Ⅳ 勇者の新世界



 せいかいしつにきたなつは、呼び出した面々がおおむそろっている事を確認する。

 縦長の会議円卓──配置は夏樹をトップに、右側が男衆+セレン。左側が女衆だ。

 光学書面データが、各人の前に浮かんでいる。

「あの、総隊長。おれらこの会にきて良かったんすかね?」

とうもオルソンも上等部員に昇格したんだ。これからは指導する立場になるんだから、今日は堂々と意見をいってくれ」

 手を上げたやまたけに、上着を脱ぎながら夏樹が言う。セレンがしく夏樹の上着を受け取る。壁際にあるハンガーラックに夏樹の上着をるした。

「さて。あと一人来る事になってるんだが……」

 夏樹がそう言うと前のドアが開かれる。

「こん! にちっ! わぁああああああああ!」

 ポヨンとバストを弾ませて入ってきたのは眼鏡めがねの少女だった。

 ショートの髪に白のノースリーブシャツ。作業ズボン。腰から伸ばすのはマニピュレーター形状の作業補助ロボットである。

 ふし飛鳥あすか──テンナンバーの最後の一人、兵器の四アームズ・フオーと呼ばれる少女だった。

「ありがとう。来てくれ──」

「うぉおおおおおおおおお! 何これ超かわいいいいいぃ!」

 飛鳥は夏樹を無視して、セレンのヌイグルミを取り上げる。

「ねぇ! これドリルつけていーいぃい!! 角付きアザラシにしよーよぉお!」

「ダメ! ダメぇ!」

 セレンが飛鳥からヌイグルミを取り戻そうとしがみつく。そんな中、あおいが立ち上がった。

 無言で飛鳥の下に行き……「ふん!」と、頭突きした。

「座れ」

「お、オーケー葵ちん。だから暴力はめて」

 目を潤ませて飛鳥はセレンの隣に座る。葵も席に戻ると、夏樹は話を始めた。

「改めて自己紹介を……初めまして。俺はむろ夏樹。現在は機兵部の臨時教導役を務めている。また戦闘中は、前戦指揮官を任せてもらっている身だ」

 夏樹は円卓に両手を付ける。体重を預けた。

「結論から言う。むつアギトくん、いつはしげつさん、くも日向ひなたさん、そしてななおうぎ大和やまとくんには前線に返り咲いてもらいたい」

 名前を呼ばれた者たちの心臓が跳ねる。夏樹は続けて飛鳥を見た。

「そして伏見飛鳥さんには兵器開発の面で専門的なバックアップに回ってもらいたい」

 飛鳥はいつ取り出したのか、携帯ゲーム機をピコピコさせていた。軽い調子で「いーよー」と言う。するとげつが「いいか」と、右手を上げた。

「そこのやる気のない二人はまぁ分かる。が、私やそこのポンコツが呼ばれた理由は何だ?」

 月下が言ったのはアギトと大和やまとの事だ。そしてあごをしゃくって指したのはくるまに座る日向ひなたである。

 日向は煩わしそうに月下をいちべつする。でも同じような疑問を持っていたようだった。日向も、疑問の視線をなつに投げかける。月下が続けた。

「見ての通り、やれることそんな無いぞ。神輿みこしに担いで歌でも歌わせるのかい? でも、フリフリの衣装着てマイク持つとか面白そうだな。私はこう見えて歌がうまい」

 月下は話す内にノリ気になる。だいは、頭の中でその姿を想像した。テーブル下でグッとこぶしを握る。すると日向がせせら笑った。

「ランジェリーパブのお立ち台とかだったら映えそうですよね。月下さん」

 鋭い視線でなかやまたけが月下の爆乳を盗み見る。二人はまえかがみになった。

「ひがむな、老け顔。じわ増えたなブス」

 月下の容赦ない悪口に日向の両目が細くなる。一気に場の空気が悪くなった。

 夏樹が慌てて間に入る。

「う、歌ってもらうのもいいな! うん! 部隊の士気高揚も重要な任務だ!」

「お、話わかるな。アンタ」

 月下が機嫌を良くする。するとがわざとらしくせきばらいした。

「こほん。むろくんが望むのなら、ボイストレーニングを経たのち、歌って踊れるせいかいちよう路線を目指してもいいのよ」

「紫貴さん何言ってるんですか?」

 隣に座るあかねがげんなりする。夏樹は「ふし」と、飛鳥あすかにバトンを渡した。

「ん? ぼくの番?」

「説明を頼む。皆、渡したデータの五ページを開いてくれ」

 各々が光学書面データを進ませる。すると二体のロボットのファイルが浮かび上がった。

「やっぱり、これ……」

 つぶやいたのはじゆうだ。そのロボットは先月、搬入されたばかりの新型せんそうだった。

 飛鳥が円卓に乗る。円卓をステージにして指を鳴らした。

「デザイン&プロデュース・バイ僕! プロダクト・バイ・氷室ざいばつのニューマシン! そのヘビー級砲戦ボーイがグラン二号【フレイムパンチャー】! ガチムチ、見た目モンスターがグラン三号【ファイヤーキッカー】だぁあああああああ!!

 宙空に立体画像の拡大版が現れる。セレンが「おぉ」とたまた。

 グラン二号は鈍重な人型のフォルムをしている。肩や胸、特にだいたいが肥大していた。装甲は分厚い。砲撃戦を得意とする自衛隊のがんりゆうよりもどっしりしたイメージだ。

 グラン三号は、二号の更に二回りは大きい。ゴリラのような巨腕をしている。ごつごつした装甲に覆われていた。見るからに堅そうな機体だ。後ろから見ればアルマジロ。前から見たらゴリラといった感じだ。人と言うよりは獣にこくしたデザインと言える。

「二号には独自に開発した【サスペンションウェーブ】と【イメージモーションサポート】を搭載! まぁ勝手に反動制御してくれて、機動も脳波検出で簡略化できてるってこと! 三号には【ナーヴリンクソフト】っていうの、作って搭載させたから、ひじまで腕が残ってれば、手があるのと同じような感覚を再現! でもこいつに重要なのはペダルさばきなので手なんてのはオマケだぜオマケ!」

 飛鳥あすかげつ日向ひなたに両手を差し出す。

「月下ちんと日向ちんの専用機だよん!」

 全員の視線が二人に行く。

 日向の表情は暗かった。月下に関しては、あからさまに気を悪くしたようだった。

傷病人用にマシン作るとかアホか? パイロットに合わせてマシンのスペック落とすなんて本末転倒だろ」

 声には出さないが日向も同意見だった。でも飛鳥は「にひ!」と白い歯を見せる。円卓の上で胡坐あぐらをかいた。飛鳥は頭上を指差す。これは宙空の立体映像を指差したのだ。

「グラン三号は鬼灯よりも速いよ……月下ちん」

 あおいじゆうが顔をこわらせる。月下も同じだ……のどを鳴らしてつばみ込んだ。

「そしてグラン二号には、最大二二キロ射程のスペシャルライフルを持たせるつもり」

 日向も絶句した。飛鳥は身体からだを揺らしながら説明を続ける。

「グラン三号に求められるのは怪物的な動体視力と運動神経。グラン二号に求められるのは超高精度な射撃テクニック。極端な話、これだけあればよくて、これが無いパイロットはみんなボツ! 不適格ぅ!」

 飛鳥は「ブーっ!」と手で×を作る。それから不服そうな顔になった。

「だいたい、おかしな話だよねぇ。搭乗者ドライバに合わせてるせいで機体が、より高みにいけない。何で乗る人を優先させるんだろう。ほんっと、どいつもこいつも馬鹿ばっか。無能なドライバに合わせて、やれかんじゆくせい、やれ機能限界なんて言いあってるんだから……おかげでどこ見たって、失敗作がスクラム組んでドヤ顔してる。乗る人に無能しかいないせいでこっちは大迷惑だっちゅうの」

 それは開発者である飛鳥が抱く不満──搭乗者と戦術兵器、両者にある現実問題に他ならなかった。搭乗者が優れていれば、より強い機体を作り出せる。しかし、人に扱えない兵器は無用の長物に成り下がる。

 飛鳥は大多数のパイロットの〔上限値の低さ〕に腹を立てているのだ。

「技術畑の視点から見てどうっすか、今のご意見?」

 面白くなさそうな顔でだいが聞く。柔呉はあごを擦る。

おれとは真逆の兵器観かな。あいつとはい酒が飲めそうにねーな」

 日向が「部長は未成年ですよ」と注意する。

「その点、あおいちんの鬼灯ほおずきはグッドだよね。アギたんの【らいこう】は……まぁ及第点? そしてヒムロンのエルフィーナちゃん! あれはエクセレント! マジ、パねぇ!」

 飛鳥あすかが首を真後ろに向ける。突然の事になつはビックリした。すぐ飛鳥に笑い返すが……夏樹は笑みを凍りつかせる。

 飛鳥の目はわっていた。それも、憎悪とでも呼べるような暗い光をたたえて……冷え冷えとした声がその口から出た──

「どうやってあんなモン作り出したのか、疑問しかないけどね」

 夏樹は口を強くつぐむ……自分の秘密が露見するのを恐れたかのように。



 同時刻──日本国内・某所。

 暗いせん階段を三人が下りていく。黒スーツの護衛二人とらいちようだった。雷鳥の手には高級そうなワインボトルが握られている。

 雷鳥は昨日からむろじゆくを空けていた。現在、夏樹たちが行っている計画については、すべて了承している。雷鳥は木製の門扉の前に立った。

 黒スーツの部下が重い扉を開ける。ろうごくのような尋問部屋が広がった。

 窓がなく、光が差さない。オレンジ色の古びた照明が一つだけである。

 室内は強烈なアンモニア臭が充満していた。雷鳥はひるむことなく中に入る。木製の小机の上にワインボトルを置いた。

「トイレくらい行かせて下さいって、お願いも出来なかったのかい。偉くなるって言うのも人それぞれだねぇ」

 手を後ろに回され、座らせられている男が一人──

 ひげを蓄えた初老の男性だ。顔や目は赤くれあがっている。ワイシャツや緑色のスラックスは汚れ、所々に血が跳ねていた。股間の部分はれた跡がある。

 男は雷鳥を見るや、その面相を怒りに染め上げた。

「初めまして。元・陸上自衛隊陸将、現・防衛省防衛副大臣たけなかすぐるどの」

 男の前にが置かれる。雷鳥は椅子に腰を下ろした。スーツポケットから煙草たばこを取り出す。一本を歯で抜き取り、ジッポライターで火をつけた。

「まずは話を聞かせてもらおうじゃないか」

 パチンとライターを閉じる。雷鳥の目は無機質なものに変わっていた。

「このばいこくが」



「んふふ~。ま、こんなとこかな」

 飛鳥はいつもの調子に戻る。円卓から跳び下りて元の席に座った。

「よしヒムロン、バトンタッチだっ!」

 内心、なつは胸をで下ろす。円卓のスイッチを押して宙の立体映像を消した。

「今の説明で分かった通り、君たち二人にしか、この機体の性能を引き出せないみたいなんだ。こういうのはやってみないと分からない部分が多いからな。当面の間は〔テストパイロット〕で良いので、データ収集だけでも手伝ってもらえないかな?」

「ええと……まぁ、それくらいなら」

 日向ひなたが困惑しながらも微笑を作る。げつは腕を組む。小さく首を縦に振った。

「ありがとう。今は一刻も早く学園の戦力を拡充させたいんだ。今日、新しく来てもらった人たちは学園きってのすごうでばかりと聞いている。是非ともその力を貸して欲しい」

 言って夏樹は頭を下げる。あおい、皆の顔にほほみがでんした。しかし──

「メリット」

 ずっと静聴していた大和やまとが口を開いた。

「それをおれたちがやるメリットは何だ? ただ『学園がこういう方向に行きますので付いてきて下さい』ってなら俺は承服しかねるぞ? 俺ら以外にも生徒は千人以上いるんだ。俺らだけそんなの、貧乏くじだろ」

 夏樹は少し困った顔になる。

「この島にいるすべての人の未来のため……じゃダメかな? ヘキサが窮屈な思いをしないで済む、安心して暮らせる場所を完成させたいんだ」

 大和は「未来、ねぇ」と、露骨なまでに皮肉な笑みを作った。

「昔いたんだよ。アンタと似たような事言っておっ死んだやつ……」

 紫貴が──あかねが──月下が──日向が──誰よりも葵が……その目をり上げる。

 葵がばして立ち上がった。

「……テメェ、みどりネェが間違ってたとでも言いたいのか?」

「客観的な結果を述べただけだ。何もかんの全部を否定してる訳じゃない。心象効用度についてはまた別の話だ……。あと怖いから怒らないでください殴らないでください」

 言葉に反し、その表情は人を見下していた。大和は、これだけの実力者たちににらまれても動じていなかった。

「みんながみんな、いちぬまのようにはいかんだろ……だけじゃ動けないって人間はこの世に五万といると思うぞ」

 大和は日向、月下に目配せする。

「少なくともこの場には、アンタに似た考えの奴についていって、過去におお火傷やけどをした者もいるんだ。用心深くなるのは普通の事じゃないのか?」

 夏樹はまゆを寄せる。大和は畳みかけるように言った。

「行動の果てにあるビジョンを隠されている以上、これは交渉のテーブルとはいえない。口八丁で巻き込んで、思い通りに動かしたいってのいうのなら、悪徳宗教の勧誘とかわらんだろ……命を預けろと言うのなら、まず踏むべき順序があるんじゃないのか?」


 らいちようが正面に座ると、たけなかは気が触れたようにまくし立てていた。

「こんな事をしてただで済むと思うな! すぐに私の部下がここを押さえに来るぞ! 勝った気で居られるのも今のうちだ! この戦争成金が!」

 雷鳥はうるさそうに顔をしかめた。

「おーおー。この部屋に来て二日になるのに、元気じゃないか……。私ぁね? この日本を守る者同士、どこで行き違いが起こったのか、それが知りたいだけなんだよ」

「説明するまでも無いわ! ただの民間企業がネイバーを占有し! 国土防衛をやっている! そのすべてが間違っておるのだ! 再三のネイバー譲渡要請にもこたえず、防衛予算を食いつぶす害虫が! 何がばいこくだ! この非国民ども!」

 竹中はのどから血が出るほど怒鳴り声を上げ続ける。

「前回の戦闘で、学園モドキの解体だけで済んでいれば良かった物を!」

 一瞬だけ、雷鳥のまゆがピクリと動いた。

「見ていろ! 誰に盾突いたのか嫌と言うほど教えてやる! くそあなめて許しをうのは貴様の方だ! ざいばつは解体し、その資産も一片残らず──」

「副大臣……あんた昨日から飲まず食わずらしいね」

 つばを飛ばし続ける竹中を雷鳥の弁が止めた。雷鳥は小机に置いていたワインボトルを取る。竹中は驚くほど静かになった。その目はボトルのラベルに向いている。

「お、分かるかい? 【ロマネコンティ】のヴィンテージ物、時価にして一〇〇〇万はくだらない……昨今、良い酒はめっきり手に入らなくなったからねぇ。アンタ、これには目が無いんだって?」

 雷鳥が部下にボトルを渡す。すると黒スーツがワインのコックを開けた。

 竹中はごくりと喉を鳴らす。

「悪い様にはしないから話してくれないかい。こう見えて、子供たちの健全な心身の育成に頭を悩ます教育者の端くれだ。こういうヤクザみたいなやり方は、いい加減、廃業したいんだよ。いくら、派のアンタが、現内閣に不満を持っていたとしても、今回の動きはさすがにリスクが高すぎる。後ろ盾があったとしか思えないんだ」

 口の開いたワインボトルを雷鳥が受け取る。竹中は豪胆に笑いだした。

「成金風情がこのおれと対等のつもりか!? 分際をわきまえろ! むろさび看板が!」

 ペっと、雷鳥の顔に唾を飛ばす。雷鳥はしかめ面で顔をいた。

「……たまげたね。今のは、一周回って感心したわ」

 急に雷鳥は態度を軟化させる。ワインボトルの飲み口を竹中へ近付けた。

ひとずはアンタの鋼鉄の肝っ玉に乾杯しとこうかね」

 竹中は驚きに面を上げる。すぐ自分から首を伸ばし、その口先をとがらせた。

「ほれお飲み」────一〇〇〇万のワインボトルが竹中の鼻頭を襲う。

「ぐぎゃあああああぁあ!」

 竹中は鼻血を出しながら絶叫した。

「こっ! このクソババァあぁあああああああぁ!」

「負け犬には相応の酒の振舞い方ってもんがある。ちなみにこのボトルの中身はコンビニで買った二〇〇〇円のワインだ。あんたみたいなくずには、それでも高く思えるよ」

 血だらけになったたけなかに、らいちようは冷然と言う。竹中の耳元にその顔を近付けた。

「言い忘れてたがアンタの子飼いはいまごろ反乱分子として摘発されてる頃だ……よって助けは来ない」

 雷鳥は割れたボトルを竹中ののど元に突き付けた。

「アンタに首輪をつけた、よその飼い主がいるはずだ。そいつが誰か、何が何でも話してもらうよ」

 竹中はここに来て、初めて恐れを見せた。雷鳥は血だらけの竹中をにらみつける。

しんしゆくじよの時間は終わりだ。あんまりむろめるんじゃないよ」



 黙りこんでいたなつはやがて口を開く。

「分かった。九重ここのえ、説明をお願いできるか」

 は一瞬、しゆんじゆんした。でも、すぐ「ええ」と立ち上がる。

 それを止めるようにあかねも席から立った。

「氷室さん、待って下さい! これを今の段階で話すのはリスクが高すぎます!」

 茜の不穏な物言いに緊張が走った。それとはに、紫貴が室内の照明を半分消す。

「全責任はおれが取る。九重、やってくれ」

 紫貴はうなずく。円卓の端にあるスイッチを押した。紫貴は光学PCを起動させる。

 PC画面とプロジェクターを同期させ、映像を白い壁に表示させた。

「まずはこれを見て下さい」

 紫貴が表示したのは世界地図だった。日本列島を中心に、それぞれの大陸が広がっている。地図上には〔緑色の光点〕が無数に点在していた。

 そして大陸を囲む海には、数百という〔赤い光点〕がはいかいするように動いている。

「皆さんは既に〔マリスの戦略概論〕で学んでいるはずですので再確認となります。これは教材用の映像ですが、地図上に見える赤い光点はクイーンを、緑色の光点はヘキサ保管領を差します。日本列島の真ん中ぐらいを見て下さい。あの緑色の光点が、私たちの住む第弐富士ですね」

 紫貴は光学モニターを指で操作する。地図上の日本列島を拡大させた。

 日本の東海沖にある緑の光点──第弐富士──に向けて二つ、赤い光点が近づいてくる。

 二つの赤い光点は緑色の光点の前で重なった。地図が動画に切り替わる。

「ひっ!」

 セレンが思わず、動画から顔を背けた。

 上映される動画──マリスの群れ同士が、互いを襲い合う共食いの映像だった。

 じゆうも「うひぃ」と声を漏らす。マリスのたけびや、奇声がせいかいしつに広がった。

 は動画を止める。

「このように、クイーン同士のえさかちあった場合、最も良く起こる現象が、この〔共食い〕です。子育て概念の強い個体ほど、積極的に他のクイーンが率いる子団に襲いかかります。他にも、戦闘を避けて他の保管領を目指す〔餌場変え〕。先の集団が保管領から立ち去るのを待つ〔順番待ち〕というケースもあります。有史以来、クイーン複数体による同一保管領の襲撃は一度も起こった事がありません。この習性こそ、ネイバーがたった一一機しかないにもかかわらず、人類が防衛線を構築できている理由です」

 大和やまとは映像を見てみしていた。

 彼が人類に大きな怒りを抱くえんはここにある。

 二〇七〇年現代──マリスの侵攻はその九割が、ヘキサの密集する保管領へ誘導・限定されている。保管領以外の地域に侵攻するのはまれで、そのような想定外の進路を取ったクイーンを排除するのが、UN直属のマリス鎮圧部隊【ロイヤルガード】となっている。

 この【保管領システム】は、追い込まれた人類の執った苦肉の策に他ならない。

 同じ人類にヘキサというべつしようを付け、保管領へのゆうへいかくを義務化した。

 保管領におびせられたマリスは、餌を奪い合って互いの戦力をぎ合う。

 人類は、保管領に向かってきたクイーンだけをネイバーで殺せばいいのだ。


 文字通り、〔ヘキサを餌にする事で成り立つ戦略〕なのである。


 そして……大多数の人間をシステムに取り込むべく、国という国が世論を操作したのだ。

 人を〔白〕、ヘキサを〔黒〕と言うように。

 人は誰も白でいたい。正当性という後ろ盾さえ在れば、どこまでも残忍になれる

 結果、ヘキサが迫害される今の世界がじようせいされてしまった──

 紫貴が動画を消す。再び壁際に世界地図が現れた。

「これが今の世界の惨状です。人類は、私たちヘキサを見捨てる事で、より多くの命を生かす道を選びとりました」

 なつが再び、円卓の中央に来る。夏樹は怒りを抑えている様子だった。

「本当に……何が【ヘキサ】だ。おれは君たちと一緒に戦って確信している。君たちは、マリスに対抗するために生まれた人類の進化形だ」

 それを聞いた大和が息を止める。ゆっくりと横目で夏樹を盗み見た。

「はっきり言おう。君たちの力はギフトだ。でも、力ある者によってゆがめられてしまった。今の世界中にまんえんしたヘキサのはいせき感情は、当時のマリス侵攻を何としてでも食い止めたかった、時のせいしやでしかない」

 夏樹が親指で背後の世界地図を指さす。

 そばにいるあかねは、観念した様子で説明に加わった。

「……この世界中にまんえんする『ヘキサのはいせき事情』を何とかしない限り、私たちヘキサは、いつまでも真のあんねいを得ることはできません」

 なつは強くうなずく。それから皆に言った。

「だから変えてやるのさ。世界の方を……おれたち皆で」

 夏樹は円卓に両手を置く。計画の概要を説明した。

「まず日本中のヘキサを一か所に集める。詳細は明かせないが既に準備も整いつつある。現在、むろじゆくの戦闘科の拡充を第一としているのもそのためだ。最低でも二個軍隊程の戦力は欲しい……世界中に氷室義塾の名を轟かせるためにな

「それはつまり、日本にいる全ヘキサの解放……第弐富士のヘキサだけでなく、日本の全ヘキサに人権を与えるということですか?」

 日向ひなたあごに手を添えて聞く。

 あかねはその見解をやんわり否定した。

「日本のヘキサ解放はこの計画の前段階にすぎません。ある程度、戦備が整ったら、今度はこのプランに賛同いただける〔穏健派の諸外国を取り込んでいく〕んです……お恥ずかしながら、まだ具体的には煮詰まって無いんですが──」

 話を聞き、大和やまと身体からだに電流が走る……きようがくに打ち震えた。

 なら、茜の言ったプランはかんみどりの存命中に、大和が必死に練り上げてきた計画の一つだったからである。

 そんな大和と同じように、頭脳労働専門の生徒たちも顔を青くしていた。

 夏樹たちの言う計画がどれだけスケールの大きな事か分かっているからだ。なかや日向、じゆうなどは驚きで声も出なかった。

 片や、あおいやセレンを筆頭に、政治や各国の情勢に疎い者は『なんかすごそうな話してる』くらいの感動である。

 茜は考えるように視線を上に向けた。

「まーぶっちゃけ、中国を引きずり降ろしちゃって日本が国際連合の〔常任理事国〕になっちゃうのが手っとり早いんですよねー。あそこ、二年くらい前からひどい内乱で国政がグチャグチャだし。日本の発言権が増せば、賛同する国は結構でてくると思うんですよ」

「おまえ、冗談でもそんな恐ろしいこと言うなって」

「でも、せいこくを射ているわ……角は立つけど効果は絶大でしょうね」

 田中がたしなめ、は悪い女の顔になる。

 大和は思わず、笑いかけた口を手で隠した。大和が規格外十番テンナンバーひとかど以上の敬意を払うのはこういうところにある。

 彼らは、さも当たり前のように、目の前の障害を破る選択肢を明示してしまう。

 大和は強く左腕を押さえ付ける。全身を燃えるような興奮が駆けめぐっていた。

 夏樹が最後に、その決意を全員に表明した。

「氷室義塾の最終目標は、世界中のヘキサ保管領を一か所に統合し、一個の独立国家を建国すること」

 大和やまとが勢いよく面を上げた。あおいが声を無くす。セレンがまばたきした。飛鳥あすかが口笛を吹く。

 なかだいたちの心臓が大きく跳ねる。げつ日向ひなたが息をみ、じゆううなった。

 沈黙を守るアギトも笑みを浮かべる。

 なつは、力強い笑みで締めを飾った。


おれたちが創るのは、ヘキサとヘキサを愛する者たちが気兼ねすることなく一緒に暮らせる国だ」


 せいかいしつせいじやくが渡る。誰も声が出ない中、大和がその静寂を打ち破った。

「それが何を意味するのか分かっているのか?」

 夏樹は事も無さそうにこたえる。

「ああ。俺たちは世界とケンカをすることになるね」

 大和は虚脱する────全身を突風が駆け抜けたような感覚が走った。

「世界中のヘキサを救う。そのために……君たちの力を貸してほしい」

 説明を聞いた者は、それが何を意味するか理解していた……図らずとも、夏樹の目指す目標とは、〔かつてかんみどりが目指した世界〕と同じだったのだ。

「くはっ、やべ! ははっ! ははは!」

 不意にだいが笑いだす。そのじりには涙があった。大地は興奮しながら、円卓を両こぶしたたき始めた。

「最高だっ。やっぱりおれは間違ってなかった……よし、よしっ!!

 なつは大地を見て笑う。大地はどうもうに笑って夏樹に言った。

「総隊長! このぬま大地! 地獄の果てまでも、お供させて頂きますよっ!」

 遅れてオルソン、やまたけが言った。

「ぼ、ぼくもついてくよ!」

「な、なんかすごぎて声も出ねっす。もち、俺も混ぜて下さい」

 三人を押しのけるように、今度はあおいが名乗りを上げる。

 良く分かってないセレンも立ち上がった。夏樹のそばあかねが立つ。

 なかはこの場に呼ばれている事を誇りに思った。

 じゆうは、隣のアギトにサムズアップしてまゆを上げる。「お前もどう?」と聞くように。

 アギトは鼻で笑ってサムズアップを返す。

 飛鳥あすかは「うぉお!」とゲームに没頭する。

 日向ひなたは戸惑い、げつも視線を落としている。


 そして大和やまとも揺れていた……自分はいったい、どちらの道に進めばいいのかを。