Ⅵ 脅迫と裏切り



 六月終わりの多目的室はジメジメしていた。荷物が壁際に散乱している。二五度を超える温度が、室内の異臭を強くしていた。そんな機兵部の部室には一台の光学パソコンがある。部屋の片隅に置いてあるソレと、手狭な作業場所──

 大和やまとはそこにポツンと立つ。ほこりかぶったこの学習机が、他人な気がしなかった。

 ──確かにおれは『少しくらいなら手を貸してやってみてもいいかな?』と思いはした。

 大和は豚小屋のような部室を見渡す……死んだ魚のような目で。

 未洗濯の体操服や防護服が山を作る。あれが異臭の素だと大和は悟った。

 再び死んだ魚の目を戻す。見えるのは領収書、領収書、領収書……。

 ──あんな大事件の後だ。部員だって半分以下に減ってしまった。お財布番のそうじようや体の良い雑用(俺)が抜けてしまって、後方業務にまで手が届かなくなったのは想像に難くない……だが、しかし!

「多すぎじゃないですかね!?

 大和は居もしない誰かに突っ込む。

 机の横にはレジ袋にパンパンに詰められた〔領収書〕があった。全部で七袋分である。

 機兵部は、部費の使用報告が約一年分、未提出になっていたのだ。

 そこで本日……雑用しよの大和が駆り出されたという事だ。

 大和は目を血走らせてパソコンを立ち上げる。学習机の引き出しから、超勤関係や業務費等の会計ファイル群を引っ張り出した。

 流れる手つきでファイルをめくる。大和はギリギリと歯をみ鳴らした。

 ──残業申請をやってるやつもいればやっていない奴もいる! 学園側も学園側だ! 給与の振り込みどうしてるんだ! 適当すぎるだろむろじゆく! 労基法をなんだと思ってる! 日本中にあるブラック企業死ね! ブラック死ね! あいつらもあいつらだ! あれほど領収書は月ごとにまとめておけと言っておいたのに!

 大和はこの糞の山を、顔面にたたきつけてきた野郎の顔を思い出す。

《すまん。なにやら報告物をかなり滞納しているらしいんだ。君は経理の経験もあったというし、代わりにやってあげてくれないか? 終わったら勝手に帰っていいからさ》

「これ帰るどころか、休むなって言ってるだろ! 暗に寝ちゃダメって言ってるよね!? あの善人面、のっけからコレとか、やり方がブラック過ぎるだろ! ブラック死ね!」

 更に我慢できないのは、なつの去り際に、部長が言った言葉だ。

《あ、七……ん? えと、七先輩ありがとでーす! 後よろしく! いこ、隊長♪ 今日も模擬戦やろーね!》

「行こ、じゃねーよ!! あとななおうぎだから! いいかげん覚えて! そしてこれ君の仕事!」

 大和はヒステリーを起こす。その頭皮をむしった。

 それから二分ほどかんしやくを起し……大和やまとは落ち着きを取り戻す。「ふん」と鼻で息を吐いた。

「やってられるか」

 部室を出ようと振り返り……それが目に入る。

 学習机が一つ──写真立てと、一輪指しのガラス花瓶が置かれている。

 そこだけはれいに掃除がされていた。大和にはこの部室で一番神聖な場所に見えた。

 大和はそばまで行く。その写真立てに手を伸ばした。

 ──こいつも部費の管理はずさんだったな。

 写真はかんみどり遺影だった。大和は目を細める……小さな笑みを浮かべていた──


    *****


 この場所で一人、領収書整理をしていた自分──そこに防護服姿の緑が来る。

「ヤマえも~ん! 大変だよぉ~! 前に打ち上げに行ったときに領収書もらい忘れちゃったのぉ!」

 大和はまたかと思った。大和は緑と二人きりだと、つい地が出てしまう。言い過ぎないようにせねばと心がけた。

「神無木さん、私的流用って言葉知ってます? やってることかな~りマズイですからね? ……で? 幾ら食べたんでしょうかね」

 緑はその時の味を思い返すように、口元に指を添えた。

「新装オープンの焼肉屋さん! 五〇人くらいで行ったから、三五万くらい?」

「ちょっ! おまえ最低だよ! そしておれは呼ばれてないぞ、このアマ!!

 大和はショックでしんらつになる。緑は目を泳がせた。

「え? お、オカシイナー。あおいちゃんにお願いしたのに」

「あんな筋肉少女隊にお願いしちゃダメでしょ!? 脳みそまでムキムキだよ!? バカなの!? あーもう自腹だ自腹……部費では落とせん。今回のでお前は少しりとけ」

 緑はショックを受ける。泣きながら大和の肩を両手でたたきだした。

「ふひ~ん! 三五万も出したら今月! 水と草しか食べられないよぉ~!」

「いいか神無木。第二次世界大戦でくりばやし中将率いる硫黄島日本軍の皆さんは、備蓄を温存するために雑草汁なるものを食して──」

 大和は叩かれながら、カワイイとか思ってしまう。緑はしょぼんと肩を落とした。

「ソープで働くのイヤだな……四〇回くらいやったら稼げるかな。三五万」

「だから君はもう! もっと自分を大事にしてください俺が悪かったよコンチクショウ!」

 大和は自分でも訳の分からないキレ方をする。かんにんして立ち上がると緑が目を丸めた。

「え? じゃ何とかしてくれるの?」

「オマエをソープに沈めたなんてうわさが広まったら、俺は駿するわんに沈められる。じゃない意味でな」

 大和やまとに浮かんだのはあおいに殴り殺される未来だ。どうにも大和は葵が苦手だった。

「行ったの三日前だろ? 多分POSデータに残ってると思うから。そんな大所帯で行ったんなら向こうも覚えてるだろ。行ってやるから、はよ着替えろ」

「わ~い! ヤマえも~ん! だから大好き~!」──


    *****


 ──ホント、事あるごとにベタベタしてきおってからに……。

 大和はえいを静かに置く。ちようめんなため、写真立てと花瓶の位置も勝手に直し始める。

 ──なぁ、かん……おれはあの男にけてもいいのだろうか。

 この写真の主が、どう言うかなど分かり切ってる。でも大和は答えを先送りにした。

 大和はUターンをする。かつての自分の作業机に腰をえた。

「雑用くらい手を貸しても罰は当たらんだろう……」

 首、両手首、両指の順でポキポキと骨を鳴らす。大和は気合を入れるようにワイシャツの袖をくった。



 同時刻──雨が強くしきる。窓の外を眺めながらなつが歩く。

 夏樹は特別棟の廊下を進む。先日本土から帰ってきたばかりのらいちようの執務室に向かっていた。しようしやな木製扉がそびえ立つ。執務室の前で夏樹は休めの姿勢になる。

むろ夏樹! ただいま参りました!」

「入りな」

 雷鳥の声が返ってくる。夏樹は扉を引いた。

 ブラインドが下ろされて中は薄暗かった。中央には大理石の円卓が置かれている。

 最奥には、豪勢な執務に雷鳥が座っていた。夏樹は雷鳥の近くまで行く。雷鳥は老眼鏡を外して、読んでいた光学書面データから視線を離した。夏樹が言う。

「塾長。長旅ご苦労様でした」

「やっぱり家が一番落ち着くねぇ。そとも中身も汚くなったジジイ・ババアの相手は年々、しんどくなってる。まぁ、収穫もあったけどね……これを見とくれエイルン」

 言いながら夏樹に書面データを渡す。夏樹は右目に二センチ四方の光板を生成する。

 これは、紅の懐中時計──万能多目的ツール【エンブレムクロック】──を使用したのだ。これを介さないと夏樹は、難しい漢字や英語が読めない。

 夏樹が目を走らせ……やがてりつぜんとなる。

「政府に潜んでたでかいネズミをふん捕まえて、いろいろと吐かせたら、とんでもないことが分かった。敵はロイヤルガードだけじゃない。本当の敵はその上にもいる」

 この情報は最高機密に部類される。逆をいえば、それをらいちようが明かしたということは、なつはそれだけの信頼を雷鳥から勝ち取っているという意味でもあった。

「早急に学園の戦力拡充を図ります。併せて対人戦闘も視野に──」

「まぁ慌てなさんな。は人間とやり合う方が得意なんだから。イニチアティブはこっちが握ってる……じっくり外堀から埋めてこうじゃないか」

 夏樹は苦笑する。この老齢な司令官を頼もしいと思った。雷鳥は次に別のデータを渡す。

「次はあんたが所望していた【規格外十番テンナンバー】についての詳細なファイルだ。一般公表用じゃない、持ち出し禁止のヤツだからここで読んでいっとくれ」

 夏樹は申し訳ないと思いつつも、手渡された情報に目を通す。やがて一人のファイルで手を止め……その声を震わせた。

「塾長……やはり、これは──」

「やっぱりアンタも感づいたね。織り込み済のつもりだったが私の目算より二日早かった」

 雷鳥はにやりと笑う。引き出しから煙草たばこを取り出し、火を付けた。

「【明星奪取計画】の最重要ファクター……私と武蔵むさしじいさんが七年以上も前から、つばを付けていた【みようじようの後継者】だ」

 夏樹の中でパズルのピースが組み上がっていく。引っ掛かっていた規格外十番テンナンバーなぞ。そして、どうして彼女が彼を欲したのか……夏樹は隠さずに恐れを漏らす。

「彼もまた、規格外だったということでしょうか?」

「少なくとも研究班はそう見てる。ざかしく育って上手く隠してるから、現在の実力は正しく計れていないがね……。エイルン、何が何でもこのガキは味方に引き込んどくれ。武蔵のジジイが居なくなったりで、いろいろ悪い考えを持ち始めている」

 夏樹は再び人物ファイルを見る──そこには【ななおうぎ大和やまと】の事が記されていた。



 その深夜の事だ。海上には深い霧がかかっていた。視界の一切を奪ってしまうほどの濃霧である。その濃霧の中を〔船団〕が進んでいた。それも大規模な……艦隊と呼べるほどの船団である。しかし不思議な現象が起こっていた。

 そのはるか上空に浮かぶ衛星はその船団を映していなかったのだ。

 同じく、この周辺海域をくまなく索敵する【海上自衛隊】及び【米軍第七艦隊】のレーダー網にもだ。海面を静かに割る船団──その先頭には〔亀の甲羅〕のような物が、海面からのぞいていた。甲羅のすきからは、絶えず〔黄色い霧状の粒子〕が噴出されている。

 船団は静かに進む。その進路を第弐富士に取っていた。



 今日も朝から雨が降る。朝早くから部室に来た夏樹は目を丸めていた。

「見違えたな、これは」

「ふん……あたり前、じゃなくて……頑張りましたとも」

 大和やまとが涼しい顔をする。目元には濃いくまがあった。

 機兵部の部室はかんぺきせいとんがされていた。

 まず部屋中に散乱していた部員達の荷物は、一か所にまとめられている。汚臭を放っていた防具服等はすべて洗濯済みだ。現在はリネン室の乾燥機の中にほうられている。

 部室内には芳香剤の匂いが漂う。

 ──ムキになっても完璧にやっちゃうからおれ素敵。ああ、俺怖い。

 大和は心でえつる。なつが感心しながら辺りを見渡す。

 光学パソコンの周りもきちんと掃除がされていた。事務ファイル群も窓際にれいに並べられている。学習机には、月ごとに整理された領収書の束と、滞納していた部費の使用報告書が置かれていた。

 残業関係の書類や、未記入分も完璧に出来上がっている。

 精魂を使い果たしたように窓の外を見る大和──そんな彼に夏樹は言う。

「さすがは、かんみどりさんが陰で最も信頼していたななおうぎ大和くんだ」

 大和の表情が急速に曇る。一方の夏樹は、大和とたいした。

「神無木緑さんは無意識に……本当に無意識に、自分の描くビジョンにあわせて、それに必要な要因を『引き寄せる』ことができたんじゃないか……人材も環境も関係なく……。むろのヘキサ研究班の人物ファイルにはそんなことが記されていたんだ」

 大和は一瞬、まゆを動かす。

 ──死してなお人間共こいつらのモルモットか……。

「機兵部の発足当時は【支援部】という、せんそうを用いた後方支援を専任する部活があったそうだね。配属されたのは、戦闘に不向きな性格や、戦闘科に振り分けたものの、成長や活躍の期待できない、いわゆる〔見込み違いの生徒〕……この機兵部の何人かは、そこから、神無木緑さんが集めてきたと聞く」

 ──そーいやそうだったな。妙に懐かれて……何十回、勘違いしそうになった事か。

 大和は追憶した。部活上がりによく、緑に呼び止められた時の記憶を。

 夏樹は続ける。

「発端は彼女の気まぐれ……偶発的な始まりに見えるかもしれない。でも、だ──」

 夏樹の目には驚き……きようがくにさえ匹敵する色があった。

「弾道から空間状態、着弾タイミングまでを、ほぼ完璧にイメージできるS級複合変化分類ハイブリツト……。かの、閃光の八ライトニング・エイトを砲撃部隊にスカウトしたのも神無木さんだと言うじゃないか」

 大和はとぼけるような口調で言った。

「そうだったのか。なにぶん友達がいなくてな。見ての通り、一年以上、一緒の部活にいて名前と顔を覚えられていないくらいだ……そういう話は初めて聞きました」

 夏樹は乾いた笑みを漏らした。

「他にもあるぞ? 神馬の五スレイプニル・フアイブいつはしげつくんの動体視力はトップアスリートすらも大きく上回るらしい。彼女の眼は〇・一秒間に最大一二文字まで知覚できるそうだ。そして彼女もS級身体変化分類フイジカルだと分かったのは、かんさんが機兵部にスカウトした後の話だった」

「それはすごい。偶然って続くんだな」

 軽い調子で大和やまとは返す。でも胸中はそうではない。黒い炎が燃え始めていた。

むつアギトくんに至って言えばいまだに測定不能……無変化分類ノンギフトの彼が、何をどうすれば、あの操縦技能につながるのか、研究者は未だに答えを見つけられてないそうだ」

「そういえば睦見のやつ、ここに来る前の体力測定、ごまかしてたって聞いたな。非戦の運営部でブラブラしてたところを神無木に連れてこられたんだっけ」

 なつはここに来て初めて不快をあらわにした。

「……君は知ってるか? S級指定の才能開花に目覚めたヘキサは、全体の〇・二パーセントにも満たないと……規格外十番テンナンバーというあだ名、誇張でもなんでもない。本当に皆、規格外の人材だ」

「あのさ……テンナンバーの上げー発言は、ここにいたころから耳タコなんだよ。おれは興味ないから、他の奴とやってくれ」

 夏樹は口をつぐむ。口の周りにしわが出来た。夏樹はその声を低くする。

「そうやって君は……ずっと煙に巻いてきたんだな

 大和は座っていた学習机から腰を上げる。もう、その顔には友好的な色などじんもない。

「神無木部長の興味を持った人物に普通はいなかった……だから君のことも申し訳ないが調べさせてもらった。そうしたらどうだ? 君も十分に、異常だったじゃないか」

 夏樹はいらっていた。怒りを抑える様子で大和に言う。

「日本におけるの一門【ななおうぎ】。今は没落してしまったが、そのてんの才と最高の英才教育をうけ、周りから神童とよばれた少年……鬼灯ほおずきの前身となった試作せんそう無花果いちじく】のテストパイロットを務めたのが、当時九歳の君だったというじゃないか」

 夏樹は一歩踏み出す。強く、力を込めて。その目には明確な怒りがあった。


「どうして本気を出さない。七扇大和」──夏樹の燃えるひとみと──

「……不快だ。それ以上、さえずるな」──大和の冷えた瞳がぶつかった。


 一気に距離を詰めた夏樹……その両手を伸ばす。

 片や、伸びてきた夏樹の手首を大和はつかむ。夏樹をほうり投げようとした。

 ──なっ!

 大和が目を見開く。体感したのは、サイにでも体当たりされたかのような衝撃だった。

 大和の身体からだが、音を立ててホワイトボードにたたきつけられる。

 大和の胸倉を摑んで夏樹は声を張り上げた。

「君を知っている部員から聞いた! 神無木みどりさんが死んだあの日! 残存部隊の総指揮を務めあげ、全員を生還させたのが君だと! だっ! どうして、それだけの力があってお前はっ!」

 激情するなつ大和やまとはその表情を強くゆがめる。

「見てきたんだろ! この学園の惨状を! 多くの人が傷つき、それでも何とかしようともがいていた! 自分たちの運命と戦っていたんだ! 君ほどの力があれば何かを成すことが出来たんじゃないか? 彼らを助ける事ができたんじゃないのか!? 答えろななおうぎ!」

「その『自分が誰よりも一番ヘキサのことを考えてます』みたいな口ぶり……今すぐにめろ。本気で不快だ」

 大和は夏樹の耳元でささやく……とても低い声で。

「ヘキサをさんざん食い物にしてきたむろの手先が……知った風な口をたたくなっ」

 大和の突きが夏樹のこめかみを襲う。でも夏樹は見もせずに、大和の手首をつかんだ。

 ──っ!? 完全に死角から打った一撃だぞ!

 大和はこぶしを振り解こうとする。しかし夏樹の左手は万力のように絞まる。大和はその腕を離すことができなかった。夏樹は絞り出すように言う。

「やれる事があって……できることがあって……さねばならぬ事がある……。でも自分は傍観者面で遠くから眺める! そんなのがカッコイイと思っているのか! そんな生き方で君は本当にいいのか!」

 夏樹は大和に訴える。大和もつばを飛ばして叫び返した。

「断りもなく、人の中にズカズカ入り込んできて! こっちの都合、お構いなしに説教するやつもどうかと思うがな! 離せ! 本気でノすぞ!」

「七扇!」

 夏樹はたまらず拳を振り上げた。大和も同じく拳を引く。

『氷室総隊長! 以下、指定された方は至急、せいかいしつに! 繰り返します──」

 二つの拳が互いの顔面すれすれで止まる。

 夏樹はくちびるを引き結ぶ。乱暴に大和を解放した。大和も不快そうにえりの乱れを正す。

 部室を出ようとして……夏樹はドア口で足を止めた。

「一度こぼしてしまったら、取り返しのつかない事だってある」

 言われておもう──大和の脳裏をかすめたのはかんみどりの後ろ姿だった。

「だからおれは、常に全力でやるんだ」

 乱暴にドアが閉められる。一人残された大和はうつむいた。

「人が……何もしていないみたいに言うなよ」

 その顔は年相応の少年のようで、今にも泣きそうになっていた。



 地下通路を走る夏樹。その後ろにあおいがやってきた。

「隊長! いったい何!?

「分からん! とにかく急ごう!」

 司令管制室の機械扉が開く。中に入ると二人の緊張が何倍にも膨れあがった。

「船種の確認急いで!」「こちらむろじゆくこちら氷室義塾! 基地に入電! 至急──」

「先輩! さとがみのビッチ、電話に出ません!」「内閣府にもつなげ!」「自衛隊には絶対にまだ攻撃させちゃダメだからな!」「船団、いまこうちやく状態を保ってます!」

 役員たちの声がごうごうと飛び交う。室内をはしる役員もいた。中央スペースにが立つ。

戦騎装第五中隊サンイチBS6戦騎装第六中隊サンイチBS6は訓練弾頭のままでいい! ポイントA1~3! ポイントB1、ポイントC1の順へ急行! 到着次第、陣形を構築! とにかくかくになればいいわ!」

 せいかいは完全に戦闘状況に入っていた。先に来ていただいたちは、あかねにどやされながら物を運んだり資料を取りに行かされている。

 状況がつかめないなつあおい……夏樹が不意に正面モニターを見る。思わず息を止めた。

「なんだ……これは?」

 海上に漂う数多あまたの船影────第弐富士はなぞの艦隊に包囲されていた。

 規模にして空母二、巡洋艦二、ちくかん一〇の一四せきだ。これは米軍第七艦隊の平時戦力に匹敵する。警備網の薄い、第弐富士の北側を中心に配置を完了させていた。

「米軍や海自は何をやってたんだい」

こちら同様、レーダーに引っ掛からなかったそうです! 向こうも目視での確認だったため、報告が遅れたのかと!」

 らいちようの問いに、なかが声を大きくして答えた。

 夏樹は右モニターを見る。通常、右モニターには敵と味方が、光点マーカーで表示される。でも右モニターに謎の艦隊は表示されていなかった。

「すごい霧……」

 葵がつぶやく。正面モニターの映像は、濃い霧に覆われていた。黄色い霧で、スモッグのようにも見える。この黄色い濃霧が発見を遅らせる一因となっていた。

「司令! これはいったい!」

 夏樹が中央スペースまで来る。紫貴の鋭い目付きが、一瞬でハートマークになった。

 上方の司令席に座る雷鳥が下を向く。

「こんな朝っぱらから、お客さんだ。アポなし武器持ちのね」

「前のクイーンじゃあるまいし……何でレーダーに反応しないの?」

 茜が顔を曇らせる。モニター画面が突如、切り替わった。

『我らは、中華人民解放軍【唐紅軍タンホンジユン】である』

 中国軍服を着る中年男性が映った。メガネをかけた肥満体形の男である。

 その声のトーンやしやべり方には違和感がある。これは機械が自動的に翻訳しているためだ。

 二〇七〇年現代、言語の壁は無くなりつつある。一般に普及される携帯電話にも、リアルタイム翻訳の機能がついている程だ。らいちようまゆを動かす。

 ──唐紅軍タンホンジユン。中国で暴れ回ってる内乱軍が、なんでむろじゆくに?

『龍暴れる【王黄龍ワン・フアンロン】の悪政を見逃す日本に正義のてつついを落とせと、皇帝新しい聖なる【唐劉虎タン・リユウフーさま】がちよくめいを下された。勅命を汚い耳で静聴しなさい』

「なんか受けね?」「黙って聞け」

 不謹慎なやまたけだいが言った。そんな中、飛鳥あすかも司令管制室にやってくる。

ねねねね! 外すごいよ! なになに!? これ何のパーティー!?

『氷室義塾及び、総理大臣・はま総理に私たちは要求する。一つ、新型兵器【グランシリーズ】の設計データと試作機体を献上せよ』

 正面モニターにグラン二号とグラン三号の写真が表示された。が目を丸める。

「どうして! グランは機密保持されてっ」

「あ──っ! ぼくが【3ちゃん】で流した画像だ! 勝手に保存してんなバーカバーカ!」

 紫貴がゆっくりと首を曲げた。低い声で「今、なんて?」と飛鳥に聞く。

「グランが出来てすぐネットで自慢したの! そしたらもうブザイクだ、ももデカすぎだ、テラワロスだ、マジうっぜー死ね! あいつら目腐ってる! あんまりにも頭キタから、ディスったヤツ、全員特定して、個人情報ばらいてやったけどね!」

 ドヤ顔した飛鳥に、あおいが飛び掛かる。ドガ! とか バキ! とか打撃音が渡った。

「葵ちん、ぐべ! め! 止めてぇ! 顔は殴らないでぇ! お嫁にいけなくなるぅ!」

「うっせーっ! オメー結婚する気ねーだろ!」

 飛鳥が悲鳴を上げる中、唐紅軍タンホンジユンの声明は続く。

『二つ、同じくネイバー【デストブルム】の献上。そして三つ──』

 最後の要求に全員の背筋が凍りついた。

氷室夏樹の身柄を要求する』

 なつどうこうひろがった。同じく顔を青くしたせいかい役員たち。馬乗りで飛鳥を殴っていた葵が振り返る。一拍置いてから、物凄いけんまくえた。

「──ざっ、けんなっ!」

 正面モニターに映るテロリストは悠然とした態度で続けた。

『なお、要求が聞き入れられない場合……我々は日本国首都・トーキョー。もしくは、この第弐富士に〔戦術毒による無差別制裁〕を決行するものとする。また、敵対行為も同じと見なす。応援を要請した場合も同様だ」

 画像が変わる。モニターに一本のミサイルが映し出された。

 画像を見て生途会の面々が絶句する。紫貴は声を震わせてつぶやいた。

「E、970……ウイルス、弾頭」

 二〇一六年──人類史に残る最悪の細菌兵器が誕生した。

てんねんとう】という感染症がある。かつて世界中で不治・悪魔の病気と恐れられたえきびようだ。

 恐るべきはその感染力にある。飛沫ひまつ感染等で簡単に伝染範囲を拡大させる。二〇世紀に、三億人以上の犠牲者が出たと言われた。

 その致死率を極限まで高めようと開発されたのが、この【E970ウイルス弾頭】だ。

 てんねんとうはそもそも、世界保健機構WHOによって根絶された病気である。

 根絶運動の際に、各国に存在する天然痘ウイルスも回収された。これは天然痘ウイルスが細菌兵器との親和性が高かった事も理由に含まれている。

 そんな天然痘ウイルスに着目したのが当時の米軍だった。

 ネイバーが発見されていなかった当時、クイーン攻略という至上命題に駆られて、様々な兵器が各国で開発された。このE970ウイルス弾頭もその一つといえる。

 しかし、強い抗毒体質を持つマリスには効果が薄かった事から、E970の量産は見送り。生産分はすべて、海底深くに投棄された。

 人間相手に使われた事は一度も無かったが、その威力はミサイル一発で一国を滅ぼせるけいしようを鳴らす専門家もいるほどだ。都市などの人口密集地帯に使われた場合、一二時間以内に感染エリアを封鎖、対策を講じない場合、爆発感染パンデミツクを止める術は無いと言われている────敵はそんな細菌兵器を交渉に持ち出したのだ。

 なつに聞く。

九重ここのえ! どういう兵器なんだアレは!」

「国際条約違反に指定される……世界一凶悪な細菌兵器よ」

 司令管制室に激震が走る。良く分かっていなかった機兵部もやっと認識が追いついた。

 ──どこの馬鹿だい! こんな物騒なモン、こんなチンピラに渡したのはっ!

 らいちようは指に挟んでいた煙草たばこを握りつぶす。

 米軍・海上自衛隊の索敵網を抜けてきたなぞの手段。またテロリストの態度から、敵は退路を確保している。何より、一国の内乱軍が入手できるとも思えない細菌兵器──

 それらの事実が雷鳥に、敵の背後にいる誰かを推しあてた。

「才能開花したヘキサと言えど、ウイルスへの抵抗力は常人と変わらない……落とされれば第弐富士は間違いなく壊滅よ。アジア東海の絶対防衛線である、この第弐富士がかんらくすれば、背後に控える日本全土に、マリスの牙が向く事になる──」

 紫貴はそうぼうを震わせて説明する。


やつらは、この第弐富士と、日本国民一億人を人質に取ったと言う事よ」


 だいたちが固唾かたずむ。画面の首謀者は、口の端を持ち上げた。

 そんな中……あかねは一人、強烈な違和感を感じ取っていた。小さな声でつぶやく。

デストブルムネイバーを要求しておいて……特務の身柄は要求してこない?」

 ネイバーは登録したネイバーフッドにしか操縦できない。軍部上の機密事項ではあるが、ネイバーを欲している者がそれを知らない訳がない──茜の疑問はそこから来たものだ。

 全員の視線が夏樹に向かう。誰もが動けなくなった中、一人がそのせいじやくを打ち破った。

「これ、もう議論の余地ないだろ」

 冷たい金属音──なつの後頭部に銃口が当てられた。

ななおうぎ

 夏樹が低い声で言う。背後にはけんじゆうを構えた大和やまとが立っていた。左手には携帯電話を周りに見せるように持っている。大和は首謀者に言った。

「こいつらはおれが要求に従わせる。引き渡しの手順を言ってくれ」

 大和が画面の首謀者に言う。首謀者はちんにゆうしやの登場にまゆを曇らせた。

「何やってんのか分かってるのかアンタ!」

「ブッコロスヨ!?

 やまたけとオルソンが大和を怒鳴りつける。あおいは言葉よりも先に身体からだが動いていた。

 大和が携帯電話に親指を付ける。

 突如、司令管制室が揺れた。全員は何が起こったのかすぐに直感する。

「通学用の第三モノレールを爆破した……他にもまだある」

 大和の言にあかねが眉をひそませた。大和はこうがんそんに言い放つ。

「この学園はジャックした。俺に従え」

 テロリストの襲撃に合わせ……七扇大和が今、その反旗をひるがえした。