Part 01: 一穂(Kanon): ふぁぁ、よく寝たぁ……あ、あれ? 一穂(Kanon): ……ここって、リビングだよね。でも、いつもと違うような……って、えっ? 秋子: あら一穂さん、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか? 一穂(Kanon): お、おはようございます……! 秋子: ふふっ、それはよかったです。朝早くに起きてテーブルでウトウトとしてたので、あまり眠れなかったのかと少し心配になりました。 一穂(Kanon): す、すみません……寝ぼけてたみたいです。 秋子: ご飯を食べたら、きっと目が覚めると思います。今、準備をしますから少し待っててくださいね。 一穂(Kanon): は、はい……ありがとうございます……! 一穂(Kanon): (び、びっくりした……!そう言えば昨日の夜、駅前のホテルがほとんど満室で、部屋が全員分取れなくて……) 一穂(Kanon): (それで私たち3人は、名雪さんのご厚意で家に泊めてもらってたんだ……!) 一穂(Kanon): うぅっ……名雪さんのお母さんに、恥ずかしい顔を見られちゃった……! 一穂(Kanon): っていうか私、いつの間にこれに着替えたんだっけ?!昨夜は疲れすぎてて、全然覚えてないよ~っ! 秋子: ……さん、一穂さん。 一穂(Kanon): ひゃ、ひゃいっ?! な、なんでしょうか?! 秋子: ごめんなさいね、驚かせてしまって。そろそろ名雪が起きる時間なんですけど、今ちょっと手が離せなくて。 秋子: すみませんが、2階に上がってあの子を起こしてきてもらえませんか?カエルのドアプレートがかかっている部屋です。 一穂(Kanon): あ……は、はい!もちろん、お安いご用です! 一穂(Kanon): (うぅ、声が裏返っちゃったよ……と、とりあえず2階に上がろうっ) 一穂(Kanon): えっと、名雪さんの部屋は……あ、ここだ。 一穂(Kanon): あの、名雪さーん。もう朝なので、起きてくださーい。 …………。 一穂(Kanon): (返事がない……まだ寝てるのかな?) 一穂(Kanon): どうしよう……今着替えてるのかもしれないし、勝手にドアを開けて中に入るのは失礼だし……。 一穂(Kanon): な、名雪さん。名雪さん、朝ですよ――えっ? ジリジリジリジリジリジリリリリッッ!! 一穂(Kanon): な……何の音っ?!く、空気が震えて、頭が割れるぅぅっっ?! 一穂(Kanon): こ、これって目覚まし時計のベル……?っていうか1台とか、2台とかの音じゃないよ?! 一穂(Kanon): 名雪さん、起きてください!隣の家にまで聞こえちゃいますよー?! …………。 一穂(Kanon): ま、まだ返事がない……!ひょっとして部屋の中で、体調を崩して倒れちゃってるとか……? 一穂(Kanon): あ、あり得る……!だって昨日は、「魔物」騒ぎでご家族が大変な目に遭って、疲れてるはずだし……! 一穂(Kanon): こ、こうなったら申し訳ないけど、中に入って直接具合を確かめなきゃ……! 一穂(Kanon): ごめんなさい名雪さん、失礼しま――なっ?! 名雪: ……。くー……。 一穂(Kanon): こ……この轟音の中で、まだ寝てる……?!う、嘘ぉ……?! 名雪: くー……けろぴー、可愛い……。 一穂(Kanon): っ……こ、この轟音の中じゃなかったら可愛い寝言には違いないんだけど……! 一穂(Kanon): 起きてください、名雪さん!こんな騒音の中で寝てたら、耳の鼓膜が破けちゃいますよッ?! 一穂(Kanon): はぁ、はぁ……な、なんとか起きてくれた……。 一穂(Kanon): というか、目覚ましのスイッチがそれぞれ違ってて、止めるまでにすごく手間取っちゃったよ……。 美雪(冬服): ……おはよー、一穂。リビングに姿が見えないと思ったら、先に起きてたんだねー。 菜央(冬服): ふぁぁ……おはよう、一穂。 一穂(Kanon): お……おはよう美雪ちゃん、菜央ちゃん……。 菜央(冬服): ねぇ……さっき2階ですごい音がしてたけど、なんだったのあれ?おかげで美雪と2人で、飛び起きちゃったわ。 一穂(Kanon): え、えっと……目覚まし時計の合唱、かな。 一穂(Kanon): (うぅ、耳の奥でまだあの爆音が鳴り響いてるみたいな気がする……) 秋子: 面倒をかけてごめんなさいね、一穂さん。あの子、ちょっと朝が弱いのよ。 一穂(Kanon): (ちょっと……って、そんなレベルを超えてる気がする……) 名雪: うにゅ……おはよー……。一穂ちゃん、起こしてくれてありがとうね……。 一穂(Kanon): あ、う……うん。ものすごい目覚まし時計の量で、びっくりしたよ……、え? 名雪: ……くー……。 一穂(Kanon): た、立ったまま、また眠っちゃった……?! 美雪(冬服): なるほど……体幹がしっかりしてるから、意識がなくても立ってられるってわけか。さすが、陸上部の部長さんというだけあるね。 菜央(冬服): ……変なところに感心しないでよ、美雪。 Part 02: 美雪(冬服): この商店街を突っ切れば、駅前に出るんだよね? 菜央(冬服): えぇ。レナちゃんたちとの待ち合わせ時間より、少し早く到着できそうよ。あの目覚ましのおかげね。 一穂(Kanon): あ、あははは……すごい爆音だったね。 一穂(Kanon): (あれが毎日って、お隣さんから苦情が来たりしないのかな……) 菜央(冬服): あの目覚ましの中には、世界最強音量を誇るものもあるんだって。「死人も目を覚ます!」って宣伝文句の。 美雪(冬服): ……その大音量で起きない名雪さんは、もはや何かを超越した人だと考えるべきかもね。ね、一穂? 一穂(Kanon): コメントに困る同意を求めないでよ、美雪ちゃん……。 美雪(冬服): あははは。まぁそれはともかく、名雪さんもだけど、お母さん……秋子さんもいい人だったねー。 美雪(冬服): 突然現れた見知らぬ私たちを、「了承」の一言で家に泊めてくれるなんて……なかなかできることじゃないよ、うん。 一穂(Kanon): ご飯もおいしかった……。失礼かなって思ったけど、つい3杯もおかわりしちゃったよ。 菜央(冬服): 泊めてくれたお礼をしたいんだけど、どうすれば喜んでくれるのかしら。家事手伝い……逆に気を遣わせそうね。 美雪(冬服): あ……だったらここは素直に、名雪さんを喜ばせる方向で考えるのはどう? 美雪(冬服): 名雪さんのお母さんって、娘さんをすごく大事にしてるみたいだしさ。娘が喜ぶ、母も喜ぶ。まさに一石二鳥! 菜央(冬服): その名雪さんを喜ばせる方法がわからないんじゃない。定番で考えれば、プレゼントだけど……。 菜央(冬服): 名雪さんって、何が好きなのかしら? 一穂(Kanon): ……あ。 美雪(冬服): ん、どうしたの……って、ゲーセン?珍しいねー、一穂がそっち系のお店に興味を示すなんてさ。 一穂(Kanon): あ、えっとそうじゃなくて……あのカエルの、ぬいぐるみを見て……。 菜央(冬服): あのクレーンゲームの……?一穂って、カエルが好きだった? 一穂(Kanon): ううん、そうじゃなくて。名雪さんの部屋にかかってるドアプレート……カエルだったなって思い出したんだよ。 美雪(冬服): あー、言われてみればそうだった。嫌いな動物をドアプレートには使わないし、名雪さんってカエルが好きなんだろうね。 美雪(冬服): 試しにやってみよっか……百円玉、チャリン!よし、菜央! キミに任せた!! 菜央(冬服): えっ……あたしがやるの? 菜央(冬服): まぁ、いいけど……こういうのってあたし、あまり上手くないのよね。とりあえず横はこんな感じで、縦は……ここ? 一穂(Kanon): わ、わわっ! ぬいぐるみ、持ちあがったよ!しっかり掴んで……あ、あぁあっ……! 美雪(冬服): おぉ、取れた! 上手いじゃん、菜央! 美雪(冬服): ……って、なんでキミが一番びっくりしてるのさ? 菜央(冬服): 一発で取れると思ってなかったのよ。あたしの知ってるゲーセンって、結構握力が弱くてつかみづらかったから。 菜央(冬服): ……にしてもこのぬいぐるみ、結構大きいわね。初めて見るけど、人気のキャラクターなのかしら? 美雪(冬服): とりあえず、それを持って一度駅前に行こうよ。名雪さんの家にはあとで持っていくってことで。 菜央(冬服): そうね。合流が最優先だもの……っ、と。 一穂(Kanon): 菜央ちゃん。そのぬいぐるみ、よかったら私が持とうか?大きすぎて、持ちづらそうだし。 美雪(冬服): その方がよさそうだね。そのサイズだと。菜央が抱えてたら前が見えなくなりそうだよ。 菜央(冬服): ……一穂、あんたに頼むわ。美雪には渡さないでね、乱暴に扱いそうだもの。 一穂(Kanon): そ、そんなことはないと思うけど……でもこのぬいぐるみ、可愛いね……わぁっ?! 女の子: ……あっ……。 一穂(Kanon): ご、ごめんなさい、ぶつかってしまって……!あ、あの……だ、大丈夫ですか? 女の子: 私は大丈夫です。ぬいぐるみ、落としませんでしたか? 一穂(Kanon): は、はい。なんとか……。 女の子: それならよかったです……それでは。 一穂(Kanon): ほ、本当にすみませんでした!あ……あ、あれ? 一穂(Kanon): 美雪ちゃん? 菜央ちゃん?ど……どこ、行っちゃったの? 一穂(Kanon): うぅ……歩き回ってるうちに、知らない場所に来ちゃった……。えっと、駅はどっちの方向……? 一穂(Kanon): 美雪ちゃんたちは、どこに行ったの……? 一穂(Kanon): (どこをどう歩いてここまで来たのか、全然思い出せない……) 一穂(Kanon): どうしよう、どうしよう……。 あゆ: あっ……可愛いぬいぐるみだねっ! 一穂(Kanon): えっ……? 一穂(Kanon): (あれっ、この人って……?) あゆ: それ、どうしたの? 買ったの? 一穂(Kanon): いえ、クレーンゲームで……あ、取ったのは私じゃなくて菜央ちゃんって子なんですけど。 一穂(Kanon): でも、私がもたもたしているうちにはぐれて迷子になっちゃって……。 あゆ: …………。 一穂(Kanon): あの……すみません。駅前って、どっちに行けばいいかわかりますか? あゆ: 知ってるよ。ボクが案内してあげる。 一穂(Kanon): えっ……い、いいんですか?!あ、ありがとうございます! あゆ: 任せてよっ。それじゃ、ボクについてきてね。 Part 03: あゆ: あ……ほらっ、駅が見えてきたよ! 一穂(Kanon): ほ、本当だ……あ、ありがとうございます! あゆ: うん、どういたしまして。次からは迷わないように、気をつけてねっ。 一穂(Kanon): は、はい……。 あゆ: どうしたの? ボクの顔に何かついてる? 一穂(Kanon): あ、いえその……。 一穂(Kanon): (この人って……やっぱりあの事件が解決した後に、私の夢の中に出てきた女の子に似てるような……) 一穂(Kanon): あ、あの……。 あゆ: ……あ、雪が降ってきた。 一穂(Kanon): え? あ、本当だ……。 一穂(Kanon): ……。#p雛見沢#sひなみざわ#rとは、違う感じだ。 あゆ: えっ? 一穂(Kanon): あ、えっと……私が今暮らしてる場所も、雪がたくさん降るところなんですけど。 一穂(Kanon): 山間部だから……かな?降り方とか積もり方とか、こことは全然違うなって思って……。 あゆ: へーっ、そうなんだ。同じ雪でも、全然違うんだねっ。 一穂(Kanon): …………。 一穂(Kanon): (やっぱり、この人……見間違いじゃない) 一穂(Kanon): あ、あの……っ!私、おかしなことを言ってるかもしれませんけど……。 あゆ: ……? 一穂(Kanon): 私、この町に来た時に電話で女の子の声を聞いたんです。 一穂(Kanon): それで、その……あんまり確証はないんですけど……。 一穂(Kanon): その時に、高校に「魔物」がいるって教えてくれた女の子……もしかして、あなたではないんですか……? あゆ: ……。どうして、そう思ったの? 一穂(Kanon): あの後、私の夢の中にあなたとそっくりな人が現れて……自分は月宮あゆだって名乗って……。 一穂(Kanon): 名前が違っていたら……すみません。 あゆ: ……ボクはあゆ。月宮あゆだよ。 一穂(Kanon): っ……やっぱり、そうだったんですね。ありがとうございます。あの電話がなければ、私たちはきっと間に合わなかったから……。 あゆ: ……。キミは、……。 一穂(Kanon): えっ……? あゆ: この町に来て、よかった? 一穂(Kanon): ……。よく、わからないです。この町でおかしなことが起きたのは、私たちが来たせいかもしれないし……。 あゆ: うぐぅ、そういうことを聞いてるんじゃないよー。 一穂(Kanon): ご、ごめんなさい……っ。 あゆ: 謝られるとボクも困っちゃうよ。……それより、質問に答えてほしいな。 あゆ: この町に来て、どう? 楽しかった? 一穂(Kanon): それは……はい、楽しかったです。みんな一緒に旅行ができたし、たくさんの優しい人に会えて……。 あゆ: うん、それならよかった。 一穂(Kanon): い……いいんですか? あゆ: それでいいと思うよ。キミ、名前は? 一穂(Kanon): えっ? か、一穂……公由一穂、です。 あゆ: じゃあ、一穂ちゃん。あなたが一番叶えたい願いは、なに? 一穂(Kanon): 願い……願い、ですか。 一穂(Kanon): えっと……名雪さんに、このぬいぐるみを喜んでもらえたら、いいかな……なんて。とってもお世話になったから。 あゆ: それは奇跡じゃなくても、名雪さんだったら喜んでくれるよ。 一穂(Kanon): そ、そうでしょうか? 一穂(Kanon): (今……名雪さんって言った……?ということは、やっぱり……) 名雪: 人違いしてしまって、ほんとにごめんなさい。てっきりわたし、知り合いかと思っちゃって……。 一穂(Kanon): (やっぱりこの人って、名雪さんが知り合いって言ってた……?) あゆ: 大丈夫! 気持ちがこもったプレゼントなら、どんなものだって相手にその想いは伝わるよ! 一穂(Kanon): あ……ありがとうございます。 あゆ: さぁ、早く待ち合わせ場所に行って。お友達も、きっとそこで待ってるよ。 一穂(Kanon): は、はい……! 一穂(Kanon): (あ……あれっ? 公衆電話のこと、上手に誤魔化されちゃったような……?) あゆ: ……。キミは、きっと大丈夫だよ。 一穂(Kanon): えっ……? あゆ: それじゃ、また会おうね~! 一穂(Kanon): わわっ、まっ、待ってください……! 一穂(Kanon): …………。 一穂(Kanon): 奇跡……奇跡、か……。 一穂(Kanon): よく考えてみれば、10年前の「世界」に行った時点で、十分奇跡なんだよね……。 一穂(Kanon): でも、もし他に奇跡を望めるのなら……。美雪ちゃんや菜央ちゃんと、幸せに毎日を過ごせる……。 一穂(Kanon): そんな奇跡みたいな幸せが、いつまでもずっと続けばいいな……。