そして、不審は
すべての活動熱量を奪われているはずの
「ありえん……! なぜ、動けるッ!?」
狩人の
「まさか──」
条理を覆す不条理。それを為す力なら、確かに血族であれば秘めていて然るべきものだとヒコックは知っていた。ほかならぬ、その血の中に──すなわち《墓碑銘》という力として。
隼人の皮膚の下から
その光は隼人の体内を巡るかのように移動し、様々な箇所で皮膚を透かして浮かび上がる。まるで大地の下で発光する溶岩が胎動するかのように。それと同時に、光量が増した隼人の肉体部分は、力を取り戻したかのように再び動き始めていた。
「あれは……!」
ヒコックを
「あれは、火……なの?
火──すなわち、熱量を生み出すもの。
隼人の体内を流れる血液は今、それ自体が揮発性の燃料と化したかのように
そして熱とは、活動のための力そのものである。それはヒコックによって奪われる以上に、隼人の内部から発生し続けている──その血を燃焼させることによって。
しかしそれほどの高熱であっても、隼人の肉体は焼けも溶けもせず一切無傷。つまりこれは、断じて世の条理に収まる現象ではなかった。
『我が墓標に刻みし碑銘、今ここに見つけたり──』
隼人の
「我が
それは隼人が、己自身の存在を埋葬した覚悟の
命の指針である
「馬鹿な……」
ヒコックが
「血族になりたての小僧が、《聖別》を……死を乗り越えたというのか!? 《墓碑銘》を
そして、なぜそれが『高熱』という形態を取ったのか。その理由がヒコックには理解できたような気がした。先の闘いで、己の能力の弱点が何かを改めて思い出した今となっては──
「まさか、俺の《墓碑銘》を正面から打ち破る……そのために?」
ヒコックは自身の推測に脅威を覚えた。自分と隼人の能力は合わせ鏡のように打ち消し合う関係になったからだ。今の隼人は、尽きない井戸のようなもの。いくら熱量を吸い上げても、次から次に
となれば、その先にあるものは……すなわち、純然たる力と力の真っ向勝負。
「くそったれ……上等だぜッ!」
「
ヒコックと隼人の叫びが交錯した。同時に、隼人が地を
熱量の発生は、そのまま身体機能の上昇にも直結していた。血族としての力の源泉である血自体の燃焼で出力が増加したことにより、隼人の疾走はそれまでの数倍にものぼる速度に達していた。
一方ヒコックの銃口も、また毒蛇の如く
だが、発射された全弾が疾駆する隼人を捉えきれない。銃弾を振り切りながら走り続ける隼人は、樹間を目まぐるしく移動しては、飛びこむ最適の機と位置を見極めている。
また隼人の身が放つ高熱が、周囲の枝葉を自然発火させていった。森に発生した火災の照り返しにより、ヒコックの照準はさらに正確性が落ちてしまう。依然として、弾丸は隼人を撃ち抜けない。
「──取った!」
隼人は、ヒコックの懐に入る最適の位置と機を
「……惜しかったな、坊や」
ヒコックの左脇腹を狙った隼人の一刀は、左の逆手に握られた
そのナイフは隼人の前で、ヒコックの右手に保持するコルトM1851ネイビーの銃身下部にセットされた。特注の金具同士が
「切り刻むほうの
野獣じみた荒々しい突進と共に、ヒコックの銃剣が夜気を裂いて
隼人はさしたる苦もなくそれをいなす。そして交差しざまに放った一刀が、逆にヒコックを両断しにかかる。体勢を崩したヒコックに、それを回避する余力はないはずだった。
「ッ!?」
だが、空を切ったはずのヒコックのナイフ──その先端が、隼人の眼前で火を噴いた。
回避しようもない超至近距離からの銃撃に、隼人は完全に虚を
もはや回避は間に合わない。よって隼人は刀を水平にかざすと、
鋭い残響と火花を散らし、ヒコックの放った必殺の魔弾は弾き飛ばされ
「これに反応しやがるかッ──くそォッ」
会心の『
「逃さん──」
隼人の
「くッ」
ヒコックの銃剣が、かろうじて襲いきた剣先を
「もらった!」
銃剣を失った以上、ヒコックに隼人の一刀を受け弾く武器はない。この至近距離では、隼人が圧倒的に有利な状況だ。
ゆえに繰り出された隼人の剣は、今度こそヒコックの眉間を唐竹割に
必殺の一刀は、見えない衝撃によって弾かれていた。何もない空気が、空中で刀身を殴り返してきたようだ。隼人はその反動で、後方に大きくのけ反らされる。
「な──」
遅れて隼人の鼓膜を突き刺したのは、落雷めいた
「まさかッ──〝弾丸〟で受けたというのか!?」
隼人の一刀を弾き
着弾の衝撃で後方へのけ反った隼人は、必死に両脚で踏みとどまる。
「なんて腕だ──こいつ」
この男は、断じて
「しぶとい──」
「──やりやがる」
ここまでの攻防で、隼人もヒコックも互いに相譲らない。だがそれでもなお、死闘を続ける両者の手数は止まらなかった。
ヒコックは残弾ゼロとなった輪胴弾倉を交換。隼人はその
隼人はその銃撃をかわしざま、すべてが必殺となりうる剣撃を連続で放っていく。一の太刀、二の太刀、三の太刀──だが、それもまたヒコックの銃弾による受けという荒業で、ことごとくが弾き逸らされる。
そんな真正面からの、
「くっ──まだ、足りない……ッ! まだ遅いッ!」
「ちィ……ッ! こいつ、まだ
一刀ごとに、
決着を急がねばならない理由が、隼人にはあった。それはひとえに、今こうしている一秒ごとに衰弱していく
もっと、もっと、もっと、もっと疾く──その渇望に隼人の血は忠実に応え続ける。燃えながら全身に流れる血炎の温度を、さらに天井知らずに上げていき……
「────」
隼人は、ついにそれが限界を突破したことを知った。
自分の体内から透けて見える炎の色が、それまでの赤や
「ガ──ア、アアアアアアアアッ!?」
今までとの違いは、その火炎が隼人の内部ではなく外部を燃やしているということ。そして何より、隼人自身が張り上げる絶叫であった。
肉が焼け、皮膚がひび割れ、呼吸する酸素さえ奪われていく。
今までは隼人の身を焼くことのなかった高熱が、その熱量の限界を突破すると同時に無傷で制御可能な限界をも超えてしまったのだ。
「俺に張り合うため、無理をしすぎたか? どうやら風向きが変わったようだな……恨むなら、尻軽な勝利の女神を恨むがいいぜ」
ヒコックの銃口が、無防備な隼人の心臓へと向けられた。
ヒコックの顔には、まさかというような疑念が浮かんでいる。この場にいる人間は、ヒコック、隼人、そして動けなくなった柩の三人のみ。そして今の音は、ヒコックと隼人が立てたものではなかった。
ならば、それは──
「隼人……は……」
その声は、苦悶の中で隼人にも届いた。隼人とヒコックが、二人同時に振り返る。そして、そこに見たのだった。
──夜空を焦がして燃え盛る木々を背に、孤銃を手に立ち尽くす柩の姿を。
「狩りの魔法が解けたか……だが、もはや遅いぜ」
それを見たヒコックが、冷ややかにうそぶく。
どうして柩が立ち上がってこれたのか、その理由なら隼人にはもうわかっている。それは、隼人の放つ高熱によって自然発火した木立の炎上が示していた。
「やはり……あの時と同じ……」
隼人はホテルの室内で、最後に起こった事態を思い出す。
あの時も、隼人は今の柩と同じように急に動くことができるようになった。
どちらの現場にも共通している要素は……
「炎───」
今、隼人は己の推測に確信を得ていた。ホテルの室内でも、ヒコックの能力から自由になれたのは火の手が上がった後だ。その理由は、能力の発動起点が血液であることを考えれば自明のこと。
『陣地』を形成する各支点に撃ち込まれた、ヒコックの銃弾……そこに塗り込まれた血液の水分が、炎の高熱によって蒸発したのだ。必然『陣地』は消滅し、熱量収奪の能力も解除される。
「隼人……は……」
動く力を取り戻した、柩の両腕が跳ね上がる。その手には、スミスアンドウェッソン・モデルⅡアーミーが握られている。隼人の記憶にあるどんな時も、柩が決して手放すことのなかったその銃が。
「今度はわたしが
柩は、叫びとともに
しかし、柩はまだ立つのがやっとの状態。その挙動は遅く、相手の不意を
そして当然の如く弾丸はかわされ、ヒコックの肌身を
「柩……ッ」
決死の覚悟で放った柩の一弾は、あえなく無為に終わった──いや、果たして本当に?
「ならば俺を撃て! 柩ッ!」
そうではなかった。
「えっ……!?」
「俺を信じろ──撃つんだッ、柩ィィッ!」
「侍は死んでも約束を果たすッ──いや、果たすまで絶対に死なないんだッ!」
魂の震動は感情を励起させる──今まさに
その感情の名は、世においてこう呼ばれていることだろう。
──勇気、と。
「
人差し指が、祈りを込めて引き
放たれた銀の弾丸が、敵であるヒコックではなく隼人の肩口に撃ち込まれていた。
「お前ら、いったい何を──」
その光景に
そして──
「……そうだ。これで、いい」
新たに、隼人の声が響く。まるで死に絶えるように弱まり、消え去っていく炎の向こうから。
「まさか──銀の弾丸はそのためにッ」
何かに気づいたヒコックの叫びは、闇を裂く
ヒコックの
上半身を斜めに断たれたヒコックの身体は、草を鳴らして崩れ落ちる。星空の下に、その血の臭いが濃く立ちこめていく。
──闘いは、ここに決着を見た。
「そうだ……あんたの思った通りだよ」
ヒコックの
「はあ……はあ……」
力尽きたように、柩がその場に
「よかった……隼人が、死ななくて……」
疲労よりも
「でも……よく、とっさに思いついたね。あんな無茶なこと……」
隼人の体内で燃える血炎の色は、既に暴走状態の
「銀の弾丸は、血族を殺す毒になる……お前と出会った最初の夜の印象から、その考えが意識に強く刷りこまれていたせいかな。だから、俺自身に毒を盛れば血の力──《
「く──」
それから隼人は肩の
用を終えた一刀を
そして──
「……?」
意を決したように目の前に突き出されたその右手を、
やがてそれが、自分に差し伸べられた手であるとわかった瞬間。
「ありがとう──」
柩の顔に、月の光よりも