Part 01: ――平成2年、×月の記事より抜粋。 今、郊外の自然豊かなニュータウンに移住を希望する人々が増えている。 都心の狭いウサギ小屋のような家で窮屈な生活を強いられた人々は、郊外の広い一戸建てに住むことを夢見たのだ。 夢を詰め込んだ憧れのマイホーム。しかし、それが悪夢の発端になるとは誰が想像できたのか……。 今回我々が取材したのは、東京都K市。今風にデザインされた建売住宅がずらりと並び、高級感を醸し出した雰囲気が特徴的な新興住宅だ。 この新興住宅は、数年前に宅地開発が決定して以来応募抽選が殺到して、即完売。 都心へは最寄り駅から電車で1時間弱。通勤通学の利便性は抜群。 宅地開発に伴い、近隣には大型ショッピングセンターや小学校などの新設計画も行われた。 まさに町をあげたベッドタウン化に、移住する側も地元も奮起していたという。 ――だが、住居の開発が進む中で昨今のバブル崩壊の影響が直撃し……ショッピングセンター計画は、頓挫。 学校の新設も保留状態のまま数年が経過し、現場には予定地であったことを指し示す看板だけがいまだ広大な土地に残されている。 しかし、消費税導入前にと急いで莫大な頭金を収めて家を購入した人々は、そのまま移住を行うしかなかった。 ……だが、ここでさらなる悲劇が起きる。 真新しく最新設備を導入したはずの住宅に、問題が次々と発生したのだ。 取材をさせてくれたのは、高倍率を勝ち取りこの地に庭付きの家を新築したAさんだ。 完成後に内覧会を行った時から若干の違和感はあったそうだが、入居して1月もたたずに問題が発生したという。 「子供が床に落としたビー玉がすごい勢いでコロコロ転がったのを見て、まさか、と思って調べてみたんですよ」 自宅にお邪魔して確認すると、床に置いたビー玉はすぐに転がり始めた。家全体が、微妙に傾いているのだ。 「水がちゃんと出ないって報告もありますし、家の隅にカビが生えたってところもあります。入居してこんな短期間でおかしいでしょう?」 住民たちは組合を結成し、住宅メーカーへ直訴して説明会の場を設けた。 しかし……。 「メーカーに訴えてもまともに調査すらしないし、話にならないんですよ」 メーカー側も問題を把握しているのか、定期的に月に2度、土曜日の夜に説明会を行っているようだが……。 Aさんは、ひそかにカセットテープを用意して説明会の様子を記録したというので、取材陣はその内容を聞かせてもらった。 「住民の間でも、意見が分かれていましてね。補修してくれればそれでいいって家と、全額返してもらわなきゃ気がすまない家とか……」 そこに記録されていたのは、あくまで調査中と主張するメーカーと住宅の補償を求める住民たちの怒鳴り合いだった。 「それぞれの家で被害の大きさが違うせいで、意見がバラバラなんですよ」 「おかげで住民同士でピリピリしていて、近所付き合いもままなりません」 「こんなことが1年近く続いているんです。安心して自分の家で過ごしたいだけなのに、どうしてこんなことになってしまったのか」 そう呟いたAさんの声には、失望と落胆による疲労が滲み出ていた。 Part 02: 夢の新興住宅に発覚した、相次ぐ欠陥。……だが、打ちひしがれる住民たちの一方でそれを見る地元の人々の目は冷ややかだ。 「入居開始が、去年の春頃ですね。だから、近くの小中学校にも転居組の子がたくさん入ったみたいですけど……」 「親が引っ越してきてからずーっと文句ばっかりを言っているせいか、子どもたちも雰囲気が良くないんですよ」 そう語るのは、古くからこの地に住むBさん。 2年前、息子夫婦が仕事の都合で孫を連れて都市部に引っ越してしまい、寂しくなったとしばらく落ち込んでいたそうだが……。 今となっては、その方が良かったと胸をなでおろしているという。 「母親が遅くまで働いている家が多いせいか……夜になっても子どもたちが外をぶらついていて、心配になってくるんですよ」 「警察の人に巡回してもらえるようお願いして、私たちも早く家に帰りなさいって注意しています。でも、全然言うことを聞いてくれないんです」 「それに、去年の夏でしょうか……公園で女の子たちが、ボヤ騒ぎを起こしたんです」 「本人たちは花火だったって言っていましたが、本当はそこで何をしていたのやら……」 「友達のお孫さんの習い事先にも新興住宅の子たちが結構入ってきたんですが、やる気がなくて空気を悪くしているみたいです」 「うちの孫が同じ小学校に入っていたら、いじめられたかもしれないって思うと……寂しいけど、引っ越してよかったと思います」 静かで平和な生活が壊されたことに、Bさんは憤りを隠せない様子で話す。 「家よりも先に、家の中をどうにかしてもらいたいです」 住宅問題が解決しても、地域住民との軋轢解消までには長い時間がかかりそうだ。 ――次回。新興住宅の手抜き工事と昭和高速トンネル崩落事故の意外な関係について。 Part 03: 千雨: もしもし、真由姉ちゃん? 真由姉ちゃん: 『あ、千雨ちゃん?ごめんね、話の途中だったのに電話切っちゃって』 千雨: いいけど、大学の友達は大丈夫? 真由姉ちゃん: 『大丈夫大丈夫!ポケベルにキンキュウって来たからびっくりしたけど、大したことじゃなかったしね』 真由姉ちゃん: 『話の続きだけど……あれ、どこまで話したっけ。私が通ってた塾の話はした?』 千雨: それは聞いた。今度、美雪と見学に行ってみる。 真由姉ちゃん: 『じゃあ……あ、美雪ちゃんがなんでガールスカウトでモメたって話の途中だっけ』 千雨: うん。で、私がなんで美雪が突然告られたんだろう、って聞いて……。 真由姉ちゃん: 『あ、思い出した思い出した!それであたし、考えてみたんだけどさ……赤坂家って、パパがあんなことになったでしょ?』 千雨: ん? まぁ、うん……。 真由姉ちゃん: 『美雪ちゃんのママ、若いし美人だし……すぐ再婚して社宅出るんだろう、ってみんな思ってたっぽいんだよね』 真由姉ちゃん: 『でも全然出て行かないから、社宅のどっかのパパと不倫してるんじゃないかって噂もあったみたい。ソッコーで消えたけど』 千雨: ……不倫相手の第一候補は、うちの親父? 真由姉ちゃん: 『あ、知ってた?』 千雨: いや、単純に交流頻度からの推測。 千雨: そもそも、あのガサツゴリラがうちの母親を捕まえただけでも奇跡みたいな話なのに、不倫なんて器用な真似ができるとは思えないな。 真由姉ちゃん: 『仮にだけど、千雨パパが器用だったら?』 千雨: タマ潰す。 真由姉ちゃん: 『わー、冗談に聞こえなーい……で、このくらいで本題に戻るね?』 真由姉ちゃん: 『そういうゲスい噂がすぐ消えたのって、美雪ママの立ち回りがすごく上手かったからだとあたしは思うんだよ』 真由姉ちゃん: 『みんなに優しいけど、八方美人ってイメージないじゃん? 困ってる人がいたらさっさと助けて、さっと消えちゃうし』 真由姉ちゃん: 『どこのグループにも所属してないけど、どこのグループでもやっていける……的な?』 真由姉ちゃん: 『意図的か無意識かはわかんないけど……美雪ちゃんも、そういうところはママと似てるとこあるよね?』 千雨: ある、と思う……。 千雨: あいつ、場がピリついたら少しふざけて空気を和ませたり……。 千雨: 逆にふざけた子ばかりで話が進まない時は、さりげなく話を進める方向に持って行ったり……。 千雨: 事が上手くいっても、美雪のおかげだって言う奴はいなくて……でも、美雪がいないと進行が滞ったりとかさ。 真由姉ちゃん: 『うん。失敗したら責任押しつけられるし、成功しても感謝されないしで、バランス役って実際すっごい損なんだけどさ』 真由姉ちゃん: 『見てる人は、ちゃんと見てるからね……千雨ちゃんみたいにさ』 千雨: そりゃどーも……不倫疑惑が即効で消えたのは、美雪の母さんが社宅で信頼されてたから? 真由姉ちゃん: 『だと思うよ……で、ここからは私の勝手な妄想だけどさ』 真由姉ちゃん: 『告白してきたボーイスカウトの子って、元々美雪ちゃんが好きだったんじゃない?好きの種類が友情か恋かはわかんないけど』 真由姉ちゃん: 『誰とも仲良くて、カレシもいなさそうで……いいなって思ってた女の子が、ニコニコしながら自分のことを色々聞いてきた』 真由姉ちゃん: 『もしかしてあの子、俺のこと好きなのかも?!……って勘違いして浮かれて、勢いで#p告#sコク#rっちゃたんじゃない?』 千雨: ……なるほど。別の女の子が、自分のことが好きって気がつくような察しがいいヤツなら、勘違いしなかったかもな。 真由姉ちゃん: 『あはは。男子中学生に、そこまでの気遣いを求めるのは無理だよ~』 真由姉ちゃん: 『ま、そもそも子供たちの関係がそこまでこじれる前に、大人が気付いて止めろよって話でもあるけどさ』 真由姉ちゃん: 『中学生同士のトラブルって、大人が介入すると余計にこじれたりもするからムズカシーよね』 真由姉ちゃん: 『でもさー、その新興住宅の連中?話聞くだけでも、最初から美雪ちゃんのことを嫌ってたっぽいじゃん?』 真由姉ちゃん: 『信頼って、お互いにないと成立しないっしょ。美雪ちゃんがいくら仲良くしようと頑張っても、相手にその気がないと無理じゃない?』 千雨: 嫌いだけど、好きな男ができたから利用しようってか。仲良くなれるかもって期待した美雪も甘いが……本当にクズだな。 真由姉ちゃん: 『ま、恋する乙女の辞書に手段を選ぶって単語はないからねー……あたしも人のこと言えないから気をつけないとね。自戒自戒』 千雨: で……最近美雪と話したって言ってたよね?その時に、悩んでる感じとかした? 真由姉ちゃん: 『んー……ごめん、全然気づかなかった。あたし、自分の話ばっかりしてたし……』 真由姉ちゃん: 『けど、あたしが気づいても美雪ちゃんは素直に相談してくれたかな?』 千雨: ……しないと思う。 真由姉ちゃん: 『だよね……美雪ママもさ、なんかおかしーなとは思ってたんじゃない?』 真由姉ちゃん: 『けど、美雪ママがガールスカウトで何かあった? もうやめる? って言ったとしてもさぁ……』 真由姉ちゃん: 『うん、あった。だからやめる……って、美雪ちゃんが素直に言えると思う?』 千雨: ……無理だと思う。あいつの場合、大丈夫かって聞いたら大丈夫としか言わなさそうだしな。 真由姉ちゃん: 『でしょ? いじめられてるって相談するの、すっごい勇気がいるもん』 真由姉ちゃん: 『気のせいじゃない? とか考え過ぎとか言われたらどうしようとか迷ってるうちにもういいや、って諦めちゃったりするしね』 千雨: ……そもそもあいつ、いじめられてるって自覚があったのかな? 真由姉ちゃん: 『まー人間、思い詰めると簡単なこともわかんなくなっちゃうからね』 真由姉ちゃん: 『だから千雨ちゃんが声かけたタイミング、いろんな意味でベストだったと思う』 真由姉ちゃん: 『特に塾行くから辞めるって口実を作ってあげたのはナイス! 偉い!真由姉ちゃんが褒めてあげるね!』 千雨: その言い方キモイ、やめてくれ。……まぁ、塾に行かないとダメな頭で結果オーライってやつだな。 千雨: けど、真由姉ちゃんに相談してよかった。恋愛が絡んでるせいか、相手の男の思考が美雪も私もよくわかんなかったんだ。 真由姉ちゃん: 『千雨ちゃんが恋してるのはサメだし、美雪ちゃんは博愛入ってるからねー』 真由姉ちゃん: 『あ、あくまで私の意見というか推測だから、真実は違うかもってことは忘れないでね?』 千雨: わかってるよ。……ただ、姉ちゃんの見立てはそう真実から離れてないと思う。 真由姉ちゃん: 『だと思うよ。中学生のトラブルとしてはそんなに珍しいことでもないから』 千雨: ん……? 真由姉ちゃん: 『だって、結局のところ片思いしてる男の子が好きな相手は自分じゃなかった、って話だもん』 真由姉ちゃん: 『どうにもならない現実に傷ついて、苦しんで、でも時間をかけてちょっとずつ折り合いつけて自分の感情にケリをつけて……』 真由姉ちゃん: 『そうやって大人になっていくんだと思うけど、今回は別の問題が混ざっちゃったせいで問題そのものがめちゃくちゃになった感あるよね』 千雨: ……で、そのグチャグチャ問題のツケを美雪が全部押しつけられた、と。 真由姉ちゃん: 『あたしもそう思う。……で、どうするの?』 千雨: どう……って? 真由姉ちゃん: 『美雪ちゃんに色々と押しつけて泣かせたヤツらのこと……千雨ちゃんは、放っておくの?』 千雨: ……まさか。とにかく、ありがとう。 真由姉ちゃん: 『あ、そうだ聞いてよ! 彼氏がさー!』 千雨: 申し訳ない。そちらは今度改めて聞かせてもらうよ。 真由姉ちゃん: 『あ、ちょっ……!』 千雨: ……はぁ。 千雨: (餅は餅屋、だな。……恋愛思考も、たまには参考になるか) 千雨: (となると、男の方はただの浮かれバカで……) 千雨: (告白のイベント自体、移転組の連中が仕組んだ嫌がらせだった……は、ちょっと考え過ぎだったみたいだな) 千雨: ……まぁ、いいさ。 千雨: 私の予想が当たってても、「リスト」の名前がひとつ増えるだけだ。