彼女の温かな口内に、自分の命が流れ込んでいく感覚。まるで
「はあっ……」
柩の
──いや、俺は一体なんてことを思っているんだ。
急に頭が冷静になり、隼人は慌てて柩の指から口を離す。
なんとも言えない後ろめたさが、後から強烈に襲ってきた。
「侍であること」だけを理想として掲げてきた
まして、
「どうしたの? もしかして、いやだった?」
柩は隼人の
「いや、そんなことはない……。それより明日も早い。もう寝るぞ」
柩は、隼人の真意を探るようにこちらをじっと見ていた。が、やがて
隼人も彼女に背中を向け、
「……隼人?」
親を呼ぶ子のような柩の声がして、彼女の気配がぐっと近づく。
「いまの、いやだったわけじゃないよね……?」
「ああ」
内心の動揺を悟られないよう、隼人は努めて冷静な声で答えた。
「じゃあ……こうさせていてくれないかな?」
柩の体温が、背中ごしに伝わってくる。落ち着きかけていた隼人の心臓は、暴れ馬のように激しく脈動を始めた。それどころか、柩は隼人の着物の内側にまで手を潜り込ませてくる。ひんやりとして、それでいてすべすべとして柔らかい手の感触。思わず身を震わせた。
こうするって……まさか、まさかッ。
意識から遠ざけようとしてきた劣情に、再び火が
「手、冷たかった? ごめん。でもなんだかこうして肌を触れ合わせていると、満たされる気がするんだ。お願いだから、少しだけこうさせてて」
しかし、柩の声から性的な
「うん、安心する……よく眠れそう……」
柩が密着してくる。それは子犬が母犬から暖を取るように自然な仕草だった。素肌に直接押しつけられる膨らみの弾力から必死に意識を逸らしていると、柩の安らかな寝息が聞こえてきた。その寝息の健やかさに、自分へ向けられる絶対的な信頼を感じてしまう。
隼人もまた、次第に心地よい眠りに落ちていった。
* * *
まず感じたのは、暗さと息苦しさだった。
外界と完全に遮断された、巨大な箱のような場所。猛烈な
──そうか、これは。
隼人は理解した。これはおそらく
この中では、すべてが
──まだ
──××の血との相性に問題があるのか?
──だが、成功させねばならん。これは我らの悲願なのだから。
時たま耳につく会話は、幼子の行く末を案じる親類たちのそれのようにも聞こえる。敵意はないものの、柩個人を
そんな変化のない停滞した時間だけが、無限に思われるほど繰り返し流れ……。
いきなり、暗い世界に白く
「棺桶のような場所」が外側から開かれ、誰かが柩をそこから連れ出そうとしている。それが男性であることはわかるが、その
その男は、こう言った。
──お
──それを自分自身で決められるのが、本当の人間ちゅうものぜよ。
──この世の姿を見てみい。生きた人間に触れてみい。感じたままに泣いて、笑ってみせい。そうやって
──そしていつか、お前が思い描いたお前になれ。
その言葉は、柩の記憶に触れている隼人の心をも揺さぶる。その感情の強さは、柩が初めて人格を持つ人間として語りかけられた言葉であったせいだろうか。
隼人が男の顔を認識しようとしているうちに、意識は次第に夢の中に溶けていった……。
* * *
翌朝。血を交換し合ったせいか、
「昨夜、柩の言っていた『
柩は朝からなぜか若干不機嫌なようだったが、隼人の言葉に
「うん。時が来れば、あの人はわたしの前にもう一度現れると言ったんだ」
隼人はその言葉を油断なく受け止める。その意図が不明であったからだ。ただ男の正体が誰であるにせよ、もし敵であれば
「その前に言われたこと……わたしが思い描いたわたしになれ、とかの意味はよくわからなかったんだけど。でもなぜかあの戦場で隼人に出
柩のまっすぐな視線に射抜かれて、隼人はなぜか照れ臭くなった。
「思い描いた、自分自身の姿を目指して生きろ……か」
隼人は男が口にした言葉を
やはり、その目的が見えてこない。単純に柩の身の上を
ほかにも考えるべき問題はある。
「伏見で闘ったあの連中のことなんだが」
新政府軍の中にありながら本隊とは作戦行動を別にし、柩を追撃するためだけに動いていたと
「奴らは、柩を捕らえるのではなく殺そうとしていた。銀の弾丸まで使用してな」
隼人は昨日まで、彼らは柩の元いた場所からの追っ手だと思っていた。しかし、柩の記憶から推測するに、「棺桶のような場所」の者たちは柩を何らかの理由で必要としていた様子だった。彼女があそこから逃げ出したことで殺すしかなくなった可能性も否定できないが、まずは彼女を連れ戻そうとするのではないだろうか? しかもよく事情も知らないような薩摩藩士に任せるのも変だと思った。隼人の直感は、一つの可能性を導き出す。
「柩。お前はもしかすると二つ以上の勢力に追われているのかもしれない」
一つは「棺桶のような場所」に柩を隔離していた者たち。そして、もう一つはそれとは別の思惑で動く、薩摩藩を動かした何者か。
どちらも正体不明なのは変わりないが、厄介だ。特に後者は襲撃が失敗したことを知り、次なる一手を打ってきていてもおかしくはない。
さらに気を引き締めて動かねば、と隼人は決意する。が、柩の表情はどうしてか曇ったままだった。
「おい、どうした?」
「わたしも昨日、たぶん
そう言った。新選組での上役という柩の言葉に、隼人の胸の中で懐かしい思いが広がった。
「ああ……そうだな」
だが、すぐに隼人の思いは苦いものに変わった。今頃、あの人の耳にも隼人が新選組を裏切ったという
不安を打ち消すように、
* * *
朝焼けの中を歩き出した隼人の背中を見つめながら、柩は昨夜見た夢──隼人の記憶を
夢の中で柩は隼人自身になっていた。そのとき隼人が抱いたと思われる感情や思考のすべてが、自分のものに置き換わって感じられた。
その中で、
『私が■■だ』
名乗りの言葉は、隼人よりも頭ふたつは低い位置から聞こえてきた。
新選組へ入隊して間もなく、配属されたのは一番隊。隊を率いる組長の名を知り、会う前から緊張に身震いしたのを憶えている。
もちろん、その存在はそれ以前から知っていた。
そして、今は懐かしい
『なんだ。そんな不思議そうに人の顔をしげしげと』
──あっ、いえ。すみません。
『ふん……まあ、言いたいことはわかっているがな』
そんな反応は慣れっこだとばかりに、■■は冷ややかな笑みを口元に浮かべて。
『寸足らずのちびのうえに、女みたいに生っ白いツラをしているとでも思ったんだろう?』
図星を
じろり、と■■が下から顔を
まずい。ようやく念願の新選組に入れたと思った矢先、初対面の上役からの第一印象はもしかして最悪なのでは……と
『ふっ……ははははッ。口だけじゃなく、顔でさえ
だが。意に反して、■■はさも愉快げに笑い出した。どうやら怒っているのではないらしい。思わずほっとしたが、それもしっかり顔に出てしまっているんだろうか?
『だが……白刃の下を
そして、小さな
『気に入ったぞ、
その宣言通り、
■■に対する憧れの強さは、その秘密を知ることになった後も変わらなかったけれど……憧れの種類が少し変わった気はする。
もしもこの天才剣士が鳥羽伏見に参戦していれば、戦の結末も変わっていたのだろうか。
そんなことを思いながら、
──そして
(その人のこと、本当に大切に思って信頼していたんだな……隼人)
今もきっと会いたいだろうな、と前を歩く隼人の気持ちを想像する。
なぜか胸に痛みとも呼べない淡い
* * *
京の西──後に神戸と呼ばれることになる地の沖合に、新大陸
「遠路はるばるご苦労でござる。
いかにも薩摩武士らしい
当初は異人勢力の排撃論を唱えていた薩摩藩であったが、薩英戦争を機に
「ジェイムズ・バトラー・ヒコックだ。《ワイルド・ビル》と
片端がめくれ上がったニヒルな唇。そこから血族の
新兵衛は以前にも、この男の
《
その半生は、暴力と
逸話は往々にして誇張されるものだが、本人を目の前にするとこの話はあながち真実なのかもしれないと新兵衛は思った。ヒコックはすましているが、その灰色の目の奥には狩りと殺しに対する隠せぬ欲望の炎がちらついている。新兵衛は
「
「了解だ。むしろ日本のサムライごときが一発で仕留められるなんて期待してなかったんでね。俺たちに任せてくれ」
サムライごとき、という言葉に新兵衛の頭に血が上る。命令でなければ今すぐにでも
この新大陸からの客人は、本来なら新兵衛ら薩摩藩士が果たすべき任務──
久光がそうした理由は、言うまでもなく伏見において薩摩の刺客たちが標的を仕損じ、その逃亡を許したためである。無論、新兵衛としても事情はわきまえてはいる。しかし、薩摩武士の実力を侮られたという
「ところで、俺たちの雇い主、シマヅの殿様は元気か?」
「ああ……。不老不死を手に入れられた今や、ますますご壮健そのものだ」
ヒコックが口の端をさらに大きく
「不老不死? 笑わせないでくれよ。……ああ、あんたら日本人は全員が皆まだ成りたてだったな。なら、血族についてよく知らなくても無理はない。俺が簡単に教えてやるから、無知な同胞に伝えてやってくれ」
ヒコックの、こちらを
「俺たちは、だいたい転化して百年を越えたあたりでようやく一人前になる。つまり、吸血によって自分の
「篩……とは?」
「それ以上の永遠を生きる資格を問われる試練だ。血族として頑強になった
「その《聖別》はどうやって生き残るのだ?」
そして新兵衛の主君もまた、その死の選別を免れえないということでもある。焦りを
「《聖別》の先まで生き延びる奴には、命よりも大事な、生きる理由が必要だ。肉体と精神の
「それは、なんだ?」
「血族は、より永く生きることで真の不死者と呼ぶべき存在に到る道へ入る。それこそ、昔話の怪物のようにな。果ては、灰や
「《墓碑銘》……? それはなんだ」
「さしずめ魔法や妖術のようなものだな。誰も見たことがないような超常現象を起こす力さ」
新兵衛は
「そう……不死なる者が己の死を知るという矛盾。己を葬る覚悟と向き合い、死を乗り越え生きる決意を持った者だけが、自分の魂に刻まれたその真理を知ることができる。一人に一つ──だから、顕われる現象はその使い手によって全く違うものになる」
ヒコックは左手の甲を新兵衛に見せた。そこには、深紅の色を帯びた十字の紋章が浮かび上がっている。
「これがその発現の
「……なるほど。『
「今回俺が組む相棒も、《聖別》を
ヒコックは新兵衛を船倉へと案内した。
薄暗く湿ったその場所には、なんとも
それは一切の日光が入り込まない暗所であるというだけでなく……
寒気をもよおすような金属の
「ゴットフリート・フォン・ベルリッヒンゲン──《鉄腕ゲッツ》とも呼ばれておる。理由は、ご覧の通りというところ。どんな男かであるのかは……まあ、おいおいわかることにもなろうて。ワシと仕事を共にすればの」
ベルリッヒンゲンと名乗った巨漢は、その義手の軋みによく似て耳障りな声でそう告げる。
その顔には、
「よろしくお頼み申す」
戦一筋に生きてきた古豪──との印象を、新兵衛はベルリッヒンゲンの隠しようもなく
だが、我が国の
戦場とはとどのつまり、暴力と獣性が一極的に支配する世界。そこでは残忍さこそが美徳であり、慈悲や寛容は無用のものとされる。そこが、自分たち日本の武士とは相いれぬ部分であると新兵衛は感じていた。たとえ
となれば、そんな男たちに狙われる標的──件の娘の命運は、既に確定したも同然か。
(しかし、女を
無論、侍とは主命に従うものである。この期に及んで実行を
「ヒコック殿」
「なんだい」
「今ひとつご教示願いたい。例の娘の血統とは、それほどまでにして狩り滅ぼさねばならぬ対象なのか?」
任務遂行に当たってより完全を求めるため、
「
二千年前に、《真祖》から洗礼を受けた最初の十二人の吸血種。それを始祖とする血統に、血族は分かたれているという。すなわち──
ペテロ氏族。
大ヤコブ氏族。
ヨハネ氏族。
アンデレ氏族。
フィリポ氏族。
バルトロマイ氏族。
マタイ氏族。
トマス氏族。
小ヤコブ氏族。
タダイ氏族。
シモン氏族。
そして──ユダ氏族。
「この十二氏族の内、ユダ氏族だけは存在してはならない血統として他の十一氏族から徹底的に抹殺され尽くしたとも聞いている」
「その通りだ。で、その理由は知っているのかい?」
新兵衛は首を横に振った。それに対してヒコックが答える。
「かつて、血族の神たる《真祖》を殺した男の血統だからっていうことだ。それが何を意味するのかは、
すべての血族には、《血の縛り》が存在している、とヒコックは念を押すように語った。すなわち、血統における下位の者は上位の者の命令に
「ユダ氏族の血統のみは、《血の縛り》を逸脱している。だからこそ上位者である《真祖》殺しも可能になったということなのさ」
それを知った
《血の縛り》に基づく上位下位の絶対性は、血族世界における根幹を成す背骨とも言うべき概念だ。それを否定する存在など、血族それ自体を滅ぼしかねない異分子であり致命の病原菌にも等しい。その新兵衛の
「だからこそ権力者は、その生き残りがいれば殺す。根絶やす。いつでも自分の寝首を
そこでふと、
「ただし、事はそれほど単純でもないのさ」
新兵衛の予感を裏付けるかのように、ヒコックが口を開いた。
「なんだと? まだ何かあるのか」
「確かに、ユダ氏族は数を減らしちゃいるだろう。けれど、出自を偽って他の血統に潜り込んでいる生き残りも多いらしいぜ。それに、わかっていて
「馬鹿な。そんなことをすれば、みすみす身を滅ぼすようなものではないか」
当然とも言うべき新兵衛の疑問を、しかしヒコックは一笑に付した。
「たとえばある男にとって、《血の縛り》が不都合だったとしたならどうする? 血統の上につっかえている邪魔な上位者がいる。けれど自分じゃ絶対に手が出せないとしたら」
「まさか……ではそのために、過去ユダの血を引く者たちを使ったというのか?」
自血統の上位者を排除するための殺し屋──
「なにせ可能であれば、血統の長を殺ることさえできるんだからな。実際、そんな裏の手を使って動いた歴史は多々あるだろうぜ。俺の祖国……
血族世界における、あらゆる負の矛盾を背負う裏切りの血統。それが今も健在というのは、新兵衛にとっても意外な事実だったが……
「しかし、だとしても……いや」
なお残る
「そうであればなおのこと、わざわざたった一人の娘だけを狙い暗殺する理由にはなるまい。一人や二人を消し去ったところで、ユダの脅威はもはやどうにもならぬ問題なのであればな」
そうであればなぜ、そのために
「まあ、そう考えるのが自然であろうな」
「……何か知っているな?」
「ああ。ただしあくまで、血族世界の裏に流れる
頷く新兵衛に、ヒコックは紫煙と共に言葉を継ぐ。
「血族の神──《真祖》を殺したがために、ユダ氏族は他の氏族によって滅ぼされる運命になった。だからユダは自らが殺した神の代わりを欲し、新たに創ろうとしている。自らを救う神をな。その新しい神は《真祖》と同じ力を持ち、他の十一氏族を《血の縛り》によって支配することができる。ユダの血統を最上位としてな。それによって、ユダはようやく裏切りと神殺しの宿命から逃れることができる……と、いうものだ」
「自らが殺した神の代わりを創るだと? そんなことが可能だというのか……?」
新兵衛はうつむきつつ沈思していたが、あることに気づき顔を上げる。
「ではまさか、その企てに件の娘が関わっていると?」
「さあな。あくまで噂と言っただろう。もう百年以上まことしやかに裏で流れているが、本当のところは誰も知らんよ……だが、こうして
ヒコックは、傍らで酒瓶をあおるベルリッヒンゲンに話を向けた。
「なあ、あんたはどう思う?」
ベルリッヒンゲンは、さほど感心もなさそうに低い
「どこの誰が神になろうが、世に戦が無くなることだけはあるまいて。ならば、ワシにとってはどうでもいい
「なるほど。《鉄腕ゲッツ》らしい感想ではあるな」
新兵衛は二人のやり取りを横目にしつつ、内心ではそれなりの納得を得ていた。
自分たちが追うユダ氏族の少女とやらにも、どうやら狙われるべき──そして死ぬべき明確な理由があるらしい。少なくとも英国血族の権力者にとっては。
だが、新兵衛はあくまで血族の
* * *
鳥羽伏見の戦いで大敗を喫した幕府方は、多数の負傷者を出すことになった。
それらの多くは淀城の南、宇治川のほとりに建つ長円寺に運び込まれていた。
さながら地獄絵図の様を呈する寺の
その中には、動けぬほどの重傷を負い脱落した新選組隊士たちの姿もあった。先の戦いで、
戦に遅れること数日。その長円寺の境内を訪れたのは、一番隊組長・
沖田は鳥羽伏見の戦いには参戦していない。公務による局長・
沖田が単身で長円寺を訪れたのは、ある使命を受けてのことだ。
あの戦いで起こったという、とある隊士の裏切りの事実を確かめるために。
「……やはり、私には信じられん」
沖田にその事実を伝えた隊士は、もはや虫の息であった。それゆえに、その言葉が虚偽であるとは思えず……沖田の秀麗な
「あの
「間違いありません……
伊東
「沖田さん……無念です。どうか、我らを裏切った
沖田の手を握りしめながら、その隊士は息を引き取った。
悲痛に歪んだ死に顔に
「沖田さん、私も歩けるようになり次第同行します!」
「俺もだ! 柾の裏切りのために、井上さんたちは……畜生ッ」
負傷兵たちが、傷の痛みを押して口々に無念を叫ぶ。
「無用だ。おまえたちは養生に専念しろ」
「しかし──」
「くどい。裏切りの事実が確かであれば、すぐにでも逃げた隼人の後を追う必要があるだろう。おまえたちの回復を待っている暇などはない」
遮るように言い放たれた語気は鋭く、また正論でもあった。一切の反論を許さず、沖田は寺の境内を後にする。その足取りは速い。
長円寺に、隼人の骸は運び込まれていなかった。
となれば存命しており、なおかつ隊には帰らずどこかへ去った可能性が高い。事実、戦場を立ち去る
命令を受けた
『──沖田君にとっては厳しい任務になりますな。それを承知で彼に命じたのなら、あなたも残酷な方だ、近藤さん』
裏切り者が隼人という報告を近藤にもたらしたのは、その伊東だ。沖田はそれを聞かされたとき、まず信じられないという思いで一杯だった。もし近藤に命じられなかったなら、自分から隼人を追う役を買って出るつもりだった。だが沖田の思いも虚しく、伊東の報告は信憑性を増すばかり。焦燥に、沖田の足はなお早まる。
「なぜだ……」
潔白ならば、なぜ復隊せず逃げるような
理由があるならば、なぜこの自分にだけでも打ち明けようとしなかった?
唇を
追う者──追われる者──そしてまた追う者。
入り乱れる思惑は
渦中にある者たちは、誰もがまだその運命を知らぬままに。