「人間の血を固めて保存した《血晶》ってものだ。西洋じゃ今これが主流になっている。血液に腐敗止めの薬品を混ぜて作られるらしいがな」
そして
「食ってみな」
《血晶》を手に取り、隼人はあらためてそれを観察した。
見た目は変わった色の石ころだ。血の匂いこそ感じるが、それも自分が血族だからなのかもしれない。そんなものが海の向こうにあることなど、この瞬間まで知らなかった。
万が一、これが
「やれやれ、
隼人の警戒心を読み取ったかのような呼吸で、万次郎が紅い塊の一つを手に取り飲み込む。
それを見届けた後で、隼人も《血晶》を口に放りこんで
石のように堅かった血の塊は、口内の温度でやがて
想像していたような生臭さや鉄の味は感じない。それらは確かに存在するのだが、隼人はとても甘美な
「欧米やその植民地じゃ、非血族はその《血晶》を税として政府に納めているんだ。だから、金銀と同じような貨幣価値も持っている」
「血が、金と同じなのか……」
人間の血が貨幣としての価値を持つ社会──血族が来航した以上、日本もいずれそうなっていくのかもしれない。時代というものへの
「お嬢ちゃんがいま一気に食べたひとかけらで、二十両くらいするんだけどな」
「高っ!」
思わず変な声を出してしまっていた。新選組時代に受け取っていた給金も決して安くはなかったが、それを基準にしても相当な破格だ。
「んぐんぐっ」
一方の柩も
「まあ、いずれ普及して手頃な値になるだろうが、今はまだこの国じゃそのくらい貴重なものなんだ。でまあ、そんな高価な代物も、仲間にくれてやるなら惜しくはねえってことよ。どうだ? 少しは俺を信用してくれるかい」
値段の印象も手伝ったせいかどうかはわからないが、効果は確かに出てきたような気がする。
「……確かに違うな。言葉じゃ
「感謝してるなら、返事を聞かせてもらいてえな」
隼人はあらためて思案する。現れてからの万次郎の言動を観察した上での情報と直感の両面から吟味し……。
「わかった……今はあんたが敵じゃないことだけは信じよう」
結果、隼人はそう判断を下した。もし追っ手に与する敵であるならば、やり方が遠回しにすぎるだろう。無論、怪しい部分はまだあるにしろ、一緒にいることで自分や柩にとって有益であるのもまた事実。警戒を忘れなければ、同行しても問題はないだろう。
「ふう……そういうわけで、ここからは俺もご一緒させてもらうぜ。おっと、外の役人のことならもう心配はねえぞ。適当に追い払っておいたからな。今夜はしっかり休んで、旅の疲れを落とすこった」
万次郎はそう言い告げると、
「とりあえず話はついたぞ……柩? どうした、目を白黒させて」
さっきからなぜか口数の少なくなっていた柩を、隼人は横目で見る。
「う、うん……ごくんっ」
ようやく、柩が口に含んだままでいた血晶を飲み込んでいた。
* * *
翌日、隼人は柩と共に洋上にいた。万次郎が手配した船に乗り、海路を行くことにしたのだ。
少しでも不審な動きがあれば万次郎とは手を切ろうと目を光らせていたのだが、
すべては
そんな中で数日が過ぎ──
日没を迎え、水平線が
「あれが……」
それを見据え、いつの間にか傍らに寄り添ってきた柩の横顔に視線を移す。
「横浜──か」
* * *
汽笛を鳴らしつつ、蒸気船は到着した横浜の港に
本来ならば、一刻も早く江戸に直行したいところだ。が、万次郎の手配した船は商船であり、横浜に寄港する都合があるらしい。こちらの素性が素性だけに、
船を降り、横浜の土を初めて踏んだ。居留地内に立ち並ぶ
街角や港を歩いている人間も全員が異人。ごく少数ながら血族の姿も見かける。ここならば、柩の
船員たちと気さくに打ち解け、異人である彼らに混ざって服装面でも違和感のない万次郎はともかく、いかにも日本人然とした隼人の姿は好奇の視線を集めた。
「気のせいか、皆が俺を見ているように感じるんだが」
「いや、それは気のせいじゃねえな。今、船長のツテで、この近くのホテルを空けてもらった。早いとこそこに行こうぜ」
万次郎について、横浜居留地内の街区を移動する。やがて見えてきたのは、
「すごく大きいね。この前の宿とは全然違う……」
物珍しさを隠さず、
荷物を下ろす。備え付けの
「ほう……」
特大の
「ねえ、隼人……」
柩が、言い出しづらそうに切り出した。
「どうした?」
「隼人は、あの血晶で満足してる……?」
おずおずと柩が言い、隼人の表情を
「もし本物が欲しくなったらいつでも言ってね。わたしの血をあげるから」
意識してかせずにか、そう言った柩の声は
「それは……いや、しかし……」
「
ふいに柩が、こちらの右手を両手で握りしめてきた。それを無下に振り払うような気にはなれなかった。少女の細指が、まるで
隼人の男としての欲望は、もはや隠せないほど強くなっていた。今度この少女に牙を突き立てたら、確実にその先──つまり男と女としての行為に達してしまうだろうと理性が本能を止めようとする。衝動のまま流されるのは嫌だった。
このままではまずい。そう思った隼人は窓の外に目を向ける。
「綺麗な庭園だ。少し夜風に当たってみないか?」
柩を促し、庭園に続くテラスの扉を開けて外に出る。
潮の香りがする夜気が、二人を包んだ。
異国情緒あふれる庭園は美しく刈り込まれており、中央の噴水も月明かりに照らされ水晶のようにきらめいていた。
冷たい空気が肌を刺す。自分の羽織を柩にかけてやろうとして柩のほうを振り向き、その美しい横顔に目を奪われた。
月で青白く照らされた