ホテルの電話のベルでケインがたたき起こされたのは、まだ朝早くのことだった。

「……はい……こちら、ケイン=ブルーリバー……」

 ベッドにもぐり込んだまま、ぼけ声でいう彼の耳にとびこんで来たのはレイルの声だった、

『ケイン、お前、とうとうやったな』

「……はあ……?」

 意味がわからず問い返す彼。

『とぼけなくてもわかってる。、十六番街の裏路地で、地元のチンピラ四人の死体が発見された』

 レイルはここでことばを切り、受話器の向こうで、はぁっ、と、大きな息をつき、

きようはサイ・ブレードだ。……いかんぞケイン。ああいうまねは……』

「こ……こらっ! ちょっと待てっ!」

 あわててベッドに身を起こす彼。

「なんでそれがおれなんだっ!?

『宇宙広しといえど、あんなすいきような武器を使うのはお前だけだ』

 ずっぱりきっぱり言い放つ。

「……う……宇宙広しとまで来たか……」

『すなおに認めて反省すれば、きっとつみは軽くなる。それから、ミリィさんのことは心配するな。おれが幸せにしてみせる』

「だからぁっ! 俺じゃねーって!」

『まあ、何はともあれ話は聞きたい。ともかく署まで来てくれるか。

 ──そうそう、一応参考までに話を聞きたいんでな、ミリィさんも連れてきてくれ』

 ぴくんっ!

 ケインのまゆが片方、はね上がる。

「……レイル……お前まさかひょっとして、ミリィに会いたいだけなんじゃあねーだろーな?」

『……………………』

 受話器の向こうはしばしのちんもく

「てめえっ! ぼしだな!?

『──ともかく。署で待っている』

 事務的な調ちようでそう言い残し、レイルからの電話は切れたのだった。


 めずらしく、今日は雨だった。

 雨が好き、という人間も世の中にはいるが、ケインははっきり言って、雨がきらいだった。

 理由はかんたん。マントがれるからである。

 むろんはつすい加工はしてあるが、それでもイヤなものはイヤだった。

 タクシーを呼び、ケインとミリィの二人が警察署に着いたのは、現地時間で午前十時頃のことだった。

 警察署の中は、以前来た時と変わらず、ごった返していた。

「……雨だっていうのに、やっぱし事件ってぇのは起こるのねぇ……」

 わけのわからん感想をぽつりとらすミリィ。

「……あのなぁ……どこの世界に、『今日は雨だから事件を起こすのはやめよう』なんて考えるはんざいしやがいるってんだ?」

「たとえばほう

!?

 思わぬはんげきを受けて、いつしゆん絶句するケイン。

「……そ……そりゃまあ、放火魔はそうかもしれねーけど……けど、雨音なんかが……」

「ケイン!」

 ムキになって反論しかけたケインに声をかけたのは、言うまでもなくレイルだった。

 二人はレイルに連れられて、取り調べ室へと通された。

 三人のほかにはには誰もいない。

 小さな机にケインが座り、向かいに、ファイルを手にしたレイルが腰かける。ミリィは、すこしはなれたところにある、本来なら記録者用の席につく。

「……さてと……」

 レイルは、ケインにほがらかな笑みを向けて、

「なんでった?」

「だぁぁぁぁらぁぁぁっ! 俺はやってねーって言ってっだろーがっ! 第一、何をこんきよに俺だって話になるんだよっ!?

「まるっきり根拠がない、ってわけじゃない。まずは、サイ・ブレードって武器のとくしゆせいだな。あんなシロモノを使うのは、はくへい部隊か、さもなきゃ、いつもマントなんて着て喜んでる変わり者かのどっちかだ。

 今、このに宇宙軍は来てない」

「なら、まず退たいえき軍人あたりから調べろよ!」

「調べてるよ。むろん、な。ただそっちの方は少々時間がかかりそうなんでな。とりあえず手近なところから、ちゃっちゃと済ませよう、と思ってな」

「ちゃっちゃと調べるのはいいけどな、なんでお前がこんなことに首っ込んでんだよ!? 海賊パイレーツはどうした海賊パイレーツ!? だいたいこんなもん、地元の警察のしごとだろーが!?

「たまたまおれの知ってるやつに、サイ・ブレードを使う奴がいた。だからちょっと手つだってやってるだけさ。

 ──なぁ、ケイン、お前がここで、ちょっと自己せいの精神をはつして、『俺がやりました』って言ってくれりゃあ、それでこの事件は解決、あとは海賊パイレーツたちのそうに全力をそそげる、ってもんだ。社会奉仕だと思って自白しろ」

「するかぁぁぁぁっ! くどいよーだが、俺はやってねーって言ってっだろ!」

「……やれやれ……ごうじような奴だな……

 なら聞くが、きのうの夜、現地時間で十時頃、お前、どこで、だれと、何をしてた?」

 その時刻なら、ミリィがメリーナとせつしよくし、情報を聞きこんできたころである。

「……その頃なら……車の中でミリィとってた」


 すかけぇぇぇぇぇぇん!


 飛んで来たアルミのはいざらに頭をちよくげきされて、ケインはまともにのけぞった。

「……わけのわかんないじようだんは言わないよーに」

 顔を赤くめ、言うミリィ。

「……だ……だからっ! しごとの相談をやってたんだよっ!」

 あわてて言いつくろいながら、内心、胸をなで下ろすケイン。

 記録者の席に置いてあったのが、アルミの灰皿だったからよかったようなものの、もしもタイプライターか何かだったら、一体どうなっていたか……

「……ということは、一応、ミリィさんといつしよにいたわけか?」

「ああ。─たしか、『モルディン』とかなんとかいうさかから、ちょいとはなれたちゆうしやじようだ。番地まではおぼえてねーけど、案内しろと言われりゃ案内するぜ。

 ──それと、そこから『ソードブレイカー』のキャナルに通信送ったから、くわしい時刻や通信座標の記録、残ってるかもしれねーぜ」

「……キャナル……か……」

 レイルはしぶい顔でつぶやく。彼女が立体映像ホログラフイだということは知っていたが、単なるコンピューターなどではない、ということまではレイルは知らない。

「……あのご立派な教育をされたコンピューターさんに聞けってか? この前は、おれからまんまと二千もふんだくりやがって……」

「……なに……!?

 レイルのことばを聞きとがめるケイン。

「ちょっと待てレイル! その、『二千取られた』ってぇのはどーいうことだ!?

「は! とぼけやがって!……って、そんな鹿なとぼけかたはせんわな……つうは……とするとケイン、お前ひょっとして、の火星の件で、おれがキャナルの口座に金をはらい込んだこと、知らんのか!?

「……あ……あいつぅぅぅぅぅっ!」

 ケインは腕時計の通信スイッチをオンにする。

『──はい、こちら『ソードブレイカー』のキャナル』

「ケインだ。レイルに会った。らい料の話は聞いた」

『……………………』

 しばしのちんもく

 やがて、すずやかで事務的な声が、

『……この電話番号は、現在使用されておりません。もう一度よく番号をお確かめの上、おかけなおしください』

 ぷつっ、つーっ。つーっ。つーっ。

 ごていねいに、電話の発信音まで流れる。

「…………」

「…………」

 しばしの沈黙のあと、ケインは通信を切った。

「……な……なかなかアバウトなコンピューターだな……」

 感心したようにつぶやくレイル。

「……あ……あいつぅぅぅっ! 帰ったらがいそうにラクガキしちゃるっ!」

「……まあ、それはともかく……この調子じゃあ、お前の言う『ソードブレイカー』の記録とやらもあやしいもんだな」

 レイルはこんどはミリィに向かって、

「──ミリィさん、それではあなたにおたずねしますが、あなた、昨夜十時ごろ、ほんとうに、ケインといっしょにいたんですか?」

「──ええ。まあ」

「ほーら、見ろ」

 ミリィのことばに、勝ちほこったように言うケイン。

 レイルはにっこりと、ケインの方をふり向いて、

「なるほど──で、どんなアリバイトリックを使った?」

「……てめー、俺をからかってるだろ」

「当り前じゃないか。今ごろ気づいたのか?」

 涼しい顔で言うレイル。

 しかしケインも涼しい顔で、

「いやぁ、お前なら、デッチ上げで無実の人間をつみに落とすくらいのことはやってのける、って、俺はそう信じてたからな」

「はっはっはっはっ」

「はっはっはっはっはっはっはっはっ」

 ひきつった笑いを交わす二人。

 たがいの額にかぶ青スジを、ミリィの目はのがさなかった。

「──ま、じようだんはとにかく、だ」

 いきなりがおもどって言うレイル。

「お前がサイ・ブレードを持ってる、ってことだけは事実だったからな。一応念のため、話を聞きたかっただけだよ」

 言ってファイルを手に取り、席から腰を浮かしかけ──

「──と、そうだそうだ」

 ばらばらとファイルをめくりながら、

「現場に、女物のバッグが落ちててな。知らんとは思うが一応念のため聞いておく。メリーナ=コンセンスって名は──知ってるわけないな」

『メリーナ!?

 同時に声を上げ、立ち上がるケインとミリィ。

「な……何だ!? 知ってるのか!?

「まちがいないと思うけど……」

 言って席を立ち、ミリィはレイルに近づいた。

「この女性ですが……」

 言って彼女にファイルを手渡すレイル。

 そこには、数枚の、メリーナを写した写真があった。

「まちがいないわ」

「どういうお知りあいなんです?」

 レイルの問いにはケインが答えた。

「知りあい──ってほどでもねーけど……

 ともかく、俺は、そのメリーナに、面と向かって人殺しの仲間呼ばわりされたことがあるんだよ」

「人殺しの仲間? どういうことだ?」

「ああ。俺も気になって、ちょいとさぐりを入れてみた。

 なんでも彼女には、アソートってぇ恋人がいたんだが、こいつが、ラグルドの貨物船に乗ってて、海賊パイレーツにやられてる」

「……アソート……? そうか。まえにお前たちが聞いてきた男だな」

「ああ。それ以来メリーナは、あっちこっちで、『彼を殺したのはラグルド社だ』なんて言いふらしてたらしい。

 彼女の言うには、ラグルドと海賊パイレーツとがつるんでる、ってことだ。

 ……どうやら、単なるさかうらみじゃなくて、何かのこんきよがあるらしいんだがな」

 彼女の言った、ラグルド社のマリガンと海賊パイレーツのボス、アルザスが会っているのを見た、という話はわざとせておいた。すくなくとも今の時点では、ややこんきよと説得力に欠ける話である。

 昨夜、キャナルに、マリガン部長の個人データを調べさせたのだが、これといってあやしい点は見つからなかった。

 ギャンブルなどが好き、というわけでもなく、どちらかというと会社べったりの男のようだった。

「──ふぅん……ラグルドと海賊パイレーツ……か……」

 一笑に付されるかとも思ったが、レイルはしんけんな顔で、腕を組んでうなりだす。

「──まさか──星間警察U・Gでもそういう話が出てるのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだがな──

 ──ただ、今度の海賊パイレーツさわぎな……ラグルド社は、一クレジットだって損はしてない──というよりむしろ、海賊パイレーツたちにおそわれて、得をしてる」

「得!? どういうことだ!?

「保険だよ」

 レイルは言った。

せんぱくに、積み荷に、乗組員に。かけられた保険はばくだいな額にのぼる。船と積み荷の代金や、ぞくへのしようきんはらっても、それでもラグルドの手元には、かなりの金が転がり込んでいる。

 ──地道な商取引よりも、ずっと多い額が、な。

 ……もし、ラグルドが海賊パイレーツとつるんでるとしたら……星間警察U・Gが裏をかかれまくるのもうなずける」

「会社ぐるみ、って奴かよ……」

 ケインは、ふとあることを思いつき、腕時計の通信機のスイッチをオンにする。

 ややあって──

『この電話番号は、現在……』

「キャナル、その話はあとだ。それより、調べてもらいたいことがある」

『……何?』

「契約の時、保険もラグルドがかけてくれる、って条件だったな。その保険の条件について調べてくれ。もしもこちらの宇宙船ふねが、海賊パイレーツか何かにげきちんされた時、おりる保険額はいくらだ?」

 ──しばしの間を置いた後、キャナルの答えた数字に、ケインたちは、思わず小さなうめきをらした。

 ちょっとした宇宙船ふねなら、二、三せきは買える額である。

 それがいつたんラグルドの手に渡り、それから遺族などに渡される。

 むろんその時の額は、かなり目減りしているだろう。

「……なるほど……今度はやっかいごと下請け人トラブル・コントラクターを護衛にやとって、貨物船ごとしずめて一石二鳥ってわけだ」

 苦い表情でつぶやくレイル。

「するときのうの殺しも海賊パイレーツがらみか……ともあれ、かぎはメリーナ=コンセンスか」

「メリーナとのれんらくは取れねえのか!? 警察なら住所くらいはわかるだろ!?

「むろん連絡はしたよ。しかし電話にも出ない。パトロールをアパートへ向かわせたが、どうやらそこにもいる様子がない」

「……まさか……メリーナのことをかんづいた海賊パイレーツたちにさらわれた、とかってぇんじゃねーだろーな!?

「ありえん話じゃないな……」

 ──もしもそうなら、もう無事ではいないだろう──

 ことばの後半をレイルはみ込んだ。

「……まあ、いずれにしても、事件の参考人、ということで探してはみるよ。お前も、もし何か気づいたこととかあったら連絡してくれ」

 言ってレイルは席を立った。


「──ねえ、ケイン、どう思う?」

 警察署をあとにして、ちゆうで寄った軽食店。ほかの客たちのざわめきにまぎれて、ミリィはおさえた声で言った。

「……メリーナか?」

「ええ……もしも彼女の身に何かあったんだとしたら……」

 ブラックのアメリカンをひと口すすり、ミリィはそこでことばを切る。

「──ほうってはおけない──か?」

 ケインに問われ、彼女は小さくうなずいた。

「……なーんか、ちょっと気になる、なんて程度で近づいたら、いきなり首までハマり込んで……」

「引き返すことはできるんだぜ。何も知らなかったフリすりゃあいいんだ。

 ……それにもしもメリーナが、海賊パイレーツたちにつかまってるとすりゃあ、もし生きてても、たぶん居場所は五十二番街だ。助けるなら、乗り込んで行って、海賊パイレーツたちとケンカしなけりゃならんのだぞ」

 試すかのような調ちようでケインは言う。

「……うーん……海賊パイレーツなんかとケンカするのはヤだし……かと言って、このまま何もしないでほっぽっとく、ってぇのもざめ悪いし……」

 ミリィはしばし考えて、

「とりあえず──さぐりだけ入れてみる、っていうのは?……もちろん、タダ働きになっちゃうけど……」

「──賛成」

 言うと、ケインは、残ったアイス・ティーをひと息に飲み干して席を立った。


 めずらしく、今日は雨だった。

 車のウインドウの向こうには、雨に煙る、五十二番街がある。

「──で、どうするの? これから」

 メリーナは、助手席に座る男に目をやった。

 昨夜、あのあと──

 アパートにもどろうかとも思ったのだが、海賊パイレーツたちの手がびているおそれはあった。しかたなくメリーナは、男といっしょに、とある安ホテルに宿を取った。

 バッグを落としたことに気づいたのは、チェック・インの時である。

 おそらくさわぎの現場で落としたのだろうが、死体の転がる場所に戻る気にはなれなかった。

 結局、代金は男がはらい、二人は同じまった。

 見知らぬ男と同じ部屋──ふつうなら、女としての身の危険を案じるべきところだが、なにしろ相手が相手である。命の危険が先に立つ。

 しかし、男がいきなり暴れ出すようなこともなく、無事に一夜が明けた。

 昨夜のうちに、海賊パイレーツとラグルドとのつながりを説明し、海賊パイレーツたちが、どうやら、この五十二番街をきよてんにしていることを説明した。

 そして──今朝。

 男は一度、ホテルを出て、帰って来た時、その手の中には車のキーがにぎられていた。

 どうやって車を手に入れたのかは知らない。

 男は、メリーナにキーをほうり投げて言った。

「案内しろ。五十二番街に」

 そして──

 男は今、車の中から、雨の向こうにひろがる町みに、じっと視線をそそいでいる。

 メリーナは、男の名前を知らない。

 男は名乗ろうともしなかったし、メリーナも、聞きたいとは思わなかった。

 ホテルの台帳に、男の書き込んだ名前は目にしたが、むろんこれはめいだろう。

「……どうするのよ……?」

 ややあって、ふたたびメリーナは問いかける。

 男はようやく、彼女のほうをふりかえり、

「──見たくないか? アルザス=コーンウェルのさいを」

「……え……?」

 いつしゆん、言われたことばの意味がらず、思わずメリーナは問い返した。

「見たくないか、と言った。お前の恋人を殺した連中の片割れの死を」

 問われて彼女は答えにまる。

 たしかに、恋人のかたきはちたいとは思う。思うが、その相手が死ぬのを見たいか、と問われれば、さすがにていこうはある。

 抵抗はあるが、男の口ぶりから察するに、どうやら何かの考えがあるようである。とすれば、ここで『見たくない』と言い張ったところで、男がなつとくするとは思えない。

「──見たくないか、って言ったって、どうやったらそんなができるっていうのよ? まさか、なぐり込みでもかける気?」

 質問を返す形で答えをはぐらかす。

 しかし──

「そうだ」

 男はいともあっさりと答えた。

「そうだ……って、だからどうやって!? アルザスを見つけるだけだってひと苦労じゃない! そりゃあ確かに、あいつは、この区画ブロツクのどこかにいるだろうけど……五十二番街、ってかんたんに言っても、けっこう広いのよ! たとえさわぎを起こしても、手下がぞろぞろ出てくるだけよ!」

「手は打った」

 やはりあっさりと男は言う。

 メリーナの顔をじっと見つめ、

「五十二番街の北にある、廃工場を知ってるか」

「……知ってるけど……あなたはよく知ってたわね」

「今朝、地図で調べた。

 もうすぐ、アルザスがそこに現われる」

「……なんでわかるのよ? そんなことが?」

「今朝、ラグルドのマリガンにれんらくを入れた。お前をおどしている女をつかまえた、と」

「──あんた!?

「最後まで聞け。今日の十一時、五十二番街の北にある廃工場に、アルザス本人が来てもらいたい。ほうしゆうについてはその時話し合う、という条件でな。

 来れば、奴を殺す」

「正気なの!? あんた!?

 メリーナは、思わず声を上げていた。

 よりにもよって、彼女を、生きたえさとして使おうというのだ。

「それがお前のゆいいつのチャンスだ」

 男はあくまでれいてつに、

「私と連中との戦いにまぎれて、げることができたなら、お前は生き残れる」

「戦いって……相手はおおぜいなのよ! あんたひとりで何ができるっていうのよ!?

 正気じゃないわ!」

「聞きたいのは答えだ。意見ではない。

 この案が気に入らないならそう言え。

 私は、お前の死体を取引の道具に使う。それだけだ」

 おどしでないことはメリーナにはわかった。

 もしも彼女が、ここで首を横にれば、男はおそらく『そうか』などと、こともなげにつぶやいて、あっさりと彼女を殺すだろう。

「……わかったわ……」

 メリーナは、しかたなく首を縦に振った。


 降りしきる雨の中、かつて、何かの工場だった建物は、今は大きなかげと化し、ただうっそりとたたずんでいた。

 外に面したかべやダクトには、あちこちに、茶色いさびが流れるようにへばりつき、ほうされてからの年月を物語っていた。

 入り口近くで見はりに立った海賊パイレーツ二人が、雨の向こうに、一台の車の姿を認めたのは、約束の時間のすこし前だった。

 やがて車は、二人のいる場所をやや通り過ぎ、屋根のあるところでまった。

 工場の屋根をたたく雨の音。

 車から降り立ったのは、ひと組の男女だった。

 片方は、黒ずくめの、するどおもざしの男。

 そしてもう片方は、気の強そうな美人。こちらは両手を後ろでしばられ、男に引き立てられて車を降りた。

「よぉ。時間厳守だな」

 見はりのひとりが声をかけてくる。

「そいつか? 例の女ってぇのは?……なかなかいい女じゃねーか。始末する前に、たっぷり楽しませてもらえそうだぜ……へへ……

 あんた、もうヤっちまったのかい?」

「アルザスはどこだ」

 見はりの軽口を無視して男は言う。

「あっちだ」

 もう片方の見はりは、親指で手近なドアを指し、

「──その前に。ぶっそうなモノ持ってねえか、調べさせてもらうぜ」

 そのことばに、男はうすい笑みをかべ、

こわいのか?」

「なにぃっ!?

 バカにしたような男の口ぶりに、見はりたちはいかりに顔をめる。

「アルザス=コーンウェルとその部下は、たった一人の相手が怖いのか、と聞いた」

 言われて絶句する見はりたち。

 むろん、たとえ何を言われようとも、見はりたるもの、相手のボディ・チェックをおこたるなどとは論外である。

 しかしこの二人は、海賊パイレーツとしてはプロだったのかもしれないが、見はりとしては三流だった。

 そういう言い方をされてなお、ボディ・チェックをすればめんが立たない、とでも思ったか、あるいは、男ひとりでは何もできないとんだか、

「……いいぜ。ついて来な」

 片方が言って歩き出した。

 そのあとにメリーナと男が続き、その後ろに、もう片方の見はりがつく。

 工場の勝手口らしき、小さなドアをくぐりけ、両側に、もはや動かぬ機械のならんだ通路を奥へ奥へと進む。手すりにさびく階段を登り、すき間、と言ったほうがいいような細い通路を抜けて──

 やがて一行は、通路の奥にあるとびらをくぐり、大きくひらけた場所に出た。

 屋根を打つ雨音が、ひときわ大きくひびく。

 たぶん、倉庫だったのだろう。あちこちにドラムかんやら運搬台バレツトやらが散らかる中、ひとりの人物を中心に、左右にずらり、と、ごろつきふうの連中がならんでいた。

「その女か? どこかの誰かをおどしてるの、ってぇのは」

 まん中の人物が、ずいっ、と一歩、前に出る。

 としのころなら三十前後、赤毛でせいかんおもざし。

 ──しかしメリーナを引き立てたまま、男は無表情に、

「アルザス=コーンウェル当人に会いたい──そう言ったが?」

「オレがアルザスさ」

「『』に用はない」

 あっさり言い放つ男のことばに、赤毛の顔色が変わった。

「──なるほど。目は確かなようだな」

 声は、赤毛の男のさらに奥──転がるがらくたの向こうから聞こえた。

 やがて、二人の護衛に左右をはさまれ、現われたのは、赤毛とうり二つの男──

 本物のアルザス=コーンウェルだった。

退さがってろ」

 アルザスのひとことで、身代りの男は数歩、後ろに退る。

 かわってアルザスは、メリーナと男にひたり、と視線をつけて、

「よくわかったな。そっくりに整形させたんだが……」

 しかし、男はとりあおうともせずに、無言のままでたたずんでいる。

 いつしゆんアルザスは、げんな顔をするが、

「──まあいい。ところで、その女が本当に、誰かさんを脅してるやつだ、ってしようはあるのかい?」

 万が一をけいかいしてか、あくまでマリガンの名は口に出さぬまま、アルザスは問う。

「疑うなら自分で調べろ」

 つき放したような男の調ちように、ふたたびアルザスはげんな表情を浮かべるが、

「いいだろう!──ところで、ほうしゆうのことではおれと話し合いたい、ってことだったが──何が望みだ? 金か? それとも用心棒としてやとってでももらいたいってぇのか?」

「聞きたいことがある。それだけだ」

「聞きたいこと?」

 言われて思わずまゆをひそめるアルザス。

「なんだ? 言ってみな」

遺失宇宙船ロスト・シツプはどこにある」

「──な──!?

 あっさりと言い放った男のことばに、アルザスは、思わずいつしゆん絶句した。

 なぜ、この男がそのことを知っている。

「何もんだ!? てめえっ!?

「──悪夢ナイトメア──」

 声と同時に光がはしった。

 男が放ったサイ・ブレードのきらめきは、アルザスの、右の肩口をつらぬいた。

「──殺せ!」

 アルザスの声に、無数のじゆうせいが重なった。


「……で? これからどうしよう?」

 助手席でチョコレートをぱくつくミリィに問われ、ケインはことばにまる。

 窓の外には、雨に煙る五十二番街があった。

 警察署でレイルにからかわれたあのあと。

 メリーナのことを、なぜか、どうしてもほうってはおけず、二人はレンタ・カーを借り、五十二番街へとやって来た。

 やって来たのはいいのだが、なにしろ手がかりのようなものが何もない。さぐりを入れてみる、とは言ったものの、一体どこから手をつけていいのか見当もつかない。

 とりあえず、車であたりをひと回りしてはみたのだが、雨のせいで、出歩く者の姿さえない。

「どっかそのへんの店かなんかで、聞き込みでもやってみる?」

「聞き込み……ったって、メリーナの写真も何もないんだぜ」

「あたし持ってる」

「……なんでそんなもん持ってる?」

「ひ・み・つ

 にっこり笑ってことばをにごす。

 まちがっても、レイルの持っていたファイルの中から、スキを見て一枚だけ失敬してきた、などと本当のことは言えない。

「……そういうことなら、それで行ってみるか」

 答えてケインは、傘を片手に車のドアを開ける。

 雨が地面をたたく音。それに混じって、はじけるようなかわいた音が、遠くに聞こえた。

「──銃声!?

 ミリィが思わず声を上げたその時には、ケインは、傘を車内にほうり出し、雨の中へとけ出していた。

「ちょっと!」

 しかたなくあとに続くミリィ。こちらはきっちり傘をさしている。

 銃声は、断続的に聞こえている。

 二人の向かうその先には、雨の中、静かにたたずむ廃工場のかげがあった。


 アルザスは我が目を疑った。

 男の放ったエネルギーだんが、自分の右肩をいた時、彼は勝ちを確信した。

 まわりには、男から見えるところ、見えないところに、自分の部下を、二十人ほど配してある。もしも男が、誰かの放ったかくだったとしても、一撃で彼をたおせなかった以上、次のしゆんかんには、部下たちのじゆうだんが、男をにくに変えるはずだった。

 しかし──

 倒れたのは男ではなく、彼の部下数人のほうだった。

 裏切り者がいたわけではない。

 男がやったのだ。ひとりで。

 銃声が、倉庫の中に鳴りひびいた瞬間、男の姿がかすれて消えた──ように見えた。

 気がつくと、男は別の場所におり、かわりに、アルザスのまわりにいた、部下数人が倒れ込む。

 どうやって身をかわしたのか、アルザスにも、そして部下たちにも見切れなかった。

 どうようし、動きが止まったその瞬間、海賊たちが、さらに数人、地にした。

「ひるむな! て!」

 無責任に言い捨てて、アルザス自身は身をひるがえし、数人の部下を引き連れて、奥へと続くドアへと向かう。

「何なんだ!? やつは一体!?

 暗く細い通路を行きながら、アルザスは、前後をかためる部下たちにわめく。

「人間じゃねえぞ! あの動き!──わけのわからん武器使いやがって! だいたい、見はりの連中は何やってやがった!? ボディ・チェックも満足にできねえのか!?

 やがて、開けた場所に出た。

 せり出した屋根の下、アルザスたちの乗ってきた、六台の車が停まっている。

 うち一台にかけ寄って、部下たちは前に、アルザスは後ろの座席に乗り込む。

「何やってる!? 早く出せ!」

 短気にせっつくアルザス。

 タイヤの音をきしませて、車は、屋根の下から、雨の中へと飛び出した。

 工場のまわりをぐるりとかいし──

「──なんだ!?

 最初にそれに気づいたのはアルザスだった。

 すなわち、雨の向こうにたたずひとかげに。

「──まさか──!?

 運転をしていた部下が、それの正体に気づいたその瞬間──

 びずっ!