メリーナ


 人のざわめき。タバコの煙とアルコールのにおい。

 いろいろなにも行ったが、この、さかというやつの持つふんだけは、どこに行ってもかわらない。

 カウンターに、探していた顔を見つけ出し、ミリィはそのとなりに腰かけた。

「はぁい」

 声をかけられ、メリーナは、彼女のほうをふりかえる。

「──どこかで会った?」

「まあ──そんなところね」

 メリーナの問いに、ことばをにごす。

 やはりミリィが思った通り。

 彼女は、ミリィのことを覚えていなかった。

 かつて、酒場で顔を合わせたことはあったが、いきなり暴れ出したケインとは他人のフリをしていたせいか、メリーナは、ミリィのことを気にとめなかったのだろう。

 ミリィは軽いカクテルを二はい、注文し、うち一杯をメリーナに渡す。

「……どういうつもり……?」

 問うメリーナに、ミリィは声を低くして、

「……ラグルドの話を聞きたくてね……」

 つぶやいて、意味ありげな視線を送る。

 メリーナのことばが、どうにも気になったケインとミリィは、結局、彼女にせつしよくすることにしたのだ。

 なぜかぎらいされているケインは別の場所で待機して、ミリィがその役目をになう。

 むろん、余計なタダ働きである。しかしケインとミリィのカンは、ことを確かめろ、とげていた。

「──どういうこと?」

 けいかいの色をにじませ、つぶやくメリーナ。

「ジャーナリストよ。スクープねらいの、ね。めいは持ってないけど」

「……そんなふうには見えないけど?」

 警戒の色を消さないメリーナに、ミリィは小さく笑みを送り、

「そんなふうに見えるようじゃあ、スクープ狙いなんてできないもんなのよ。

 ──それより。最近、あるところからおもしろい話聞いたんだけど、ラグルド社が何かやってるみたいね」

 ぴくりっ、と、メリーナの表情が動く。

 探るようなまなざしで、ミリィをじっと見つめ、

「──何か、って、たとえば?」

「たとえば──そうね──」

 ミリィは、ひた、とメリーナのひとみを見つめかえし、小さな声で、

人殺しのまねごと、とか」

 まともにメリーナの顔色が変わった。

「ど──どこまで知ってんの!?

「しぃっ。声が大きいわよ」

 つめ寄るメリーナをたしなめて、困ったように、ぺろりっ、と、小さく舌を出し、

「──とは言ってもね。正直、それほど知ってるわけじゃないのよ。まだ、ばくぜんとしたうわさの段階だしね」

「──噂でいいなら──」

 メリーナは、手にしたグラスに視線を落とし、

「ラグルドの保安部長のマリガンが、海賊パイレーツたちのボスとつるんでる、なんて噂はどう?」

「────!?

 思わずいつしゆんこうちよくするミリィ。

 ……ひ……ひょっとしてあたし……っ込んじゃあイケナイところに首を突っ込んじゃったんぢゃあ……?

 一瞬こうかいするが、聞いてしまったものはしかたない。

 極力平静をよそおって、

「──まあ、噂の出どころにもよるわね」

「……、ラグルドの航法士ナビゲーターをやってた男の恋人が、二人がいっしょにいたのを見た、っていうのは?

 場所は五十二番街の近く。友だちの家に遊びに行ってて、仲良くリムジンに乗り込む二人を見かけた──こんなところね」

「……悪くないわね……あと、しようみたいなものがあれば……」

「それを集めるのも、あなたのしごとでしょ?」

「──たしかに」

 答えてミリィは席を立つ。

 カクテルをんでいられるほどのゆうはなかった。

「ありがとう。楽しかったわ。

 ──あ、それと、この話、あまり、ひとには言わない方がいいわよ」

 笑みを残して席を立ち、店をあとにする。

 ゆったりとした足取りで、すこしはなれたちゆうしやじようへと向かう。

「どうだった?」

 待っていたのは、ケインの乗ったレンタ・カー。

 ミリィは無言で助手席の扉を開き、するりっ、と車内にすべり込む。

 ばたむ、と車のドアを閉め──

「──うどひぃぃぃぃっ! てぇへんなこと聞いちまっただぁぁぁぁっ!」

「うわわわわっ! いきなりさけぶなぁっ!」

「そんなことよりっ! 聞いておどろいてよ! ケイン!

 ──なんと、彼女の話によれば、ラグルドと海賊パイレーツがつるんでる、ってことなのよ!」

「なにぃぃぃぃぃぃっ!?

「ちょっ……! そんなに大声上げておどろかなくても……」

「驚け、って言ったのはお前じゃないか!?

「それはことばのアヤってもんよ!」

「ことばの……って、こんな話やってる場合じゃなくて! ほんとうなのかミリィ、その話は!?

「少なくとも──メリーナさんがそう思い込んでる、ってことだけは事実ね。

 なんでも彼女、ラグルドの部長──マリガンとかってあのひとが、海賊パイレーツたちのボスといっしょにいたのを見た、って言ってるわ。

 もちろん、単なる他人のそらとか、何かのかい、なんて可能性もあるけど、ウラを取ってみる必要とかはありそうね」

「それで、場所は?」

「やっぱり、例の、五十二番街の近くだって言ってた。部長と海賊パイレーツのおやぶんが、仲良く車に乗るのを見たんだって」

「……なるほど……」

 ようやくなつとくするケイン。

 むろん、事実関係を確認する必要はあるが、おそらくメリーナは、海賊パイレーツのボス、アルザスと、ラグルドのマリガンが、何らかの形で手を組んでいることを知り、それで、宇宙港で、マリガンと、さも親しげに話していたケインにけいかいしんいだいたのだろう。

「……しかし、事実を確かめる、と言ったところで、一体どこから手をつけるか、だな。

 まさか、マリガン部長や海賊パイレーツのボスに直接聞くわけにもいかねーだろうし……

 それに問題なのは動機だ。

 ふたりがつるんでるとして、まあ、海賊パイレーツたちのほうにはうまみはあるわな。警備や航路なんかの情報を受けとって、ガードの裏をかくことだってできるだろうからな。

 ただ──それでマリガンに何の得がある?」

「そんなのいくらでも考えられるわよ。たとえば、何か弱みをにぎられている。あるいは金をもらってつるんでいる」

 やはりどこからともなく取り出したチョコレートをほおばりながら言うミリィ。

「……てことは、まずはマリガンの身辺調査だな」

 つぶやいてケインは、腕時計に仕込まれた通信機のスイッチをオンにする。

 これで、衛星港にまった『ソードブレイカー』のキャナルと、れんらくを取ることが可能である。

 ──ひとの精神力をエネルギー源とするサイ・ブレード。腕時計に仕込まれた通信機。

 こういったあやしい小道具が、ケインはむしょうに好きだった。

 それはさておき。

 連絡の発信をはじめてしばし。

『──はい、こちら『ソードブレイカー』のキャナル』

 キャナルの声が、時計の小さなスピーカーから流れ出す。

「キャナルか。こちらケインだ。ちょっとたのみたいことがある。

 ラグルド社の保安部長──らいこうしようの時、通信に出た、マリガンってのがいたろう?

 あいつの個人データーを調べてくれ」

りようかい。調べがつき次第、こちらから連絡を入れます。

 ……それと……』

「──どうした? 何かあったのか?」

 ケインの問いに、キャナルはしばしちんもくし、

『……確かめたわけじゃないんですけど……どうも……気になることがあるんです』

「気になること?」

『ええ……護衛の仕事が終わって、ここに帰って来てから、ずっとかんを感じてたんですけど……

 ──たぶん、この近くに来てますよ』

「来てるって、何が?」

『わたしや──に戦った『ガルヴェイラ』と同じ──』

「まさか──!? 『ナイトメア』が動いたのか!?

 ケインの声に、助手席に座るミリィは、ぴくんっ、と小さく体をふるわせる。

『……はっきりしたことはわかりません。けど、たぶん──』

「──わかった。もし、何かあったられんらくしてくれ」

『了解』

 キャナルがこたえ、そして二人の通信は終わった。

「──また、『ナイトメア』か──」

 ケインは、車のシートに体をしずめ、ぽつり、と小さくつぶやいた。


 メリーナがさかを出たのは、ミリィが店を出た、すぐそのあとのことだった。

 ──ひとには言わないほうがいいわよ──

 ジャーナリストと名乗った女性の残したそのことばが、メリーナの心にかげを落としていた。

 今の今までは、恋人のかたきが取りたい一心で、考えもせずに動き回っていたのだが、ようやくことここに来て、自分がどれだけ危ういまねをやっているのかに気づいたのだ。

 実は今日の昼、彼女は、けいそつにも、マリガン=ハウエルのもとに電話をかけていた。

 音声のみの通信で、『海賊パイレーツのボスとは仲がいいようね。見たわよ。五十二番街で』とだけ告げて通話を切った。

 ゆさぶりをかけたつもりだった。

 むろん、自分の名など名乗らず、通話にも公衆電話を使った。

 しかし万一、自分のじようが相手にわかったら──

 なにしろ相手は、海賊と組んで、社員を平気で殺すような連中である。ならば、彼女を『始末』するのにためらうだろうか?

 不安は彼女の心の中で、どんどんその大きさを増してゆく。

 声で、女だということはわかっただろう。ひょっとしたら録音をされているかもしれない。

 それにメリーナは、あちこちの知った顔に、『ラグルド社は人殺しだ』などと、堂々と言いふらしている。

 彼女を探し出すのは、そうむずかしくもないのではなかろうか?

 ──いや、それにそもそも、さっき酒場で彼女に話しかけてきた、ジャーナリストと名乗った女、あれはほんとうに味方だったのか?

 ひょっとしてラグルドが、メリーナの名前をかぎ出して、かまをかけて来たのではないのか? 味方づらをされて、ついついいろいろとしゃべってしまったが、よく考えてみれば、彼女はメリーナに、自分の名すら名乗らなかったではないか。

 わくは彼女の中でどんどんふくらみ、それがきように取って変わるまで、さしたる時間は必要としなかった。

 気がつくと、彼女はなかばかけ足で、ちゆうしやじようめた自分の車へと向かっていた。

 その足が、駐車場の入り口で、ぴたり、と止まる。

 彼女は見たのだ。

 駐車場の奥に停まった車の一台に、ひと組の男女が乗っているのを。

 ひとりは、たった今、ジャーナリストと名乗って自分に近づいてきた女。

 そしてもうひとりは、ラグルド社のマリガンと──海賊たちとつながりのある男と、宇宙港で親しげに話をしていた男だった。

 二人は車の中で、何やらひそひそと話している。

 ──グルだったんだ! やっぱり!

 メリーナの全身をきようけた。

 むこうはこちらに気づいていない。メリーナはあわてて、足音を殺し、その場をはなれた。

 ──これであたしのことはバレちゃった!──今度はあたしが殺される!

 車のそばへは近づけない。駐車場にはあの二人がいる。

 ──どうしよう──

 タクシーを拾う程度のことすら思いつかぬほど混乱したまま、彼女の足は、いつしか、自分のアパートへと向かっていた。

 道をゆく人々が、みんな敵に見えた。

 あそこで立ち止まっている男は、自分が来るのを待っているんじゃないのか? さっきから後ろを歩いている女は、自分をけているんじゃないのか?

 しんあんにかられ、彼女は何度も、わざと立ち止まってみたり、いきなりに入ってみたり、同じ所をわざと何度か通ってみたり。

 すべては彼女の思いすごしである。むろん、尾けている者も待ちせている者もいないのだが、それでも彼女は安心できず、恐怖にられ、あちこち道を行くうちに、いつしかメリーナは、人通りのない裏路地へとやって来ていた。

 ──どこだろ……ここ……

 あたりをきょときょと見回す彼女。

「──よぉ。ねーちゃん。こんな所をひとりでお散歩かい?」

 後ろからかかった声に、彼女は思わず、手にしたバッグを取り落とす。

 おそるおそるふり向けば、そこには、ごろつきふうの男が四人。

 むろん、こういったかいわいではよく目にする、単なるごろつきではあるのだが、不安と混乱にまとわりつかれたメリーナの目には、男たちは、ラグルドや海賊パイレーツたちの送りつけたかくに見えた。

「いけねーなぁ。こんなところを、こんな時間にひとりで、なんて」

「このあたりはぶっそうだぜぃ」

「なんならオレたちが守ってやろうか?」

 口々に言いながら、ゆっくりと、メリーナの方へ歩いてゆく。

 げようとは思うのだが、足がすくんで動かない。

「──ス……宇宙海賊スペース・パイレーツね! あんたたち!?

 メリーナがかろうじて上げた、悲鳴に近い声に、男たちはいつしゆん、いぶかしげに顔を見合わせるが、そのうちひとりが、おどけた調子で、

「そうとも。よくわかったな。オレたちゃコワい宇宙海賊スペース・パイレーツなのさ」

「──ほう」

 低い声は、メリーナの後ろからした。

海賊パイレーツか……ならちょうどいい……」

 声はゆっくりと近づいてくる。

 ふり向くメリーナの目に、ひとりの男の姿が映った。

 逆立つかみ黄金こがねほのお。ややせぎみの、たかを想わせるするどおもざし。

 かなりのハンサムではあるが、むらさきがかったひとみには、たいの知れない光が奥に眠っていた。

 そして、全身をおおうまっ黒い服。

 ゆったりとしたスゥエット・スーツのような、動きやすいふくそうである。

 男はそのまま歩みを進め、やがて、メリーナと、ごろつきたちとの間で立ち止まる。

海賊パイレーツ──だそうだな」

「何だ!? てめ──」

 ごろつきのひとりの手が、ジャケットのうちぶところびるより早く──

 じゃっ!

 夜の空気を白光がいた。

 ゆっくりと、ごろつきの体が後ろにたおれ込む。

 その額には、どす黒く、小さなあなが開いていた。

 対する男の手の中には、一本の、金属のつつにぎられていた。

 ──サイ・ブレードのはつしんである。

 しかし男は、バンダナも、増幅器ブースターも身につけてはいない。理論上、人間の精神力では、このじようたいでサイ・ブレードを具現させることなどできないはずなのだが、サイ・ブレードの存在さえ知らなかったメリーナやごろつきたちに、そんなことまでわかろうはずもない。

 いつしゆん、何が起こったか、理解できずにこうちよくするごろつきたち。

「聞きたいことがある」

 かまわずに男は言う。

海賊パイレーツならば知っているはずだ。アルザス=コーンウェルはどこにいる?」

「……し……知らねえ……」

「そうか」

 んっ!

 ふるえる声で答えたごろつきの額に、ぽつりと黒い穴が開く。

 男は残る二人に目をやって、

「アルザスの居場所を知らんのなら、宇宙船ふねを置いているアジトの場所でもいい」

「ちょ……! ちょっと待ってくれよ! あんた! そんなこと言われたって、オレたちゃ海賊パイレーツなんかじゃねえんだよっ!」

「わかった」

 サイ・ブレードの光がひらめく。

 男は残ったごろつきひとりに視線を向けて、

海賊パイレーツだ──と言ったのは、確かお前だったはずだが」

「ま! 待ってくれ!……わかった! 知ってることは全部話す! だから……だから命だけは助けてくれ!」

 あれはうそだ、などと言おうものなら、どんな運命が待っているのか、残ったひとりはさとった。ここは適当なことを言って、時間をかせぎ、なんとかこの場を切りけるしかない。

「なら話してみろ」

 男の視線にさらされて、残ったひとりは、必死で頭をめぐらせる。

 宇宙海賊スペース・パイレーツ、アルザス=コーンウェルと言えば、彼もその名は耳にしている。しかしそれはあくまでも、うわさのレベルを出ていない。

 アルザスが、五十二番街のあたりにいるらしい、という程度の話は知っているが、それだけである。

 もしそれを言い、知っているのはそれだけだ、などと言えば、目の前の男はためらわず、自分の頭をち抜くだろう。ほかの三人と同じように。

 彼は、なおも無言のまま、必死で頭をめぐらせて──

 ──どうやら、ひとちがいのようだな──

 ごろつきのその様子に、男はそう判断した。

 そして、死体は四つになった。

 男はゆっくりと、メリーナの方を向きなおる。

 彼女はやはり動けぬままで、その場に立ちすくんでいた。

 メリーナは知った。

 今、自分の目の前にいるのが、自分たちとは全く異質な存在だと。

 男のひとみに宿る光は異質なものだが、決してきようのそれではない。かといって、プロにしては、不必要な人間までをも虫ケラのように殺している。

 ──いや、人ならば、たとえ虫ケラを殺す時にでも、そこに何かの表情が動く。

 しかし男は、まるで、つまらない書類にサインをするかのような表情で、ごろつきたちをあっさりと殺した。

 ごろつきたちが、本当に海賊パイレーツだったのか、今となってはメリーナにはわからなかったが、しかしはっきりとわかることがひとつ。

 メリーナから、聞くべきことを聞き出せば、男はメリーナを殺すだろう。

 表情ひとつ、動かすことなく。

 げ出したとて、結果は同じ。

 それに万が一、ここで男の手をのがれることができたとしても、こんどは、ラグルドと海賊のかげにおびえる日々がはじまる。

 メリーナは、とある決心をかためた。

「──海賊パイレーツを探してるの……?」

 彼女の方から男に声をかける。

 さすがに、声のふるえは消せなかった。

「……も……もしもあんたが、海賊パイレーツうらみがある、っていうのなら、手を貸してあげてもいいわ! あたしも海賊パイレーツには恨みがあるのよ!……そりゃあ、それほどくわしいことを知ってるわけでもないけど、連中が、だいたいどのあたりに住んでるか、とか、海賊パイレーツたちのバックで動いてる連中の話とかはしてあげられる!」

 そう──

 メリーナが選んだのは、男を仲間に引き入れることだった。

 うまく男と海賊パイレーツたちとをかみ合わせることができたなら──

「そのかわり──あたしにも組ませて! 連中がめつするところを、あたしはこの目で見たいのよ!」

「いいだろう」

 メリーナがひようけするほどあっさり言うと、男は、サイ・ブレードのはつしんを、どこへともなくしまい込んだ。

 彼にとっては、便利なものは利用する、ただそれだけのことである。シロウトと組むと足手まとい、などとは彼は思わない。

 足手まといになったなら、処分すればすむことなのだから……