Part 01: 菜央(私服): ……やっぱり、ずるいと思うのよね。 一穂(私服): な、菜央ちゃん? 急にどうしたの? 美雪(私服): どしたの菜央、まだ体調戻らない?厳しいようなら今度の林間学校の手伝い、欠席してもいいよ。 菜央(私服): 別に身体は平気よ。それより、聞きたいことがあるの。 美雪(私服): んー、なに? 菜央(私服): 決まってるじゃない、『百物語準備中事件』のことよ!!! 美雪(私服): えらく物々しいタイトルをつけたね……それってつまり、菜央が妖狐とかいうやつに気絶させられてぶっ倒れた時のこと? 一穂(私服): あの時は大変だったね……美雪ちゃん、怪我は大丈夫? 美雪(私服): ちょっと吹っ飛ばされただけだし、魅音が受け止めてくれたからへーきへーき。 菜央(私服): あたしの話を聞きなさいっ! 一穂(私服): ひゃあっ?! 美雪(私服): ……おぅ、どうしたの菜央?珍しくやけにカリカリしてるみたいだけど。 菜央(私服): ずっとモヤモヤしてたの……あたしが気絶している間に、すごいことがたくさん起こったんでしょ? 一穂(私服): す、すごいこと……かな? 一穂(私服): 妖狐が菜央ちゃんが大人になった姿を真似して、怒ったレナさんが妖狐を追いかけ回してたのはその……すごい光景だったけど。 菜央(私服): 一穂も美雪も、それを全部見たんでしょ?! 一穂(私服): ひゃっ?! 菜央(私服): あたしはその妖狐って姿も見てないし大人になったあたしの姿も見てないし怒ったレナちゃんも見てない! 菜央(私服): いつの間にか気絶して、目が覚めたら全部終わってた!! 菜央(私服): あんたたちは全部目撃してるのに、当事者のあたしは何一つ見てもないのよっ?! 一穂(私服): ごっ、ごめんなさい……?! 美雪(私服): はいはい、2人とも落ち着いて……えーっと、菜央の言いたいことを整理させてもらうね。 美雪(私服): 要するに菜央は、妖狐が大人になった自分と……レナが自分のために怒ってくれた姿を見たかった。 美雪(私服): なのに、始まる前にぶっ倒れて見られなかった。それがすっっごく悔しくてたまらない……ってこと? 菜央(私服): そう! さっきからそう言ってるじゃない。 美雪(私服): 言ってたっけ……? 菜央(私服): あたしだって……あたしだって……! 菜央(私服): あたしのために怒ってくれるレナちゃんを見たかった――っ!! 美雪(私服): お、おぅ……そうなんだ……。 菜央(私服): 事件直後はバタバタしちゃって聞けなかったけどあの時の詳しい話、もっとちゃんと教えて頂戴! 一穂&美雪: …………。 菜央(私服): なによ、その顔は。 美雪(私服): いや、菜央の言いたいことはわかるけど……うん。 美雪(私服): 私は、あの時の詳しい話はあんまり菜央に言いたくないなって思うんだけど……ダメ? 菜央(私服): は? なによそれ……ちょっと一穂。 一穂(私服): わ、私も……あんまり聞かない方がいいと思う。 菜央(私服): ……はぁ?つまりあたしに知る権利はないってわけ? 一穂(私服): そ、そう言うことじゃなくて……! 菜央(私服): ……もういいわ。だったら、他の人に聞いてくるから。 一穂(私服): あ、ちょっ……! 美雪(私服): 夕飯までには帰ってきなよ~。 菜央(私服): ……ふんっ。 Part 02: 菜央(私服): ……ってことで、あの時の詳しい話を聞きに来たの。林間学校の準備で忙しいところ、申し訳ないけど。 魅音(私服): なるほど……妙にぷりぷり怒っていると思ったら、そういうことだったんだ。でも、菜央ちゃんがあの2人と喧嘩するなんて珍しいねぇ。 詩音(私服): あら、そうなんですか?……あぁ、でも確かに一穂さんの方と喧嘩するのは初めてかもしれませんね。 菜央(私服): ? 別にあたし、美雪とだって喧嘩なんてしたことないわよ。 詩音(私服): それは失礼しました。ところで、身体の方は大丈夫なんですか? 菜央(私服): 別にどうもないわ。健康そのものよ。 魅音(私服): そっか。じゃあ妖狐が菜央ちゃんの魂を食べたって言っていたのは、やっぱり嘘だったってわけか。 魅音(私服): まぁ、もし本当だとしても味見程度にちょっとかじった程度だったかもしれないけどね。 詩音(私服): かじったって……ちょっとお姉、きゅうりみたいに言わないでくださいよ。 魅音(私服): いやでも、そういうことじゃない? 詩音(私服): 言い方ってものがあるでしょう?ほんと空気が読めないというか……。 菜央(私服): ……ねぇ、姉妹漫才はいいから教えて頂戴。その妖狐がどんな姿をしていたか、とか。あの時のレナちゃんがどんな風に怒ってたか……。 魅音(私服): 大体の話は、目を覚ました後に一穂たちから聞いたんじゃなかった? 菜央(私服): かいつまんだ概要だけはね。だから、改めて聞こうと思ったのに……。 菜央(私服): 美雪も一穂も、詳しい話を全然教えてくれないのよ! 魅音(私服): それは……んん。詩音、どう思う? 詩音(私服): 教えて欲しいってんなら教えてあげたらいいじゃないですか?……って、いつもの私なら言うんですけどねぇ。 詩音(私服): 今回ばかりは、ちょっとためらっちゃいます。 菜央(私服): なによ……2人とも教える気がないってこと?美雪に電話で何か言われたの? 詩音(私服): まぁまぁ、そう先走らないでください。何も言われていませんから。 詩音(私服): ……お姉。私に任せっきりにしないで、自分の意見も言ってください。 魅音(私服): わかってるっつーの! 魅音(私服): こほん……えっと、さ。菜央ちゃんには言ってなかったけど……。 菜央(私服): なに? 魅音(私服): レナを妖狐にけしかけたのって、私なんだよね。 菜央(私服): え……? 詩音(私服): えぇ~? アレはけしかけたと言うか……いや、見方によっちゃ言うかもしれませんね。まぁ、その前に沙都子がガンガン煽っていましたが。 菜央(私服): どういうこと? 詩音(私服): レナさんは確かに怒り狂っていいましたが、攻撃に転じたのはお姉が「やっちまいな」ってゴーサインを出してからなんです。 詩音(私服): 私の目には、お姉の言葉でレナさんも腹を決めたように見えましたね。 魅音(私服): 何も言わなくても飛びかかってたかもしれないけど……レナは怒りながら、どうするかちょっと迷っているところはあったよね。 詩音(私服): いやー、でもあの格好もあってあの時のお姉は妖怪の王様っぽかったですよ。 菜央(私服): その言い方だとレナちゃんが妖怪みたいに見えたみたいじゃない……ねぇ、そろそろ前置きはいいでしょう? 菜央(私服): あの時の話を、教えてくれるかくれないか。それだけ答えてくれない? 詩音(私服): ……その前に一つ、質問いいですか?菜央さんにとって、あのレナさんはどういう人に見えます? 菜央(私服): どうって……レナちゃんはいつもニコニコ笑ってる、優しいけどしっかり者で……。 魅音(私服): うん、そうだね。私も思う……けど、菜央ちゃん。 魅音(私服): 正直に言うとあの夜のレナは、私にゃ妖怪よりもっと恐ろしいものに見えたよ。 菜央(私服): え……? 詩音(私服): あー、正直あの時のレナさんにゃ私もちょっとビビっちゃいました。 詩音(私服): そりゃ妖狐も悲鳴を上げて逃げ出すわって、同情はしませんが納得したくらいです。 菜央(私服): …………。 詩音(私服): それくらい、菜央さんが想像している以上に怒り狂ったレナさんは恐ろしかったんですよね……。普段言わなさそうな台詞も吐いていましたし。 魅音(私服): だね……私はレナの友達だと思っているけど、その私ですらあの時のレナは本気で怖いと感じたよ。 魅音(私服): だからさ、一穂や美雪の目には……下手な怪談話よりもずっとレナが怖く見えてもおかしくないんだよね。 菜央(私服): それで、美雪も一穂も詳しく説明するのをためらった……そう言いたいの? 魅音(私服): 私はそう思う……と言うか、私も正直今の話をどこまでするべきか迷ったしね。 菜央(私服): で……でも、レナちゃんはあたしたちを守るために怒ってくれたんでしょう? 詩音(私服): そのレナさん本人も、あんまり詳しいことは菜央さんに知られたくないんじゃないんですかねぇ。 詩音(私服): 菜央さんの中の自分のイメージを崩して、ガッカリされたくないでしょうし。 魅音(私服): レナって他の年下にも優しいけど、菜央ちゃんは特別可愛がってるからねぇ。 詩音(私服): そりゃあんなふうにレナちゃん、レナちゃんって慕ってくれれば可愛いに決まっていますよ。 菜央(私服): ……それは経験談? 魅音(私服): えっ。あんたって、そんな経験があったの?! 詩音(私服): ……私の話はいいじゃないですか。それより本題です、本題。 詩音(私服): 菜央さんは詳細を知りたいでしょうけど、正直私もお姉も知った方がいいとは思いません。 詩音(私服): そして、おそらくそれは美雪さんと一穂さんも同じだと思いますよ。 魅音(私服): その理由、菜央ちゃんならわかるんじゃない? 菜央(私服): 知ることによって、あたしだけじゃなくてレナちゃんも傷つく可能性があるから……? 魅音(私服): そういうこと。ただ、それでも知りたいって言うなら……。 菜央(私服): ……もういいわ。 魅音(私服): あれ? 知らなくて大丈夫? 菜央(私服): えぇ……2人に断られたら梨花たちの家に行こうと思ってたけど、やめておくわ。 菜央(私服): あたしが知ることでレナちゃんを傷つける可能性があるなら、知らないままでいい。 魅音(私服): 別に、今だって何にも知らないってことはないんじゃない? 魅音(私服): 菜央ちゃんを傷つけられて、レナが怒った……それだって、嘘偽りの無い真実だよ。 魅音(私服): そのおかげで妖狐を撃退できたってのもね。 菜央(私服): ……そうね。 Part 03: 菜央(私服): ……あたしって、まだまだ子どもね。 魅音(私服): いやいや、何を言っているのさ。どう見たって菜央ちゃんは、まだ子どもだよ。 菜央(私服): そういう意味じゃなくて……見た目もだけど、中身の方って言いたいのよ。 菜央(私服): 美雪と一穂が気遣って黙っててくれたなんて、考えもしなかった……自分でも知らないうちに守られてたのね、あたしって。 詩音(私服): まだ子どもなんですから、そうやって守られていてもいいんじゃないですか? 魅音(私服): そうそう。自主的に守る、守られるってのは大人になってからでいいんだよ。 菜央(私服): 大人……そう言えば、妖狐って成長したあたしに変身したのよね?具体的には何歳くらいだったの? 魅音(私服): うーん……? 私たちよりちょい上くらいかな。 詩音(私服): 高校生か、大学生くらいじゃないですか? 菜央(私服): そう……。 菜央(私服): あたしがそれくらいの年だったら、あの2人は素直に何があったのか話してくれたのかしら。 魅音(私服): どうだろうねぇ。年上から見れば、成長してもいつまでも年下は年下だし。 詩音(私服): まぁ当事者からすれば、いつまでも子ども扱いとかは嫌ですけどねー。 魅音(私服): けど、母さんとかもまだ近所のじいさまとかに小娘扱いとかされているよね? 詩音(私服): うえぇえ、あの年になっても小娘扱いとか、想像しただけで嫌過ぎますよ……。 詩音(私服): それにしても、あの妖怪……なんで成長した菜央さんになったんですかね? 魅音(私服): 案外あの化け狐、結構格下だったんじゃない?ほら、神様の間でも格付けとかあるみたいだから完璧には化けられなかった……とか。 詩音(私服): 力の格差が原因ってことですか?でも神様に格があるなら、神様間でも下剋上とかがあるんですかね? 魅音(私服): ……うわ、想像したら怖くなってきた。絶対本人たちだけで済まなさそうだよね。妖怪大戦争ならぬ神様大戦争……。 菜央(私服): …………。 魅音(私服): あぁ、ごめん話が脱線して。美雪たちの方はちゃんと謝ればそれでいいんじゃない? 詩音(私服): ですね。別にこの話は誰が悪いってことではありませんからね。 魅音(私服): そういうこと。菜央ちゃんが聞かないって決めたなら、それで話はおしまいだよ。 菜央(私服): そうね……。 あたしは曖昧に頷き、園崎家を後にした。 それから家に帰って、2人に謝って、笑い飛ばされて。3人で一緒に夕飯を食べたその晩……。 ……夢を、見た。 菜央(私服): ほらほら、のんびり歩いてると置いてくわよ! 一穂(私服): ま、待って待って……菜央お姉ちゃん! 美雪(私服): ちょっと菜央、置いてかないでよー! 菜央(私服): まったく、私が見てないとすーぐよそ見するんだから。2人ともちゃんと歩きなさいよ。 美雪(私服): うっ……事実だとしても、今さらそういうこと言う~? 菜央(私服): あたしは言うのよ。ほら、しゃんしゃん歩きなさい。 下駄を高らかに鳴らして数歩戻り、あたしは見下ろした一穂と美雪の頭をぐりぐりと撫でる。 大きくなった自分の姿が上手く想像できなかったせいだろうか。 見上げる2人の瞳にうつるあたしの頭には、ぴょこんと狐の耳が生えている。 でも、美雪も一穂も特に気にしない。だからあたしも気にせず、2人の背中を押して並んだたくさんの鳥居をくぐる。 菜央(私服): (……わかってる) 二人はあたしより年上で、あたしが年下。あたしが年上で2人が年下になる日なんて、永遠に来るはずがないって。 菜央(私服): (でも……よくよく考えれば2人だってまだ子どもなんだから) あたしが年上だったら、2人は守られる側だった。 でもあたしは年下で、彼女たちは年上だからずっと守る側から変わらない……そのはずだ。 でも今、私はこうして2人を見下ろしてその背中を押している。 菜央(私服): (……狐に化かされているような気分って、こんな感じかしら) なんだか浮わついて、そわそわして……でも楽しいから、騙されててもいいかなって。 どこまでもどこまでも続いている鳥居が、いつまでもくぐり終わらなければいいのにと。 私が守ってやる側に行ければ……なんて。 そんな風に、思ってしまったのだ。 菜央(私服): ふふ……ったく、しょうがないんだから……むにゃ。 一穂(私服): あれ……? 美雪ちゃん、どうしよう。菜央ちゃんソファで寝ちゃったみたい。 美雪(私服): えー? まだ布団敷いてないのに……って、なんか菜央ニヤニヤしてない? 一穂(私服): 本当だ……楽しい夢見てるのかな? 美雪(私服): 怒って家を出たかと思ったらしょんぼり帰ってきて、ごめんなさいって謝って、ご飯の後すぐに居眠りって……あははっ、今日の菜央は忙しいなぁ。 一穂(私服): どうなるかと思ったけど、帰って来てくれてよかったよ。 美雪(私服): 魅音と詩音が上手く話してくれたみたいだね。 一穂(私服): どんな話をしたのかな? 美雪(私服): さぁ……けど私たちに詳しいことを言わなかったのは何か理由があるだろうし。 一穂(私服): 私たちが言わなかったみたいに? 美雪(私服): そう……だからさ。いつか菜央が自分から話してもいいって思えるようになったらさ。 美雪(私服): その時は、ちゃんと腰を据えて聞いてあげよう。 一穂(私服): うん!