Ⅴ かくれんぼと銃士
生徒総会から数日が過ぎる。非戦闘科の間では大きな変化が起こっていた。
まず休み時間に勉強する生徒が増えた。これは整備部、もしくは
その点、入部するだけなら、体力勝負の機兵部がまだ入り
一五時──
ハンガー脇の一区画で、新入部員・一五名が整列している。
皆、タンクトップにレンジャーズボン。ジャングルブーツを履いている。
教官役に任命されたのは大地だ。彼らの正面に立つ。副指導員でオルソン・山武が大地の左右に控える。また生途会からは、田中が来ていた。
田中が立ちあうのは大地の試験官役としてだ。大地は先日、学科試験をパスしていた。
この新人育成の
田中は険しい顔をしていた。額から冷や汗を垂らしている。
オルソンと山武については、顔から火が出る思いだった。
「キミタチがモーレツに戦う姿は、きっと多くのヘキサに殺気とかパワーを与えるだろう! どうか、キミタチに
「……重いぞ。これからキミタチが背負うモノは」
大地の
そもそも大地は誰かに指導をするのが初めてだ。大勢の上に立つ、快感めいた何かに興奮していた。大地が描くオリエンテーション初日はこうである。
彼らを連れて校外の丘をランニングする。ランニングを終える
みんなの夢を聞いてやる自分。決して笑わず、一人一人と向き合って──
今の大地のテンションなら『あの夕陽に向かって競争だ!』くらいの事は言ってのける。
しかし現実はそれほど甘くなかった。
「ぷは! も! も駄目! ぶははは!」
先頭の一人が腹を抱える。他の新入部員も一斉に笑いだした。
「なんすかソレ! 腹いてぇ! キモ

!」
「
歯の浮く綺麗事が通じるほど、今の若者は性根が
一方の大地は、信じられなそうな顔をしていた。
「っていうかぁ、俺、あのオッパイ部長に教えてもらいたいでーす!」
「そーそー!
「俺らの乗る機体どれ? あの【
大地は遠い目になる。自分も春先はこんなど阿呆だったのかと思うと死にたくなった。夏樹もさぞ、自分を殺したかった事だろう……大地はそんな事を思った。
真っ先に笑いだした男子──茶髪の彼が、大地の肩に腕を回した。
「まぁ? 俺ら来たんで任せて下さいよ。バシっと機兵部、盛り立てていきますんで。おら、そこのメガネ、今オレ、歴史的シュンカン、写メとれ」
舌を出してポーズした彼+モアイ像と化した大地──そんな二人を田中が記念撮影。
田中は珍しく笑っていた。大地もつられて笑ってしまう。滝のような汗を流してだ。
「エータロー! 目が笑ってないよぅ! これからよ! 大地まだ、やれる子よ!」
「先生! 先生ぇ! 今度、秘蔵のオッパイ画像集あげるからっ! 今の部分、カット! カットで! 大地、鼻血だすほど勉強してたんだってば!」
「それとメガネ、ジュース買ってこい。
「で、先輩。このあと、新入部員と機兵部の合コン企画とか期待しちゃっていいんすか? 俺、結構、
彼の
山武とオルソンは「「あちゃー」」とユニゾンして、片手で顔を覆う。
「ヤメだ……」
新入部員が笑みを無くす。大地は
「テメーらにはこれから死ぬまで走って、死ぬまで泳いで、死ぬまで腕立てしてもらうわ」
大地は、気を失った新入部員の髪を
「俺に逆らった
「なんか期待できそうにないよ。どいつもこいつもアホそうね」
「まぁ、そうでもないんじゃないか」
光学書面に文字を打ち込みながら田中が言う。これは大地の減点を記しているのだ。
「後ろの方だ。マシな
「あ~。あの、メガネとデブとガリか」
山武は後列に視線をやる。オルソンも
「オー。アイツらだけキンタマ引き絞ったような顔してるよ」
新入部員の三人──彼らの顔には、何かを決意したような強い意志があった。
「身内びいきはしないからな」
「先生のケチー」
「まーなるようになるよ」
三人は気を取り直して大地の
今回の大改革で、最も
グランの整備チームの選定。機兵部増員を見越しての、
戦騎装・第二格納庫──重機の作業音や部員たちの声が反響している。
入部テストをパスした非戦闘科生二四名が並ぶ。皆、下ろし立ての作業着に身を包んでいた。新品の黄色いヘルメットがテカテカと光っている。
「入部テストで色々と頭に詰め込んできた
手にメモを持っていた新入部員たちは
「
柔呉はニカっと笑う。足元の工具箱を拾い上げた。それから大声で、柔呉は部下たちに言う。
「お前ら──っ! 一班から二四班までヒヨ子を一羽ずつだ! 流儀は各班に任せる! ただし! 最終的な確認作業は班員が全員で行え! いつもより二回多くだ! 破った者は班単位で厳罰を下す! 俺の部に人殺し予備軍はいらねぇぞ!」
新入部員は思わず背筋を伸ばす。それは内臓が震えるほどのボリュームだった。
「調整の終わってる班は全員、第一格納庫! 明日の午後には練習用のモグラが、もう二〇機搬入されることになってる! ついでに第三に
「「「うぅううううううっす!!」」」
部員たちの返事で格納庫が揺れた。
「とまぁ、こんな感じだ。とりあえず
「「「はい!」」」
歯を見せた柔呉に、新入部員たちは姿勢を正す。各々の作業場に向かった。
彼らが居なくなってから柔呉は一息つく。
「いなくなって分かるありがたみ……てヤツか」
柔呉は、
最近の日向は、専らグラン二号の調整に駆り出され、ずっと整備部を空けていた。
この場所に、機兵部と
かんかん照りの太陽。部員たちはホースやデッキブラシを片手に土竜の汚れを落としていた。皆、楽しそうである。水浴びも兼ねた掃除だった。
校庭に併設された仮設テント──その下には夏樹・セレン・
セレンは黙々と宿題をやる。時折、暑そうに首の汗を
そんな三人の元に
「隊長! なんで
「い、言っただろ。
そんな説明で納得できるはずもない葵──より声をボリュームアップさせた。
「なんかソレっ! あいつらの方が上みたいに聞こえる! っていうか、最近隊長、あの三人ばっかエコ
夏樹はどう説明したモノかと困る。そんな時、
「せ、選抜採用された部員たちはその……全員、男しかいなかったんだ」
「私が女だからってなめられると思ったんだ!」
途端、葵がさっきよりも強く机をぶっ叩く。巨乳がまた揺れた。
「そ、そうじゃない! その……君は、ミ、ミリョクテキだからな。変な虫が寄りつかないとも限らないだろ?」
夏樹の返しに、葵とセレンに電撃が走る。葵は「え?」と赤くなった。
茜が耳元で「ごにょごにょ」を続ける。夏樹は

「最初が肝心だからな……キレイな君に
「そか、うん……うんうんっ」
葵はもじもじと指と
「もー! 隊長って意外と心配性なんですね! 私より弱い男なんて論外ですよぉ! 誰が言いよってきても、前歯折っちゃいますって!」
葵のデレに
──葵さん、チョレぇ。この人、悪い男に
一人で「キャーキャー!」盛り上がる葵を見て、
一方、
「あだだだだっ! セレン! いた! 痛いっ! どうしたんだ急に!」
「むう! むぅうう!!」
セレンは問答無用で夏樹の髪を引っ張る。茜が「特務、まーまー!」とセレンを引き
「さて。
「へ? 何を?」
言われて葵はきょとんとなる。夏樹はパイプ
「おいおい。先週、言っただろ。
葵は「ああ!」と思い出す……こうして夏樹の戦騎装訓練も始まった。
某共和国──国境付近・山岳地帯。
真っ暗なブリーフィングルーム──内装は視聴覚教室を
正面モニターのバックライトが、二人分の人影を照らしていた。一人は部隊服を着る女性軍人だ。もう一人は日系の少年だった。
二つの映像がモニターに映る。少年は映像を目に焼き付けていた。
一つは
女性型のフォルムをしている。ハイブーツのような下半身。顔にはV字型の大きなサングラスを付けていた。女性軍人は指示棒でロボットのイラストを
「これが目標となるスカーレット・レディだ」
少年は少し、戸惑った様子で質問した。
「あの……コレよりも詳細な映像は?」
そのイラスト画像は、あまり上手な絵ではなかった。女性軍人はこめかみを指で押さえる。頭を悩ますような顔になった。
「その場にいて、絵に起こせる者が少佐しかいなかったのだ。少佐は絵を描くのがお好きな割に中身が伴って……まぁいい。この機体に
女性軍人が気を取り直して説明を再開する。
「識別のため、パイロットをスカーレットα。機体の方をスカーレットβと呼称する。貴様はBSチャーリーと合流後、
「表向き?」
少年は
ダークブルーの防護服を着る。シャギーの入った黒い髪。その顔は中性的な魅力を宿す。線の細い。温和な顔立ちをしている。
「そうだ。これより作戦を説明する」
女性軍人は詳細な説明を始める。少年は、機械的にその情報を頭の中に入れていった。
学園改革五日目/一五時──
グラウンドに
『ハイ! そのまま四つん
グラウンドに『うぉおおぉおおおぉ!』という
猛然とゴキブリみたいに走る一機──赤のラインが入った土竜だった。
このゴキブリ走りは、ペダル操作と
学園改革七日目/一一時──エリアA16・第四演習場。
ここは隣小島内にある演習場の一つである。隣小島は平時、自衛隊の演習や訓練で使われる。この場所で、
直径五メートルの円形ターゲットが並ぶ。
一つのターゲットをペイント弾が貫く。ど真ん中だ。赤色ペイントが勢いよく飛散した。
周囲の地面にまで飛び散る……それは一キロ先からのピンポイント狙撃だった。
『ふぅ』
〔鉛色の巨人〕がスナイパーライフルを足元に下ろす。
九・七メートル──グラン二号は自衛隊の
しかし装甲の厚さで上回る。その両腕も、鈍重な
また通常、どの
グラン二号の周囲には、様々な戦騎装規格の銃火器が並べられていた。
ハンドガン・ライフル・アサルトライフル・カービン銃・グレネードランチャー・スナイパーライフル・長距離カノン砲・ショットガン・ヘビーマシンガン・サブマシンガン等。全一〇種、総数三八品目だ。
『さすが日向っち! ここまでノーミス! これが
「撃つだけなら、ね」
コックピットモニターに映った
日向は現在、防護服姿だ。顔を冷やすように右手で顔を
早撃ちなら、
「でもこれ……ホントに
日向は下半身に軽度の
でも、このグラン二号にはペダルがない。両手だけで操作が出来てしまうのだ。
「
「一四四っ! 戦騎装に持たせられる最大火砲って、二種フレームの一一五ミリが運用限界だったはずよね?」
日向はグラン二号に乗ってからは、タイムマシンに乗っている気分だった。
この機体は、自分の戦騎装概念を次々とクラッシュしていくのだ。
「この頭の、イメージモーションサポートだっけ?」
現在、日向の頭は〔ネコ耳みたいな脳波受信機〕が付いている。これは日向がイメージするだけで、機動に注文を付けられるというシステムだ。
『走れ』と考えたら速度が上がったりとか、そんな感じだ。
日向はサイトスコープを
──なるほど。こっちの眼球運動にあわせて、データを自動更新してるんだ。
「……私の
日向はため息を
──でも……
脳波による機動補助はあくまで申し訳程度──グラン二号の機動性は〔移動の粋〕に
これなら人型である理由もない。
一般人が乗るなら分かる……しかし日向はヘキサだ。マリスを誘因してしまう以上、機体には、逃げるためのスピード、状況対応できる機動性が求められる。
『いやぁ
。でもごみんね? せっかく戦場から離れられる口実をゲットしたのに、またこっちに引きずり戻しちゃって』
「
『ん? 違うよぉ。日向っちが逃げたかったのは戦場じゃ無くて自分からっしょ?』
日向は笑みを無くす。思わず低い声で「どういうこと?」と聞いた。
『だって日向っち、怖かったんしょ? 自分が完全な別物に変わっちゃうのが。まー、ずっと観察してた
飛鳥は調子を変えない。人の心の機微など眼中にない。

「……ずいぶん、私のこと分かってるような口ぶりをするんだね」
途端、モニター向こうで飛鳥が身を乗り出した。
『分かるよー! だって
映像通信の飛鳥は本当に
『僕は設計図の中に世界を創造するし、日向っちはスコープの中に、もう一つの世界を創造する……スコープの世界なら日向っちも神様なんだ。トリガーにかけられている人差し指に、
日向は
『先週、古い小説を読んだんだ。あれ面白かったなーっ! 文芸のエンタメ作品だったんだけど、それに面白い事が書いてあったんだ』
モニターの飛鳥が人差し指を立てる。
『第二次世界大戦では、最前線の兵士は殺される恐怖より、殺すことにストレスを感じてたんだって。驚きなのが、敵と遭遇したアメリカ兵で、発砲できたのは全体の
日向は飛鳥の言わんとしている事が分かる──それはおそらく、
「ナイフよりも銃、銃よりも戦車、戦車よりも核ミサイルの発射ボタンってね。この心理的距離が離れていれば離れているほど、人は人を殺しやすくなる……ナイフで一人、刺し殺した歩兵より、爆撃機で一〇〇人ぶっ殺したパイロットの方がダメージ少ないんだってさ。ちょー興味深くない?」
日向は、そうだろうなと思った。
自分が敵の戦騎装を破壊したとする。中にいたパイロットがどういう風に死んだのか想像するより、五感をフル動員して殺したんだと自覚する方が、精神的負荷は高くなるだろう。当然のことだ。
『で・も……中には人を殺しても大丈夫な人がいるんだって』
ソレを聞くや、反射的に日向の
『
モニターの飛鳥はうずうずしている。これを話したかったといわんばかりの様子だった。
「大分前にさ、日向っちがあんまりにも絶好調だったもんから、コックピットに仕掛けした事があってさ。脳内を分析したことがあったんだ。で!
日向は直感した。これは聞いちゃいけない話だと。
「ドーパミンとセロトニンっていうのは幸せホルモン、高揚ホルモンなんても呼ばれてるけど、ドパはセックスしてイク時とかに分泌されるやつ。セロの方は朝起きて太陽あびて、『さわやか~』って目覚めた時に分泌されるやつ」
──やめて。
日向は心で願った。しかし
「日向っち。マリスをぶっ殺す時、むっちゃ楽しんでたでしょ!?」
日向の心など関係ない。飛鳥は夢中で話し続けた。
「ドーパミンて! 過剰分泌が過ぎると病気になっちゃう、麻薬に近いところがあるんだ! 集中力が高まったり戦意が高揚したり、良い側面も強いんだけどね! 戦争とかで敵ぶっ殺しまくってガンナーズハイになった
飛鳥は「でも!」と万歳した。
「日向っちの
日向には覚えがあった……在り過ぎて全身に寒気を感じていた。
「データって
日向の中で何かが割れた……わなわなと
日向はなんとか、作り笑いをでっち上げた。そして飛鳥に言う。
「もし、その妄想が事実だとしたら、そんな人に自分の作ったオモチャを渡すのに抵抗とかないの? 私だったらイヤだなー。だって気持ち悪いもん」
日向なりの
「【
飛鳥は満足したように「んふふ」と笑う。
「これが僕が、日向っちに
トーンの高い
──この子……うざい。
日向は目を細くしていた。やがていつもの
「
日向は火薬抜きの
一キロ先にあるターゲット──それが粉々に粉砕された。
同日・一三時──
迷彩服の集団がライフルを担ぎながらマラソンする。オルソンが並走して彼らを
「おまえらは走るブタよ! トンカツよ! 食べられて死ぬだけの経済動物よ!
グラウンド端では
「オルソン、ぜってー楽しんでる!
一方、田中と大地はグラウンド中央を見ている。そこには拡声器を持った
上段受け・
「
「いや……俺も初めて見る。っていうか……」
──総隊長が戦騎装に初めて乗ったの、今週の頭くらいだろ? それなのに何だよ、あの人間みたいな動き……。
大地は我が目を疑う。山武も身を乗り出してそれを眺めた。
「あー。ありゃ多分、戦騎装の可動域を調べてるんじゃねーの? 総隊長、肉弾戦でもやるつもりなんかね。戦騎装でエルフィーナみたいな事したら、手足なんてすぐにオシャカになるのになー」
一方の山武はそんなに驚いていない。夏樹には戦騎装の操縦経験がある……という先入観があるからだ。実際、エルフィーナの超絶機動から、そう勘違いしている者は多かった。
『あ! 隊長だめ!』
グラウンド中央の葵が拡声器を通して言う。疾風は空中で回し蹴りの体勢に入ったが……
同時刻──某共和国・内乱軍本部。
超・特大のトンネル内だ。建物でも入ってしまいそうなほどの大きさである。地下に引かれた一本道──通るのは巨大な水路だ。そこに何十
トンネルの終端には、トンネル内を一望できる高台がある。
壁には横七メートル、縦一〇メートルの肖像画が掛けられていた。
中国軍服を
その絵と全く同じ人物が高台に立つ。
中国軍服を纏う中年【
彼の眼下に広がるのは、整列する千人以上の兵士だ。誰もが、
中華人民解放軍【
最前列の何人かは、唐総統の檄に涙を見せる。最後に唐総統は肖像画と同じポーズを取った。彼に合わせ、民兵たちも同じ敬礼をする。
「「「
民兵たちから、頭目を称賛する声が上がる──
高台の舞台裏では、ダークブルーのパイロットスーツを着た少年の姿があった。
同日・一六時半──
ここは
立ち入り申請を出さないと入ることも許されない。中には、非合法に開発された特殊武装や、機体、物品などが
広大な屋内──照明は申し訳程度しか照らされていない。
古びたコンテナ、戦騎装のパーツ群などが転がる。格納庫の中は、まるで整理が行き届いていなかった。巨大なメインゲート付近には
紫貴立ち会いの下、整備部員たちが一機の戦騎装を運び出す。紫貴の背後には、手錠をかけられた
紫貴は恐れを抱いて、ソレを見上げる。反してアギトは、口元に笑み浮かべていた。かつての使用機体を眺める。超巨大トレーラーの背に、
封印をされていた黒塗りの【悪魔】が姿を現す。
全長一二・八メートル──
特に目を引くのは〔
S-47C、疾風・改【
本来、付ける事ができないはずの【
バランス・耐久度・安定性・機動力と、通常フレーム全三種の、良いとこ取りをしたようなフレームだ。その性能は
また陸上のみならず、空中・水上戦装備にも対応する、まさに万能フレームと言えた。
アギトの機動──特に得意とする三次元格闘──は、機体に負担をかけ過ぎてしまう。
アギトは大戦果と引き換えに、機体も壊してしまう。そこで
「
紫貴は自分の学生証カードを取り出す。
カードの上に、A4大の光学画面が浮かび上がった。
紫貴は一七ケタのパスコードを入れる。それからアギトの学生証に掛けられていたプロテクトを解放した。アギトの手錠のランプが緑に光る。手錠から機械音が鳴った。
アギトは手錠を外す。ポケットから学生証を取り出した。
学生証──顔写真の横──には〔雷〕の一文字が、光学映像で浮かんでいた。
「部隊編成は以前の通り。独立小隊と体裁は整えていますが、
紫貴はどこか、悔むような顔付きだ。アギトがその心中を当てるように言った。
「心配するな。もう身内は殺さない……気でも変わらない限りはな」
それを聞いて、紫貴は
「どの口で……はっきり言っておきますが、私は貴方を信用しておりません。今回の
「おー怖い」
アギトは笑いながら両腕を抱く。紫貴の表情はより険しいものになった。
「……学園への尽力を期待します」
紫貴はお役御免とばかりに
「なぁ会長さん。アンタ、あの熱血くんが好きなのか?」
紫貴は、
「貴方には関係のないことです」
『立ち入れば殺す』とでも言いたげな迫力だ。アギトはそんな紫貴の横を通り過ぎた。
「お似合いだと思う……上手く行くといいな」
「っ!?」
紫貴の肩を
──睦見アギト……結構、いいとこあるじゃない!
お似合いと言われ、
学園改革八日目/一三時──
中庭の昼食用ベンチに
義手である左手を机に掛ける。足を組んだ
月下が右手に持つのは、グラン三号の
月下はあの話し合いの日から、再び籍を戦闘科へ戻した。補欠部員であることを条件に、機兵部に戻ることを了承したのだ。
〔グランシリーズのテストパイロット〕が今の月下の肩書きである。現在はグラン三号への早期慣熟が期待されていた。
月下はマニュアルを眺める。しかし、その心はここに無かった──
*****
模擬戦上がりの五番隊が部室に集まる。そんな彼らに
「


!?」
「そ~なのぉ~! じゃないと、部費を半分にカット! プラス、あんまり仕事が出来ない子はクビにするって言うのぉ!」
「あのババア! 先月も同じ事いったばかりじゃねぇかよ!」
大地はボーズ頭をガリガリ
おそらく日本政府が圧力をかけてきたのだろう。現在、氷室義塾は連戦連勝だ。
政府はそんな氷室義塾を統合幕僚監部の直下──つまり防衛省の傘下に吸収したい。
月下はそんな話を聞いていた。きっと
「山武。二五パーって、あとどんくらい」
「う~ん……先月のスコアが基準なら、もう一二〇~一四〇匹ってところっすかね。でも
それを聞いて、緑がまた泣きだす。
「これ、なら、ひぐっ、
「でも確かに……
困った顔のオルソンが腕を組む。
「どうしよ月下ちゃぁあん」
「んー。ま、心配しんな。
緑の顔がパァっと明るくなった。五番隊全員の顔が引きつった。
「月下さん! 二五パーっすよ二五パー!? うちら、今でもギリ運用じゃないっすか!」
「関係ねーよ。うちらの
月下は
「どうしよ。月下ちゃん、カッコよすぎ……私が男の子だったら、今ので
「それもう、女の発想じゃねーよな」
月下は緑の鼻にデコピンする。緑は「ふぎゃ!」と声を上げた。
「お前を行きたい所に連れて行くのが私の仕事だ……仕方ねー仕方ねー」
そう言って月下は部室を立ち去る。背中を見せながら右手を上げた。
「お前は向く方向さえ間違えなきゃいい。チケット握りしめてな……そうすりゃ、夢いっぱいのネバーランドへは私が連れてってやる」
顔だけ振り向き、月下はニヒルに笑う。
視線の先にはひまわりのような笑顔が咲き乱れていた──
*****
「──っんと……つまんねーよな」
月下は小さな声で
「今はコレが私の仕事だ」
月下が腰を
「なんだコレ?」
月下は
グラン三号の特徴は何と言っても、その機動力・運動性の高さだった。
跳躍力・加速力・マックススピード等、機動面に関してだけなら、
この機体は、並の運動神経で扱えるような代物ではない。おそらくはトップアスリートレベルの動体視力と反射神経が求められる。
また
出力が四〇〇〇キロワットなんていう機体は、月下にとって未知の領域だ。
他にも従来の〔人型機動〕に加え、車両のような〔四輪機動〕、更には【アニマルスタンプ】という〔動物的機動〕も可能にする。さまざまな加速手段を備えていた。
だが……それら美点をまとめて
「これ……根本的にダメだろ」
グラン三号は武器を一切、持たせられなかった。
そもそも手であるはずのマニピュレーターが、熊みたいな形をしている。
前方の敵への対処は〔殴る〕か〔体当たり〕の二択だけと書いてあった。
武器は、背中や尻部に内蔵された【ベアリング散弾】や【投下式爆弾】といった申し訳程度の非常用の物ばかり。こういった武装は、通常武装のノリで使っていたらすぐに弾切れを起こす。ただ、ずっと逃げ回っていろとでも言うのか。
「バッカくせ」
月下はマニュアルを消す。机に背を預けて青空を仰いだ。
学園改革九日目/一四時──
曇天のグラウンドで二つの機影がぶつかっては離れる。
激突する
双刀を構える
本日は、
「はーい! オッズは1対4で部長だよ! さぁ張った張った!」
夏樹はほぼ一週間で、
同日・一八時半──戦騎装・第四格納庫。
今日のテストを終えた
誰もいない空間を日向は一人進む。その面持ちは沈んでいた。
──もともと
戦場に立つ度、何かが変わっていく気がしていた。
だから日向は、心のどこかで安心したのも知れない……医師に戦騎装にはもう乗れないと宣告されて。
このままだと自分は、飛鳥の言う【
「あれ? 副部長、遅くね?」
日向は顔を上げる。作業服の
「はい。でも部長も随分遅かったですね?」
「まー、超優秀で、かゆい所に手が届きまくりの副部長が……うん? あれ、暗いじゃん。どしたよ?」
日向は内心ギクっとなる。でもそれをおくびにも出さない。日向は素っとぼけた。
「え? 何もないですけど」
「あ、あっぱり。なんか嫌な事あったんだべ」
でも一瞬でバレる……他の男と違って
片や柔呉は苦笑した。目に入った自販機に向かう。
柔呉はコーヒーを二本買うと、一本を日向に手渡した。
「言うてみ。部員のお悩み相談は、何も副部長だけの専売特許じゃねーんだぜ」
日向は
誰もが日常生活で使う〔建前〕と〔ブランドイメージ〕──日向の場合、それを強く持ち過ぎている節がある。故に、どれが本心なのか、ときどき見失いそうになるのだ……だから柔呉を
──この人は……いつもかくれんぼをしている自分の方に会いに来てくれる。
柔呉は
日向は作り笑いを
「部長は……私が本当は──最低の人間だったらどう思いますか?」
日向は顔を
「これまた、斜め上の質問だな。具体的にはどういう感じに最低なんさ」
「……いつもは常識人の皮を
言ってて日向はバカらしくなる。もう止めようと思った。
「あ
。裏と表的な?」
「…………そんな感じです」
日向は一秒前の意思決定を
どうしてこんなことを聞いたのだろう。日向はそう後悔する。柔呉に、メンドクサイ女と思われたらどうしようとか、そんな心配が
「いんじゃね? 隠し事くらい。
「もっ! 部長っ!」
日向は柔呉の上腕二頭筋を
「私のはそういうのじゃなくて! もっと、
日向は思う────
月下から突っ掛かってきて、それがどんどんこじれて行った感じだ。
でも最近になって、日向はその理由が分かった気がする。
どうして月下と自分が、ここまで反りが合わないのか。
月下は鼻が利く。だから感じ取ったのかもしれない……日向の中にある〔残虐性〕に。
もしそうだとしたら、月下が日向に怒る理由も納得できる。
月下は、大切な人の為に戦場を走る。対して日向は、暗い欲求を晴らす為に銃を撃つ。
月下は信じてくれる者に対して、決して自分を偽らない。反面、日向は誰であろうと、自分の本心を見せない。それは、二人の信奉する神無木緑に対しても例外ではなかった。
仁義に厚い月下は、それが我慢ならなかったのだろう。日向はそう思い始めていた。
対する柔呉は地面に座る。
「前に
「?」
日向は拍子抜けする。柔呉はお構いなしに話を続けた。
「あいつ、『自分の事を正義の味方みたいに言うのは
柔呉はその時の情景を思い浮かべる。
守られる側からすれば、外敵から身を守ってくれる介入者はそういう風に映るのかもしれない。しかし、外敵も同じ人間で、戦わなくてはならない理由を持っていたとしたら?
その外敵にも愛する人がいて、家族がいたら?
「あいつ
敵の側から見れば、介入した第三者こそ外敵だ。〔悪〕に映っているはずだろう。
〔正義〕と〔悪〕は表裏一体──見る側の都合で簡単に裏返ってしまう。
だからエイルン=バザットは正義の味方にはならない。
なりたいのは、いつだって弱い者の味方なのだ────
「前戦に立つ
《誰かの側に立つという事は、自分が誰かを泣かせるという事でもある。それを忘れないために『正義』なんて言葉で
「それは……」
「面倒クセーこと、考えてるべ? でもカッケー……
「副部長が何を
日向は不意打ちの言葉に顔を赤くした。
「でよ? カッコいいって、それだけで、やっぱ正義だろ?」
言って柔呉はスッキリする。どうにか上手く伝えられそうだなと思った。
「アイツや副部長ってのは、戦えない俺らから見れば、代わりに武器持って敵と戦ってくれる〔ヒーロー〕なんだわ。
──あ……ダメ。
日向は胸を押さえる。真っ赤になって、柔呉の顔を見れなくなった。
柔呉は立つ。
「へうっ!」
「安心しな。もしも副部長を責める奴がいたら
そう言って柔呉は日向の
──それダメ、部長……殺し文句。
日向には、柔呉の笑顔が光って見えた。どうしてこんなカッコいい人が近くにいた事に気付かなかったんだろう。日向はそう思った。
「あ、ありがとございます」
日向の火照りは取れない。そんな日向を見て柔呉は満足そうな顔になった。
「さぁ帰んべ」
この日、二人は一緒に帰る。柔呉の
同日・深夜──
大和はあの会議の日からずっと迷っていた。首を上げて見るのは、スクリーン大に拡大した世界地図だ。大和は連日、
「穏健派の諸外国を取り込んでいく……
──イギリスやドイツなんかは長年、ヘキサの
世界地図データの一国が黄色に塗り
──イギリス……ここさえ抱きこめば、このプランの半分はクリアしたようなものだ。イギリスのヘキサを日本で預かり、ローランごと17番機を引きずり込む。そうすれば大西洋方面の主要保管領……少なくとも七つは、日本にヘキサを預けざるを得な──
大和は思考を止める。視線を落とし……その口を
「でも……じゃあ、
その名を口にした途端、大和を強烈な
今の氷室義塾は〔神無木緑の
緑の人望を利用した。緑の夢を食い物にした。緑を慕う者たちを兵隊に変えた。そして……緑自身を研究材料にした。
「勝手な都合で、あんな頭の悪い女を戦場に立たせたんだ……氷室義塾は」
神無木緑はもういない……氷室義塾に殺されたから。
あの、生クリームが掛かったような甘い声が聞けない。
あの、陽の光を浴びる縁側のような温かい雰囲気を味わえない。
あの、ヒマワリ畑のように元気で
「あんな
「絶対に死んではならなかった。絶対、死んでほしく……なかった」
大和は悔しさを握り潰すように前髪を
そして最後……誰に言うでもない、自分に問うように大和は言った。
「あいつを殺した氷室義塾に
七扇大和は揺れていた。
それから二日が
大和は、機兵部の部室たる多目的室に呼び出されていた。
氷室義塾・転覆を狙う
動き出したかつての戦友と共に、亡き緑の夢を
どちらにするのか決めかねる中、
『君にしかできない事がある。助けてくれ』
そうして、のこのこと呼び出された大和の前には……領収書の山があった。