Ⅱ 勇者の激励



 翌朝──戦闘科校舎をなつが歩く。夏樹は申し訳なさそうな顔で謝っていた。

九重ここのえすまない、昨日は……日本の警官が勤勉だなんて思わなくてさ」

 昨日の公園の一件──暴れ出した夏樹を、警官二名で取り押さえるなど出来るはずもなく……応援が応援を呼び、ついには機動隊が出動する大事件になってしまった。

 そんな両者の間に入ったのが、セレンに救援を求められた紫貴だった。

 せいかいちようの紫貴を知らぬ大人は、この島にはいない。紫貴が事情を説明すると、警察は渋々と退散していった。夏樹は気恥ずかしさを隠せない。

「君が来てくれなかったら、危うく流血騒ぎになるところだったよ」

 ひるがえって紫貴は、完全にとうふうだった。

 長い黒髪に紺色の士官服姿。セレン程ではないが、大きなバスト。

 紫貴は目をとろんとさせていた。

 ──あー……妊娠してぇ。

 紫貴の頭の中は、朝からピンク色だった。

 ──かっこいいエイルン。エイルン結婚しよ。この場で押し倒されてもOKしちゃう。というより、むしろ押し倒しなさいよ。私、今日、危険日だから。

 長いまつ毛、整ったくちびるしいまゆ、汚れを知らないひとみ──は、めまわすようになつの一パーツ、一パーツをその目に焼き付ける。

 ──罪なエイルン。好き、愛してる、私の嫁。あぁ、貴方あなたの子供が欲しい。四人までなら頑張る。それ以上は相談で……一緒に白い家を買いに行きましょう。

 紫貴は完全にトリップしていた。ほおを紅潮させ、無意識に小指の先をんだ。

「こ、九重ここのえ?」

 夏樹は熱でもあるのかと心配を始める。

 九重紫貴はアニメオタクでエイルン=バザットの大ファンなのだ。

 そして……生徒の中では唯一、夏樹の正体に気付いている。

 超人的な身体能力──実在する声優【いしあき】と合致したせいもん──驚異の回復能力等──様々な状況証拠から、彼の正体に辿たどり着く。そして重度のこいわずらいに陥った。

 紫貴は絶対にこの秘密をしやべらない。自分だけの情報として大事に持っておくつもりだ。

 その理由はというと。

 ──私のモノになってくれないなら、この秘密をネタに脅しちゃうんだから。身体からだだけでも貴方をつなぎとめる……絶対、逃さない。

 と、ひどく自己中心的な思惑からだ。そんな二人の前方から、セレンとあかねがやってくる。

 廊下の途中、途中で、セレンは声をかけられていた。

「特務! 一昨日おとといはお疲れ!」

「ナイス爆撃! あれ助かっちゃったよ!」

 茜の背に隠れてセレンは戸惑う。夏樹はその様子を見て、そうごうを崩した。

 ──本当に……良かった。

 前回の闘い以降、セレンの学園問題はほぼ終結に向かっていた。もう理不尽にいじめられる事もない。セレンは元気に学校に通い出している。

 夏樹はそれを誰よりもうれしく思っていた。そして、セレンも夏樹たちに気付く。小走りで二人の下にやってきた。セレンは紫貴と手を繫ぐ。それから夏樹の制服のすそを摘んだ。

「おはようセレン」

 妄想から現実に帰ってきた紫貴が優しく言う。セレンは無表情のままうなずいた。

「いたいたむろさん! 言われていた改正の準備が整いましたよ!」

 茜も夏樹を見かけるや、右手を上げた。夏樹は「もうか!」と声のトーンを上げる。

「ハイ! 今、なか先輩が条文の修正に入ってます!」

「ありがとう。さすがようだ」

 茜がやってくると夏樹はその頭をでた。茜は「や、やめてください!」と照れる。

 それを見たセレンは眉を斜めにした。

「むぅ!」──茜を撫でる夏樹の手を押しのける。

「ちょ! 痛っ! 特務!?

 セレンはそれから茜の頭をポカポカたたく。慌てて夏樹が、セレンの両脇を抱えて持ち上げた。飼い猫よろしく、セレンはすぐに大人しくなる。

 すると今度は、階段からあおいの声が上がった。

「あ、いた! 隊長──っ!」

 セレンは声を聞くや、なつの手の中でじたばた暴れ出した。夏樹が手を離す。

 セレンはトテトテと葵に向かった。やってきた葵はそんなセレンを胸に納める。セレンの頭をでながら言った。

「最近、隊長、全然機兵部に来てくれないじゃん! なんかせいかいとばっか!」

 葵の文句に夏樹は頭をく。その隣でが長い髪を払った。得意げな顔になる。

むろくんは今、重要な案件で生途会にご足労頂いています。むしろ彼の技能を加味するなら、生途会への移籍を考えてもらいたいくらいです。あんまり氷室くんを困らせないで」

 葵が「なぁ!」と声を上げる。あかねは「いいですねソレ!」と喜んだ。

「あのさぁ。隊長は私たち機兵部の総隊長で、仕方なくそっちに貸してやってるんだから……おかしな事言ってると、もう貸してやらないぞ?」

 葵は口元を引きつらせる。紫貴も大人げなく、カチンとなった。

「……私の権限で、〔副会長〕というポストを新設して、氷室くんに納まって頂いても構わないのよ?」

 ──氷室さん、やっぱモテモテだなー。

 女の修羅場なんてものを茜は初めて見る。一方、夏樹は何かを考えていた。

「そういうことならいち。今週は多分無理だから……来週からでいいんだが、おれ戦騎装の操縦を教えてくれないか?」

「え? だって隊長にはエルフィーナがあるじゃん」

 葵が面食らう。夏樹は苦いコーヒーを飲んだような顔になる。

「もし今後、機兵部にたくさん新入部員が入ってきたとして……仮にも総隊長の肩書きを持つ男が、せんそうに乗れなかったら君はどう思う?」

 葵は「あ~」と納得する。うれしそうに胸をたたいた。

「そういう事ならまっかせて! やるからにはビシバシいくから!」

 夏樹は「ありがとう」と笑う。

 紫貴はしつを抑えられず、ギチギチと歯をみ鳴らしていた。


 そんな一部始終を、廊下の陰で監視する大和やまと──胸中は動揺を禁じえなかった。

「ラ、ラノベ主人公かよ」

 手に持ったメモに〔信頼あり〕〔女メロメロ〕〔死ねばいいのに〕と記載した。



 一五時──戦騎装・第一格納庫。

 重機の作業音と整備部員の叫び声が反響する。アスファルトの床を作業車がう。

 二四体のせんそうが向かい合わせに並んでいた。整備ハンガーに背を預けるかつこうである。

 ハンガー区画は計三つ──一区画に八体──で、戦騎装一機に三~四名の部員が整備にく。なつが一人、通路を進んでいる。

「あ! じゆう──っ!」

 夏樹は目的の人物を見つけると右手を上げた。

 六尺豊かな整備部長・たちばな柔呉は振り向く。作業着にヘルメット姿だ。夏樹を見てその糸目をひろげた。

 また柔呉の近くには、円柱状のセラミックを抱えてスクワットをする二人組もいた。

 一人は、あごひげのチャラい系男子・とうやまたけ

 もう一人は、一九〇センチ超えの日系ブラジル人・まえオルソンだ。

 二人とも機兵部のトップ5に入る実力者である。ジャングルブーツにレンジャーズボンを履く。黒のタンクトップは汗でグシャグシャになっていた。

 二人も夏樹を見るや、柱を捨てるように置く。直立して夏樹に敬礼した。

 夏樹も簡単に敬礼で返す。すぐ柔呉に話を持ちかけた。

「作業中にすまん。ちょっと見てもらいたい物があるんだ」

 夏樹は一つの光学書面データを展開する。宙に浮かんだそれを柔呉に見せた。

 柔呉は書面データに目を走らせる。しばらくすると「う~ん」とうなった。

「できないか?」

「無理じゃないとは思うが……どうだろう」

 二人の話に山武とオルソンは興味しんしんだ。首に垂れる汗を手でぬぐいながら耳を澄ましている。やがて柔呉は「やってみっか」と、歯をのぞかせた。

「まーた、何かやり出したな? おれも面白そうな所に置いてくれるのが条件だ」

「それは、一番大変なポジションという事になるが?」

 夏樹が返すと柔呉が笑って肩をたたく。それから夏樹はオルソン・山武にも言った。

「あとそうだ……オルソン、江藤、君たちにも話がある。朗報だぞ」

 夏樹は別の光学書面データを二枚分出す。

 それを見てオルソンと山武は「「マジっすかぁ!?」」と、目を飛び出させた。



 一七時半──むろじゆく・図書室。

 黒のタンクトップにレンジャーズボン。ぬまだいが金髪ボーズ頭をく。大地は持っていたシャーペンを机にほうった。「かはぁ──!」と、長い息を吐く。

 机にあるのは不要紙の束だ。過去の行事予定など、廃棄予定だった紙を総務部からもらってきたのだ。この裏に大地は、暗記する数字や用語をひたすら書きこんで、勉強していた。

 一方、大地の二つ後ろのテーブルに大和やまとが座る。良心価格五八〇円を貫く、緑の背表紙が美しいライトノベルをめくる……フリをして、大地を監視していた。

 そんな中、くるまの少女がやってくる。

 アッシュブロンドの髪を束ねて肩から垂らす。ひざの上に何冊かの本を置いている。

 全自動車椅子に乗った少女──くも日向ひなたと、だいの目が合った。

「八雲さん? ウス!」

 大地が立ち上がり、頭を下げる。日向は笑って車椅子を進ませた。大地が勉強で使っていたタブレットをのぞきこもうとする。大地はすぐにタブレットを差し出した。

ぬまくん、副部長になるの?」

 日向がタブレットを見ながら聞く。

 大地が勉強していたのは、中隊長クラスの指揮官講習内容だった。

「なりてー……っすかね。試験受かんなきゃ、なりたくてもなれないんで」

 大地は座り直す。マッサージするように目元を擦った。

「なんか、昔と見違えちゃったなー。オネーさん、うれしいやら、寂しいやら」

 日向の言葉に、大地がボーズ頭をく。

「総隊長がなんか、せいかいと動いてるみたいなんス……あの人の事だから、きっとまた何か、やると思うんすよ。総隊長が動いてんなら、部下のおれも出来ることやんなきゃ失礼っつぅか──」

 大地の発言に、日向は内心で感嘆の声を上げた。

「あの八雲さん、ちょっと相談乗ってもらっていいすか?」

「ん? なになに?」

 日向は膝の本を机に置く。大地の話を聞く事にした。

「副部長に昇格すれば、部隊で使う、機体の選択申請が出せるってうわさ……あれって本当なんスか?」

 日向はすぐに合点がいく。

「八雲さんちの四番隊、チューンしたがんりゆうを使ってたじゃないすか? アレって八雲さんの判断っすよね?」

 日向は元機兵部である。かつては、砲撃支援部隊【四番隊】の隊長を務めていた程の実力者だ。

 そして規格外十番テンナンバー──天才ガンファイター【閃光の八ライトニング・エイト】と恐れられていた少女でもある。礼儀知らずの大地が、非戦闘員の日向にここまで敬意を払うのも、その実力を見せられてきた部分が大きい。

「うん、そうだね。ただ、四番隊私たちの場合、部隊分の装備と機体を新調する感じになっちゃったから、予算がかなり掛かっちゃって……皆が『あれ乗りたい、これ乗りたい』って言い出したら学園側もたまらないから、以降、申請の話は内緒って事になったんだ」

「やっぱそうなんすね!」

 日向の説明に大地は嬉しそうな声をあげた。タブレットの画面を変えて日向に見せる。

「あのコレ! 先月ロールアウトしたばっかの【ふうじん】って機体なんすけど、マウント表が四つも増えてるし、機動性もうちらの高機動な号戦装備と変わらないんすよ! まぁ、さすがに燃費面は負けてますけど、出力一二〇〇ワットってのも魅力だと思いません!? 持たせられる武器も結構増やせるんス! しつぷうの良い所どりしてマッチョにした、上位互換機というか! でも疾風の開発系譜から生まれてるから、やっぱ後継機か!」

 日向ひなたは「これに乗りたいんだ?」と、微苦笑を浮かべた。

 だいは自分が興奮していた事に気付く。意識的に気持ちを落ち着かせた。

「ま、まぁ、それもあるんすけど……おれ、総隊長から四人、部下を預けてもらってるんです。まだ小隊なんで、くもさんと比べるのは失礼かもしんねーけど、隊長としてアイツらに出来る事はやってやりたいなって──」

 日向は一瞬、息を止める。

「他のやつタマを預かる以上、『あーすれば良かった』って後悔したくないっていうか……ハハ、自分で言っててアレですけど、クセーっすかね?」

 日向には大地の真剣さが伝わっていた。だから日向も真剣に返す。

「……ぬまくんの今の目標って何?」

「も、目標すか?」

 大地がオウム返しで聞く。日向は「今のね」と、険しい表情で加えた。

 大地は顔を引き締める。

「機兵部で最速の……いえ! 最速最強の部隊を作りたいっす!」

 大地は声に熱を込めてこたえる。

「冷静に考えて、一個戦力で俺がいちに届くとは思えない。悔しいが、あのアホは別次元を行ってる。しかも乗ってる鬼灯ほおずきは【世界最強のせんそう】なんてうたう科学者もいるくらいで……アイツやげつさん、もちろん日向さんもっスけど、俺みたいな凡人がどうすれば天才に届くのかずっと考えてて……で、結局、群れるしかないかなって──」

 大地の実力は、機兵部の中でも群を抜いている。しかしそれは、ヘキサの能力ブーストにるものが大きい。元の自分は〔凡人〕の類で、それは大地自身も承知していた。

 しかも世界には、あおいのようなてんの才能を輝かせる〔天才〕もいる。

 そんな天才に届く方法を模索した、大地なりの回答であった。

「それで? 部隊を作る事で何をしたいの?」

「……いつまでもオンブに抱っこじゃ進歩ねーから。そんなんじゃジジイになっても、夏樹あの人に追いつくなんて出来ねーから。すぐに肩並べられるなんて思っちゃいませんよ? でも、困ったときに名前が挙がる、上位五番くらいには入ってたいんすよ」

 大地は、だんだん声を小さくする。言ってて気恥ずかしくなったのだ。

 でも日向は笑わない。力強く微笑ほほえんだ。

「よし、わかった。試験まで一緒に勉強しよ! 私で良かったら勉強教えてあげる!」

 大地が耳を疑う。その目をパチパチさせた。

「ま、マジっすか?」

「うん。お姉さんがぬまくんのこと、絶対に副部長にさせてあげる」

 腰に手をやり、日向ひなた可愛かわいらしく胸を張った。

 だいは席を立ち「あざっす!」と、勢いよく頭を下げた────

 大和やまとは本棚にライトノベルを戻す。その口には笑みがかたどられていた。

いつはしのところの狂犬が……進歩したもんだ」



 同時刻──なつの部屋のキッチンで、セレンが夕飯を作る。

 春物のカーディガンにプリーツスカート。その上からエプロンをかける。

 フライパンに引いた油が音を立てる。きつね色に揚がったフライ群が躍っていた。

 セレンは揚がった物から、隣のステンレスバットに並べていく。

 本日のメニューはフライの盛り合わせだった。

 一方、揚げ物の香りにくんくん鼻を動かすのはあおいだ。ショートパンツにタンクトップ姿である。リビングのソファーに寝そべる姿は、腹をすかした雌ライオンである。

 対面のソファーにはが座っていた。手にティーカップを持つ。

 紫貴は先ほど来たばかりなので制服姿のままだった。

 多頭型戦以降、紫貴は、夏樹がセレンと毎晩、夕食を共にしていると聞く。それからは何かと理由をつけては足を運ぶようになっていた。

 ちなみにあおいはほぼ毎晩である。夕食後、セレンを部屋に送るまでが日課となっていた。

「今日はフライか~。トンカツはやっぱロースだよね~。脂身ー脂身ー、んふふ」

「アナタは食べた分だけ運動するから、憎らしいくらいに太らないわよね」

 足をしりの上でブラブラさせる葵を見て、が苦笑する。

 葵は「あ」と、声を漏らした。何かを思い出した顔で紫貴に聞く。

「そういやなかから聞いたけど、紫貴って例の『ドールなんたら』ってアニメ、全部見たんでしょ? アレってどんな話」

 紫貴が耳をとがらせる。湧きあがった動揺をとつに殺す。紫貴は平静を装った。

「んっ、んっ……アナタ、アニメとか興味無かったじゃない。どうしたの急に」

 紫貴がアニメオタクなのをセレンと葵は知らない。というのも、紫貴は来客を招く場合、自室とは別に借りているダミー部屋へ人を招く。

 これは紫貴がアニメオタクだとバレないようにするためだけに、毎月の家賃を払っている部屋だ。二人を呼ぶ時は、いつもこの部屋に入れていた。葵が言う。

「だって隊長、それ見てんしょ? エルフィーナも出てるっていうし、興味あんだけど、この歳でアニメ見るなんて恥ずかしくて出来ないじゃん」

 紫貴は心の芝生をスパイクで踏みにじられた気分になる。せきばらいをしてから説明した。

「こほん……ざくっと説明すると、全宇宙を支配できる最強の戦略兵器【アヴァンアリス】、まぁせんそうみたいな人型巨大兵器なんだけど、それを巡って火星・月・木星・地球が惑星間戦争を起こすの。それを主人公が力尽くで黙らせるってお話かしらね」

「は? 出来るわけないじゃん。戦騎装一機でそんなこと」

 きょとんとなる葵。紫貴は脱力した。

「いいのよ、そこは……アニメなんだから。で、【アヴァンアリス】、通称【アリス】は神話の時代に、全宇宙で二二個ある【コスモフィリア】っていう、各星に眠るエネルギー結晶石のうちの三つを使うことで作られたとされているの。物語はアリスを直接奪おうとする【アリス強奪派】と、コスモフィリアを集めてアリスをもう一機作ってしまおうという【アリス製造派】に分かれて話が進むの」

「ふーん。で、エイルン=バザットってのは?」

 葵は興味なさそうにあいづちを打つ。紫貴は心中で、この野郎ぉと毒づいた。

「エイルンは、アリス製造派として動く、月の軍人ね。【シュプリームドール】のエースパイロットで、重要なサブキャラクターという位置づけよ。主人公の壮大なスケールの闘いに巻き込まれる形で物語にんでいくことになるわ」

「シュプリームドール?」

「ドール・ワルツ・レクイエム内の人型兵器の総称よ。アリスをモデルにして作られたって設定だから〔人形ドール〕という単語が使われているの。イメージ的には……戦騎装に似ているわね。戦騎装もネイバーの研究を進めて、あそこまで進歩した兵器規格な訳だし」

 戦騎装という単語が出てくるや、葵は興味を持つ。ソファーの上に座り直した。

「でもさ。そのアリスって、軍隊とケンカできるくらい強いんだろ? それじゃ敵とか作れないじゃん。物語にならなくない?」

 は苦笑いになった。

「軍隊どころか、星を敵にしても勝つくらいよ? アリスって。敵をばったばったとぎ払うから視聴者に喜ばれるのよ。でも物語中盤、コスモフィリアが三つ集まって、〔アリスのがんさく〕……まぁ、アリスと同等の力を持つ機体も出てくるの。それが【グリムガント】……アニメ一期のラスボスが乗る機体よ」

「あー。じゃあ、その悪者やっつけて、めでたしめでたし、なんだ」

 あおいの発想力の乏しさに、紫貴はまゆをピクピクと動かす。

「お、おおむね間違いでは無いけど……ドール・ワルツ・レクイエムって、重要なキャラほど良い奴なのよ。『好きな人のため』とか、『世界を平和にしたい』とか、『弱い人を助けたい』とか。誰かが、特別間違えている訳ではないの。敵のボスの【アスタニア】なんて、主人公よりも色んな人の事を考えて動いていたキャラクターだったし」

「ふーん……。ま、人間同士が争うんだからア○パンマンとバイキンマ○みたいに簡単にはいかないよね。でも、そんな強いやつばっかりだから、エイルンなんちゃらって嚙ませなんだ?」

 葵がそう言う。紫貴は目をひんいて、声を裏返らせた。

ませにさせられたのよっ! 制作側の陰謀でっ!」

 葵がビクっと背筋を伸ばす。セレンも驚いて台所から顔をのぞかせた。

「あんな不遇演出、重ねに重ねてっ! 何なのよ! 二三話の戦闘シーン丸々カットのピロートーク演出はっ! エルフィーナの変身する直前で場面カットするなんて悪意があるとしか思えないわよ! なんて可哀かわいそうなの! 私のエイルンっ! 二期でアニメ監督水野が連投なのも私は許してないわよ! アニメ制作会社デイブレイク!」

 紫貴のりようは潤んでいた。いつやって来たのか、セレンが横からハンカチを差し出す。紫貴は「ありがと」と、ハンカチで鼻をかんだ。

「それにエイルンはエルフィーナに乗り換えてから、もう一人の主人公と言われる位に評価をひっくり返したんだから!」

 ソファーで正座姿になっていた葵が「ご、ごめん」と謝る。

 セレンもおろおろしていた。何を考えたのか、台所から揚げたてのフライをさいばしで持ってくる。セレンはそれを紫貴の口元にやった。

「ありがと。はふ! おいひ! 確かに、もぐ、んぐ。はぁ……アリスやグリムには勝てなかったけど、エルフィーナも月のコスモフィリアを使って作った【ルイン・ウィール】搭載型のスペシャル・シュプリームドールなんだから。それに、あのチートというか、バグキャラのツルギが、命を捨てて──」

 説明の途中で紫貴は黙る。そんな紫貴を見てセレンと葵は顔を見合わせた。

 ──どうして私は……これに気付かなかったんだろう。

 は真剣な顔で考え事を始める。

 劇中において、エイルン=バザットとドクターツルギは両想いだった

 しかし、素直になれないツルギと、奥手で鈍感なエイルンは付かず離れずを繰り返す。そして二人は互いにおもいを伝えられず、永遠の別れを強いられる事になる。

 物語終盤、ツルギは愛する人と愛する娘・エルフィーナを最後の舞台に送るため、その短き生涯に終止符を打つ────

 それがエイルンのおさなじみ・ドクターツルギのキャラクター設定だった。

 紫貴は顔を曇らせる。

 ──エイルンがいるって事は、ドクターツルギも実在の人物と考えるのがとうよね。でも、もしそうだとしたら……

 セレンが首をかしげて「紫貴?」と声をかける。

「じゃあエイルンは……今もまだ彼女を」

 セレンに呼ばれた事に気付かず、紫貴はそうつぶやいていた。




 同時刻──居住区・某コンビニエンスストア。

 学校帰り、コンビニに寄った大和やまとは困った場面に直面する。小学生ぐらいの男の子が、風船ガムをズボンポケットに入れたのだ。大和やまとは素知らぬ顔でレジの方を見た。

 中年の店長らしき人物も、その子供のことを注視していた。

 大和は舌打ちする。すぐその子の所まで行った。大和は彼が盗もうとした物と、同じ物をガバっと片手でわしづかむ。かがんだ際に、その男の子をにらみつけた。

「バレてるぞ。ポケットの物出せ」

 大和にすごまれ、男の子は盗んだガムをポケットから出す。

 大和はそれを奪うように取ると会計に向かった────

 自販機横のベンチで、大和と男の子が座る。男の子はひざに顔をうずめて泣いていた。

「泣くくらいなら初めからやるなよ」

 ガムをみながら大和が言う。すると男の子は泣きじゃくりながら言った。

「だっ、て、印ナシの人、皆、意地悪してくるし! パパもママにも、意地悪して。パパ、お仕事もやめさせられちゃって! こんな、ところに、お引っ越し、しなくちゃいけなくなって。お店の人、印ナシだったから、困らせて、やろうって」

 ──こいつ……発症したばかりか。

 大和は男の子の右手の刻印を見る。

 ヘキサを親族に持ってしまった事で、生活が壊されてしまうケースは珍しくない。まるで、ヘキサが犯罪者であるかのように周囲は扱う。

 おそらく、この島に来るまで肩身の狭い思いをしてきたのだろう。大和はそう推察した。

「それでも、お前なんかは恵まれてる方なんだぞ……親が一緒にいてくれるだけな」

 この第弐富士には、定期的に若年層のヘキサが他の保管領から送られてくる。

 第弐富士の場合、家族が望めば一緒に住む事が可能だ。今までの生活をかなぐり捨ててでも、ヘキサとなった者と一緒に暮らす家族は多い。だが、その反対もある。

 家柄や世間体。築いた生活を守るため、家族ヘキサ捨てる親も中にはいる──

「お前は俺よか全然マシだ……それにこの島で働く印ナシは怖いババアによく調教されてるからな。本土の時みたいにいじめられないから安心していい」

 大和はそう言うも、男の子は泣きやまない。仕方ないと、ポケットから学生証を取り出した。カードタイプの物だ。大和が指で触れる。B5板サイズの光学画面が浮かんだ。

 大和は保存した画像データを再生──一機のロボットが宙に表示された。

「う、あ……かっこぃい!」

 男の子は、泣きんで画像にくぎづけになる。

 白銀に輝くボディ。外観はよろい武者にも重騎士にも見える。右肩に、大きな巨大刀ダンビラを乗せた人型ロボットだ。大和は自慢げに言った。

「地球で最も強く、おとこらしい……最高にイカしたロボットだ」

 それは、かの大英雄が乗り続けた機体──ネイバー7番機【みようじよう】の画像データだった。



 一九時半──第七地下シェルター。

 この場所は、なつの愛機【エルフィーナ・ルインレーゼ】の専用ハンガーだ。

 左の区画に置かれているのは、全長二〇メートル以上の追加装甲である。メタリックレッドの、Aのような形をしている。他にも二基のブースター等が置かれていた。

 これらは【ファラリカ】のパーツ群だ。ファラリカとは、エルフィーナの別形態の名である。紅の巨大スーパーカー【ファラリカ・ドーター】に装着する事で、エルフィーナを敵地まで安全に輸送する、巨大戦闘機になる。

 シェルター中央には、エルフィーナが休むようなかつこうで座っている。

 全長一七・二メートルのしゆくじよだ。真紅のドレスを身にまとっている。貴婦人帽子にフリルカチューシャ。ドレスの袖やスカートにもフリルをあしらい、飾りがスカートに付く。ロングヘアーをかたど衝撃排出路ブロンドテクトは気品さえ漂っている。

 そのミッドナイトブルーのひとみは現在、ぱっちりと開いている。

 エルフィーナのコックピットには制服姿の夏樹がいた。

 夏樹は難しい顔でモニター画像を注視する。

 ──やはり、これは……

〔空間を内側からこじ開ける黒腕〕──以前、エルフィーナがガールズボディになった際、米国情報管理局【NSA】の機密ファイルから盗んできた画像だった。

 ドール・ワルツ・レクイエムの主人公──ジン=ナガトの専用機であるアヴァンアリスとエルフィーナは仲が悪い……というより、一方的にエルフィーナがライバル視している感じだ。それに起因しているのか、夏樹への報告も今日まで遅れてしまっていた。

 特段、それについて夏樹に思う所は無い。それよりも問題なのは、この画像の真偽だ。

「これがジンのアリスである可能性は?」

じやつかんのフォルムチェンジが認められますが、あのいけ好かない女は度々、姿を変えますので……事象要因だけを見れば、あの女に間違いないでしょう』

 夏樹の胸中に不安が芽吹く。夏樹こと、エイルンの世界もまた危機が迫っていた。

 夏樹がこの世界の救済に踏み出せたのはジンの存在が大きい。しかし、もしもジンまでこの世界に来てしまっていたとしたら……夏樹の顔に焦りが出る。

「とにかく連絡だ。アイツが着ていたら合流して──」

せんえつながら本機の判断で既に試行させていただきました。日を変え、総計四八一九回のコンタクトを試みましたが、アブソリューター・ジンはお出になられませんでした。また、あの女がこちらの通信を受信した形跡もございません」

 エルフィーナの回答に夏樹は表情を沈ませる。「そうか」とこぼした。

「だが……うん。そうだな。アイツがこの世界に来た事に変わりないんだ。帰れる方法があると分かっただけでも大きな前進だ……ありがとうエルフィーナ」

 そう言うも夏樹の表情は優れない。落胆が見てとれた。

 すると正面モニターに【だいだいの着物を着たツインテールの女の子】が映る。

『捨てられた犬っコロみたいな顔して! シャキッとなさい! 泣き虫エイルン!』

 なつは寝起きに水をぶっかけられたような顔になる。一拍置いてから「こいつめ」とモニターを小突いた。エルフィーナがどこか楽しそうに言う。

『映像記録以外は、すべて私の演技となります。お母様のモノマネも、現在では再現度が九〇パーセントを超えたと自負しております』

 エルフィーナの声は、開発者であるツルギ自身のものが使われている。

 ツルギと死別してからは、エイルン夏樹が気落ちすると、エルフィーナはツルギのモノマネをして彼を元気づけようとするのだ。夏樹はシートに背をうずめた。

「……君は、ときどきお節介だ」

「私が世話を焼きたいと思うのは貴方あなた様だけです。私の旦那様マイ・ムツシユ

 エルフィーナの励ましはちゃんと届いていた。エイルンは肺に大きく息を取り込む。

「そうだな。こんなんじゃツルギにドヤされる……今はおれすべき事をしないとな」

 夏樹は身体からだを起こす。モニターに映っている映像ツルギに言った。

「君の娘は……今も素敵に成長し続けているよ」

 寂しさを混じらせた声で夏樹は言う。それから気合を込めるように息を吐いた。

「いよいよ明後日か……」



 二日後・一四時──むろじゆくの高等科生徒は体育館に集められていた。

 総勢二四〇〇名である。昼夜関係なく就労する、整備部のような生徒たちも含めて全生徒が集合していた。今回は部活を休ませてまでの招集だ。

 壇上にはせいかいから、美形のメガネ男子・なかえいろうあかね──機兵部からあおいだい・オルソン・やまたけ──整備部からはじゆう日向ひなた──そして特別義務生徒のセレンと夏樹──

 一〇人は壇上の左右に分かれて座っている。

 演台の前に立つのはだ。生徒総会は滞りなく進んでいた。

「当塾は今年の春、一般人の転入生を迎えております。ヘキサしか入塾できないという校則に対し、例外措置をとってまでの転入でしたので、皆さんとは異なった就学形態をとっていました。ですが準備も整い、今年の夏から皆さんと一緒に机を並べる事になります」

 紫貴がそう言うと、夏樹がパイプから腰を上げる。

「戦闘科の皆さんはよくごぞんですね。セレンティーナ・エングヴィス特務と同じく、クイーン撃滅の任を負う、氷室義塾で二人目の特別義務生徒S・D・S。幾度となく命をかけて、この学園をマリスから救ってくれた氷室夏樹三年生です」

 言って紫貴は拍手をする。壇上の生徒も一緒に拍手をした。体育館に、拍手の波が波及する。夏樹は紫貴と入れ替わるように演台の前に立つと……その目をまばたかせた。

「「「「「総隊長─────────っ!!!」」」」」

 機兵部全員が総立ちで応援を送る。怒声にも似た野太い声援だ。

 機兵部をるように、せいかい役員達や整備部からも歓声が上がった。

「エイルンせんぱ~いっ!!

「いつも守ってくれてありがとうございまっす!!

「「「「「エイルン! エイルン! エイルン! エイルン! エイルン!」」」」」

 まないエイルンコール……なつはこの二カ月、死に物狂いで走ってきたのが報われるようだった。この世界に来たばかりのころなら、想像もつかない光景だ。

 ──……ありがたいな。

 夏樹は心中で、声援をくれる生徒に礼を言う。マイクに向かって話し始めた。

「今、ご紹介にあずかりましたむろ夏樹です。今年の春から皆さんと一緒に登校させてもらっている……のですが、不勉強なもので今もかくクラスで一人、補習授業を受けています」

 小さな笑いがかしで起こる。

「自分は皆さんでいうところの一般人、印ナシです。そんな自分でも、こうして受け入れてくれる皆さんにまずお礼が言いたい……本当に、ありがとう」

 夏樹は一歩下がる。生徒たちに頭を下げた。それから夏樹はまたマイクに向かう。

「実は、今日は皆さんに重大な話があって集まってもらいました」

 体育館内にじやつかんのざわめきが起こる。

「このむろじゆくの校則では、高等科に上がると適正ごとに【戦闘科】と【非戦闘科】に分けられるのは皆さんごぞんですね? 戦闘科から非戦闘科への転科は可能でしたが、その逆は出来なかった。そこからくる所得や待遇の格差に、多くの生徒が不満を抱いていることは、生途会も大きな懸念事案としてとらえてきたそうです。そこで今回……この制度を撤廃する運びとなりました」

 体育館内に、大きなざわめきが湧いた。壇上にいる夏樹は、演台に身を乗り出した。

「ここから先は、敬語無しで失礼するよ……この氷室義塾が、日本の国土防衛を任せられて二年になる。まず皆に理解して欲しいのは、五〇年以上、米軍の下で国土を防衛していた日本は、何の実績も無い氷室義塾にその任をたくした。氷室義塾は何が何でも、早期に結果を出さなくてはならなかったんだ。世界中にまんえんしたヘキサはいせきの動きが氷室義塾をつぶしてしまう前にね……。適正ごとに皆を振り分けたのもそのためなんだ」

 夏樹は、この二カ月を振り返る。

 仕方がない、仕様がない──状況が複雑に絡まり合い、多くの子供たちが苦しんでいた。


 死の恐怖と、別離の悲しみにあえぐ者がいた。途方もない重責に苦しむ者もいた。恐怖と痛苦に押し潰され、たくさんの命を背負わされた女の子がいた。

「それでもすべてが上手く言ったわけじゃない……悲しい事件もあった。心に深い傷を負った者もいるだろう」

 言いながら夏樹は振り返る。壇上の仲間たちを見た。

「ここにいる彼らも、今はこうして顔を並べられているが、かつては対立し、傷つき、泣いて怒って、いろんな苦難を乗り越えてやっとここまで来れたんだ」

 なつは仕切り直すように「さて」と言う。

「少し前置きが長くなってしまったが、ここからが本題だ」

 夏樹は口元に、力強い笑みをり付けた。

「戦闘科の全部活は、せいかい含め、多くの人員を大募集する!」

 今日、一番のざわめきが体育館に起こる。中でも非戦闘科生の驚きは大きかった。

「もし気持ちをくすぶらせているやつ、給料を上げたい奴、やりたい事がある奴がいるなら来てほしい! そして間近で彼らの姿を見てほしいんだ。ヘキサであることに目をそらさず、へこたれることなく自分たちの未来を切り開こうとしている……本当にカッコいいぞ。マリスと戦う彼らは」

 マイクを手に取り、左手で壇上の仲間たちを指す。

 だいを筆頭に、何名かが背筋を伸ばした。傍聴する生徒たちに笑顔が広がっていく。

 困惑する者も多いが、多くの生徒が希望を抱いた様子だった。

 夏樹は確かな手ごたえを感じ取る。あかねなど、生途会メンバーも夏樹と同じ感触を抱いていた。この生徒総会は大成功だと。でも……

 夏樹は次第に顔を曇らせていく。やはりこれは言っておくべきだと思った。

「上手い事だけ言って……事実を話さないのはフェアじゃないよな」

 マイクを通して夏樹がポツリと言った。

 壇上脇の茜は、とても嫌な予感がする。夏樹の性格から、何を言おうとしているかすぐに分かった。茜はパイプから立ち上がる。

むろさん! ソレは別に、言わなくて言い事だと思いますっ」

 周りに聞こえないよう、茜は配慮したつもりだ。でも夏樹は「すまん」と謝った。

「戦闘科に入れば、嫌でも痛感する事だと思う……だから現実も話しておこうと思う」

 夏樹の不穏な皮切り──傍聴する生徒たちの笑顔が固まっていく。

「これは非戦闘科の皆に言っておきたい事だ。壇上にいる彼ら……戦闘科生と君たちの間には歴然とした差がある。それは才能であったり、能力であったりと様々な形でだ」

 戦闘科と非戦闘科の選別基準は、才能開花の〔ランク指定〕に大きくる。

 身体変化分類フイジカル能力変化分類ブレイン複合変化分類ハイブリツトの三つに大別されるヘキサは、能力向上の振り幅や内容で、S~Eまでランク付けされる。

 無変化分類ノンギフトを除き、戦闘科への入課を許された者は最低でもCランクより上の者だ。あとは、もともと戦闘方面に高い適正や、能力を有していた者たちである。

 ちなみにCというランクは、能力変化分類ブレインならIQ一二〇以上。身体変化分類フイジカルなら、アスリート並の反射神経や身体能力を有する者となる。

「理不尽なまでに、実力の差を見せつけられると思う。きっと悔しい思いもするはずだ……数値化して出た事実データというのは、ざんこくだが強い説得力を持っている」

 夏樹はしやべりながら分かる。希望を持った生徒たちが、意気消沈していくのが。

 人は不平等だ。生まれ落ちた時点で全部が違う。でも……だからこそなつは言う。

「ここからはおれの意見というか、信条のようなものだが──」

 夏樹は目に強い光を宿す。そんな〔取るに足らない理由〕であきらめて欲しくなかった。

「はっきり言う……そんなものは何の障害にもならない

 傍聴する生徒の何人かが面を上げた。

「人は生まれながらにして不平等だ。生まれ。金の有る無し。容姿、頭脳、身体からだ、持病、地位や環境……挙げたらきりがないほどにすべてが違う。でも、その一つ一つを『諦める理由』につなげていたら、一歩も動けない」

 泥の中をもがき苦しんだからこそ、分かる真理もある。

 夏樹はどうにもならない苦しさを知っている。努力しても報われないむなしさを知っている。負けて流す、涙の味を知っている……だから、届けと願って言うのだ。

「『やっても駄目だった』『時間の無駄だった』と、やってきた全部を否定するつまらない人間になるな。『やっても無駄なら、やらなければいい』なんて、口が裂けても言うな!」

 かませ犬──この世界に来て、【エイルン=バザット】というキャラクターが、そうされていると夏樹は聞いた。正直、胸をえぐられた……でも否定できなかったのだ。

 戦友のジンに、強い劣等感を感じてしまう自分にはお似合いの言葉だとも思った。何度も負け、失敗をし、出来る事もやっても、やれる事をやっても報われず──

「こう見えて俺も、結構負けの味は知っている。そんなやつから皆にアドバイスがある」

 だから夏樹はエイルンバザットとして教える────必勝の極意を。

「限界を作るな、負けを認めるな……絶対に諦めるな!」

 夏樹は語気を荒くする。届いてと欲しいと、心から願って言葉を紡いだ。

「やらなければゼロだ! でも挑戦すれば確率は一パーセントに上がるかもしれない! 勝算が一パーセントなら一〇〇回挑戦すれば一回は勝てるだろ! 〇・一パーセントなら一〇〇〇回挑戦しろ!」

 人は誰しも可能性を持っている。でも、展望を見いだせないから一歩が踏み出せない。

「能力が足りない? そんなもの努力で補え! 才能がない? そんなもの根性でねじ伏せろ! 勝ちを決めるのも負けを決めるのも! 最後は自分の心一つだ!」

 夏樹は自分の心臓を強く殴る。

「心で負けるな! 全部に負けるぞ! 心で勝て! 勝ち続けろ!」

《私、好きだよ。あんたの絶対に諦めないところ》

 不意に……夏樹の脳裏に、おさなじみの言葉がよみがえった。

 夏樹は目を見開く。マイクをつかみ取り、思い切り右こぶしを振り上げていた。

「そうなった奴に──!」

 だいが握り拳を作る。オルソン・やまたけしようした。なかが強く眼鏡めがねを押し上げる。

 じゆうが「やれ!」とき付け、日向ひなたは目をひろげる。セレンはヌイグルミで顔を隠す。

 あおいは興奮し、あかねは立ち上がり、は「もう大好き」とつぶやいた。


「出来ない事など何もないっ!」────なつこぶしが演台を殴りつぶす。


 夏樹は息を荒らげる。数秒って顔を上げる……皆、目をパチクリしているようだった。

 夏樹の頭がクールダウンする。するとてつもない居心地の悪さを感じた。でも──


 揺れる体育館──拍手と歓声の大うずが巻き起こる。


 男子も女子も、戦闘科も非戦闘科も関係ない。全校生徒がパイプばして拍手する。状況を把握していないのは夏樹一人だけだった。

 そんな彼の耳元で、が「大成功ね」と、ささやく。紫貴はするりと夏樹からマイクを奪い取る。締めのあいさつをした。

むろじゆくは次の段階に進みました。戦闘科に興味のある人は是非、その目でのぞきに来てください。これにて、臨時の生徒総会を終わりにいたします」


 拍手は鳴りまない。そんな生徒たちの中、大和やまとだけが表情をこわらせていた。

 ──氷室義塾が……次の段階に移った?

 この日、この時──ななおうぎ大和は氷室夏樹の人物評価を大きく変えていた。