Part 01: ……昼間に寝すぎて眠りが浅かったのか、それとも空腹のせいなのかはわからない。 ただ、なんとなく目を覚ました私は薄もやのかかった意識のまま……おもむろに布団から起き上がった。 羽入(私服): っ……ぁぅ……。 沙都子: くー……すぴゅぅ……。 右隣から聞こえてくるのは、ぐっすりと眠る沙都子の可愛らしい寝息。そして、左隣からは……。 羽入(私服): ……梨花……? 何も聞こえてこないので顔を向けると、あの子が寝ているはずの布団はもぬけの殻だ。お手洗いにしては、気配が感じられない。 ……目を閉じて意識を集中し、念を送る。そして彼女が今どこに「い」るのかを確かめると、外に出ていることが頭の中に「伝わって」きた。 羽入(私服): ……ぁふ……っ……。 こみあげてきた欠伸で口をいっぱいに広げながら、私は沙都子を起こさないよう忍び足で家を出る。 そして、雑木林の間にできた細い道を歩いて本殿の見える境内を足早に横切り……高台のある場所へと向かうことにした。  : ……やはり梨花は、そこにいた。色々と違和感の多いこの「世界」においても、感覚の共有だけは正常に機能している。 羽入(私服): (だからこそ、今の私の存在と立ち位置がよくわからないとも言えるのだけど……) ともあれ、その点については現状も不明なのでさて置くとして……私はゆっくりと歩み寄ると、高台から村の全景を見下ろす梨花に声をかけていった。 羽入(私服): ……梨花。 梨花(私服): あら……どうしたの羽入?別にわざわざ、こんなところまで来なくてもよかったのに。 そう言って振り返る梨花は、いつもとは違う大人びた口調でふふ、と笑う。 私たちは常に、意識と感覚を共有している。だから彼女の言う通り、望めば多少離れていても会話をすることが可能なのだけど……。 羽入(私服): あぅあぅ……せっかく取り戻した「身体」なので、忘れないうちに慣らしておきたいのですよ。 そう言って私は、軽くとんとん、とその場で足踏みをしてみせる。 ……まだ少し違和感は残るけれど、くすぐったいくらいに心地のいい感覚。面倒な移動さえ、私には貴重なものに感じられた。 羽入(私服): ……あの時はてっきり、梨花と僕は夢の世界に入り込んだまま出られなくなったのかと思って、気が気ではなかったのです。 梨花(私服): えぇ……私も同じことを考えたわ。ついでに、他の人たちと接触を試みて失敗するたび落ち込んでいく、あんたの絶望的な心の動きもね。 羽入(私服): そ、そんなことを言われても……!あんな体験は今まで一度もしたことがなかったので、どう対処していいのかわからなかったのですよ~。 ……言うまでもなくそれは、つい数日前に起きた「夢の中の世界に閉じ込められた」一件のことだ。 自分が誰なのかもわからなくなり、お互いの存在だけが認識できる状態で……眠った人たちの意識に入り込んで、呼びかける。 もし、一穂が接触を試みてくれなかったらおそらく永遠に、私たちは夢の中の住人として生を全うさせられる羽目に陥っていただろう。 実に恐ろしく、そして強い呪いの力……今でも思い出すたび、ぞっと怖気がこみ上げて震えが止まらないほどだった。 羽入(私服): ……少なくともあれは、古手家に伝わるどの秘宝や道具にも該当するものがないのです。他所から持ち込まれたとしか思えません。 羽入(私服): その上、あれがいつ誰の手によって祭具殿の中に収められ……なおかつ、僕と梨花が揃っているところで力を発動させたのか……。 羽入(私服): 今のところ、全くの不明です。だから犯人像が読めなくて、お手上げなのですよ。 梨花(私服): ……その話は、戻ってきた直後に聞いたわ。あれだけの強力な道具を、まさかあんたが忘れているとも考えられないしね。でも……。 羽入(私服): でも……?何か気になることでもあるのですか、梨花? 梨花(私服): 私と入れ替わりにあの「世界」にいた、古手絢花って子が持っていたあの鏡……あれだけは効果を発揮して、対抗できていた。 梨花(私服): 確か彼女は、あの鏡は実家の西園寺家に伝わる『魔具』だって言っていたわよね。……でも、私はその家について、何も知らない。 梨花(私服): ねぇ、羽入……西園寺家って、いったい何なの?古手家の遠縁だってあんたは教えてくれたけど……。 梨花(私服): あんな力を持った縁者がいるのに、#p雛見沢#sひなみざわ#rに存在が伝わっていないのはどうして?あと、なんで私は今まで知らずにいたの……? 羽入(私服): ……。伝わっていないのではありません。少なくとも雛見沢御三家……公由家の中には、西園寺家の存在を知る者がいるはずです。 羽入(私服): なぜなら、梨花……あなたを古手家頭首にして公由家がその後見人になると決定される前、西園寺家のことも検討に上がっていたからです。 梨花(私服): えっ……?! 暗がりの中でもはっきりとわかるほど、梨花の目が大きく見開かれるのがわかる。……その反応に、私はそっと内心で嘆息した。 羽入(私服): (……やはり、教えざるを得ないか) 思えば、西園寺家出身の人間と出会った時からこうして真実を教える日が来ることは覚悟していた。それが今、ここになっただけで……。 羽入(私服): (ただ、本音を言うと梨花には教えたくなかった。できれば一生、知らずに済んでいれば……でも……) とはいえ、梨花が疑問を抱いてしまった以上は是非もない。私はひとつ息をついて呼吸を整え、彼女に向き直った。 羽入(私服): ……少し、嫌な話になります。それでも聞きますか、梨花? 梨花(私服): はっ……何を今さら。嫌な話なんて、あんたと知り合って同じ時間を共有するようになってから、山ほど味わってきたじゃない。 梨花(私服): それに雛見沢について、私の知らないことがまだ残っている……そっちの方が不愉快だわ。だから教えて、羽入。 羽入(私服): ……わかりました。では……。 梨花の返答を受けて、私も心を決める。そして念のため、周囲に人の気配がないことを確かめてから口を開いていった……。 Part 02: 羽入(私服): まず……先に断っておきます。僕は、西園寺家がどのような経緯によって現在に至っているのかは詳しく知りません。 羽入(私服): あくまでも発端と、古手家頭首を決定する際に出てきた情報のみ……それを留意してください。 梨花(私服): ……どういうこと?神であるあんたがよく知らないって、なんで? 羽入(私服): 今よりずっと過去において、西園寺家は#p雛見沢#sひなみざわ#rを離れることになったのです。 羽入(私服): どれだけ長い時間を生きてきたとしても、この地より外の動向は僕も知覚できません。……理解してもらえますか? 梨花(私服): えぇ……あんたはあの神様の特殊な「協力」を得ない限り、この雛見沢から出られないんだものね。 羽入(私服): あぅあぅ……あんにゃろうの手を借りなければ気軽に村の外にも出られないのは、非常に不本意で業腹極まりない思いなのですが……。 羽入(私服): それはさておき、西園寺家との関係の成り立ちから説明させてもらいます。 私はカケラの空間を通じて、過去の記憶に接触を試みる。 ……ずいぶんと古びた内容のため、所々の映像が乱れて……かなり見づらい。 それでも、梨花に見せたい場面だけは比較的はっきりと再生することができた。 梨花(私服): これって、雛見沢……じゃなくて、まだ『鬼ヶ淵村』って言われていた頃の景色ね。 羽入(私服): その通りです。そして梨花のご先祖である古手家で、赤ん坊が「2人」生まれました。 梨花(私服): 2人……ってことは、双子だったの? 羽入(私服): はいなのです。ただ……。 羽入(私服): ……梨花なら、ご存知ですよね。園崎家の風習だと、双子は「忌み子」として扱われ……片方が「間引かれる」と。 梨花(私服): ……っ……! その言葉を聞いた梨花は、はっと息をのみ……続いて嫌悪をあらわに顔をしかめる。 ……片方を「間引く」。つまりは2人のうち、妹にあたる方を「殺す」ということだ。 羽入(私服): 実際詩音は、その風習に従って命までは奪われなくとも……自分の家から、半ば追い出されることになりました。 羽入(私服): 現代においてさえ、そのように厳しい戒律が守られています。……迷信が残る過去では、さらに厳しく従うことを強いられていたのです。 梨花(私服): で……でも! それは園崎家の風習であって御三家……古手家では違っていたはずでしょ?だったら関係ないじゃない……! 羽入(私服): ……確かにそうです。公由家や古手家では、双子を忌避すべきものと考えていませんでした。だから本来は、気にしなくてもよかったのです。 羽入(私服): ですが……実に間が悪いことにこの前の年、園崎家でも双子が生まれていました。そして彼らは、風習に従って片方を……。 梨花(私服): なっ……?! 羽入(私服): ……頭首夫妻は、最後まで抵抗したそうです。しかし、先ほども言った通り当時は風習を守ることを何より重んじられて……かつ、容赦がなかった。 羽入(私服): 選ばれた赤ん坊は……川に捨てられました。その後の消息は、僕の記憶にも残っていません……。 梨花(私服): …………。 羽入(私服): 夫妻は若く、頭首の座に就いてから日が浅かった。ゆえに風習とはいえ、とても納得できるものではありませんでした。特に、嫁いできた妻は……。 羽入(私服): 加えて産後の肥立ちが悪かったこともあり、妻は寝たきり状態になってしまいました。……実際それから数年後、彼女は亡くなります。 羽入(私服): そして園崎家の頭首が悲嘆した心境にいる中、翌年には古手家に双子の赤ん坊が生まれた。とても可愛くて、村の人たちから祝福される……。 羽入(私服): ただ……その様子を園崎家頭首夫妻は、どんな思いで見つめていたと思いますか……? 梨花(私服): ……。だから、園崎家と同じ選択をした……? 羽入(私服): 別に、彼らが頼んだわけではありません。古手家と園崎家は当時でもずっと仲が良く、とても固い信頼関係で結ばれていた。 羽入(私服): ……だからこそ、申し訳なかったのでしょう。そして日に日にやつれていく園崎夫妻の姿を見て、古手家の夫婦も……決断せざるを得なかった。 羽入(私服): とはいえ、さすがに命を奪うというのは園崎夫妻に罪悪感を持たせることになってしまう。 羽入(私服): なので、養子に出すことにしたのですよ。それを手配したのが、公由家の頭首だったのです。 梨花(私服): その養子に行った先が、件の西園寺家……か。なるほど、理解したわ。 羽入(私服): そういった理由がありましたので、以降御三家では養子先の西園寺家について一切触れなくなりました。……記録として残っていないのも、そのためです。 羽入(私服): 僕も、あの一件で西園寺の名前を聞くまでは記憶から除外して……外部に保存していました。両家にとっても、辛い出来事だったので……。 梨花(私服): 確かに……古手家としても、園崎家との関係を良好に保つためには双子の存在を葬り去るしかなかったのだから、記録に残していなくて当然よね。 梨花(私服): ……でも、その記録を残していた家があった。それが御三家の残るひとつ、公由家……? 羽入(私服): はいなのです。ただ、公由家がそうしたのは歴代の古手家に子どもが少ないことを憂慮し、万が一の緊急手段として記していたそうなのです。 羽入(私服): ですから、本来であれば日の目を見ることもなかったはずなのです。……2年前に起きた、あの『3年目の#p祟#sたた#rり』がなければ――。 梨花(私服): ……っ……。 羽入(私服): ……覚えていますか、梨花?あの祟りが起こる直前あなたは高熱を出して、一時的とはいえ危うい状況に陥ったことを。 羽入(私服): それを受けて、激高したあなたの母親は診療所へと怒鳴り込み、入江と鷹野の研究に対して猛然と抗議したことが後々になって判明しました。 羽入(私服): ただ、そのせいであなたのご両親は、……。 梨花(私服): ……そうね。今になって思えば、もっとあの2人と話し合っておくべきだったと後悔しているわ。 羽入(私服): ……。その後古手家頭首を誰に選ぶか、と話し合いが行われた時、当然筆頭候補として梨花の名前が上がりました。 羽入(私服): ですが……問題視されたのはあなたの年齢です。園崎家でさえ魅音を次期頭首として代行の座に置いているのに、梨花はそれよりも年少です。 羽入(私服): それならば、梨花が成人するまでの間は遠縁の家から代行できる人間を養子に迎え……あなたの後見人とすればいい。 羽入(私服): それを提案したのが、公由家の直系から外れたいくつかの分家筋だったのですよ。 梨花(私服): まぁ……当然の提案よね。私みたいな小娘に何ができる、って言うのが誰が考えたって常識的な見解だもの。 梨花(私服): でも結局、喜一郎……公由家頭首が後見人になるということで、私が頭首の座に就くことになった。 梨花(私服): そのあたりの経緯は、お魎たちからも聞いてよく覚えているわ。……けど、それがどうして私にとって「い」やなことに繋がるのかしら? 羽入(私服): …………。 梨花(私服): ? どうしたの羽入、急に黙り込んじゃって。何か言いづらいことでもあったりするの? 羽入(私服): ……。遠縁の人間を頭首代行に据えようとした公由家の分家筋は、ダム建設賛成派が大半でした。対して園崎家は、反対派……。 羽入(私服): もし、梨花以外の誰かが古手家頭首になれば……賛成派が勢力を巻き返していたかもしれません。国も、その動きを後押ししていた様子があります。 羽入(私服): ……梨花。あなたが現在の頭首の座に就いたのは正統であるとか、まして親を失ったことに対しての同情とかではなく……権力闘争の結果なのです。 Part 03: 美雪(私服): ……梨花ちゃん?おーい梨花ちゃん、聞こえてるー? 梨花(小悪魔): ……みっ?えっと……どうかしましたか、美雪? 美雪(私服): いや、それはこっちの台詞だって。さっきからずっと、なんだか浮かない顔でぼーっとしてるみたいだったし……。 一穂(私服): 大丈夫? もし疲れてるんだったら、少し休憩したほうがいいと思うよ。 梨花(小悪魔): にぱー、大丈夫なのです。ちょっと、今日のお夕飯の献立を考えていただけなのですよ。 美雪(私服): そう? ならいいけど……。羽入も、調子が悪いようだったら遠慮なく言っていいからね。 羽入(小悪魔): あぅあぅ、わかりましたのです。エンジェルモートの限定コスの発表会、しっかりと務めてみせるのですよ~。 レナ(私服): はぅぅ~っ! 梨花ちゃん早く、早く~!こっちで一緒に写真を撮ろう~♪ 梨花(小悪魔): みー、わかりましたのです。可愛く撮ってくださいなのですよ。 梨花(小悪魔): 羽入も、一緒に行きましょうなのです。向こうでは沙都子もスタンバイして待っているのですよ。 羽入(小悪魔): ……。わかりましたのですよ、あぅあぅ。 梨花(私服): …………。 羽入(私服): …………。 俯き加減で、表情の見えない梨花の沈黙が……重くて、息苦しい。 梨花は、この村のことを大切に思っている。そのために、もっと自分の知識と経験を深めて村の将来に貢献したいと考えているほどに。 だから……迷った。正直、このことを伝えていいものかと。 もし村の人々が、自分のことを都合のいい人形のように扱っていたという事実を知ったら……彼女はどう感じるのか、想像がつかなかったのだ。 梨花(私服): ……ふぅ……。 やがて梨花は、大きく息をつき……おもむろに顔を上げる。 そして、やや苦笑まじりに肩をすくめながら口を開いていった。 梨花(私服): ……なるほど、ね。力を持たない小娘をトップに据えた理由が、今さらだけどようやくわかったわ。 羽入(私服): 梨花……?えっと、怒りませんですか? 梨花(私服): どうして?大人の#p思惑#sおもわく#rなんてどこでもそういうものだし、いちいち目くじらを立てるほどでもないでしょ。 梨花(私服): あと……ひとつだけ確かなのは公由家の頭首が喜一郎であり続ける限り、この村は大きく変わらないってことね。 羽入(私服): それは、確かにそうですが……。 梨花(私服): 大丈夫よ、羽入。公由家だって、いろんな人がいるんだから。……そう、一穂みたいにね。 そう言って梨花は、再び高台の下に広がる#p雛見沢#sひなみざわ#rの全景に目を向ける。 ……もう深夜なので、人工の灯らしきものはほとんど見えない。ただ、月明かりのおかげで建物の輪郭はなんとなく見てとることができた。 梨花(私服): 一穂と絢花って子が、どういう関係だったのかは私も聞いていないし、よく知らない……でも。 梨花(私服): あんなふうに、いなくなった人のことをずっと思い続けられるような優しい子が成長して、いつの日か頭首の座に就いてくれたら……。 梨花(私服): 雛見沢も、いい感じに変わってくれる……私はそう願いたいし、祈りたいのよ。 羽入(私服): 梨花……。 富竹: 梨花ちゃん、こっちこっち!そのまま目線を向けてくれるかいっ? 梨花(私服): みー……こんな感じですか? 富竹: うんうん、いいよ!次はもっとポーズを変えて……わわっ? 菜央(私服): もう……富竹さん!ここはあたしが撮影担当なんだから、あんまり前に出すぎないで! 富竹: あ、あはは……ごめんごめん。もう少しで終わるからさ。 梨花(私服): …………。 梨花(私服): (……羽入。私は、信じてみせるわ。この雛見沢がいつか、今よりももっと住みよい場所になる日が来ることを……ね)