Part 01: 違和感を覚えたのは、日曜日。興宮のおもちゃ屋で魅音たちと部活で盛り上がった後、帰るために駐輪場へと向かった……その途上だった。 梨花(私服): ……っ……?! 頭の中でぷつりと、何かが切れるような衝動。痛みというほどではなかったけれど、意識が真っ白になって思考が停止する。 ひょっとして、脳に何か異常が起きたのか、と怖気が走って慄然となったが……。 そんな緊張に肩透かしをくらわすように、一瞬で全ての感覚は元へと戻った。 梨花(私服): (今のは……いったい……?) 今まで味わったことのない感覚に戸惑い、私はその場で呆然と立ち尽くす。 そして、おそらく無意識のうちに防衛本能が働いたのか……弾けそうなほど高鳴る動悸に抗いながら、周囲に目を向け状況を確かめた。 梨花(私服): …………。 ……視界に映るのは、見慣れた興宮の町並み。行き交う人の表情は穏やかで、異常な気配は何ひとつとして感じられない。 折からの風に乗ってくるのは、土地の匂いと季節を思わせるあたたかさ。渇きのせいで、口の中の唾が少し粘っこい。 五感に伝わるものは、いつもと全く同じだ。なのに……それなのに……。 どうしてこんなにも、私の心がざわめくのだろうか……っ? 梨花(私服): ……っ……! 生唾を無理やりに飲み込み、私は自分を励ますように背筋を伸ばして……大きく胸いっぱいで深呼吸をする。 そして2つ、3つと続けて息を整えるうちにしびれるような感覚はやがて落ち着き、苦しかった胸の鼓動も徐々に収まってきた。 梨花(私服): (……もしかして、寝不足のせいかしら) この、目眩にも似た異常の原因として考えられるものはそれしかなかったので、私はここ数日の間のことを振り返る。 思い返すと確かに……最近の私は布団に入っても寝つきが悪く、起きても寝た気がしなかった。 ただ、眠くて仕方がないというほどでもなく普段の生活に疲れもなかったので……あまり気にしていなかったのだ。 とはいえ……寝不足は万病、それも循環器系の急疾患に繋がりやすい。くれぐれも注意しておくとしよう。 梨花(私服): (それにしても、この「世界」はいったい何なんだろう……?) あの日に再び「目覚めて」から、ずっと疑問が思考の中で渦巻き続けて……私は困惑を取り去ることができないでいる。 幾千幾万、無限とも思えるほどの同じ時間を繰り返してきた私だが……この「世界」は、明らかに何かがおかしい。 少なくとも私が記憶している限り、絶対にありえなかった「違い」が当然のように存在していた……。 沙都子(私服): ……どうしましたの、梨花?そんなところにつっ立って、ぼんやりとして。もしかして寝不足ですの? 梨花(私服): みー、ちょっと夜更かしが過ぎたのかもしれないのです。……でもボクは、全然元気なのですよ。 そう言って私は、年相応にはしゃいだ仕草で飛び跳ねてみせながら、沙都子たちに対して問題がないことをアピールする。 それを見た彼女たちは、一瞬抱きかけた心配を取り下げたのか……安堵の笑みを浮かべてくれた。 魅音(私服): 梨花ちゃんが夜更かしなんて、珍しいねー。何か面白い深夜番組でもやっていたの? 圭一: そういや昨夜、アフリカの原野の特集をやっていたな。自然公園で暮らすでっけぇ動物たちがたくさん出ていたぜ。 レナ(私服): はぅ~っ、レナも見た! シマウマやゾウさん、ライオンやトラがとってもかぁいかったよ~♪ 美雪(私服): んー……草食動物たちはともかく、ライオンってかわいいのカテゴリーに入るかなぁ。むしろカッコイイの類いになると思うんだけど。 菜央(私服): それは偏見でしょ。ライオンやトラだって、人を襲ったりしなければかわいいわ。体毛もモフモフして、気持ちいいしね。 美雪(私服): いや……あの図体で鋭い牙を向けられたら、たとえ襲われなかったとしても誰だってすくみあがるものだと思うけど……。 美雪(私服): っていうか、モフモフ?ひょっとして菜央、ライオンかトラの体毛に触れる修羅場に飛び込んだことがあったの? 菜央(私服): そこまでの冒険の旅に出たことはないわ。ただ、お母さんの知り合いの資産家さんが動物の毛皮好きでね。 菜央(私服): その家に遊びに行った時、コレクションをちょっと触らせてもらったのよ。 一穂(私服): そうなんだ……やっぱり、犬や猫のものと何か違ってたりした? 菜央(私服): 生きてるペットとは、感触が違ってたわね。たとえば……。 梨花(私服): …………。 にこにこと笑顔で建前を固めながら、私は叫んでしまいそうになる衝動を必死にこらえ続ける。 ……悪い子たちじゃない。それどころか優しくて明るくて、一緒にいてもすごく楽しい。 だけど……それでも、やっぱり……。 梨花(私服): (この子たちって……誰……?) その違和感が汚泥のようにまとわりついて、嫌悪にも近い気持ち悪さが拭えなかった……。 Part 02: 梨花(私服): (この3人は、いったい何者なの……?) もう何度繰り返したかわからない疑問の言葉を、私は内心で呟きながら彼女たちを見つめる。 ……3人のうち、2人はまるで見覚えがない。ただ、その中の「菜央」はなんとなく面影が「あの子」に似ている……ような気がする。 もっとも、年の近い妹がいたという話は今まで彼女から聞いたことがないので……おそらく他人の空似か、錯覚だろう。 もうひとりの「一穂」は、もっとわからない。 御三家のひとつ「公由」を名乗ってはいるが……私は村長や縁者の家で、その名前の持ち主と出会ったことが一度もないのだ。 梨花(私服): (誰かの隠し子?それともカケラの組み違いで生じた、偶発的な突然変異……?) いずれにしても、正体がつかみきれない。周辺の大人たちも受け入れている様子なので、村の人間であることは間違いなさそうだが……。 梨花(私服): (そして、……) 残るひとりに目を向けて……私はつい、怖気を抱きそうになる衝動を必死に抑え込む。 ……「赤坂美雪」。 名前は知っている……そして、実際に「会った」こともある。 その子の親は、運命を変えるほどの強い意思と力を持った……私にとってかけがえのない恩人だ。 だから、彼女に対しても好意を抱き……「姉」のような立場で優しく接することも決してやぶさかではなかったのだ。 梨花(私服): (……。だけど……) ……私の知る赤坂美雪は、5歳だ。初めて彼女の父親と会ったのが5年前で、その時に生まれたのだから間違いない。 ただの偶然――最初はそう、思った。でも彼女は、数回しか会ったことがなかったがその面影を色濃く残した容貌で……。 なにより、その面立ちと雰囲気は「彼」のことを思わせる何かをまとっていたのだ。 梨花(私服): (もし、この目の前にいる子が本当に赤坂美雪だったとしたら……10年後の彼女が、この#p雛見沢#sひなみざわ#rに来たってこと?) それはいったい、どういう理屈で?どういう手段で……? ……だめだ、わからない。全くもって意味不明で、理解不能だ。 私自身が、雛見沢で同じ時間を繰り返しているということは……信じるというより、事実として受け止めている。 だから、不可思議な現象と謎の力の存在はこの身をもって嫌というほど味わってきたつもりでいたのだけど……。 私以外に、特殊な能力を持つ存在がいるのかもしれないという可能性を……まだ受け入れることができないのだ。 羽入に聞いても、明確な説明は得られなかった。むしろ彼女さえ困惑して、信じられないと……。 梨花(私服): (……。なっ……?!) と、その時。さっきまで思考と心を支配していた謎の不安感の正体にようやく気づいた私は……はっ、と息をのみながらその場に固まって戦慄する。 梨花(私服): (そうだ……そうだった、羽入だ!) なぜ、すぐに気づくことができなかったのか?いつ、どこにいても私の意識の隅には必ずあの子の存在があったはずなのに……。 テレパシーのような超能力とまではさすがに至っていないが……安らぎと心強さを私に与えてくれていたのが、羽入との繋がりだ。 なのに、それが今……全く感じられない。こんな状況は、これまでに一度もなかった。 羽入がいない、感じられない……!跡形もなく消えて、どこにも……?! 梨花(私服): ……っ……!! 魅音(私服): えっ……? ど、どうしたのさ梨花ちゃん! 沙都子(私服): 待ってくださいまし、梨花ぁ!いったいどこへ行くんですの?! 自転車に飛び乗り、ペダルを漕いでわき目もふらず走り出した私の背後から……魅音や沙都子たちの声が聞こえてくる。 ……申し訳ないと、心から思う。明日学校に行ったら、皆には一切おふざけ無しで謝らなければいけないだろう……でも……。 梨花(私服): (確かめないと……これはただの勘違いなのか、それとも……っ!) 私は……祈った。久しぶりに、願った。 どうか……どうか私の今抱いている懸念が杞憂に終わり、想定を超えた最悪の事態にまで至っていませんように……と。 梨花(私服): っ、はぁ、はぁ、……はぁっ……! いつもの駐輪スペースに自転車を置き放ち、一息に石段を駆け上がった私は呼吸を整える間も惜しんで自宅へと向かう。 ……私の記憶通りであれば、羽入は今朝から体調を崩し、布団を敷いて休んでいるはずだ。 梨花(私服): 『大人しく寝てなさい。帰りにシュークリームを買ってくるから』 その約束をしたおかげで、羽入は嬉々として従い……笑顔で私と沙都子を見送ってくれたのだ。 梨花(私服): えぇ……覚えてるわ。決して夢の中での思い込みでも、記憶違いでもない……! なのに……それなのに……! 梨花(私服): 羽入……!いるんでしょ、いたら返事を――なっ?! 玄関の扉を乱暴に開け、中に声をかけた私はその有り様を目の当たりにして思わず息をのむ。 居間に、羽入の姿は……ない。それどころか、彼女が寝ていたはずの布団さえもがどこにも見当たらない。 片づけた……とは、違う気がする。なぜなら羽入の布団は押し入れに入らず、いつも部屋の隅に畳んでいたからだ。 いずれにしても、こうしてはいられない。一刻も早くあの子の行方を探さないと――! 梨花(私服): ぐっ……?! 突然、またしても私は痺れにも似た衝撃を頭の中に覚え……今度ははっきりとした痛みであったため、思わずその場にうずくまる。 この感覚は、……いったい、なんだ。羽入のそれとも違う、奇妙で奇異な「接続」による信号とでもいうべきか……?! 梨花(私服): 『来い……祭具殿……』? 伝わってきた意思を言葉に変えて、私は呟く。 誰かが、私を呼んでいる……それはわかるが、いったい何を企んでいるというのだろう。 罠? 救済?それとも、もっと違う何か別のもの……? Part 03: 梨花(私服): …………。 姿は見えない。だけど、気配だけは……明確に感じる。 むしろ、隠す必要を感じていないようだ。侮られているのか、無意識なのか……いずれであったとしても、実に忌々しい。 梨花(私服): ……来たわよ。誰だか知らないけど、出てきなさい。 そう言って、どこへともなく呼びかけると……風によるものなのか、周囲の木々たちが途端にざわめき始める。 普段から何度も足を運び、木々や植え込みの位置もほとんど把握しているはずの、見慣れた境内……。 にもかかわらず、どうしてこんなにも不安が私の心を支配しているのか……? 梨花:私服: ……くす、くすくす……。 梨花:私服: 来たんだ……本当に、来たんだ……。「あの方」が言っていた通りに……くすくすくす……! 梨花(私服): ……どこに隠れているのか知らないけど、実に不快で失礼なやつのようね。 いや……本当のことを言うと、不快に感じているのは姿を見せないことじゃない。それよりも……まさか……? 梨花(私服): こっちをただ観察するのが目的だったら、悪いけど帰らせてもらうわ。くだらない見世物になるのはまっぴらよ。 梨花:私服: ――――。 梨花:私服: じゃあ、出て行ってあげるわ……私の姿を見ても、驚いたりしないでね……? その言葉とともに、目の前の茂みがざわめいたかと思った直後……人影がひとつ、ひょっこりと現れる。 その顔を見た瞬間、私は――。 梨花(私服): ……っ……?! 弱みを見せたくなくて、悲鳴は絶対に上げないと固く心に誓っていたけど……気絶しそうな衝撃を覚えて、私はその場で固まる。 そこにいたのは、……「私」。鏡を見た時に映し出される自分自身の姿が、不穏な笑みをたたえながら立っていたのだ。 複数表示用: 叫び声……あげなかったのね。そんなに驚かなかったのかしら? 梨花(私服): 十分すぎるくらいにびっくりしたわよ。ただ、あまりにも想定の範囲外すぎてタイミングを見失ったのと……。 梨花(私服): たとえ幻でも偽者でも、自分の姿を見てショックを受けたりするのは情けない話でしょう?これでも私、可愛い子のつもりなんだから。 複数表示用: ……くすくす。そういう気丈というかやせ我慢をするところなんかも、「あの方」が話していた通りね……。 梨花(私服): ……。色々と聞きたいことがてんこ盛りだけど、まず聞かせてもらうわ。 梨花(私服): この場所に私を呼び寄せたのは……その「あの方」の命令によるものなの? 複数表示用: そう理解してもらっても、大きな違いはないわ。まぁ正確にはそうじゃないみたいだけど、あいにく私の関知するところじゃないから。 梨花(私服): じゃあ、……「あの方」って、誰のこと? 複数表示用: 少なくとも、人間をゴミや虫ケラと同様に蔑んで嘲るだけの能力を持った至高の存在。神と称しても差し支えはないでしょうね。 梨花(私服): なるほど……で、羽入はどこに? 複数表示用: 殺したわ。 複数表示用: ……って言ったら、どうする? 梨花(私服): 安っぽい挑発ね。使い古された台詞すぎて、反吐が出るわ。 梨花(私服): 悪いけど、あんたたちのお遊びに付き合ってあげられるほど私は暇じゃないの。 梨花(私服): これ以上だんまりだの、ごまかしだのを続けるようだったら……! そう言って私は、懐から取り出した「カード」を目の前で閃かせて……巨大な武器へと変化させる。 この「世界」で跋扈する『ツクヤミ』を倒し、屠るために手に入れた謎の力……いまだ解明どころか、力の源が何なのか全くわかっていないが……。 少なくとも、この目の前で嗤っている高慢ちきな「私」に目にもの見せてやるくらいはできる。そう思って蛮勇を奮い、私は武器を構えた。 複数表示用: ……力で解決しようだなんて、無粋ね。お里が知れるというものよ。 梨花(私服): そうかしら……? けど、あんたにだけは絶対に言われたくない台詞ね。 複数表示用: そうね……結局私も、あなたを力でねじ伏せに来たわけだしね……ッ? 梨花(私服): っ……?! と、笑みを浮かべながら私と対峙する「私」は穏やかな表情のまま、禍々しいまでの殺気をこちらへと目がけて放ってくる。 その勢いはまるで、旋風……いや、嵐と言っても過言ではないだろう。気を緩めると、吹き飛ばされそうになる……! 複数表示用: ……どうしたの?何もしないようだったら、こっちから行くけど。 梨花(私服): 少しの間だけ、どう料理してやろうかと考えあぐねていただけよ。――はあぁぁあぁッッ!! 先手必勝、とばかりに私は体内の力を解放し、地を蹴って相手との間合いを一気に詰める。 そして、身構える隙も与えず武器を振りかぶり……一切の容赦もなくそれを叩きつけた。 複数表示用: ぐあぁぁあぁっ?! 私の渾身の一撃をその身体に受けた「私」は、木っ端のごとく吹き飛び……茂みの中へ消える。 自分で言うのも変な話だが、手応えは十分だった。もし起き上がってきたとしても、相当のダメージを負っていることは間違いない。 梨花(私服): ごめんなさいね……!私は、気に入らない相手に対しては容赦なく暴力を振るえる性分なの。 わだかまっていた憤懣を発散した爽快感も手伝って、私は品の悪い嘲りの言葉を吐き出す。 とりあえず、次は一連の情報を「私」から聞き出すことにしよう。そう考えながら私は武器を下ろし、茂みへと向かって――。 梨花:覚醒: ッ……くく、くすくすくす……あっははははははははッッ!! ボロボロになった服をひらめかせながら、「私」は妖艶な笑みを浮かべて茂みから現れる。 その目は金色に染まり、全身からはおびただしいまでの邪悪な波動が放たれて、まるで……?! 梨花(覚醒): っ……ひょっとして、『ツクヤミ』……?! とっさにそんな言葉が頭に浮かんで、思わず呟いてしまったが……いや、違う。 力の気配も質も、……全くの別物だ。怪異という意味では同じかもしれないが、そもそもの「格」が違いすぎる……ッ! 梨花:覚醒: 大人しそうな顔をして、いい性格をしているじゃない……ますます気に入ったわ! 梨花:覚醒: あぁ、素敵……本当に、嬉しいわ!そんなにも内に強い意思と信念、さらには凶暴な力を秘めたあなたを……! 梨花:覚醒: ここで消して、存在まるごととってかわることができるなんて……最ッッ高に楽しいわぁぁぁ!! 梨花(覚醒): なっ……?! 「私」の身体から放たれる禍々しい波動の量に、私は怖気を覚えて身震いする。 ……いったい、こいつは何者だ。 私の姿を真似ただけじゃなく、この「カード」による力さえも凌駕するとは本当に人間なのか……?! 梨花:覚醒: ……というわけだから、消えなさい。そして「世界」のどこかで、泣きわめきながら寂しく悲しく「見て」いるといいわ。 梨花:覚醒: あなたが守りたかったもの……そして守り続けてきたものがどれだけもろくて儚く、虚しいものであったかを……! 梨花: なっ……ま、待って!!あんたの正体は、まさか……まさかッッ?! 梨花:覚醒: もう遅い……くすくす、あっははははははっ!! 梨花: っ、きゃぁぁぁぁああぁぁっっ!! レナ……圭一、魅音、詩音……。 そして羽入……沙都子……ッ……! 助けて……このままだと、私は――ッ……! 沙都子(私服): ……梨花? 梨花(私服): みー。どうしましたのですか、沙都子? 沙都子(私服): そんなところにおりましたのね。急にひとりだけ先に帰るものだから、何かあったのかと思いましてよ。 梨花(私服): ごめんなさいなのです。お腹の調子が悪くて、先に失礼させてもらったのですよ。 沙都子(私服): だったら、そう言ってくださればよかったのに。で、お身体の具合はもうよろしくて? 梨花(私服): はいなのです。もうすっかり、元気なのですよ。にぱー☆ 梨花(私服):             ……くす。          くすくすくす……!