男とケインをかち合わせ、険悪なムードがただよった時点で、おびえたような顔をして、ケインを引っ張って店から出るつもりだったのだが……

 まさか、ケインがいきなり相手をたおし、おーいばりするとは思ってもみなかったのだ。

「てめえっ!」

「よくもっ!」

 奥の席から、ジェスの仲間がやって来る。

「かかって来やがれっ!」

「そうさせてもらう!」

 こたえる声は、ケインの足下から聞こえた。

 がばぁっ! とジェスは一気に身を起こした。

 バランスを崩し、数歩たたらをむケイン。

「タフだねぇ! そう来なくちゃな!」

 不敵な笑みを浮かべる彼に、一気に男たちがかかってゆく!

 そして、らんとうがはじまった。


 かたむきかけた、午後のものうい陽ざしを浴びて、海はたゆたい、きらめいていた。

 波間をただようヨットのさきにたわむれる海鳥の群れ。

 すいてきを浮かべたグラスに満ちた、ビールのあわが、はじけて消える。

 黄金こがねいろにすきとおったビールに海のしきかせ、ミリィはそれをひと口、のどの奥へと流し込む。

 ひろがるほろ苦いうまみ。

「──やっぱり海はいいわねー」

 だれにともなくつぶやく彼女。

 カウンターの奥では、店のおやじさんが、だまってグラスをみがいている。

 ──ほおに一すじの汗がないぶん、おやじさんの方がうわてだったかもしれない。

 完全に現実とうをしている二人をよそに、ケインたちのらんとうは果てしなく続いていた。

「てめえっ! このやろ! このやろっ!」

「きぃぃさぁぁまぁぁぁぁぁ! これでもかこれでもかっ!」

「こーしてこーしてこーしてやるっ!」

 組んずほぐれつするうちに、戦いは、乱戦の様相をていしていた。

 そこには、もはや敵も味方もなく、わざもかけひきも存在しない。

 子供のケンカ、という言い方もできる。

 しかし、そんな楽しいひととき(?)も、そう長くは続かなかった。

「きさまら! 何をさわいでいる!」

 いきなりわき起こった声に、一同の動きがぴたりっ、と止まった。

 しばしのちんもく──いや。おやじさんの、グラスをこする小さな音だけが、しばしあたりを支配した。

 戸口には、三人の男が立っていた。

 先頭のひとりは私服だが、あとの二人は制服姿。見まごうことなき警察官。

 店の外から、中の乱闘さわぎに気がついた、通行人が通報したのだが……

「──ケイン!?

 私服が思わず上げた声に、ケインたちに向かってけ寄ろうとしていた、制服二人の動きが止まる。

「……お……お知りあいですか? レイル警部?」

「……ま……まあな……」

 問いかけに、レイルはあいまいにうなずいた。

 レイル=フレイマー。さらりとばした黒いかみに、あまいマスク。モデルと言っても通用しそうなルックスだが、こう見えても彼は、星間警察ユニバーサル・ガーデイアンの若き警部である。

 ケインとレイルは以前にも、いくつかの事件で、かかわりあいになったことがあった。

 世に言う、『典型的なくさえん』というやつである。

「……レ……レイル……なんでお前がこんなところに……?」

「それはこっちのセリフだ」

 つぶやくケインにぶつちようづらこたえるレイル。

「しかしケイン……お前、どこででも乱闘さわぎ起こしてるが……しゆか何かか? ひょっとして?」

「や……やかましいっ! そっちこそ、なんだって星間警察U・Gが、毎度毎度ケンカのちゆうさいに来るんだよっ!?

 星間警察ユニバーサル・ガーデイアン、と聞いて、ざわつくジェスと仲間たち。

 しかしレイルは、そちらには目もくれず、

「たまたま近くにいたんだ。仕方ないだろう。まさか無視するわけにもいかんからな。

 ──いや。そんなことより。

 この騒ぎは一体何なんだ?」

 またまた後ろでざわつくジェスたち。

 ケインが星間警察ユニバーサル・ガーデイアンとコネを持っているのなら、ジェスたちを一方的に悪役に仕立てあげることも、さしてむずかしくはないだろう。

 しかしケインは、ひょこっ、と肩をすくませて、

「なぁに。知りあいとじゃれてただけだよ。──そりゃまあ……ちょいと度がすぎたかもしれねえけどな……

 けどまあ、ケガ人が出たってわけじゃなし、こわしちまったモンは、もちろんちゃんとべんしようしとくからよ」

 言われてレイルはしばしちんもくし、やがて視線を、カウンターの奥のおやじさんに移した。

 彼は、やはりかわらずグラスをみがいている。

「──わかった」

 沈黙を、無言のこうていと受けとって、レイルはひとつ息をつく。

 彼とてもこんなこと、わざわざ事件にしたくはない。たいしたがらになるわけでもなし、書類上での手続きだの何だので、かえってめんどうなだけである。

「なら、あとはまかせたぞ、ケイン。問題の残らんようにな」

「レイル!」

 言い放ち、きびすを返したレイルの背に、ケインの声がかかった。

「何だ?」

「……その……クレイブのことは……すまなかった」

 言われて沈黙するレイル。

『クレイブ』の名が何を意味するのか、いつしゆん、思いかばなかったのだ。

 そしてようやくレイルは、ただの『道具』として利用した、見も知らぬ男のことを思い出した。

「──忘れてくれ。お前が悪いわけじゃない」

 言って戸口へと向かう。

 二人の制服警官も、ややてんのいかない表情を浮かべながらもその後に続く。

 そして、店内に、ふたたび静けさがおとずれた。

「……そのぅ……助かったぜ……」

 ややあって、ばつの悪そうな声をケインにかけたのはジェスだった。

 ケインは気にしたふうもなく、ぱたぱた手をり、近くのテーブルに腰かけて、

「俺もめんどうはごめんだからな。追っぱらっただけさ」

 ミリィもようやく他人のフリをやめ、ケインのとなりに席を移った。

「……改めて自己しようかいするよ。オレはジェスキンス。ジェスでいい」

「ケインだ。こっちはミリィ。一応助手をやってもらってる」

「助手?」

 おうむ返しに聞きながら、ジェスはケインの隣のテーブルにかける。

「ああ。しがないやっかいごと下請け人トラブル・コントラクターさ」

 ケインが言ったそのとたん、ジェスと仲間たちの表情から、けいかいの色が解け消えた。

「……なんでぇ、ご同業じゃねーか」

『……は?』

 ぽつり、とつぶやいたジェスのことばに、ケインとミリィが声を上げた。

「どうせあんたも、ラグルド社にやとわれたくちだろ? オレたちもさ」


「……だー。まだ頭痛ぇ……」

 つぶやいて、ケインはコップの水をあおった。

 昨日、あのあと。

 同業とわかるやいなや、仲間意識が芽ばえたか、いきなりケインとジェスたちとはうちとけた。

 けっこう現金なものである。

 なんでもジェスは、今日出発する貨物船の護衛につく、ということで、きのうの夜は、これでしばらく地上シヤバとお別れと、むは食うわのおおさわぎ。

 調子に乗って飲みすぎたか、おかげで今日はまともに宿酔ふつかよいである。

 午前はごくの苦しみで、動けるようになったのは、ようやく午後になってから。

 いそりから帰ってきたミリィといっしょに、宿の近くの、食事ができるところに入りはしたが、あまり食欲もわかない。

 レストラン、などと名はついてはいたが、軽食店スナツクバーに毛の生えたような場所で、サービスもないそうも二流以下。

 ついでに言うなら客の中にも、あまりガラのよくなさそうなのが混じっている。

 はじめは、別のちゃんとしたレストランに入ろうとしたのだが、ケインのマント姿に、服装チェックが入ったのだ。

 むろんそれで、ケインが自分の『ポリシー』とやらを変えるわけがなく、結局二人は、近くにあった、この店に入ったわけである。

「──だからきのう、『飲みすぎだよ』って言ったのに」

「……しかたねーじゃねーか。あの場合。つきあい、って言うか、その場のノリって言うか……」

 ディナーセットをぱくつきながら言うミリィに、フォークでサラダをつつきながら、不満顔で答えるケイン。

 店の見かけとはうらはらに、料理の味は悪くない。

「……けどジェスさん、だいじょーぶかなぁ? ケインよりんでたみたいだし……確か今日、出発するとか言ってたけど……」

だいじようなんじゃねーか。あいつもプロだ。自分の体調のコントロールくらいできるさ」

「……目の前に、体調コントロールできてないプロがひとり、いるんだけど……」

「俺のばんはあさってだからいーんだっ!」

 思わず声を上げたとたん、ふたたび頭に痛みが走る。

「……あいたたたたたたたたた……」

「……何やってんのよ……」

 つぶやいて、ミリィはふと視線を上げて──

 彼女はそこに、知った顔を見つけ出していた。

「──はぁい」

 ケインの後ろ──店の戸口の方に向かって手をるミリィ。

 つられてケインはふり返り──

 店に入ってきたばかりの、レイルとまともに視線を合わせた。

「……レ……」

「……ケイン……」

 その時になって、レイルはようやく、彼に向かって手を振ったのが、きのうケインがらんとうさわぎを起こした時、店のかたすみにいた女性だと気がついた。

「──ほう。こんなところまで来てナンパか。マメだな、お前も」

 言いながらレイルは、二人のテーブルについた。

 むろん別に、ケインと話がしたいわけではなく、あわよくばミリィをこうというこんたんである。もちろんおくびにも、そんな様子は見せないが。

「……助手だよ。こんどやとった、な」

 ロコツにいやな顔をしながら言うケイン。

「ミリィだ。ミリィ、あらためてしようかいするよ。こっちはレイル。星間警察ユニバーサル・ガーデイアンお偉い警部どのだ」

「よろしく。おじようさん」

 ケインのイヤミをまるっきり無視して、レイルはミリィにウインクを送る。

「ミリィよ。よろしく」

 ケインはふと、がおもどり、

「ところでレイル、まじめな話、あんたがここに来てるってのは、宇宙海賊パイレーツそうか?」

「──ああ」

 いつしゆん、シラを切ろうかと思ったが、かくしたところでしかたがない。レイルはすなおにうなずいた。

「捜査上のことは、あまりくわしくは言えんがな」

「じゃあ、上っつらだけでいい。話を聞かせてくれ。

 ──だいたい見当はついてるだろーが、実は今回、ラグルド社の貨物船の護衛を引き受けちまってな」

「……しかしなぁ……」

「あたしもお話聞きたい

「いいでしょうおじようさん。何でも聞いてください」

「……レイル……お前、案外女に弱かったんだな……」

「このあたりに宇宙海賊やつらが出はじめたのは、今から、標準時間で半年ほど前のことです」

 レイルはケインを無視し、ミリィに向かって話しはじめた。

 ちなみに標準時間というのは、人類はつしようの地である、地球のそれに準じている。

「むろん、も動いたんですけどね……正直な話、その時は、星間警察こちらもあまり本腰を入れてなかったんですよ。相手はただの海賊パイレーツだ。我々が、しばらくうろついてやれば、勝手にどこかへげてゆくだろう、ってね……」

「ところが、実際はそうならなかったわけね……」

「そう。どういうわけか海賊やつらたちは、しつこくいすわって、ラグルド社の貨物船をおそい続けた、というわけです。

 ──まあ、このあたりじゃあ、ラグルド以外に襲う相手なんていませんけどね。

 ラグルドとしては、実質的ながいはそれほどこうむったわけじゃないようですけど、こうも貨物船が襲われまくれば、会社の信用にかかわって来ます。

 そこで護衛に、トラブル・コントラクターを雇いはじめたんですけど……

 それに怒ったのか、海賊パイレーツたちは、かえってしつこく、ラグルドの宇宙船ふねねらうようになりましてね。

 こうなると、としても、本腰を入れざるをえなくなってきましてね。そこで私が、ぞうえんとしてけんされて来た、というわけです」

「……こいつ……女相手だと調ちようまで変わりやがんの……」

「けれどまあ、私たちが本気で乗り出した以上、海賊たちのかいめつも時間の問題ですよ」

 ケインのつぶやきをまたまた無視し、かるかみをかき上げ、レイルは言う。

「──そのわりにゃあ、何度か連中にしてやられてんじゃねーのか?」

 ぴくっ。

 さすがに今のセリフは聞き流せなかったか、ぎぎぃっ、と、レイルは顔をケインに向けた。

「……どういう意味だ? ケイン」

「いや。ただ、星間警察U・Gや護衛がついても、なお海賊パイレーツがここにいすわり続けた、ってぇことは、連中には、あんたらや護衛を出し抜く自信があった、ってことだ。

 で、いまだ海賊騒ぎがおさまっていないってことは、星間警察U・Gが実際に出し抜かれてる、ってことじゃねーのか?」

 ぴぴぴくっ!

 レイルは顔を引きつらせ、視線をそらし、

「ノー・コメントだ」

 イエスと言ったも同然だが、ここまで読まれてはとぼけようもない。

 事実、星間警察ユニバーサル・ガーデイアンは、これまでにも何度か海賊たちに、裏をかかれまくっていた。

 調子に乗って、さらにことばを続けるケイン。

「──そこで、だ。あんたは、こので羽根をばしてるはずの海賊たちからアプローチしようと、聞き込みをはじめた。けど海賊たちとしちゃあ、むろんおもしろいはずがねえ。それであんたをけ回している──」

「何だと!?

 まともに顔色を変えるレイル。

「気づかなかったのか? あんたがここに来たすぐあと、入ってきた二人組がいる。

 どうりようには見えなかったけどな。視線はきっちりあんたを追っていた。

 とすれば、だいたいそんなところだろ?」

「──どいつだ?」

 窓ガラスに映った店内をながめて問うレイル。ケインも視線は動かさぬまま、

「通路の向かい、ジーンズ・ジャケットのノッポと、ヒゲヅラの──今、立ち上がった」

 問題の二人組は立ち上がり、テーブルの上にドリンクの代金を置き、げるかのように店を出た。

 そのあとを追う、ウェイトレスひとり。

 片手に黒いバッグげて。

「お客さぁん、お忘れ物ですよ」

 しゆんかん──

 ケインとレイルの頭にひらめくものがあった。

 さまざまな映画でよくあるこの光景は──

「まさかっ!?

「捨てろっ! そのカバンは──?」

 レイルの声に、戸口から足をみ出したウェイトレスがふり向いたその瞬間。