート】のメインエンジン──が、緑色に光り出した。すると巨大タービンが音を立てて回りだす。

 タービンの回転は早くなる。バチバチと稲光を発した。飛鳥はうれしそうに声を上げる。

「キタキタキタキタぁっ!」

 発電区画は、ほどばしる光で埋め尽くされた。



 ──で間違えた? どうしてこれを考えなかった?

 大和やまとどうこうを震わせる。テーブルに押さえつけられ、背中には小銃を向けられていた。

 ニタニタ笑うリーは、銃口を大和の額に向けている。

 ──どうして、このブタの人心をつかむ事だけにピントを絞った!? なぜ善後策を講じなかった!? 良心に訴えるなんてバカか!! なぜ弱みを前面に出す交渉法を取った!? そもそも、国民性の違いをなぜ考慮に入れなかった!? もっと利用価値をほのめかす媚び方はなかったのか!?

 大和は畳みかけるように自問する。

 呼吸が荒くなる。顔には一片の余裕も残っていない。つばを飛ばして大和は言った。

「国際条約違反兵器なんて使えば、政権を打倒する前にUNが内戦に介入する! 政権を打倒したとしても、中国に未来はない! 世界中を敵に回す気か!」

「それは、これから死ぬ君には関係の無い事だ」

 大和はそれでも必死に食い下がった。

「ヘキサたちは!? おれはいい! だが、あの馬鹿どもは見逃してやってくれ! あいつらはあのババアに踊らされてるに過ぎな──ぶぉっ!」

 大和の顔が再びテーブルに押さえつけられる。リーは勝ち誇った顔になった。

「ボロが出たねぇ。体よく私を丸めこんで仲間を救おうとでも? ぶふ!」

 リーから立ち上がる。船内マイクで全艦隊に命じた。

「同士諸君! がいをあげよ! 我らが聖帝のちよくめいを果たす時がきた!」

 館内に中国語の軍歌が流れ始める。リーは首に掛けた鍵を取り出す。

 それは【E790ウイルス弾頭】の発射キーだった。

「今より、聖帝の御声は天へと上り! 人モドキどもを地獄に落とすだろうっ!」

 大和やまとは押さえつけられながら……発射キーを見つける。すると……


「そんな所に隠し持ってたのか」────その口を三日月の形に変えた。


 部下とリーが大和を見る。大和はこくはくなまでの笑みを作っていた。



 尋問室ではなつが力なく頭を垂らす。椅子に座らされ、両手を背後に回すかつこうだ。

 右目はれ上がっていた。顔中が血で真っ赤だった。また、白いワイシャツも自身の血で赤く染まっている。

 煙草たばこくわえ、民兵は尋問を続ける。

 夏樹の髪をむしって面を上げさせる。夏樹は左目だけで尋問官を見上げた。

『思いのほか頭が悪くて助かった。本命は船長室だ』

 突如、夏樹の右耳から大和の声が流れ込んでくる。夏樹が小さく笑った。左目に力を取り戻す。夏樹は左目を閉じる。意識を集中させた。民兵がげんそうにまゆひそめる。

「か、髪が?」

 波紋が渡るように、夏樹の髪が〔紅〕に染められる。

 夏樹の真紅のひとみが開けられた。両腕を縛る拘束具が勢いよく引き千切られる


 吹き飛ばされる船室扉────民兵二人が廊下へとほうり出された。


 自由を取り戻して夏樹が立ち上がる。顔中の血を両手でぬぐい落とした。

 むろ夏樹改め、エイルン=バザットは新人類である。

 月の天才科学者・ドクターツルギに、改造人体を与えられた超人戦士。

 鋼鉄よりも堅いしんがいこつかく──絶対に破裂しない蛮弾力内臓──爆発増加する強化人工筋肉──何百倍の伝達速度を誇る超敏化神経系──

 エイルンは、理不尽な悪とたいする時、迷うことなくこの力を行使する。

 エイルンは手首を回す。腫れた右目部分を、親指の爪で擦った。血がブチュと噴き出る。

 閉じられていたエイルンの右目が開く。紅の瞳は真っ赤に燃えていた。

「さぁ……反撃開始だ」

 エイルンは廊下へと跳び出る。民兵の姿を廊下の端にとらえた。

 外れた船室扉を持ち上げ、エイルンは一気に駆け出した。



 船長室の三人はげんそうに大和やまとを見る。押さえつけられた大和は、日本語で延々としやべり続けていた。

「船長室はかんきよう付近だ。おそらく船内の──」

君たちの声を追っている! 君はそのまま喋り続けてくれればいい!』

 大和の耳奥にエイルンの声が届く。大和は化物かよと思った。

 ゴーン、ゴーンという、音が聞こえてくる。時折、人の叫ぶ声と銃声も。

 音が鳴る毎に船長室に微震が走った。そして、音と揺れは徐々に大きくなっていく。

「貴様いったい何をした! 何が起こっている!?

 リーが大和にけんじゆうを向け直す。大和は鼻で笑いながら広東カントン語で返した。

「ふん。同情するよ、この船団の兵士全員にな」

 リーは歯をき出しにする。「どう言う意味だ!」と大声を張り上げた。


「バカをトップに持つと早死にするって意味だ」──壁をぶち破ってエイルンが現れる。


「「「っ!?!?」」」

 声を失うリーと部下二人。

 じゆうこんまみれの船室扉──通気口のすきから、エイルンのあかひとみのぞく。

「でやぁっ!」

 エイルンが船室扉をぶん投げた。

 部下の二人が弾き飛ばされる。同時に大和がテーブルの下に避難した。エイルンも床に伏せる。大和はすぐさま自分のベルト──バックルの裏側──のボタンを押す。

 さくれつする爆弾ベスト──マズルフラッシュが船長室を覆った。

「ぎゃあぁああああああああぁっ!」

 リーは至近距離で散弾を食らう。右手が吹き飛ばされていた。無くなった前腕部分から勢いよく血が出る。

 リーは口の端から泡とよだれを垂らす。あまりの痛さにカーペットの上を転がり回った。

 大和がその様子を見下ろす。

「頭の中でさ。うそでもいいから自分を追い詰めるんだ。すると自然に表情が出来てくる……どうだった? 万策尽きたような〔マヌケ〕の顔をしていただろう?」

 リーが鼻の穴をひろげる。大和の顔を見上げると声を無くした。


「貴様は生皮いで殺してやる……印ナシ」──せいさんなまでの笑みがにあった。


 敵の首謀者は悲鳴を上げながら駆けだす。船長室から逃げ出した。

 大和やまとは血だまりに落ちた〔発射キー〕を拾い上げる。

「ほい。ゲット」

 大和がエイルンを殴った時──エイルンの耳穴に指を突っ込んだ、あの瞬間だ。

 大和は小型の無線機をエイルンの耳奥に忍ばせていたのだ。また腹を殴った時に、シャツの内側に無線機のマイクも忍ばせていた。

 その事からエイルンは、大和の反逆が芝居だったと分かる。そして大和にけ、時を待った……細菌兵器を押さえるチャンスを大和がつかんでくれるのを。

 エイルンと大和がにらみ合う。しばらくするとエイルンの方が笑い出した。

 その反応に大和は困惑する。大和も二つだけ想定外の事があった。

 ──一つはコイツの怪物染みた戦闘力。そしてもう一つ。

「どこまでもしやくやつだな、君は」

 エイルンは穏やかに笑っていた。大和はうそだろと思う。

 演技とはいえ、大和は本気でエイルンの事をぶちのめした。数発分のお返しは覚悟していたつもりだったが……大和は毒気を抜かれてしまう。照れ隠しに腕を組んだ。

「え、演技派と言え。細菌兵器あの手の物は、だいたい核ミサイルとかの発射装置が使われるのが相場だからな。ようの事だから何かしらの手は打つと踏んだが、確実性を取りたかった……だからまぁ、その、あれだ。本気で殴ったことを悪いとは思ってないので謝らないから変な期待はめて下さい」

「? 何をゴニョゴニョ言ってるんだ? とは言ってもちやをしたな……何とかならなかったらどうするつもりだったんだ」

 エイルンは右手を腰に当てる。大和は「それはない」と即答した。

「手札には切り札二枚が来るように運んだからな……おれは勝てるゲームしかやらないタチだ」

 大和は意地の悪い笑みを浮かべる。エイルンは「性格の悪い奴だ」とまた笑った。



 リーそうしつに落ち延びる。怒り狂いながら部下に二人の始末を命じていた。

『あーあー、唐紅軍タンホンジユンの皆皆さま──』

 操舵室のモニター画面にニコニコ顔のらいちようが映し出された。