Prologue: 私と美雪の親は、ともに警察官。それがあいつとの出会いのきっかけになったので、少なくともその点だけは感謝している。 ただ、お互いの警察に対する印象……そして「正義」というものについてはかなり違うというか、明らかに正反対だった。 「大人になったら、私は警察官になる」美雪は物心ついた頃から、ずっとそう言い続けてきた。 そうなると、当然私も同じ道をと期待されたが……あいにくそんな気になったことは一度もない。 警察に対する尊敬の心はあるが、私には似合わない。……なぜなら、私は正義というものについてずっと懐疑的な思いを抱いてきたからだ。 千雨: (正直者が馬鹿を見る……か。そんな台詞が冗談だと笑い飛ばせないくらい、世の中にそういった事例が多すぎるんだよ) だから、私は決めたのだ。自分の大事なもの……たとえば家族や親友の美雪たち、それだけを守ることができれば、十分だと。 欲張りすぎて、いい子になりすぎて……かえって本来の目的を見失うことだってある。 失敗を犯して後悔するくらいなら、私は利己主義でいい。それが私の矜持であり、恥ずかしい台詞を使うのならば「信念」といったものだった。 …………。 だけど……私はまだ、甘かった。世の中は何もしなければ味方にもならないが敵になることはないと、高をくくっていたのだ。 そのことに気づく契機となったのは、昭和59年に起きた『明和製菓毒入事件』――。 有名な大手菓子メーカーに前代未聞の毒物テロを仕掛けるという大事件は、日本全国の店頭からお菓子を消し去るという事態を引き起こした。 当然のことながら損害額は、莫大なものとなった。……だが、私にとってのその事件は二つの意味で大きな衝撃をもたらすこととなった。 ひとつは、警察への信頼の失墜。事件を引き起こした犯人は結局捕まらず、完全に行方をくらませてしまった。 そのことで私は、たとえ国家権力を有して偉そうなことを言っても……大規模犯罪に対して全く役に立たない連中なのだと痛感したのだ。 そして、もうひとつは……世の中への絶望。あれだけ人々を不安と恐怖に陥れ、憎むべき犯罪だとなじっていながら……真似をする連中が続出した。 いわゆる、模倣犯だ。その動機は退屈しのぎだの、あぶく銭を手に入れたかっただのと様々だったが……どれも低俗で卑怯で、情けないものばかり。 こんなにも人間とは、恥知らずな生き物なのか。事件の内容を親父たちから聞くたびに情けなくて悲しくて、全員死刑にでもなればいいと本気で思ったほどだ。 さらに、もう思い出したくもないほど腹立たしくて憎々しい事実だが……。 その事件の模倣犯の手にかかって……私は、大切な友達を失った。 当時可愛がっていた飼い犬が、実にくだらなくて自分勝手な理由で……毒入りの菓子を食べさせられて……ッ! 千雨: ……たかが犬ごときで、って言うかもしれんがな。私が警察に絶望するには十分すぎる理由だった。そして、正義の存在についてもな……。 かつての親友……いや、少なくとも自分は「まだ」親友だと思っている幼なじみと相対して、私はかつての苦々しい記憶を語って聞かせる。 それに最後まで耳を傾けてから、刑事として子どもの頃からの夢を叶えた美雪は苦い表情を浮かべながらため息をついて……言った。 美雪: 千雨……キミみたいな人こそ、警察になるべきだった。私は今でも、そう思ってる。 美雪: キミは行動力があって、正義感が強かった。正義なんて信じないって言ってるくせに、誰よりも曲がったことを嫌って憎んでた……。 美雪: もし、キミが一緒だったら私の「世界」は今よりもやりがいに満ちて、楽しくて……。 美雪: はるかにずっと、マシなものになってた気がする。……ううん、きっとそうなってたと思うよ。 千雨: ――――。 美雪の、精一杯心を込めたであろう言葉を……私は無表情で、黙ったまま聞き流す。 きっと、以前の私であれば照れながらも胸が温まるような嬉しさを覚えていたことだろう。あるいは彼女の説得に応じようと考えたかもしれない。 だけど……もう遅い、遅すぎた。美雪の言葉を聞いたところで、もう……心が動かない。なぜなら私は、すでに「機械」と同然になったからだ。 千雨: ……買いかぶりだな。いずれにしても遅かれ早かれ、私はもっともらしい正義を振りかざすだけで何もしようとしない連中に愛想を尽かしてたよ。 千雨: 価値観が違うってのは、そういうことだ。どれだけこちらが歩み寄ろうとも、妥協なんて考えない。倫理より、ちっぽけな矜持と欲の方を優先する……。 美雪: …………。 その返答を聞いて……美雪の口元が固く引き結ばれる。今さら説得を試みることがどれだけ無意味なのか、ようやく気づいてくれたようだ。 千雨: ……日本のお人好し文化は、私も嫌いじゃない。欧米みたいに何でもかんでも銃で解決してたら、命がいくらあっても足りないしな。 千雨: だが……あくまで優先すべきは被害者とその家族の身の安全、心の問題だ。 千雨: 彼らこそ保護されるべきで、癒やされることを一番に考えなきゃいけない。なのに……。 語っているうちに私は、絶望の感情が冷たく、黒く……胸の内で大きくなっていくのを感じる。 それは、おそらく美雪は気づいていただろうがあえて知らないふりをしていた……私の「偽善」に対する激しい憎悪の感情だった。 千雨: なぁ……美雪。世の中ってやつは、なんで悪人にばかり配慮しようとするんだろうな。 千雨: 悪事に手を染めたのは、それなりの理由と事情がある……ってか。だったら被害者は、どうだっていうんだ? 美雪: ……っ……。 千雨: きれい事はもう、うんざりだ。だいたい、どれだけ反省や更生の機会を与えようがやるやつはやる……何度でもな。 千雨: そういうのを見せつけられて、いったい誰が正義ってものを信じて頼りたいと考えると思う?むしろ失望して、「悪」に偏っていくんじゃないのか……? 美雪: ……『悪貨は良貨を駆逐する』ってやつだね。そういう考え方にキミが至った理由はよくわかるよ。 美雪: でも、千雨……だからってキミがこれまでにやってきたこと、そして今からやろうとしてることを肯定するわけにはいかない。 美雪: だって、私は……そんな悪を取り締まる側の人間だからさ。 千雨: ……あぁ、わかってるさ。むしろ、お前はそうであってもらいたい……いつまでも、な。 その言葉に、安堵と嬉しさを覚えると同時に……離れた場所で爆発音が鳴り響く。 はっ、と美雪が振り返って目を向けるが、私は見るまでもなく口元をほころばせる。 おそらく、駅前の建物のひとつが煙と炎を上げ……人々が悲鳴を上げて逃げ惑っているのだろう。 なぜ、そうだとわかるかって?決まっている、私が仕掛けたものだからだ……! 千雨: ……止めてみろよ、美雪ッ! 千雨: お前の信じてる正義が、私の悪を潰せるほどの力があるって言うならなぁぁああぁッッ!! 美雪: ちっ……千雨ぇぇぇええぇッッ!!! 千雨: っ……?! 突然意識が切り替わり、薄暗がりの中で私は目を覚まして起き上がる。 千雨: ……。ここは……。 意識が戻ってきて、すぐに気づく。ここは自分の部屋……#p雛見沢#sひなみざわ#rに来て以来、私のためにあてがわれたところだった。 千雨: 夢……か? にしても、なんであんなのを……。 夢でよかったという安堵と同時に、「未来」を見た理由がわからず困惑がこみ上げてくる。 とりあえず水でも飲んで気を静めようと思い、布団から出て立ち上がった。 千雨: …………。 千雨: 正義を行使すべく悪を成す、か。だとしたら、私が望む未来は――。 Part 01: ……朝食を食べた後も、私は起きる直前まで見た夢の内容が引っかかってあまり気が乗らない感じだった。 千雨: ……ごちそうさま。台所、借りるぞ。 美雪(私服): あ、私のと一緒に洗っちゃうから千雨は座ってお茶でも飲んでてよ。ここの台所って、ちょっと狭いからさ。 千雨: ……悪いな。頼む。 美雪が手早く食器を片付けていくのをぼんやりと見届けながら……私はコップに半分ほど残った麦茶を飲み干す。 一穂と菜央は、1階に下りてきた時からどこかにでも出かけたのだろうか……姿が見えなかった。こんな気分で顔を合わせなくて、少しほっとする。 美雪(私服): お待たせー。やっぱパンの朝食だと、片付けが楽だね。いつもこうだといいのに。 そう言って美雪は、洗い物をすませた手をタオルで拭きながらリビングへと戻ってきた。 美雪(私服): 大丈夫、千雨?なんだか調子が悪いみたいだけど、昨夜はちゃんと寝たの? 千雨: ……悪い。眠りは浅くなかったと思うんだが、ちょっと気分が良くない感じだ。 美雪(私服): あー、確かに今日はちょっと暑いしね。エアコンつける? 扇風機だと厳しいでしょ。 千雨: いや、いい。……ただの水分不足だ。 そう答えて私は、ポットを掴んで中の麦茶をコップいっぱいになみなみと注ぎ、一気にあおり飲む。 冷蔵庫から出してからしばらくたったせいでぬるくなっていたが……それなりに喉は潤い、気分も少しはマシになった……気がした。 美雪(私服): 夏バテ……に、千雨がなるわけがないね。少し前まであれだけ密室の熱気がこもる中で練習を積んできたんだからさ。 千雨: ……いつの話をしてるんだ。あれからずっとサボりまくってるんだから、とっくの昔に身体は鈍りまくりだ。 美雪(私服): そうなの? じゃあ、外に出たりすることはとりあえず大丈夫なんだね。 千雨: ……? どこかに行くような用でもあるのか? 美雪(私服): うん。実はこの後#p興宮#sおきのみや#rの図書館に行こうと思ってたんだよ。#p雛見沢#sひなみざわ#rについての資料で、見たいものがあってさ。 美雪(私服): よかったら、手伝ってくれる?いくつかまとめて本を借りたいから、人手があると助かるんだよねー。 千雨: 図書館……か。 美雪(私服): いやー、悪いね。こんな暑い日に連れ出しちゃってさ。 美雪(私服): 菜央はレナの家に出かけちゃったし、一穂も梨花ちゃんたちに頼まれて古手神社の掃除を手伝うことになったから、人手が欲しかったんだよ。 ……なんて口上を聞く前からわざわざ告げるあたり、こちらを気遣っている姿勢がバレバレだ。おそらく気分転換になれば、と誘ったに違いない。 千雨: (まぁ、美雪のことだ。私が体調以外のことでいつもと違うと気づいてるんだろうな……) とはいえ、それが美雪ならではの優しさだからありがたい話ではある。だから、こいつのことを拒絶するなんて絶対にあるはずが……。 千雨: ……っ……。 美雪(私服): 『千雨……』 美雪(私服): ……千雨? どうしたの、急に黙り込んじゃって。 千雨: あ、いや……別に。 千雨: ちょうど家にこもってゴロゴロしてるのも、退屈だと思ってたところだからな。お前が誘ってくれて、渡りに船ってやつだよ。 横から私の顔をのぞき込んでくる美雪をこれ以上余計に心配させまいと我を取り戻し、私はつとめて普段通りを装ってみせる。 おそらく彼女のことだ、何かがおかしいと気づいてはいるのだろう。……それでも、こちらが話したいと思う時までは黙って知らんぷりをする。 それが、私と美雪の暗黙の了解だ。ベタベタせずに相手のことを尊重して、余計なことを詮索しない。 そんな姿勢を長らく続けてくれているからこそ面倒極まりない性格の私が今まで飽きることなく、そして貴重に思うことができていた……。 そして図書館に着いて入り、冷房の涼しさに生き返った思いを満喫する。 千雨: (ふぅ……やっぱり冷房があるとないとじゃ、大違いだな) これだけ涼しいなら、家に帰ってからも今日くらいは深夜まで、エアコン全開で寝るのも悪くない……。 そう思ってなにげなく閲覧ルームに目を向けた私は、そこに見知った顔をふたつ見つけた。 ひとりは、分校の同級生で委員長の魅音。そしてもうひとりは、今私たちが住んでいる家の本当の住人……前原圭一だった。 美雪(私服): あれ……あっちに魅音と前原くんがいるよ。おーい、何してるの……もがっ? すぐさま声をかけようとした美雪の口を、私はとっさに塞ぐ。 そして「何するんだよっ」と抗議する彼女に、呆れた顔でたしなめていった。 千雨: ……あのな、よく見ろ。ひょっとするとデート中かもしれないんだから、割って入ったりしたら野暮ってもんじゃないか。 美雪(私服): あ、そうか……って、魅音がデート場所を図書館に選ぶってのはちょっと違うような気がするんだけど……。 千雨: ……お前、失礼だぞ。魅音だって何か変なものを食ったせいで勉強したくなるかもしれないじゃないか。 美雪(私服): いや、キミのその言い方の方がよっぽど失礼だし、あの子のことをバカにしてると思うよ……。 と、そんな私たちの話し声が少し大きく響いてしまったのかもしれない。 圭一(私服): ……美雪ちゃん? 前原たちもこちらに気づいたのか、逆に大きく手を振って合図を送ってきた。 美雪(私服): こんちはー、前原くん。魅音もね。 そう言って即座に応じる美雪を見て、思わず私は「あちゃー」と顔を押さえながら苦虫をかみつぶしたような気分になる。 美雪……そして前原、少しは空気を読め。せっかく見なかったことにして、この場を立ち去ってやろうと思っていたのに。 千雨: あー……すまん。逢い引きを邪魔するつもりはなかったんだが、野暮なことをした。勘弁してくれ。 魅音(私服): あ、あああ、逢い引きぃぃっ?違う違う違う、そういうんじゃないって!! そう言って魅音は、真っ赤になった顔をぶんぶんと振って否定してみせる。 美雪(私服): ほら、魅音もこう言ってるでしょー? そう言って美雪は、勝ち誇るように胸を張ってみせる。……ただ、その後ろに垣間見えた魅音の顔が少しだけ複雑そうな感じがして……。 千雨: お前はもう少し、乙女心を理解しろ……。 そんなぼやきを、発せずにはいられなかった。 美雪(私服): で、魅音と前原くん。2人は何をしてたの?勉強……って感じじゃなさそうだけど。 美雪の指摘する通り、机の上に教科書や参考書らしきものはない。強いて挙げるなら、雛見沢の地理の本だ。 圭一(私服): いや、実は昨日俺がここで作業をしている魅音を偶然見かけたのが発端でさ。 圭一(私服): 話し込んでいるうちに手分けした方が早い、って集まることにしたんだよ。 千雨: そうなのか。じゃあ魅音がやってたのは、何の作業だったんだ? 魅音(私服): 再来週から観光客向けのイベントで行われる、スタンプラリーの冊子作りだよ。 魅音(私服): 特に今年は近隣の子供会とかの団体客が結構あって、町会も総出を挙げて張り切っているってわけ。 千雨: あー……そういえば、そういうイベントが近々行われるって図書館前の掲示板に貼ってあったな。 美雪(私服): えっ、そうなの?私は早く冷房で涼みたかったから、すっかり見落としてたよー。 千雨: 暑いと集中力が落ちるからな。帰りは自転車の運転をミスって事故らないよう、せいぜい気をつけろよ。 美雪(私服): 了解。……けど、村の人だけじゃなく団体客まで来るなんて、千客万来だねー。 美雪(私服): 観光地として認知度が高まって、これまで村おこしを頑張ってきた魅音たちとしては大いばりってやつ? 魅音(私服): うーん……そう言いたいところなんだけど、問題はリピーターだよ。一見さんだけだとお土産とか食事とか、各所の売上が今いちだからさ。 魅音(私服): だから、何度も来てくれるように仕込まないとダメなんだけど……たとえ世界遺産級の建造物があったって、それだけじゃ退屈させちゃうでしょ? 美雪(私服): んー……確かに。お城とか大仏とかなんて、一度見たらもういいってなっちゃうしね。 魅音(私服): 大人のお客さんなら、食と温泉でその辺りをカバーできるけど、子ども相手となると別の興味を引くようなものをつくらないといけない。で……。 千雨: なるほど、それでスタンプラリーってわけか。……とはいえ、別に水を差すわけじゃないがそれでもエンタメ性が若干弱いと思うんだが。 魅音(私服): ……だよねぇ。ただ、予算が限られている現状で人手もかからずとなると、すぐにできることってこれくらいしかないんだよ。 千雨: ふむ、だとしたら……いっそ私たちが普段やってるような、ゲーム性を盛り込めたらいいかもな。 美雪(私服): あ、それはいいかも。子ども……って、私たちも子どもだけどゲームだったら結構熱く楽しめるしね。 魅音(私服): ゲーム性、ねぇ……。さっきも言ったけど、予算が限られている中で簡単にそんなことは……。 そう難色を示しながら魅音は私の提案をいったん却下しかけるが、すぐに言葉を飲み込んで……。 魅音(私服): ……ゲーム性? しばらく黙って思案に暮れたかと思うと、何かをひらめいたのかぽんと手を叩いていった。 魅音(私服): それだ!スタンプラリーをゲームにしちゃおう! Part 02: それから、数日後。 図書館からの帰宅後に、魅音と詩音から「近々開催される観光イベントを手伝ってほしい」と依頼の連絡があって、さらに数日が過ぎて……。 イベント初日を来週に控えたある日、ようやく私たちは園崎姉妹に呼び出されて古手神社の境内へと集合した。 魅音(私服): というわけで、夏休み新企画!『#p雛見沢#sひなみざわ#rの秘宝を探せ!』ツアーで観光客をおもてなしだよー! おー! 一同: …………。 魅音(私服): あれっ、どうしたの?みんなノリが悪いなぁ……朝の早い時間だけど、元気よく声を出していこうよ! 千雨: ……早いにしても、限度があるだろうが。 集合に指定されたのは、午前6時。道場が家から近かった私にとっては、朝練でもなかなか起きることのない時間だ。 美雪でさえ半分寝ぼけ顔で、菜央ちゃんはここまで歩くことでようやく目覚めたほどだ。 一穂に至っては……まぁ、ここは本人の名誉を守ってやることにする。 レナ(私服): はぅ……とりあえず、今日のお手伝いはどんなことをすればいいのかな、かな? 魅音(私服): ……あれ?みんな圭ちゃんから、何も聞いていなかった? 圭一(私服): いや、俺だって図書館で話を聞いてから他には何も伝えてもらっていないんだぞ?せめてもう少し、説明があってもいいだろうが。 沙都子(私服): 依頼だけをばばーん、と伝えておいて「詳しい話は後日! 手伝いの予定だけ入れておいて!」とのことでしたけど……。 沙都子(私服): まさかイベントが開かれる直前まで、一切の説明が無しだなんて思いませんでしたわ。 梨花(私服): ……みー。ボクたちはそろそろ魅ぃの無茶振りに対して、デモかストを起こしてもいい頃だと思うのですよ。 イベント開催に向けて意気込む魅音とは裏腹に、集まった面々は朝早くから呼び出されたこともあって一様に渋い顔だ。 一穂に至っては、到着して以来ずいぶんと静かだと思ったのだが……。 一穂(私服): ……。くー……。 立ったままで寝ていた。器用だなこいつ。 魅音(私服): いや、そのだから……っ。 すると、その反応を見てさすがにまずいと感じたのか困り顔の彼女に代わり、詩音が助け船を出すように口を挟んでいった。 詩音(私服): まぁまぁ、ご不満はごもっともですが許してあげてください。 詩音(私服): なにしろこの企画ってあっちこっちの許認可だの調整だのが鬼のように大変で……説明ができるほど確定した内容が直前まで出せなかったんですよ。 菜央(私服): ……そのわりに、これまで部活は何度も開かれてたんじゃない? 菜央(私服): たとえば釣り大会だの、海の家のバイトだのって率先して動いてたと思うんだけど。 詩音(私服): いや、それは忙しい時に限ってつい掃除とかを始めてしまう、現実逃避的な自己防衛と言いますか……。 詩音(私服): って、考えてみたらなんでお姉のフォローを私がしているんですか? 巻き込まれてワリを食っている、一番の被害者のはずなのに。 魅音(私服): え、えっと……それは……。 そう言って今度は、詩音までもが不機嫌を露わに魅音へと詰め寄ろうとする。 ……とりあえず、このままでは話が進まない。そう考えた私はため息をひとつついてから、皆に向かって言葉をかけていった。 千雨: あー、とりあえず不満は後日の反省会にでも持ち越すとして、今は話を進めてくれ。ここでただ突っ立ってても、時間の無駄だしな。 詩音(私服): ……確かに。失礼しました。 そう言って先を促す私の顔を見た詩音は合点したのか頷き返し、咳払いすると矛を収めるように話を元に戻していった。 詩音(私服): 言ってしまえば、よくあるスタンプラリーです。ただ、それだけだと村のあちこちを回ってスタンプを集めて終わり、って感じになってしまいますから……。 詩音(私服): ちょっとした謎解きというか、趣向を凝らしたクイズ形式にしてみたんですよ。 そう言って魅音と詩音はカラー印刷された冊子を私たちに配る。 そこにはスタンプを押す空欄と、イラストや写真などをふんだんに用いたクイズ問題が記載されていた。 美雪(私服): おぅ……これはなかなか、骨太な問題だねー。村のどこかの場所を指してるとはわかるけど、すぐにはわからないところばかりだよ。 羽入(私服): あぅあぅ、しかもパズル要素や穴埋め問題がたくさんあって、簡単に答えが思いつかないようになっているのですよ。 皆の反応を見る限り、概ね好評のようだ。それを見て魅音はほっとしたように笑顔になり、高らかに宣言するように告げていった。 魅音(私服): というわけで、みんなにやってもらう最初の仕事!それはこのゲームを思う存分楽しんだ後で感想を教えてくれること! 魅音(私服): もちろん部活ルール適用で、最下位は罰ゲームだよ~! レナ(私服): あははは、楽しそう! レナは負けないよ~♪ Part 03: そして、それから数時間後。 魅音自作のスタンプラリーを終えた私たちは、ゴール地点の古手神社境内前に集まってきた。 レナ(私服): はぅ~、ちょっと疲れちゃった。でも、とっても楽しかったよ~♪ 菜央(私服): えぇ、ほんとに……! スタンプラリーって観光地とかでもあまりやったことがなかったけど、結構面白いものだったかも……かもっ♪ そう言って皆、疲れた顔を見せながらも嬉々とした様子だ。 ちなみにぶっちぎりの1位は、レナと菜央ちゃんだった。さすがは頭脳と体力のハイブリッド、他の追随を許さず面目躍如といったところだろう。 沙都子(私服): 最初はあっという間に解けるものと侮っていましたけど、すごく楽しめましたわ! 沙都子(私服): #p雛見沢#sひなみざわ#rに長らく住んでいても、意外に知らないことってあるんですのね~。 梨花(私服): みー。あの商店街の奥にお地蔵さんがいたなんて、すっかり忘れていたのですよ~。 そう言って2位に入り込んだ沙都子と梨花のペアも、ゲームを目一杯に楽しんできた様子だ。 テストプレイとはいえ、百戦錬磨の彼女たちがここまで好評を示すのだから悪くないのだろう。だが……。 美雪(私服): んー……ゲーム自体は、すごく凝ってて面白かったと思うよ。 美雪(私服): ただ、いくつかの場所は雛見沢をある程度知っておかないとイメージがしづらくて、見つけるのに苦戦しちゃったかな。 千雨: 確かに。あと、推理力と連想力が必要だから子どもだけだと難易度が高いかもしれんぞ。 千雨: 一穂に至ってはクイズがなかなか解けなくて、途中立ち往生してたくらいだしな。 一穂(私服): ご、ごめんなさい……千雨ちゃんが最後まで付き添ってくれてなかったら、ゴールも難しかったかも……。 他の子たちよりも遅れたビリ到着で、一穂はしゅんと肩を落としている。さすがにちょっと、気の毒に見えた。 千雨: なぁ、魅音。今回は有利不利の差が大きすぎるから、さすがに罰ゲームは再考すべきだと思うんだが……。 魅音(私服): そうだね。……っていうか、発破をかけて面白くするつもりが、むしろ一穂にはプレッシャーになっちゃったかな。ごめん。 私の提案を汲んで、魅音は前言を撤回してくれる。それを見た一穂が露骨にほっとした表情をしたので、やはり相当気にしていたのだろう。 魅音(私服): 一穂たちがこの調子だと、観光客だともっと難しく感じちゃいそうだね。 魅音(私服): でも、この冊子を作り直すには時間が足りないし……うーん……。 レナ(私服): はぅ……だったら希望者にはヒントの紙を配るのはどうかな、かな? レナ(私服): それを見れば、問題が簡単に解けるようになるとか……なんて。 詩音(私服): 一案ではありますが、せっかく考えた問題なのでどこまで明かすかはさじ加減が難しいところですねー。さて、どうしたものか……。 何か妙案がないものかと、レナたちは頭を抱える。 ……と、その時。ふいに妙案というよりなんとなく思いついた私は、なにげなく口を開いていった。 千雨: ……誰か代わりに、謎を解いてくれるやつを置くってのはどうだ? 菜央(私服): えっと、千雨さ……じゃなかった、千雨。それってどういうこと? ……まだ私を呼び捨てするのが慣れないようだ。美雪に対してはわりと自然にできているのに、この違いはなんだろう。まぁいい。 千雨: 道に迷った時には、お巡りさんに聞くだろ? 千雨: あれと同じで、どうしても解けない時には誰かに聞いてヒントをもらうか、答えをそれとなく教えてもらうようにすればいい。 美雪(私服): なるほど……!つまりイベントの時、スタンプのある場所の近くに探偵役の誰かを置けばいいってわけだね! 美雪(私服): ……あれ? だったら、怪盗役も置いたほうがいいのかな……? 千雨: ふむ……怪盗か。そういうところで無理にバランスを取る必要はないと思うが、そうだな……。 千雨: むしろそいつらには、レアスタンプを持たせたら面白いかもな。 千雨: 運良く見つけたら雛見沢の特産品をプレゼント、なんて……。 その提案を聞いた魅音と詩音は、同時に叫んでいった。 魅音・詩音: それだ(それです)! そしてすぐさま、菜央ちゃんに迫っていった。 魅音・詩音: 菜央ちゃん(さん)、お願いがあるんだけど(あるんですけど)! 菜央(私服): えっと……その。とりあえず、この後の展開が読めたわ。 そう言って菜央ちゃんは大きくため息をつき、隣のレナに顔を向ける。 すると彼女も察したようで、「もちろんっ♪」と頷いていった。 レナ(私服): 探偵さんと怪盗さんのかぁいい服、いっぱい作ろうね。レナも手伝うから♪ Part 04: そして、イベント当日。予定通りに近隣の町の子供会が、団体客として#p雛見沢#sひなみざわ#rへとやってきた。 菜央(私服): ……結構な大人数ね。子供会だって話だったから、もっと小規模だと思ってたんだけど。 美雪(キューティポリス): 地方とかだと、あちこちの団体が集まって一斉に来ることがあるみたいだよ。その方がバスとかを借りたりして、効率的だからね。 引率の先生: ……このたびは、大変お世話になります。色々とご面倒をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします。 そう言って引率の先生は、魅音たちに穏やかな表情で頭を下げてくる。 そして背後でわいわいと、期待に胸を膨らませながら楽しそうに騒いでいる子どもたちを見て……私たちは無言でうなずき合い、気合いを込めた。 魅音(探偵): 雛見沢にようこそ!どうぞ楽しんでいってくださいねー! 魅音(探偵): というわけで、みんなよろしく!要領は、少し前にやった林間学校の応用! 魅音(探偵): 探偵役は助けを求められたら各自の判断でアドバイス、怪盗役は見つかったらスタンプを押してあげること! 魅音(探偵): あと、出ずっぱりにならないようシフトに従って無理をせずに休憩を!水分補給を忘れずにね! そう言って魅音は、探偵役と怪盗役をつとめる面子に顔を向けて注意を促す。 衣装は、全部で6着。私や梨花ちゃん、羽入はそれぞれ雑用として各所で対応することになっていた。 菜央(私服): ……ごめんなさい。レナちゃんと一緒に頑張ってはみたんだけど、全員分を作ることができなくて……。 詩音(スパイ): いえいえ、奇跡的な大成果ですよ!正直私は、今日ほど菜央さんが女神に見えたことがありません……もちろん、レナさんもですが。 美雪(キューティポリス): っていうか、決して文句をつけるわけじゃないけど……なんでレナは石川五右衛門? 美雪(キューティポリス): 怪盗じゃなくて大泥棒って感じなんだけど。これがありなら、私も銭形平次が良かったー! 千雨: 美雪……お前って、実は時代劇好きだったのか。いや、確かにその片鱗はなんとなく感じてはいたが……。 そんなことを話して意気込みを見せながら、一同はイベント開催に備えて各担当の配置につく。 そして私も、自分の役目を務めようと持ち場所へと向かいかけたが……。 一穂(探偵): あ、あの……千雨ちゃん。 一穂が声をかけてきたので足を止め、彼女に顔を向けた。 千雨: なんだ? そろそろ客が来る時間だぞ、早くお前も移動して――。 一穂(探偵): うん。その前に、ちょっとだけ話をさせてもらっても……いい? 皆から離れ、私と一穂は移動する。 そこは園崎本家のさらに奥にある、開けた場所だった。 千雨: おい……一穂。こんなところに呼び出して、何の話をするつもりだ? 一穂(探偵): …………。 千雨: あー……込み入った話だったら、イベントが終わった後に聞くぞ。だから、今は――。 一穂(探偵): ……千雨ちゃんは、私のことが嫌い? 千雨: ……っ……。 そう問いかけられて、思わず私は絶句する。 すると一穂は、寂しそうな笑みを浮かべながらこちらをを見つめていった。 一穂(探偵): ……だよね。そうだと思った。だって、出会った時からずっと、私を見る目がすごく厳しい感じだったから……。 千雨: いや、私は……。 一穂(探偵): もしかしたら千雨ちゃん、「あの時」の記憶を引き継いでる?もしそうだったら……。 千雨: っ、そうだったら……? 一穂(探偵): ……忘れて。それが、あなたのためだから――。 そう言って一穂は、冷ややかな目になって私を真正面から見据えてくる。 千雨: なっ、……お、お前は――?! そして、全身から放たれる謎の波動に圧倒されて、抵抗することもできず気を失ってしまった――。 Epilogue: 美雪(キューティポリス): 千雨……千雨ってば! そう呼びかけてくる声をおぼろげな意識の中で聞いて……私は目を開ける。 すると視界の中に、なぜか涙目になった美雪の顔が飛び込んできた。 千雨: っ……美雪、か。どうした……? 美雪(キューティポリス): どうした、じゃないよ!突然姿が見えなくなったと思ったら、こんなところに倒れてて……心配したんだからねっ! 千雨: 倒れてた……私が、ここに? やや痛む頭を押さえながら、私は起き上がって周囲に目を向ける。 あまり見覚えのない、村外れの場所……ここにどうやってきたのか、前後の記憶が思い出せなかった。 レナ(五右衛門): 千雨ちゃん……! 大丈夫、怪我はない? 菜央(私服): よかった、見つかって……!いったい何があったの?! 千雨: すまん。ちょっと思い出すことができなくて……とりあえず怪我はなさそうだから、安心してくれ。 そう言って皆を気遣い、私は自分の状況を確かめる。 身体の方は、なんともない。頭痛も寝起きに感じる、水分不足によるものだろう。 千雨: …………。 だけど、……この違和感はいったい何だ。何かが抜け落ちたような不快な空虚感が胸の内を支配して、どうにも変というか……。 魅音(探偵): ねぇ、千雨……聞いている? 千雨: っ? どうした、魅音。私に、何か言ったのか? 魅音(探偵): いや、……大丈夫?結構大きな声で話したつもりだったんだけど。 千雨: いや……ちょっと、ぼーっとしてた。悪いが、もう一度言ってくれ。 魅音(探偵): ……。一応診療所に行って、監督に診てもらった方がいいよ。頭を打った可能性もあるしさ。 千雨: ……わかった。 魅音の提案に素直に従い、私はひとりで診療所に向かうことにした。 誰かが付き添う、といってくれたが……あいにく今は、イベントの最中だ。魅音の立てた企画をぶち壊しにはしたくない。 千雨: あぁ、そうだ……一穂はどうした?まだイベントで、探偵役をやってるのか? そう言ってなにげなく、私はみんなに尋ねかけたが……。 彼女たちは一様に、きょとんと怪訝そうな表情を浮かべていった。 美雪(キューティポリス): 一穂って……誰? キミの友達? 千雨: なっ……?!