Part 01: 菜央: うーん、ここは糸で縫うよりも接着剤を使ってくっつけた方がいいかしら。きっと大事に扱ってくれるでしょうし……。 沙都子: ――わっ?! 菜央: ほわぁっ?!な、何よ……びっくりしたじゃない……! 沙都子: お、驚いたのはこっちでしてよ……。こんなところで、何をしているんですの? 菜央: パターンを描いてたのよ。 沙都子: パターン?……えっとその、それはどういったものの「パターン」なのか、説明していただいてもよろしくて? 菜央: どういったもの?……って、そっか。この一言だけだと、いろんな解釈があって確かにわかりづらいわね。 菜央: あたしが今言ったのは、布製品の型紙としての「パターン」よ。 沙都子: はぁ、そういうことでしたのね。てっきり規則性のある行為とか、そういったものを指しているのかと思って、混乱してしまいましたわ。 菜央: 確かに、そっちの方が一般的に使われる言葉だもんね。専門用語って普段とは違う意味になることがあるから、うっかりしてたわ。ごめんなさい。 沙都子: いえ、謝っていただくほどでは……それで、菜央さんはまたお洋服とかを作ろうとしているんですの? 菜央: うーん、これは洋服じゃなくて……って、そうね。沙都子なら教えてもいいわ。特別よ。 菜央: 実はね、今回作りたいのは……ぬいぐるみなの。 沙都子: ぬいぐるみ……もしかして、レナさんへのプレゼントですの? 菜央: えぇ、その通りよ……よくわかったわね? 沙都子: をーっほっほっほっ、当然ですわ。レナさんはかぁいいものに目がありませんし、ぬいぐるみなんてまさにうってつけですもの。 沙都子: それで、どんなぬいぐるみを作るおつもりですの? 菜央: えっとね……。 沙都子: あっ、待ってくださいまし!次も私が当ててみせますわ……むむ……! 沙都子: わかりましたわ!抱えきれないほど大きなクマのぬいぐるみ! 菜央: 違うわ。 沙都子: あ、あら……? 菜央: それもレナちゃんは喜んでくれそうだけど、大きすぎると素材費もかかって大変だもの。 沙都子: えっと……では、小さいぬいぐるみを作るんですの? 菜央: そうよ。みんなのぬいぐるみを作ろうかな、って。 沙都子: みんな……とは? 菜央: 部活メンバーのみんなよ。この前、レナちゃんと2人で#p興宮#sおきのみや#rに買い物に行ったんだけど……。 レナ(私服): はぅ……あのオオカミのぬいぐるみ、なんだか圭一くんみたいだね。 菜央(私服): オオカミ……って、あのおもちゃ屋さんのショーケースに飾ってるやつ? レナ(私服): うん。ちょっと似ているよ……ほら、見て。 菜央(私服): うーん……言われてみれば、目元の辺りとかは似てるかも……かも。 レナ(私服): だよね、だよね? はぅ……かぁいい……。お持ち帰りしたいなぁ……。 菜央(私服): じゃあ、お店に入ってみる?値段はいくらくらいかしら……。 レナ(私服): はぅ……うーん……。 菜央(私服): どうしたの、レナちゃん? レナ(私服): とっても欲しいんだけど、今月はちょっとお小遣いを使い過ぎちゃったから……はぅ。 レナ(私服): ……うん。よし、決めたっ!来月になったらまた買いに来るよ! レナ(私服): 菜央ちゃん、また一緒に来てくれる? 菜央(私服): えぇ、もちろんよ! 沙都子: えっと……もしかしてそのぬいぐるみ、売れてしまったんですの? 菜央: えぇ。こっそり買ってプレゼントしようと思ったんだけど、行った時にはもうなくて……お店の人に聞いたら、売れちゃったみたい。 沙都子: あら、それは残念ですわね。 菜央: でしょ?きっとレナちゃん、それを聞いたらガッカリすると思うの。 菜央: だから、代わりと言うにはなんだけど……あたしが作って、プレゼントしようと思って。 菜央: あとせっかくだから、前原さん以外の他のみんなの分も作るのはどうかな、ってね。 沙都子: なるほど……合法的にお持ち帰りできる部活メンバーを作るおつもりですのね。 菜央: その通りだけど……なんだかひっかかる言い方に聞こえるわね。 沙都子: をっほっほっほっ、気にしないでくださいまし。ただプレゼントするなら、レナさんが欲しがっていたというオオカミさんそのものの方がよろしいのでは? 菜央: 最初はそれもいいかな、って思ったんだけど……あたしの手芸の腕だとさすがに売ってるものほど可愛くはできないでしょ? 沙都子: あら、そんなことはないと思いましてよ。……とはいえ菜央さんの言う通り、似ているぬいぐるみでは手に入らなかった本物のことを思い出しそうですわね。 菜央: でしょ?だから、全然違うものの方がいいと思ったのよ。 菜央: 沙都子も、そういう経験ってない?欲しいものが手に入らなくて、代わりのものだと満たされなかった、とか……。 沙都子: ありませんわ。 菜央: そ、そう……? 菜央: (やけにきっぱり否定したわね。何かまずいことを聞いちゃったのかしら……) 菜央: あっ……それと、ぬいぐるみを作ってることはみんなには内緒よ。もちろん、美雪と一穂にも。 菜央: 完成したものをみんなの前にずらっと並べて、驚いてもらうつもりなの。もちろん、沙都子のぬいぐるみも作るから。 沙都子: あらあら、それは素敵ですわね。ぜひ私そっくりの、可愛いぬいぐるみを作っていただきたいものですわ~。 菜央: もちろんよ。楽しみにしてて。 Part 02: 美雪(私服): ……菜央、このドラマって面白い? 菜央(私服): えっ……? 日曜の昼下がり。突然声をかけられたあたしは、妙に間の抜けた声をあげてしまった。 反射的に振り返れば、そこには洗い物当番の美雪と洗濯物を干していたはずの一穂が突っ立っている。 美雪(私服): んー……いや、なんだか真剣に見てたからさ。にしても、日曜の昼間からエグいのをやってるねー。 一穂(私服): 恋愛ドラマ、なのかな……?なんだかずっと空気が重い感じだけど……。 菜央(私服): …………。 一穂の言葉に改めて画面に目を向けると、そこにはカフェで向き合う女性2人の姿が映し出されていた。 派手な女優: 『本当、あの子ってどうしてあんな最悪な男とくっついちゃったのかしら。理解できないわ』 地味な女優: 『恋は盲目……って知らない?今回は完全に、そのパターンね』 派手な女優: 『恋したら、あんなバカになるとは思わなかったわ。頭がいい子だったはずなのに……』 地味な女優: 『頭がいい悪いは、今回関係ない……と言いたいけど、しいて言うなら男が上手だったのかしらね』 地味な女優: 『いつか目が覚めるなんて、期待しない方がいいわ。早く引き剥がさないと、落ちるところまで落ちるわよ』 ……適当にお昼のニュースを見ていたつもりが、いつの間にかドラマに変わっていたらしい。 初めて見るドラマのはずなのに、彼女たちの台詞に聞き覚えがあるように思えるのは……それがありふれた会話だからだろうか。 最初にそんなやりとりを聞いたのは、あたしがもっと子どもの頃で……バカだと言われていたのは、確か……。 菜央(私服): ……別に、そこまで真剣には見てないわ。あたし、ちょっと1人で#p興宮#sおきのみや#rまで行ってくるから。 一穂(私服): えっ……今から、1人で? 美雪(私服): 夕方までには帰ってきてねー。あと、車には気をつけなよ。 菜央(私服): わかってるわ。行ってきます。 やや強引に話を打ち切り、自転車にまたがる。 ……興宮への道を軽快に走りながら、さっきまでのドラマの台詞を頭の中から追い払うようにぬいぐるみ作りの算段で埋め尽くした。 菜央(私服): (やっぱり、完成品が1つあると……次を作るのは格段に楽になるわね) ……実は沙都子にはまだ言っていなかったが、前原さんを含めた数人のぬいぐるみは完成している。 菜央(私服): (沙都子には申し訳ないけど……最初に見せるのはレナちゃん、って決めてるから) そんなわけなので、一穂と美雪にも見せていない。……それどころか作っていることさえ内緒にして、2人が寝静まってから空き部屋でこっそり作っているほどだ。 おかげでちょっと寝不足かもしれない……ここ数日、頭がずっとふわふわしていた。 菜央(私服): (っと……いけない。ぬいぐるみができるまで、頑張らないと) 思い立ったその足で手芸店で材料を買い集めたから必要量の見通しが甘く、全員分を作るには少々材料が足りなくなってしまったけど……。 逆に言えば、あとは材料さえ揃えたら完成させられるだけの目処は立っていた。 菜央(私服): (それに、レナちゃんがお小遣いを使い過ぎちゃったのだって、あたしたちのために何度も差し入れをしてくれるからだもの……) あたしたちというイレギュラーの存在がなかったら、きっと今頃オオカミのぬいぐるみはレナちゃんの手元にあって、たくさん可愛がられていたはずだ。 ……そうでなければ、しっかり者のレナちゃんがお小遣いを使いすぎるなんて状況の説明がつかない。 菜央(私服): (一穂と美雪は、そういうところに気が回らないのよね。……だからあたしが、ちゃんとしなくっちゃ) 今は魅音さんがアルバイトを紹介してくれるおかげで、お小遣い程度のお金はあたしの手元にあるけど……。 そこに至るまでには、レナちゃんが色々と助けてくれた。だから言葉だけじゃなく、ちゃんとした形でお礼がしたい。 菜央(私服): 全部のお返しはできないけど……せめてこれくらいは、ね。 前原さん似のぬいぐるみは、手探りで作ったわりにはそれなりにうまく仕上がったと思う。 本人に似せつつもぬいぐるみらしくデフォルメして、そのせいかちょっと可愛すぎるような気もしたけど……きっとその方が、レナちゃんは喜んでくれるはずだ。 菜央(私服): (それはそうと……レナちゃんって、前原さんのことをどう思ってるのかしら……?) あのぬいぐるみが前原さんに似ていたかと問われると、個人的にちょっと怪しい……と思う。 でも、オオカミのぬいぐるみが彼に似ていて、しかも可愛いと感じたのだとしたら……? 菜央(私服): (それってつまり……レナちゃんが前原さんに好意を持ってるってことよね……?) オオカミのぬいぐるみを見るレナちゃんの目は、一目でわかるほど輝いていた。 オオカミのぬいぐるみの向こう側に前原さんを見ていたとしたら、あの人は……。 菜央(私服): …………。 あと……前原さんの方は、どうなんだろうか。 菜央(私服): (レナちゃんのこと、好きなのかしら……?) 今は和解したとはいえ、新築の家を追い出された。……にもかかわらず前原さんは怒るどころか、みんなを心配している。 あの中で誰か1人を特別に思っているのか、それとも全員のことが同じくらい大事なのか……あたしにはわからない。 けど、もしその特別な1人がレナちゃんだったら……。 菜央(私服): (なんだか……幸せにしてくれそうな気がするのよね……) 前原さんは、勝手に家に住み着いた私たちにも優しくしてくれる人だ。だったら家族のことは、もっと大事にするのだろう。 菜央(私服): (それにレナちゃんには、あたしのお母さんのような「過ち」を犯してもらいたくない……) 彼女は優しくて、芯がとても強い人だ。だから、男にさえ裏切られなければ絶対に幸せになれる……そのはずなのだ。 菜央(私服): (……お母さんも、本当にバカなことをしたわね。大事だったはずの家族を捨てて、バカな男について子どもまで作っちゃうなんて……) 菜央(私服): (しかもその相手とは、速攻で別れちゃうし……) そして自分が、そのバカな女と男の子どもだと思うと吐き気がするし……両方の血を引き継いだあたしが幸せな家庭を築けるとは、とても思えない。 だからレナちゃんには、幸せな家族を持ってほしい。たとえ遠くからでも……もし許されるならば近くで、あの人が築く大切な家族を見守ってあげたかった。 菜央(私服): (そしていつか、レナちゃんの相手の人のことを「お兄ちゃん」って呼んだりして……) ……叶わない願い、かもしれない。でもそんな未来が存在するのなら、あたしは何と引き換えにしても惜しくはないだろう。 菜央(私服): お兄ちゃん……か……。 身近にそう呼べる人がいないせいか、ちょっとしっくりこない。……というか、なんだかそわそわして落ち着かない。 年齢差のことを考えたら、たとえば前原さんだったら「お兄ちゃん」と呼んでもおかしくはないと思うけど……。 なんて妄想を抱いてしまうくらいに、あたしも彼のことが気に入っている。そしてきっと、他のみんなも……。 大人たちはまだ納得していないようだけど、それも時間の問題だ。前原家に対する誤解がなくなればいずれ彼らは、#p雛見沢#sひなみざわ#rに戻ってくるだろう。 菜央(私服): (ただ、そうなるとあたしたちはあの家から引っ越さなくちゃダメよね……) 菜央(私服): (早くどこか、代わりに住める場所を見つけておかないと……) 魅音さんに頼んで、空き家を探すべきだろうか。でもそうなると、お金の問題が……。 菜央(私服): ……っ……。 ……あぁ、また考え始めたら頭がふわふわしてきた。最近先行きが不透明なことを考えると、いつもこうなる。 ぬいぐるみを作っている間くらいしか、頭がすっきりしない。だから早く……買い物を済ませて帰りたい。 なんてことを考えながらペダルを漕いでいると、遠くの方に興宮の手芸店が見えてきた。 私は商店街の手前に見つけた駐輪場に向かい、空いたスペースに自転車を止める。必要ないと言われたけど、念のため施錠も忘れない。 菜央(私服): (とりあえず材料を揃えて、ぬいぐるみを完成させないと……) まだ状況的に、余裕は十分にある。ぬいぐるみが完成したら、今後のことを一穂たちにも相談して――。 大石: どうも、こんにちは。 ……お店に入ろうとした直後。頭上から影がさすと同時に、知らない声が降りてきた。 おそるおそる顔をあげると、そこにいたのはかなり強面のおじさんだった。 大石: 私、興宮署の大石と申します。お時間、ちょっとよろしいでしょうか? Part 03: 菜央(私服): ……警察の人が、何の用ですか? 大石: んっふっふっふ! そう怪しまないでください。実はですね、ちょっと話をお聞きしたくて。 内心の警戒が声ににじみ出ていたのか、大石さんはにこにこと笑いながらわざとらしいくらいの優しい声で続けた。 大石: 噂でお聞きしましたが……あなた、今は無人のはずの前原さんのお宅に住んでいるんですよね? 大石: しかも子どもだけで……いやはや、気になりますねぇ。 菜央(私服): …………! 全身をこわばらせる私に、大石さんはかまわず続ける。 大石: 実は前に、あなたと一緒に住んでいる子にお話を聞こうと思ったのですが……怪しまれたのか、逃げられちゃいましたね。 菜央(私服): …………。 一緒に住んでいる子って……どっち?一穂? 美雪? いや、そのどちらかだとしても……。 菜央(私服): (そんなふうに声をかけられたなんて……2人とも、言ってなかったわ) 隠してる? ……どうして?どうしてあたしにまで、内緒にする必要があるの? 大石: で、どうしようかなと思っていましたらたまたまあなたの姿を見かけましてね。ちょっとお話を聞かせていただければと思いまして。 ……警察の人に用があっても、あたしに話すことなんてない。だから無言で、下りたばかりの自転車にまたがろうとして――。 大石: 前原さんのご家族のこと、どこまでご存じですか……? その言葉に、思わず動きが止まった。 大石: ちょっと気になって、個人的に調べてみましてね……彼が東京から引っ越してきた理由、聞いたことがありますか? 菜央(私服): (そう言えば……聞いたことがない) 大石: あぁ、失礼……まだお名前を聞いていませんでしたね。 ようやく思い出したとばかりに尋ねられたが、わざとだろう。わかってはいるけど、ここまで話したら続きが気になって名乗らざるを得なかった。 菜央(私服): ……菜央です。あの、前原さんに何があったんですか? 大石: ふむ……その反応だと知らないみたいですね。 大石: ではどうでしょう。交換条件で教える代わりに、今の#p雛見沢#sひなみざわ#rについて教えてもらえませんか?どうも外からだと、わからないことが多くて。 菜央(私服): あたしにわかる範囲でよければ、答えます。……それで、前原さんに何があったんですか 大石: あったと言いますか……起こしたというべきですかね?実は、前原さんは――。 …………。 それから、どうやって家に帰ったのか覚えていない。気がついた時には、雛見沢の家に戻っていた。 ……でも頭の中は、ずーっとずーっと大石さんの言葉がぐるぐると渦巻いている。 新築の家を追い出されたら、どんな理由があっても普通怒る。……当然だ。 菜央(私服): (だから、あたしは……怒らない前原さんを優しいって思った) だけど……事実は違っていた。怒らなかったんじゃない……怒ることが「できなかった」のだ、と。 怒ってあたしたちとトラブルになったら、自分たちの過去の行いを調べられて……それが露見するのが怖くて、ただ逃げただけ。 それが、事実。……いや、そうとしか考えられない「真実」だった。 菜央(私服): ……許せない。 前原さんが東京から、縁もゆかりもない雛見沢に引っ越して来た理由を聞いた時……あたしは直感的に思った。 裏切られた、と。 菜央(私服): (彼にあんな過去があったなんて知ったら、レナちゃんはどう思うかしら……?) 今まで騙されていた、と嘆くだろうか。それとも、どうしようもない理由があったんだとかばってあげるのだろうか。 菜央(私服): (……どっちにせよ、このままじゃよくない) 頭の中で、昼間見たドラマの台詞が蘇る。 菜央(私服): 落ちるところまで落ちる前に……強引にでも引き剥がさないと。 そしてそれは、レナちゃんが知らないうちであることが望ましい。 好きな人がクズだったと知ったら、悲しむ。だったら、真実なんて綺麗に包み隠してしまえばいい。 菜央(私服): …………。 自分で作り上げた、前原さんのぬいぐるみを手に取る。 菜央(私服): レナちゃんに渡す前に、……知ってよかった。 こんなものを渡した後で「真実」を知ったら、レナちゃんはあたしのことまで嫌いになるかもしれない。 知っていることの証明はできても、知らないことの証明は不可能だ。 あの男を、レナちゃんの側から排除しなくては。……なにもかもが、手遅れになる前に。 菜央(私服): さて……どうしようかしら。 シャキン、と。渡せなくなったぬいぐるみに、ハサミを入れながら考える。 菜央(私服): 悪いオオカミの、排除の仕方……童話みたいに、お腹に石でも積めて井戸にでも落とす……? ……それも、ひとつの手かもしれない。 この村には、昔の遺物がまだ多く残っているという。都会生まれのあたしは実物を見たことがないけど、きっと井戸だって……あると思う。 また、それ以外にも前原さんを二度とレナちゃんに会えないように突き落とす場所なんて……いくらでもある。 菜央(私服): あぁ……その前にお腹に石を詰めて、逃げられないようにしなくっちゃ……。 レナちゃんを裏切った……そしてあたしを裏切った、あの男を。 菜央(私服): 前原圭一を、消さないと……! ――礼子ちゃん、悪い男に引っかかっちゃったわね。旦那さんと子どもを捨ててまでついていったのに、あんなことになって。      ――……可哀想だけど、自業自得よね。 ……いつか誰かが、あたしのお母さんのことをそう言っていた。 顔も名前も、覚えていない。でも、台詞だけは……しっかりと覚えている。 ……あぁそうだ、騙されたらダメなのだ。騙される方が悪いって言われるから。 だったら手遅れになる前に、あたしが、あたしがあたしがあたしが……ッッ! 菜央(私服): オオカミに襲われて、めぇめぇ鳴くだけの子ヤギになんて……なってやるものですか。 菜央(私服): お腹を捌いて石を詰めて、井戸の底にだって突き落としてやる……! レナちゃんを裏切っていたあの男から、あたしが絶対に絶対に……守らないといけない。 菜央(私服): だってこのことを知っているのは、あたしだけなんだから。 菜央(私服): ……あたししか、守れないんだから。 シャキシャキと音を立てて、ぬいぐるみを刻む。 シャキンシャキン、シャキンシャキン。 こんなふうに、あの男も切り刻まないと。レナちゃんの邪魔をする人は、排除しないと。    全部全部……全部全部全部ぜんぶぜんぶゼンブッッ……。 菜央(私服): レナちゃんを不幸にするものは、切り刻まなくっちゃ……ね……。