Part 01: 詩音(私服): えっ……祭具殿の中に入る……?! 一瞬、聞き違いかと思って耳を疑い……すぐさま背後を振り返り、周囲をうかがい見る。 ……幸い、時間が遅いこともあって人の気配はない。それを確かめてから私は胸をなでおろし、顔を戻すと対面に座る鷹野さんをたしなめるつもりでいった。 詩音(私服): ちょっと鷹野さん……ここって公共の場なんですから、冗談でもそういう発言は控えてください。誰が聞いているか、わかったもんじゃありませんので。 鷹野: くすくす……大丈夫よ。ちゃんとそのあたりの用心をした上で、あなたに話したんだから。 鷹野: それに、冗談でもないわ。#p綿流#sわたなが#rしが行われる日って、村にいるほとんどの人たちが奉納演舞を見るために会場に集まるって話だったわよね? 鷹野: だったら、同じ敷地内でも祭具殿の周辺に来るような人はいないはずだから、絶好の機会だと思うのよ。 鷹野: それにもし、誰かに見つかったとしても暗くて迷ったって言い訳すればすむでしょうし。……どうかしら、詩音ちゃん? 詩音(私服): いや、どうって聞かれても私は……。 大胆を通り越した、実に罰当たりの極みとも思える悪巧みを聞かされて、私は呆れ顔で唖然とする。 私がルチーアにいた間、#p雛見沢#sひなみざわ#rでどんな出来事があったのかを知りたくて図書館に来てみたら、そこで偶然出会った鷹野さんが声をかけてきた。 それだけならよくある日常だったのかもしれないが、振り向けられた話の内容がこの上なく大問題だったので……安易に乗ってしまったことを、私は激しく後悔していた。 詩音(私服): (鷹野三四さんは、雛見沢の診療所で勤め始めてからかなりの期間になる。今では監督と同じく雛見沢にとって、なくてはならない重要人物のひとりだ。なのに……) そんな人だからこそ、今打ち明けてくれた計画を実行に移そうとしていることに困惑を覚えずにはいられない。……冗談でも、聞き捨てならないことだ。 詩音(私服): (この村で暮らしていれば、『オヤシロさま』の施設がどれだけ神聖で不可侵の場所と位置づけられているか、わかっているはずだよね……?) しかも雛見沢御三家のひとつ、園崎家の直系であるこの私、園崎詩音にそんなことを言うのはどういう了見だ……? 正直、……鷹野さんの考えがどこにあるのか、さっぱりわからなかった。 詩音(私服): ……。いったいどうやって、あの中に忍び込むつもりなんですか? 鷹野: ジロウさんにこっそり下調べをお願いして、鍵がどうなっているか見てもらったわ。 鷹野: どうやら、以前だとすごく大きな鍵が設置されていたみたいだけど……梨花ちゃんの要望で、小さな南京錠になっているんですって。 鷹野: それだと、わりと簡単に開けることが可能みたい。彼って実は、錠前を開けるのが得意だったりするのよ。 詩音(私服): ……その話を警察の人が聞いたら、富竹さんの過去の経歴とかを洗いざらい調べられてしまいそうですね。 もっとも、こんな狭い寒村で空き巣だのを働いたところで、コストとリスクの両面で良い商売になるとはとても思えない。 実際、農業に勤しんでいる家庭の中には鍵をかけずに外出したり、開けっ放しのまま朝まで眠ってしまうこともあるらしい。 ……私としてはさすがに不用心だと思いつつも、そのあたりは古い慣習めいた由縁とのことなのであえて口を挟むものでもないだろう。 詩音(私服): (梨花ちゃまが祭具殿の鍵を扱いやすいものに変えたのも、そのあたりの無警戒さが影響しているのかな……?) まぁ、彼女の#p思惑#sおもわく#rを想像することなどはおよそ不可能なことなので、特に気にしないでおく。 とにかく、今の本題は目の前に立っている鷹野さんの誘いに乗るか乗らないかだ。さて……。 詩音(私服): というか、鷹野さん……これでも私って、園崎家の人間なんですよ? 詩音(私服): なのにどうして、そんな悪巧みを打ち明けた上であまつさえ誘おうなんて考えたんですか? わからない……いや、むしろ何かを企んでいるように勘ぐることもできたので、私は油断なく警戒する。 すると彼女は、くす……と軽く笑うと、「妖艶」という表現がまさにピッタリとはまるくらいに口を歪ませながら、言葉を繋いでいった。 鷹野: 理由なんて、たったひとつよ。……だって詩音ちゃん、この雛見沢のことがあまり好きじゃないんでしょう? 詩音(私服): ……そっちの話で来ましたか。確かに、雛見沢の年寄り連中だの、園崎家のことだので愚痴を聞いてもらったことがありましたね。 詩音(私服): ですが……私は、たまにあの人たちに対してイライラしたりムカついたりしても、明確に拒絶したいと思うほどじゃないですよ。 詩音(私服): まして、恨みを抱くほど嫌いってわけでもね。なにしろここは、私にとって……。 鷹野: ……想い人を待ち続けるための故郷だから、かしら? 詩音(私服): ……。誰から聞きました? 鷹野: くすくす……そんなに怖い顔をしないでちょうだい。どんなに秘密にしようとしたところで、その行為自体が周囲にとっては関心を寄せることにつながるものよ。 鷹野: まして、ダム戦争の頃から続いている『#p祟#sたた#rり』のことを調べていれば……当然「彼」の存在に気づいたとしても、決して不思議なことじゃないでしょう? 詩音(私服): まぁ……そうですね。 鷹野: それと付け加えるなら、、経験則かしらね?……くすくす。 詩音(私服): …………。 自分も、恋をした経験があるから気持ちがわかる……とでも言いたいのだろうか? というより、富竹さんは彼女の恋人だ。経験があるというより、現在進行形で恋をしているからわかった……とでも言い直すべきかもしれない。 詩音(私服): で……? そもそもの話に戻りますが、鷹野さんは祭具殿で何を見つけようと考えているんです? 鷹野: それはね……くすくす、秘密。本当にあの中にあるのか、まだ確証がないから。 鷹野: でもね……きっと詩音ちゃんにとっても、有益な情報になると思うわ。……だから、ね? 詩音(私服): …………。 Part 02: 明日に#p綿流#sわたなが#rしを控え、人が行き来する神社の境内はふらりと私が訪れたところで誰も見とがめたりはしない。 そして、祭の準備で忙しく追われている今は誰も外れにある祭具殿に近づいたりしない。……ある意味で、確かに絶好のタイミングだった。 詩音(私服): …………。 祭具殿に近づき、扉を観察する。……鷹野さんが言った通り、ついているのはちゃちな鍵だ。 詩音(私服): (私でも、練習すれば「できる」かもね……) 「できる」とはつまり、私ひとりでもこっそり鍵を開けて祭具殿に入ることが可能……という意味だ。 だから、鷹野さんたちが一緒でなくてもひとりで祭具殿に入って……入って……。 ……。それから、どうする?私はここに、どんな目的があるというのだろう? 詩音(私服): (もしこの中に、「彼」の手がかりがあると確定しているなら……行動する意味もあるんだけど) あるいはそれを、先に確かめるという手もある。だったら別に夜を待たなくても、人の目が少ないこの機会を活かせば、あるいは……? 梨花(私服): ……みー。 背後からの声で、心臓が飛び跳ねたように戦慄が走る。慌てて振り返ったそこにいたのは……やはり……。 詩音(私服): 梨花ちゃま……?どうして、こんなところに……? 梨花(私服): その台詞を、そっくりお返しするのです。詩ぃは何のご用で、こんなところにいるのですか? 詩音(私服): えっと、それは……。 鷹野さんの顔が浮かんだせいで道に迷って、と答えかけたが……それが私にとって最適な言い訳にならないことをすぐに悟り、寸前で口をつぐむ。 去年まで聖ルチーア学園に「監禁」されていたとはいえ、ここは私が幼少期を過ごした#p雛見沢#sひなみざわ#rだ。 目をつぶったままでも帰り道がわかる……というほど詳しい記憶はないにせよ、灯がない夜でもおそらく本殿のある場所まで戻ることは、たやすくできると思う。 そして忌々しいが、目の前に立つ彼女はそのことをよくわかっているはずの人物だ。……とっさに、別の言い訳を並べ立てる。 詩音(私服): 実はさっき、神社の境内を歩いていたらこっちの方に人の気配を感じましてね。 詩音(私服): 見間違えただけかもしれませんが、一応確かめておこうと思いまして。それで……。 梨花(私服): みー、そうなのですか?もし泥棒さんだったら、大変なのです。 梨花(私服): 喜一郎にも報告して、怪しい人が近づかないよう注意してもらうのですよ。 詩音(私服): っ、それは……?! 素直にそう返してくる梨花ちゃまの反応を見て、最悪の言い訳をしてしまったことに気づいた私は頭を抱えたくなるくらいに後悔する。 しまった、余計なことを言ってしまった……!これでは綿流しのお祭りが行われる当日夜の警備がこちらに向けられて、厳重になってしまう……っ? 梨花(私服): ……詩ぃ。 詩音(私服): ……っ……?! 背筋に流れる冷たい汗が浮かんでから落ちるまで、数秒もかからなかったと思う。 でも、目の前に立つ彼女はこちらの動揺に気づいたのかどうかわからない態度のまま穏やかに……静かに名前を呼んだ。 その声が……妙に、恐ろしい。 詩音(私服): な……なんですか、梨花ちゃま? 梨花(私服): ……先に言っておくのです。この中には、詩ぃたちが求めるようなものは何もないのですよ。 詩音(私服): っ……?! 梨花(私服): そしてもし、この中に入ったとしても……『オヤシロさま』はきっとものすごく怒りますが、ひどい罰を与えようとまでは思わないのです。 梨花(私服): なぜならここは、『オヤシロさま』にとって過去だけが残り……現在と未来につながるものは何も存在していないからなのですよ。 詩音(私服): なっ……? 言っている意味がすぐには理解できず、私は息をのんで目の前の梨花ちゃまを見返す。 よりにもよって『オヤシロさま』の巫女が、祭具殿には価値もなく……厳罰を与えるような秘密もないと言い切るのは、いったいどういう意味だ……? 詩音(私服): な……何を言っているんですか、梨花ちゃま。祭具殿の中にはこの村にとって大事なものがあって、特別に許された人間以外は見てはいけない……。 詩音(私服): 雛見沢の人間なら、みんな知っていることですよ。 梨花(私服): ……。それなら、見てみますですか? 詩音(私服): えっ……? 梨花(私服): 今なら、誰も見ていないのです。詩ぃが内緒にしてくれたら、誰もわからないのですよ。 梨花(私服): それにちょうど、ボクは中に入る用があって来たところなので……そこに偶然居合わせていても、特に問題はないと思うのです。 そう言って梨花ちゃまは、私の横を通り過ぎながら祭具殿の扉に近づいて……ポケットから鍵を取り出し、南京錠の穴に入れて回した。 詩音(私服): ちょっ……! 止める間もなく鍵は軽い音とともに解錠し、扉はあっさりと開かれる。 中は二重扉になっているようで、外扉を開いたその先には内扉があり……彼女は一切ためらわず、それも開いてみせた。 梨花(私服): ……どうぞ、なのです。 詩音(私服): …………。 恐る恐る、扉の隙間から中を覗き込む。……古い像や拷問器具のようなものが、ちらりと見えた。 梨花(私服): 中に入ってもいいのですよ。……不安なら、ボクも一緒についていきますですか? 詩音(私服): いえ……あの、梨花ちゃま。どうして私に、この中を見せようと思ったんですか……? 梨花(私服): ……みー。詩ぃにずっと疑われているのは、とても寂しいからなのですよ。 詩音(私服): ……っ……。 ……疑われると、寂しい。そんな単純な言葉が、妙に……胸に残って。 詩音(私服): ……ありがとう、梨花ちゃま。もういいです。 梨花(私服): いいのですか? 詩音(私服): えぇ。だって、本当に何もないんですよね? 梨花(私服): みー。ボクは最初から、嘘なんて言っていないのですよ。 そう言うと梨花ちゃまは、慌てた様子もなく内扉、続いて外扉を閉めて……再び小さな鍵を施錠する。 ……その手が鍵から離れれば、もう開いていたことは誰にもわからない。何の証拠も残らなかった。 詩音(私服): ……ありがとうです、梨花ちゃま。でも本当に、私に見せて問題はなかったんですか……? 梨花(私服): 大丈夫なのです。これで詩ぃの気持ちが晴れるのなら、全然安いものなのですよ。にぱー。 そう言ってのける梨花ちゃまの笑顔には、屈託がまったく……ない。 彼女は、本当に……何も、知らない? 詩音(私服): ……あの、梨花ちゃま。また見たいと思ったら、見せてもらえますか? 梨花(私服): みー。いつでもは難しいのです。でも、他のみんなに見つからないように、こっそりならいいのですよ。 詩音(私服): えぇ……もちろんです。 梨花ちゃまは本当に私を信頼して……疑わせないように祭具殿を開いてくれたのだろう。 だから……きっと……。 『オヤシロさま』の像らしきものから、妙な気配めいたものを感じたのは、私の考えすぎだ……そうに違いない。 詩音(私服): …………。 帰り道をたどりながら……ふと、考える。 梨花ちゃまは、何も知らなくて……あの祭具殿には本当に、何も無かったとしたら。 詩音(私服): (鷹野さんはどうして、不法侵入をしてまで祭具殿の中に入ろうとした……?) 詩音(私服): (いや、もしかして……逆……?) つまり彼女たちは、祭具殿から何かを持ち出そうとしているのではなく……。 詩音(私服): (祭具殿の中で、何かをしようとしているってこと……?) 何か? 何かって何?そんなのわからない。わからない……! でも、もしかしたら。 もしかしたら「彼」がいなくなったのは、『オヤシロさま』の呪いなんかじゃなくて……。 詩音(私服): (まさか……?!) まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか…………?! でも、その可能性は……ある、かもしれない。 だって……そもそも、あの2人が来てからじゃないか。 ダム化の話が浮上したのも。#p祟#sたた#rりが始まったのも。 もしそうだとしたら……。 詩音(私服): ……っ……!!              見つけた。       ようやく、ようやく……私は、見つけた。          彼を消した、犯人を……! Part 03: 張り詰めた空気の中、厳かな演奏に合わせて古手家の頭首……梨花ちゃんが壇上で奉納演舞を捧げている。 人々は息を殺し、固唾を呑みながら演壇の上で舞う彼女の一挙手一投足を見つめ……信奉する村の守り神に、感謝と願いを捧げていた。 赤坂: (……なるほど。布団の綿を裂いて引きずり出し、それを川に流すから『#p綿流#sわたなが#rし』か) 儀式を実際に見たことで名前の由来を理解した私は、遠巻きに様子を眺めつつ演舞が無事に終わることをそっと内心で祈り続ける。 初めて会った時から、5年……成長した梨花ちゃんはか弱い幼子ではなくなったものの、まだまだ子どもで若干の危うさを感じさせる。 そんな彼女が、村中から集まった人々の目が集まる中で神様に捧げる舞を見事に踊ってみせるのだから……神々しさより、いじらしさを覚えずにはいられなかった。 大石: んっふっふっふっ……どうしましたか、赤坂さん?まるで初恋の女性に見惚れるような顔をしていますよ。 赤坂: あ、いやその……すみません。 赤坂: ですが……素晴らしいですね。あれだけ重そうな鍬を振るいながら、あの年齢で大人顔負けの舞を演じてみせるなんて……。 いったい、どれだけの稽古を重ねてきたのか……舞踊に詳しくない私の理解が及ぶところではないが、その立ち回りには無駄な力みが一切感じられない。 空手などの「型」だと、上下の動きと重心が安定していなければ突きや蹴り、足さばきに鋭さが消え、たちまちみすぼらしい有り様となるので……。 力の配分と全身各所の連動を会得するようになるまで、ただひたすら鍛錬と研鑽を重ねていくことが必要となる。それこそ、無意識に身体が動くようになるまでだ。 だから、舞踊もまた……武道に通じる似たような要素があるのかもしれない。その意味でも梨花ちゃんの演舞は、まさに努力の結晶としての見栄え豊かなものだった……。 大石: ……確かに、古手梨花さんの演舞は年々美しさに加えて凄みにも似たものが伝わってくるようですねぇ。いや、本当に大したものだと思いますよ。ただ……。 赤坂: ……はい。私も、本来の職分を忘れたわけではありません。 大石さんにそう答えて私は、軽く息を整えてから周囲に油断なく注意を払っていく。 大石さんから聞かされた、毎年のように起きている『オヤシロさまの#p祟#sたた#rり』……通称、『鬼隠し』。 それが今年も起きるのかどうか次第で、私が現在進めている捜査の方針にも大きな影響が出てくる。だからこそ私は、彼に頼んで参加を認めてもらったのだ。 赤坂: ……この『祟り』を引き起こしたのがいったい何者なのか、大石さんは目星をつけられているんですか? 大石: えぇ、一応……とつい最近までは考えていたのですが、どうにも色々な情報を聞いて赤坂さんたちのご意見を伺っているうちに、ちょいと迷子になりかけていましてね。 大石: ですから、赤坂さん。この祭りの様子を見た上であなた自身が感じたこと、気づいたこと……なんでも構いませんので、言ってもらえると有り難いです。 赤坂: はは……若輩に加えて、#p雛見沢#sひなみざわ#rのことをほとんど把握してもいないこんな私が、あなたのお役に立てるとはとても思えませんが……。 赤坂: 他ならぬ大石さんからの頼みですので、微力を尽くして励ませていただきますよ。 大石: なっはっはっはっ……何をご謙遜を。あなたが少しでもこの捜査に協力してくれるだけで、私としては百人の味方を得た思いですよ……ん? と、その時。私に愛想を振りまきながら小声で話していた大石さんが、ふいに口をつぐんで表情を険しいものへと変えていく。 私もまた、何か異変に気づいたのか、と彼に問いかける直前で風に乗ってきた不快な「臭い」に気づき……その出処がどこなのか、意識を集中させた。 赤坂: (木の焦げる臭い……?いや、その中に混ざっているこれは、まさか……?!) 村人: た……大変だ……っ! すると突然、境内の奥まった方角から村人らしき男が息せき切った声を必死に絞り出すようにして、この演舞会場へと駆け込んでくる。 それを見て咎めるような顔をしたり、何が起こったのかと怪訝そうな表情を見せたりと反応はそれぞれ異なっていたが……。 懸命に走ってきたせいなのか、男は汗だくの顔を暗がりの中でもわかるほど恐怖に歪ませながら……やってきた方角を指差し、叫んでいった。 村人: 祭具殿が燃えている……火事だ!みんな、火を消すのを手伝ってくれッ!! 赤坂: なっ……?! …………。 梨花(巫女服): それが、あなたの選んだ道なのね。詩音……。 詩音(真・感染発症): くすくす……あーっはっはっはっはっ!!燃えてしまえ……みんな残らず燃えて、灰になってしまええぇぇぇえぇっっ!!! 炎に包まれる建物……そして内部の「モノ」を見つめながら、私は狂気に侵されたように笑って、……叫び続ける。 すでに「モノ」は原型を留めず、ピクリとも動かない。……不意をついたことが、どうやら功を奏したようだ。 魅音(私服): こ、これは……って、詩音っ?あんた、なんでこんなところにいるのさ?! 詩音(真・感染発症): ――っ……。 真っ先に駆けつけてきたのであろう「彼女」の声を聞いて……私は得たり、と会心の笑みを浮かべる。 ……どうやら神様は、最後の最後で私の願いを叶えてくれたようだ。今まではずいぶん、煮え湯を飲ませてくれたけど……。 この奇跡を起こしてくれただけでも、全部許してやってもいい……そんな傲慢な思いを胸に抱きながら、私はゆっくりと振り返った。 詩音(真・感染発症): くっくっくっ……そんなの、決まっているじゃないですか。私が、ここに火を放った張本人だからですよ。 魅音(私服): なっ……し、詩音っ……!あんた、自分が何をやったのか本気でわかって言っているの……?! 詩音(真・感染発症): えぇ、もちろん。これでやっと、全てが終わる……『祟り』は雛見沢から、綺麗さっぱり消え去ります。 詩音(真・感染発症): 惜しむらくは、そんな明日をこの目で見ることができないことだったりしますが……まぁそれは、お姉自身が確かめてくださいな。 魅音(私服): っ……? い、いったい何を言っているのさ?!ちゃんと説明してよ、詩音ッッ!! 詩音(真・感染発症): ……いいんですよ。あんたは何も、知らないままの方がいい。 詩音(真・感染発症): 全ての罪業は、私が引き受けます。……ですからどうか、圭ちゃんたちとお幸せに――。 魅音(私服): ま、待って詩音!し……詩音――いやぁぁぁぁあああぁぁッッッ!!! 詩音(真・感染発症): はっ……? 我に返って私は、壁に掛けたカレンダーを見る。 ……今日は綿流しの日。鷹野さんとの約束まで、あと少しの時刻だった。 詩音(真・感染発症): 夢……だったんだ……。でも、私は……。 あまりにも現実感が強すぎる夢……いや妄想だったので、服が肌にはりつくほどに汗がびっしょりだ。 ひょっとしたら、正夢……私の未来を暗示したものだったのかもしれない。だって私は、これから……を……。 詩音(真・感染発症): ……悟史くん。 私は、いったいどうすればいいんだろう。 これを実行に移して、あなたとまた会えるなら……そして、未来を手に入れることができるのであれば……。 詩音(真・感染発症): (私は、きっと……ためらったりしない) でも、そんな保証はどこにもない。それどころか、不幸を拡大させてしまう危険性だってゼロではなく……確率としてはむしろ高いと思う。 だけど……それでも私は、やらなきゃいけない。いや、気づいてしまったからこそ私が絶対にやるべきことなのだ……! 詩音(真・感染発症): だから……世界中の人が、私を鬼だの悪魔だのと罵ってくれても……構わない。 詩音(真・感染発症): でも、……悟史くん。あなただけはどうか……私のことを信じていて。私はこれでも、必死に戦ったんだって。 詩音(真・感染発症): お願いします……そして、ごめんなさい……。 そんな願いを込めて、私はガラス戸越しに届くわけがない言葉を……呟く。 いつの間にか降り出した雨は、勢いを弱めつつあり……この分だと無事に祭は開催されるという確信を、私は抱いていた――。