Part 01: レナ(私服): (……どうしよう。取り返しのつかないことを、あの子に言ってしまった) やっと泣き止んでくれた菜央ちゃんを家まで送って、ひとりきりになってからもずっと悩んで、苦しんで……。 後悔して自分を責めても全然疚しさが消えず、思い余った末に私は……魅ぃちゃんに電話して彼女の家を訪れていた。 魅音(私服): いらっしゃい、レナ。電話をもらったのがお風呂に入る前だったから、ちょうどよかったよ。 そう言って魅ぃちゃんは、急なお願いにも関わらず私のことを快く招き入れてくれる。 外はもう、すっかり暗い。こんな時間に他人の家を訪問することは失礼なことだと、誰よりも自分自身がよく分かっていたけど……。 今夜だけは、どうしてもひとりで「あの家」にとどまっていることが……耐えられなかった。 魅音(私服): あっ、その辺りで適当に楽にしてね。この部屋だと婆っちゃの寝室からは離れているし、多少騒いだところで大丈夫だからさ。 レナ(私服): うん。……ごめんね、魅ぃちゃん。いきなり押しかけて……何か予定とかが入っていなかったのかな、かな? 魅音(私服): あっはっはっはっ、気にしなくてもいいって。私の予定なんてのは、1日や2日ズレたところでさほど影響がないものばかりだからさ。 魅音(私服): それに、電話してきた時から落ち込んでいる友達よりも優先しなきゃいけない用なんて、この世には存在しない。少なくとも、私にとってはね。 レナ(私服): 魅ぃちゃん……ありがとう。 心からの感謝を込めて、私は1つ年上の親友に笑い返す。来る前はかなり迷って躊躇ったけど、顔を見たおかげで少しだけ気持ちが軽くなったようにも感じられた。 魅ぃちゃんは時々、みんなから空気が読めないってからかわれて、私も冗談で合わせたりしたことがあったけど……本当は絶対に違うと、断言してもいい。 実際の彼女は、気配り上手の世話焼きさんだ。私たちのちょっとした変化や違いにもすぐ反応して、問題がないか声をかけたり構ったりしてくれる。 ただ、相手の心理状況と性格によってはムキになったり落ち込んだりしている感情を逆なでしたり、あるいは落ち込ませてしまうことも……時にはある。 そして件数が増えれば、うまくいかない数も比例する。だから、結果だけを見て失敗が多いというイメージに繋がってしまっているだけなのだ。 レナ(私服): (でも……魅ぃちゃんはそれを決して言い訳にしない。どんな時でも精一杯、親身になろうとしてくれる) その隠れた努力と忍耐を知るからこそ、私は彼女のことを尊敬して……信頼している。 そして、おこがましいかもしれないが……優しい魅ぃちゃんが「親友」でいてくれることは私にとっては本当に幸せで、誇らしい思いだった。 魅音(私服): とりあえず、今日は泊まっていきなよ。電話、親父さんにしておく? レナ(私服): ……ううん。 憂鬱な思いがこみ上げそうになるのを必死にこらえ、私は首を横に振る。 お父さんが悪いわけじゃない……悪いのは、私だ。だけどつい、気が緩むと言い訳をしたくなるので今だけはなるべく考えたくなかった。 レナ(私服): お父さん……今夜も帰ってこないんだって。お仕事が、忙しいそうだから……。 魅音(私服): ……そっか。んじゃ、せっかくだし夕食は何かおいしいものでも作るとしましょうかね。 魅音(私服): 食材だったら買い置きがたくさんあるし、久々におじさんが自慢の腕をふるっちゃうよ~!くっくっくっ! レナ(私服): ……手伝うよ、魅ぃちゃん。レナは何をすればいいのかな、かな? 魅音(私服): おっ、そう言ってくれると思っていたよ!んじゃまずは、野菜の下ごしらえとかを頼んじゃおうかな~。 レナ(私服): うん、了解っ。早速始めよう。 なんてことを表向きだけは楽しく話をしながら私たちは園崎本家の台所に入って役割を分担し、料理を開始する。 ……考えてみたら、魅ぃちゃんと2人だけで台所に立つのはかなり久しぶりのことだ、と今さらになって気づく。 #p雛見沢#sひなみざわ#rに戻った直後の頃は、家に遊びに行ってこんなふうに昼食、夕食などを一緒に作ったりしていたから……少し、懐かしい感じだ。 もっとも、最近は菜央ちゃんと一緒に料理や洋裁などをすることが多くなったので、こんな機会が減ってきていたのだけど……。 レナ(私服): ……っ……。 しまった。考えないつもりだったのに……彼女のことをつい思い出してしまって、胸の内にずきり、と痛みがせり上がってくる。 お昼頃、菜央ちゃんに……酷いことを言ってしまった。慌てて取り消したけど、泣きそうな顔で謝られた言葉が耳の奥に刻まれて……全然消えてくれない。 彼女は悪くない……悪いのは、私の方だ。幼いながらも言葉を選びながら尽くしてくれたのに、あんなふうに言い返してしまったのだから……。 魅音(私服): ? どうしたの、レナ。ひょっとしてタマネギを刻んで、目から涙が出そうになっているとか……? 半分冗談めかしながらも、もう半分では真面目に私のことを気遣うように……魅ぃちゃんが横からのぞき込んでくる。 ……そういえば、この家に来た時からずっと彼女は私がどうして元気がないのかを全く詮索してこない。何があったのかも、知らんぷりだ。 きっと、私の方から打ち明ける気になるのを待ってくれているのだろう。……やっぱり魅ぃちゃんは、相手の気持ちを慮る優しい人だと改めて思った。 レナ(私服): あの……魅ぃちゃん。ちょっとだけ、聞いてもらいたいことがあるんだけど話してもいいかな……かな? 魅音(私服): えっ……話? もちろんいいよ。料理しながらゆっくりでも構わないから、言ってみて。 そう言って魅ぃちゃんはお米をとぐのに集中しているような素振りを見せながら、注意だけをこちらに向けてくれる。 あえて顔を合わせないのは、こちらが喋りやすいようにとの配慮だと思う。……それがわかって、ありがたかった。 レナ(私服): 実はね……今日のお昼、菜央ちゃんと喧嘩しちゃったんだ。 Part 02: 菜央ちゃんが私の家へ遊びに来る回数は最近は週に2、3度ほどになっただろうか。 料理をしたり、お裁縫をしたり……あるいはただ、家の本を読んだりしてその日によって様々だ。 一緒に時間を過ごしていると、本当に楽しかった。魅ぃちゃんの時もそうだったけど、意気投合とはこういう関係のことを指すのかもしれない。 …………。 だから、だろうか。……私は少し、魅ぃちゃんの時のような感覚で気を許しすぎていたのかもしれなかった。 菜央(私服): あの……レナちゃん。やっぱり一度、しっかりお父さんと話し合った方がいいんじゃないかしら。 レナ(私服): えっ……? まさか、そんな言葉が返ってくるとは思わなくて……私はきょとん、と菜央ちゃんの顔を見返す。 ――「今夜も、お父さんは帰ってこない」。それは本当のことだったし、彼女が遅くまでここにいても気兼ねしなくて大丈夫だ、というつもりで伝えた言葉だ。 だけど、菜央ちゃんは驚いたように目を見開いてからしばらくの間黙り込んで……読んでいた漫画本を閉じ、私に向かって言ってきたのだ。 菜央(私服): お父さん……戻ってくるのが、夜遅くってこと?それとも朝まで、ここに帰ってこないの……? レナ(私服): ……どっちなんだろうね。最近は朝になっても戻ってこないことが少しずつ増えてきたかな……かな。 答える相手が年下の菜央ちゃんということで、私は多少表現を控えめにした言い方を選ぶ。 ……実際には、ほとんど毎日だ。戻ってくるのは朝どころか昼過ぎになる時もあり、私が帰宅すると布団の中でいびきをかいている。 そして、日が暮れ始める頃に起き出したらふらりと出かけていなくなる……その繰り返し。食事も外ですませている様子だった。 レナ(私服): (栄養のあるものを食べているのかな……かな。お酒は控えめにしてくれていると、安心なんだけど) いや、おそらく自分では飲まずにただ注文するだけだろう。それも1本だけで相手の女性が喜ぶ、高いお酒を……。 菜央(私服): けど……遅いのは、平日だけじゃないでしょう?先週も、その前の週もレナちゃんのお父さんは土日に帰ってこなかったって言ってたじゃない。 菜央(私服): 美雪が前に言ってたけど、労働基準法……とかで健康のために働いてもいい時間が制限されてるはずよね?いくら仕事で忙しいとしても、異常だと思うわ。 レナ(私服): あははは……確かに、ちょっと忙しすぎるよね。 菜央ちゃんをなだめるつもりで、自分の気持ちには蓋をしながら曖昧に笑って頷く。 ……実際のところ、異常とは思っていない。お父さんの「仕事」とは、実のところ仕事ではないと私自身がよくわかっているからだ。 レナ(私服): (お客が注文してくれるお酒の売上に応じて、コンパニオンの報酬が上がるお店……お父さんの「仕事」とはキャバクラ通いだ) お酒の店に行くことは、別に悪いことじゃない。それに最初の頃は、母に裏切られた悲しみのはけ口……気分転換のつもりで足を運んだのだと思う。 だけど父は、元々お金を派手に使ったり女性を楽しませたりすることが得意な人ではない。 まして、聞き心地の良い言葉をささやかれて自分を肯定してくれる機会が少なかったせいか……あっさりと、そして愚かにも囚われてしまったのだ。 レナ(私服): (朝の食事の時にお父さんは、後ろめたいのか「接待」とか「面接」とか言って時々言い訳をたどたどしくしているけど……) それが建前どころか真っ赤な嘘であることは、あえて証拠を集めるまでもなく顔を見るだけで明らかだった。 レナ(私服): 大丈夫だよ、菜央ちゃん。レナは平気だから……ね? そして私は、この話はもうおしまい、とばかりにできる限りの笑顔を浮かべて菜央ちゃんに返す。 ただ……今日だけは何かボタンの掛け違えがあったのだろうか、彼女は険しい表情のままさらに言い募っていった。 菜央(私服): 自分以外の家庭の事情に口を挟むのは、よくないことだってわかってるけど……レナちゃんだってまだ、未成年なのよ? 菜央(私服): どんなにしっかり者だからって、一人娘をたったひとりで家に残していくなんて……やっぱり、不用心だと思うわ。 レナ(私服): ……仕方がないよ。たとえ親だからって、自分の時間を全て子どものために使う必要なんてないんだから。 レナ(私服): お父さんだって、息抜きが必要だと思う。そのためなら、レナは……別に、ひとりでも……。 菜央(私服): そんなのおかしいわ……!なんでレナちゃんが、そうやって我慢しなきゃいけないの? 菜央(私服): レナちゃんが言いづらいんだったら、あたしが言うわ!もう少し、レナちゃんのことを考えてあげてくださいって!だから――。 レナ(私服): ……やめてっ!レナの家のこと……お父さんのことなんて、菜央ちゃんは何も分かっていないくせに! 菜央(私服): ……っ……?! レナ(私服): ……ぁ……っ……。 しまった、と思った時にはもう遅かった。我に返って隣の菜央ちゃんに目を向けると、彼女は大きな瞳をみるみる潤ませて……。 菜央(私服): っ……ご、ごめんなさい……っ……。 ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、必死にこらえるように嗚咽していた。 レナ(私服): あ……ご、ごめんなさい、菜央ちゃん!レナ、そ……そんなつもりで、……っ! 菜央(私服): ……ぅ……ひっく、……っ……! なんとかなだめよう、慰めようとしてみても私自身も頭の中が真っ白になって、適当な言葉が何も思いつかなくて……。 私は菜央ちゃんの小さな身体を抱きしめたまま、言い知れないほどの罪悪感に胸が潰れそうだった……。 Part 03: 魅音(私服): ……なるほどねぇ。菜央ちゃんがそこまで踏み込んできたのもちょっと意外な感じだけど……。 魅音(私服): レナが怒ったってのは、珍しいね。よっぽど何か、虫の居所が悪かったりしたのかい?あるいは、あの子の言い方が良くなかったとか……。 レナ(私服): そうじゃない、と思う。直前までレナと菜央ちゃんは、とっても楽しい感じでお話をしていたんだし……。 レナ(私服): 菜央ちゃんも、悪口を言ったわけじゃなかった。むしろ心配して、気遣ってくれていた……なのに……。 菜央ちゃんとのやりとりを思い出せば思い出すほど、私はなんてことを言ってしまったのだろう……と悔やんでも悔やみきれない思いが大きくなっていく。 あの子の姉代わりのつもりでいたのに、まるで駄々っ子のような反発をしてしまったことが本当に恥ずかしくて……情けなかった。 レナ(私服): どうして、レナは……あんなにも怒っちゃったのかな、かな?自分でも自分が信じられないよ……。 魅音(私服): まぁ、耳の痛いことを言われた時は無意識に防衛本能が働いて過剰に反発したくなるって言うからね。たぶん、そういうことじゃない? 魅音(私服): それに……私もさ、よそ様のご家庭事情に踏み込むのはトラブルの元だって分かっているから、余計な口は挟まない姿勢だけど……レナ。 魅音(私服): あんまり物わかりよく振る舞おうとするんじゃなく、年相応に感情を出してもいいと思うよ。特にあんたは、我慢強すぎる傾向があるからね。 レナ(私服): ……魅ぃちゃんも、菜央ちゃんと同じことを言うんだね。 魅音(私服): 不快に感じたんだったら、先に謝っておくよ。……ただ、申し訳ないけど私にとってレナのお父さんはめったに顔を合わせたことのない他人だからね。 魅音(私服): だったら、毎日のように顔を合わせているレナのことが何よりも大事だし、あんたが楽しく笑顔になれるにはどうしたらいいのか、って考えるのは当然でしょ? レナ(私服): 魅ぃちゃん……。 ……あの時以来。私は自分の本音を出すことに対して、酷く臆病になっていた。 そう、怖かったのだ。あの日と同じように思ったことを正直に言ってしまったら、また取り返しのつかない失敗をしてしまうことがあるのでは、と……。 レナ(私服): 『私が、アキヒトおじさんのことを言ったから……お父さんは不幸になった』 レナ(私服): 『ううん……私がちゃんと気づいていたら、何も起きなかったのかもしれないのに……』 母が父を裏切り、他の好きな男性と関係を深めていたことは……父が別れを切り出される前から、私は知っていた。 というより、わざわざ「知らされて」いた。母が私のことを引き取るつもりで、「新しい父」とうまくやっていけるように仕組んでいたからだ。 そして……今では思い出すのも腹立たしい限りだが、裏切りを知るまでの私は、わりと母の愛人のことを気に入っていたのだ……たぶん、父よりも……。 その事実を知った父は……怒りのあまり、私を叩いた。暴力のことを忌み嫌っていたはずの父だったので、それほどに悲しくて衝撃的なものだったのだろう。 レナ(私服): (……きっとお父さんは、私が母と結託して裏切ったと考えたんだ。だから思わず、手を出してしまった……) だからこそ、私は自分を戒めたのだ。もう二度と、父のことは裏切るまいと。 そして、たとえ父が裏切ったのだとしても自分には責める資格なんてないのだから……。 魅音(私服): ……まぁ、そんなわけだからさ。菜央ちゃんのこと……許してあげなよ、ねっ? レナ(私服): ……許す、だなんて。レナは最初から、菜央ちゃんに怒ってなんかいないよ。むしろ……。 魅音(私服): ? どうしたのさ、レナ。 レナ(私服): ……菜央ちゃん、怒っているかな?レナが酷いことを言って、泣かせちゃったから……。 レナ(私服): もしかしたら、もう……レナのことなんて、嫌いになっちゃって……っ……。 魅音(私服): あっはっはっはっ、何を言っているのさ。それだけ親身に想ってくれている菜央ちゃんが、レナのことを嫌いになるわけがないでしょー? レナ(私服): っ……そ、そうかな……かな……。 魅音(私服): 逆に聞くけどさ……レナ。あんたが菜央ちゃんに今回と同じようなことをされた時、憎いとか嫌いだとか思ったりするの? レナ(私服): ……ううん。 それはない、と断言してもいい。もし菜央ちゃんが私に向かって怒ることがあったとしたら、それは間違いなく私に非があってのことだからだ。 そして、怒られたところで嫌いになんか絶対にならない。だって私は、あの子のことが本当に、心から……。 魅音(私服): ……だったらレナ、菜央ちゃんに電話してあげなよ。今言ったように自分が悪かった、ってさ。 魅音(私服): まぁ菜央ちゃんのことだから、逆にあっちも謝ってお互いごめんなさいの応酬になると思うけどね~?くっくっくっ! レナ(私服): ……魅ぃちゃん。 レナ(私服): うん……わかった。夜遅くの時間で申し訳ないけど、電話を借りてもいいかな……かな? 魅音(私服): もちろん! たとえ婆っちゃが起きてきても、うるさーい! って一喝してやるからさ。 魅音(私服): あ、いや……やっぱ怖い、今のは無し。その時はえっと、レナも一緒に謝ってくれる……? レナ(私服): ……あははは、もちろん。だってレナは、魅ぃちゃんの親友だから……はぅ♪