Ⅴ かくれんぼと銃士



 生徒総会から数日が過ぎる。非戦闘科の間では大きな変化が起こっていた。

 まず休み時間に勉強する生徒が増えた。これは整備部、もしくはせいかいへの入部・入会をパスするためだ。地味な印象を持つ整備部ですら、やっている事は軍用機の専門整備である。一般部員でも、プロエンジニア並の給与待遇を受けられるが、求められる知識・技能もそれなりのモノになる。生途会の入会試験など、もはや高難度の国家試験レベルだ。

 その点、入部するだけなら、体力勝負の機兵部がまだ入りやすい。

 一五時──せんそう・第一格納庫。

 ハンガー脇の一区画で、新入部員・一五名が整列している。

 皆、タンクトップにレンジャーズボン。ジャングルブーツを履いている。

 教官役に任命されたのは大地だ。彼らの正面に立つ。副指導員でオルソン・山武が大地の左右に控える。また生途会からは、田中が来ていた。

 田中が立ちあうのは大地の試験官役としてだ。大地は先日、学科試験をパスしていた。

 この新人育成の如何いかんで、大地の副部長昇進が決まる。

 田中は険しい顔をしていた。額から冷や汗を垂らしている。

 オルソンと山武については、顔から火が出る思いだった。

「キミタチがモーレツに戦う姿は、きっと多くのヘキサに殺気とかパワーを与えるだろう! どうか、キミタチにあこがれる者を裏切らないでほしいんだ。力はただ力でしかない。でも、正しく使えば多くの人を導くガードレールになる! おれはキミタチに、そういう存在であって欲しいと思ってるんだ」

 だいが熱弁をふるう。内容は、ほぼほぼ、以前になつに言われた事のパクリである。

「……重いぞ。これからキミタチが背負うモノは」

 大地のじりに涙が輝く……言い終えた大地はかんぺきだと思った。

 そもそも大地は誰かに指導をするのが初めてだ。大勢の上に立つ、快感めいた何かに興奮していた。大地が描くオリエンテーション初日はこうである。

 彼らを連れて校外の丘をランニングする。ランニングを終えるころには、夕日がれいに見える時間帯になるだろう。そこで大地は、彼らと打ち解けるのだ。

 みんなの夢を聞いてやる自分。決して笑わず、一人一人と向き合って──

 今の大地のテンションなら『あの夕陽に向かって競争だ!』くらいの事は言ってのける。

 しかし現実はそれほど甘くなかった。

「ぷは! も! も駄目! ぶははは!」

 先頭の一人が腹を抱える。他の新入部員も一斉に笑いだした。

「なんすかソレ! 腹いてぇ! キモ!」

ぬまさんって怖い系と思ってたら、ギャグ、キレっキレじゃないスか!」

 やまたけとオルソンは、ですよねーと思った。

 歯の浮く綺麗事が通じるほど、今の若者は性根がぐではない。三人の場合も、命懸けの特訓を乗り越えたから夏樹の言葉が届いたのだ。

 一方の大地は、信じられなそうな顔をしていた。

「っていうかぁ、俺、あのオッパイ部長に教えてもらいたいでーす!」

「そーそー! あおいちゃん出せやハゲ!」

「俺らの乗る機体どれ? あの【がんりゆう】って、もっさいのはイヤだぜ俺?」

 大地は遠い目になる。自分も春先はこんなど阿呆だったのかと思うと死にたくなった。夏樹もさぞ、自分を殺したかった事だろう……大地はそんな事を思った。

 真っ先に笑いだした男子──茶髪の彼が、大地の肩に腕を回した。

「まぁ? 俺ら来たんで任せて下さいよ。バシっと機兵部、盛り立てていきますんで。おら、そこのメガネ、今オレ、歴史的シュンカン、写メとれ」

 なかに携帯電話を投げてよこす。オルソンと山武は「「ひぃい!」」と声を上げた。

 舌を出してポーズした彼+モアイ像と化した大地──そんな二人を田中が記念撮影。

 田中は珍しく笑っていた。大地もつられて笑ってしまう。滝のような汗を流してだ。

「エータロー! 目が笑ってないよぅ! これからよ! 大地まだ、やれる子よ!」

「先生! 先生ぇ! 今度、秘蔵のオッパイ画像集あげるからっ! 今の部分、カット! カットで! 大地、鼻血だすほど勉強してたんだってば!」

 なかに慌てて二人が言い寄った。茶髪の彼は更に状況を悪化させる。

「それとメガネ、ジュース買ってこい。おれと教官さんたちの分で四本な。あ、俺ペプシ。五分以内。時間、破ったらメガネ割るぞ。はいダ~ッシュ」

 やまたけとオルソンは、このバカ殺そうかなと思った。

「で、先輩。このあと、新入部員と機兵部の合コン企画とか期待しちゃっていいんすか? 俺、結構、あおいちゃんのことマジ狙いって言うか、ロマンス期待──ぶほぉ!!

 彼のあごが、天に向かって跳ね上がる。だいこぶしが火を噴いたのだ。

 山武とオルソンは「「あちゃー」」とユニゾンして、片手で顔を覆う。

「ヤメだ……」

 新入部員が笑みを無くす。大地はものすごい顔をしていた──額と首には無数の血管が浮かんでいる。『頭からかじって食ってやろうか?』と言わんばかりの面相だった。

「テメーらにはこれから死ぬまで走って、死ぬまで泳いで、死ぬまで腕立てしてもらうわ」

 大地は、気を失った新入部員の髪をつかんで持ち上げた。茶髪の彼は白目をいている。口が開き、舌ベロが垂れていた。大地は腹の底から怒鳴り散らす。

「俺に逆らったやつ、ぶっ殺す!!

 りゆういんが下がったのか、田中は口元から笑みを取り去る。オルソンが言った。

「なんか期待できそうにないよ。どいつもこいつもアホそうね」

「まぁ、そうでもないんじゃないか」

 光学書面に文字を打ち込みながら田中が言う。これは大地の減点を記しているのだ。

「後ろの方だ。マシなつらがまえの奴も何人かいる」

「あ~。あの、メガネとデブとガリか」

 山武は後列に視線をやる。オルソンもるように、後ろの方を見た。

「オー。アイツらだけキンタマ引き絞ったような顔してるよ」

 新入部員の三人──彼らの顔には、何かを決意したような強い意志があった。

「身内びいきはしないからな」

「先生のケチー」

「まーなるようになるよ」

 三人は気を取り直して大地のそばに行く。新生五番隊による、鬼のシゴキが始まった。



 今回の大改革で、最もあおりを食ったのは整備部と言える。

 グランの整備チームの選定。機兵部増員を見越しての、せんそうハンガーの増設と人員確保。更には新入部員の受け入れ態勢を、併せて整えなくてはならないからだ。

 戦騎装・第二格納庫──重機の作業音や部員たちの声が反響している。

 入部テストをパスした非戦闘科生二四名が並ぶ。皆、下ろし立ての作業着に身を包んでいた。新品の黄色いヘルメットがテカテカと光っている。

 じゆうが声を張り上げて説明する。こうしないと声が通らないのだ。

「入部テストで色々と頭に詰め込んできたやつも多いと思うが! 別に忘れても構わん!」

 手にメモを持っていた新入部員たちはげんそうな顔になった。

おれの持論は『やってりゃ覚える。好きになったら三倍速』だ!」

 柔呉はニカっと笑う。足元の工具箱を拾い上げた。それから大声で、柔呉は部下たちに言う。

「お前ら──っ! 一班から二四班までヒヨ子を一羽ずつだ! 流儀は各班に任せる! ただし! 最終的な確認作業は班員が全員で行え! いつもより二回多くだ! 破った者は班単位で厳罰を下す! 俺の部に人殺し予備軍はいらねぇぞ!」

 新入部員は思わず背筋を伸ばす。それは内臓が震えるほどのボリュームだった。

「調整の終わってる班は全員、第一格納庫! 明日の午後には練習用のモグラが、もう二〇機搬入されることになってる! ついでに第三にほうりこんでいた練習用のしつぷうも出しとけ! おら! 返事ぃいい!!

「「「うぅううううううっす!!」」」

 部員たちの返事で格納庫が揺れた。

「とまぁ、こんな感じだ。とりあえずしやにやってみな。楽しくなってきたら、もう勝ち組だ」

「「「はい!」」」

 歯を見せた柔呉に、新入部員たちは姿勢を正す。各々の作業場に向かった。

 彼らが居なくなってから柔呉は一息つく。

「いなくなって分かるありがたみ……てヤツか」

 柔呉は、日向ひなたがいてくれたらなと思う。

 最近の日向は、専らグラン二号の調整に駆り出され、ずっと整備部を空けていた。



 むろじゆく・第一校庭──ここは校内にあるせんそうの訓練場だ。

 この場所に、機兵部となつが練習用の【りゆう】──前世代の日本の主力戦騎装──を七機、並べていた。

 かんかん照りの太陽。部員たちはホースやデッキブラシを片手に土竜の汚れを落としていた。皆、楽しそうである。水浴びも兼ねた掃除だった。

 校庭に併設された仮設テント──その下には夏樹・セレン・あかねの姿があった。

 セレンは黙々と宿題をやる。時折、暑そうに首の汗をぬぐう。夏樹は戦騎装の入門マニュアルを読んでいた。時折、茜から今後の部隊編成について意見を求められた。

 そんな三人の元にあおいがやって来る。ズボンのすそを折った裸足はだし姿だ。手には泡のついたスポンジ。鼻頭にも泡がついている。タンクトップの巨乳を揺らして、葵は夏樹の前に来た。

「隊長! なんでぬまたちが指導教官なんですか!」

 あおいは机を両手でたたく。セレンがビクっと肩を跳ねさせる。

 なつされながらも、その意図を伝えた。

「い、言っただろ。ぬまの今回の任務は昇進試験の一環も兼ねてるって。それに、君の操縦は天才的なセンスと、膨大な反復練習に寄り過ぎていて、共有させるのが難しいんだ。その点、三人は操縦のポイントをロジカルに押さえている。機動一つにしてもしつぷうという機体特性に合わせて、洗練されたモーションを実演しているんだ」

 そんな説明で納得できるはずもない葵──より声をボリュームアップさせた。

「なんかソレっ! あいつらの方が上みたいに聞こえる! っていうか、最近隊長、あの三人ばっかエコひいしてません!?

 夏樹はどう説明したモノかと困る。そんな時、あかねが耳元で「ごにょごにょ」と入れ知恵をした。夏樹は茜のささやいた通りしやべる。

「せ、選抜採用された部員たちはその……全員、男しかいなかったんだ」

「私が女だからってなめられると思ったんだ!」

 途端、葵がさっきよりも強く机をぶっ叩く。巨乳がまた揺れた。

「そ、そうじゃない! その……君は、ミ、ミリョクテキだからな。変な虫が寄りつかないとも限らないだろ?」

 夏樹の返しに、葵とセレンに電撃が走る。葵は「え?」と赤くなった。

 茜が耳元で「ごにょごにょ」を続ける。夏樹はうなずきながら言葉を発す。

「最初が肝心だからな……キレイな君にれて、訓練が上の空になったら身にならないだろ? 君は自分の容姿にもっと気をかけるべきだ」

 あおいは大いに納得する。敬愛する隊長の真意が分かってしまうと、声も弾んでしまった。

「そか、うん……うんうんっ」

 葵はもじもじと指といじる。照れるように手をバタバタ振った。

「もー! 隊長って意外と心配性なんですね! 私より弱い男なんて論外ですよぉ! 誰が言いよってきても、前歯折っちゃいますって!」

 葵のデレになつは恐怖を覚える。自分の人選に狂いはなかったと確信した。

 ──葵さん、チョレぇ。この人、悪い男にだまされておなか大きくしないか心配だわ。

 一人で「キャーキャー!」盛り上がる葵を見て、あかねは心配になる。

 一方、まゆを斜めにしていたセレン……急に「むーっ!」と横から夏樹の髪を引っ張った。

「あだだだだっ! セレン! いた! 痛いっ! どうしたんだ急に!」

「むう! むぅうう!!

 セレンは問答無用で夏樹の髪を引っ張る。茜が「特務、まーまー!」とセレンを引きはがした。痛がるように夏樹は頭皮をんだ。

「さて。おれらも始めるか」

「へ? 何を?」

 言われて葵はきょとんとなる。夏樹はパイプから立ち上がった。

「おいおい。先週、言っただろ。せんそうの乗り方を教えてくれって」

 葵は「ああ!」と思い出す……こうして夏樹の戦騎装訓練も始まった。



 某共和国──国境付近・山岳地帯。

 は山地に囲まれる盆地に作られた施設だ。地図上には存在しない軍事施設である。

 真っ暗なブリーフィングルーム──内装は視聴覚教室をほう彿ふつさせる。

 正面モニターのバックライトが、二人分の人影を照らしていた。一人は部隊服を着る女性軍人だ。もう一人は日系の少年だった。

 二つの映像がモニターに映る。少年は映像を目に焼き付けていた。

 一つはむろ夏樹。もう一つは【エルフィーナ・ルインレーゼ】のイラストだった。

 女性型のフォルムをしている。ハイブーツのような下半身。顔にはV字型の大きなサングラスを付けていた。女性軍人は指示棒でロボットのイラストをたたく。

「これが目標となるスカーレット・レディだ」

 少年は少し、戸惑った様子で質問した。

「あの……コレよりも詳細な映像は?」

 そのイラスト画像は、あまり上手な絵ではなかった。女性軍人はこめかみを指で押さえる。頭を悩ますような顔になった。

「その場にいて、絵に起こせる者が少佐しかいなかったのだ。少佐は絵を描くのがお好きな割に中身が伴って……まぁいい。この機体にこくしたアニメーション映像が確認されている。おそらくはこの機体のデザインベースになっている物だ。後でそれも添付しよう」

 女性軍人が気を取り直して説明を再開する。

「識別のため、パイロットをスカーレットα。機体の方をスカーレットβと呼称する。貴様はBSチャーリーと合流後、やつらを護送する事となる……もっとも? こちらは表向きの任務になるがな」

「表向き?」

 少年はげんそうな顔になる。年齢は一〇代後半だろうか。

 ダークブルーの防護服を着る。シャギーの入った黒い髪。その顔は中性的な魅力を宿す。線の細い。温和な顔立ちをしている。

「そうだ。これより作戦を説明する」

 女性軍人は詳細な説明を始める。少年は、機械的にその情報を頭の中に入れていった。



 学園改革五日目/一五時──むろじゆく・第一校庭。

 グラウンドに鬼灯ほおずきが立つ。外部スピーカーからはあおいの指示が飛んでいた。

『ハイ! そのまま四つんい前進! 更に五〇〇メートル!』

 グラウンドに『うぉおおぉおおおぉ!』というたけびが上がる。土煙が舞っていた。

 猛然とゴキブリみたいに走る一機──赤のラインが入った土竜だった。

 このゴキブリ走りは、ペダル操作とそうじゆうかんさばきの応用訓練となる。見た目は馬鹿みたいに見えるが、機動訓練の中では恐ろしく難しいものだ。


 なつは既に、せんそうの基礎操縦に習熟しつつあった


 学園改革七日目/一一時──エリアA16・第四演習場。

 ここは隣小島内にある演習場の一つである。隣小島は平時、自衛隊の演習や訓練で使われる。この場所で、日向ひなた飛鳥あすかがグラン二号の射撃テストを行っていた。

 直径五メートルの円形ターゲットが並ぶ。こうばいの急な地面に等間隔で置かれている。

 一つのターゲットをペイント弾が貫く。ど真ん中だ。赤色ペイントが勢いよく飛散した。

 周囲の地面にまで飛び散る……それは一キロ先からのピンポイント狙撃だった。

『ふぅ』

〔鉛色の巨人〕がスナイパーライフルを足元に下ろす。

 単眼モノアイカメラが採用された頭部ユニット。長いセンサーアンテナを二つ伸ばしている。それはどこか、ウサギの耳に似ていた。

 九・七メートル──グラン二号は自衛隊のがんりゆうよりも少し低い。

 しかし装甲の厚さで上回る。その両腕も、鈍重な身体からだを支える脚も太い。特に両ももは、全身の何割かを占めてしまうほど肥大したデザインだ。

 また通常、どのせんそうにも備えられている巨大タイヤロードホイールがない。代わりにかかとには、姿勢固定用のスパイクが備わっている。

 グラン二号の周囲には、様々な戦騎装規格の銃火器が並べられていた。

 ハンドガン・ライフル・アサルトライフル・カービン銃・グレネードランチャー・スナイパーライフル・長距離カノン砲・ショットガン・ヘビーマシンガン・サブマシンガン等。全一〇種、総数三八品目だ。日向ひなたは既に二四品目の試射を終えていた。

『さすが日向っち! ここまでノーミス! これが閃光の八ライトニング・エイトぉ!』

「撃つだけなら、ね」

 コックピットモニターに映った飛鳥あすかに日向は笑いかける。

 日向は現在、防護服姿だ。顔を冷やすように右手で顔をあおぐ。

 むろじゆくにおいて、こと純粋な〔ガンファイト〕で日向の右に出る者はいない。

 早撃ちなら、あおいに軍配が上がるが、大元の命中精度に天と地ほどの差がある。日向は九九パーセント狙いを外さない。それは、どんな銃を使わせてもだ。

 閃光の八ライトニング・エイトの二つ名も、日向の反則的なまでの射撃テクニックに由来している。

「でもこれ……ホントにすごい。ノックバック制御をフルオートでやってくれるなんて……。グラン二号あなた、優しすぎて少し気持ちが悪いわ」

 日向は下半身に軽度のを負っている。そのせいでペダル操作が思うように出来ず、戦騎装には乗れなくなってしまった。

 でも、このグラン二号にはペダルがない。両手だけで操作が出来てしまうのだ。

ぼくの発明したフルオートサスペンションだよん。パンチャーにはこれが積まれてるからね。理論値だと一四四ミリまでなら、絶対にコケない

「一四四っ! 戦騎装に持たせられる最大火砲って、二種フレームの一一五ミリが運用限界だったはずよね?」

 日向はグラン二号に乗ってからは、タイムマシンに乗っている気分だった。

 この機体は、自分の戦騎装概念を次々とクラッシュしていくのだ。

「この頭の、イメージモーションサポートだっけ?」

 現在、日向の頭は〔ネコ耳みたいな脳波受信機〕が付いている。これは日向がイメージするだけで、機動に注文を付けられるというシステムだ。

『走れ』と考えたら速度が上がったりとか、そんな感じだ。

 日向はサイトスコープをのぞいてみる。わざと目をキョロキョロさせてみた。

 ──なるほど。こっちの眼球運動にあわせて、データを自動更新してるんだ。

「……私のがんりゆうのスナイピングシステム、カタログで一番高いヤツだったんだけど……この子のは比較にならないほど優秀──」

 日向はため息をく。

 ──でも……グラン二号この子の欠点は致命的すぎる。

 日向ひなたは既に、この機体に欠陥機らくいんを押していた。

 脳波による機動補助はあくまで申し訳程度──グラン二号の機動性は〔移動の粋〕にとどまっている。動きが簡略化されすぎていてるのだ。これではせんそう特有の複雑な戦術機動が取れない。言うなれば〔超・高性能砲台に足を生やした兵器〕。

 これなら人型である理由もない。

 一般人が乗るなら分かる……しかし日向はヘキサだ。マリスを誘因してしまう以上、機体には、逃げるためのスピード、状況対応できる機動性が求められる。

『いやぁ。でもごみんね? せっかく戦場から離れられる口実をゲットしたのに、またこっちに引きずり戻しちゃって』

 飛鳥あすかが世間話を振るように言う。日向は少しムッとなった。

ふしさん。なんか、その言い方だと私が戦場から逃げたかったみたいに聞こえるよ」

『ん? 違うよぉ。日向っちが逃げたかったのは戦場じゃ無くて自分からっしょ?』

 日向は笑みを無くす。思わず低い声で「どういうこと?」と聞いた。

『だって日向っち、怖かったんしょ? 自分が完全な別物に変わっちゃうのが。まー、ずっと観察してたぼくからして見れば、どうして人間の皮をかぶりたがるんだろうって不思議に思ってたけど』

 飛鳥は調子を変えない。人の心の機微など眼中にない。

 飛鳥あすかはただ思ったままを話すだけだ。一方の日向ひなたは口元が引きつった。

「……ずいぶん、私のこと分かってるような口ぶりをするんだね」

 途端、モニター向こうで飛鳥が身を乗り出した。

『分かるよー! だってぼくら、自分の得意分野いちばんで戦う〔表現者〕だよ!? 野球選手もバイオリニストも絵描きも根っこは同じ生き物じゃん! 違いは、をツールに使うか、アートととらえるか。道具だって割り切れる人を僕はスゲー! って言うし、芸術だ~って、突き進む人は、うんうんってなっちゃうもん!』

 映像通信の飛鳥は本当にうれしそうな様子だった。

『僕は設計図の中に世界を創造するし、日向っちはスコープの中に、もう一つの世界を創造する……スコープの世界なら日向っちも神様なんだ。トリガーにかけられている人差し指に、せいさつだつの全権が与えられ、相手の気付かないところで死神のラッパを鳴らす。相手は神様許してーっ! って祈るしかできない』

 日向はそうぼうを細めていた。その表情は嫌悪感を隠せていなかった。

『先週、古い小説を読んだんだ。あれ面白かったなーっ! 文芸のエンタメ作品だったんだけど、それに面白い事が書いてあったんだ』

 モニターの飛鳥が人差し指を立てる。

『第二次世界大戦では、最前線の兵士は殺される恐怖より、殺すことにストレスを感じてたんだって。驚きなのが、敵と遭遇したアメリカ兵で、発砲できたのは全体のわずか二割だけだったんだ。で、ベトナム戦争では、帰還兵にすんげぇ大量のトラウマPTSD患者が出た……その作品では、『心理的距離』って書いてあったんだけど──』

 日向は飛鳥の言わんとしている事が分かる──それはおそらく、せんそうに乗っている者なら容易に想像できる話だろう。

「ナイフよりも銃、銃よりも戦車、戦車よりも核ミサイルの発射ボタンってね。この心理的距離が離れていれば離れているほど、人は人を殺しやすくなる……ナイフで一人、刺し殺した歩兵より、爆撃機で一〇〇人ぶっ殺したパイロットの方がダメージ少ないんだってさ。ちょー興味深くない?」

 日向は、そうだろうなと思った。

 自分が敵の戦騎装を破壊したとする。中にいたパイロットがどういう風に死んだのか想像するより、五感をフル動員して殺したんだと自覚する方が、精神的負荷は高くなるだろう。当然のことだ。

『で・も……中には人を殺しても大丈夫な人がいるんだって』

 ソレを聞くや、反射的に日向のどうこうひろがる。

反社会性人格障害サイコパスなんかは有名だけど……殺傷行為そのものに快感を覚えるような人も世界にはいるんだよ』

 モニターの飛鳥はうずうずしている。これを話したかったといわんばかりの様子だった。

「大分前にさ、日向っちがあんまりにも絶好調だったもんから、コックピットに仕掛けした事があってさ。脳内を分析したことがあったんだ。で! 日向ひなたっちの脳は、銃を撃つ時に〔ドーパミン〕を、撃った後に〔セロトニン〕を分泌してたのよさ!」

 日向は直感した。これは聞いちゃいけない話だと。

「ドーパミンとセロトニンっていうのは幸せホルモン、高揚ホルモンなんても呼ばれてるけど、ドパはセックスしてイク時とかに分泌されるやつ。セロの方は朝起きて太陽あびて、『さわやか~』って目覚めた時に分泌されるやつ」

 ──やめて。

 日向は心で願った。しかし飛鳥あすかの口は止まらなかった。


「日向っち。マリスをぶっ殺す時、むっちゃ楽しんでたでしょ!?


 日向の心など関係ない。飛鳥は夢中で話し続けた。

「ドーパミンて! 過剰分泌が過ぎると病気になっちゃう、麻薬に近いところがあるんだ! 集中力が高まったり戦意が高揚したり、良い側面も強いんだけどね! 戦争とかで敵ぶっ殺しまくってガンナーズハイになったやつが、帰国した途端に心がぶっ壊れちゃうのもこれが原因だったりする!」

 飛鳥は「でも!」と万歳した。

「日向っちのすごいのは脳がセロトニンを分泌してそれを抑えてるトコ! つまりドーパミンの良いトコ取りができてるって訳! 普通、人を殺すと強烈なストレスがかかるはずが、日向っちは『すっきり!』ってなってるの。つまりドーパミンとセルトニンがwinwinの関係になってるんだよ!」

 日向には覚えがあった……在り過ぎて全身に寒気を感じていた。

「データってうそは言わないんだ! 事実しか話してくれない! で、ぼく、分かっちゃったの! もし日向っちが戦争で出兵して一〇〇〇人ぶっ殺してお家に帰ってきても、次の日にはテレビつけて普通にモーニングを食べられる〔鬼畜さん〕なんだろうなって!」

 日向の中で何かが割れた……わなわなとくちびるを震わせる。

 日向はなんとか、作り笑いをでっち上げた。そして飛鳥に言う。

「もし、その妄想が事実だとしたら、そんな人に自分の作ったオモチャを渡すのに抵抗とかないの? 私だったらイヤだなー。だって気持ち悪いもん」

 日向なりのいやのつもりだ。でも飛鳥は「全然!」と、顔の前で手を振った。

「【兵器の四アームズ・フオートイズ】の十番目テンス……グランシリーズは僕の最高傑作だもん! でも世界中の人ってバカばっかでしょ? 分かりやすく教えてあげないと、テンスが最高で最強なのを認めてくんないんだよ! 【銃の天才】で【さつりくの天才】なら、そんなの一〇〇点通り越して、二〇〇点満点じゃん! テンスのガンナーに、この以上の搭乗者ドライバは存在しないよ!」

 飛鳥は満足したように「んふふ」と笑う。

「これが僕が、日向っちにグラン二号パンチヤーに乗ってもらいたかった理由! どう? どうどう!? あってた? あってたっしょ?」

 トーンの高い飛鳥あすかの声──日向ひなたは非常に耳障りに感じた。心の中でつぶやく。

 ──この子……うざい

 日向は目を細くしていた。やがていつもののような優しい笑みを浮かべる。

ふしさん……大ハズレ。失礼しちゃうわ」

 日向は火薬抜きのやつきようくわえる。それから、再びグラン二号に別の銃を持たせた。

 一キロ先にあるターゲット──それが粉々に粉砕された。



 同日・一三時──むろじゆく・第一校庭。

 迷彩服の集団がライフルを担ぎながらマラソンする。オルソンが並走して彼らをののしっていた。

「おまえらは走るブタよ! トンカツよ! 食べられて死ぬだけの経済動物よ! めたかったらさっさと止めて、ママブタにその汚いイチ○ツぶち込んでくるがいいね!」

 グラウンド端ではだいやまたけなかの三人がいた。山武が楽しそうに笑う。

「オルソン、ぜってー楽しんでる! おれも次あれやりたい!」

 一方、田中と大地はグラウンド中央を見ている。そこには拡声器を持ったあおいと、かつて葵が使用していた赤色の【しつぷう】があった。葵となつは機動訓練をやっていた。

 上段受け・せいけん突き・回し受け・前り──まるで空手の演武だ。それらの動きを夏樹はせんそうで実演している。田中がいぶかしげな顔で大地に聞いた。

ぬま。乗っているのは氷室総隊長だろ? アレはなんの特訓なんだ?」

「いや……俺も初めて見る。っていうか……」

 ──総隊長が戦騎装に初めて乗ったの、今週の頭くらいだろ? それなのに何だよ、あの人間みたいな動き……。

 大地は我が目を疑う。山武も身を乗り出してそれを眺めた。

「あー。ありゃ多分、戦騎装の可動域を調べてるんじゃねーの? 総隊長、肉弾戦でもやるつもりなんかね。戦騎装でエルフィーナみたいな事したら、手足なんてすぐにオシャカになるのになー」

 一方の山武はそんなに驚いていない。夏樹には戦騎装の操縦経験がある……という先入観があるからだ。実際、エルフィーナの超絶機動から、そう勘違いしている者は多かった。

『あ! 隊長だめ!』

 グラウンド中央の葵が拡声器を通して言う。疾風は空中で回し蹴りの体勢に入ったが……すごい音をたてながらグラウンドに転がった。


 同時刻──某共和国・内乱軍本部。

 超・特大のトンネル内だ。建物でも入ってしまいそうなほどの大きさである。地下に引かれた一本道──通るのは巨大な水路だ。そこに何十せきというちくかんが整列していた。

 トンネルの終端には、トンネル内を一望できる高台がある。

 壁には横七メートル、縦一〇メートルの肖像画が掛けられていた。

 中国軍服をまとった中年──掲げるように両のこぶしを突き上げている姿の絵。

 その絵と全く同じ人物が高台に立つ。そばには参謀らしき男が控えていた。

 中国軍服を纏う中年【唐劉虎タン・リユウフー総統】がげきを飛ばしている。

 彼の眼下に広がるのは、整列する千人以上の兵士だ。誰もが、汚れた衣服ボロを纏っている。彼らは、この内乱に参加した民間人、つまり民兵だった。

 中華人民解放軍【唐紅軍タンホンジユン】──その水上艦隊である。

 最前列の何人かは、唐総統の檄に涙を見せる。最後に唐総統は肖像画と同じポーズを取った。彼に合わせ、民兵たちも同じ敬礼をする。

「「「老虎ラオフーチーロン! 老虎ラオフーチーロン!」」」

 民兵たちから、頭目を称賛する声が上がる──

 高台の舞台裏では、ダークブルーのパイロットスーツを着た少年の姿があった。



 同日・一六時半──せんそう・第五格納庫。

 ここはむろじゆくの敷地内ではいわくつきの場所とされる。

 立ち入り申請を出さないと入ることも許されない。中には、非合法に開発された特殊武装や、機体、物品などがほうられている。

 広大な屋内──照明は申し訳程度しか照らされていない。

 古びたコンテナ、戦騎装のパーツ群などが転がる。格納庫の中は、まるで整理が行き届いていなかった。巨大なメインゲート付近にはの姿がある。

 紫貴立ち会いの下、整備部員たちが一機の戦騎装を運び出す。紫貴の背後には、手錠をかけられたむつアギトの姿もあった。

 紫貴は恐れを抱いて、ソレを見上げる。反してアギトは、口元に笑み浮かべていた。かつての使用機体を眺める。超巨大トレーラーの背に、あおけで戦騎装が運び出される。

 封印をされていた黒塗りの【悪魔】が姿を現す。

 全長一二・八メートル──しつぷうの一回りは大きい。瘦せ型のボディに不釣り合いな、たくましすぎる両腕・両脚を付ける。疾風の手足だけを筋肉質マツシヴにした感じだ。右肩には〔稲妻のペイント〕が施されている。

 特に目を引くのは〔つ目の頭〕だ。アイカメラが二つ並んだヘッドユニット。しゃくれ気味のあごが、デザインの不気味さをより際立てている。

 S-47C、疾風・改【らいこう】──疾風に違法改造を施したアギト専用機である。

 本来、付ける事ができないはずの【フレーム】を、強引に疾風へ取りつけた機体だ。フレームというのは、戦騎装規格の〔両腕・両ひざパーツ〕の事を指す。

 フレームとは、対クイーン用に開発された最高級フレームである。

 バランス・耐久度・安定性・機動力と、通常フレーム全三種の、良いとこ取りをしたようなフレームだ。その性能は鬼灯ほおずきの素体ベースにも採用される程である。

 また陸上のみならず、空中・水上戦装備にも対応する、まさに万能フレームと言えた。

 アギトの機動──特に得意とする三次元格闘──は、機体に負担をかけ過ぎてしまう。

 アギトは大戦果と引き換えに、機体も壊してしまう。そこでじゆうが苦心して、しつぷうにこの改造を施したという事である。がアギトの方へ振り向く。

むつアギト……本日をもって貴方あなたの〔禁固刑〕は解除されます。同じく、貴方の使用機体、らいこうも再たいされます」

 紫貴は自分の学生証カードを取り出す。

 カードの上に、A4大の光学画面が浮かび上がった。

 せいかいちようである紫貴の学生証は特別製だ。一般学生の学生証の管理アクセス権も持つ。

 紫貴は一七ケタのパスコードを入れる。それからアギトの学生証に掛けられていたプロテクトを解放した。アギトの手錠のランプが緑に光る。手錠から機械音が鳴った。

 アギトは手錠を外す。ポケットから学生証を取り出した。

 学生証──顔写真の横──には〔雷〕の一文字が、光学映像で浮かんでいた。

「部隊編成は以前の通り。独立小隊と体裁は整えていますが、いち部長と同じく単独戦闘の許可が下りています」

 紫貴はどこか、悔むような顔付きだ。アギトがその心中を当てるように言った。

「心配するな。もう身内は殺さない……気でも変わらない限りはな」

 それを聞いて、紫貴はいまいましそうに毒づく。

「どの口で……はっきり言っておきますが、私は貴方を信用しておりません。今回のさいはいむろ総隊長の強い意向があってのことです。もしも彼を裏切るようなをしてみなさい……問答無用で、私が貴方をマップから消す

「おー怖い」

 アギトは笑いながら両腕を抱く。紫貴の表情はより険しいものになった。

「……学園への尽力を期待します」

 紫貴はお役御免とばかりにきびすを返す。アギトが不意に呼び止めた。

「なぁ会長さん。アンタ、あの熱血くんが好きなのか?」

 紫貴は、そうぼうの温度を急激に下げる。氷のそうぼうで振り返った。

「貴方には関係のないことです」

『立ち入れば殺す』とでも言いたげな迫力だ。アギトはそんな紫貴の横を通り過ぎた。

「お似合いだと思う……上手く行くといいな」

「っ!?

 紫貴の肩をたたいてアギトは立ち去る。その背中を紫貴は冷然とにらみつけた。

 ──睦見アギト……結構、いいとこあるじゃない!

 お似合いと言われ、はとてもうれしかった。



 学園改革八日目/一三時──むろじゆく・教育棟。

 中庭の昼食用ベンチにげつが掛けていた。

 義手である左手を机に掛ける。足を組んだかつこうだ。黒のタンクトップにジャングルブーツ、灰色のレンジャーズボンを履く。大きな胸のせいで、タンクトップがパンパンに張っている。爆乳が織り成す、胸の谷間からドッグタグの反射光が輝いていた。

 月下が右手に持つのは、グラン三号の光学書面データ操縦マニユアルだ。

 月下はあの話し合いの日から、再び籍を戦闘科へ戻した。補欠部員であることを条件に、機兵部に戻ることを了承したのだ。

〔グランシリーズのテストパイロット〕が今の月下の肩書きである。現在はグラン三号への早期慣熟が期待されていた。

 月下はマニュアルを眺める。しかし、その心はここに無かった──


    *****


 模擬戦上がりの五番隊が部室に集まる。そんな彼らにみどり泣きついていた

ようどう効率を来月までに二五パーセントあげるぅ!?

 だいが叫ぶように緑に聞き返した。緑は「ふぇえぇ!」と泣きながらこたえる。

「そ~なのぉ~! じゃないと、部費を半分にカット! プラス、あんまり仕事が出来ない子はクビにするって言うのぉ!」

「あのババア! 先月も同じ事いったばかりじゃねぇかよ!」

 大地はボーズ頭をガリガリいた。月下はすぐに当てがつく。

 おそらく日本政府が圧力をかけてきたのだろう。現在、氷室義塾は連戦連勝だ。

 政府はそんな氷室義塾を統合幕僚監部の直下──つまり防衛省の傘下に吸収したい。

 月下はそんな話を聞いていた。きっとらいちようは、政府とれつな主導権争いをしている。このオーダーもそれに関係しているのだろうと思った。月下はやまたけに聞く。

「山武。二五パーって、あとどんくらい」

「う~ん……先月のスコアが基準なら、もう一二〇~一四〇匹ってところっすかね。でもあねさん。現実問題、うちら手持ちの技術で何とかできる部分はつぶしきっちゃってますよ?」

 それを聞いて、緑がまた泣きだす。

「これ、なら、ひぐっ、あおいちゃんと、ひっぐ、紫貴の、ギロチンタッグさえあれば、いいって。おばあちゃんに、『機兵部いらなーい!』って言われたぁ!」

「でも確かに……鬼灯ほおずきに乗ったイッチーとカイチョー、すさまじかったよ。やつらが地獄ね。あれと比べられても困るよ」

 困った顔のオルソンが腕を組む。みどりげつに泣きついた。

「どうしよ月下ちゃぁあん」

「んー。ま、心配しんな。五番隊テメーらの事だ。自分のケツ持ちくらい何とかする」

 緑の顔がパァっと明るくなった。五番隊全員の顔が引きつった。

「月下さん! 二五パーっすよ二五パー!? うちら、今でもギリ運用じゃないっすか!」

「関係ねーよ。うちらのアタマが困ってんだ。何とかすんのが下のモンの筋だろ」

 月下はだいを門前払いする。そのさつそうとした姿に緑は胸をときめかせた。

「どうしよ。月下ちゃん、カッコよすぎ……私が男の子だったら、今のでれて、手篭にしたと思う! 結婚するしかない状況に追い込む感じで!」

「それもう、女の発想じゃねーよな」

 月下は緑の鼻にデコピンする。緑は「ふぎゃ!」と声を上げた。

「お前を行きたい所に連れて行くのが私の仕事だ……仕方ねー仕方ねー」

 そう言って月下は部室を立ち去る。背中を見せながら右手を上げた。

「お前は向く方向さえ間違えなきゃいい。チケット握りしめてな……そうすりゃ、夢いっぱいのネバーランドへは私が連れてってやる」

 顔だけ振り向き、月下はニヒルに笑う。

 視線の先にはひまわりのような笑顔が咲き乱れていた──


    *****


「──っんと……つまんねーよな」

 月下は小さな声でつぶやいた。一分、二分と時間が流れる。やがて月下は両ほおたたく。

「今はコレが私の仕事だ」

 月下が腰をえてマニュアルを見る。右目が左から右へ移動を繰り返す。スライドを進ませ、月下はマニュアルを熟読した。やがて……その口が感想を述べる。

「なんだコレ?」

 月下はためいきが出るような美人だ。そんな美人が鼻をヒクつかせていた。

 グラン三号の特徴は何と言っても、その機動力・運動性の高さだった。

 跳躍力・加速力・マックススピード等、機動面に関してだけなら、鬼灯ほおずきすらも超える数値を記録している。引き離していると表現しても間違いではないくらいだ。

 あおいやアギトでも、コレには乗れないと月下は判断を下す。

 この機体は、並の運動神経で扱えるような代物ではない。おそらくはトップアスリートレベルの動体視力と反射神経が求められる。

 またずいしよに月下の興味をあおる機能も搭載されていた。

 出力が四〇〇〇キロワットなんていう機体は、月下にとって未知の領域だ。

 他にも従来の〔人型機動〕に加え、車両のような〔四輪機動〕、更には【アニマルスタンプ】という〔動物的機動〕も可能にする。さまざまな加速手段を備えていた。

 げつは悟る。この機体は機動──つまり『走る』ことのみに特化した機体だと。

 だが……それら美点をまとめてつぶしてしまうような欠陥をはらんでいた。

「これ……根本的にダメだろ」

 グラン三号は武器を一切、持たせられなかった

 そもそも手であるはずのマニピュレーターが、熊みたいな形をしている。

 前方の敵への対処は〔殴る〕か〔体当たり〕の二択だけと書いてあった。

 武器は、背中や尻部に内蔵された【ベアリング散弾】や【投下式爆弾】といった申し訳程度の非常用の物ばかり。こういった武装は、通常武装のノリで使っていたらすぐに弾切れを起こす。ただ、ずっと逃げ回っていろとでも言うのか。

「バッカくせ」

 月下はマニュアルを消す。机に背を預けて青空を仰いだ。



 学園改革九日目/一四時──むろじゆく・第一校庭。

 曇天のグラウンドで二つの機影がぶつかっては離れる。

 激突するけんせん──飛び散る火花──砂を巻き上げる巨大タイヤロードホイール──

 双刀を構える鬼灯ほおずき。相対するは、コンバットナイフを逆手にもった赤いしつぷうだ。

 本日は、あおいなつが模擬戦を行っていた。観戦する機兵部は沸きに沸いている。

「はーい! オッズは1対4で部長だよ! さぁ張った張った!」

 夏樹はほぼ一週間で、せんそうを乗りこなしつつあった。



 同日・一八時半──戦騎装・第四格納庫。

 今日のテストを終えた日向ひなたくるまを進ませる。グランシリーズは機密扱いのため、通常の戦騎装とは整備区画が別に指定されていた。

 誰もいない空間を日向は一人進む。その面持ちは沈んでいた。

 飛鳥あすかに指摘された事が、ずっと頭から離れないでいた。

 ──もともとちようこうはあった……。

 戦場に立つ度、何かが変わっていく気がしていた。

 だから日向は、心のどこかで安心したのも知れない……医師に戦騎装にはもう乗れないと宣告されて。ばくぜんと破滅までのビジョンを自分自身持っていたという事だろう。

 このままだと自分は、飛鳥の言う【さつりくの天才】にへんぼうしてしまうと──

「あれ? 副部長、遅くね?」

 日向は顔を上げる。作業服のじゆうがハンガーの奥から出てきていた。柔呉は首に巻いたタオルで汗をく。

 日向ひなたは息をするように、いつもの〔観音スマイル〕を浮かべた。

「はい。でも部長も随分遅かったですね?」

「まー、超優秀で、かゆい所に手が届きまくりの副部長が……うん? あれ、暗いじゃん。どしたよ?」

 日向は内心ギクっとなる。でもそれをおくびにも出さない。日向は素っとぼけた。

「え? 何もないですけど」

「あ、あっぱり。なんか嫌な事あったんだべ」

 でも一瞬でバレる……他の男と違ってじゆうには日向のが通じない。、バレてしまうのかいまだに日向は理解しかねている。

 片や柔呉は苦笑した。目に入った自販機に向かう。

 柔呉はコーヒーを二本買うと、一本を日向に手渡した。

「言うてみ。部員のお悩み相談は、何も副部長だけの専売特許じゃねーんだぜ」

 日向はかなわないなと思った。日向は自分の生活圏が脅かされるのを非常に嫌う。だから、世間体には常に細心の注意を払うタイプだ。

 誰もが日常生活で使う〔建前〕と〔ブランドイメージ〕──日向の場合、それを強く持ち過ぎている節がある。故に、どれが本心なのか、ときどき見失いそうになるのだ……だから柔呉をすごいと思ってしまう。

 ──この人は……いつもかくれんぼをしている自分の方に会いに来てくれる。

 柔呉はれんでもくぐるように、日向の防護さくを抜けてくる。それがたまらなくうれしくなる時があるのだ。今、この時もそう……。

 日向は作り笑いをめる。もう一人の自分が『やめなさい』と言った気がした。

「部長は……私が本当は──最低の人間だったらどう思いますか?」

 日向は顔をうつむかせる。柔呉は首をかしげた。

「これまた、斜め上の質問だな。具体的にはどういう感じに最低なんさ」

「……いつもは常識人の皮をかぶってるくせに、実は中身なんて大したことないっていうか」

 言ってて日向はバカらしくなる。もう止めようと思った。

 ひるがえって柔呉は分かったような顔になる。

「あ。裏と表的な?」

…………そんな感じです」

 日向は一秒前の意思決定をにしていた。

 どうしてこんなことを聞いたのだろう。日向はそう後悔する。柔呉に、メンドクサイ女と思われたらどうしようとか、そんな心配がかまくびをもたげた。日向は横目で気付かれないように柔呉を見上げる。柔呉はというと…………右の小指で鼻をほじっていた

「いんじゃね? 隠し事くらい。おれなんて休みの日、五回くらいオ○ニーするぜ?」

「もっ! 部長っ!」

 日向は柔呉の上腕二頭筋をたたく。パシーン! と良い音が鳴った。その拍子に柔呉の小指が奥まで行く。じゆうは痛みに声を漏らす。日向ひなたが顔を赤くして怒った。

「私のはそういうのじゃなくて! もっと、ていれつでおぞましい感じなんですっ!」

 日向は思う────くも日向といつはしげつの仲の悪さに、決定的な理由は無かった。

 月下から突っ掛かってきて、それがどんどんこじれて行った感じだ。

 でも最近になって、日向はその理由が分かった気がする。

 どうして月下と自分が、ここまで反りが合わないのか。

 月下は鼻が利く。だから感じ取ったのかもしれない……日向の中にある〔残虐性〕に。

 もしそうだとしたら、月下が日向に怒る理由も納得できる。

 月下は、大切な人の為に戦場を走る。対して日向は、暗い欲求を晴らす為に銃を撃つ。

 月下は信じてくれる者に対して、決して自分を偽らない。反面、日向は誰であろうと、自分の本心を見せない。それは、二人の信奉する神無木緑に対しても例外ではなかった。

 仁義に厚い月下は、それが我慢ならなかったのだろう。日向はそう思い始めていた。

 対する柔呉は地面に座る。胡坐あぐらをかいて缶コーヒーのタブを開けた。

「前にむろと二人で飯を食いに行った時の話なんだけどさ」

「?」

 日向は拍子抜けする。柔呉はお構いなしに話を続けた。

「あいつ、『自分の事を正義の味方みたいに言うのはめてくれ』って言ってたんだわ」

 柔呉はその時の情景を思い浮かべる。

 なつこと、エイルン=バザットは〔正義〕という言葉があまり好きではない。

 守られる側からすれば、外敵から身を守ってくれる介入者はそういう風に映るのかもしれない。しかし、外敵同じ人間で、戦わなくてはならない理由を持っていたとしたら?

 その外敵にも愛する人がいて、家族がいたら?

「あいついわく、〔正義〕っていうのは、とても不誠実で、誰の耳にも優しい……まぁなんだ。チャラい言葉なんだと──」

 敵の側から見れば、介入した第三者こそ外敵だ。〔悪〕に映っているはずだろう。

〔正義〕と〔悪〕は表裏一体──見る側の都合で簡単に裏返ってしまう。

 だからエイルン=バザットは正義の味方にはならない。

 なりたいのは、いつだって弱い者の味方なのだ────

「前戦に立つやつって、そいつなりにグチャグチャ考えてんだなーって思った。で、アイツが言った訳よ」


《誰かの側に立つという事は、自分が誰かを泣かせるという事でもある。それを忘れないために『正義』なんて言葉でしちゃダメなんだ……返り血を浴びた者には、返り血を浴びただけの責任がある》


「それは……」

 日向ひなたまゆを曇らせる。

「面倒クセーこと、考えてるべ? でもカッケー……おれにぁ無理だ」

 じゆうは飲み干した缶を置く。改めて日向を見上げた。

「副部長が何をおもって戦場に出るのかは知らない。何がそんなに許せないのかもよく分からん。でも先月、一緒にがんりゆうに乗ったとき、俺は思ったぞ。銃を撃つ副部長、ヤバかった。しびれて声にならんくて……もう、むっちゃカッコ良かったんだわ」

 日向は不意打ちの言葉に顔を赤くした。

「でよ? カッコいいって、それだけで、やっぱ正義だろ?」

 言って柔呉はスッキリする。どうにか上手く伝えられそうだなと思った。

「アイツや副部長ってのは、戦えない俺らから見れば、代わりに武器持って敵と戦ってくれる〔ヒーロー〕なんだわ。戦う側そつちの視点なんざ知りませんよ。俺から見るお前らはいつだってヒーローなんだ……だからそんなやつ、嫌いになれますか」

 ──あ……ダメ。

 日向は胸を押さえる。真っ赤になって、柔呉の顔を見れなくなった。

 柔呉は立つ。かがんで日向に顔を近付けた。日向が変な声を上げる。

「へうっ!」

「安心しな。もしも副部長を責める奴がいたらたちばなさんがぶん殴ってやるよ。それでも黙んなきゃ、橘さん必殺のレンチパンチだ」

 そう言って柔呉は日向のほおうそパンチをする。日向の頰をぷにぷに押した。

 ──それダメ、部長……殺し文句

 日向には、柔呉の笑顔が光って見えた。どうしてこんなカッコいい人が近くにいた事に気付かなかったんだろう。日向はそう思った。

「あ、ありがとございます」

 日向の火照りは取れない。そんな日向を見て柔呉は満足そうな顔になった。

「さぁ帰んべ」

 この日、二人は一緒に帰る。柔呉のおごりでまた、つけ麵屋に行った。



 同日・深夜──大和やまとが自室のベッドの上で胡坐あぐらをかく。

 大和はあの会議の日からずっと迷っていた。首を上げて見るのは、スクリーン大に拡大した世界地図だ。大和は連日、なつの計画の実現性を検証していた。

「穏健派の諸外国を取り込んでいく……ようがああ言ったという事は、俺の着眼点は間違ってなかったという事──」

 かねてより大和にも構想があった。みどりが夢見た〔ヘキサに優しい世界〕を実現させるためひそかに温め続けていた計画があったのだ。大和はもつこうする。

 ──イギリスやドイツなんかは長年、ヘキサのはいせき問題について否定的な姿勢を見せてきている。むろじゆく発足の際も、反対勢力の封じ込めに助力したという情報も確認済みだ。

 大和やまとそばに浮く、光学キーボードのエンターキーを押した。

 世界地図データの一国が黄色に塗りつぶされる。それはイギリスだった。

 ──イギリス……ここさえ抱きこめば、このプランの半分はクリアしたようなものだ。イギリスのヘキサを日本で預かり、ローランごと17番機を引きずり込む。そうすれば大西洋方面の主要保管領……少なくとも七つは、日本にヘキサを預けざるを得な──

 大和は思考を止める。視線を落とし……その口をつぐんだ。思ったのはみどりの事だった。

「でも……じゃあ、かんはどうなる?」

 その名を口にした途端、大和を強烈なむなしさが襲った。

 今の氷室義塾は〔神無木緑のむくろ〕の上にそびえ立っている。

 緑の人望を利用した。緑の夢を食い物にした。緑を慕う者たちを兵隊に変えた。そして……緑自身を研究材料にした。

「勝手な都合で、あんな頭の悪い女を戦場に立たせたんだ……氷室義塾は」

 神無木緑はもういない……氷室義塾に殺されたから

 あの、生クリームが掛かったような甘い声が聞けない。

 あの、陽の光を浴びる縁側のような温かい雰囲気を味わえない。

 あの、ヒマワリ畑のように元気でれいだった……神無木緑を見る事ができない。

「あんなほうに銃なんて持たせて……せんそうとの取り合わせなんて、もはやコントだろ。出来もしない料理に四苦八苦して、フライパン焦がしてる方がよっぽど似合ってたんだ……あんなIQの低い女は──」

 うつむく大和──そのじりにはわずかな涙があった。

「絶対に死んではならなかった。絶対、死んでほしく……なかった」

 大和は悔しさを握り潰すように前髪をつかむ。

 そして最後……誰に言うでもない、自分に問うように大和は言った。

「あいつを殺した氷室義塾にふくしゆうを誓ったんじゃなかったのか……ななおうぎ大和」


 七扇大和は揺れていた。


 それから二日がち……週明けとなる。

 大和は、機兵部の部室たる多目的室に呼び出されていた。

 氷室義塾・転覆を狙うふくしゆうしやとして力を蓄えるか──

 動き出したかつての戦友と共に、亡き緑の夢をかなえるか──

 どちらにするのか決めかねる中、なつから連絡があったのだった。

『君にしかできない事がある。助けてくれ』

 そうして、のこのこと呼び出された大和の前には……領収書の山があった。