Part 01: 沙都子(高校生夏服): ……さて、と。約束の時間まではまだ少しあるようですし、どこかでお茶でも……。 沙都子(高校生夏服): あらっ……梨花?さっきまで近くにいたはずなのに、どこに行きましたの? 沙都子(高校生夏服): まったく、ちょっと目を離すとすぐにいなくなるなんて……あの子の前世は、きっと気まぐれな猫で間違いありませんわ。 梨花(高校生): ……誰が、気まぐれな猫ですって? 沙都子(高校生夏服): ひゃぁぁあぁっ?い、いきなり背後から忍び寄ってきて声をかけないでくださいまし……! 沙都子(高校生夏服): はぁ……驚きすぎて、心臓が口から飛び出るかと思いましたのよ。 梨花(高校生): 大げさね……逞しさを超えた図太さで毛がびっしり生えた、鋼鉄製の心臓の持ち主のくせに。 沙都子(高校生夏服): あの……せめて有機物か無機物か、そのどちらかにしてもらえまして?まるでおぞましいゲテモノの類いでしてよ。 灯: はっはっはっ! つまり梨花くんにとって沙都子くんは、どちらの属性も併せ持ったハイブリッド生命体ということだねっ! 梨花(高校生): ……勝手な解釈は止めてください、会長。それじゃまるで私が沙都子を、普通の人間として扱っていないってことになるじゃないですか。 灯: えっ、違うのかい? だって学力などにおいて梨花くんが沙都子くんに期待しているレベルは、常人だと逃げ出すくらいに高いような……。 梨花(高校生): そこまでのスパルタを沙都子に押しつけたことはありません! 私は古い時代の教育ママですか?! 沙都子(高校生夏服): まぁ……確かに梨花が期待してくれるのは素直に嬉しいとは思いつつも、時々それが重いと感じることもありましてよ……。 梨花(高校生): っ……そ、そうなの、沙都子……? 沙都子(高校生夏服): をーっほっほっほっ、もちろん冗談ですわ!たとえ苦難があろうとも、私ならできるという信頼に応えるのは親友冥利につきましてよ~! 沙都子(高校生夏服): ですからいくらでも、私に求めてくださいまし!『艱難辛苦、汝を玉にす』ですわ~♪ 梨花(高校生): 沙都子……。 梨花(高校生): って、待って沙都子。それってつまり、私があなたに対して無茶を求めている事実を肯定しているんじゃ……? 沙都子(高校生夏服): ところで、会長さん。今日は臨海学校の現地の下見とのことでしたけど、どちらへ向かう予定ですの? 灯: 露骨に話をそらしたね……。後ろで梨花くんが、君のことをすごい顔で睨んでいるよ。 梨花(高校生): 睨んでいません!だから、勝手に決めつけて印象操作を行うのは止めてくださいっ! 灯: はいはい。……とりあえず私たちはこれから宿泊予定のホテルに行って、向こうの担当者と打ち合わせだ。 灯: 本来こういうことは、学園の先生たちがやってくれて然るべきなんだろうけど……まぁ、生徒会の自治権の一環ってことでね。 梨花(高校生): ……聞こえはいいですけど、つまりは雑用。さらに、こちらの不手際を窺って段取りに問題があれば、容赦なく攻撃材料にする……。 梨花(高校生): 相変わらず姑息というか、面倒な方々ですね。表立って非難や反対ができないからといって、こちら側の失点狙いとは呆れたものです。 灯: ははっ、まぁそうやって目くじらを立てないで。逆に成功してしまえば、私たち生徒会の存在感と有用性を内外にアピールできるんだからさ。 梨花(高校生): ……会長はポジティブな思考で、ピンチをチャンスに変えてしまえる方ですね。ある意味で尊敬に値します。……ある意味で。 灯: おぉっ、梨花くんに褒められると誇らしさが倍率さらにドン、って感じだね~!もっと敬い、奉ってくれてもいいんだよー? 梨花(高校生): 調子に乗らないでください。あなたは神か、それともインチキ宗教で信者を騙す教祖ですか……うん? 沙都子(高校生夏服): ? どうしましたの、梨花。何か気になるものでもありまして? 梨花(高校生): ここの壁に貼られたポスター、夏祭りの案内が載っているけど……この日って私たちの臨海学校の期間と同じじゃない? 沙都子(高校生夏服): えぇ……モロかぶりですわね。事前にあった情報にはありませんでしたわ。会長さんは、こちらをご存じでして? 灯: いや、私も初耳だ。おまけに、夜は花火大会も開催か……ふむ、これは少々厄介だね。 沙都子(高校生夏服): 確かに。いくら地方の海水浴場とはいえ、お祭りが行われるのであれば通常よりも多くのお客さんが来ると予想できますわ。 梨花(高校生): 混雑が酷くなると、学園の生徒たちがホテルに戻る時間にも影響が出てしまうわ。最悪の場合、トラブルの可能性も……。 灯: となると、どの経路とタイムスケジュールで学園の生徒たちを誘導して往き来させるかが重要になってくるね。あと、人の手配も……。 沙都子(高校生夏服): ホテル側にも協力してもらえないか、一度交渉してみるべきかもしれませんのよ。やはり下見に来ておいて、正解でしたわ。 沙都子(高校生夏服): それでは早速、ホテルの方にまいりましょう。行きますわよ、梨花……梨花? 梨花(高校生): ……夏祭り、ね。あの時のことを思い出すわ。 そう呟きながら私は、記憶の中に色濃く残る「あの日」のことを思い出していた……。 Part 02: 思い出したのは、少し遠い故郷になった#p雛見沢#sひなみざわ#rでの夏祭りのこと――。 梨花(金魚浴衣): みー、羽入。ちょっと後ろに回って、結んでもらいたいのです。 羽入: わかりましたのですよ……あぅ? 羽入: 梨花、電話が鳴っているのです。僕が出るのですよ……もしもし? 羽入: あぅあぅ……詩音?はい、梨花はすぐそこにいるのですよ。 羽入: 梨花、詩音から電話なのです。何か話したいことがあるそうなのですよ。 梨花(金魚浴衣): ボクに、詩ぃから……? そして「極秘で相談したいことがある」と詩音から呼び出された私は、迎えに来た葛西の車に乗って園崎本家を訪れていた。 詩音(私服): すみませんねー、梨花ちゃま。急に呼び出しちゃいまして。……浴衣、似合っていますよ。 梨花(金魚浴衣): みー、ちょうど試し着の最中だったのです。そんなことより……。 梨花(金魚浴衣): 詩ぃ。もし秘密の相談であれば、ここだと魅ぃやお魎がいるので……ボクの家の方が都合が良かったのではないのですか? 詩音(私服): そちらには今、一穂さんたちがいますよね。……つまり、そういうことです。 要するに、この相談内容は一穂たちに聞かせたくないものだということか。……なんとなくだけど、嫌な感じがする。 梨花(金魚浴衣): それで……詩ぃ。ボクに極秘の相談とは、なんですか? 詩音(私服): 単刀直入にお聞きします……梨花ちゃま。あんたはここではない他の「世界」の記憶を持っているんですよね……? 梨花(金魚浴衣): ――――。 いきなりの問いかけに私は、一瞬どう答えるべきかで迷って……押し黙る。 それでも、詩音も私にとってはかけがえのない仲間であることを思い出して……ごまかすことなく素直に答えることにした。 梨花(金魚浴衣): はいなのです。……それをボクに聞くということは詩ぃ、あなたも「同じ」なのですか? 詩音(私服): その通りです。まぁ梨花ちゃまと違って私の場合、断片的な記憶に留まっているんですけどね。 梨花(金魚浴衣): 断片的……となると、どれくらい詩ぃは覚えているのですか? 詩音(私服): そうですね……#p綿流#sわたなが#rしの夜に奉納演舞が行われた後村人たちがおかしくなって、誰彼構わず襲い始める。 詩音(私服): そして私も誰かに殺されたのか、狂うのかは定かではありませんが、最終的に命を落として意識を失ってしまい……それから……。 詩音(私服): 気がつくと、時間が巻き戻っているんです。他にも時々ですが、その……。 梨花(金魚浴衣): 今回のように時間が先に進んで、すでに綿流しが終わっていることもある……ってことかしら。くすくす……。 詩音(私服): くっくっくっ……それが梨花ちゃまの素の口調ってやつですか?いかにも歴戦の猛者って感じがしますよ。 私の豹変にも動じることなく、詩音はにやり、と不敵に鋭い眼光を返してくる。 ……「入れ替わり」がなければ園崎家の次期頭首を目されていたこともあって、やはり魅音よりも若干腹が据わっている印象だ。 そんな彼女が『繰り返す者』としての能力を得たのだから、まさに文字通りの鬼に金棒、と言っても過言ではないだろう。 梨花(金魚浴衣): それで……詩音?あんたが一穂たちに内緒で相談したいってのは、いったいなんなのかしら。 詩音(私服): 別に、警戒する必要はありませんよ。以前ならともかく、今の私はお姉や梨花ちゃまを裏切ったりするつもりは毛頭ありませんので。 梨花(金魚浴衣): 以前……とあんたは言ったわね。つまり、私や魅音たちを殺したりした記憶もちゃんと覚えている……ってことかしら? 詩音(私服): えぇ。鬼婆や沙都子、それに圭ちゃん……怒りと恐怖、疑心暗鬼に任せて私は、ずいぶん邪道と非道に手を染めてきたものです。 詩音(私服): ただ、今さら謝るつもりはありません。全てに片をつけた後、私は私なりの方法でけじめをつけて……地獄に落ちてやります。 詩音(私服): この能力に目覚めて他の「世界」の記憶を取り戻した時から……それくらいの覚悟はもうできているんですよ。 梨花(金魚浴衣): …………。 笑みを張りつかせながらも、うつろに濁ったその瞳をまっすぐに見据えて……私は彼女から、一徹すぎる贖罪の思いを感じ取る。 思い返すまでもなく、詩音は普段の言動と裏腹に真剣で、情熱的で……妥協を許さない性分だった。 だからこそ彼女は、レナと同様に思い込みから悩み、暴走し……自ら破滅の道を選んできた。 そのたびに傷を負い、心が壊れそうな絶望を一人で抱えて、苦しんで……。 梨花(金魚浴衣): 詩音。あんたは……いえ、あんただけはこの『繰り返す者』の力を持つべきじゃなかった。……皮肉でもなんでもなく、本気で同情するわ。 詩音(私服): そんなことはありませんよ。この力のおかげで、私は他の人たちの気持ちが理解できるようになったんですから。 詩音(私服): お姉……魅音や鬼婆、沙都子……私が敵視して、憎んだり恨んだりしてきた人たちはみんな……色々と悩み、苦しんでいた。 詩音(私服): そのことが申し訳なくて、ありがたくて……自分のことを殴りたいほどに情けなく思って今は心の底から、……反省しているんです。 梨花(金魚浴衣): 詩音……。 詩音(私服): だから……私は償いと同時に、お返しがしたい。そのためにも梨花ちゃま……ぜひともあんたに、力を貸してもらいたいんです。 梨花(金魚浴衣): ……。あんたの気持ちは、よくわかったわ。でも、だったらどうして一穂たちのことを蚊帳の外に置こうとするの? 梨花(金魚浴衣): 私も最初は半信半疑だったけど……あの子たちは少なくとも、悪意のある敵じゃない。そして私たちを、本気で想ってくれている。 梨花(金魚浴衣): 詩音はそれを、まだ疑っているの?だったら私だって、あなたのことは……。 詩音(私服): いえ、そうじゃありませんよ。一穂さんに美雪さん、菜央さん……あの3人には力と知恵があり、勇気もある……ですが……。 詩音はそう言ってから表情を改め、居住まいを正す。そして険しい顔で私と向き直り……口を開いていった。 詩音(私服): あの3人だと、この提案はのんでもらえないと思って……梨花ちゃま、あんたに折り入って頼みがあるんです。 梨花(金魚浴衣): 頼みって……何をすればいいの? 詩音(私服): 簡単なことです。このまま、綿流しがなくなった「世界」を……当分の間、続けてもらいたいんです。 梨花(金魚浴衣): ……えっ……? Part 03: 沙都子(高校生夏服): ……真っ暗で、よく見えませんわね。梨花ぁ~、どこにいるんですのー? 梨花(高校生): こっちよー、沙都子。懐中電灯の光を目印に、歩いてきてー。 沙都子(高校生夏服): はぁ……やっと見つけましたわ。やっぱり目を離すとどこかに行ってしまう、気まぐれな猫さんではありませんの。 梨花(高校生): ちょっと……ね。夜の潮風がとても気持ちよさそうだったから、こっそり抜け出してきたのよ。 沙都子(高校生夏服): 抜け出してきたって……だったらせめて、私か会長さんに一言くらいくださいまし。ホテルのどこにも見当たらなくて、心配しましたのよ。 梨花(高校生): くすくす……ごめんなさい。最初はホテルの出口付近で涼むつもりだったんだけど海水浴場が視界に入ってつい、ふらふらっと……。 沙都子(高校生夏服): まぁ……お気持ちはわかりますわ。夜の海が見える景色は、なんとなくですが惹かれるものがありますものね。 そう言って沙都子は、近くにあった大きな流木によいしょ、と腰を下ろす。私もそれにならって、隣に座った。 ……断続的に聞こえてくる、寄せては返すさざ波の音。周囲が静まり返っているので、さらに大きく感じる。 そんな中で、私たちはしばらくの間何も言葉を発することなく、ただ黙って漆黒の闇に沈んだ海を見つめていた。 沙都子(高校生夏服): ……。梨花。 やがて、どれだけの時間が過ぎてからか……沈黙を破るように沙都子がぽつり、と言葉を発していった。 沙都子(高校生夏服): 生徒会に入ってから……学園の外であなたと2人きりで過ごすのは、久しぶりかもしれませんわ。 梨花(高校生): ……そうね。今年は色々と忙しくて、#p雛見沢#sひなみざわ#rへの帰省を見送ることになったし。 梨花(高校生): #p綿流#sわたなが#rしも、魅音たちに全部お任せして……結局奉納演舞は、誰が務めたのかしら。 思わず頭に浮かんだことが、口をついて出る。すると、隣の沙都子が「えっ?」と軽く息をのむような音が聞こえてきて……。 沙都子(高校生夏服): 綿流し……奉納演舞……?あの、それはいったい何のことですの? 梨花(高校生): …………。 顔を向けると、暗がりの中で沙都子のきょとん、と目を丸くしている様子が視界の中に映し出される。 それを見た私は慌てて我に返り、動揺を悟られないように咳払いをしてから彼女に笑いかけていった。 梨花(高校生): 魅音が以前、話してくれたのよ。雛見沢で6月に、観光客向けのイベントになる新しいお祭りができないか、ってね。 梨花(高校生): ただ、私たちは雛見沢に戻ってそれを手伝うことができなかったから……実施したのかどうか、気になったのよ。 沙都子(高校生夏服): そういうことでしたのね。とはいえ、詩音さんから先週電話で話した限りだと6月にそういった催しはなかったはずですし……。 沙都子(高校生夏服): ひょっとしたら来年あたりにテストとして、今月の夏祭りよりも小規模なイベントで開催を考えておいでかもしれませんわ。 梨花(高校生): ……そっか。だったら、うまくいくといいわね……。 私は顔を海の方向へと戻し……沙都子に聞かれて本心を探られないよう、そっとため息をつく。 この「世界」の雛見沢では、6月の綿流しの代わりに8月の夏祭りが行われる……その事実が続いたままだ。 ただ、そのおかげとでも言おうか……思いもしなかった事態が起きていたことが、私の困惑をさらに深めていた。 梨花(高校生): (綿流しの直後……惨劇が起きていない。雛見沢も滅びることなく、今もなお皆が平和に暮らしている……) これはいったい、どういうことなのか。あるいは以前詩音が言ったように、惨劇となる要因が綿流しにあったのか……? 沙都子(高校生夏服): さて……私たちも来月に向けて、しっかり臨海学校をまとめていきましてよ。梨花も、お力を貸してくださいますね。 梨花(高校生): えぇ、もちろんよ。ホテルからの助っ人の手配もなんとかなったし、あとは……あら? 灯: ……おーい沙都子くん、梨花くーん!2人とも、いたら声をかけてくれー! 沙都子(高校生夏服): あら……会長さんですわ。一緒に探すのを手伝ってもらいましたのに、見つかったことを言い忘れておりましたわ。 梨花(高校生): なら、そろそろ戻りましょう。あとで色々言われるのも面倒だしね。