Ⅲ 招集と勇者



 生徒総会の晩──自室のPC机の前に大和が座る。額に手を当て、考え事をしていた。その眼光は鋭い光を帯びる……大和はいらっていた。

《勝ちを決めるのも負けを決めるのも! 最後は自分の心一つだ!》

 昼間の夏樹の演説──あれが大和の神経をさかでしていた。

「どうにもならないことが幅を利かせているから現実なんだろうが……」

 志や努力など、個人の力ではどうにもできない事は幾らでもある。

 自分たちヘキサなどは、その最たる例だ。

 ヘキサの刻印が発症すれば、指定保管領への出頭が命じられる。

 ここに個人の意思は介在しない。家柄や身分ははくだつされ、人以下の生き物として一生を終えることになる。昨日までの生活を失い、保管領の暮らしを強いられるのだ。

 本土の保管領など刑務所と変わらない。

 朝のてん。決められた時間での食事。定められた時間の就労。幼年ヘキサの場合は最低限の勉学。そして定められた時間分の自由時間──それが死ぬまでだ。

 就労によるわずかばかりの給金で、菓子などのこうひんを買うくらいしか楽しみがない。

 家族と会うのだって容易ではない。月に何回、日に何分と面会時間が定められている。

 未来の見えない人生に絶望し、自ら命を絶つ者も少なくないという。

 大和やまとたちの住む、この第弐富士が特別なのだ。

 しかし、それでも日本はまだマシな方なのである。保管料の整備まで手の回らない国は、ヘキサを家畜同然に扱っている。軍事備品として、生きたヘキサをマリスのに使う国だって存在するのだ。これに当てはまらないのは、ヘキサのはいせきを唱えない穏健派の国だけである。しかし、それも数えるくらいしか存在しない。

 大和のけんしわが走る。

 ──軍事利用という点で考えれば、このむろじゆくだって同じだ。

 第弐富士内における、ヘキサのもろもろの権利は【マリスとの闘争】が前提にある。

 ──才能開花で戦闘に特化したヘキサを戦闘用に調練し、対マリス用の戦闘員にする。選別からあぶれた才能の無い者は、マリスをおびせる撒き餌として学園で飼っておく。自由だ、人権だなどと、小気味良い言葉をまぶしておれたちを欺いているに過ぎない。

 大和は、氷室義塾が掲げる【ヘキサの人権ようりつ】を否定する。

 確かに第弐富士にいるヘキサは普通の人のように暮らせる。ヘキサの家族も住まう事が許されている。しかし、ヘキサが一生、かごの鳥であることに変わりはない。違いは保管領鳥籠の中が住みやすいかどうかだけだ。大和はこれを自由とは認めない。

 ──ヘキサの人権など、ただの欺瞞だ……しかし、それでもこんな学園を信じ、来もしない未来に目を輝かせ、自分たちの夢に殉じていった者もいたのだっ。

《ヤマえも~ん! 何とかしてぇ!》

《裏方は骨折り損……家を建てるなら誰かが土台にならないと、ね》

 初代部長・かんみどりと、亡き戦友・そうじようが、大和の脳裏によみがえる。

「ヘキサが安心して暮らせる場所を作るといった神無木、あいつの夢を陰から支えるといった双条……無い餌をぶら下げて、走らせ続けたオチがマリスの餌だ」

 大和はくちびるみ締める……そのこぶしは固く握られていた。

「餌、餌、餌……ヘキサは結局、どこまでいってもでしかない。ヘキサ俺らい物にするやつらがいる限り、こんな事はいつまでも続く──」

 大和の目は、ドス黒いえんの光を宿していた。

「氷室義塾は……絶対にあってはならないんだよ」



 翌日八時──戦闘科校舎。

 制服姿のなつが廊下を歩いていた。そのすそを摘んでセレンもついていく。数歩離れたところにだいやまたけ・オルソンも随伴していた。またあおいの姿も見える。

「え、エイルン先輩!? お! おはようございます!」

「うそ!」「え? どこどこどこ!?」「せ、先輩おはようございますっ!」

 夏樹を見かける度に、生徒たちがあいさつをする。皆、恐縮した様子だった。

「ああ、おはよう」

 なつはちゃんと一人一人にあいさつを返す。一緒にいるだいは、自分の事のようで気分が良い。片や、あおいはと言うと……どこかしゆんじゆんしている様子だった。

「隊長、ここまで来てアレだけど……私、あいつを迎え入れるのはどうかと思います」

 生徒総会も早々に、夏樹は次の案件に着手していた。

「明日の話し合いには是非、睦見アギトくんにも出てもらいたいんだ」

 むつアギト──規格外十番テンナンバーの【悪魔の六デーモン・シツクス】と恐れられる男子生徒のことである。夏樹は歩きながらやまたけに聞いた。

とう。彼の参入は機兵部のプラスになると思うか?」

「まぁそりゃ、戦力的な意味合いなら。部長がもう一人、やってくるようなもんなんで」

 大地がアピールするように割って入る。

「睦見さんっ、分類は無変化分類ノンギフトなんすけど! 操縦技術に関しては間違いなくいちとタメ張ってると思いますっ!」

「ハぁ!? 私の方が上に決まってんだろ! 証拠にアイツ、鬼灯ほおずき乗れませんでしたーっ!」

「部長、言い方がそれ子供ね。でもアギト、戦うといつもぶっ殺しゲームよ」

 ムキになる葵と、感想を付け加えるオルソン。

 二人のコメントに「反対する理由はないな」と、夏樹は笑った。

おれの方でも、彼の戦闘映像は見させてもらった。一ノ瀬とは全くタイプの違った天才だ。塾長が島外ほうちくにしなかった理由もうなずける」

 六人は昇降口の階段を上って行く。屋上のドアは鍵が壊されていた。

 夏樹はくすりと笑ってドアを押し開ける。

 屋上に出る六人──まだ朝なのに日差しは強かった。吹きっさらしの足場は汚れで真っ黒だ。コンクリートのすきからは雑草が伸びている。

 夏樹の視界の端で何かが動く。夏樹は首を上げた。昇降口から人の足が垂れていた。

「睦見、アギトくんだね?」

 夏樹が足に向かって声をかける。すると寝そべっていた人物が身体からだを起こした。その人物は六人の前に跳び下りてくる。

 長髪の美少年──背は夏樹よりも高い。ワイシャツのボタンを外し、胸元をはだけさせている。形の整った口元は笑みを作っていた。

「知ってて聞くなよ。むろ夏樹くん」

 小馬鹿にしたような態度だ。でも夏樹はそんなこと気にも留めない。それよりもアギトの身体からだ付きに関心がいく。

 ──すごいな。

 夏樹には一目で分かる──アギトの身体は恐ろしいまでに絞り込まれていた

 一見、スラっとしているが、中身は凝縮した筋肉の塊である。また身体の軸がブレていない。武術に精通していることも夏樹にはうかがえた。

むつさん、久しぶりっす」

 だいが恐縮して頭を下げる。オルソン・やまたけも遅れてしやくした。

 三人の様子を見て、なつは少し気を引き締めた。

「率直に言おう。機兵部に戻ってきてくれ、睦見。君の力が必要だ」

 アギトは顔色を変えない。自分のあごに右手を添えた。

おれもあんたには興味があったんだ。その返事は、おしやべりの後でもいいか?」

「? ああ、もちろんだ」

 アギトは背中をほぐすように胸を張る。そのまま昇降口の壁に背を預けた。

「あんたって何のために戦ってるんだ?」

 夏樹は一瞬、動揺する。少し間を空けてからこたえた。

「……力が無くて泣く、理不尽に奪われて泣く、そんな人たちの涙を一粒でも多く止めるために俺は軍人になった」

 それを聞いたあおいは「隊長ぉ」と、手を胸の前で組んだ。アギトは「なるほど」とつぶやく。

「共感は出来ないが、面白いとは思う……でも、響かないな

「じゃあ俺にも質問させてくれ、睦見。君が戦う理由はなんだ?」

 夏樹が聞く。返答はすぐアギトの口から出た。

「男が戦うなんて、れた女のため以外にあるのか?」

 夏樹が声を無くす。葵の顔が固まった。大地が顔を赤らめる。オルソン・山武が「何言ってんだこのイケメン?」みたいな顔になった。セレンは一瞬何かを考える。とくしんいったように「ふんふん」とうなずいた。

「それ以外の理由なんてのは、みんな後付けで、こじつけだ

 夏樹は何度もまばたきをする。夏樹の中のイメージとだいぶ違う……驚きを隠せなかった。

 夏樹はわざとらしくせきばらいをする。

「な、なるほど。確かに。素晴らしい理由だと思う、同じ男としてうらやましい部分もある」

「だろう? それでだむろ。もしもしばらく見ない間に、惚れていた女が他の男になびいてるとしたら、アンタどう思う? 面白くないと思わないか?」

 そう言ってアギトは葵を見る。他の者の視線も葵に集まった。

「は、はぁああ!?

 葵が顔を真っ赤にする。夏樹は神妙な顔になった。

 ──惚れた女?

 夏樹の疑惑のまなしが、真っ赤な葵をとらえる。その視線をそのまま横の大地に向けた。

 やがて夏樹はハッとなる。合点がいき、葵の耳元に口を近付けた。

 葵はほおを紅潮させて「え? え?」と、少女のろうばいを見せる。

「すまんいち。俺はこっち方面はどうも疎いらしくて……もしかして君とぬまは、そ、その……良い仲なのか?」

 夏樹が小さな声で聞く。途端に葵のまゆがつりあがった。

 あおいのバキバキに割れた腹筋がねじられる。上体のひねりにあわせたてつけんが振り抜かれた。

「ごっふ!」────なつ身体からだがくの字に曲がる。

 夏樹は腹を押さえてもんぜつした。

「い、いち……何を」

 葵は腕を組んで「ふん!」と、そっぽ向く。

「そうたいちょー」「いつか刺されますよ?」「コレ、女のこぶしじゃねぇよ」

 オルソン・やまたけだいの順で声がかけられる。

むつ! ふざけてないでちゃんとこたえな! 私、アンタのそういう所が嫌いなんだよ!」

 葵ががなり立てる。アギトは肩をすくめた。

「一応、おれの方が先輩なんだけどな……それに少しくらい勘違いしてくれてもいいだろ。つまらない女だ。まぁ、胸がデカイ女はタイプじゃないかられられても困る訳だが」

「……ホンット、イラつく」

 葵の目がわる。アギトがその顔を見て笑みを深くした。夏樹が間に入る。

「一ノ瀬! それに睦見も! 俺たちはケンカをしに来たんじゃない。睦見。もし、この場で決めかねるなら、明日、一六時から第一会議室で話し合いがある。君にもそれに出てもらいたいんだ。それを聞いてから考えてもらうと言うのはダメか?」

 聞かれてアギトは視線を移す……葵、それから大地たちへ。視線を戻して夏樹に言った。

「俺は同僚を四人殺してる。一人は遺体が見つからず、行方不明MIA扱いだがな。そんな危険人物を仲間に迎え入れようなんて、おめでたいやつの下にく気はない」

 アギトの顔色は変わらない。でも完全に空気が変化していた。危険地帯に足を踏み入れたような緊張が全員に走る。

 夏樹は一度、息を吐く。それから部下たちの方を向いた。

「これから話すのは、あくまでココだけの話だ。一切の他言は禁止とする」

 そうくぎを刺し、夏樹はアギトに向き直った。

九重ここのえに手伝ってもらい、俺は君に関する事件時のレポートや、当時の記録を片っ端から追わせてもらった……そしてある可能性に辿たどりついたんだ」

 アギトは壁から背を離す。

「あの事故……デストブルムの暴走は第三者の悪意によって、意図的に引き起こされた可能性がある」

 夏樹の切り出しに、セレンが勢いよく面を上げた。

 葵が「どういう事?」と夏樹に聞く。

「あの事故の主原因はDBシステムに敵味方の識別機能がついていなかったからではない。それに加えて、デストブルムの〔痛覚リンク〕をせいかい側が認知していなかった事にある……九重やようが知っていれば、あんな事故は絶対に起こらなかったはずなんだ」

 大地たちがげんそうに顔を見合わせる。

 セレンも息をんだ。夏樹の話を静聴する。

「この学園に来たばかりのころおれ氷室義塾ここが日本の最重要拠点だと聞いて耳を疑った。勝敗を左右するセレンを使いつぶすような扱いがまかり通り、精神の未熟な子供が職業軍人を押し退けて戦場をかつする……かんらくしなかった事が逆に不思議なくらいだった」

 だいが「すんません」と、肩を落とす。

「でも、この惨状には裏があった……すべてはデストブルムの暴走事故、あれが起点になっている。調べてみたら、未知な部分の多いデストブルムに、ただの子供でしかなかったセレンを、ぶっつけ本番で戦場に送り出したというじゃないか……。実戦配備までの段取りがまるでメチャククチャだ」

 なつわずかないらちを面に出した。

「極めつけは前回の遠征話とロイヤルガードさ。ヘキサを狙うなぞの部隊の襲撃に続き、救援にきたロイヤルガードの手落ちのせいで、デストブルムの接収に、学園の存続まで危ぶまれた……何者かがむろじゆくに悪意を持って介入しようとしているのは間違いないだろう。だからデストブルムの暴走事故も、第三者によって引き起こされたと俺は考えた」

 夏樹は自分でも情報を整理するように、一つ一つ説明する。

「デストブルムの初陣となったあの日、デストブルムの自律戦闘モードは最初から発動していたわけではなかった。しかし、一七五六。デストブルムがルーク二匹・ポーン七匹に同時にまれる事でDBシステムは発動する」

 セレンはその時の状況、その時の痛みを想起していた。

 大雨が降っていたあの日──マリスに囲まれ、どうすればいいか分からないうちに体中に激痛が走ったのだ。

 セレンの身体からだに震えが来る。夏樹はそんなセレンの手を握った。

「第三者の目的が、実態の知らされていなかった【DBシステムの発動】に定められていたとする……そこへ誘導するために状況を整理する必要があった。なにせデストブルムには二個中隊規模の護衛がついていたからね……でもそれは、ヘキサのぎやく体質を用いれば充分に崩す事ができただろう」

「……まさか」

 あおいや大地たちの中で、一人の少年が思い起こされる。

「大隊全体のカバーをする援護機動中隊【二番隊】……つまりそうじよう君の隊ならば疑われること無く、ある程度は自由に戦場を立ち回る事が出来たはずだ。現にその日、彼直属の三小隊はひんぱんに、戦線ギリギリで上下動を繰り返していたんだ……まるでマリスとの乱戦に味方全体を引きずり込むかのようにね」

 大地たちに強い悪寒が走る。まるで巨大なてのひらの上で、踊らされているような錯覚を覚えた。そしてそれは葵も感じていた。

「現場映像は残っておらず、君が殺したという三人も、自首という形で事後、学園側が君自身から知らされたものだ。しかし、目撃者の中には〔双条くんとその三人が激しく交戦する姿を見た〕と言う者が何人もいたんだ……これはかん部長が死ぬ間際の話だ」

 アギトは一瞬だけ、その目を細くした。

 話すなつは、そのわずかな反応に気付く。

「……そうじよう君は部員からの信頼も厚かったと聞く。不可解な点は多い……しかし彼と、君が殺したという三名は、経歴に虚偽が記されていたんだ。生まれも家族構成もすべてたらで、彼らの出自はむろざいばつが調査しても足取りがつかめなかった。これらの背景と、君の自首に対する裏付けが取れなかった点が、君の処分が軽微になった理由さ」

 夏樹はアギトをえる。アギトはその視線から目をらさなかった。

「よっておれはこう考えた……悪意ある第三者の野望に気付いた誰かは、味方への被害拡大を止めるべく、単身で『スパイの処断』に踏み出したんじゃないかって」

 アギトはくすりと笑う……話は終わりだとでも言うように右手をひらひら振った。

「見かけに寄らず、妄想が豊かだ。推理小説でも書いて投稿してみるといい」

 行こうとしたアギトの前にセレンが来る。セレンはいそいそとポケットからあめだまを出す。

 包み紙を外して、飴玉をアギトの口へ。アギトはパクとセレンの飴を食べた。

「もぐ、これは何の遊びだ? セレンティーナ」

「おいし?」

「? 悔しいがミルク味は一番好きな味だな」

 セレンはおびえた様子を見せない。それと言うのも、ちょくちょくアギトはセレンにちょっかいを出してくる間柄だからだ。セレンは言った。

「じゃあ明日来る。飴の恩返し……アギトもできる。鶴に負けちゃダメ」

 アギトはポカンとなる……やがて「ぷっ」と笑いをこらえた。セレンの頭に手を乗せる。

「置き物と思いきや、とんだネゴシエーターさまだ」

 アギトは込み上げる笑いが止まらない。夏樹に向けて右手を上げる。

「飴一個が高くついた」

 そう言って、アギトは屋上を去った。



 その晩──自室のベッドで大和やまとは寝転ぶ。蛍光灯の光をぼんやりと眺めていた。

 屋上での夏樹たちの話を、大和は盗聴器を介して聞いてしまう。

 見えざる第三者──デストブルムの暴走──二番隊の不可解な行動──

 それらの可能性については以前に大和も考えた。しかし、『自身の被害妄想』『みんな大好き陰謀論』『もう終わってしまった事』と、真相に近付くのを止めた。

 いや……躊躇った、というのが正解かもしれない。死んだ仲間を疑いたくはなかった。

 ──かんみどりは……絶対に死んでいい女ではなかった。

 あの日、三番隊隊長の大和も戦場にいた。皆を生かすため、緑は単独でようどうを開始する。

 しかし大和はそれを止めず、残存部隊の撤退に取りかかった。

〔神無木緑の仲間たち〕──彼らを信じたからこそ、その選択を取れたと言えた。

 あかね。まだ生き残っていたあおいげつ日向ひなた……あの規格外の天才たちなら不可能も可能にしてくれると信じて。しかし──


    *****


 集音スピーカーから、あらゆる音がごちゃ混ぜになって入ってくる。

 爆発音と砲声──マリス共のたけび──仲間たちの泣き叫ぶ声──

 防護服姿の大和やまとは前後を失っていた。コックピットモニターの映像にくぎ付けになる。

くも隊長! 返事してください! 八雲隊長ぉ!』

 上半身が大きくくぼんだがんりゆう・改が横たわる──それは日向の機体だった。

『月下さん! 月下さん! くっそぉおおおぉおぉ!』

 だいしつぷうが走る。手には半壊したコックピットブロックを抱えていた──それは月下の疾風の物だった。

『どけえぇえええええええ! みどりねぇ! 緑ねぇ──っ!』

 返り血で真っ黒になった鬼灯ほおずきが滑走する。二刀でマリス共をぎ払って、緑の下へ向かう──葵の叫び声がむことは無かった。

 日向の銃も、月下の足も、葵の牙も……かん緑に届いてはくれなかった。

「おい……やめろ」

 緑の疾風があおけに倒れる。緑機は片足を失い、首も飛ばされていた。

「やめろと言ってるんだっ」

 そして、せんそうよりも大きな獣人ルークが、飛び掛かり──


「っ!?!?────緑の疾風はつぶされる。


 他にも次々とマリスが押し寄せた。潰された緑の肉にあやかろうとして。

 中の一匹についた赤い血……その光景が、ななおうぎ大和を突き動かした。

『全軍撤退! ポイントA6まで後退しろ!』

 大和の疾風が、右肩から大型とつざんとう【カネサダ】を抜いた。

『七先輩!?

『口答えは許さん! フォーメーション・ストライカー! 直近の三機と臨時編隊! そうじよう中隊の隊員をなるべくリーダーに置け! 援護に向かおうとするやつおれがこの場で撃ち殺す! 生きたければ俺に続け! 道は作る!』

 この日、七扇大和の指揮する残存部隊──計三五機──は、無事に戦線を離脱。

 一人も欠けることなく全員が生還。

 そして、次の日……大和は機兵部を辞めた──


    *****


かん……」

 神無木みどりは魅力的な女性だった。いろの長い髪。気を緩ませてしまう独特の雰囲気。

 何よりもあの笑顔が大和やまとは苦手だった。


《困ったよ~ヤマえも~ん》

《ヤマえもんって誰ですか。そんな名前の人は知りません。というか、元ネタ知ってるとか、あれ何十年前だよ?》

《え? なんでも願いをかなえてくれる青いたぬきロボットでしょ? 私も欲しいなー、飛鳥あすかちゃん作ってくれないかなー》


 大和はその顔をぜんとさせる。

「あのアホをせんそうに乗せるメリットなんて……毛ほども無かったはずだ」

 緑は無変化分類ノンギフトだった……他人より秀でていたのは人望だけである。

 頭の回転は普通。指揮能力テストもD判定。戦騎装の操縦技術も万年最下位を突っ走っていた。そんな劣等生の緑が機兵部に配属された理由、それは──

むろじゆくはあいつを……モルモットにしやがった」

 機兵部の運用には〔ヘキサの研究〕も絡んでいる。その情報の開示・提供は、義塾側と日本政府の間で明文化され、締結されたものだ。

 無変化分類ノンギフトについては解明されてない部分が多い。その研究の一環で適正皆無にもかかわらず、緑は機兵部へと配属された……彼女の死はヘキサ研究がもたらした、必然だったと大和は結論付けている。大和の口元が強くゆがんだ。

「おかげでもう……あの日々は二度と戻ってこない」


《大和くん、お似合いだね! 似合ってるよ警備服。ヒューヒュー!》

《そうかぁ? 警備のバイト小僧にしか見えないんだが……って! 神無木さん。なんでしょうか。そのかつこう?》

《ふふん。可愛かわいい? ムラムラしちゃった? いやーん。襲われちゃうー!》

《襲いませんー!『緑色のビキニとか安直すぎだろ』とか思っただけですぅー! こぼれそうなオッパイとか、『あ、乳首浮かないの?』とか、別に思ってませんーっ!》

《うわー……ヤマえもん、思ってることダダ漏れ。さすがの私も引いちゃう》

《って言う冗談でしたよごめんなさいね! で……まぁ、あれだ。なんでおれが警備員なんだよ。確かに展覧会ってアイデアソースは俺だったが、人選とかあるだろもっと》

《え? だってヤマえもん、強いでしょ? ほら、前非戦闘科の怖い子たちにトイレで襲われそうになった時、一瞬で助けてくれたじゃない。超びっくりしたんだから》

《……ビビって振った一発が、運よく当たっただけだ。もしもあの時、あの場所にいけるなら、おれはあんな危ないをした自分を説教をしたい》

《ひどーい! それでもし、私に赤ちゃん出来ちゃったら大和やまとくん、責任とってくれた? 自分の子供じゃなくても、私と望まれなかった子供にまで、愛を注いでくれた?》

《そういう生々しい表現はやめてくださいお願いしますごめんなさい》


 大和は勢いよくベッドから起き上がる。そのくちびるみ締めた。

 一年近くっても、彼女と過ごした記憶は抜け落ちない。思い返す度に憎悪のガソリンが注がれていく。

 ──むろじゆくは……在ってはならない

 大和は憎む。まんにみちた、この学園。ヘキサを食い物にする氷室義塾を。

 ここは対マリス用のせんぺいを生み出すプラットホームだ。

 夢・自由・人権・未来──そんな絵に描いた餅でだまし、死ぬまで子供たちをマリスと戦わせる。人間が自分たちを上位存在だと思う以上、人とヘキサは決してあいれない。

 かんみどりの死が、その真実を自分に教えてくれた。

 故に大和はふくしゆうの誓いを立てた……緑が死んだあの日に。


「氷室義塾は、必ず俺がつぶす」────ななおうぎ大和はふくしゆうしやになったのだ。


 着信音が鳴る。あまりにタイミングが良かったので、大和は気分を壊された。

 頭をぼりぼりいて電話を取る。知らない番号からの着信だった。

「はい、もしもし」

『あ、これは、七扇大和くんの携帯電話であってるかな?』

 それは、現在、最も注意をしている人物からの電話だった。



 翌日──一五時五五分。場所は第一会議室となる。

 大和は舌を巻く。その顔触れは〔そうそうたる〕という言葉しか思い付かない。少年少女たちが縦長の会議円卓に座る。戦闘科では、知らぬ者がいない実力者たちだった。

 ──よくもまぁ、これだけ集めたもんだ。

 現機兵部の中核を担う、新生五番隊──だい・オルソン・やまたけのスター小隊。

 古参メンバーとして、今もせいかいを支え続ける敏腕オペレーター──なかえいろう

 機体整備から、違法改造まで何でもござれのスーパーメカニック──たちばなじゆう

 そして、規格外十番【テンナンバー】の二つ名を冠する天才たちだ。

 一人軍隊──炎の一フレイム・ワンいちあおい

 戦略兵器レベルの戦術指揮官──氷の九アイス・ナイン九重ここのえ

 IQ一九〇の作戦立案家──妖精の三フエアリー・スリーようあかね

 百発百中のガンナー──閃光の八ライトニング・エイトくも日向ひなた

 絶対領域アンタツチヤブル──悪魔の六デーモン・シツクスむつアギト。

 そして、もう一人。

 ──あいつはこういうの、絶対にこないと思ったんだがな。

 大和やまとは視線を円卓の端に向けた。

 腕を組んで静かに目を閉じる美女──黒のタンクトップに作業ズボン。左目を前髪で隠す。手袋をめた左手は、鋼鉄の義手となっている。

 最速のランナー──神馬の五スレイプニル・フアイブいつはしげつだ。

 新旧のオールスター勢ぞろいといったところだろう。

 その中に、ちゃっかりと呼ばれている自分……大和は内心で、鼻高々だった。

 ──そして、このおれ。テンナンバー中、空席の七番に最も近いと言われた男。かつての機兵部の献身すぎる踏み台、もとい土台となった……困った時のヤマえもんこと──

 大和は隣のやまたけに腕を突つかれる。大和はドキッとなる。首を横に向けた。

「あのぉ、これって大事な会議なんでぇ、部外者は出てってもらえます?」

 ──おぃいいいいいいいいいぃいいぃっ!?!?!?

 大和は心中で絶叫した。その目をまん丸にひろげる。

 ──思い出せ! お前ら三人がバカみたいに突出した時、からともなくコンテナ飛ばしてくれたなぞのヒーローがいただろう? あとほら! 奇跡の撤退戦の臨時指揮官! あそこで頑張ってたのも俺だ! というか、毎月、領収書の整理も俺がやってたんだよ? 影薄かったかもしれないけど、機兵部の公式しよさんって俺! あと俺も一応、隊長さん!

 場が一気にざわつく。口々に言いだされたのは『この人誰?』的なコメントばかりだった。大和は自分の影の薄さを再確認するおもいだった。

「もぬま先輩、部外者つれてこないでくださいよぉ」

 ──おい、IQ一九〇の設定どうした天才少女。

「いやお嬢、俺じゃねぇんだけど……てっきりせいかいの関係者かなって」

 ──『昇格試験……受かるといいな』って思った時の俺の気持ち返せよ。

「よっし自己紹介。私、いちあおいね。で、アンタだれ?」

 ──あれぇ~おかしいな。かん関係で、君とは一番ニアミスしてるはずなんだけど。そういえば君、神無木のことしか見てなかったもんね! けっ!

「すまん! 資料の作成に手間取って──」

 前方の引き戸からなつが入ってくる。隣にはセレンもいた。

 人数を確認するように夏樹が目を配る。そんな夏樹の視線と大和の視線がぶつかった。

「昨日は突然すまなかった! 来てくれて助かるよ。ななおうぎ大和くん」

 大和の胸中に光が広がった。