人のざわめき。タバコの煙とアルコールのにおい。
いろいろな
カウンターに、探していた顔を見つけ出し、ミリィはその
「はぁい」
声をかけられ、メリーナは、彼女のほうをふりかえる。
「──どこかで会った?」
「まあ──そんなところね」
メリーナの問いに、ことばを
やはりミリィが思った通り。
彼女は、ミリィのことを覚えていなかった。
かつて、酒場で顔を合わせたことはあったが、いきなり暴れ出したケインとは他人のフリをしていたせいか、メリーナは、ミリィのことを気にとめなかったのだろう。
ミリィは軽いカクテルを二
「……どういうつもり……?」
問うメリーナに、ミリィは声を低くして、
「……ラグルドの話を聞きたくてね……」
つぶやいて、意味ありげな視線を送る。
メリーナのことばが、どうにも気になったケインとミリィは、結局、彼女に
なぜか
むろん、余計なタダ働きである。しかしケインとミリィのカンは、ことを確かめろ、と
「──どういうこと?」
「ジャーナリストよ。スクープ
「……そんなふうには見えないけど?」
警戒の色を消さないメリーナに、ミリィは小さく笑みを送り、
「そんなふうに見えるようじゃあ、スクープ狙いなんてできないもんなのよ。
──それより。最近、あるところから
ぴくりっ、と、メリーナの表情が動く。
探るようなまなざしで、ミリィをじっと見つめ、
「──何か、って、たとえば?」
「たとえば──そうね──」
ミリィは、ひた、とメリーナの
「人殺しのまねごと、とか」
まともにメリーナの顔色が変わった。
「ど──どこまで知ってんの!?」
「しぃっ。声が大きいわよ」
つめ寄るメリーナをたしなめて、困ったように、ぺろりっ、と、小さく舌を出し、
「──とは言ってもね。正直、それほど知ってるわけじゃないのよ。まだ、
「──噂でいいなら──」
メリーナは、手にしたグラスに視線を落とし、
「ラグルドの保安部長のマリガンが、
「────!?」
思わず
……ひ……ひょっとしてあたし……
一瞬
極力平静を
「──まあ、噂の出どころにもよるわね」
「……
場所は五十二番街の近く。友だちの家に遊びに行ってて、仲良くリムジンに乗り込む二人を見かけた──こんなところね」
「……悪くないわね……あと、
「それを集めるのも、あなたのしごとでしょ?」
「──たしかに」
答えてミリィは席を立つ。
カクテルを
「ありがとう。楽しかったわ。
──あ、それと、この話、あまり、ひとには言わない方がいいわよ」
笑みを残して席を立ち、店をあとにする。
ゆったりとした足取りで、すこし
「どうだった?」
待っていたのは、ケインの乗ったレンタ・カー。
ミリィは無言で助手席の扉を開き、するりっ、と車内にすべり込む。
ばたむ、と車のドアを閉め──
「──うどひぃぃぃぃっ! てぇへんなこと聞いちまっただぁぁぁぁっ!」
「うわわわわっ! いきなり
「そんなことよりっ! 聞いておどろいてよ! ケイン!
──なんと、彼女の話によれば、ラグルドと
「なにぃぃぃぃぃぃっ!?」
「ちょっ……! そんなに大声上げて
「驚け、って言ったのはお前じゃないか!?」
「それはことばのアヤってもんよ!」
「ことばの……って、こんな話やってる場合じゃなくて! ほんとうなのかミリィ、その話は!?」
「少なくとも──メリーナさんがそう思い込んでる、ってことだけは事実ね。
なんでも彼女、ラグルドの部長──マリガンとかってあのひとが、
もちろん、単なる他人の
「それで、場所は?」
「やっぱり、例の、五十二番街の近くだって言ってた。部長と
「……なるほど……」
ようやく
むろん、事実関係を確認する必要はあるが、おそらくメリーナは、
「……しかし、事実を確かめる、と言ったところで、一体どこから手をつけるか、だな。
まさか、マリガン部長や
それに問題なのは動機だ。
ふたりがつるんでるとして、まあ、
ただ──それでマリガンに何の得がある?」
「そんなのいくらでも考えられるわよ。たとえば、何か弱みを
やはりどこからともなく取り出したチョコレートを
「……てことは、まずはマリガンの身辺調査だな」
つぶやいてケインは、腕時計に仕込まれた通信機のスイッチをオンにする。
これで、衛星港に
──ひとの精神力をエネルギー源とするサイ・ブレード。腕時計に仕込まれた通信機。
こういった
それはさておき。
連絡の発信をはじめてしばし。
『──はい、こちら『ソードブレイカー』のキャナル』
キャナルの声が、時計の小さなスピーカーから流れ出す。
「キャナルか。こちらケインだ。ちょっと
ラグルド社の保安部長──
あいつの個人データーを調べてくれ」
『
……それと……』
「──どうした? 何かあったのか?」
ケインの問いに、キャナルはしばし
『……確かめたわけじゃないんですけど……どうも……気になることがあるんです』
「気になること?」
『ええ……護衛の仕事が終わって、ここに帰って来てから、ずっと
──たぶん、この近くに来てますよ』
「来てるって、何が?」
『わたしや──
「まさか──!? 『ナイトメア』が動いたのか!?」
ケインの声に、助手席に座るミリィは、ぴくんっ、と小さく体をふるわせる。
『……はっきりしたことはわかりません。けど、たぶん──』
「──わかった。もし、何かあったら
『了解』
キャナルが
「──また、『ナイトメア』か──」
ケインは、車のシートに体を
メリーナが
──ひとには言わないほうがいいわよ──
ジャーナリストと名乗った女性の残したそのことばが、メリーナの心に
今の今までは、恋人のかたきが取りたい一心で、考えもせずに動き回っていたのだが、ようやくことここに来て、自分がどれだけ危ういまねをやっているのかに気づいたのだ。
実は今日の昼、彼女は、
音声のみの通信で、『
ゆさぶりをかけたつもりだった。
むろん、自分の名など名乗らず、通話にも公衆電話を使った。
しかし万一、自分の
なにしろ相手は、海賊と組んで、社員を平気で殺すような連中である。ならば、彼女を『始末』するのにためらうだろうか?
不安は彼女の心の中で、どんどんその大きさを増してゆく。
声で、女だということはわかっただろう。ひょっとしたら録音をされているかもしれない。
それにメリーナは、あちこちの知った顔に、『ラグルド社は人殺しだ』などと、堂々と言いふらしている。
彼女を探し出すのは、そうむずかしくもないのではなかろうか?
──いや、それにそもそも、さっき酒場で彼女に話しかけてきた、ジャーナリストと名乗った女、あれはほんとうに味方だったのか?
ひょっとしてラグルドが、メリーナの名前をかぎ出して、かまをかけて来たのではないのか? 味方づらをされて、ついついいろいろとしゃべってしまったが、よく考えてみれば、彼女はメリーナに、自分の名すら名乗らなかったではないか。
気がつくと、彼女は
その足が、駐車場の入り口で、ぴたり、と止まる。
彼女は見たのだ。
駐車場の奥に停まった車の一台に、ひと組の男女が乗っているのを。
ひとりは、たった今、ジャーナリストと名乗って自分に近づいてきた女。
そしてもうひとりは、ラグルド社のマリガンと──海賊たちとつながりのある男と、宇宙港で親しげに話をしていた男だった。
二人は車の中で、何やらひそひそと話している。
──グルだったんだ! やっぱり!
メリーナの全身を
むこうはこちらに気づいていない。メリーナはあわてて、足音を殺し、その場を
──これであたしのことはバレちゃった!──今度はあたしが殺される!
車のそばへは近づけない。駐車場にはあの二人がいる。
──どうしよう──
タクシーを拾う程度のことすら思いつかぬほど混乱したまま、彼女の足は、いつしか、自分のアパートへと向かっていた。
道をゆく人々が、みんな敵に見えた。
あそこで立ち止まっている男は、自分が来るのを待っているんじゃないのか? さっきから後ろを歩いている女は、自分を
すべては彼女の思いすごしである。むろん、尾けている者も待ち
──どこだろ……ここ……
あたりをきょときょと見回す彼女。
「──よぉ。ねーちゃん。こんな所をひとりでお散歩かい?」
後ろからかかった声に、彼女は思わず、手にしたバッグを取り落とす。
おそるおそるふり向けば、そこには、ごろつきふうの男が四人。
むろん、こういった
「いけねーなぁ。こんなところを、こんな時間にひとりで、なんて」
「このあたりはぶっそうだぜぃ」
「なんならオレたちが守ってやろうか?」
口々に言いながら、ゆっくりと、メリーナの方へ歩いてゆく。
「──ス……
メリーナがかろうじて上げた、悲鳴に近い声に、男たちは
「そうとも。よくわかったな。オレたちゃコワい
「──ほう」
低い声は、メリーナの後ろからした。
「
声はゆっくりと近づいてくる。
ふり向くメリーナの目に、ひとりの男の姿が映った。
逆立つ
かなりのハンサムではあるが、
そして、全身を
ゆったりとしたスゥエット・スーツのような、動きやすい
男はそのまま歩みを進め、やがて、メリーナと、ごろつきたちとの間で立ち止まる。
「
「何だ!? てめ──」
ごろつきのひとりの手が、ジャケットの
じゃっ!
夜の空気を白光が
ゆっくりと、ごろつきの体が後ろに
その額には、どす黒く、小さな
対する男の手の中には、一本の、金属の
──サイ・ブレードの
しかし男は、バンダナも、
「聞きたいことがある」
かまわずに男は言う。
「
「……し……知らねえ……」
「そうか」
んっ!
男は残る二人に目をやって、
「アルザスの居場所を知らんのなら、
「ちょ……! ちょっと待ってくれよ! あんた! そんなこと言われたって、オレたちゃ
「わかった」
サイ・ブレードの光が
男は残ったごろつきひとりに視線を向けて、
「
「ま! 待ってくれ!……わかった! 知ってることは全部話す! だから……だから命だけは助けてくれ!」
あれは
「なら話してみろ」
男の視線に
アルザスが、五十二番街のあたりにいるらしい、という程度の話は知っているが、それだけである。
もしそれを言い、知っているのはそれだけだ、などと言えば、目の前の男はためらわず、自分の頭を
彼は、なおも無言のまま、必死で頭をめぐらせて──
──どうやら、
ごろつきのその様子に、男はそう判断した。
そして、死体は四つになった。
男はゆっくりと、メリーナの方を向きなおる。
彼女はやはり動けぬままで、その場に立ちすくんでいた。
メリーナは知った。
今、自分の目の前にいるのが、自分たちとは全く異質な存在だと。
男の
──いや、人ならば、たとえ虫ケラを殺す時にでも、そこに何かの表情が動く。
しかし男は、まるで、つまらない書類にサインをするかのような表情で、ごろつきたちをあっさりと殺した。
ごろつきたちが、本当に
メリーナから、聞くべきことを聞き出せば、男はメリーナを殺すだろう。
表情ひとつ、動かすことなく。
それに万が一、ここで男の手を
メリーナは、とある決心をかためた。
「──
彼女の方から男に声をかける。
さすがに、声のふるえは消せなかった。
「……も……もしもあんたが、
そう──
メリーナが選んだのは、男を仲間に引き入れることだった。
うまく男と
「そのかわり──あたしにも組ませて! 連中が
「いいだろう」
メリーナが
彼にとっては、便利なものは利用する、ただそれだけのことである。シロウトと組むと足手まとい、などとは彼は思わない。
足手まといになったなら、処分すればすむことなのだから……