Ⅲ 招集と勇者
生徒総会の晩──自室のPC机の前に大和が座る。額に手を当て、考え事をしていた。その眼光は鋭い光を帯びる……大和は
《勝ちを決めるのも負けを決めるのも! 最後は自分の心一つだ!》
昼間の夏樹の演説──あれが大和の神経を
「どうにもならないことが幅を利かせているから現実なんだろうが……」
志や努力など、個人の力ではどうにもできない事は幾らでもある。
自分たちヘキサなどは、その最たる例だ。
ヘキサの刻印が発症すれば、指定保管領への出頭が命じられる。
ここに個人の意思は介在しない。家柄や身分は
本土の保管領など刑務所と変わらない。
朝の
就労による
家族と会うのだって容易ではない。月に何回、日に何分と面会時間が定められている。
未来の見えない人生に絶望し、自ら命を絶つ者も少なくないという。
しかし、それでも日本はまだマシな方なのである。保管料の整備まで手の回らない国は、ヘキサを家畜同然に扱っている。軍事備品として、生きたヘキサをマリスの
大和の
──軍事利用という点で考えれば、この
第弐富士内における、ヘキサの
──才能開花で戦闘に特化したヘキサを戦闘用に調練し、対マリス用の戦闘員にする。選別からあぶれた才能の無い者は、マリスを
大和は、氷室義塾が掲げる【ヘキサの人権
確かに第弐富士にいるヘキサは普通の人のように暮らせる。ヘキサの家族も住まう事が許されている。しかし、ヘキサが一生、
──ヘキサの人権など、ただの欺瞞だ……しかし、それでもこんな学園を信じ、来もしない未来に目を輝かせ、自分たちの夢に殉じていった者もいたのだっ。
《ヤマえも~ん! 何とかしてぇ!》
《裏方は骨折り損……家を建てるなら誰かが土台にならないと、ね》
初代部長・
「ヘキサが安心して暮らせる場所を作るといった神無木、あいつの夢を陰から支えるといった双条……無い餌をぶら下げて、走らせ続けたオチがマリスの餌だ」
大和は
「餌、餌、餌……ヘキサは結局、どこまでいっても餌でしかない。
大和の目は、ドス黒い
「氷室義塾は……絶対にあってはならないんだよ」
翌日八時──戦闘科校舎。
制服姿の
「え、エイルン先輩!? お! おはようございます!」
「うそ!」「え? どこどこどこ!?」「せ、先輩おはようございますっ!」
夏樹を見かける度に、生徒たちが
「ああ、おはよう」
「隊長、ここまで来てアレだけど……私、あいつを迎え入れるのはどうかと思います」
生徒総会も早々に、夏樹は次の案件に着手していた。
「明日の話し合いには是非、睦見アギトくんにも出てもらいたいんだ」
「
「まぁそりゃ、戦力的な意味合いなら。部長がもう一人、やってくるようなもんなんで」
大地がアピールするように割って入る。
「睦見さんっ、分類は
「ハぁ!? 私の方が上に決まってんだろ! 証拠にアイツ、
「部長、言い方がそれ子供ね。でもアギト、戦うといつもぶっ殺しゲームよ」
ムキになる葵と、感想を付け加えるオルソン。
二人のコメントに「反対する理由はないな」と、夏樹は笑った。
「
六人は昇降口の階段を上って行く。屋上のドアは鍵が壊されていた。
夏樹はくすりと笑ってドアを押し開ける。
屋上に出る六人──まだ朝なのに日差しは強かった。吹きっ
夏樹の視界の端で何かが動く。夏樹は首を上げた。昇降口から人の足が垂れていた。
「睦見、アギトくんだね?」
夏樹が足に向かって声をかける。すると寝そべっていた人物が
長髪の美少年──背は夏樹よりも高い。ワイシャツのボタンを外し、胸元をはだけさせている。形の整った口元は笑みを作っていた。
「知ってて聞くなよ。
小馬鹿にしたような態度だ。でも夏樹はそんなこと気にも留めない。それよりもアギトの
──すごいな。
夏樹には一目で分かる──アギトの身体は恐ろしいまでに絞り込まれていた。
一見、スラっとしているが、中身は凝縮した筋肉の塊である。また身体の軸がブレていない。武術に精通していることも夏樹には
「
三人の様子を見て、
「率直に言おう。機兵部に戻ってきてくれ、睦見。君の力が必要だ」
アギトは顔色を変えない。自分の
「
「? ああ、もちろんだ」
アギトは背中をほぐすように胸を張る。そのまま昇降口の壁に背を預けた。
「あんたって何のために戦ってるんだ?」
夏樹は一瞬、動揺する。少し間を空けてから
「……力が無くて泣く、理不尽に奪われて泣く、そんな人たちの涙を一粒でも多く止めるために俺は軍人になった」
それを聞いた
「共感は出来ないが、面白いとは思う……でも、響かないな」
「じゃあ俺にも質問させてくれ、睦見。君が戦う理由はなんだ?」
夏樹が聞く。返答はすぐアギトの口から出た。
「男が戦うなんて、
夏樹が声を無くす。葵の顔が固まった。大地が顔を赤らめる。オルソン・山武が「何言ってんだこのイケメン?」みたいな顔になった。セレンは一瞬何かを考える。
「それ以外の理由なんてのは、みんな後付けで、こじつけだ」
夏樹は何度も
夏樹はわざとらしく
「な、なるほど。確かに。素晴らしい理由だと思う、同じ男として
「だろう? それでだ
そう言ってアギトは葵を見る。他の者の視線も葵に集まった。
「は、はぁああ!?」
葵が顔を真っ赤にする。夏樹は神妙な顔になった。
──惚れた女?
夏樹の疑惑の
やがて夏樹はハッとなる。合点がいき、葵の耳元に口を近付けた。
葵は
「すまん
夏樹が小さな声で聞く。途端に葵の
「ごっふ!」────
夏樹は腹を押さえて
「い、
葵は腕を組んで「ふん!」と、そっぽ向く。
「そうたいちょー」「いつか刺されますよ?」「コレ、女の
オルソン・
「
葵ががなり立てる。アギトは肩をすくめた。
「一応、
「……ホンット、イラつく」
葵の目が
「一ノ瀬! それに睦見も! 俺たちはケンカをしに来たんじゃない。睦見。もし、この場で決めかねるなら、明日、一六時から第一会議室で話し合いがある。君にもそれに出てもらいたいんだ。それを聞いてから考えてもらうと言うのはダメか?」
聞かれてアギトは視線を移す……葵、それから大地たちへ。視線を戻して夏樹に言った。
「俺は同僚を四人殺してる。一人は遺体が見つからず、
アギトの顔色は変わらない。でも完全に空気が変化していた。危険地帯に足を踏み入れたような緊張が全員に走る。
夏樹は一度、息を吐く。それから部下たちの方を向いた。
「これから話すのは、あくまでココだけの話だ。一切の他言は禁止とする」
そう
「
アギトは壁から背を離す。
「あの事故……デストブルムの暴走は第三者の悪意によって、意図的に引き起こされた可能性がある」
夏樹の切り出しに、セレンが勢いよく面を上げた。
葵が「どういう事?」と夏樹に聞く。
「あの事故の主原因はDBシステムに敵味方の識別機能がついていなかったからではない。それに加えて、デストブルムの〔痛覚リンク〕を
大地たちが
セレンも息を
「この学園に来たばかりの
「でも、この惨状には裏があった……
「極めつけは前回の遠征話とロイヤルガードさ。ヘキサを狙う
夏樹は自分でも情報を整理するように、一つ一つ説明する。
「デストブルムの初陣となったあの日、デストブルムの自律戦闘モードは最初から発動していたわけではなかった。しかし、一七五六。デストブルムがルーク二匹・ポーン七匹に同時に
セレンはその時の状況、その時の痛みを想起していた。
大雨が降っていたあの日──マリスに囲まれ、どうすればいいか分からないうちに体中に激痛が走ったのだ。
セレンの
「第三者の目的が、実態の知らされていなかった【DBシステムの発動】に定められていたとする……そこへ誘導するために状況を整理する必要があった。なにせデストブルムには二個中隊規模の護衛がついていたからね……でもそれは、ヘキサの
「……まさか」
「大隊全体のカバーをする援護機動中隊【二番隊】……つまり
大地たちに強い悪寒が走る。まるで巨大な
「現場映像は残っておらず、君が殺したという三人も、自首という形で事後、学園側が君自身から知らされたものだ。しかし、目撃者の中には〔双条くんとその三人が激しく交戦する姿を見た〕と言う者が何人もいたんだ……これは
アギトは一瞬だけ、その目を細くした。
話す
「……
夏樹はアギトを
「よって
アギトはくすりと笑う……話は終わりだとでも言うように右手をひらひら振った。
「見かけに寄らず、妄想が豊かだ。推理小説でも書いて投稿してみるといい」
行こうとしたアギトの前にセレンが来る。セレンはいそいそとポケットから
包み紙を外して、飴玉をアギトの口へ。アギトはパクとセレンの飴を食べた。
「もぐ、これは何の遊びだ? セレンティーナ」
「おいし?」
「? 悔しいがミルク味は一番好きな味だな」
セレンは
「じゃあ明日来る。飴の恩返し……アギトもできる。鶴に負けちゃダメ」
アギトはポカンとなる……やがて「ぷっ」と笑いを
「置き物と思いきや、とんだネゴシエーターさまだ」
アギトは込み上げる笑いが止まらない。夏樹に向けて右手を上げる。
「飴一個が高くついた」
そう言って、アギトは屋上を去った。
その晩──自室のベッドで
屋上での夏樹たちの話を、大和は盗聴器を介して聞いてしまう。
見えざる第三者──デストブルムの暴走──二番隊の不可解な行動──
それらの可能性については以前に大和も考えた。しかし、『自身の被害妄想』『みんな大好き陰謀論』『もう終わってしまった事』と、真相に近付くのを止めた。
──
あの日、三番隊隊長の大和も戦場にいた。皆を生かすため、緑は単独で
しかし大和はそれを止めず、残存部隊の撤退に取りかかった。
〔神無木緑の仲間たち〕──彼らを信じたからこそ、その選択を取れたと言えた。
*****
集音スピーカーから、あらゆる音がごちゃ混ぜになって入ってくる。
爆発音と砲声──マリス共の
防護服姿の
『
上半身が大きく
『月下さん! 月下さん! くっそぉおおおぉおぉ!』
『どけえぇえええええええ!
返り血で真っ黒になった
日向の銃も、月下の足も、葵の牙も……
「おい……やめろ」
緑の疾風が
「やめろと言ってるんだっ」
そして、
「っ!?!?」────緑の疾風は
他にも次々とマリスが押し寄せた。潰された緑の肉に
中の一匹についた赤い血……その光景が、
『全軍撤退! ポイントA6まで後退しろ!』
大和の疾風が、右肩から大型
『七先輩!?』
『口答えは許さん! フォーメーション・ストライカー! 直近の三機と臨時編隊!
この日、七扇大和の指揮する残存部隊──計三五機──は、無事に戦線を離脱。
一人も欠けることなく全員が生還。
そして、次の日……大和は機兵部を辞めた──
*****
「
神無木
何よりもあの笑顔が
《困ったよ~ヤマえも~ん》
《ヤマえもんって誰ですか。そんな名前の人は知りません。というか、元ネタ知ってるとか、あれ何十年前だよ?》
《え? なんでも願いを
大和はその顔を
「あのアホを
緑は
頭の回転は普通。指揮能力テストもD判定。戦騎装の操縦技術も万年最下位を突っ走っていた。そんな劣等生の緑が機兵部に配属された理由、それは──
「
機兵部の運用には〔ヘキサの研究〕も絡んでいる。その情報の開示・提供は、義塾側と日本政府の間で明文化され、締結されたものだ。
「おかげでもう……あの日々は二度と戻ってこない」
《大和くん、お似合いだね! 似合ってるよ警備服。ヒューヒュー!》
《そうかぁ? 警備のバイト小僧にしか見えないんだが……って! 神無木さん。なんでしょうか。その
《ふふん。
《襲いませんー!『緑色のビキニとか安直すぎだろ』とか思っただけですぅー!
《うわー……ヤマえもん、思ってることダダ漏れ。さすがの私も引いちゃう》
《って言う冗談でしたよごめんなさいね! で……まぁ、あれだ。なんで
《え? だってヤマえもん、強いでしょ? ほら、前非戦闘科の怖い子たちにトイレで襲われそうになった時、一瞬で助けてくれたじゃない。超びっくりしたんだから》
《……ビビって振った一発が、運よく当たっただけだ。もしもあの時、あの場所にいけるなら、
《ひどーい! それでもし、私に赤ちゃん出来ちゃったら
《そういう生々しい表現はやめてくださいお願いしますごめんなさい》
大和は勢いよくベッドから起き上がる。その
一年近く
──
大和は憎む。
ここは対マリス用の
夢・自由・人権・未来──そんな絵に描いた餅で
故に大和は
「氷室義塾は、必ず俺が
着信音が鳴る。あまりにタイミングが良かったので、大和は気分を壊された。
頭をぼりぼり
「はい、もしもし」
『あ、これは、七扇大和くんの携帯電話であってるかな?』
それは、現在、最も注意をしている人物からの電話だった。
翌日──一五時五五分。場所は第一会議室となる。
大和は舌を巻く。その顔触れは〔
──よくもまぁ、これだけ集めたもんだ。
現機兵部の中核を担う、新生五番隊──
古参メンバーとして、今も
機体整備から、違法改造まで何でもござれのスーパーメカニック──
そして、規格外十番【テンナンバー】の二つ名を冠する天才たちだ。
一人軍隊──
戦略兵器レベルの戦術指揮官──
IQ一九〇の作戦立案家──
百発百中のガンナー──
そして、もう一人。
──あいつはこういうの、絶対にこないと思ったんだがな。
腕を組んで静かに目を閉じる美女──黒のタンクトップに作業ズボン。左目を前髪で隠す。手袋を
最速のランナー──
新旧のオールスター勢ぞろいといったところだろう。
その中に、ちゃっかりと呼ばれている自分……大和は内心で、鼻高々だった。
──そして、この
大和は隣の
「あのぉ
、これって大事な会議なんでぇ、部外者は出てってもらえます?」
──おぃいいいいいいいいいぃいいぃっ!?!?!?
大和は心中で絶叫した。その目をまん丸に
──思い出せ! お前ら三人がバカみたいに突出した時、
場が一気にざわつく。口々に言いだされたのは『この人誰?』的なコメントばかりだった。大和は自分の影の薄さを再確認する
「も
。
──おい、IQ一九〇の設定どうした天才少女。
「いや
──『昇格試験……受かるといいな』って思った時の俺の気持ち返せよ。
「よっし自己紹介。私、
──あれぇ~おかしいな。
「すまん! 資料の作成に手間取って──」
前方の引き戸から
人数を確認するように夏樹が目を配る。そんな夏樹の視線と大和の視線がぶつかった。
「昨日は突然すまなかった! 来てくれて助かるよ。
大和の胸中に光が広がった。