……微睡の中のような感覚で目を開けると、私は知らない場所にいた。 美雪(私服): ……っ……? 地面のようなものも見えず、身体が宙に浮いているはずなのに……浮遊感のような不安定さがあまりない。 息は……普通にできる。目と耳も機能して、試しに言葉を発してみるとちゃんと音になっている。 だけど、なんとなくわかる……おそらく、ここは夢の中ではない。まして、あの世といった死後の世界でも。 私は、そんな場所にひとり……佇んでいた。 美雪(私服): ここは……どこ……? 誰に問うのでもなく、そんな疑問を独りごちる。……それは自分の気持ちを鎮めるための呟きで、別に何かの応答を期待したわけじゃない。 だけど、次の瞬間――私の背後から「声」が聞こえてきた。 田村媛命: 『……気がついた#p哉#sかな#r。間一髪で同調が間に合って、重畳#p也#sなり#rや』 明らかに聞き覚えのあるその「声」に、私は安心感を抱きながら勢いよく振り返る。 美雪(私服): 田村……媛……? 田村媛命: 『…………』 そこにいたのは、予想通りに#p田村媛#sたむらひめ#r命……。 だけど、その姿を見た私は声を失い……いつもの軽口を返すこともできないほどの衝撃を覚えて、思わず固まってしまった。 美雪(私服): なんで、身体が……ブレて見えるの……? 砂嵐が吹き荒ぶテレビの中から無理矢理抜け出してきたような姿を前に、沸き上がった安心感は瞬時に霧散する。 ノイズ混じりの映像のように乱れながら徐々に薄くなっていく輪郭は、今にも溶けて周囲の景色の中に消え入りそうだった。 田村媛命: 『……許せ、ミユキ。我輩の力は、もう……限界に近い哉……』 田村媛命: 『ゆえに、残りの力を使い……そなたに1ヶ月後の≪世界≫の様相を転送した……也や……』 美雪(私服): 1ヶ月後の「世界」の、様相……? 田村媛命: 『ヒトの言葉で申せば……≪予知夢≫というものが当たらずといえども遠からずである概念哉……』 ――予知夢……。 「夢」という言葉を聞かされて、驚くと同時に全身の力が抜けるかと思うほどの安堵を覚える。 つまり、さっき意識を失う前に見たものは全て現実ではなかったということなのだ、と理解することができたからだ。 いや、……ちょっと待て。 夢は夢でも、「予知夢」ってことは……? 美雪(私服): じゃ、じゃあ……さっき私が見てた光景が、いずれ現実になるってこと? 田村媛命: 『……#p然#sしか#rり。現状、何も変化を加えぬままいたずらに時を過ごせば、確実に……』 美雪(私服): …………。 ……先に知っておいてよかった、と喜ぶべきだろうか。 複雑な思いとともに、私の記憶の中に焼き付いた凄惨な光景が再び映像となって脳裏に浮かび上がってきた。 ……はっきりと覚えている。なにもかも。 騒がしくも華やかな駅前を行きかう人々が、血を吐きながらバタバタと倒れていき……。 折り重なるようにして地面を埋め尽くす、大量の骸。……その中には私の親友、千雨の姿もあった。 私はその亡骸にすがって、何度も名前を読んで、涙が出るよりも先に、私の口から血が溢れて――。 美雪(私服): ……っ……! 思い返しても、全身が震えて……涙が出そうになる。 これまで体験してきたものの中でも、あれほどの恐怖と絶望感を味わったのはきっとこれまで一度もなかったはずだ。 美雪(私服): (あと……そうだ。確か意識を失う直前に、そばに誰かがいる気がして……) 美雪(私服): 血を吐いて倒れた私を、見覚えのない姿の女の子が見下ろしていた……ような。 美雪(私服): (……記憶違いだろうか。あの状況で、そんな子がいるわけがない……) そう内心で呟き、思い出すことを止めて私が首をかすかに振る……と。 田村媛命: 『……やはり、あやつが現れた哉』 美雪(私服): え……? 田村媛命: 『断りなくそなたの記憶を除いた無礼は謝罪する也や。なれど……』 美雪(私服): ……どうしたの、田村媛? 田村媛命: 『心して記憶する哉。それは≪#p采#sウネ#r≫と申す……宇宙からやってきた生命体也や』 美雪(私服): う、ウネ……?それに、宇宙……? 想定外の方向から飛んできた単語に、面食らう。 ただでさえ、私たちは過去の世界だの怪物だの、現実では考えられないものを山ほど見せられてきた。 だから、これ以上の怪異は勘弁してほしいし……冗談であってもらいたいという思いすらある。 だけど、……田村媛は表情を崩さない。いやそれどころか、苦しげな表情の中にかつてないほどの緊張を浮かべていた。 美雪(私服): えっと……その#p采#sウネ#rってやつは、その……宇宙人ってことだよね。つまり、別の世界のヒトってこと? 田村媛命: 『ヒトにはあらず哉。ただヒトを模しているだけで中身はまるで異なると考えて支障はない也や』 美雪(私服): ……なるほど。 与えられた情報を、頭の中で整理する。つまり、田村媛命のように『神』に等しい存在と考えておけということだろう。 美雪(私服): 神様が人の姿になってるってことは……地上に降りてくる神話の登場人物みたいに、本質的には人間じゃないってわけだね。 田村媛命: 『然り』 田村媛命: 『やつは≪眠り病≫なる病を蔓延させ、そなたの「世界」を混乱に陥れている元凶とも呼べる存在哉……』 美雪(私服): 『眠り病』の元凶って……また新しい情報が出てきたね。 美雪(私服): つーか、だったらなんで私たちが霊樹を訪れた時にそれを教えてくれなかったのさ? 田村媛命: 『可能性は思い至っていたものの、やり口に不審な点が多く、確信が持てなかった也や……』 田村媛命: 『……なれど、ようやく其が采と判明したゆえそなたに伝えるに至った哉』 美雪(私服): ……んじゃ、そいつをなんとかすれば『眠り病』を止めることができるんだね。 田村媛命: 『然り。采は我輩……いや、この星全ての民にとって害悪をもたらす敵也や』 田村媛命: 『ミユキ……采の所在を突き止め給え。暗躍を止めねば、「世界」を構築する因果律は奪われ、未来は永遠に閉ざされる哉』 未来が閉ざされる……。 美雪(私服): ……つまりあと1ヶ月ほどで、私の夢は現実になってたくさんの人が血を吐いて……死ぬ……? 田村媛命: 『然り』 田村媛命: 『……だが、あれが采の望んだ未来とはとても思えぬ也や。ゆえになぜ、あのような所業をしでかしたのか、いまだにわからぬ……』 美雪(私服): ……どういうこと? 田村媛命: 『……すまぬ。共に思考に費やす時間も力も、今の我輩には残っておらぬ哉……』 そう言いながら、田村媛の手が伸びて……私の頭をそっと撫でる。 ……体温は感じない。それどころか、触られた感覚もない。 でも、わかる。頭を撫でられている。 間近にある田村媛の顔は、悔しそうで、悲しそうで……今にも泣き出しそうで。 見ているだけで、胸を締めつけられるような切ない想いが伝わってきた。 田村媛命: 『ミユキ……そなたに、全てを託す也や。そなたひとりに背負わせるのは甚だ遺憾だが、他に打てる手がない哉』 田村媛命: 『……託させて、くれ給え……』 する、と田村媛の手が頭から離れる。 美雪(私服): ちょ……ちょっと待って、田村媛っ!その采ってヤツの所在はそもそもどうやって突き止めればいいのさ?! 田村媛命: 『…………』 美雪(私服): 待って……待って! 消えないで!私はいったい、どうすれば……! 必死に手を伸ばし、そこにいるはずの田村媛に向けて手を伸ばす。 だけど、さっきまで頭を撫でてくれるほどすぐ近くにいた彼女は……。 もはや実体どころか影さえおぼろげになり、そこにいたことが嘘であったかのように霞んで今まさに消え去ろうとしていた……! 田村媛命: 『……あの者に導かれたことで我輩の前に現れ、今の役回りを演じることになったそなたの言動……甚だ無礼ではあったが、憎めぬものであった哉』 田村媛命: 『願わくば、再び本来のそなたと相まみえる機会があることを……っ……』 月のない夜の海のごとく、暗く深い闇へ、私はたったひとり、放り投げられた――。 美雪(私服): 田村媛命おおぉぉぉおっっ……ッッ!!