Prologue: ……ステージの中央で、火の輪が燃えている。俺が立つところから結構距離があるはずなのに、その熱気が伝わってくるほどの勢いだ。 そして、鼻先をくすぐり続けるこの刺激臭は灯油なのか、それともガソリンなのか……実にどうでもいいことが、頭をよぎっていく。 圭一(サーカス): (やっぱすげぇな、サーカスの見世物って……。観客席から見るのとは、また違った迫力だぜ) なんて、乾いた笑いとともに呑気すぎる感想を胸に抱きかけた俺だったが……周囲から沸き起こった大歓声を感じて、ようやくはっ、と我に返った。 圭一(サーカス): (ま……待て待て、ちょっと待てッッ?!) 現実を離れて虚空に達していた意識を地球に引き戻し、ぶんぶんぶんっ! と首を激しく振って現在の状況を把握する。 ……俺は魅音たちに誘われて、#p興宮#sおきのみや#rで行われるというサーカスの興行を見に来たのだ。それも最前列の席という、最高のチケットをもらって。 なのに、俺は今……その観客席ではなく、ステージの上にいる。しかもどういうわけか、ピエロの格好で。 一応、ここに至った経緯はちゃんと覚えている。そして渋々ながらも、確かに俺はそれに同意した。 ……ただ、「念のための数合わせ」「挨拶をするだけ」という約束はあっさり反故にされ、すでに想定以上の「代役」を演じる羽目に陥っている。 それでも、俺は頑張った。「聞いてねぇぇ!!」と声を大にして叫び喚きたいところを必死にこらえ、引きつる顔を笑みに変えて跳び、動き……演じ続けた。 途中何度か躓いて転んだり、ミスったりもしたが……ピエロであったことが幸いしてか、そのたびに歓声が後押ししてくれた。……本当にありがたかった。 圭一(サーカス): (この調子なら、なんとか最後までやり過ごすことができるかも……?) なんとかもおだてりゃ、木に登る……てな感じに良い気分になってつい調子に乗って、甘い考えが一瞬頭に浮かびかけたほどだ。 …………。 ……が、やはり甘かった。激甘だった。 運命の女神とやらは、最後の最後で俺に微笑みかけると見せかけて、絶望と恐怖の底に叩き落とすつもりなのか……。 もはや、進むも退くもできない窮地に追い込まれた俺は……まさに文字通り、絶体絶命のピンチに立たされていた……! 圭一(サーカス): な……なんで、こんなことになっちまったんだ……?! なんで俺の目の前で、火の輪が燃えているんだよっ?そして、どうしてそれをくぐらなきゃならねぇんだ?! ……そんなツッコミめいた疑問が心の中で延々と繰り返されていたが、当然答えてくれるものは何もない。 ただ、無言の圧力だけが伝わってきた。「なんでもいいから、今すぐ飛べッ!」という、理不尽極まりなく退路を断ち切る厳命が……っ! 観客の少女: ねぇねぇ、お母さん。ピエロさんって、あの火の輪をくぐるの? 観客の母親: えぇ、そうよ。どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、とっても楽しみねぇ。 圭一(サーカス): へ……へへへ……っ。 背後の観客席から聞こえてきた無責任な会話に、腹の奥に痙攣を覚えるほどの笑みがこみ上げる。 もちろん、あの親子に何の悪意も罪もない。だから俺が恨むとすれば、……何に対してだ? 運命か? 神か?あるいはその両方なのかこんちきしょー!! 圭一(サーカス): (泣きたい……! いや、泣くより先に逃げたい!) 圭一(サーカス): (火ぃ、あっちぃ!) 会場アナウンス: 『それでは間もなく、メインイベントでございます!』 会場アナウンス: 『林原大サーカスの大パフォーマンス、どうかお見逃しなくご覧くださいっっ!!』 圭一(サーカス): (見逃してくれぇぇ!というか、この場から俺を逃がしてくれぇぇッ!!) 菜央(私服): はぁ、はぁっ、はぁっ……! あたしは息を切らせながら、ゲストハウスの敷地内に設置された大きなテントを目指して全力で走る。 今はテントの中で、全国を忙しく巡業している大人気サーカス団『林原大サーカス』の催しが行われている……はずだ。 現状、テントの外に人だかりは見えない。ということはまだ「最悪」の事態になっていないのだと理解して……あたしは少しだけ、胸をなで下ろした。 菜央(私服): (でも……このまま順調に進んだら、今度は前原さんが大変な目に……ッ!) そう思い直したあたしは気を引き締め、勢いを緩めることなくテントの裏側に回り込んで関係者用の入口へと向かう。 そこには、レナちゃんたちがいて……あたしの姿を見るなり俯いていた顔を上げ、すぐさま焦った表情で駆け寄ってきた。 レナ(私服): ……菜央ちゃん!一穂ちゃんたちから連絡はあったかな、かな?! 菜央(私服): だめ……まだ連絡が来てないって!大石さんが警察車両の無線機で、興宮署に何度も確認をとってくれてるんだけど……。 沙都子(私服): ど……どうすればよろしいんですの?もうとっくにメインのイベントにさしかかって、入れ替わるタイミングが過ぎておりましてよっ? 梨花(私服): みー……いずれにしても「彼」が戻らなければ何も始まらないし、解決もできないのです。 梨花(私服): 今は信じて、待つしかないのですよ。赤坂と美雪、そして一穂を……! 羽入(私服): あ、あぅあぅ……!そうはいっても、このままだとサーカス自体がぶち壊しになってしまうのです……! 沙都子(私服): マスコミの方々も来ているとのことですし、万が一失敗して真実が明るみに出てしまったら、全国的な大スキャンダルになりましてよ……! いつもはピンチをチャンスに変えてしまえるほど修羅場慣れしているはずの部活メンバーたちが、全員揃って慌てふためいている。 ……無理もない。こればっかりは、あたしたちだけの力ではどうしようもないのだ。 全ては、「彼」が戻ってくれることが大前提。だけどその姿は、いまだに影も形もない……! レナ(私服): タイムリミットまで、あと少し……。このまま戻って来なかったら、圭一くんが……! 詩音(私服): あぁもう……ったく! なんで私たちが、こんなにやきもきさせられなきゃいけないんですかー?! 詩音(私服): もういいです! こうなったら全部ぶち壊してでも、圭ちゃんを助ける方向で話を――! 魅音の声: ……まだだよ。まだ、終わらせない。 菜央(私服): えっ……? ふいにあたしたちの背後から、魅音さんの声がした。 魅音の声: ……やるよ、みんな。こうなったら、最後の手段だ……! 詩音(私服): はぁっ? やるって何……をっ?! 勢いよく振り返った詩音さんが、ぎょっと目を見張って息をのむ。 詩音(私服): お、お姉っ? その格好は、まさか……?! Part 01: ――時間を少し巻き戻した、ある日の放課後。 授業が終わった私たちは教室に集まり、下校時間まで何をして過ごそうかと話し合っていた。 梨花: みー、今日の部活は何をしますですか? レナ: はぅ、そうだね……何がいいかな? かな? 沙都子: 部活をするのも結構ですけど、何か大きなイベントについても話し合いたいですわね。先週の隠し芸バトルは、かなり盛り上がりましたし。 「隠し芸バトル」とは、沙都子ちゃんの発案で先週の日曜日に行われた、私たち部活メンバーが各々の特技を披露する催しのことだ。 審査員は、#p興宮#sおきのみや#rのおもちゃ屋さんにたまたま居合わせたお客さんたち。そこに店長さんが加わり、採点方式で競い合ったのだ。 沙都子: テレビ番組で見た隠し芸大会を参考にして、お試し的にやってみたイベントでしたけど……人も結構集まって、大盛況でしたわねぇ。 一穂: うん。沙都子ちゃんの鍵開け技、すごかったね。あんなに素早く錠前の解除番号を突き止めて開けちゃうなんて、私にはできそうにないよ。 沙都子: あらあら、そういう一穂さんも……おにぎりを握った人を当てる「利きおにぎり」、あれこそ私にはできそうにありませんわ。 梨花: みー……一穂はどうやって誰が握ったかを嗅ぎ分けたのですか? 一穂: か、嗅ぎ分けたって……犬じゃないんだから。えっと……うーん……。 上手く言えずに、……言い淀んでしまう。正直自分でも、どうやって判別したのかよくわからないのだ。 一穂: (美雪ちゃんに勧められて、決めた隠し芸だったし……) 食べてみたら、握ってくれた人の顔が浮かんだ……というか、あえて表現するならやはり勘だろうか。 一穂: え、えっと……大きさ、とか……? 沙都子: つまり、手の形による微妙な握り方の違いで判別したんですの? さすがですわね……。 一穂: あ、あははは……。 菜央: 確かに、あそこまで的中させるなんて予想外というか……見事な芸だったわ。 菜央: おかげで、目隠しして手触りだけで布の名前を当てるあたしの『利き布当て』があまり盛り上がらなかったもの。 レナ: はぅ……菜央ちゃんの隠し芸は、みんなが知らない名前の布が多かったのがちょっとだけ不利だったかもだね。 レナ: 一穂ちゃんと順番が逆で、もっと有名な布を使っていたら結果は違っていたんじゃないかな、かな? 美雪: うんうん、順番って結構大事だよねー。あと、梨花ちゃんの歌もすごかったよねー。通行人も足を止めて、聞き入ってたしさ。 梨花: ありがとうなのですよ、にぱー☆ 羽入: あぅあぅ!梨花はいわゆる、「あざと可愛さ」にかけては右に出る者がいないのですよ~! 梨花: ……羽入。次はシュークリームではなく、キムチが一瞬で消える手品でよろしくなのですよ。 羽入: ぼ、僕は一応褒めたつもりなのですよーっ?! 菜央: というより……羽入のあの隠し芸は別に手品じゃなくて、普通に早食いってことにしておけばよかったんじゃない? 羽入: あぅあぅ……ただ食べるだけでは、面白くないかと思ったのですよ~。 美雪: いやー、あれは演出がよかったよ。私は見てて、腹抱えて笑っちゃったしさ。 シュークリームを手にした羽入ちゃんに、頭から布をかけた数秒後……。 布を取り払うと、満面の笑みの彼女が現れた。……口元にシュークリームの残骸を残して。 子どもたちは「?」と困惑した様子だったが、付き添いの大人たちは逆に大笑いして……本人の可愛さと相まって結構票を集めたのだ。 一穂: それにしても……前回は速さを競うものが多かった気がするよ。 沙都子: 仕方ありませんわ。スピード勝負はある意味、特技の研鑽を明確に見せることができますし。 沙都子: ただ、その中であえて新しいものに挑戦したレナさんと魅音さん、美雪さんはさすがですわね。 美雪: 私は失敗しちゃったけどねー、テーブルクロス引き。力の加減を間違えちゃったからさ……。 梨花: みー……そうは言ってもグラスから落ちた色水は、たった1滴だったのですよ。 梨花: やや失敗でも結構票が入ったのですから、成功していたら優勝はわからなかったのです。 美雪: いやいや、レナと魅音にはかなわないって。あの2つだけは思わず拍手しちゃったくらいだもん。 菜央: レナちゃんの隠し芸、すごかったわね……!一斉に投げたボールの中から、シールを貼ったボールだけを選んでキャッチするなんて。 一穂: あははは……確かにね。 無数のボールの中から、可愛い動物シールを貼ったものだけを「かぁいいよぉ~! お持ち帰り~」と恍惚とした表情で掴むその動きは、まさに稲妻。 ……私の目にはレナさんの両腕が、まるで千手観音のごとく6本もあるように映ったほどだった。 美雪: んー、レナはちくわと鉄アレイを投げても即座にちくわだけを選び取れそうだね。 沙都子: ? ちくわと鉄アレイ……どういうことですの? 菜央: またあんたは、余計なことを……。いつもの戯れ言だから、気にしないでいいのよ。 レナ: はぅ……でも、やっぱり一番は魅ぃちゃんだよ。みんな、あの手品に釘付けになっていたから。 沙都子: あのためにわざわざ海外の道具を取り寄せて、夜な夜な練習していたって言っておりましたわね。……用意周到ぶりには、頭が下がりましてよ。 梨花: みー……魅ぃの優勝は順当なのです。ただ、今回はどれも甲乙付けがたかったのですよ。 羽入: あぅあぅ!見ている人も僕たちも、みんな楽しかったのですよ! なんて感じに、私たちが先週の思い出話で盛り上がっていると……。 詩音: お姉、聞いてくださいよ~!ゲストハウスのオーナーが、また無茶なことを頼んできて……って、あれ? そう言いながら、教室に詩音さんが駆け込んでくる。……もはやこれも、見慣れた光景になってきた。 ただ、今日は不思議そうに首を傾げながらきょろきょろと周囲を見渡している。 詩音: お姉の姿が見えませんね。……もう帰っちゃいましたか? 美雪: 魅音だったら、職員室だよ。興宮署の大石さんからちょいと急ぎで、ってさっき分校に電話がかかってきてさ。 詩音: 大石のおじさまが、お姉に……?今度はいったい何をしたんでしょうかね。 一穂: こ、今度はって……魅音さんって、警察に目をつけられるようなことをこれまでにしてきたりしたの? 梨花: みー。大石たち警察の人間が#p雛見沢#sひなみざわ#r、特に御三家の関係者を怪しむのは今に始まったことではないのですよ。 梨花ちゃんはこともなげにそう答えたが、素直に納得していいのかわからない……。 レナ: はぅ……でも魅ぃちゃんの話だと、最近は大石さんたちとの関係も改善されてきたって言っていたし……。 レナ: 分校に先生を介して電話がかかってきたんだから、別に悪い話じゃないんじゃないかな……かな? 菜央: レナちゃんの言う通りよ。良くない問い合わせだったら魅音さんの家か、直接会いに来るはずだもの。 梨花: みー……ただ、どうしてあの大石が今までの態度を改めるほど関係が良くなったのか、その経緯がボクにはよくわからないのですよ。 沙都子: 仲が悪いままよりは、良いと思いますわよ。それより詩音さんこそ、どうされたんですの? 沙都子: 教室に入ってきた時、ゲストハウスのオーナーがどうこうとおっしゃっていたような……。 詩音: あー、まぁ例によって例のごとくの話ですよ。実は……。 魅音: みんな、聞いて聞いてー!……って、詩音? あんたなんでここに? 詩音: あ、その……ちょっと相談がありましてね。 とりあえず私たちは席に座り、まずは詩音さんからの「相談」を聞くことにした。 詩音: 皆さんもご存じの、興宮のゲストハウスです。今までも経営がやばい、危ないとか言いながら実際にはそれほどでもなかったんですが……。 詩音: どうやら今回は、マジのようでしてね。なんでもあそこで式を挙げるとすぐに離婚するだの、家庭不和が起こるだのと噂になっているそうで……。 詩音: 呪われたゲストハウス、なんて口コミの評判が周辺の市町村にまで広がっているんですよ。 美雪: おぅっ……結婚って縁起物だから、それはキツいなぁ。 詩音: そうなんですよ! おかげで入っていた予約が、軒並みキャンセルされてしまったらしいんです。 詩音: で、今月内にまとまった売上がたたないと、どこかに売却って話にまでなっていて……。 沙都子: ……売却って、いったいどちらに?あんな辺ぴな場所を買い取ろうとする物好きさんなんておられますの? 詩音: 私もありえないと、軽く考えていたんですけどね。……いたんですよ。 詩音: 穀倉でうちのエンジェルモートとガチ勝負を挑んできた、例の大手チェーンのファミレス。あそこの親会社です。 レナ: はぅ……だとしたら潰したゲストハウスの跡地に、新しいお店を建てるつもりなのかな……かな? 詩音: そういうことです。あるいは、噂を流したのもそのライバル店という可能性があります。 羽入: あぅあぅ……? つまり、詩音のバイト先のライバル店が、ついに満を持して興宮にまで乗り込んでくる……ということなのですか? 菜央: ……狡猾ね。ヤクザの地上げそのものじゃないの。 詩音: そうなんですよ!ですが、証拠がないので尻尾を捕まえようにも逃げられる可能性が高くて……。 詩音: エンジェルモートもピンチですが、このままだとせっかくの割のいいバイトが1つなくなることになりそうで……! 一穂: ……詩音さんって、ゲストハウスでもバイトしてたんだ。 詩音: たまにですけどね。ですから潰れられると、個人的にも困るんです。……どうしたらいいと思いますか、お姉? 魅音: 詩音のバイト先云々の話はさておいたとしても、例の大手の動きはちょっと無視できないなぁ……。 魅音: とにかく、喧嘩を売られた以上はなめられるわけにもいかない。こっちもそれなりに対抗すべきだろうね。 梨花: みー……魅ぃには何か策があるのですか? 美雪: 目には目を、で向こうの営業妨害をするって言うなら、さすがに私としてはちょっと賛同しづらいんだけど……。 魅音: あっはっはっ、そんなことしないって!あくまで正攻法で、渡りに船ってやつがいい感じに1つあるんだよ。 そう言って魅音さんが、にやりと笑う。……彼女がこういう表情をする時は、ちょっと怖いけどすごく頼もしい。 魅音: で、その前に聞くけど……みんな、サーカスってどう思う? Part 02: 魅音さんからの提案は、意外というより……予想を遥かに超える大規模なものだった。 一穂: サーカスって……あのサーカス?動物と一緒に芸をしたり、危ない技を披露したりする……? 魅音: うん、それそれ! そのサーカスだよ。 魅音: なんでも、穀倉でやる予定だったサーカスの興行が消防法だのなんだのの諸々の規制で引っかかって、開催が難しくなっちゃったみたいでさ。 魅音: とはいえ、契約の関係で完全にキャンセルしちゃうと違約金だのを請求されるらしくてね。 魅音: チケット発売前だったから場所の変更は可能だけど、代替地が見つからなくて……県庁のお偉いさんから園崎の議員経由で、町会に泣きのお願いがあったんだよ。 美雪: へー……そういうことって、ほんとにあったりするんだねー。 魅音: ただ、#p雛見沢#sひなみざわ#rは確かに空き地だらけだけど……集客という意味では交通の便とかで難しいからさ。どこがいいかってしばらく難航していたんだよ。 魅音: で、最初はゲストハウスにも打診したんだけど……予約が入っているから無理って断られちゃってさ。 魅音: だったら、予約がパーになった今こそそこに突っ込む他ないでしょ?使用料も安く抑えられそうだしね……くっくっくっ。 沙都子: こ、この状況でも相手の足下を見るなんて……まさに鬼ですわね。 沙都子: ですが、そのゲストハウスは大丈夫なんですの?消防法などはもちろん、警備だの誘導だのの人員を確保することも結構大事なことですのよ。 沙都子ちゃんの懸念は、至極もっともなことだ。だけど魅音さんは、その指摘を受けても不敵に「ふふん……」と余裕の笑みを浮かべていた。 魅音: 私が気づいてないとでも思った……?そういう類いの話は、この提案をする前からとっくに織り込み済みだよ。 レナ: ……あっ、わかったよ魅ぃちゃん。さっきかかってきた大石さんからの電話は、きっとその関係だったんだね。 魅音: 大正解!大石さんたち地元の警察に警備や客誘導の協力を要請して、OKの返事をさっきもらったってわけ。 魅音: 警察の協力があれば、問題があったとしてもなんとか対処できるしね。ついでに園崎家の権力があれば、怖いものなし! 美雪: んー、後者はあんまり使ってもらいたくないなぁ。……あ、でも許可ってそんなに早く取れるものだった? 魅音: もちろん正規の手続きだったら、数ヶ月前に連絡しないと許可なんてもらえないよ。……けど、今回は県からの要請だからさ。 魅音: 大石さんたちにでっかい借りを作るのはちょーっと癪だったけど、背に腹はかえられないしなんとか動いてもらったんだよ。 魅音: いやー、ほんと大石さんとの関係が良好だったおかげで助かった~。持つべきものはなんとやら、ってやつだね! 詩音: そうだったんですか……。だとしたら、大石のおじさまへの鼻薬はこっちで引き受けますね。 一穂: 鼻薬……?大石さんって、風邪を引いてるの? 詩音: あー……まぁ、ちょっとした心付けってヤツですよ。で、お姉。そのサーカス団ってのはどこなんです? 魅音: 林原大サーカスって知ってる?TVでも何度か出たことのある、あの有名なところだよ。 美雪: えっ……! 魅音さんがそう言った瞬間、美雪ちゃんが驚いた顔で立ち上がった。 一穂: ……美雪ちゃん、知ってるの? 美雪: もっちろん! チケット発売後、即完売!入手困難のプラチナチケットになってる超人気のサーカス団だよ! 美雪: 最近だと海外にも遠征してるそうだから、首都圏でもなかなか観覧できる機会がなくて……! 美雪: そっかぁ……あの林原を、この雛見沢で観ることができるんだ……! 魅音: えっと……そうなの、美雪? 魅音: 海外遠征ってところまではさすがに私も聞いていなかったけど……なるほど。東京だと、そこまで人気になっているんだ……。 菜央: ちょ、ちょっと美雪……っ!それってあたしたちの「世界」の話じゃなくてここでも通用するのよね? 美雪: もっちろん!私だって、そこまで迂闊じゃないって。 美雪: ちなみに、林原大サーカスの歴史は古くてね。確か明治時代に、岡山の興行師が曲芸のショーを大々的に行ったことが起源になってて……。 心配して耳打ちする菜央ちゃんを撫でながら、美雪ちゃんは林原大サーカスについて語り始める。 一穂: (美雪ちゃんって、サーカスに詳しかったんだ……) 意外というか、彼女の知らなかった一面を垣間見た気がして……私は若干の引きを覚えつつも、なんとなく得をした気分だった。 沙都子: ……では美雪さんは、観たことがありましたの?そのハヤ……なんとかサーカスとやらを。 美雪: あるよ。といっても、1回だけだけどね。かなり小さかったしお父さんも一緒だったから、確か……4歳くらいだったかな? 美雪: たまたまチケットをもらって、有明のイベント会場に家族で行ったんだけど……いやー、あれはすごかったなぁ~! 沙都子: むむ……ここまで美雪さんが絶賛されるのでしたら、私も観てみたくなってきましたわ。 菜央: ……そんなにすごかったかしら?確かに団員さんたちの衣装はかなり凝ってたけど、びっくりしたのは火の輪くぐりだったような……。 梨花: みー、菜央も観たことがあるのですか? 菜央: あたしも1回だけね。お母さんがたまたま関係者のチケットをもらって、その時一緒に行ったのよ。 菜央: ……ただ、あんまりよく覚えてないの。家にパンフとか、写真とかはあると思うけど面白かったかどうかまでは、うーん……。 レナ: はぅ……じゃあ新鮮な気持ちでサーカスが楽しめるね。レナと一緒に観よう! 菜央: えぇ、すっごく楽しみだわっ! なんだか乗り気じゃなさそうな菜央ちゃんだったけど、レナさんの一言でころりと笑顔になった。 一穂: (すごいな、レナさん……一瞬で菜央ちゃんの気持ちを前向きにしちゃった) 魅音: まぁそんなわけで……ゲストハウスの敷地を使用するにはぴったりのイベントじゃない? 魅音: 詩音だって、それなら大いばりでオーナーに勧めることができるでしょ? 詩音: えぇ、もちろんです! 恩に着ますよ、お姉……!これでオーナーにガッツリ恩を着せられます! 沙都子: あの……詩音さん?それはたとえ本心でも口に出していいことではないと思いましてよ……。 梨花: みー。ここにはボクたちしかいないので、きっと大丈夫なのですよ。 羽入: あぅあぅ、でもうっかり他の人たちの前で言わないよう、気をつけてくださいなのです……。 魅音: ……。ふーん、そう。詩音はそっちで喜んでいるんだね……。 詩音: ? なんですか、お姉。急にテンションが下がったように見受けられましたが。 魅音: べ、べっつにー……まぁともかく。 魅音: これで県も違約金を払わなくていいし、サーカスも無事に興行できるし、みんな喜ぶし。いやー、これが三方よしってやつだね! 魅音: 圭ちゃんも誘ってさ、みんなで見に行こうよ!特等席のチケットをもぎ取ってくるからさ! 美雪: えっ、いいの?! 魅音: もっちろん!この私の辞書に、不可能の文字はない! 美雪: いやったー!持つべきものは、権力を振りかざす友人だね! レナ: あははは、ありがとうね魅ぃちゃん! 魅音: その代わりと言ってはなんだけど……。開催までのこまごまとした手伝いを、頼んじゃってもいい? 沙都子: そんなことだろうと思いましたわ……でも、チケット代程度であればきちんと働かせていただきましてよ~。 羽入: あぅあぅ!みんなでサーカスを観に行くのですよ! 一穂: うん! 楽しみだね。 Part 03: 女子高生A: ねぇねぇ!今度#p興宮#sおきのみや#rでやるサーカスのチケット、どうだった? 女子高生B: いやいや、全然っ!発売開始の当日に朝一で並んだ知り合いも、速攻で売り切れて買えなかったみたいだよ! 女子高生C: テレビCMを見て、すぐに電話かけたのにね……。あれ、買えた人ってほんとにいるのぉ?! 女子高生A: うちの親戚はなんとか買えたそうだけど、すごく大変だったって言っていたよ……。全員分はないから、子どもたちだけで行くんだって。 女子高生B: いいなぁ……羨ましい~!っていうか、日数が少なすぎだって!1年くらいやってくれたらいいのにね! 一穂(私服): …………。 自転車に夕飯の買い物を積み込みながら、通りすがる年上の女の子たちの話を聞いた私は唖然とした思いで、美雪ちゃんに顔を向ける。 明日になってサーカスが始まれば、おそらく町全体が混雑するから早めに買い物を……という彼女の助言に従いながらも、実のところ私は半信半疑だった。 だけど、その先見の正しさをこの短い間だけでもまざまざと思い知らされて……今は驚きを越えて、空恐ろしさにも近い気分を抱かずにはいられない。 美雪(私服): 魅音が事前に関係者枠を押さえてくれたから、私たちは全員分の席を確保できたけど……興宮でも、かなりのチケット難民が出そうだね。 菜央(私服): 穀倉から興宮に場所が変更したことで、興行日数が予定よりも減って……前売りチケットが少なくなった関係かしら。 菜央(私服): この分だと、当日券は徹夜で並ぶ人が出て大変なことになっちゃうかも……かも。 一穂(私服): でも興宮って、穀倉ほど交通の便が良いとは言えないよね……。遠征して観に来る人って、そんなにいるのかな? 美雪(私服): いや、そりゃもちろんだよ。だって林原だしさ! 美雪(私服): ……って、一穂はこれまでにサーカスを見に行ったことがなかったの? 一穂(私服): う、うん……。 美雪(私服): なら、今回が初鑑賞ってわけだね。絶対面白いと思うから、期待していいよ! 一穂(私服): ……うん。楽しみだね。 にこにこと笑う美雪ちゃんを見てると、それだけで私も楽しくなってくる。 一穂(私服): (美雪ちゃんがこんなに言うんだから、きっとすっごく楽しいんだろうなぁ……) 菜央(私服): ちょっと、あまりハードルあげるんじゃないわよ。一穂的にいまいちだったらどうするつもりなのよ。 一穂(私服): べ、別にそこまで期待してるわけじゃ……あれ? 菜央(私服): どうしたの、一穂。 一穂(私服): なんか、あっちで大きな音がしたような……。 美雪(私服): 大きな音?何かあったのかな……どこから聞こえた? 一穂(私服): えっと、あのあたり……路地裏に入る奥の方から、かな。 美雪(私服): よし、行こうっ! 菜央(私服): あぁ、ちょっと美雪っ!さっさと帰らないと、買い込んだ冷蔵食品が傷んじゃうじゃない……もうっ! とりあえず私たちは、表通りから路地裏に入ってやや暗がりになった場所の奥に目を向ける。 すると……そこにはドミノ倒しになったバイクと、持ち主らしい不良っぽい格好の男たちがいて……。 そんな彼らは、何やら怒鳴り声を上げながら誰かを囲んでいる様子だった。 不良A: おぅおぅ、てめぇ!俺たちのバイクを倒しておいて、ただで済むと思うなよぉ! 絡まれている若者: ……ふん。こんな狭い路地に、ばかでかいバイクを何台も並べておく方が悪いんだろうが。 絡まれている若者: そんなふうに因縁をつけてくるのなら、今から警察に行ってどっちが正しいのか話を聞いてもらってもいいんだぞ。 不良B: なんだと、てめぇ! 不良C: 生意気抜かしやがったら、足腰立たなくなるまでフクロにしてやんぞぉぉぉ?! そう叫びながら、男のひとりが拳を振り上げる。 一穂(私服): (――危ないっ!) 危険を感じた私は思わず駆け寄ろうと、地面を踏み出しかけて――。 一穂(私服): わわっ……?! 寸前で服の襟首をつかまれ、首がきゅっと絞まりかけた。 美雪(私服): ――おまわりさん、こっちです!誰かが、喧嘩してて……早くっ! 美雪ちゃんの悲鳴じみた叫び声とともに、不良たちが一斉にこっちを向く。 不良A: マッポか……?! 不良B: ちっ……行くぞっ! 不良C: テメェ、あとで覚えていろよ! 捨て台詞を残して逃げていく不良たちの背中を、私はせき込みながら見送った。 一穂(私服): けほ、けほっ……け、警察……? 菜央(私服): 追い払うための古典的な嘘よ。そんな都合良く、頼りになる警官が近くにいるわけがないじゃない。 一穂(私服): あ……そ、そうだよね……。 菜央(私服): っていうか一穂、考えもなしに動いちゃだめでしょ?1人で全員倒す気? 無茶しないで。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……つい。 美雪(私服): まぁまぁ、無事だったんだからよかったじゃん。 美雪(私服): で……キミは、大丈夫? 美雪(私服): あんな連中でも徒党を組むと厄介だから、挑発せずに人を呼んだりした方がいいと思うよ。……って、被害者に言うのも変な話だけどね。 絡まれていた若者: ……余計なことを。僕ひとりでもなんとかなったのにさ。 一穂(私服): えっ……? そう吐き捨てるように言って、物陰から囲まれていた男の子がこちらへ歩み寄ってくる。 でも、その面立ちは私たちのよく知る、あの……? 一穂(私服): ま、前原くん……? 圭一?: 前原……? 人違いだよ。 圭一?: 礼は言わないぞ。僕はひとりで対処できたんだから、よけいなお世話だった。……じゃ。 菜央(私服): あっ、ちょっと……! 菜央ちゃんが呼び止めるよりも早く、前原くん(?)は、いつもよりも素早い足取りで立ち去っていってしまう。 慌てて追いかけて、表通りに出た時には……彼の姿はもう、どこにも見当たらなくなっていた。 美雪(私服): えっと……前原くん、じゃなかった?でもぱっと見だと、彼そっくりだった……よね? 菜央(私服): いや、あれはそっくりってレベルじゃないでしょっ?服はずいぶん、派手な感じだったけど……。 一穂(私服): う、うん……。それに、なんだかいつもと雰囲気が違ってたような……。 前原くんの口調は少し悪ぶっているためか、時々粗雑なように聞こえることがある。だから機嫌が悪いと、あんな感じなのかもしれない。 一穂(私服): (だけど……なんだか、違う気がする。いつもよりずっと、冷たいような……) そんな戸惑いを覚えながら、顔を見合わせて立ち尽くす私たちの背後から小気味よく短いクラクションが聞こえてくる。 慌てて道の端に寄って、走り去っていく車をやり過ごすと……急に動いたせいか、正面から向かってきた人と軽くぶつかってしまった。 一穂(私服): ご、ごめんなさいっ……! 圭一:私服: いや、こっちもよく見ていなかったから……って一穂ちゃん? 一穂(私服): えっ……? 魅音(私服): どうしたのさ、3人とも。そんなところに突っ立って……。 一穂(私服): ま、前原くん……?! そこにいたのは、魅音さんと前原くんだった。 菜央(私服): あの、前原さん……?さっきこの路地裏で、不良たちに絡まれてなかった? 圭一(私服): 不良って……なんで?俺はついさっき魅音とあっちで待ち合わせて、サーカスのチケットをもらったところなんだが。 そう話す前原くんの手には、私たちも今日魅音さんから渡してもらった「関係者用」と書かれたチケットがあった。 一穂(私服): じゃあ……さっき会った人は、別人……? 美雪(私服): みたいだね。やっぱり雰囲気が違ってたから……別人と考えた方が、納得できるよ。 魅音(私服): え……どういうこと?圭ちゃんの幽霊でも現れたっての? 菜央(私服): ……ドッペルゲンガー、とか? 一穂(私服): ドッペル、ゲンガー……って、何? 菜央(私服): 有名な怪談に出てくる存在よ。本人の幽霊みたいなもので、出会っちゃったら死んじゃう……だったっけ? 菜央(私服): でも、幽霊と言われたら納得できるかも……かも。なんだか暗い顔をしてたみたいだしね。 圭一(私服): お……おいおい菜央ちゃん、怖いことを言わないでくれよ。 美雪(私服): んー、単純に前原くんの親戚……とか?可能性としてはあるかもだね。 圭一(私服): いや、俺の親戚なんてこの辺りにいないって。そもそも、そっくりな同年代の親戚がいるなんて聞いたこともないんだが……。 菜央(私服): ……じゃあ、さっき会ったのは……? 一穂(私服): 本当に、ドッペルゲンガー……? 魅音(私服): いやいや……あれだよ、生き別れた双子?もしくはすっごくよく似た、他人とかね! 美雪(私服): あー、世の中には自分に似た人が3人はいるって言うよね。 美雪(私服): 魅音と詩音はあと1人いるとして、私は2人いるのか。……どんな子なのかな? 一穂(私服): …………。 そんなやりとりを聞きながら……私はふと、道の向こうに視線を向ける。 前原くんのようで、前原くんじゃない……なんだか、不思議な夢でも見たような気分だった。 Part 04: 見慣れてきたはずのゲストハウスは、巨大なテントが現れたことによっていつもと全く違う姿を見せていた。 魅音(私服): いやー、今日まであれこれと手続きやら交渉やらに振り回されてきたけど……なんとか初日を迎えることができそうだよ! 詩音(私服): ですねー。毎度のことながらお疲れ様です、お姉。 詩音(私服): ……って、それはそれとして。そこに置いてある荷物はいったいなんです? 魅音(私服): 今は秘密だよ、秘密!大石さんたち警察の方々も大変でしょうけど、よろしくお願いしますね。 大石: んっふっふっふっ……えぇ、お任せを。ブルーマーメイド貸し切り飲み放題のためなら――。 大石: ……もとい、市民の皆さんの笑顔のためならこの大石、刑事魂の全てを傾けて頑張らせていただきますよぉ~! 菜央(私服): ……前半の台詞に、本音がだだ漏れてたわね。 美雪(私服): んー……なんかさ。近頃はずっと「大石さんってこんな人だったの?」てな感じにがっかりすることが多くて参るよ……はぁ……。 美雪(私服): 大石さんはすごく尊敬できる警察官だよー、ってお父さんはお母さんに話してたそうなんだけどね。あれって、過大評価だったのかなぁ……。 赤坂: ……? 大石さんが、どうかしたのかい? 美雪(私服): おぅっ……?! 背後から声をかけられて、美雪ちゃんが小動物のように素早く飛びすさる。 ただ、彼女が驚くのも無理はなかった。だって、そこにいたのは……! 赤坂: やぁ、こんにちは。久しぶりだね。 美雪(私服): お……あ、赤坂さんっ?! 赤坂: 私のこと、覚えてくれていたんだね。嬉しいよ。君たちもサーカスを観に来たのかい? 美雪(私服): そ、そうですけど……東京の刑事さんが、どうしてここに? 動揺しているせいか、美雪ちゃんの声はいつになく震えて落ち着かない。そんな彼女に、赤坂さんはにこやかに説明していった。 赤坂: 少し前に、大石さんと電話で話をする機会があってね。ここで林原大サーカスが開かれるって聞いたんだよ。 赤坂: で、うちの娘がサーカスの大ファンだって言ったら、チケットを取ってくれるって話になって……家族で温泉旅行がてら、足を運ぶことにしたってわけさ。 美雪(私服): っ……覚えてくれてたんだ、……さん。 赤坂さんに聞こえないくらいの小声で呟きながら、美雪ちゃんの瞳は嬉しそうに潤んでいる。 たとえ娘だとは名乗れなくても、再会が嬉しかったのだろう。……その思いを感じて、私も胸の内が温かくなった。 美雪(私服): 誘ってくれてありがとう、大石さん!やっぱりあなたは、最高の刑事さんですよー! 大石: ん……? いやいや、どうもどうも。別に私は、お礼を言われるようなことをした覚えはありませんけどね……なっはっはっは。 敬礼を送って感謝する美雪ちゃんに、当然大石さんは目を丸くしている。 菜央(私服): ……現金ね。さっきまでがっかりした、なんて言ってたくせに。 一穂(私服): あ、あはは……。 沙都子(私服): あら、赤坂さんではありませんの。お車で来られたのでしたら、駐車するのも一苦労だったのでは? 赤坂: まぁ、なんとかね。……大きな声じゃ言えないんだが、#p興宮#sおきのみや#r警察署の来賓スペースを貸してもらったんだ。 梨花(私服): みー、職権乱用の典型例なのです。あなたには失望したのですよ、赤坂。 赤坂: んなっ?……ご、ごめんよ梨花ちゃん。娘にサーカスを見せたくて、つい……。 梨花(私服): なんて冗談なのですよ、にぱー☆ そう言って梨花ちゃんは、いたずらっぽく可愛らしい笑顔で赤坂さんに小首をかしげてみせる。 前々から気になっていたことだけど、梨花ちゃんは他の大人たちよりも赤坂さんに対して心を開いているというか……フレンドリーな感じだ。 あるいは、以前からの知り合いなのかもしれない。だけど……いつ、どこで2人は出会ったのだろう?今度機会があったら、聞いてみることにしよう。 レナ(私服): はぅ……遠くからも、たくさんの人が来ているみたいだね。 羽入(私服): あぅあぅ、みんなサーカスが楽しみなのですよ! 梨花(私服): 羽入、あまりはしゃぎすぎると転ぶのです。落ち着いて振る舞いましょうなのですよ。 羽入(私服): ……梨花は楽しみではないのですか? 梨花(私服): もちろん楽しみなのですよ。にぱー☆ 赤坂: 梨花ちゃんたちも観に来ていたんだね。ここのサーカス団はみんなすごいから、きっと期待通りに楽しめると思うよ。 梨花(私服): はいなのですよ、にぱ~♪ 魅音(私服): だったら赤坂さん、サーカスが終わった後でちょっと予定をもらえますか?娘さんが好きだったら、夜の打ち上げに参加……。 そんな感じにはしゃぎながら、開場を今か今かと待ちわびていた……その時だった。 一穂(私服): ……ところで、前原くんは?待ち合わせ場所って、ここでいいんだよね。 詩音(私服): えぇ。ただ、時間はとっくに過ぎていますし……おかしいですね。 詩音(私服): もしかして圭ちゃん、待ち合わせ場所を間違えて別のところに行っちゃったんでしょうか……? 魅音(私服): えー? 昨日チケットを渡した時に、場所まで連れて行って説明したんだけどなぁ。 沙都子(私服): この人だかりですし……迷ったのかもしれませんわ。皆さんでお迎えに行きましてよ。 一穂(私服): う、うん……。 沙都子ちゃんの提案に従い、私たちは梨花ちゃんと羽入ちゃんに留守番を頼んでテントの周りを歩いて行く。 すると、裏口の方で……サーカス団と思しき人が濃い化粧の上でもはっきりわかるほど不安そうに顔を突き合わせているのが見えた。 サーカス団員A: おい……そっちにいたか?! サーカス団員B: いや、見つからない……!もうすぐ開演だってのに、どこに行ったんだ?! 前原くんの姿は、やはり見当たらない。けれど……なんだか妙な空気だ。 レナ(私服): はぅ……どうかしたんですか? サーカス団員A: いや、実はピエロ役の団員がちょっと……って、あぁっ? 圭一(私服): お、いたいた! おーい! 一穂(私服): あっ、前原く……って、ええっ? 全速力の団員さんが私たちの隣をすり抜け、こちらに向かってきた前原くんの手をむんずと掴む。 サーカス団員B: こんなところにいたのか、ケイジ……探したぞ! 圭一(私服): ……はい……? サーカス団員A: ったく、どこ行ってたんだよ!この人手不足でいなくなるなんて何を考えているんだ?! 圭一(私服): えっ、えっ……? 一穂(私服): あの……いったい、これは……? Part 05: 圭一(私服): だーかーらー!俺はピエロの「ケイジ」じゃないんだって! サーカス団員A: この忙しい時に、くだらねぇ嘘つくなって!ほら、さっさと化粧を始めるぞ! 圭一(私服): いでっ、いででででっ……!! 団員が前原さんの顔を乱暴にグイグイと掴むと、ほっぺのお肉がグニグニと歪む。 そこで、ようやく何か違和感を抱いたのか……サーカスの人はまじまじと前原くんを見ていった。 サーカス団員A: え……ケイジ、じゃない……? サーカス団員B: じゃあ、こいつはケイジの偽者なのか……? 魅音(私服): ちょっとちょっと! 圭ちゃんは圭ちゃん!ケイジとやらの偽者じゃないよ! 沙都子(私服): えぇ。圭一さんは正真正銘の本物、私たちの仲間でしてよ。 サーカス団員B: おいマジかよ、くっそ!この非常時に、なんてまぎらわしい……! 沙都子(私服): あの、ちょっと……。勝手に思い込んだ挙げ句に怒るなんて、圭一さんに失礼ではありませんの? サーカス団員B: あ……わ、悪かった。つい気が立って……あんたも、すまなかったな。 圭一(私服): あ、いえ……。 レナ(私服): はぅ……ピエロ役の子と圭一くんって、そんなに似ているんですか? サーカス団員A: あぁ、瓜二つだ……これを見てくれ。 そう言ってサーカスの人は、懐から一枚の写真を取り出してみせる。 それは集合写真らしく、今ここにあるテントの前で何人もの人が並んで……。 一穂(私服): あ……。 その中に、いた。まさに前原くんとしか思えない少年が、仏頂面をして……写っていた。 魅音(私服): 写真で見る限りは、確かにそっくりだね。 沙都子(私服): ですわね。圭一さんだと知らなければ……見間違えてしまってもおかしくありませんわ。 詩音(私服): まるで双子みたいですね。……私たちが言うと、なんだか妙な気分ですが。 一穂(私服): (じゃあ、昨日会ったのは……ケイジさん?) そんなことを考えていると詩音さんが写真を見ながら首を傾げていった。 詩音(私服): 私……さっき来る時にこんな感じの人を、#p興宮#sおきのみや#rのどこかで見たような気がします。 サーカス団員A: ……そうなのか? いったいどこで? 詩音(私服): いや、ほんとに一瞬だったのでこの本人だという確証までは……。 レナ(私服): はぅ……行き先に、心当たりとかはないんですか? サーカス団員A: これと特定できるものは、ちょっと……。 サーカス団員B: ただ最近、稽古だの公演だので休みのない毎日が続いていたからなぁ。 サーカス団員B: めったに不満を言わないやつだったから、ため込みすぎてついに爆発したのかもしれない。 大石: ふむ……つまりは家出ということですかね。 赤坂: その可能性が高いでしょうが……万が一ということもあります。最悪のことも考えておくべきでしょう。 美雪(私服): おと……赤坂さん! 大石さん! 大石: いや、すみませんねぇ。妙な話し声が聞こえてきたので、ちょいと立ち聞きをさせてもらいました。 詩音(私服): 赤坂さん……その万が一って、どういうことです? 赤坂: 彼はここの団員なんだよね。人気サーカス団に所属する人間が連絡もなく、突然消えたとなると……。 大石: 誘拐……というセンも念頭に置くべきでしょう。あるいは事故に巻き込まれたという可能性についても、あらかじめ備えておいたほうが良いと思います。 赤坂: 考えすぎだと思いたいですが……何かあってからでは遅すぎますからね。 サーカス団員A: ……それは、確かに……。 サーカス団員B: あいつがいないと、興行にも影響が出ます。最近は公演で怪我人が出たりしたこともあって、人手が足りないので……。 赤坂: 捜索を手伝いましょうか? サーカス団員A: あまり大事にはしたくないのですが……やむを得ませんね。 菜央(私服): あ、でも……いいんですか、赤坂さん?確か今日は、ご家族で来てるって話だったのに。 赤坂: 家族団らんは大事だよ。でも、大事だからこそ二人が楽しめる時間を全力で守らないとね。 赤坂: 大丈夫、チケットは妻に渡してある。娘もきっと、わかってくれると思うよ。 美雪(私服): ……。だったら、私も手伝います! 一穂(私服): わ、私もっ! サーカス団員A: ありがとう……だが、もうすぐ開演だ。さすがに戻るのをただ待つわけに……は? そう言いながら振り返った団員さんの1人と、前原くんの目が合う。 サーカス団員A: あの……前原くんと言ったね?! 圭一(私服): え……あっ、はい。 前原くんが頷いた直後、団員さんが頭を下げる。……腰を90度、見本のように美しいお辞儀だった。 サーカス団員B: 頼む……! 無茶なお願いだとわかっているが、ケイジが戻ってくるまでの時間稼ぎ……協力してくれ! 圭一(私服): 時間稼ぎって……ま、まさか……?! 詩音(私服): ……えっと、すみません。このあとの展開、もうわかっちゃいました。 私と美雪ちゃんが「彼」を見つけたのは、興宮を走り回って数十分後のことだった。 前原くんのそっくりさん……ケイジさんは、ピエロの格好のまま野球のグラウンドの片隅にある芝生の上にぼんやりと座り込んでいた。 一穂(私服): あの……ケイジさん、ですよね……? ケイジ: …………。 ケイジさんは俯いていた顔を上げて、声をかけてきた私たちに視線を向ける。 そして、「あぁ、昨日の子か」と言って……また、視線をグラウンドに戻してうなだれた。 一穂(私服): えっと……戻らないとみんな、困ってます。今ならまだ、間に合うはずですので……。 ケイジ: ……嫌だ。僕はもう、戻らない。困りたいだけ、困ればいいんだ。 ケイジ: 失敗ばかりするドジな役を演じて、笑われるのはもうたくさんだ……! そう言ってケイジさんは、地面を殴りつける。……溜まりに溜まった苛立ちと怒り、鬱屈した思いを抑えきれない様子だった。 美雪(私服): ……失敗して笑われるのは、そんなに嫌ですか? ケイジ: 当然じゃないか! ケイジ: 親がサーカスの団長で、七光りだって陰で叩かれて!でもすごい実力者ばかりだから、役をもらえなくても当然だって自分に言い聞かせてッ! ケイジ: だから、一員に認められてもらえるように毎日毎日、毎日毎日毎日寝る間を惜しんで頑張って、頑張り続けて……! ケイジ: ようやく前回公演から役がついたと思ったら、先代が怪我で引退して空席になったばかりの道化のピエロ……! ケイジ: 僕は空中ブランコだって、綱渡りだって何でもできる!できるように、今までずっと努力したんだ! ケイジ: なのに、できないふりをして……情けないパフォーマンスだけを求められる!それのどこが、芸だっていうのさ?! 一穂(私服): …………。 ケイジ: やりたいことをやってダメだったら、納得できる!でも、自分がやりたくないことをやらされた上でダメ扱いされているんだぞ?! ケイジ: 笑っている連中は、俺が失敗したと思っている!誰かにやらされてるなんて、想像もしないッ!! ケイジ: しかもこの前は、「嫌なら辞めればいい」って言われた……!だから望み通り、全部辞めてやるんだよ! 叩きつけるような感情の言葉たちに、あぁやっぱり彼は前原くんとは違う人だな……なんて、今さらなことを思う。 一穂(私服): (でもケイジさんに戻ってもらわないと、前原くんが……!) 美雪(私服): …………。 焦る私が言葉を探す中……美雪ちゃんが大きくため息をつく。 そして肩をすくめながら、場違いなほど明るい声であっけらかんと口を開いていった。 美雪(私服): そっかぁ、辞めちゃうんですね。そうですか、そうですか……。 一穂(私服): えっ……み、美雪ちゃん……?! 美雪(私服): いや、辞めたい人を無理に連れ戻すのは私たちにはできないかなって思ってさ。 美雪(私服): けど……ケイジさん。辞めた後に、逃げる場所ってありますか? ケイジ: それは、……。 ケイジ: …………。 口を閉じたケイジさんの隣に、美雪ちゃんが腰を下ろす。そして優しげな声で、続けていった。 美雪(私服): ……私、有明での公演を見に行ったんです。遠い席で団員の顔はよく見えませんでしたけど……もしかして前回、あなたはピエロで出てました? ケイジ: ……あぁ、出ていたよ。 美雪(私服): あ、そうなんですね。じゃあ、やっと言えます。 美雪(私服): この前の公演、すごく楽しかったですよ。サーカスの中で、ピエロが一番好きになりました。 ケイジ: え……? ケイジさんが弾かれたように顔をあげる。けど隣の美雪ちゃんは彼に目を向けず、空を見上げながら言葉を繋いでいった。 美雪(私服): 実は私、ピエロってちょっと怖かったんですよ。なんだろ……原因はわからないんですけど。 美雪(私服): でも、有明に観に行った時のサーカスのピエロは私たちの顔をしっかり見てて、退屈させないぞっ、楽しんでもらうぞって気持ちが伝わってきて……。 美雪(私服): 遠くから観てただけですけど……今日、本人に伝えることができました。 へへっ、と美雪ちゃんが照れたように笑う。 美雪(私服): ピエロをやるの、嫌だったんですね……でも、嫌なのにあそこまでできるとか、すごいなぁ。私なんて、言われるまでわからなかったです。 美雪(私服): といっても、やりたいことをやってるのか、誰かにやらされてるかなんて他人から見ても簡単にはわからないですよね……。 美雪(私服): だから、辞める前に伝えられてよかったです。 ケイジ: ……。楽しかった……って? 美雪(私服): はい。 ケイジ: ……そっか。 それだけ言ってケイジさんは大きくため息をつき、天を仰ぐ。 頭上には、青い空が広がっている。まるでこの重苦しい空気に安らぎを与えようと、優しく……気高い感じで……。 ケイジ: ……。あんなやけくそな芸でも、楽しんでくれた人がいたのか。 ケイジ: ……ショーは、演者が満足するためのものじゃない。見てくれる人がいてこそ、喜んでくれてこそのもの。 ケイジ: 誰も見ないショーなんて、存在しないのと同じだ。そんな簡単で大事なことを、僕はどうして忘れていたんだろうな……。 美雪(私服): いや、存在しないまではさすがに言い過ぎな気がします……けど。 美雪(私服): 大事なことを忘れかけるくらい……他の人を思いやる気持ちを忘れるくらい、辛かったってことなんじゃないですか? ケイジ: ……。いいのかな、辛いって思っても。 美雪(私服): 好きでやってることでも、辛くなることは結構あったりしますよ。上手くいかなかったり、投げだしたくなったり……。 ケイジ: それは……僕だけじゃない、ってこと? 美雪(私服): はい。きっと……そうだと思います。 ケイジ: …………。 ケイジ: まだ……間に合う、かな……。 一穂(私服): ま、間に合います……きっと! 美雪(私服): ……一穂の言う通りです。だってまだ、あなたは誰も傷つけてない。やり直すなら、今が一番早く取り戻せる。 ケイジ: ……そうだろうか。 一穂(私服): そうです!だから、前原くんが頑張ってくれてるんです! ケイジ: 前原……? 美雪(私服): えーっと……なんと言うか、今あなたの身代わりになってステージに出て、頑張ってる人がいましてね。 ケイジ: ……そいつ、大丈夫なのか? 一穂(私服): 正直、ぜんっぜん大丈夫じゃないですっ!お願いです、前原くんを助けてくださいっ!! ケイジ: わ……わかった! 美雪(私服): よし、じゃあ戻りましょう! Epilogue: 観客の男性: 面白かったーっ! 観客の女性: 本当、チケット取れてよかったねぇ! 観客の子供: また来週も見るぅー! 観客の母親: えぇ、それはちょっとチケットが……。 遠くの方で、サーカスから現実に返っていく人々の喧噪が聞こえる。ただ、そんな中……。 圭一(私服): …………。 圭一(私服): 俺は死んだ。真っ白に燃え尽きちまった……。 テントの裏で……元の私服に着替えた前原くんが倒れていた。 梨花(私服): ちゃんと生きているのですよ、みー。 羽入(私服): あぅあぅ……死んだ人は死んだ、燃え尽きたなんて言えないのですよ。 圭一(私服): いや……気分的にはもう死んだも同然だった。全身力が入らねぇ、気力も沸いてこねぇ……。 レナ(私服): はぅ……圭一くん、お水。一人でも飲めるかな……かな……? 圭一(私服): おぉ、ありがとうレナ……いただくぜ。ごくごく……。 受け取ったお水を一気に飲み干した前原くんは、ぷはぁと大きく息を吐き出す。そして再びその身体を大の字で、地面に横たえた。 圭一(私服): はぁ……焦ったぜ。猛獣の背中に乗って火の輪をくぐれだなんて、練習もしていないのにできるわけないだろぉ! 圭一(私服): 最初は代理で挨拶に立ち会うだけ、って話だったのに……なんであそこまで行ったんだ?! 詩音(私服): それだけ圭ちゃんが、ピエロ役でうまくハマっていたってことでしょうね……。 圭一(私服): 嬉しくねぇよ、全然!よかった、火の輪くぐりをやらずにすんで本っ当によかった……! 詩音(私服): くっくっくっ……でもまぁ、ピエロ役なら失敗しても観客の人たちだって大目に見てくれたんじゃないですか? 圭一(私服): 大目に見て、丸焦げになるのは嫌だーっ! 詩音(私服): 大丈夫、圭ちゃんだったらなんとかやってくれそうな気がしますしね。それに……。 魅音(サーカス): ……死んだ。 詩音(私服): お姉だって、生きているじゃないですか。 詩音さんが視線を向けた先には、前原くんと同じように魅音さんが地面に倒れ伏していた……。 魅音(サーカス): よかった……よかった……この前の隠し芸大会で、手品の練習をしておいて本っ当によかった……! 沙都子(私服): まさかあの手品グッズを持ってきていたなんて……魅音さんの用意周到さには、改めて感服しましたわ。 魅音(サーカス): いや、興行の後に打ち上げの予定があったから……スタッフの人にコツとか教えてもらおうと思ってさ。 圭一(私服): おかげで俺も命拾いしたぜ……ありがとな、魅音。 魅音(サーカス): いやいや……頑張ったよね、私たち。 レナ(私服): 魅ぃちゃんも圭一くんも、すっごく頑張ったよ。2人とも、お疲れ様っ! 倒れ伏した前原くんと魅音さんを、レナさんが満面の笑みで労う。それを受けてようやく、2人も苦笑いを浮かべてくれた。 菜央(私服): それにしても魅音さん、よく思いついたわね……。地元開催記念の特別記念プログラムなんて名目で、ステージに乱入して時間稼ぎをするなんて。 魅音(サーカス): サーカス団もピエロ不在でおたついていたから、こっちが責任持つって強引に押し通したんだよ。なんとかなって、よかったぁ……。 詩音(私服): あれで時間を引き延ばしていなかったら、歓声じゃなくブーイングが飛んでいたでしょうね……でも、いいんですか? 魅音(サーカス): なにが? 詩音(私服): 何も知らないバカに、目立ちたがりの園崎家の跡取りが強引にしゃしゃり出てきた、とか言われたみたいですよ。どうします?……名前も顔も覚えておきましたが。 魅音(サーカス): いいよ、何もしなくて。誤解したいやつらには、させておけばいいさ。 一穂(私服): えっと……それでいいの、魅音さん? 魅音(サーカス): そんな小物を潰しても、利益がないよ。もっともあまりにも目に余るようなら、対処すればいいだけだしね。 魅音(サーカス): っていうかさぁ……やっぱり完全に忘れているでしょ、詩音?! 詩音(私服): は……? あの、何をです? 魅音(サーカス): だから、サーカス! 昔、子どもの頃っ!あんた、一度で良いから本物を見てみたいって言っていたじゃんか!! 魅音(サーカス): だから私、サーカスぶち壊しにしたくなくて頑張ったんだけどー?! 詩音(私服): え……サーカスを見に行きたい……?私、そんなの言ったことありましたっけ? 魅音(サーカス): はぁっ?! 詩音(私服): あ、それ言ったのお姉じゃないんですか?うん、なんかそんな記憶があるような……。 魅音(サーカス): 違う! ぜーったい詩音! 詩音(私服): 違います! ぜーったいお姉です! 魅音(サーカス): 違うもん詩音だもん! 詩音(私服): 違うもんお姉だもん! 園崎姉妹: ううぅぅぅぅうぅっっ!!! 美雪(私服): お、おぅ……2人とも、ちょっと落ち着きなって……! 大石: んっふっふっふっ……相変わらず元気な姉妹ですねぇ。 赤坂: 元気、で済ませていいのでしょうか……? 赤坂: それにしても、すみません。誘拐なんて紛らわしいことを言ってしまって。 大石: いえいえ、あの時点では否定できませんでした。そうでなくてよかった、というだけの話ですよ。 和やかな空気が漂う中、さくさくと足音がして。 ケイジ: みんな……ごめん。 現れたケイジさんが、深々と頭を下げた。 ケイジ: 僕のわがままのせいで、いろんな人に迷惑をかけてしまった。 ケイジ: それも、本来は楽しんでもらうはずの人を危ない目に遭わせてしまって……。 沙都子(私服): まぁ……美雪さんからお話は聞きましたけど、わがままではなく耐えられなくなって逃げた……というのが正しいのではありませんの? 羽入(私服): あぅあぅ……沙都子の言う通りなのですよ。わがままとは、ちょっと違う気がするのです。 羽入(私服): それに、感情に押しつぶされそうになっても……あなたはちゃんと戻ってきて、自らの失態を償った。あの大歓声が、その証明だと僕は思うのです。 ケイジ: それでも……俺の身勝手で巻き込んだ。ごめんなさい……。 梨花(私服): みー……。 深々と頭を下げるケイジさんを前にさてどうすればいいのだろうと若干困惑した空気が漂う。 圭一(私服): ……。へっ。 でもその淀んだ空気は、ゆっくりと立ち上がった前原くんの笑い声で吹き飛んだ。 圭一(私服): 気にするなって。おかげで俺も、いい勉強をさせてもらったからさ。 レナ(私服): はぅ……どんな勉強? 圭一(私服): 誰かの助けってのは、求めて偶然にもらえるものじゃねぇ。 圭一(私服): 一人で頑張って、みんなを信じ続けて……強い思いを持ち続けることでさしのべてもらえる、幸せと絆の証なんだってな。 ケイジ: ……圭一、と言ったか。僕とは正反対だな。 ケイジ: 僕は、仲間を信じていなかった……いや。周りがみんな、敵だらけに見えた。 ケイジ: ……心が折れる前に、お前たちに会えたらよかったよ。 サーカス団員A: そう思うなら、次からはもう誰にも言わずに消えるなよ。せめて誰かに相談しろって。 ケイジ: あっ……? 声に振り返ると、前原くんに身代わりを頼んだサーカスの団員さんたちが佇んでいた。 サーカス団員A: ……相談してみようって信頼してもらえなかった、俺らも悪かったよ。 サーカス団員B: ……いや、むしろ俺らが駄目だったな。団長の子とはいえ、ガキに責任押しつけちゃカッコ悪ぃ。 ケイジ: お前ら……。 サーカス団員A: むしろお前一人がいなくなった程度で大混乱する方が問題だよなぁ、そもそも。 サーカス団員A: ここ最近の立て続けの欠員で、色々後回しにしていたツケが出ちまった。 サーカス団員B: 誰かが怪我した時のためにも、対策を考えようぜ。 ケイジさんを責めず、むしろ前向きに今後のことについて話し合う団員さんたちを前にピエロの彼はぐっと唇を噛みしめて……。 ケイジ: ……ごめんなさい。 泣きそうな顔で、頭を下げた。……そんなケイジさんの肩を、前原さんがポンポンと叩く。 圭一(私服): まぁ、誰かに相談して駄目だったら別のヤツに相談してみろよ。 圭一(私服): 例えば……俺とかなんて、どうだ? ケイジ: お前に……か? 圭一(私服): 似た者同士、ちょっとはわかり合えるかもしれないだろ? ケイジ: 似た者って……しっかり見比べたら多分あんまり似ていないと思うぞ。 圭一(私服): 全部が全部似ていなくても、ちょっとくらい気持ちはわかるかもしれないだろ。 ケイジ: そうか? はは、……そうかもな。 豪快な笑みを浮かべる前原さんと、かすめるような笑みを浮かぶケイジさん。 顔は似ているけれど、その表情だけでこの2人は全然違うとわかる。 一穂(私服): (でも、何もかもが違う……ってわけでもないのかな) 生まれも育ちも違っていても、何か一つでもわかり合えるところがあるなら。 それはなんだか……嬉しいことのように思えた。