Prologue: 目の前に広がっている光景がにわかに信じがたく、俺は悪い夢を見ているのではないかと何度も疑った。 それは、気を失ったハルヒを背中に背負い込むという普段では有り得ない状況が現実感を薄めているせいでもあり、両手がふさがってなければきっと頬をつねっていたと思う。 ……だが、認めるしかないのかもしれない。そして、たとえ妄想の「世界」で起きている出来事であろうと俺たちの立たされている状況は、まさに絶体絶命の大ピンチだ。 となると、今の俺たちがやるべきことは安全な場所を探してとにかく逃げるだけだ。消極的かつ非英雄的な選択だという自覚はあるが、一般人にできるのはこの程度が関の山だろう。 正確に言うと、何の能力もないのは俺ひとりだ。ここには宇宙人に未来人、超能力者が揃っているのだから。そして、それらを集結させた元凶であるこいつも――。 だが、そんな超常的な力を持つ彼らでさえどうしようもなく対策もできないというのだから事態は本当に切羽詰まっており、緊張と恐怖、危機感が俺たちに息をつく余裕さえ奪っていた。 それにしても……なぁ、おいハルヒ。 気絶しているお前には意識や自覚などないだろうし、答えられるはずもないと俺も重々理解してはいるが……とりあえず考えをまとめるために一応、聞かせてくれ。 この村がこんな状況に陥ることになったのは、お前の仕業か?それとも、この地獄同然と化した村に何らかの意図があって俺たちを連れてきたというのか? キョン: っ……くそっ……! やはり、ここには来るべきではなかったのかもしれない。そんな後悔とともに、俺は地図上から消えたという地方の寒村……#p雛見沢#sひなみざわ#r村を訪れることになったあの日の会話を思い出していた。 ――季節は6月。悩みも何もないように見えるハルヒの唯一の悩みとは、一言でいうと世界は普通すぎるってことで。 ではこいつの考える普通でないってのは何かというと、これはまたスーパーナチュラルであって要するに――。 ハルヒ: あたしの目の前に、幽霊のひとつでも現れないのは何事か。 というのがハルヒの不満の原因だ。もっとも、そんなことは何の力もない俺なんぞに愚痴るより幽霊になじみ深い霊媒師だのに頼むのが早道だと思うのだが、 ハルヒ: はぁ? あんた、あんなペテン行為を信じてるの?だいたい、実際に呼び出せるかどうかも証明できないうちにお金を請求してくる時点で詐欺だってのがバレバレじゃない。 ……すでに接触済みだった。半分くらいは自業自得とは言え、ハルヒの嵐のような剣幕を盛大に食らった「霊媒師」殿にはもはやご愁傷様という感想しか浮かんでこない。 要するに、こいつは不思議なことを常に求めているくせにそれを根拠もなく肯定するやつを全く信用していないのだ。妙なところで常識的というか、実に理屈っぽいと思う。 とはいえ、これまでにも俺たちの周りでは諸々な複雑怪奇、摩訶不思議アドベンチャーがあったおかげで悩みや不満もとりあえずなんとか棚上げになったりしていたのだが。 ここにきてめでたく、いや全くおめでたくもなく原点回帰となったのが、今回のことの始まりだった。 ハルヒ: SOS団で、幽霊を探しに行きましょう!次の活動は幽霊ウォッチングよ! まるで、野鳥や自然動物の観察にでも行くかのようにハルヒが満面の笑みでお気楽にもそんな提案をしてきた時、部室にいた俺たちから反対の意見はすぐには出なかった。 というより、出せなかったという方が正しいのかもしれない。長門は相変わらず目を向けるだけで反応はなく、古泉は古泉で「ほぅ……それはそれは」と実に読みづらい表情だ。 朝比奈さんは突然の話についていけないのか、俺の湯呑におかわりのお茶を淹れながら「え? えぇ?」と困惑をあらわにおろおろとしている。 そして俺は、どうしてそんな奇天烈な発想に思い立ったのかとごくごく当然の反応として問い正すべく、いったんは口を開きかけてみたが……。 どうせ、いつものようにただの思いつきだとしか答えが返ってこないのであろうとすぐに合点して、あえて聞くのもバカバカしくて一度は言葉を引っ込める。 だが、残念ながらそれだと話が進まない。なので予定調和の流れを踏むだけだと理解しつつも、仕方なくハルヒに質問を投げかけることにした。 キョン: ……一応聞くが、なんでそれをやろうと考えたんだ? ハルヒ: 廊下を歩いている時にひらめいたのよ!お昼の空に浮かぶ月を見ていたら、ビビっとね! はい正解、やっぱりただの思いつきだった。ちなみに当たっても全然嬉しくない。アイスの当たり棒をゲットした時の方がよほど喝采をあげたくなる。 みくる: ゆ、幽霊ウォッチングってことは……つまり、肝試しってことですかぁ? ハルヒ: 全然違うわ! 肝試しって要は度胸試しでしょ。人為的な作り物のお化けなんて興味ないの。あたしがやりたいのは、本物の幽霊探しよ! キョン: 本物だとさらに危なくてシャレにならんぞ、おい。 なんて一応突っ込みを入れてみたが、当然のことながらハルヒは絶対聞こえていたはずなのに耳を貸すどころか、俺に振り返ることもしない。 そして、次に放った台詞はさすがに驚きと呆れを感じずにはいられない、衝撃的かつ唐突なものだった。 ハルヒ: というわけで思い立ったが吉日、早速出発の準備よ!明日の午前5時に駅前に集合、絶対に遅れないようにねー! 今どき、体育会系の朝練でも部員たちのブーイングで撤回になりそうな早朝の時刻を指定だ。まだ夜も明けていないうちに起きろとは、横暴すぎる。 ハルヒ: しょうがないでしょ。日曜日はSOS団全員で映画鑑賞会の予定が入ってるんだし、その前に終わらせる必要があるじゃない。 キョン: だったら、どっちかをずらせばいいじゃないか。お前からもらったチケットは指定席制でもないんだから、電話一本で変更できるはずだぞ。 ハルヒ: 今週末で上映が終わっちゃうんだから、もう変更なんてできないわ。予定を決めた時にもそう言ったでしょ? そこまでみっちり予定を決めていたんだったら、そもそも幽霊探しなんていうイベントを挟まないでほしいものだ。だいたいその映画を見たいなんて言った覚えはないんだが。 というか、映画の予定を覚えていたとは驚きだ。まぁどうせ気まぐれに決めたものと思っていたから、これを理由にキャンセルしてくれてもよかったのに。 ……なんて俺の思いをよそにハルヒは映画のことから場所選びに関心を向けて、古泉と打ち合わせを開始する。 つまり、行くことはもう決定らしい。かわいそうに朝比奈さんは、涙目で頭を抱えている。長門は特に気にしたふうもなく読書に戻っているが。 ハルヒ: 実は、もう候補地を見つけてきたのよ。これを見て! そう言ってハルヒが長机の上に叩きつけたのは、とある雑誌だった。……表紙と見出しの文言だけで「怪しさ」が大爆発して超新星と化している。 キョン: 雛見沢村……? とりあえず手に取り、付箋の付いたページを開く。そこには昭和後期に廃村となって捨てられた中部地方の集落、『雛見沢村』についての記事が載っていた。 ハルヒ: 記事によると、この雛見沢村ってのは謎の自然災害によって今は誰も住まない廃墟の集落になってるそうなの。 ハルヒ: 今は封鎖も解除されてるって話だけど、交通の不便もあってほとんど足を踏み入れる人はいないみたいね。 ハルヒ: で……ここからが本題なんだけど、どうやら自然災害は幽霊が原因で起きたって噂があるみたいよ。 なんだそれは。自然災害を引き起こす幽霊なんてもはや霊ではなくてファンタジー世界の大魔王のレベルじゃないか。トンデモ理論にしても強引かつ脈絡が全く感じられない。 ハルヒ: あら、そうかしら?だいたい幽霊なんて実際に誰も見たことがないんだから、どんな力を持ってるかなんて可能性は無限大よ。 キョン: いや、しかしだな……。 せめて、もっと調べてからでも遅くはないのでは?……そう懸念してハルヒに口を挟もうとした俺の肩を古泉が後ろからぽんと叩き、小声で耳打ちしていった。 古泉: お気持ちはわかります。……ですが、これほど乗り気になっている涼宮さんを止めることなどはできないと思いますよ。 ……なるほど。これ以上水を差せばまた閉鎖空間が発生して面倒になるというわけか。実に厄介な話だ。 まぁ、そんなわけで明日の予定が決まってしまった。 ……だからこれが、あの恐ろしい夜の始まりになるだなんてこの時点の俺は全く考えもしていなかったのだ。 Part 01: 駅前に集合した俺たちを待っていたのは、ずいぶんと物々しく高級そうな1台のリムジンだった。 古泉: 電車で行くと回り道などで時間がかかりそうなので、新川さんに頼んで車を出してもらうことにしました。さぁ皆さん、どうぞ乗ってください。 おそらく古泉の所属する『機関』が手を回したのだろう。とはいえ、電車の乗り継ぎだのは疲れるのも事実なので、ありがたく使わせてもらうことにする。 その後、俺たちは新川さんの運転する車でのんびりとくつろぎ車中旅を楽しみながら、直接#p雛見沢#sひなみざわ#rへと向かう道を進んで――。 古手神社と呼ばれる村の神社があった場所に到着したのは、正午を少し過ぎた時間だった。 キョン: ……結構、荒れた感じだな。 廃村として捨てられてから20年……いや、もっとか。住む人間がいなくなっただけで、集落というものはこんなにも荒れ果てるものなのかと思い知らされる。 道中、おそらく以前は田畑だったと思しき場所は雑草によって青々と波打つ草原と化していた。風情のある景色ながら、やはりもの悲しさは否めない。 ハルヒ: ほんとにだーれもいないのね。狐とか狸とかが人間の姿に化けて、ひっそりと暮らしてたりでもしてたら面白かったのに。 確かに見てみたくはあるが、よしんばいたとしても俺たちの気配を察した瞬間にさっさと姿を消して、山奥にでも避難していることだろう。 キョン: それにしても朝比奈さん、ここでもメイド服ですか。個人的な趣向に文句を言うつもりはありませんが、またずいぶんと思い切ったものですね。 みくる: ち、違います……! あたしは駅に着いてすぐ、涼宮さんに着替えるようにって言われて……! つまり、いつもの通りハルヒに言われてメイドの格好に着替えさせられたってわけか。ハルヒもハルヒだが、理由も聞かされず素直に従う朝比奈さんもどうだろう。最高だ。 みくる: あの……涼宮さん。なんであたし、こんなところにまで来てメイド服なんですかぁ……? ハルヒ: 冥土といえば、やっぱりメイドでしょ!何よりこーんなにも可愛いメイドさんを見たら、悪霊だってすぐに成仏してくれるわ。 みくる: そ、そういうことなら……えっと……? いや、納得しないでください朝比奈さん。いつにも増して理由にもなってない屁理屈なんですから。 ……にしても「メイド」と「冥土」をかけたってことか。現世に未練や遺恨を持っているような幽霊が、ダシャレを理解してくれるといいのだがな。とりあえず座布団取れ。 新川: 明日になったらこちらへお迎えに上がりますが、万一のことがございましたら携帯電話にてご連絡ください。 そう言って新川さんと、同乗の森さんは車から運び出したキャンプ用具を石段のそばにどかどかと置いていく。 って……おい待て。近隣に宿泊施設がないことは来る途中でもわかっていたが、一泊とは初耳だぞ。しかも野宿前提とはどういうことだ。 ハルヒ: 何言ってるのよ、キョン。幽霊が明るい真っ昼間に出るわけないんだから、活動は夜通しじゃないと意味がないじゃない。 ……言われてみれば確かにその通りだが、よりにもよって幽霊探しのためにキャンプとはな。天体観測だったらいかにも部活っぽかったのに。 ハルヒ: それも楽しそうだけどね。でも、今は手を伸ばしても届かない星より、幽霊が先よ! それを言うなら、幽霊も掴むことは不可能なんだが。……まぁ、言い合いをしたところで不毛なだけだしこの辺にしておこう。 そして新川さんと森さんは荷物を一通り下ろすと、車に乗り込んであっという間に去っていった。 古泉: あの2人は隣町のホテルに24時間体制でいつでも出られるよう、待機してもらうことになってます。ですので必要なものがあれば、遠慮なく言ってください。 キョン: 車の運転と運搬、それに加えて宿直か。新川さんだけでなく森さんまでただの幽霊ウォッチングに付き合わされてご苦労というか、気の毒なことだ。 俺はそう言って、苦笑まじりに肩をすくめる。……だが古泉はそれに対して笑顔で応じず、それどころかこちらに顔を向けて緊張すら感じさせる口調でいった。 古泉: 『機関』は、今回の旅を相当危険なものと認識しています。常に警戒し続けるのは心身の疲労があるので無理としても、油断だけはしないほうがよさそうです。 キョン: そんなにヤバいのか……?だったらハルヒが幽霊ウォッチングを言い出した時、なんで止めなかったんだ。 古泉: あんなにも乗り気な涼宮さんを止めるのは、至難の業だと思いますよ。 古泉: あと、正直なことを言うと僕も幽霊が実在するなら、見てみたいという思いがありますからね。 キョン: ……好奇心は猫をも殺すと言うぞ。本当に見て後悔することにならなきゃいいんだがな。 いずれにしても、まずはテントの設営と水の確保だ。森さんから聞いた話だと、神社の境内にある水道はまだ生きているらしい。それを確認するのが優先だろう。 そう思って、石段へと足を向けた次の瞬間――。 キョン: ……ぉわっ……!? 突然俺は、前触れもなく長門にかみつかれた。 一瞬驚いたが、以前にも同じことがあったので彼女がそうした理由を理解する。 確か、なんとかという妙な名前の効能を持った長門特製のナノマシンを体内に混入させるため……要するに、ワクチンの注入というやつだ。 有希: 万一の危険に備えて、次元断層に接触した際の抗体を注入した。他の2人にはすでに処理済み。 キョン: 抗体って……お前も何か、検知したのか? 有希: 現時点で、すでに警戒レベルは最大。情報統合思念体との接続は断絶し、交信が不能。速やかに撤退することを強く進言する。 古泉: まいったな……僕の携帯電話も圏外です。衛星通信機能も搭載しているので、さっきまではアンテナが全部立っていたんですが。 キョン: おいおい……。 危険対応に長けた2人からとんでもなく不穏な報告を聞き、何も感じていない俺もさすがにこれ以上進むのは危険だとようやく理解した。 村の入口付近まで、歩いて数時間……そこまでたどり着くことができれば、携帯電話がダメでも公衆電話だの何らかの通信手段が見つかるはずだ。 ……しかし、そんな俺たちのことなどお構いなしにハルヒは嬉々として、おびえる朝比奈さんを連れて石段を登っていく。 キョン: おい、ハルヒ! 勝手に先に行くな、危険だぞ! ハルヒ: 何を言ってるの、キョン。この辺りには誰もいないんだから、気にしなくっても平気よ。 そう言ってハルヒはお構いなしに、腰が明らかに引き気味の朝比奈さんを引っ張って神社の鳥居をくぐっていった。 それに続いて俺と長門、古泉がなんとか引き留めようと2人のあとを追いかける――が、次の瞬間だった。 ハルヒ: ……っ……!? 一瞬、軽く浮いたような……不思議な感覚が全身を駆け巡っていく。そして、 有希: 次元断層発生……レジスト失敗、再構成……コントロール、不能……。 キョン: 長門……? おい長門、どうした!? 俺の袖を掴みながら、長門は謎の呪文のような文言を呟き……突然力を失ったようにがくん、とその場にへたり込んだ。 キョン: 大丈夫か、長門! 有希: 問題ない。……ただ、抵抗に失敗。防ぎきれなかった。 古泉: まさか、あれだけの強い障壁が……、っ? 申し訳なさそうに俯く長門に問いかけようとした古泉は、はっ、と周囲に目を配ってから歯噛みして顔をしかめる。いつになく焦ったように、表情には余裕がない様子だ。 古泉: なんてことだ……ここはもう、僕たちのいた世界とは違う空間になっています。 キョン: 違う空間って……俺は別に、なんともないぞ?一瞬だけ、変な感じになった気がしたが……。 有希: あらかじめ処理を行っておいた抗体が役に立った。あれがなかったら、あなたの身体と精神が次元震の余波を受けて引きはがされていた。 キョン: ……つまり、幽霊を探しにきた俺たち自身が幽霊になってたってわけか。 実に笑えない。死んだことも理解できないままあの世行きだなんて、下から数えたほうが早いくらいに最低の死に方だ。 そんな状況の確認をやりとりしながら、俺たちはようやく2人に追いつく。 朝比奈さんも何かを感じたのか、やや青ざめたような表情を浮かべていたが……やはりハルヒだけは明るい表情のまま、嬉々とした様子で周囲を見回していた。 ハルヒ: 廃村って聞いてたけど、ここの神社って意外に綺麗な感じよね。誰かがやってきて手入れでもしてるのかしら……あら? 美雪:私服: ? えっと、あなたたちは……? そう言って俺たちの前に現れたのは、少し年下らしき3人の女の子だった……。 Part 02: 美雪:私服: んー、まずは自己紹介をさせてもらいますね。私の名前は――。 そう言って3人の女の子は各々、自分の名前と素性を俺たちに伝えてくれた。 ハルヒ: ……公由さんに赤坂さん、それと鳳谷さんか。つまりあなたたちは、この村の学校に通ってる学生さんなのね。 美雪(私服): はい。今日は土曜日なので、午前中で授業が終わってこれから部活に行くところなんですが。 古泉: ほぅ……? この地域の学校は、土曜日でも授業を行っているのですか? 美雪(私服): あ、はい……今日は、第二ではありませんので。 古泉: なるほど……おっと、すみません。こちらの自己紹介がまだでしたね。それでは団長から、お願いします。 ハルヒ: あたしの名前は涼宮ハルヒ。SOS団団長よ。 ハルヒ: こっちはみくるちゃん、ハイパー可愛いメイドさんよ。こっちは有希。おとなしいけどとっても良い子なんだから。 ハルヒ: で、こっちは古泉くんね、物知りで頼りになるわ。あとこっちはキョン。 みくる: ひぅっ?あ……あの、こんにちは……。 有希: …………。 矢継ぎ早に紹介されて朝比奈さんは、おどおどと不安そうにしながら呟くように挨拶をする。 一方で長門は、無表情で目を軽く瞬かせるのみ。……愛想なんて期待しちゃいなかったが、こいつはこいつでマイペースなやつだと改めて思う。 菜央(私服): あ、よろしくお願いします……SOS団?レスキューか、ライフセービングの方々とかですか? ハルヒ: SOS団とは、『世界を大いに盛り上げる為の涼宮ハルヒの団』よ! この世のあらゆる不思議を探しているの。有力情報はいつでも待っているわ。 美雪(私服): 世界を、大いに……? 菜央(私服): は、はぁ……えっと……。 ハルヒの説明が冗談なのか本気なのかを掴みかねた様子で、女の子たちは困ったようにお互いの顔を見合わせている。 すまん、こいつはこういうやつで間違いなく本気なんだ。とはいえ、黙って次の反応を待つのも申し訳ないので俺は隣の古泉を小突き、話題の向きを変えるように促した。 古泉: どうも、古泉です。すみませんが、道を教えていただいてもよろしいでしょうか。 一穂(私服): あ、はい。どちらに向かわれる予定ですか? 古泉: えっとですね、まずは……。 如才なく古泉は村の女の子たちに話しかけ、とりあえず相手の警戒心を解くように空気を変える。 こういう時、さすが副部長を名乗るだけあって頼りになる。……俺が一方的に面倒を押しつけているだけかもしれないが、そのあたりは各人の見解と解釈にお任せしよう。 みくる: …………。 キョン: ? 朝比奈さん、どうしましたか? みくる: あ……な、なんでもないです。ごめんなさい……。 その後、俺たちはひとまずこの村のことを詳しく知りたいと思い、この村を一望できるという古手神社の展望台へ案内してもらうことにした。 女の子のうち2人は物怖じしない性格なのか、ハルヒと古泉の質問に対してはきはきと明瞭かつ小気味よく答えてくれるのがありがたい。 もう1人の娘は……まぁ、おいおいだな。下手に話しかけると怖がらせてしまいそうなので、当面は様子を見ながら会話を試みることにしよう。 美雪(私服): へー、皆さんは都会の高校から来られたんですか。遠いところからはるばる、お疲れ様です。 キョン: まぁ、神社の手前までは車で運んでもらったから別に大変というほどの行程じゃなかったんだがな。ただ、それにしても……。 菜央(私服): ? どうかしましたか?村をきょろきょろ見回してるようですけど、何かをお探しですか? キョン: あ、いや……探しものをしにきたってのは確かにその通りなんだが……。 キョン: 本当にここって、#p雛見沢#sひなみざわ#r村なのか?まさか人と会うだなんて思ってなかったから、結構びっくりしたぞ。 美雪(私服): ……この村に人がいたら、そんなに変ですか? キョン: いや、変というわけじゃないんだが……。 質問と答えが、微妙に食い違っている。俺たちが聞きたかったのはそういうことじゃない。 とにかく、さっきから違和感がものすごい。俺たちは誰ひとりいなくなった廃村に出るという幽霊を探しに来たのだ。 にも関わらず、早速出会ったのは生きている人間たち。平和すぎる幕開けに拍子抜けだ。ホラーを見に来たのに青春ドラマが始まった、とでも言えばいいのだろうか。 ……いや、待て。最近だとこういった穏やかな日常から突然全てが豹変して惨劇が繰り広げられる展開もあるという。出だしから肩透かしを食らったものの、油断は禁物だ。 って……俺は何を期待しているんだ?ここに来たのは、そもそもハルヒが――。 ハルヒ: あたしたちは、ここに出る幽霊を探しに来たのよ。どこに行けば会えるか、あなたたちは知ってる? 菜央(私服): は……? あの、そんなことを聞かれても……。 そりゃそうだ、と俺は頭を抱える。どうしてもう少し、無難な質問から始められないのか。1時間ドラマの刑事でもそこまでせっかちじゃないぞ。 そもそも、地元が心霊スポットとして扱われていると聞いて好意的に答えてくれるやつなんているわけがない。むしろ喧嘩をふっかけていると思われても仕方ないだろう。 しかし、そんな俺の懸念を裏切ってくれるほど心が広いのか、それとも観光客への対応に慣れているのか彼女たちは気にしたふうもなく、あっさりと答えてくれた。 美雪(私服): んー、幽霊って言われてもそんなのは見たことがないなぁ。それ以上に変なやつらには結構お目にかかってるけどねー。 古泉: 変なやつら……とは? 菜央(私服): こら美雪、村の外から来てる人たちにおかしなことを吹き込まないでよ。 菜央(私服): なんでもないです。……どこか別の場所と間違えてるんじゃないですか? ハルヒ: キョン……みんなも、ちょっと。 そう言ってハルヒは、先導する3人に「ちょっと待ってて」と一方的に伝えてから俺たちを集めて、円陣を作る。 ……ここに来た直後よりも、表情が険しい。幽霊を探すつもりでいたのにあてが外れて、やや不機嫌になっている様子だった。 ハルヒ: もしかして、廃村っていうのはデマだったのかしら?きっと適当な取材で、事実を誇張する方向でまとめたいい加減な記事だったのね。 キョン: その可能性はあるかもな。……とりあえずここは、無難に古泉の見解を聞こうじゃないか。 とばっちりを食らうのはごめんだと考えた俺は、生贄として隣の古泉を差し向ける。しかし、 古泉: ……すみません。まだちょっと考え中なので、保留とさせてください。 そう言って古泉は、まるでロダンの「考える人」が立ち上がったような格好で自分の思考に戻っていく。 ……どうやらこいつは、本気で困惑しているようだ。いつものようにとぼけている感じにも見えない。 キョン: あるいは、例の雑誌の記事を書いたやつが現存する村と廃村の名前を取り違えたのか……地元民には失礼極まりない話だが、ないとは断言できんだろうな。 みくる: …………。 ハルヒ: けど、新川さんには出発する時に「幽霊が出るって噂の雛見沢っていう廃村に向かって」ってお願いしたのよね。その時に訂正が入らなかったのはどういうこと? キョン: 俺に聞くな。新川さんだって廃村がどこなのか、正確に把握してなかった……のかもしれないし……。 言葉には出してみたものの、その説得力のなさに俺は内心で呆れる。……あの新川さんと森さんが、そんな初歩的なミスをするとは到底思えないのだが。 ハルヒ: はぁ、いい加減な記事に振り回されちゃった。帰ったらあの雑誌の出版社にクレームの電話を入れて、アンケート用紙に思いっきり文句を書き込んでやるわ。 キョン: ずいぶん手の込んだ嫌がらせだな。だったら……ん? 俺たちがそれぞれに話し合っていたところへ、3人の女の子たちとは異なる面子がぞろぞろとこちらへやってくるのが見える。 魅音:私服: ん、どうしたの? レナ:私服: はぅ、この人たちって……? 新しく加わった女の子たちも3人の知り合いらしい。自己紹介してくれる彼女らに、俺たちも名前を告げ……。 ハルヒ: この雛見沢に、幽霊が出るって聞いて探しに来たのよ。どこかで見たことはないかしら? 性懲り無くハルヒは、またしても俺たちの目的を包み隠さず宣言して尋ねる。 すると、それを聞いた魅音という女の子は機嫌を害したのか、一瞬「へぇ……?」と凄みをはらんだ笑みを浮かべたように見えたが……。 すぐに最初出会った時のように気さくな表情に戻り、続いてあっけらかんとした様子で語っていった。 魅音(私服): それって、この村で時々見かける得体のしれない連中のことですか? 私たちは『ツクヤミ』って呼んで、その都度倒しているんですけど。 キョン: って、ほんとに幽霊が出るのかよ!? 予想もしていなかった返答に、俺は思わず声を上げる。それに対して彼女は肩をすくめ、苦笑交じりに続けた。 魅音(私服): 幽霊っていうより、バケモ……怪物のたぐいですね。まぁ論より証拠、実は今日もその駆除のためにここへ駆り出されてきたので、よかったら一緒にどうです? そう言って彼女は「ついておいでー」と俺たちを促して奥の山道へと向かっていく。他の子たちもぞろぞろと、その背中を追うように続いた。 ハルヒ: なんか面白そうじゃない!あたしたちも、ついていってみましょう! キョン: あ、あぁ……ん? 梨花(私服): …………。 キョン: どうした? 俺の顔をじっと見てるが、どこかで会ったことでも……? 梨花(私服): なんでもないのですよ、みー。 そう応えると長い黒髪の彼女は、とてとてとした足取りで先を進む村の女の子たちの集団を追いかけていった。 Part 03: 俺たちは、園崎魅音という子の先導する道に従って山の中に入っていった。どうやら彼女が、村の女の子たちのリーダーだという。 もっとも、「面白いものを見せてあげる」……なんて誘い文句にまんまとハルヒが乗せられたわけだが、正直に言って俺は期待2割、不安8割といったところだ。 古泉: いったい、何を見せてもらえるんでしょうね。あなたの予想では、どんなものだと思いますか? 知らん。まぁ、珍しい花か動物が関の山といったところだろうな。 地元柄、観光客などを相手にすることもあるとなればおそらく彼女たちも都会の人間が田舎に求める要素はそんなものだ、と学習していることだろう。 もっとも、そんなありきたりでハルヒが満足するとは到底思えない。つまんないだの飽きただので機嫌を損ねて、周囲の空気も読まずさっさと帰りたがるに決まっている。 となると、観光案内をしてくれている女の子たちのためにも俺たちが多少は楽しめたように振る舞って、かつハルヒを表向きでもそう見せる必要がある。……今から頭が痛い。 なんて、そんなことを考えているうちに俺たちはいつのまにか雑木林を分け入ったところの、少し開けた場所にたどり着く。 少し進んだ先には物置にでも使っていたのか古い朽ちかけの小屋が見えて、夏にもかかわらずひんやりとした空気があたりを包んでいた。 ハルヒ: ……? ねぇ、ここの何が面白いのよ。 魅音(私服): いいからいいから、ちょっと待っていてください。……レナ、気配はどう? レナ(私服): うん……さっきよりも強く感じるよ。そろそろ向こうも、しびれを切らしてきたみたいだね。あはははは……。 気配? 向こう? それはいったい何の話だ……そう尋ねかけて俺は、突然ぞっとした戦慄を全身に覚えて思わずぶるっ、と背中を震わせる。 空気が涼しい……冷たい……?いや、これは寒気だ。それも空気の流れや木陰によって冷やされたものなどではなく、本能的な……恐怖……? 古泉: なんでしょう、この感覚は。山の獣……いや、生物のそれとも違う、異質な……! 有希: 索敵開始。防御および迎撃機能……ダウンロード失敗。対応ツールが不足……このままだと危険……。 そして、俺と同じものを感じたのか古泉と長門は各々表情をやや険しくしながら何が来てもいいように身構える。 朝比奈さんは怯え、涙目を通り越して顔面蒼白だ。……頼みますから気絶だけはしないでください、と俺が祈りを込めて内心で呟いた次の瞬間――。 キョン: のわっ……!? 驚いた。いや、驚くに決まってる。林の奥が急に激しくざわめいたかと思うとそこから猪か、あるいは熊か……。 というより生物とみなしても適切なのか、いずれにせよなんとも形容しがたい巨大な物体がわらわらと姿を現してきたからだ。 キョン: な……なんだあれはっ? 美雪(私服): #p雛見沢#sひなみざわ#r名物、『ツクヤミ』ってやつだよ!やっぱり、びっくりしたっ? そう言って、美雪と名乗った女の子は怪物を前にして怖がったりするどころか、逆に不敵な笑みを見せてくる。 そして、愕然となって返す言葉も思いつかない俺を尻目にポケットへ手を差し入れ、何か「カード」のようなものを取り出して目の前にかざした。 美雪(私服): 『ロールカード・エスカレーション!!』 その掛け声とともに「カード」は光に包まれて……次の瞬間、武器のようなものへと姿を変える。 まるで手品のショーを見せられているような、不可思議な現象。……さらに周囲へ視線を移すと、他の子たちも各々同様に「カード」を手に取って――。 掛け声を高らかにあげると、その手に武器を握りしめてこちらへと一斉に襲いかかる怪物たちに対峙していった。 キョン: お……おい、これはどういうことだ! あれはなんなんだ?というか、そもそもお前たちはいったい何者なんだ!? 美雪(私服): んー、言葉で説明しようとしたら結構長くなるし、話したところで理解してもらえるとは思わないんだけど……。 菜央(私服): とりあえず、解釈はお任せします。あと、あまり外部に言いふらさないでおいてもらえると助かるかも……かも。 そう言い残して女の子たちは、我先とばかりに怪物たちの群れに向かって駆け出していく。 そして、勇敢にも手に持った武器で怪物たちを殴り、斬り、撃ち、突いて……次々にそれらを地面に倒していった。 絶命するや……怪物の姿は、霧のように溶けて消えていく。以前、長門が朝倉を倒した時の光景を俺は思い出していた。 古泉: ……これは驚きました。僕たち『機関』の人間以外に、こんな異能を持った人たちがいたんですね。 有希: ……この星の物理法則から逸脱した力の発現。情報分析開始……失敗、不能。データ収集に切り替える。 みくる: ひえっ……ひええぇぇぇっ……!? ひたすら突っ込みを続ける俺と、若干的外れな感想を述べる古泉と長門。朝比奈さんは涙目で悲鳴を上げている。 そして、残りのあいつは……。 ハルヒ: 面白い……最っ高じゃない!幽霊ってもっと儚げなものだと思っていたけど、全然違うのね! なんだかパワフルだわ! ハルヒ: 幽霊は幽霊でも、悪霊なのかしら……?それに物理攻撃が通じるなんて世紀の大発見よ! ハルヒだけは驚きながらも、嬉々とした表情だ。……この状況でも楽しめるお前の頭は、ネジが外れているのか。それとも神経の太さが戦艦の大砲並みなのか、どっちなんだ。 魅音(私服): んじゃ、えっと……涼宮さんでしたっけ。あなたもやってみますか? ハルヒ: えっ、いいの? やるやる、あたしも参加させて!! 即答でハルヒは迷いも躊躇いもなく、渡された何枚かの「カード」を受け取る。 そして彼女は長門、朝比奈さんにも1枚ずつ握らせてためらいもなく彼女たちの掛け声を叫んでいった。 有希: ……これは。 みくる: え、えっと……これをあたしは、どうすれば……!? ハルヒ: あたしもわかんないわ! とりあえず見様見真似よ!『ロールカード・エスカレーション!』 みくる: 『ろ、ロールカード……エスカ、レーション……!』 有希: 『……ション』 実に三者三様な掛け声が上がる。 赤い顔でおずおずと唱える朝比奈さんは相変わらず可愛い、なんて感想を抱いた俺の目の前で彼女たちの「カード」はまばゆい光を放っていき――。 やがてそれが収まると、3人の手には形容し難い武器……のようなものが握られていた。 キョン: お……おい、いったいそれはなんなんだっ?手品か? 物騒なものを出して、危ないだろうが! 古泉: いえ……種も仕掛けも、全く察知できませんでした。手品というより、魔法と呼んだほうがいいでしょうね。 魔法だったら、もっとたちが悪い……ん? 魔法?というか、彼女たちがあんなものを出せるということは、まさかこの空間はハルヒに支配されて――? ハルヒ: 悪霊専用の魔法みたいなもんかしら。いいわ……とってもいい!あたし一度は悪霊退治をやってみたかったの! ……やっぱりお前か。お前なのかハルヒよ。俺たちだけならともかく、さっき会ったばかりの連中になんてものを見せやがったんだ。 古泉: いえ……どうやらこれは、違いますね。 そう言って古泉は、思わず頭を抱える俺に向かって首を振ってみせた。 キョン: は……? いったい何が違うというんだ。俺にもわかるように説明してくれ。 古泉: では、端的に。涼宮さんたちが持っているあれらは、彼女の力によって生み出されたものではないということです。 キョン: つまり……あの自主制作映画の時みたいに、あいつがやったんじゃないってことか? 古泉: あくまで僕の直感ですが……。涼宮さんが望んでいたのは幽霊との邂逅であり悪霊退治ではないからです。しかも……。 みくる: こっ……来ないでくださーい!! 有希: ……使用可能を確認、威力を調整。攻撃を開始する。 ハルヒたちは村の女の子たちにも負けない……いや、ある意味でそれを凌駕するほど力とキレで怪物たちを圧倒していく。 ……もはや漫画か、ハリウッドの特撮映画で見るような獅子奮迅の戦いっぷりだ。少なくともここまでの摩訶不思議は今までに見たことがない。記憶にもない。 古泉: ……さて、どうしましょう。僕も、あの中に参加した方がいいんでしょうか? キョン: やめてくれ。余計にややこしくなるだけだ。 俺は大きくため息をついて肩を落とし、さっきとは違う頭痛を覚えていた……。 Part 04: その夜。魅音さんの実家だという園崎本家では、俺たちの歓迎会が開かれていた。 これが旧家というものなのか、城か武家屋敷のような広大な建物のつくりに圧倒される。この居間など、時代劇のセットなんかで使えると思えるほどの広さだ。 目の前には海山の食材をこれでもか、とふんだんに使った色とりどりのご馳走が並んでいる。ここまで贅沢な夕食は、めったにお目にかかれないだろう。 ……だが、食欲がわかない。とにかく頭の中が、色んな情報という名の物質を詰め込んで核融合でも起こしたように破裂寸前だ。 長門だけでなく古泉も、普段と同じ表情を装って食事をしながらも口数が圧倒的に減っている。たぶん現状を理解するべく思考回路がフル回転なのだろう。 そして、朝比奈さんは……。 みくる: キョンくん、あの……。 キョン: ? なんですか、朝比奈さん。 みくる: ……。いえ、なんでもないです……。 と、さっきからこの調子だ。俺の顔をちらちらと伺って何かを伝えようと呼びかけてくるのだが、向き合った途端気持ちが挫けたように口をつぐんで俯いてしまう。 ……今思えば、この村に来た時からずっとこんな調子だ。ひょっとして彼女は、未来における何かを知っているのだろうか。そして俺たちに言えない、他の理由が……? 魅音(私服): あっはっはっはっ、やるねぇ涼宮さん!初めてなのに、あれだけ見事に『ロールカード』を使いこなせるなんてすごいですよ~! ハルヒ: あたしって、怪物退治の才能があったのかしらね。今日初めて気がついたわ! 大発見よ! レナ(私服): あはははは、すっごく頼もしいです♪朝比奈さんと長門さんも、お疲れさまでした。 みくる: あ、は……はい。ありがとう、ございます……。 有希: …………。 沙都子(私服): そうですわ、涼宮さん。今日は村のお祭りですし、よかったらあなた方も参加してみてはいかがでして? ハルヒ: 村のお祭り?そんな時に来るなんて、ナイスタイミングね!ぜひ楽しませてもらうわ! ご機嫌のハルヒは女の子たちからの提案に対して、喜んで頷く。……映画の約束はどうした、とも思ったが口を挟むのも野暮なので黙っておくことにした。 非日常を求める彼女にとって、確かにここは理想に近いのだろう。あの『ツクヤミ』と戦っていた時、驚きや恐怖よりも満面の笑顔を浮かべていたのだから。 キョン: (まぁ……ハルヒがご機嫌であることが、俺たちにとって最優先すべき事項だしな……) ハルヒ: そうそう、あたしが求めてたのはこういった展開なのよ!普段の退屈でくだらない毎日の繰り返しでは味わえない、新鮮で刺激的なサプライズ満載のアクシデント! ハルヒ: まぁ、少しはホラー展開を期待してたから、幽霊みたいなのを見られなかったのは残念だけど……それを補って余りある娯楽がてんこ盛りで最高よ! 魅音(私服): へぇ……ホラー展開、ですか。ちなみに涼宮さんは、どんなのを求めてこの#p雛見沢#sひなみざわ#rに来たんですか? ハルヒ: よくぞ聞いてくれたわ!あたしの期待してたのはね――。 ……ダメだ。ハルヒのやつ、これまでの妄想を全肯定してくれるやつと出会ってしまったおかげで、すっかり童心に帰ったようになっちまってる。 ここで変に口を挟んだりすると、あいつのことだから不機嫌になって俺の口を縫おうとしてくるに違いない。それも比喩ではなく、物理的に。 だから俺は、これ以上ここにいても空気に耐えられる自信がないので退散しようと腰を浮かしかけた――その時だった。 梨花(私服): ……みー。 まるで猫の鳴き声のような可愛らしい声が聞こえて、俺は視線を足元に移す。そこにいたのは猫ではなくきれいな黒髪を肩から背中に流した、小さな女の子だった。 キョン: ? 君は確か、えっと……。 梨花(私服): 古手梨花と申しますのです、ぺこり。……あなたたちに少し、場所を移したところで話をさせてもらいたいのですよ。 古泉: それはありがたいです。どうやらこの中だと、あなたがこの世界の秘密について詳しくご存知のようですからね。 有希: ……(こく)。 反対側に顔を向けると、古泉と長門が立っていた。どうやら2人も、この場にいても仕方がないと思ってタイミングを見計らっていたらしい。 有希: あなたはどうする? 願ってもないことだと、俺は迷いもなく頷く。すると、 みくる: ……あの、キョンくん。あたしも、話しておきたいことがあるんです。 キョン: 朝比奈さん……? 俺と朝比奈さんに古泉、長門は古手梨花の誘いを受け、彼女の他に羽入という不思議な女の子も加えて屋敷を少し離れたところへ向かい、話をすることになった。 ……何が不思議かというと、その子の頭には角が生えていたからだ。最初は斬新な髪飾りかと思ったが、どうやら違うらしい。 ただ、それ以上に聞いておきたいことがあったのでとりあえず棚に上げ、俺たちは2人と向かい合った。 梨花(私服): ……どうやらあなたたちは、この「世界」の人間ではないみたいね。 急に変貌した口調に、一瞬戸惑う。可愛げのある声色から大人びた話し方で敬語もなしになるとはさすがに想定外だったので、不意をつかれた思いだ。 とはいえ、事実をずばりと切り出してきたのは彼女としても急ぐ意図があるのだろうと考え直して、俺はすぐ納得することにした。 キョン: おそらく、それが正解だと思う。で……君たちはいったい、何者なんだ? キョン: 差支えがなければ、教えてくれ。それが無理なら、ヒントだけでも頼む。 羽入(私服): この「世界」にあって「世界」の因果律から切り離された存在――。 羽入(私服): ……あなたたちが探しに来た「幽霊」という表現も、当たらずと言えども遠からずなのですよ。あぅあぅ。 古泉: なるほど。涼宮さんが幽霊を見つけることを望んだからこそ、幽霊がいるこの「世界」への道が開かれた……そういうふうに解釈すればいいわけですね。 有希: ……状況は、もっと深刻。 そう言って長門は、古泉の解説に硬い口調で口を挟んできた。 有希: 涼宮ハルヒの世界創造力を使って、ここを実際の世界へと繋げようともくろむ存在が確認できる。それを倒さなければ、私たちは永遠にこの世界へと閉じ込められることになる。 そうか。よし、なるほど最悪だな。幽霊の世界に閉じ込められるなんて、シャレにもならない。 キョン: ……だが長門、そこまで言うからには敵の正体はわかっているのか。どこにいけば見つけられて、倒すことができるんだ? 有希: 対象は、すでに確定済み。私たちが今日出会った人物の一人が、その元凶。 キョン: ……そうなのか? 少なからず、俺は驚きを覚えて長門に聞き返す。俺たちが出会ったのは、あの宴会の席にいた女の子たちだけだ。ということは、つまり……。 古泉: あの中に、異能者がいるということですね。 こくり、と無言で長門は頷く。 異能者か。あの女の子たちは全員、とんでもない力を持っているようにしか見えなかったが……それ以上のバケモノがいるってわけか。 しかし……そいつは誰だ?少なくとも、それと気づくような怪しい素振りを見せた子はあの中にはいなかったと思うんだが。 キョン: (……いや、待て。確かに「見せた」やつはいなかったが、「見せなかった」やつは……ひとり……?) みくる: あ、あの……っ。 と、俺たちの会話の中に可愛い声が差し挟まれる。誰かと確かめるまでもなく、それは朝比奈さんだった。 みくる: ……ごめんなさい。実はあたし……この世界に来た時から、わかってました。 キョン: えっ……? みくる: ここは、確かに昭和58年……あたしたちから見れば、過去の世界です。 みくる: でも……涼宮さんやキョンくんが存在する現在から直接繋がった、正規の過去ではないんです。 キョン: ……ってことは、なんなんです?っていうか古泉と長門もそうだが、なんで朝比奈さんも事前にそのことを説明してくれなかったんですか? どう考えても俺たちがここに来たのは、この世界の人たちにとって面倒事を持ち込んだに等しい。明らかに両方にリスクが高すぎる干渉だ。 みくる: ……内緒にしてたわけじゃないんです。あたしも実は、過去の時間軸に移動したという事実にはある手段を用いたことで偶然、気がついただけなので……。 キョン: ある手段……とは、なんですか? みくる: ごめんなさい……禁則事項です。でも、あたしたちが送り込まれたことにストップがかからなかったのには、何か理由がある……。 みくる: 今はあたしも、そうとしか説明できません……。 ……説明といいつつ、まるで説明になっていない内容だ。とはいえ制限の多い彼女には、これが精一杯なのだろう。 キョン: 要するに、この世界にとってもハルヒを送り込むことは必要だったってわけですね。……で、この後は?もちろん元の世界に帰る算段はついてるんですよね? みくる: あ、はい。もちろんです。ただ……。 有希: 帰還するためには「ゲート」を探し、それを作動させる。そのためにこの世界を一度、崩壊へと導く。 上手く説明ができないのか、おどおどと言い淀む朝比奈さんを引き継ぐようにして長門が淡々と実にわかりやすく、容赦のない物騒な言葉で断じる。 さすがに俺もそれを聞いてぎょっとなり、それを言葉通りに受け入れていいものかわからず彼女に顔を向けて尋ね返していった。 キョン: 崩壊させる……って、どういう意味だ長門?壊した後、この世界はどうなるんだ!? 有希: 言葉の通り。全てが無に帰ることになる。……元々存在しなかった世界、残しておくと後顧の憂いに繋がる。 キョン: だからってお前、そんな薄情な……!! 残酷すぎるその解決策の内容に、俺はたまらず長門に食って掛かる。 ……わかっている。理解はできる。この世界は俺たちのいた世界とは異なる場所で、壊れても何の影響もないと。 だが……この世界にも人はいる。生きているのだ。さっきまで話していた女の子たち、途中で見かけた村の人……。 そして何より、この目の前に立っているこの子たちも……! 梨花(私服): …………。 梨花(私服): 思っていた通り……あなたは、優しい人ね。 そんな逡巡が伝わったのか、古手梨花は穏やかに笑いながら俺の手を取ると静かに言葉を繋いでいった。 梨花(私服): 残念だけど、これは運命。もう決まっていることなの。だからあなたが苦しんだり、悲しんだりする必要はないわ。 キョン: っ……君たちは、それでもいいのか……? 梨花(私服): 良くはないけど、回避する手立てが見つからないのも事実。……だけど、安心して。私たちは必ず幸せの『カケラ』を見つけ出して、未来に行ってみせるから。 梨花(私服): この「世界」では叶わなかったとしても、次の「世界」……あるいはいくつか先に存在する、「世界」でね。 キョン: ……わかった。 それだけをなんとか口に出して、俺は頷く。 今の言葉にあった『カケラ』の意味はわからない。だけど希望を持ち、未来に向けて努力しようとしているその姿にそれ以上の言葉は無粋な上、失礼というものだろう。 だから俺は、彼女たちがいずれ幸せを掴むことを信じて……そして、心からその成功を祈りたかった。 梨花(私服): ……だとしたら、明日の夜が決行日ね。最大のピンチだけど、唯一のチャンスがそこにあるはずだから。 そう言って古手梨花は、明日に向けての作戦を語っていった――。 Part 05: ……そしてやってきた、#p綿流#sわたなが#rしの夜。 屋台での対決を楽しんだ後、奉納演舞を見学することになった俺たちの前に、信じられない光景が現実となって広がった……! キョン: な……っ……!? 突然のことだった。村人の誰かが叫び声を上げたかと思うと、すぐそばにいた仲間か家族、あるいは知人かに掴みかかって、その首筋に噛みついたのだ。 ……周囲に飛び散る大量の血しぶき。一瞬の出来事に俺たちは声も出せなかったが、惨劇はそれだけで収まらなかった。 村人A: 殺せ……殺せッッ!!ここにいる全員、皆殺しにしろッッ!!! 村人B: ひゃっはははははは……血だ、血だッ!!まだ足りない……もっとよこせ、もっとだッッ!!! 次々に村人たちは狂気の形相に目を剥き、口を裂き……猛獣のような叫声を上げながら誰彼構わず襲いかかっていく。 その凄惨な有様と血の臭い、そして飛沫を目の当たりにしたのか朝比奈さんは早い段階で気を失ってしまっていた。 そんな彼女をかばいつつ長門が「カード」の力を把握したのか能力を行使し、襲い来る連中を排除ないしは無力化していく――! 有希: リミッター解除、申請……通信エラー。緊急事態のためこれよりスタンドアロン状態へ移行、異世界のエネルギー転用による自衛を開始する。 もはやハルヒの見ている前であろうとなりふり構ってはいられなくなったのか、長門の攻撃は一切の容赦がない。 物理法則を超越した力が生み出した衝撃波を喰らい、迫り来る村人たちは残らず闇の奥へと弾き飛ばされて……再びその姿を見せることなく沈黙していった。 ハルヒ: ねえキョン……あの人たち、狂犬病か何かにかかってるってことなんじゃない?なんとかしてあげられないのかしら……! 狂犬病か。村人が一斉にその病気を発症するなんて、もはや奇跡の確率だ。……ただ、それが事実であればどれだけマシだっただろうかと心底思う。 キョン: ……気持ちはわかる。だが、今は無理だ。とにかくこの危険な状況から脱出してからにしよう。 ハルヒ: そうね……。とにかく視界が悪いんだから、あんたも周りに注意して進みなさ――危ないっ! キョン: っ……は、ハルヒっ!? いきなり突き飛ばされて地面に転がった俺の上に、のしかかるようにハルヒの身体が覆い被さってくる。 慌てて抱き起こすと、彼女は「うっ……!」と苦痛に顔をゆがめてうめき声を上げ……力なく俺の胸元でうなだれながら気絶してしまった。 キョン: しっかりしろハルヒ、大丈夫か!? 有希: ……身体に異常はない。おそらくあなたをかばった瞬間頭部に衝撃を受けて、意識を失っただけ。 キョン: 頭にって……村人の攻撃をっ? 有希: それは未然に防いだ。体当たりで転倒した際に、勢い余ってあなたの胸に頭をぶつけた。外傷もない。 キョン: そっか。……マジで肝が冷えたよ。ありがとな、長門。 古泉: とにかく、急ぎましょう!古手梨花さんが教えてくれた通り、祭具殿へ! 古泉: 朝比奈さんは僕が背負いますので、あなたは涼宮さんをお願いします! キョン: わ……わかった! 朝比奈さんを古泉に託し、俺はハルヒを背負う。そして迎撃を長門に任せながら、一気に駆け出した。 キョン: ……おい長門、古泉!まさかこれも、ハルヒがホラー展開を望んだからこうなったんじゃないだろうな!? 有希: 違う。涼宮ハルヒは能力を別にして、良識の持ち主。こんな事態を望んだりはしない。 キョン: ……だよな。それを聞いて安心したよ。 古泉: 僕も同感です。確かに涼宮さんは幽霊との邂逅を望んでいましたが……こんな形ではなかったはずです。 古泉: それに彼女は、この世界を気に入っていた。世界の崩壊を望むとは考えられませんね。 キョン: じゃあいったい、これは誰が引き起こしたってんだ!? 有希: おそらく……今回の元凶。涼宮ハルヒに恐怖を与えることでこの世界を否定させて、その流れを逆用することで現実世界につなげようとした。 有希: それが今回の次元移動……。 その壮大かつ、悪辣な計画内容に慄然とする。……が、俺はそんな中で疑問を抱いていた。 キョン: いったい誰が、ハルヒのその能力に目をつけたんだ……? まるでそれは古泉や長門、朝比奈さんが所属する組織に匹敵するほどの存在ということになるが……。 と……その時だった。 キョン: んなっ……? レナ(私服): あはははは……みんな、どこに行くんですか……? 魅音(私服): 祭りはまだ、始まったばかりですよ……?くっくっくっ……あっはっはっはっはっ!! そう狂ったように嗤いながら、村人たちと同じように恐ろしい形相をした女の子たちが目の前に立ちふさがってきた。 キョン: くそっ……そこをどいてくれ!お前らとは、戦いたくない……! 少なくともこの村のいる間、彼女たちはみんなとても優しくもてなしてくれた。 だから、ここが俺たちのいた場所とは違う世界で……もはや消える運命にあるところだから俺の自己満足だとしても、できればこの子たちの苦しむ顔は見たくなかった。 だが……そんな俺たちの声も想いも届かなくなったのか、女の子たちはジリジリとこちらに向けて歩み寄り……手に持った武器を禍々しくかざしてくる。 そして、その中のひとりが俺に襲いかかって……間一髪でかわしたものの、体勢を崩してしまったことで背中に負っていたハルヒを芝生の上に落としてしまった。 そこに容赦なく、別のひとりが飛びかかる――! キョン: ハルヒっ……!! 必死にそれをかばおうと、俺は身体を投げ出す。だが……それよりも早く割って入ってきた小さな人影が、女の子たちの攻撃を鋭く打ち返した。 キョン: お、お前たち……っ? 梨花(巫女服): ……早く逃げて。たった今、元凶を足止めしてきたわ。 羽入(巫女): ただ……長くはもたない。今のうちに、お前たちだけでも行けッ! キョン: い、行くってどこにだ!? 梨花(巫女服): 昨夜言ったでしょ?最大のピンチが唯一のチャンスだって……! 羽入(巫女): その娘の世界創造力を使って、この先……祭具殿に脱出口を開いた!そこに行けば元の世界に戻れるはずだ……急げっ!! キョン: ……すまない。行くぞ長門、古泉!! 約束だから、言う通りにする……そう自分に言い聞かせて俺は、後ろ髪をひかれつつもハルヒを背負い直して境内の奥へと駆け出した。 …………。 一穂:私服: …………。 梨花(巫女服): あんたが、全ての元凶だったなんてね……さすがに、予想外だったわ。 キョン: っ……見えたぞ、あれだ! 暗闇の中、本当に目的のところに向かっているのか不安だったが……それを打ち消すように月明かりが俺たちの目の前にある建物を照らし出す。 その入口には、形容しがたい色に染まったものが渦巻いているように見える。……おそらくあれが、さっき聞かされた「脱出口」というものだろう。 ハルヒ: っ……こ、ここは……? と、その時……俺の首元で、くぐもった声が聞こえる。肩越しに振り返ると薄目を開けたハルヒの顔があって、安心とともに……場違いとは思いつつも照れを覚えた。 キョン: 気がついたか、ハルヒ!あれが出口だ、あと少しで……っ? 急に、抵抗が強くなって俺は立ち止まる。振り返るとハルヒは俺の背中から強引に地面へ降りて、俯き加減のままその場に立ち尽くしていた。 キョン: どうした、ハルヒ!早く逃げないと、ヤバいぞ! ハルヒ: …………。 虚ろな表情のまま、ハルヒはその場に立ち尽くしている。そして、わずかに顔をあげ……俺に視線を向けていった。 ハルヒ: ……嫌、よ……。 キョン: なっ……!? ハルヒ: まだ、幽霊を見つけてない……それを見てからじゃなきゃ、あたしはまだ……帰らない……帰らないわ……。 キョン: 幽霊なんて、もういいじゃないか!このまま帰れなくなって、お前はそれでもいいのか!? 俺はハルヒの両肩に手をかけ、必死に呼びかける。……と、俺の隣に立った古泉が彼女の様子を見つめてから、苦々しげな口調で呟くようにいった。 古泉: ……困りましたね。どうやら今回の敵なる存在が、自失状態に置いたことで彼女の意識を一時的に支配しているようです。 キョン: じゃあ、どうしろと?長門、あの空間はいつまで使えるんだ!? 有希: ……次元の門が閉鎖されるまで、あと2分。このままだと、私たちは永遠にこの世界の中へ閉じ込められることになる。 有希: 涼宮ハルヒの意識を元に戻すには、覚醒を促す刺激が必要。……アプローチを提案する。 古泉: ……なるほど。涼宮さんが元の生活に戻りたくなるような何かに気づかせることが必要ってわけですね。 キョン: っ……んなこと言われたって……! 元の世界に戻りたいと思わせろ? 無茶を言うな。ハルヒはこの世界に来て、ものすごく楽しんでいたんだぞ。 惨劇を見せられたのは予想外だったかもしれないが、少なくとも彼女が望む新鮮で、刺激的な要素が満載だった。 それに勝る魅力をすぐに思い出せるくらいなら、こいつはこれまでの日常に不満なんて抱いてないし、ましてやSOS団なんて作っちゃいない。 ちくしょう、なんてこった。ここまで来て八方塞がりだ。俺たちがこいつを救える手段は、もうないってのか……!? …………。 いや、待て。……「こいつ」ならどうだ? もはや、カンダタに垂らされた細い蜘蛛の糸のように頼りなく根拠に欠ける1本だが、もしかして……? キョン: おい……ハルヒ、さっさと起きろ。これが終わった後、みんなと映画に行くって約束したじゃないか。 ハルヒ: ……映画……? キョン: そうだ、映画だ。お前には期待も薄いただの暇つぶしだったのかもしれんが、俺は結構楽しみにしてたんだ。 ……わかっている。ハルヒにとっては、ドタキャンも選択しかけていたほどのどうでもいい、気まぐれな誘いだ。元の世界に戻りたいというほどの強いものではないだろう。 だけど俺にとっては、元の世界に残してきた確かな予定だ。それだけかもしれないが、ハルヒと過ごすことであの世界も捨てたものではない、と思うことができる。 ハルヒ: …………。 キョン: どうした、ハルヒ。どんなにちっぽけな約束でも、自分で立てた予定を自分の失態で反故にするなんてお前のプライドが許さないはずだ。 キョン: それに……お前は興味のないふりをしていたが、朝比奈さんが話していた新作パフェに聞き耳を立てていたよな。もし戻ることができたら、映画の後でおごってやってもいい。 キョン: だから、帰ってこい……ハルヒ……!SOS団の活動は、まだまだ続くんじゃなかったのか……!?             …………。             …………。 ハルヒ: ……うるさいわね、キョン。しつこく言わなくったって、ちゃんと覚えてるわよ。 Epilogue: ……目を開けると、飛び込んできたのは青い空。 キョン: ……んぁ……? 起き上がって周囲を見回す。……俺は、古手神社の鳥居の付近に腰を下ろしていた。 キョン: ここは……どこだ……?元の世界に、戻ってくることができたのか……? 梨花(私服): 『えぇ、そうよ』 俺の呟きに答えるように、そう言って目の前に現れたのはぼんやりと影のように揺らぐ……古手梨花の姿だった。 キョン: これは……どういうことだ。俺はまだ、夢の続きでも見てるのか……? 梨花(私服): 『いいえ、夢じゃないわ。……でも、さっきまでのことは夢であったほうがいいのかもしれないわね』 梨花(私服): 『あなたたちに、言っておきたかったことがあったから……羽入の知り合いの力を借りて、ちょっとの間だけ回線を繋いでもらったのよ』 キョン: ようするに、残留思念……幽霊みたいなものか。 梨花(私服): 『その理解でも、ある意味正しいかもしれないわ。……色々と迷惑をかけて、本当にごめんなさい』 キョン: いや……。 苦い思いを噛み締めて、俺はため息をつく。……実際に幽霊をこの目で見ることができたというのに、達成感はまるで湧いてこなかった。 そして、肩にもたれかかって眠っているハルヒを慎重に横へとずらし、「幽霊」に歩み寄る。俺も、彼女に言っておきたかったことがあったのだ。 キョン: 気にしないでくれ。俺たちこそ、お前たちのことを助けられずに逃げてしまった。本当にすまない……。 梨花(私服): 『謝らなくてもいいわ。あなたたちが来ても来なくても、結末は変わらなかった』 梨花(私服): 『……むしろ、最悪の未来を回避できただけでも感謝しているのよ』 キョン: ……。結局、この村には何が起きたっていうんだ? 梨花(私服): 『わからない。私もどうしてあんな力が生まれて、あんな怪物が出現して……そして村があの祭りをきっかけにおかしくなったのか、全くわからないの』 梨花(私服): 『……ただ、あなたたちが来てくれたおかげで真犯人の手がかりをつかむことができたわ』 そう言って梨花は、ふふ、とほほ笑む。 死んだ彼女に、何かができるというわけでもないだろう。だから俺のことを気遣っての慰めだと、すぐにわかる。 わかるからこそ俺は、「……そっか」と梨花には短く答えるのみにとどめた。 梨花(私服): 『……昨夜のことは夢と、その子に言っておいて。最後の力を使って、うまくやっておいたから……それじゃ』 そう言って梨花の亡霊は、跡形もなく消え去っていく。 さて、ハルヒにはどう説明して納得させればいいかと考えあぐねたその時――。 ハルヒ: んっ……。 実にタイミングよくハルヒが目を覚まして、こちらに顔を向けてきた。 ハルヒ: あれ、キョン……ここは神社……? キョン: あ、いや……実はだな、ハルヒ……。 ハルヒ: あ……そっか。あたしたちここで、夜が明けるまで寝ることにしたんだったわね。 ハルヒ: 到着が遅い時間になって、暗い中だと危ないからってあんたたちに言われて、それで……。 キョン: ? あ、その……そうだよ、その通りだ。ようやく思い出したか。 ハルヒの話にうまく合わせながら、俺は額に浮かんだ冷や汗をそっと拭う。 ……そうか、梨花たちが「そういうこと」にしてこいつの記憶をいじってくれたってわけか。 起きたハルヒとともに、俺は石段の上から#p雛見沢#sひなみざわ#rと呼ばれた廃村を見つめる。 そしてしばらく黙り込んだその横顔をうかがいながら、ふと問いかけていった。 キョン: とりあえず、これからどうする? 古泉や朝比奈さんが起きるのを待って、村の中へ行ってみるか? ハルヒ: うーん……ほんとに何もないみたいだし、幽霊ウォッチングはやめましょう。 ハルヒ: 確か、この近くに温泉があったわよね。そこに行ってのんびりしていきましょう。映画はその後、戻ってからね。 キョン: ……あぁ、それはいいな。そんじゃ、古泉を起こして迎えの車を呼んでもらうとするか。 そう言って俺とハルヒは踵を返し、まだ眠っている古泉たちを起こしに戻ることにした。