Part 01: 梨花(私服): #p綿流#sわたなが#rしが終わって、一ヶ月以内に別のお祭りだと若干せわしなさがあるわね……。頭の固い町会の連中が開催を渋ったのも、少しわかる気がするわ。 七夕祭りの準備に勤しむレナや魅音たちの楽しげな気分に余計な水を差さないように、私はそっと小声で独り言を呟く。 すると、それを耳ざとく聞いたのか隣の羽入が笹作りの手を止め、小首を傾げながら私に怪訝そうな顔を向けていった。 羽入(私服): あぅあぅ……? 梨花は、今回の七夕祭りにあまり乗り気ではないのですか? 梨花(私服): そんなわけないでしょう?お祭りは季節ごとどころか、毎月あってもいいって思っているくらいよ。……毎日は勘弁だけどね。 幾千幾万、同じ時間と事象を繰り返してきた中……お祭りの時は毎回変化があり、大小の違いがあった。だから私はお祭りを見るのも、参加するのも好きだ。 特に今回のように初めてのお祭りには、わくわくとした「期待」を感じている。そのためなら多少の手伝いくらい、なんてことはない。 梨花(私服): それに、七夕祭りを村挙げて開催するなんてことはこれまでの「カケラ」の中でもなかったはず。少なくとも、私の記憶にはない……羽入はどうかしら? 羽入(私服): そうですね……小規模に笹作りを楽しむならまだしも、#p雛見沢#sひなみざわ#rの人たちがこうして七夕の時期に盛り上がるのは僕も初めて目にするような気がするのです。 羽入(私服): いずれにしても、みんなと楽しく騒ぐことができておいしいものをたくさん食べられるのなら、僕は大歓迎でやる気が全力全開っ! なのですよ~♪ 梨花(私服): ほんとあんたって、関心が食べ物に偏っているわね。いっそ曰くをでっち上げた名物のお菓子でも作って、祭りの時とかに売り出したりしてみる? 羽入(私服): それはいい考えなのです!早速レナや菜央に相談して、斬新でおいしいお菓子を考えてもらうのですよ~あぅあぅっ♪ 梨花(私服): ……冗談に決まっているでしょ。古い因習にとらわれるつもりはないけど、少しは伝統というものを大事にしなさい。 神様のくせに、俗物的な企画を持ちかけられてあっさり乗ってしまう軽薄さに呆れながら……私は今回の祭りの経緯について、思いを馳せる。 そういえば、話を聞いて一番驚いたというか違和感を抱いたのは……とにもかくにも町会の連中が、祭りの実施に賛同してGOサインを出したことだ。 もちろんその結果は、魅音と詩音が提案したという企画内容と粘り強い交渉があってこそだと思うので、正直2人のことはすごいと感じている。 だからこそ、私たちは報酬や対価などを求めることなく祭りの準備を率先して手伝い、今もこうして協力を惜しまないのだが……。 普段から頭の固い年寄り連中が、魅音たち若手からの提案に賛成して、受け入れた……その喜ばしい事実が、どうにも引っかかってしまうのだ。 梨花(私服): (陰謀……ではないと思う。ただ、誰かの意思を反映した何かがあるような……?) とはいえ、それが何かと問われても推論すら出すことができないので……私としては、口をつぐむしかない。 あるいは、発言力のある年寄りの何人かの機嫌がたまたま良かったのか、それとも単なる気まぐれか……とにかく運が良かったという可能性もある。 いずれにしても、わからないことは深く考えてもあまりいい結論には繋がらない。そう思い直して私は、この小さなわだかまりをあえて無視することにした。 梨花(私服): そういえば、羽入。去年は七夕の時期に、私たちって何かやったかしら。どういうわけか、あまり記憶がないんだけど……。 羽入(私服): ……よく覚えているのです。というより梨花、あなたは忘れてしまったのですか? そう言って羽入は、怪訝な表情を浮かべながらやや戸惑うようにおずおずと尋ねかけてくる。 まるで、こちらの顔色をうかがうような仕草に苛立ちを覚えた私は鼻でもつまんでやろうか、と彼女に向けて手を伸ばしかけたが……。 羽入(私服): 七夕の頃と言えば、綿流しが行われた直後。……去年も、色々なことがありました。 梨花(私服): ――っ……。 はっ、と私は息をのんで手を止め、こちらをまっすぐに見つめてくる羽入から……そっと視線を逸らして下を向く。 6月の後半から、夏休みに入るまでの1ヶ月前後……去年は、本当に色々なことがあった。 ずっと人前に姿を見せてこなかった、魅音の双子の妹……園崎詩音の出現。そして4年連続で起きた、連続怪死事件……。 さらにはその直後、沙都子の兄である北条悟史が失踪して……彼女は天涯孤独の身となってしまったのだ。 羽入(私服): 悟史がいなくなった直後の沙都子は……本当に酷い状態でした。叔父の鉄平も#p興宮#sおきのみや#rに逃げて、あの一軒家で一人暮らしになって……。 羽入(私服): 梨花からの提案が、あと少し遅れていたら……あるいは沙都子が躊躇うか、断っていたら……未来はきっと、違うものになっていたのですよ。 梨花(私服): ……そうね。 私は視線を移動させて、少し離れた場所で詩音たちと談笑している沙都子を見つめる。 ここ数日、彼女はなぜか顔色が優れない様子だったが……今日は七夕祭りの飾りを作りながら、比較的元気そうだ。 聞けば先日、浴衣を作ってもらうことになったらしい。詩音からの提案だったとのことだが、おそらく彼女も沙都子の最近の様子を見て、気遣ってくれたのだろう……。 梨花(私服): (沙都子が一緒じゃない未来……か) 今となってはもはやただの妄想だし、想像したくもない。そんなことを考えながら私は、沙都子を最初に迎え入れた「あの日」のことを思い返していた……。 Part 02: そわそわと落ち着かない気分で窓際に座っていると、遠くの方から鞄を持ってやってくる人影が見える。 目を凝らさなくても、誰かなんてすぐにわかった。私は窓の外に向けて手を振り、大声で呼びかける。 梨花(私服): みー、沙都子~♪ 声が届くかは怪しい距離だったが、それでも沙都子はなんとか気づいたのか……こちらに俯き加減だった顔を向けてくれる。 あいにく、笑顔や返事といったあからさまに好意的な反応はなかったけれど……声を受けてからその歩みは、やや早まった感じだ。 うん……それでいい。たったそれだけでも、今の彼女が必死に応えようとしてくれているかを理解して……思わず、胸が熱くなった。 梨花(私服): ……っ……。 やがて近づいてきた沙都子の姿が建物の陰に消え、階下の扉を開く音が聞こえてくる。 とても待ちきれなくなった私は立ち上がり、玄関に向かって駆け出すと勢いよく扉を開け放った。 沙都子(私服): っ……り、梨花……? 扉の向こうには、沙都子が立っていた。ちょうどドアノブに手を掛けるところだったのか、右手が虚空を掴んで固まっている。 そんな姿も可愛らしくて、いじらしくて……私は自然と頬がほころぶのを感じながら、彼女に心からの想いを載せた笑顔を向けていった。 梨花(私服): みー、待っていたのです。ボクたちの家にようこそなのですよ~。 沙都子(私服): っ……い、衣類などの荷物はその……昨日、魅音さんたちが持っていってくださったので……今日は、残りを……。 梨花(私服): 大丈夫なのです。あっちの壁際に置いてあるので、あとで一緒に片付けようなのですよ。 沙都子(私服): …………。 梨花(私服): まずは、入ってくださいなのです。今日は暑かったので、麦茶でも飲んで一休みしましょうなのですよ~。 沙都子(私服): お、お邪魔しますわ……。 沙都子はそう言って、恐る恐る靴を脱ぐと畳の上に足を踏み入れる。 元々あった畳はかなり痛んでいたので、新しいものに交換すべきだったのだが……それだと彼女が気を遣って、寛げないかもしれない。 そう考えた私は、魅音に相談して何年か使った中古の畳を民家からもらい受け、それらをこの部屋全てに敷きつめていた。 梨花(私服): ……沙都子。今日からはここが、ボクたちの家なのです。 梨花(私服): だから「お邪魔します」ではなく、「ただいま」と言ってほしいのですよ。 沙都子(私服): ……さすがに、いきなりは無理ですわ。この家の空気に慣れるまでしばらく、お時間をいただけませんと……私は……。 梨花(私服): みー……確かにその通りなのです。わがままを言って、ごめんなさいなのですよ。 冗談にしても配慮に欠けていたことを反省し、私は沙都子に頭を下げて謝る。 数日を費やして大掃除と片付けを終え、満を持した思いで沙都子を迎え入れたという達成感が前に出すぎて……気が急いてしまったのかもしれない。 沙都子(私服): っ……あ、頭を上げてくださいまし、梨花。私はその、そんなつもりで言ったわけでは……。 沙都子(私服): ……むしろ、心から感謝しておりましてよ。こんな私を受け入れて、一緒に暮らそうと提案してくれたことが……本当に……。 梨花(私服): 沙都子……。 ぎこちないながらも、そう言ってくれることが……私にとっては本当に嬉しくて、ありがたい。 まだまだ、時間はかかるかもしれない。それでも沙都子がこう言ってくれるだけで、私はどこまでも頑張ることができる……。 そんな覚悟と決意を、私は改めて自分の心に刻み込んでいた。 沙都子(私服): ところで……梨花?ここって元々は、何の建物だったんですの? 梨花(私服): 神社の防災倉庫として、物置になっていたのです。長い間無人で誰も使っていなかったところなので、遠慮は無用なのですよ。にぱ~♪ 沙都子(私服): それにしては、ずいぶんと小綺麗ですわね。もしかして、梨花がお掃除を……? 梨花(私服): 埃と蜘蛛の巣を払った程度なのです。大した作業ではなかったのですよ、みー☆ そう言って私は、沙都子を気遣わせまいとにこにこと屈託ない笑顔を作ってみせる。 ……もちろん嘘で、簡単な作業ではなかった。さっきも少し言及したように、ここまでの体裁を整えるまでにおよそ4日ほどの時間を費やした。 力仕事も多かったし、業者の手も必要だった。私ひとりだけでは絶対に無理だったと思う。 梨花(私服): (レナと魅音が手伝ってくれていなかったら、途中で投げ出していたかもしれないわね……) そう思い返して私は、率先して力を貸してくれたあの2人への感謝の思いを内心で呟いていた……。 とはいえ2人とも、最初から協力的だったわけではない。 特に魅音は年長者として、まだ子どもでしかない私をたしなめるように最後の最後まで苦言を呈していた……。 魅音(私服): 梨花ちゃんさぁ……悪いことは言わないからもう一度考え直しなって。何もこんな、倉庫という名の廃屋同然の建物で生活しなくてもさ……。 レナ(私服): はぅ……レナも、魅ぃちゃんに賛成だよ。梨花ちゃんが今までの暮らしよりも不便に感じたりしたら、かえって沙都子ちゃんは気にするんじゃないかな……かな。 そう言ってレナまでもが、実際に現地を見て困惑したのか……顔をしかめて眉をひそめながら、ほとんど幽霊屋敷となった防災倉庫を見上げる。 #p雛見沢#sひなみざわ#rに戻ってきて以来、ダム工事の現場跡で宝探しという名目で粗大ゴミをあさっていると噂の彼女であれば、多少の共感を期待したのだが……。 さすがにここは、良識的な見解が復活するほど酷い有様なのかもしれない。……というよりも、幼い私を心配してくれてのことだろう。 ただ、それでも私の考えは変わらない。多少尻込みはしたものの、沙都子の心の傷を癒やすにはここでなければいけないのだから……。 梨花(私服): ……魅ぃ。もしボクが今住んでいる邸宅に沙都子を迎え入れたとしたら、村の年寄りたちはどう思いますですか? 魅音(私服): そりゃまぁ……いい顔はしないだろうね。ダム戦争の時に北条家に与したやつらは、いまだに雛見沢にとって敵扱いだからさ。 魅音(私服): なのに、その娘の沙都子が……私がそう思うんじゃないよ? 御三家の邸宅に入って、新しい生活を始めるって聞いたら……。 魅音(私服): きっと、屋敷を自分のものにするために梨花ちゃんを籠絡したものだと見なすだろうね。 まさに『庇を貸して母屋を取られる』の典型例か。バカバカしい話だが、それで沙都子に対する風当たりが強くなるのであれば笑ってばかりもいられない。 だからこそ、私は……多少無理をしてでも年寄り連中から「物好きだ」と自分が呆れられることで、彼女への矛先をそらすべきなのだと考えていた……。 梨花(私服): ……つまり、そういうことなのです。ボクの今の家では、沙都子にあらぬ疑いがかかるかもしれないので、絶対にダメなのですよ。 レナ(私服): はぅ……でも、だからって梨花ちゃんまで不便を感じるような場所に移らなくても……。 梨花(私服): 幸いボクは、オヤシロさまの生まれ変わりと村の人から思われていますです。なので、多少の奇行を働いてもみんなは「そういうものだ」と見なすか……。 梨花(私服): 何か意図あっての行動、と勘ぐってくれるはずなのです。そして、そんな中にダム反対派の娘を巻き込めばきっと色々な解釈をして……。 梨花(私服): 沙都子を批判しようとする声を、うやむやにごまかしてしまえる……それが、ボクの狙いなのですよ。 レナ(私服): 梨花ちゃん……。 魅音(私服): ……OK! 梨花ちゃんの心意気とやら、おじさんはしかと受け取ったよ! 魅音(私服): 私は立場上、沙都子の味方としておおっぴらに振る舞うことはできないけど……梨花ちゃんの手伝いなら、誰に文句をつけられるものじゃないしね! レナ(私服): あははは、そうだねっ。2人にとって素敵な場所になるようにレナも協力するから、頑張って片付けようね♪ 梨花(私服): みー。3人で力を合わせて、ふぁいと、おーなのですよ。 レナ&魅音: ふぁいと、おーッ!! 梨花(私服): ……沙都子。あなたは何も、気にする必要がないのです。 梨花(私服): ボクと一緒に、ここで楽しい毎日を送りましょうなのですよ。にぱー☆ 沙都子(私服): …………。 沙都子(私服): ありがとうですわ、梨花。色々と不慣れなことばかりで迷惑を掛けるかもしれませんが……よろしく頼みますわね。 梨花(私服): それは、ボクも同じなのです。2人で一緒に、ふぁいと、おーなのですよ♪ Part 03: 梨花(私服): ……確かに、そんなことがあったわね。同じ時間を繰り返してきたせいか、ずいぶん昔みたいに感じて……忘れかけていたわ。 羽入(私服): とはいえ……梨花。今だから打ち明けると僕は、あなたがあの家に引っ越しすると言い出した時……ついに頭がおかしくなったのかと心配したのですよ。 梨花(私服): ……その口にキムチぶっ込むわよ。 羽入(私服): ひっ、ひいいぃぃぃいぃっっ?だ、だってそこまで沙都子を守ろうとする理由が、当時の僕にはわからなかったのですよ~! 梨花(私服): ……。言われてみれば、確かにそうね。 羽入の言葉を反芻して……私は、ふと考え込む。 彼女としては思いあまって、特に含むところなくとっさに発したものなのだろうが……それは私自身にとって、盲点に近い指摘だった。 梨花(私服): (どうして私は……あの時、沙都子のことを身を挺してでも守ろうと考えたのかしら……?) もちろんそれは、沙都子とともに暮らすという選択を決断したことを悔やんで……といったものではない。そんな思いは欠片もないし、今が本当に幸せだ。 ただ、当時はさほど仲が良かったわけでもなくむしろ#p雛見沢#sひなみざわ#rの嫌われ者の娘だった彼女の行く末が、どうしてあれほど気になったのか……。 今となっては当時の自分の心境を振り返ることもできないので、ひとつの「謎」として……とりあえずのところ、さて置くしかなかった。 梨花(私服): (でも、あの時私が沙都子と一緒に暮らすと言い出さなかったら……どうなっていたのかしら) 可能性としては、十分すぎるほどにあった。むしろ羽入の言う通り、正気を疑うほどにあの選択は本来の道から逸脱したものと言えた。 実際、同居する家族がいなくなったことに加えて養父が親権を放棄したと公式に認定されれば……沙都子は相応の施設に引き取られていただろう。 ……ただ、そこは雛見沢の近辺どころか私たちと縁もゆかりもない場所になっていたと思う。 そうなると……彼女との関係は、どうなっていたか。私にとっては想像もしたくない「未来」が、今目にする光景と入れ替わっていたに違いなかった。 梨花(私服): (私たちが一緒じゃないと沙都子は幸せになれない……なんて、思い上がったことを言うつもりはないわ) 梨花(私服): (実際、私たちがいなくても沙都子は時間をかけて心の傷をひとりで癒やして、負い目とも決別して……過去を克服していたかもしれないんだもの) 梨花(私服): (でも、……) 沙都子(私服): 『……か? 梨花ってば……』 梨花(私服): えっ……? 沙都子(私服): もう、さっきから何度も話しかけておりますのに。まだお昼なのに、何をぼんやりと黄昏れておりますの? 梨花(私服): 沙都子……? 沙都子(私服): こちらで紙の鎖作りをしていたんですけど、数が多すぎて手が足りておりませんの。よかったら、あなたも手伝ってくださいまし。 梨花(私服): みー、わかりましたのです。羽入も行きましょうなのですよ。 羽入(私服): あぅあぅ、了解なのですよ~。 沙都子(私服): あら、梨花……はさみの使い方、お上手ですわね。定規もないのに、切り口がまっすぐでしてよ。 梨花(私服): みー。ボクは心がまっすぐなので、はさみもまっすぐに使えるのですよ♪ 羽入(私服): ……梨花の心が、まっすぐ?確かにヘアピンカーブは見方によってはまっすぐに見えないことも……ほぐわぁっ?! 梨花(私服): ……みー、手元が狂ったのです。まっすぐ切り刻んであげるつもりだったのに、残念なのですよ。 羽入(私服): ま、ままま、まっすぐ切り刻むってどういう日本語の使い方なのですかー?! …………。 これでいい。実際に起きなかった未来など、どうでもいい。 今が楽しくて幸せなんだから、それで十分だ……。